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老師のハルピン日本語教師生活・続「一炊の夢」
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2007/03/05のBlog
[ 18:24 ] [ ハルビン生活(勤務校) ]
最後の勤務。日本語科のご好意で高1、高2のすべてのクラスにお別れの挨拶をさせていただいた。週に1回だが、日本語会話の授業を担当していたクラスである。

どのクラスも定員50人ほどで、40分の授業ではなかなか効率の良い会話練習もできなかったのであるが、教室に備え付けのパソコンとプロジェクターを使いながら、日本の高校生の生活なども紹介し、授業をしてきた。

今回は、あえてすべて日本語で話をした。生徒諸君はみな顔をあげて聞いてくれた。「熱心に日本語を勉強している姿勢に感動したこと。日本語が苦手な生徒も、懸命に日本語の質問に日本語で答えてくれて、授業をしていて楽しかったこと。黒龍江省の高校では、第一外国語として日本語を学ぶ高校生が減っている中、ぜひとも今後も日本語を学び続けてほしいということ。日中国交35周年をむかえ、青少年交流事業で日本の高校生との交流のチャンスがきっとあり、日本で再会できるかもしれないということ。」
などを話した。その際、各教室で日本語科の先生が写真を撮ってくれた。

中国語、朝鮮・韓国語、日本語を話すことのできる生徒たち。ほとんどの生徒が大学に進学する予定であり、その3カ国語にさらに磨きをかければ、将来、各方面で貴重な人材として活躍することになるだろう。

昼食は勤務校による送別会。管理職の方と日本語科の先生方が集まってくださり、学校の職員食堂で美味しい朝鮮族の料理をいただいた。赴任した当初は辛くて口にあわなかった料理も、今ではやみつきになるほど好物になっていたので、どの料理もたいへん美味しくいただいた。REXプログラムによる私の後任がないことになってしまい、残留をすることができないかと改めて聞かれたりしたが、それはできない。財政的な理由で、日本からの派遣が途切れてしまうことは、本当に残念だが、派遣継続とはならなかった。

夕方は、お世話になった外事弁公室に挨拶に行った。こちらの連絡の不手際もあり、7日に帰国することが、伝わっていない方もいらっしゃったのだが、急遽、送別会を開いてくださることになった。外事弁公室はもちろん日本だけでなく、ロシアや韓国など外国との交流の際に、いろいろな仕事をする部署であり、とても忙しい。今日の送別会もそんな慌しい中、わざわざ開いてくださった。前もって約束をして、宴会をするのは普通の仲の知人で、本当の親しい人とは、当日、約束を取り付けるものだから、気にしないでほしい、とも言ってくれた。素直に嬉しかった。

いつもの丸いテーブルを囲み、拙い中国語で挨拶。人生2度もハルビンで日本語教師をすることになった理由を説明し、またチャンスがあればハルビンに来たいということを伝えたかった。外事処の皆さんは「また来い!」と言ってくれた。お酒はほどほどにして、まだ残っている荷物の整理などをしようと思ったが、そういう訳にはいかなかった。美味しい「白酒」をたくさんいただき、ほろ酔い加減で帰宅した。


2007/03/04のBlog
[ 12:31 ] [ ハルビン生活 ]
今日は旧暦正月十五日、 「元宵節」 。去年の日記(ココ←参)にも書いたように、爆竹が鳴り響き、花火が上がり、空が真っ赤に染まる日だ。
私にとっては、ハルビンで迎える最後の日曜日。午前中は通いなれた理髪店(ココ←参)で散髪。カットをしてくれていた人は同じ人で、最近はカットする際、何も言わなくてもお気に入りのヘアースタイルに仕上げてくれていた。その1年以上、カットをしてもらっていた店員さんと別れを惜しみ、記念写真。
昼食は、中国人のBさんたちと。Bさんとは、北海道から、とある訪中団が来た時に知り合った。その時、通訳を担当されていたBさんだった。明るく朗らかで、日本語でも冗談の上手なBさんとは、すぐに仲良くしていただいた。今日はBさんの同僚の中国人と、Bさんの娘さん。そして、日本人ははんぞうさんご夫妻と、Bさんの娘さんの家庭教師をしている日本人と私。総勢7名の賑やかな会となった。Bさんの娘さんは、春から日本の大学に留学することが決まっており、時々、日本語を使って話してくれた。


今回はお仕事の関係でお見えにならなかったが、Bさんの旦那さんは、会社を経営されており、日本を相手(特に雪の降る地方)に商売をしていらっしゃる。帰国後も日本と縁のある皆さんとの出会いを大切にしたいと思った。昼食後、店を出ると雪が降り出した。

夜はショウさんたちと夜の街へ。夜まで降り続いた雪は、街に飾られていた紅い「彩灯」 (≒飾り提灯)をうっすらと白くしていた。そして、20時を過ぎた頃から、花火があちこちで上がり始めた。大きな商店などでは、花火を上げるのが慣例になっているようで、商店の多く集まる通りでは、話し声がかき消されるほど、爆音が鳴り響いていた。雪で白くなった地面から、数え切れないほどの打ち上げ花火が夜空に上がった。
2007/03/03のBlog
[ 07:13 ] [ ハルビン生活 ]
午前中、荷物を二つ送った。お昼ごはんは、7~8年前に北海道で研修を受けたり、留学をしていた中国人の方々が送別会を開いてくれた。日本各地を訪れたこともある方もいらっしゃる中、みなさん北海道贔屓のようで、日本で一番印象に残った都道府県は北海道だと口を揃えて言っていた。

夜は、ハルビンで働く日本人の方々が送別会を開催してくれた。
約20年前、中国を一人で旅行した時、ハルビンを去る前、
一人でビールを飲んでいた。
約15年前、ハルビンで日本語教師をしていた時、
帰国する前、学生たちと毎晩遅くまで酒を飲んだ。
そして、今回もお世話になったいろいろな方と楽しく食事をさせてもらっている。

この度の派遣期間は、これまでの中国滞在と違い、日本語教師以外の方とも積極的に交流し、視野を広げようと思っていた。今回集まってくださった方々もハルビンにて各方面で活躍されている。皆さんからハルビンについて多くのことを学んだのと同時に、私のハルビン生活に「潤い」と「活力」そして「ゆとり」も与えてくださったかけがえのない方々。

ハルビンに来なければ、決して知り合うことのなかった「縁」のある皆さん。思いがけず、色とりどりの花が咲いている素敵な花束までいただいた。バランスよく調和されている花束を眺めながら、集まってくださった皆さんに有り難く、そして、皆さんとの別れを名残惜しく感じた。

2次会は「エンジンバー」。カラオケも楽しく歌わせてもらった。
今日の会の中心になり、いろいろとお気遣いいただいた「ショウさん」、また、参加してくださった皆さんに感謝。そして、「遠大百貨店」にて今日のスペシャル「花束」を作ってくださったTさんにも大感謝。
2007/03/02のBlog
[ 21:54 ] [ ハルビン生活(勤務校) ]
今日の仕事も「大学入試のための日本語のニュアンスの違い<解説と練習問題>」(仮題)をチェックすることが中心であった。本来なら、今日の授業で生徒と別れの挨拶をするつもりだったのだが、時間割が変更になり、来週の月曜日にすることになった。よって原稿のチェックが終わらない部分は、持ち帰り、自宅ですることにした。

昼食は学生食堂(写真→)で食べた。おそらくこれが最後になるであろう。口に合わないおかずもあるにはあったが、基本的は美味しくいただいた。ご飯は日本の味に近いので、たくさん食べることができたし、教員の場合、1食1.5元(1元約15円)から食べることができるので、安くてとにかくお腹いっぱいにすることはできた。今考えても、とても有り難いことだ。教職員用の食堂もある。


夕方は、電気屋街に行った。帰国を目前に日本から持参したノートパソコンの調子が悪く困っていたからだ。原因はパソコンの電源、ACアダプターの接触部分が磨耗し、電気がスムーズに流れなくなってしまっていること。よって代用できるACアダプターを購入すれば、トラブルは解消できると思い、パソコンに詳しい中国人の知人Zさんに相談すると、電気店に同行してくれるということだったので、お言葉に甘え付き添ってもらった。

パソコンは日本のメーカーの物だが、「made in chaina」だし、代用できるACアダプターは絶対にあるはずだと確信して商品を探した。
1軒目に入った店で、アダプターはすぐに見つかった。日本の電圧でも使えるも新品の物が、70元(1元約15円)ほどだった。持参していた自分のノートパソコンに接続し、動作状況を確認。スムーズに電流が流れたので、即購入。帰国を前にパソコンの調子が悪くメールのやり取りができなくなるのではと心配であったが、一安心した。

その後、Zさんの娘さんを迎えに中学校に行き、そして外食をした。中学校の下校時間の校門には相変わらず、子どもを迎える保護者が大勢いた。民間会社運営の「学生用送迎車」も数多く停車していた。今日は娘さんが好きなメニュー中心の食事となったが、奥さまが日本にいるZさん、仕事と育児の両立はとてもたいへんなようであった。

夜食はショウさんたちと串焼きの店。「焼きバナナ」を食べた。思い出に残る不思議な味だった。
2007/03/01のBlog
[ 22:58 ] [ ハルビン生活(勤務校) ]
久しぶりの学校、今年は暖冬のためか、休み前は凍っていたグランドもほとんど溶け、ゆるんでいた。そして、学生宿舎の前では、雪よりも白い、シーツが干されていた。

今日のメインの仕事は、日本語科の先生方が作っている高校生向けの教材のチェック。また、新学期の授業に向けて日本語科の先生方のいろいろな質問に答えること。
作成中の教材は「大学入試のための日本語のニュアンスの違い<解説と練習問題>」(仮題)という教材。勤務校のベテランの先生が中心になり、日本語の助詞や副詞の使い分けについて、生徒が間違いやすいことや、授業中、実際に生徒から出た質問をもとにまとめるというもの。先ずは、平易な日本語の解説と例文で作成し、その後、大学入試問題程度の練習問題を作り、朝鮮語の訳を付けるという。

先生方の原稿は数多くの文献を参考にされ作成されており、解説や例文もとても分かりやすかった。残念なことに黒龍江省には私の後任の日本人教師が派遣されないことになったので、勤務校の先生方も日本人がいなくても「日本語のニュアンスの違い」が説明できるようにと懸命に作成されているようだ。

昼食は日本語科のZ先生とZ先生の同級生の方と学校近くの朝鮮料理屋さんで食べた。赴任当初は正直苦手だった辛い料理をしみじみと味わった。特に安くて美味しいここの「冷面」が食べられなくなると思うとちょぴり寂しい気持ちになった。

2007/02/28のBlog
旅行から無事に戻って来た。
朝、昆明を発ち、北京へ。機内では、お粥とサンドイッチの機内食が出た。そして飛行機を乗り継ぎ哈尓濱へ。

昆明空港に着いたのは朝の7時ごろであったが、予想以上に混雑していた。天気予報によると、
昆 明 の昨日の 最高気温は 20℃ 最低気温は7℃ そして、
哈尓濱の今日の予想最高気温は8℃ 最低気温は1℃
覚悟していた温度差とは言え、最低気温がプラスというだけあってとても暖かかった。
こちらで知ったのだが、今日の予想気温だけ見れば、北京よりも
哈尓濱の方が暖かかったようだ。報道などによると


北 京 の 予想最高気温は7℃ 最低気温は0℃だった。
旅行記はそのうち書いていきたい。毎度のことながら、またしばらくは、昔の日記にお付き合いください。