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茶虎ノート 参式
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2008/05/28のBlog
[ 00:23 ] [ 雑記 ]
本日は晩酌関係なしで失礼。ついでに、1988年当時にファミコンを謳歌していた世代でなければ共感して頂けないということもあらかじめお伝えしておきます。

本日、ネットニュースで流れていたので拝見したかたもおられるかもしれないが、「おっくせんまん」の歌詞の創作者に名乗り出て欲しいと「ニコニコ動画」が表明しているらしい。実は最近、すっかりマイブームとなっていることで、近々書きたいと思っていた話だったりしたのが、カプコンからリリースされていた(関連シリーズは今も続いている)ゲームソフトのロックマンシリーズの二次創作の音楽・映像群である。その一つが「おっくせんまん」なのである。これらの作品群は、特に、1988年発売の第二作「ロックマン2」をフューチャーしたものの存在が大きい。そう言う私は、小学生の頃にロックマン1~3をリアルタイムで遊んだ世代だったりする。

作品群といっても、大別すると三種類。

①シリーズ第一作「ロックマン」の理不尽なまでの難易度の高さ(当時のファミコンソフトによくある傾向)をネタにした「クリアまでは眠らない」(こねくろ的回想:今から考えても、よくクリア出来たなぁ。。。当時のファミコンっ子はタフですわ)

②シリーズ第二作「ロックマン2」での同様の情景を歌った「エアーマンが倒せない」(こねくろ的回想:エアーマンは竜巻気にせず猪突猛進で挑めば大して苦もなく倒せるけどなぁ、ウッドマンは確かにうっとおしいけど。それにしても、当時は1と比べて2は簡単だというのが共通認識だった小学生時分、やっぱりタフでした。)

③シリーズ第二作「ロックマン2」におけるワイリーステージ前半のBGMに歌詞を創作であて、オリジナルのアニメ画像や歌手によっての歌が付けられた「おっくせんまん」、もしくは「思い出は億千万」

なんというか、①と②は単純にゲーム内容を知っている人にとって共感出来るという、音楽も歌詞もオリジナルな一種のネタ作品であるのだが、③はあくまで原曲はゲームオリジナルのもの、そして歌詞の内容が子供の時の忘れていた記憶をふと思い出すという内容であり、しかも、私みたいに小学校時分に「ロックマン2」をリアルタイムに遊んでいた世代は現在の30才前後、歌詞の歌う情景が見事なまでにハマっているのである。私、恥ずかしながら、女性ボーカルの歌に(いわゆる小宮版)オリジナルのアニメ映像をあてたバージョンを拝見した晩、数年分の涙を一気に流したというぐらいの勢いで涙が止まらなかった。アニメの劇中に出てくる、小学校の頃の回想シーンで、誰かの家に集まって「ロックマン2」で遊んでいる、あれ、正に体験しているのだ。ついでに、私は中学は一人私立に行ったので、その頃の連中とはすっかり疎遠になってしまっている。正直、ここまでノスタルジックを感じるような映像や音楽なんてそう簡単に出会えないだろうと高をくくっていただけに、非常に惹かれてしまったのだ。
2008/05/26のBlog
2008年5月25日

この日は表題の通り、灘の男前酒、安福又四郎商店「大黒正宗」のファンの集いが催された。半年に一回のペースにて、今回で第四回目である。第三回目だけは都合が合わずに参加できなかったが、それ以外は参加させて頂いていることになる。じわじわと人気が拡がっているためか、今回は一般参加が100人からの盛況ぶりである。

個人的には「大黒正宗」という清酒には思い入れが強い。最初はブログ仲間の太鼓持氏が紹介されていたのがきっかけであり、それを探し求めて酒屋さんとの出逢いに恵まれた。そしてなによりも、かつて自分自身が囚われていた“純米至上”の偏見を払拭するきっかけとなったのも「大黒正宗」を頂いたからである。純米には純米の良さ、本醸造には本醸造の良さがある。偏見まみれの純米定義ありき(→かつての自分(++))で能書きを宣われると酒が不味くなる。
最初のスタッフ、酒販店等の挨拶を経て、前半のメインイベント、これまではギターの生演奏などが行われていたが、今回は事前情報で落語になるかもと伺っていた。蓋を開ければ林家子染さんによる落語、演目は「試し酒」にて、大爆笑でしたわ。
後半の懇親会は樽の鏡割りにて幕を開ける。
樽酒の木香の伴った大黒正宗を頂くのもオツなものだ。私は樽酒が底をつくまで、そちらを頂いていた。

楽しい雰囲気のまま、会はお開きと相成る。終了後はすぐ近くの特約店である濱田屋さんに流れて二次会、皆さんやや暴走気味でしたわ。ファンの集いでは呑み過ぎん様には気を遣っていたのだが、結局二次会で話し込んでいたら21時過ぎになっているし。。。杯を重ねた結果、呑みが過ぎてしまった。会の開始の14時前の時点での利き酒から考えると、7時間ぐらい清酒呑みっぱなしだった。「大黒正宗」だからこそ、単一でここまで呑み続けられるということもあろう。

しかし、呑み過ぎはまた別問題、やっぱり原酒というのもよく効く。二日酔い気味で胃にも負担が重く、翌26日は休肝・休胃日と相成る。おかゆにうどん、しじみ汁等を食す。

ブログ村 酒ブログ
2008/05/25のBlog
2008年5月24日

週末というのにあいにくの雨天、気温もやや下がり気味ではあるが、ちょうど晩の献立が今年初物のゴーヤチャンプル、こうなると泡盛を引っ張り出したくなるのが人情というものだ。開栓してからすっかり年越してしまっていたが、仲間酒造場「宮之鶴」だ。

とにもかくにも、コクがすこぶる素晴らしい。旨味が溢れているのである。ほんの少ししか残っていなかったので、この一本は今回で呑み切ることになったが、宮之鶴に関しては我が家の在庫を切らしたくないという想いが強い。

ブログ村 酒ブログ
2008/05/24のBlog
2008年5月23日

ちょっと話題にするのは出遅れている感があるが、平成19年度の全国新酒鑑評会の入賞酒が発表された様子、やっぱり入賞に大阪は少ない、そもそも酒造家が少ないという事情もあるのだが。大阪では注目度が高まっており、個人的にも注目している(その割には昨年に四合瓶を呑んで以来ご無沙汰しているのは誰?)「天野酒」が金賞をとったのは他人事なれど喜ばしい。

個人的に好みな酒造家は軒並み名前が確認出来ないのは淋しいところなれど、新酒鑑評会は特定の技術・条件にて競うものなので、必ずしも万人の好みに適うものとは言えないのは間違い無い。むしろ、同一の条件や評点にて比較し、統一的に評価しなければどれが優れているかを選定するのは難しいことだろうと思える。様々な業態における公募のコンペやコンテスト、あるいは競技レースも似たようなものだ。

まぁ私は世間一般でしばしば流布されている新酒鑑評会への批判を展開しようというつもりは毛頭無いが、最近マイブームな文献、坂口謹一郎『日本の酒』(岩波文庫、2007年、初版は1964年の岩波新書)における品評会に関する項(新酒鑑評会のかつての呼称は清酒品評会)を引用しておきたい。このことは巻末の小泉武夫氏による解題でも、すでにこの著書を著した時点で現代に通じる警鐘であるとして触れられているが、「酒に限らず、一般に嗜好品や食品の良否の判定ほどむつかしいものはない。それは、ものさしなどで簡単に計ることのできない、官能的な要素が主要な部分を占めてくるからである。その上、審査という以上は、何をおいても先ず広い大衆の嗜好によってバックアップされなければならないが、少数の審査員ではこれはなかなかむつかしい仕事である」「酒を完全に審査することは、実際は神様ででもなければ不可能なことである」(53ページ)とまぁ、そもそもの入賞・金賞の選定の難しさ・不確実性を指摘しており、一方で「大衆の嗜好」という点に触れていることは注視されたい(詳しくは同書を参照されたい)。この言だけを見るといささか苦言めいているが、この後に語られる初期の品評会のエピソードが実に興味深い。「品評会のはじめの頃は、酒は実際には「おかん」をして飲むものだからというので、最後の決審に残されたもののみは、お燗をつけてくらべることをやったようであるが、この良法(?)も第五回以後はやめられてしまった」(54ページ、(?)は原文ママ)この当初の通りに最後は燗映えにて判断されるとすれば、昨今の新酒鑑評会の意義・評価はがらりと変わっていたのではないか、とも想像してしまう。
話は現在に戻し、現在、我が家にストックしている清酒の酒造家で入賞しているものは一つだけだった(正確には静岡の「開運」のカップ酒もあるが、これは寝かし前提なのでノーカウント)。それは広島の亀齢酒造であり、金賞まではいっていないが入賞を果たしている。ただし、手元にあるのは新酒鑑評会への出品酒とはまったくの逆ベクトルであろう、低精白の一本「亀齢 辛口純米八拾 生酒」である。精米歩合80%とはいえ、純米生原酒で2,000円を切る低価格である。昨年ぐらいからリリースされた様に記憶しているが、当初から気になりつつ、ようやく今年のものを最近になって購入に至っていた。現在の亀齢酒造の杜氏である西垣昌弘氏は以前に香川の丸尾本店(悦凱陣)の杜氏を務められていたとのことで、以前より興味を抱いていた蔵なれど、今回にようやく頂くことに相成る。

感想はありがちなものであるが、意識しなければ低精白であることはあまり感じさせない。甘いメロン様の香りを感じさせつつ、旨味たっぷりである。突き詰めれば、雑味はあるのだが、後口は重くなく、杯を重ねても違和感は無いのである。

ブログ村 酒ブログ
2008/05/21のBlog
2008年5月20日

前略(更新サボり等、いらぬ突っ込みはご容赦のほど)

ひょんな事から、見事な三田牛のステーキ肉を頂いた。サシが相当入って実に柔らかい肉だ。かなり高価であっただろうと容易に想像でき、感謝して堪能させて頂いた。それに合わせて山形の鯉川酒造「鯉川 純米吟醸 鉄人うすにごり酒 」を主に燗で頂く。このような油の乗った牛肉には濁り由来の風味の濃さの伴った酒とも相性が良いだろうという判断だ。それにしても、この「鉄人うすにごり」、上立香や含んでからの風味は甘いメロンを思わせる(薄濁りであることの期待通り)のであり、後口に結構な苦味が伴う。苦味がむしろ心地良かったりする。次の杯を誘うような後引きがある。

清酒の「五味」の内で苦味はネガティブに捉えられるかもしれないが、個人的にはこれが風味の調和の範囲内で際だっているものは結構好みである。苦味が突出しすぎてイガイガしてしまうものの場合は飲めたモノではないが、それは他の味についても同様の事が言えよう。もっとも、「五味」は清酒の味の構成を表現する上であくまで最も大まかな分類(一般的には甘口・辛口の二分類で見る見方もあるが、それで片付けてしまうのは省略し過ぎだと思える)であり、清酒の風味の構成は多種多様な成分による。それらが調和しているものが清酒として第一に尊ぶべきものではないかと思える。清酒の「こく」・「こく味」というものについて言及した文脈での、坂口謹一郎博士の言葉をお借りすると、「成分の完全にハーモナイズした一種のオーケストラともいうべき」(坂口謹一郎『日本の酒』岩波文庫版、2007年、45ページ)ものである。調和の内でどのような個々の風味を奏でるか、そこに清酒を嗜む醍醐味があろう。

ブログ村 酒ブログ
2008/05/19のBlog
[ 23:29 ] [ 御猫様通信 ]
こうしんさぼりのいんたぁみっしょん
2008/05/13のBlog
2008年5月13日

本日は友人と、再度の天満呑み歩きを予定していた。が、友人が急な仕事のために急遽中止、延期と相成る。家には「晩飯いらん」と告げていた手前もあり、どうするものかと少々悩むも、少々馴染みで無ければ一人呑みは淋しくて辛い、近々本日の代わりが入ること(本日予定していた分の出費がそちらに回る)を勘案すると、適当な肴を調達して家呑みにしておくのが無難と判断、閉店間際の百貨店にてセールの惣菜からピックアップして帰宅した。写真の三品で600円を切っている。酒は家でのストック分だが、それを入れても1,000円というところだろう。
なんとなく立ち呑みの様なチープな雰囲気(くれぐれも言いますが、大阪の子にとっては「安い」は美徳の一つ)を持ってきたいなぁと、遅れてやってきたマイブーム(それすらもう過ぎ去った? いえいえ、欲しくてもどこもカップ酒コーナーは縮小してますんで買い漁れない)で購入していた岡山県は美作の辻本店「御前酒(読みは「ごぜんしゅ」、決して「おまえざけ」と読んではいけません(++))」カップだ。特定名称酒の表記は為されていないのでこちらの最も低価格の普通酒のライン(いわゆる昔の二級酒)に該当するのかと、とはいえ、原料は米・米麹・醸造アルコールであり、糖類等は用いていない。後、カップ一つでは足らんだろうと「大黒正宗なまざけ」も引っ張り出しておいた。
この「御前酒」カップ、開栓しての一口の感想は酔っ払いオッチャンの酒だ。むしろ、カップ酒を地で行っているような趣だ。大部分は本日の冷や込みや降雨の気候に鑑み、当初から予定していた通りに徳利に移して燗付ける。やや高めの温度にまで燗にすると、ツンとしていた感じが柔らかくなってなかなかに良い感じに呑めてしまう。気取らない居酒屋のカウンターで頂く燗酒の様、いくらでも上等な酒が世にあろうが、ここでは癒される感がある。

ブログ村 酒ブログ
2008年5月11~12日

かれこれ云年前、清酒に興味を抱きあれこれと呑みだした頃、故上原浩氏の『純米酒を極める』(光文社新書、2002年)に感化され、そこで紹介されている酒蔵の清酒を求めていたものだ。今ではアル添酒の魅力を認識し、「アル添した酒は日本酒ではない。普通酒はもちろん、比較的少量のアルコールを添加した吟醸酒も本醸造酒も、あくまで清酒である」(同書、38ページ)という主張には全く持って反抗している。その姿勢を表す一環として、私は記事として記す文章の上では、基本的に「日本酒」という単語は用いていない。純米でもアル添でも区別せず、全て「清酒」で通すことにしている。しかし、氏の著作自体は耳を傾けるべき話も多い。技術が伴わずに純米の造りに走る事に対して釘を刺している点は、とにかく純米であることだけを手放しで尊ぶ事の愚かしさを示していよう。決して無闇にアル添を誹謗中傷しているわけではないのも重要な点である。

そのような話はともかく、氏の推奨する(もしくは指導した)蔵の醸す酒に好感を持っているのは今も昔も変わらない。リピートした場合でも大きく酒質がぶれないような安心感、安定感がある。とりわけ、氏が旨とする、きっちりと糖を切った発酵で、火入れして熟成を経た純米酒を燗にして頂くのは堪らない。そういうことで、氏のお膝元であった鳥取の「鷹勇」が頂きたい、特に山廃純米酒が呑みたいという衝動に駆られ、ちょうど近くを通りかかったので守口のバッタさんのお店に赴くものの、バッタさんは不在中でちょうど山廃純米酒も売り切れ中だった。そうなると、どうも「鷹勇」自体を購入するモチベーションが失せてしまい、どうしたものかと思ってふと目についたのが山形の「鯉川」、これも数年前に百貨店の試飲ブースに来ていた際に色々と利かせてもらい、「亀治好日」を購入して晩酌で楽しんだ以来ご無沙汰していた。ちょうど濁り系が手元に無かったこともあり、「純米吟醸 鉄人うすにごり」を購入していた。
鯉川酒造といえば、言わずと知れた「亀の尾」の復活に尽力された蔵である。漫画『夏子の酒』を読まれた方なら、それは新潟の久須美酒造の間違いじゃないかと思われる方がいるかもしれないが、両者ともたまたま同時期に、同じ努力をし、「亀の尾」の復活栽培とそれで清酒を醸すところまで至ったとのことである。先に挙げた書では、久須美酒造の方が鯉川酒造より一年早く酒造りに至ったとある。いまでは全国の蔵で「亀の尾」を用いた清酒が造られているが、個人的には鯉川酒造の出す「亀治好日」が特に印象深い。

今回の「鉄人うすにごり」は、地元の庄内地方産の五百万石のみを用いた精米歩合50%の純米吟醸となっている。手元にあるこれの仕上がりは度数16.3%、酒度+3、酸度1.7、アミノ酸度0.9となっている。銘になっている「鉄人」は、映画の実写版「鉄人28号」にちなんでいるとのことで、同映画の富樫森監督と鯉川酒造の佐藤一良蔵元が高校の同級生だった縁からという話だ。コンセプトとして、うすにごりである等の理由は何なんだろうか。。。(バッタさん、今度教えてください)
さて、この「鯉川」は11日に開栓して晩酌で頂き、12日にも続けて晩酌で頂いた。というのも、開栓直後の11日の場合は、新酒ということもありどうもまだ風味が落ち着いていない感じがしてしまったので、経日で様子を見ておきたいと考えたためだ。初日の印象では、それほど突出しているわけではないとはいえ、華やか系の香りがやや鼻に付き、後口に雑味を感じてしまった。最近、山形の酒に関しては華やか系の香りで人気の銘柄をいくつか呑んで苦手意識を感じてしまっており(山形酵母の特徴か?)、この「鉄人うすにごり」に関しては未確認ではあるが、鯉川酒造はほぼ山形酵母を使用しているのも確かだ。ともかく、上澄み(といっても、若干の白濁はあり)の冷やと燗、濁りを混ぜての冷やと燗(ここでの燗は半合ずつ)をそれぞれで頂いていった。これに関しては、濁りを混ぜた状態が圧倒的に良い。
開栓二日目の12日、期待通りである。風味がまとまり、例えば上立ち香や濁りの旨味、ともすれば糠臭く感じてしまう要素も、一体となって調和しているという趣だ。燗映えもとても良い。濁りで旨味のステージを高めていつつ、メロン様の風味で甘味・酸味が柔らかく、実に爽やかな呑み心地である。燗であっても涼やかさも感じるものだ。真夏にも好適かと思えたりする(←それまでに呑み切ってまうだろ、オイ)


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2008/05/11のBlog
2008年5月10日

GW中には一気に夏になったかと思えば、本日はやたらと冷え込んでいる。なんと出鱈目な気候なのかと、呆れてしまう。

こんな気候では温かいものを欲してしまうもので、燗酒辺りが恋しくなってしまう。しかし、主菜の方が先回りして鍋になったので、冷たい酒で合わせることにする。ロックで頂こうと、大分県は南酒造の麦焼酎「とっぱい」を出す。これは、何年も前の焼酎ブームまっただ中の折に、原酒不足で熟成期間がとれないという理由で「新焼酎」として出されたものを頂いて以来だ。これを選択した理由? それを聞くのは野暮というものですわ。
以前に新焼酎のものを頂いた際の記事を振り返ると次のように記していた。
「香りは一瞬バナナを思わせる。麦を高精白で仕込んでいるとのことで雑味の無い麦の風味というものなのだろうと思う。常圧蒸留なのだがそういうクセはほとんど感じない。非常にシャープなコクというところで不思議な風味だ」」(2005年7月22日付の晩酌ノートより)
ほぼこの感想と同様である。追加するとしたら、香りはサイダーのようにも受け止められる。芳醇ではなく爽快の系統かと思える。また、「不思議な風味」としている部分は、改めて考えてみるとウオツカや甲類焼酎を頂いた時に感じるようないわゆるエチルアルコール味(決して否定的な表現では無い)と捉えられる。常圧系(と伺っている)の本格焼酎ということで、当時はそのような感想を出すのに抵抗(常圧だからエチルアルコールの立った風味がするわけがないという思い込み)があったためかとも思える。最初に立つ香りに風味が偏重している場合、後口は焼酎の主要な構成要素であるエチルアルコールの表情が目立つ場合があるということなのだろう。

ブログ村 酒ブログ
2008/05/10のBlog
<お詫び>
昨晩から今朝にかけてDoblogが不具合の状態だったため、弐式に比べて
upが遅くなりまして申し訳ありませんm(_ _)m

2008年5月9日

この一週間はなかなか忙しくて、23時頃の帰宅が多くてゆっくりと晩酌をしていられないというところ。そんな中で昨日は休肝日としていた(忙しくて呑んでられなかったという説もアリ)。

まぁ、ようやく週末、少しはゆっくりと呑めるなぁと頂いたのが徳島県は那賀酒造「旭若松」だ。今年度(19BY)の純米無濾過生原酒のタンク2号である。

是非参照して頂ければと思うが、身近でお世話になっている酒屋さんにて今年度の新酒の話題を受けて、一抹の不安を抱きつつ試飲させてもらいに訪れた。何しろ伺ってみると、例年の仕込み数のタンク3~4本に比して今年度は倍増のタンク7本だ。神亀酒造にて修行されていた娘さんが帰ってきて初年度の仕込みということで理由はわかるが、やはり実際に利いてみるまでは何らかの変化の有無はどうか、というのが気になってしまう。そうして、訪問して試飲させていただいたのが3週間前のことだ。

タンク7本といっても、どうも6号だけは当初から火入れされたらしく、それ以外を試飲も兼ねて取り寄せられていた(ほら、一升瓶の輸送ケースって6本入りでしょ)ので、それを利かせて頂いた。ちなみに、現時点では実際の商品として全てが蔵出しされているわけでは無い。どうも諸事情で一部の使用米が混じってしまったらしく、例えば2号タンクなどは麹米が雄町・神力、掛米が日本晴だったりする。そう言うことで益々未知の世界のような雰囲気になってしまっているが、利かせて頂いた印象を一言でいうと「若松はやっぱり若松」ということに尽きる。風味の構成は正にそうであるし、もっと寝かせれば旨味倍増が期待出来るという熟成志向の酒質は健在だ。むしろ、倍増したことでそれだけ市場に熟成されつつ在庫されるという可能性が高まるということで、呑み手側にしてみれば好ましい方向に作用しているのだろうと思える。実際の所、呑み時はまだ先というのがいずれのタンクの場合も言えるのだが、せっかくなので、中でも私的な印象でのこれまでの“若松らしい”風味を印象付ける2号タンクのものを四合ほど量り売りにて購入していた。
さて、3週間の間、常温にて保管していたが、これが一定の味乗りの進みは確認できるものの、まだどうも寝かしが足りないような感じはする。これは、常温だろうがなかろうが、時が必要な感覚がする。ただし、燗にすると熟成した際に現れる甘い香ばしさが感じられ、実に良い。間違いなく燗映えする酒と言える。これは冷めてくると形を潜めてしまうのだから、その点も興味深い。しばらくは自家熟成すべきか、もしくはこれはこれで燗にて楽しんでおいて、かろうじて市場に残っている18BYのものに立ち返っておくべきか、悩ましいところでもある。

※写真の瓶は17BYあたりのものをそのまま使い回しているので、実際の仕様と異なる可能性がありますがご了承下さい。

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