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2007/11/16のBlog
[ 00:16 ]
[ クルマ ]
さて、久々の更新になります。
(まぁ、あくまで自分の日記なので、ひとつマイペースでやらせていただけたら、と思います)
11月某日、2年越しの幕張へ。あれからもう2年か、と思うと、早いものである。
千葉市・幕張メッセで催された、東京モーターショー。今回は、時代の趨勢を反映して、より一層‘環境’が表立って取り沙汰されていた感が強かった。
その分野は、ざっとしか見なかったのであまりウンチクも垂れられないが、低燃費車、ディーゼルエンジン、電気自動車、大型貨物自動車などがキーワードとして挙げられる。
で、その2年に一度のイベントで、今回最も印象に残った展示車、というか、出来事を紹介したい。
(まぁ、あくまで自分の日記なので、ひとつマイペースでやらせていただけたら、と思います)
11月某日、2年越しの幕張へ。あれからもう2年か、と思うと、早いものである。
千葉市・幕張メッセで催された、東京モーターショー。今回は、時代の趨勢を反映して、より一層‘環境’が表立って取り沙汰されていた感が強かった。
その分野は、ざっとしか見なかったのであまりウンチクも垂れられないが、低燃費車、ディーゼルエンジン、電気自動車、大型貨物自動車などがキーワードとして挙げられる。
で、その2年に一度のイベントで、今回最も印象に残った展示車、というか、出来事を紹介したい。
一昨年(2005年)の10月26日の日記で書いた、モーターショーの記事。コレに関連してしまうのだが、今回のシチュエーションは、私にさらに一層の感動を与えてくれた。
同じ、メルツェデス・ベンツ SLRマクラーレン だとは思うのだが、今回展示されていた車体には、昨今のユーロ高の影響もあってか、70,000,000円のプライスボードが付いていた(ハイ、「ななせんまんえん」です)。
前回は、5,775万円だったから、1千万円以上も上がったことになる。
まぁ、ココまで来ると、細かいオプション設定ひとつで、簡単に100万円単位で価格が変わるのだろうから、実際のところ、最終的にいくらになるのかは、あくまで目安でしかないのかもしれない。
前回は、あくまで順路上に置かれていたのに対して、今回私が見たのは、きっちり360度、周囲に視界を遮るもののない状態で、その車体が床に敷かれた絨毯の上に鎮座ましましている姿であった。ただし、周りをぐるりと二、三十センチの高さの柵で囲まれている。
たいしたものではあるが、こうなると、もう、ギャラリーがすごい。見物客がハエのように群がる。
「おい! このクルマ7千万円だってよ」
(プライスボードを見て)「ケタがいっこ違うジャン!」
「このクルマなぁ、ウチん家(ち)より高ぇんだぞ」
・・・ ・・・
円状の柵の内側には、艶やかに銀色に輝く1台の車体。その脇に、3人の男が立っていた。
そのうちのひとりは販売員らしき人間で、後のふたりにガルウィング式のドアを開けたり、ステアリング周りのスイッチを押したりしながら、しきりになにやら説明をしている。
後のふたり、は、購入を検討している、「特別な」人間に違いなかろう。
同じ、メルツェデス・ベンツ SLRマクラーレン だとは思うのだが、今回展示されていた車体には、昨今のユーロ高の影響もあってか、70,000,000円のプライスボードが付いていた(ハイ、「ななせんまんえん」です)。
前回は、5,775万円だったから、1千万円以上も上がったことになる。
まぁ、ココまで来ると、細かいオプション設定ひとつで、簡単に100万円単位で価格が変わるのだろうから、実際のところ、最終的にいくらになるのかは、あくまで目安でしかないのかもしれない。
前回は、あくまで順路上に置かれていたのに対して、今回私が見たのは、きっちり360度、周囲に視界を遮るもののない状態で、その車体が床に敷かれた絨毯の上に鎮座ましましている姿であった。ただし、周りをぐるりと二、三十センチの高さの柵で囲まれている。
たいしたものではあるが、こうなると、もう、ギャラリーがすごい。見物客がハエのように群がる。
「おい! このクルマ7千万円だってよ」
(プライスボードを見て)「ケタがいっこ違うジャン!」
「このクルマなぁ、ウチん家(ち)より高ぇんだぞ」
・・・ ・・・
円状の柵の内側には、艶やかに銀色に輝く1台の車体。その脇に、3人の男が立っていた。
そのうちのひとりは販売員らしき人間で、後のふたりにガルウィング式のドアを開けたり、ステアリング周りのスイッチを押したりしながら、しきりになにやら説明をしている。
後のふたり、は、購入を検討している、「特別な」人間に違いなかろう。
販売員らしき男の誇らしげな表情。その説明に余裕の笑顔で耳を傾けるふたり。残念ながら、サングラスに覆われた、彼らの表情の全てを読み取ることはできなかった。
外側の世界のちょうどベストポジションにいたそのとき、内側で、販売員らしき男が車体の前に立ち、ボンネットフード周りを触り始めた。まさか、これが開くというのだろうか?
・・・そのまさか、であった。今まさに、7千万円の心臓部があらわになろうとしていたのだ。
私は、いたたまれない気分になり、気付くと、「ご開帳だ!」と叫んでいた。
それに呼応するかのように、周りにいた見物客から、「おお、ご開帳だ。ご開帳だ!」の声。
ゆっくりとした動きで、ボンネットフードが完全に開くと、周囲は「おおおっ~!」とため息と驚嘆が入り混じった声に包まれた。みな、覗き込むような格好になりながらも、一心不乱に心臓部へとカメラを向ける。
外側の世界のちょうどベストポジションにいたそのとき、内側で、販売員らしき男が車体の前に立ち、ボンネットフード周りを触り始めた。まさか、これが開くというのだろうか?
・・・そのまさか、であった。今まさに、7千万円の心臓部があらわになろうとしていたのだ。
私は、いたたまれない気分になり、気付くと、「ご開帳だ!」と叫んでいた。
それに呼応するかのように、周りにいた見物客から、「おお、ご開帳だ。ご開帳だ!」の声。
ゆっくりとした動きで、ボンネットフードが完全に開くと、周囲は「おおおっ~!」とため息と驚嘆が入り混じった声に包まれた。みな、覗き込むような格好になりながらも、一心不乱に心臓部へとカメラを向ける。
「ところで、この中にいるのは誰なんだ?」
と遅まきに来たオジサンが言った。
興奮状態にあった私はとっさに「さぁ? ‘百万長者’ですかねぇ」とすっとぼけて受けた。
「いずれにせよ、縁の無い世界でさあ」と、笑いながら言うと、
「そうだなぁ」と屈託の無い笑顔が返って来た。
と遅まきに来たオジサンが言った。
興奮状態にあった私はとっさに「さぁ? ‘百万長者’ですかねぇ」とすっとぼけて受けた。
「いずれにせよ、縁の無い世界でさあ」と、笑いながら言うと、
「そうだなぁ」と屈託の無い笑顔が返って来た。
・・・それは、紛れもなく、円状の柵の内側が、はるか遠い、雲の上の世界であるという感覚を、その時間(とき)、そこに居合わせたほぼ全ての人々が共有した空間だった。
私は、そこに、数日前にテレビで見た映画、‘ALWAYS 三丁目の夕日’のワンシーンをダブらせていた。そのシーンとは、当時とても珍しかったであろう、ブラウン管に映し出される力道山の空手チョップに、テレビを買った家に集まった皆が食い入るように見入っている姿であった。
皆が、熱狂の渦に巻き込まれながら、あるひとつの空間を共有する。
私には、もう何年も、いや、十何年も体験したことがない気がして、はるか昔に忘れ去ってしまった感覚のように思われ、思わず熱いモノがこみ上げてきた。
これだけ世の中が豊かになり、一方で格差が広がったとはいえ、まだまだとてつもなく手の届かない、しかし、それでいながら、皆が憧れるものというモノが、確かに、ある。
そのことを実感できただけでも、なによりの‘お土産’になった、とハッキリと言うことができる。
2年後も、また、楽しみである。
私は、そこに、数日前にテレビで見た映画、‘ALWAYS 三丁目の夕日’のワンシーンをダブらせていた。そのシーンとは、当時とても珍しかったであろう、ブラウン管に映し出される力道山の空手チョップに、テレビを買った家に集まった皆が食い入るように見入っている姿であった。
皆が、熱狂の渦に巻き込まれながら、あるひとつの空間を共有する。
私には、もう何年も、いや、十何年も体験したことがない気がして、はるか昔に忘れ去ってしまった感覚のように思われ、思わず熱いモノがこみ上げてきた。
これだけ世の中が豊かになり、一方で格差が広がったとはいえ、まだまだとてつもなく手の届かない、しかし、それでいながら、皆が憧れるものというモノが、確かに、ある。
そのことを実感できただけでも、なによりの‘お土産’になった、とハッキリと言うことができる。
2年後も、また、楽しみである。
2007/07/16のBlog
[ 08:47 ]
[ 日常・雑記 ]
思い切って買っちゃいました。地球儀。
フツー、地球儀とか言うと、入学祝などに買ってもらうものかと思いますが・・・
うん。私も小学校の入学祝に祖母から買ってもらったものでした。まだソビエト連邦とか、アフリカのギニア湾には象牙海岸とか奴隷海岸とか書かれてましたが、しばらく前、遊びに来た甥っ子たちに壊され(破かれ)ちゃったんです(しょうがないなあ、いたずらっ子は)
まぁ、このような趣向を持つ人間ですから、自分で買うってのも良いかな。
でもって、新しいのが欲しいなあ・・・ とずっと思っていたのですが、自分のなかではとても難しい買いものでした。 というのも、実用性とインテリア性の両方を追求するから。
迷う要素がいろいろありました。
大きさ、行政メインか地形(地勢)メインか(それぞれ詳細度が何段階もある感じ)、日本語表記か英語表記か、台座の素材、全体的な雰囲気、・・・そして、値段。
サスガに何個も買うものじゃないよなと思い、ひとつ選ぶとしたらどれにしよう。とずいぶん迷いました。
ただ、迷ってばかりいてはいつまでたっても買えないので、フィーリングも大事(サスガに、地球儀いっこ買うのに女の子の意見を聞くってのも・・・?? ですよねえ)。
よっしゃ、コレだあ!
と、結論を下したのは、渡辺教具という聞いたことのなかったメーカーの「ジェミニ23cm」(\12,600)。
メイドイン ソーカ、サイタマ(埼玉県草加市)。
なかなか、よろしい。スゴイぞ、せんべいだけじゃなかったのね。
ぶっちゃけ、買うのにココまで迷った買い物って今までなかったかも・・・
大事に使っていきたいです。
フツー、地球儀とか言うと、入学祝などに買ってもらうものかと思いますが・・・
うん。私も小学校の入学祝に祖母から買ってもらったものでした。まだソビエト連邦とか、アフリカのギニア湾には象牙海岸とか奴隷海岸とか書かれてましたが、しばらく前、遊びに来た甥っ子たちに壊され(破かれ)ちゃったんです(しょうがないなあ、いたずらっ子は)
まぁ、このような趣向を持つ人間ですから、自分で買うってのも良いかな。
でもって、新しいのが欲しいなあ・・・ とずっと思っていたのですが、自分のなかではとても難しい買いものでした。 というのも、実用性とインテリア性の両方を追求するから。
迷う要素がいろいろありました。
大きさ、行政メインか地形(地勢)メインか(それぞれ詳細度が何段階もある感じ)、日本語表記か英語表記か、台座の素材、全体的な雰囲気、・・・そして、値段。
サスガに何個も買うものじゃないよなと思い、ひとつ選ぶとしたらどれにしよう。とずいぶん迷いました。
ただ、迷ってばかりいてはいつまでたっても買えないので、フィーリングも大事(サスガに、地球儀いっこ買うのに女の子の意見を聞くってのも・・・?? ですよねえ)。
よっしゃ、コレだあ!
と、結論を下したのは、渡辺教具という聞いたことのなかったメーカーの「ジェミニ23cm」(\12,600)。
メイドイン ソーカ、サイタマ(埼玉県草加市)。
なかなか、よろしい。スゴイぞ、せんべいだけじゃなかったのね。
ぶっちゃけ、買うのにココまで迷った買い物って今までなかったかも・・・
大事に使っていきたいです。
2007/07/14のBlog
[ 08:35 ]
[ 日常・雑記 ]
7月8日日曜日。臨海副都心の東京ビックサイトで催されている、東京国際ブックフェアの最終日。本の雑誌社主幹である作家、椎名誠氏の講演があると以前から聞いていて、出かけていった。
講演のテーマは、‘本の力 本の夢’。読書推進セミナーと銘打たれ、本を読むことがいかにおもしろいか ということを語っていただくというのがその趣旨だ。
椎名氏に関しては、やはり学生時代からその著作、特に冒険・探検物を中心に楽しませていただいていて、いつも通っていた図書館には、「本の雑誌」がバックナンバーも含め、毎号置かれていた。
公演時間は90分。サスガに幅広い読者層から支持されているシーナ氏だけあり、会場は老若男女幅広い方々により全ての席が占められ、第二会場としてサテライト中継を行うほどの盛況であった。
定刻の午前11時ちょうど。講壇に上る、すでに白髪の混じった氏に否応なく時の流れを感じている間もなく、会場から一斉の拍手が起こった。
冒険譚(たん)を中心とする氏の講演全般に関して、強い共感を覚えたのだが、その中でも特に印象に残った部分を2、3記してみたい。
冒険家・探検家と呼ばれる人たちには、古今東西さまざまな人物がいるが、シーナ氏によれば、それらは全て「怪しい」人たちなのだ、とのこと。考えてもみれば、冒険・探検と言えば聞こえは良いかもしれないが、土着の人たちから見れば自分たちの文化・風俗・生活にズカズカと土足で割り込んでくる、ほとんど歓迎されざる闖(ちん)入者。これらを怪しいと言わずしてなんと言おう? ということ。
大体、旅行者レベルの私であっても、途上国の、あまり人口の多くない町や集落を訪れ、人々の集まる市場や宗教施設などを見物すれば、奇異の目線で見られることはしょっちゅうである。いわんや未開の、外部の人間など見たことのない地域に住む者たちの目にはどう映るであろうか? けだし「怪しい」以外の何物でもないのである。
つまり、極論してしまうと、冒険家・探検家と名乗る人々は、その存在自体、すでに相当の部分が怪しい。もともと怪しいものなのだ、と割り切ってしまったほうがいいのだろう。それで、シーナ氏は、「わしらは怪しい探検隊」を上梓(じょうし)したのを皮切りに、怪しい探検隊シリーズを書いた。学生時代、私はそれらを楽しく読ませていただいた。
次に、具体的な地域になるが、オーストラリアの内陸部のお話。この地域名、アウトバックからその名を取ったクルマに乗り換えた、と以前書いたが、その未開の荒野・アウトバックでの生々しい体験談である。私は未だオーストラリア大陸には上陸したことがなく、とても新鮮味を帯びたハナシであった。
まずムシの大群に襲われるそうだ。ハエなどだが、大群に遭遇するとまず誰でも怯む。それでも勇気を持って進むと、当然のごとく体中にたかられる。顔面にも襲い掛かるが、どこが集中的に狙われるかというと、目と鼻と口の周辺。理由は単純で、湿っているから。
そう言われてみれば、私も、途上国を旅している途中、そんな光景に出会ったような気もするが、おそらく錯覚で、せいぜいが10数匹までのレベルだと思う。それほどの恐ろしいまでの大群には遭遇したことはない。ただし、そのときハエにどこに良く止まられたかと振り返れば、やはり目と鼻と口の周辺だったか、と思う。
しかし、シーナ氏が体験したのは、そんな、振り払えば一時的にでも状況が良くなるというレベルのものではないほどの大群なのだ。食事をしているときとて例外ではない。ミルクなど飲もうものなら、コップの周りに大群。そして口の周りにも大群であるから、何匹かは飲み込んでしまうということだ(うげ・・・)。
そして、蚊。これも、野生化している現地のは生半可な虫除けスプレーがマトモに効くほどヤワではない。ジーパンの上からでも容赦なく刺してくる。憎いから、と服の上から殺せば、何本もの繊維に刺さった針が分離し残る、という。
かなりエゲツナイ世界だが、いちいち気にしてたら、そんな地域の旅などおそらくできはしない。
なんだか、自分のクルマも名前がカッコイイな、と思っていたが、このハナシを聴いて考え直した。やはり、カッコイイものではない。しかし、なおさら気に入った。
また、アナコンダのような大蛇がいるが、その体長に極端に長いものはない。とするハナシも興味深かった。
というのも、生物は、神経伝達速度という観点から、その大きさには制限がある。例えば、体長1,000メートル、1kmの蛇がいると「仮定」して、最後尾を何物かに襲われた場合、痛みや熱さなどが頭部の脳に物理的に伝達されるまで1分以上。脳が処理をして、動かせ! とか 叩け! という命令を出し、それが最後尾に伝わるまでにやはり1分以上。合計すると・・・(笑) 襲われてから対処するまで何分も時間が掛かってたら外敵から身を守り生きることができない、というワケで、そんなに長大な蛇は存在しない。とする説を披露していただいた。
そして、それらの知識は本によるところがほとんどであるから、とくにシーナ氏の場合であれば、冒険に出発する前に自然科学系の本。冒険から帰ってきた後にも自然科学系の本。というあんばいで、本とのつながりは切っても切れないのだという。
私の場合なら、最近あまり読めていないが、強いて言うなら旅行に出発する前にも後にも社会科学系の本、ということに少しはなるだろうか。
かように興味深いハナシをたくさん聞くことができた、入場無料、感無量のあっという間の90分であった。
講演のテーマは、‘本の力 本の夢’。読書推進セミナーと銘打たれ、本を読むことがいかにおもしろいか ということを語っていただくというのがその趣旨だ。
椎名氏に関しては、やはり学生時代からその著作、特に冒険・探検物を中心に楽しませていただいていて、いつも通っていた図書館には、「本の雑誌」がバックナンバーも含め、毎号置かれていた。
公演時間は90分。サスガに幅広い読者層から支持されているシーナ氏だけあり、会場は老若男女幅広い方々により全ての席が占められ、第二会場としてサテライト中継を行うほどの盛況であった。
定刻の午前11時ちょうど。講壇に上る、すでに白髪の混じった氏に否応なく時の流れを感じている間もなく、会場から一斉の拍手が起こった。
冒険譚(たん)を中心とする氏の講演全般に関して、強い共感を覚えたのだが、その中でも特に印象に残った部分を2、3記してみたい。
冒険家・探検家と呼ばれる人たちには、古今東西さまざまな人物がいるが、シーナ氏によれば、それらは全て「怪しい」人たちなのだ、とのこと。考えてもみれば、冒険・探検と言えば聞こえは良いかもしれないが、土着の人たちから見れば自分たちの文化・風俗・生活にズカズカと土足で割り込んでくる、ほとんど歓迎されざる闖(ちん)入者。これらを怪しいと言わずしてなんと言おう? ということ。
大体、旅行者レベルの私であっても、途上国の、あまり人口の多くない町や集落を訪れ、人々の集まる市場や宗教施設などを見物すれば、奇異の目線で見られることはしょっちゅうである。いわんや未開の、外部の人間など見たことのない地域に住む者たちの目にはどう映るであろうか? けだし「怪しい」以外の何物でもないのである。
つまり、極論してしまうと、冒険家・探検家と名乗る人々は、その存在自体、すでに相当の部分が怪しい。もともと怪しいものなのだ、と割り切ってしまったほうがいいのだろう。それで、シーナ氏は、「わしらは怪しい探検隊」を上梓(じょうし)したのを皮切りに、怪しい探検隊シリーズを書いた。学生時代、私はそれらを楽しく読ませていただいた。
次に、具体的な地域になるが、オーストラリアの内陸部のお話。この地域名、アウトバックからその名を取ったクルマに乗り換えた、と以前書いたが、その未開の荒野・アウトバックでの生々しい体験談である。私は未だオーストラリア大陸には上陸したことがなく、とても新鮮味を帯びたハナシであった。
まずムシの大群に襲われるそうだ。ハエなどだが、大群に遭遇するとまず誰でも怯む。それでも勇気を持って進むと、当然のごとく体中にたかられる。顔面にも襲い掛かるが、どこが集中的に狙われるかというと、目と鼻と口の周辺。理由は単純で、湿っているから。
そう言われてみれば、私も、途上国を旅している途中、そんな光景に出会ったような気もするが、おそらく錯覚で、せいぜいが10数匹までのレベルだと思う。それほどの恐ろしいまでの大群には遭遇したことはない。ただし、そのときハエにどこに良く止まられたかと振り返れば、やはり目と鼻と口の周辺だったか、と思う。
しかし、シーナ氏が体験したのは、そんな、振り払えば一時的にでも状況が良くなるというレベルのものではないほどの大群なのだ。食事をしているときとて例外ではない。ミルクなど飲もうものなら、コップの周りに大群。そして口の周りにも大群であるから、何匹かは飲み込んでしまうということだ(うげ・・・)。
そして、蚊。これも、野生化している現地のは生半可な虫除けスプレーがマトモに効くほどヤワではない。ジーパンの上からでも容赦なく刺してくる。憎いから、と服の上から殺せば、何本もの繊維に刺さった針が分離し残る、という。
かなりエゲツナイ世界だが、いちいち気にしてたら、そんな地域の旅などおそらくできはしない。
なんだか、自分のクルマも名前がカッコイイな、と思っていたが、このハナシを聴いて考え直した。やはり、カッコイイものではない。しかし、なおさら気に入った。
また、アナコンダのような大蛇がいるが、その体長に極端に長いものはない。とするハナシも興味深かった。
というのも、生物は、神経伝達速度という観点から、その大きさには制限がある。例えば、体長1,000メートル、1kmの蛇がいると「仮定」して、最後尾を何物かに襲われた場合、痛みや熱さなどが頭部の脳に物理的に伝達されるまで1分以上。脳が処理をして、動かせ! とか 叩け! という命令を出し、それが最後尾に伝わるまでにやはり1分以上。合計すると・・・(笑) 襲われてから対処するまで何分も時間が掛かってたら外敵から身を守り生きることができない、というワケで、そんなに長大な蛇は存在しない。とする説を披露していただいた。
そして、それらの知識は本によるところがほとんどであるから、とくにシーナ氏の場合であれば、冒険に出発する前に自然科学系の本。冒険から帰ってきた後にも自然科学系の本。というあんばいで、本とのつながりは切っても切れないのだという。
私の場合なら、最近あまり読めていないが、強いて言うなら旅行に出発する前にも後にも社会科学系の本、ということに少しはなるだろうか。
かように興味深いハナシをたくさん聞くことができた、入場無料、感無量のあっという間の90分であった。
2007/06/06のBlog
[ 01:26 ]
[ 旅(ドライブ・ツーリング) ]
さて、新緑の季節真っ盛りです。
峠開通の情報に接し、さっそくお岳(やま)へ走りにいってきました。
この3月に、諸事情から、これまでの愛車ランクスを手放し、スバル レガシィ アウトバックへの入れ替えを果たした。冬の北海道ツーリングから戻り、4輪駆動車への憧れが募っていたおり、ありがたいことに、結果的に好条件での取引ができたのだった。
このクルマのコンセプトは、「境界を越えていく」。これが、私の琴線に触れた。
われわれの身の回りには、目に見えると見えざるとに関わらず、さまざまな「境界」がある。日常の‘オン’と‘オフ’に始まって、卒業、就職、結婚、転職、退職、出産、離婚・・・ などなど、人生における大小取り混ぜたさまざまなイベント。地理的には、国境、州境、都道府県境、区市町村境・・・。そして、民族、宗教・宗派・・・ 細かく挙げればきりがないほど、さまざまな「境界」、「隔たり」が存在している。まったく、人間には、長い人生の間、いくつの境界があるというのだろう。それらを、ひたすら、超えていくのだ。
そして、より深みのある人間として成長していくことができる。まったくもって、自分自身も、本当に、願わくば、是非そうありたい。そして、そのための努力を、惜しみたくないものだ。
わがアウトバックは、すでに慣らし運転は完了しており、さていよいよこれから本格的にあちこち走り回ろうか、というところ。
今回は、長野県南佐久郡川上村から、山梨県山梨市(旧 東山梨郡牧丘町)へ抜ける、林道川上牧丘線を走った。この道路の特に長野県側は、峰越林道と呼ばれ、悪路で名高い。
早暁午前3時。土曜の深夜とも、日曜の早朝ともつかぬ、まさに「境界」といえる時間帯の、眠らぬ新都心・新宿。始発列車を待っているのであろう、若者たちのグループが、街をぶらついている。その街を、タクシーの群れに紛れつつ、後にし、甲州街道を下っていく。
中央道を須玉ICで降り、国道141号を、清里、野辺山方面へ。JR小海線の踏切を渡り、JRで最も標高の高い駅、標高1345.67メートル(「2抜き」と覚えやすい)野辺山駅のホームを右に見て、川上村へと入る。
林道の入り口のゲートは、深い雪に閉ざされる冬の間は、閉鎖。今季は、ようやく、この6月1日に開いたばかりだ。山梨との県境の峠を、大弛(おおだるみ)峠といい、標高は2,460メートル。そこまで、9キロ近い未舗装の道のりである。
峠開通の情報に接し、さっそくお岳(やま)へ走りにいってきました。
この3月に、諸事情から、これまでの愛車ランクスを手放し、スバル レガシィ アウトバックへの入れ替えを果たした。冬の北海道ツーリングから戻り、4輪駆動車への憧れが募っていたおり、ありがたいことに、結果的に好条件での取引ができたのだった。
このクルマのコンセプトは、「境界を越えていく」。これが、私の琴線に触れた。
われわれの身の回りには、目に見えると見えざるとに関わらず、さまざまな「境界」がある。日常の‘オン’と‘オフ’に始まって、卒業、就職、結婚、転職、退職、出産、離婚・・・ などなど、人生における大小取り混ぜたさまざまなイベント。地理的には、国境、州境、都道府県境、区市町村境・・・。そして、民族、宗教・宗派・・・ 細かく挙げればきりがないほど、さまざまな「境界」、「隔たり」が存在している。まったく、人間には、長い人生の間、いくつの境界があるというのだろう。それらを、ひたすら、超えていくのだ。
そして、より深みのある人間として成長していくことができる。まったくもって、自分自身も、本当に、願わくば、是非そうありたい。そして、そのための努力を、惜しみたくないものだ。
わがアウトバックは、すでに慣らし運転は完了しており、さていよいよこれから本格的にあちこち走り回ろうか、というところ。
今回は、長野県南佐久郡川上村から、山梨県山梨市(旧 東山梨郡牧丘町)へ抜ける、林道川上牧丘線を走った。この道路の特に長野県側は、峰越林道と呼ばれ、悪路で名高い。
早暁午前3時。土曜の深夜とも、日曜の早朝ともつかぬ、まさに「境界」といえる時間帯の、眠らぬ新都心・新宿。始発列車を待っているのであろう、若者たちのグループが、街をぶらついている。その街を、タクシーの群れに紛れつつ、後にし、甲州街道を下っていく。
中央道を須玉ICで降り、国道141号を、清里、野辺山方面へ。JR小海線の踏切を渡り、JRで最も標高の高い駅、標高1345.67メートル(「2抜き」と覚えやすい)野辺山駅のホームを右に見て、川上村へと入る。
林道の入り口のゲートは、深い雪に閉ざされる冬の間は、閉鎖。今季は、ようやく、この6月1日に開いたばかりだ。山梨との県境の峠を、大弛(おおだるみ)峠といい、標高は2,460メートル。そこまで、9キロ近い未舗装の道のりである。
白樺の潅木帯を抜けながら、険しい、土石、陥没、泥濘の悪路を往く。以前のランクス(車体地上高90ミリ)であれば確実に下腹を擦り、オイルパン(オイル貯め)を損傷してしまうことだろう。
クルマにとってのオイルは、人間で例えれば血液と同じ。オイルを漏らし、エンジンに行き渡らず潤滑しなくなれば、長く持たずに焼き付きを起こし、クルマは死ぬ。
アウトバックの車体地上高は、200ミリ。トヨタのランドクルーザーが220ミリだから、これだけゆとりがあれば、とても頼もしい(ごくフツーの乗用車は、130~150ミリほど)。しかも4輪駆動なので、安定した走り。それでいて、車高は1,545ミリなので、契約している立体駐車場もOK。ラゲージスペースもひろびろで、重心は高いが走りも楽しめる。都会に暮らし、何かと欲張った結果、このクルマになったのはある意味必然なのかな、と思う。
路傍に停め、ふっと一息。ああ、空気が美味い。天気も最高だ。来て本当に良かったな(このセリフしょっちゅう言ってますが^_^;)、と思う。
クルマにとってのオイルは、人間で例えれば血液と同じ。オイルを漏らし、エンジンに行き渡らず潤滑しなくなれば、長く持たずに焼き付きを起こし、クルマは死ぬ。
アウトバックの車体地上高は、200ミリ。トヨタのランドクルーザーが220ミリだから、これだけゆとりがあれば、とても頼もしい(ごくフツーの乗用車は、130~150ミリほど)。しかも4輪駆動なので、安定した走り。それでいて、車高は1,545ミリなので、契約している立体駐車場もOK。ラゲージスペースもひろびろで、重心は高いが走りも楽しめる。都会に暮らし、何かと欲張った結果、このクルマになったのはある意味必然なのかな、と思う。
路傍に停め、ふっと一息。ああ、空気が美味い。天気も最高だ。来て本当に良かったな(このセリフしょっちゅう言ってますが^_^;)、と思う。
やがて、1台のタイヤの太くないオンロードのバイクが、上からくだってきた。重い荷物をくくりつけ、いかにも、走行に難儀していそうだ。
「おはようございます。ずっとこんな感じのひどい道なんですか~」とライダーのおじさんが笑いながら聞く。言葉とは裏腹に、いかにも楽しそう。解りますよ、その気持ち。道があれば走ってみたい、と思うのは人情ですよね。うんうん。
「いやいや、この上のほうはこんな感じで特にひどいですが、だんだん少しずつ良くなっていきますよ。ただ、湧き水の流水路にあたっているところとか、特に凹凸が大きいところがありますから、そこには注意してください」と笑顔で返す。
一見、すごいキツく大変そうではあるが、バイクは小回りが利くし、ゆっくりでも良ければ問題ないと判断しての回答である。あとは、その表情。いかにもこのひどい悪路を走ること自体を心から楽しんでいるかのようだから。乗り越えた苦難をも自分の中で勲章にしてしまうようなタイプ(ある意味アホですが(失礼!))と見た。
大弛峠に着くと、そこには先客がたくさん。BMWのZ3なんてのがいる。この先の山梨県側も未舗装のハズだが・・・、と思っていたが、良くこんなところまでたどり着けたものだ。
どうにか1台分、開いている駐車スペースにクルマを停め、というよりは、押し込んで、荷物を背負い山道へ。すぐ、大弛小屋という、古い山小屋に出る。ここまではるばるやってきたこともあるし、あとで立ち寄ってコーヒーでも1杯飲もうかな。
「おはようございます。ずっとこんな感じのひどい道なんですか~」とライダーのおじさんが笑いながら聞く。言葉とは裏腹に、いかにも楽しそう。解りますよ、その気持ち。道があれば走ってみたい、と思うのは人情ですよね。うんうん。
「いやいや、この上のほうはこんな感じで特にひどいですが、だんだん少しずつ良くなっていきますよ。ただ、湧き水の流水路にあたっているところとか、特に凹凸が大きいところがありますから、そこには注意してください」と笑顔で返す。
一見、すごいキツく大変そうではあるが、バイクは小回りが利くし、ゆっくりでも良ければ問題ないと判断しての回答である。あとは、その表情。いかにもこのひどい悪路を走ること自体を心から楽しんでいるかのようだから。乗り越えた苦難をも自分の中で勲章にしてしまうようなタイプ(ある意味アホですが(失礼!))と見た。
大弛峠に着くと、そこには先客がたくさん。BMWのZ3なんてのがいる。この先の山梨県側も未舗装のハズだが・・・、と思っていたが、良くこんなところまでたどり着けたものだ。
どうにか1台分、開いている駐車スペースにクルマを停め、というよりは、押し込んで、荷物を背負い山道へ。すぐ、大弛小屋という、古い山小屋に出る。ここまではるばるやってきたこともあるし、あとで立ち寄ってコーヒーでも1杯飲もうかな。
小屋の脇から、登山道へ入る。標識によると、一番近いところで、歩いて15分ほどのところに、「夢の庭園」というのがあるらしい。なんだかよく分からないが、とにかくも楽園のような響きのある、とても楽しそうな場所だ。せっかくココまで来たことだし、行ってみよう。
しかし、待ち受けていたのは、雪のたくさん残る登山道であった。標高およそ2,500メートル。気温8℃。陽が当たらなければ、確かにこのような状況になるのかもしれない。しかし、今日は6月3日で、ココの東京都心からの直線距離はせいぜい100キロ程度だ。この時期にこんな場所があることに、素直に驚かされる。
しかし、待ち受けていたのは、雪のたくさん残る登山道であった。標高およそ2,500メートル。気温8℃。陽が当たらなければ、確かにこのような状況になるのかもしれない。しかし、今日は6月3日で、ココの東京都心からの直線距離はせいぜい100キロ程度だ。この時期にこんな場所があることに、素直に驚かされる。
[ 01:10 ]
[ 旅(ドライブ・ツーリング) ]
ここで、出発前に自宅近くのコンビニで買っておいた朝ゴハンをいただくことにしよう。今朝のメニューは、コロッケパンと‘木のお菓子’バウム・クーヘン。
美味い空気と素晴らしい景色。こんななかでいただく朝食は、やはり格別だ。
美味い空気と素晴らしい景色。こんななかでいただく朝食は、やはり格別だ。
帰路、特にアシを滑らせないように慎重に下り、大弛小屋まで戻ってきた。そこで、ドアを開けてみる。が、ラジオが鳴っているだけで、誰もいない(ようだった)。
「おはようございます」と声を掛けると、奥からオヤジさんがのっそりとでてきた。怪しげだが、いかにも‘山の男’といった風体。
「コーヒーはありますか」と聞くと、できる、とのこと。いくらか聞くと、いつもは500円だが、きょうは出足がいまいちっぽそうなので4割引の300円で良い。とのこと。ありがたい限りである。
おいしいコーヒーで身体を暖めつつ聞けば、なんでも、ココの水は湧水で、この標高にしたらとても珍しいのだという(確かに!)。その後、水の話になり、オヤジさんに言わせると、世界中で数少ない飲料水としての水道水の名産地(?)は、なんでもアラビア半島の産油国(バーレーン、カタール、UAE;アラブ首長国連邦 など)なのだという。もともと水の少ない地のイメージがあるが、そのココロは、お金持ちの国だから、水は、燃料で機械を動かし海水を飲料水化して飲むからだ、という。なるほど、同地に旅したときは意識していなかったが、いかにもミネラルがたっぷりそうだ。
東京の水は、もちろん飲用には適すが、それはいろいろな生活排水も含めた水を消毒しているからなのだ。というが、まぁ、生まれ育った身としては、仕方のないところだ。確かにこの水を毎日飲めるのは羨ましくもあるが、ココに住んでまで飲みたいとは私は思わない。やはり、たまに来て飲めるからこそ良いのだ。
この小屋は、もう50年も変わっていない。建物は古いが味がある、という言い方もできる。もちろん宿泊施設であって、泊まることができるが、昔ながらの山小舎で、囚人開拓史に出てきそうな雑魚寝状態。その間に、衛星電話と太陽光発電システムはできたようだが、ネットやPCとは無縁の生活を送っている。
この権利を莫大なおカネを払ってでも買いそうなヒトはいそうな感じで、おそらく、やろうと思えばテラスのあるような瀟洒な、スイスアルプスに見られるような小屋にもできるのだろうが、オヤジさんはそうしたいとは思わないようだった。しかし、そうしたら、観光客がどっと押し寄せて、いわゆる「観光公害」といった問題も出てくることだろう。オヤジさんは、自分のポリシーで小屋を建て替えないように思われるが、それもまた良いと思う。あるいは、秩父多摩甲斐という名の国立公園内だから、何らかの制約があるのかも知れない。
「おはようございます」と声を掛けると、奥からオヤジさんがのっそりとでてきた。怪しげだが、いかにも‘山の男’といった風体。
「コーヒーはありますか」と聞くと、できる、とのこと。いくらか聞くと、いつもは500円だが、きょうは出足がいまいちっぽそうなので4割引の300円で良い。とのこと。ありがたい限りである。
おいしいコーヒーで身体を暖めつつ聞けば、なんでも、ココの水は湧水で、この標高にしたらとても珍しいのだという(確かに!)。その後、水の話になり、オヤジさんに言わせると、世界中で数少ない飲料水としての水道水の名産地(?)は、なんでもアラビア半島の産油国(バーレーン、カタール、UAE;アラブ首長国連邦 など)なのだという。もともと水の少ない地のイメージがあるが、そのココロは、お金持ちの国だから、水は、燃料で機械を動かし海水を飲料水化して飲むからだ、という。なるほど、同地に旅したときは意識していなかったが、いかにもミネラルがたっぷりそうだ。
東京の水は、もちろん飲用には適すが、それはいろいろな生活排水も含めた水を消毒しているからなのだ。というが、まぁ、生まれ育った身としては、仕方のないところだ。確かにこの水を毎日飲めるのは羨ましくもあるが、ココに住んでまで飲みたいとは私は思わない。やはり、たまに来て飲めるからこそ良いのだ。
この小屋は、もう50年も変わっていない。建物は古いが味がある、という言い方もできる。もちろん宿泊施設であって、泊まることができるが、昔ながらの山小舎で、囚人開拓史に出てきそうな雑魚寝状態。その間に、衛星電話と太陽光発電システムはできたようだが、ネットやPCとは無縁の生活を送っている。
この権利を莫大なおカネを払ってでも買いそうなヒトはいそうな感じで、おそらく、やろうと思えばテラスのあるような瀟洒な、スイスアルプスに見られるような小屋にもできるのだろうが、オヤジさんはそうしたいとは思わないようだった。しかし、そうしたら、観光客がどっと押し寄せて、いわゆる「観光公害」といった問題も出てくることだろう。オヤジさんは、自分のポリシーで小屋を建て替えないように思われるが、それもまた良いと思う。あるいは、秩父多摩甲斐という名の国立公園内だから、何らかの制約があるのかも知れない。
[ 00:45 ]
[ 旅(ドライブ・ツーリング) ]
小屋を後にし、山梨県側に下っていくと、そこは完全に舗装された道路だった。ほんの2、3年前までは、やはり未舗装路だったと思うが、変わったモノだ。どうりでBMWのZ3がやってこれるワケである。
このクルマでダート(未舗装路)を走れないのはなんとなく興ざめだが、ではいつまでもダートのままで良いのか? と言われれば、それはちょっと答えるのが難しい。
このクルマでダート(未舗装路)を走れないのはなんとなく興ざめだが、ではいつまでもダートのままで良いのか? と言われれば、それはちょっと答えるのが難しい。
というのも、ダートだった道をそのまま舗装しただけで、付替え(短絡線の建設)や拡幅などはしていない、センターラインのないワインディングなのだ。
舗装してあるぶん、スピードは出やすいし、車高も低いクルマもいろいろ入ってくるから、交通量も多くなる。ダートとはまた少し違う意味で、それなりに危険といえば危険なのだ。
塩山の町なかまで下ったあと、勝沼ICから中央道に乗り、早々と帰京の途に就いたのだった。
それにしても、山歩きの途中、中高年、どちらかというと高年のオジサンオバサンたちの集団(パーティ)がやたらと目に付いた。
2、30代のヒトは、ほとんどおらず、目にしたのは単独行のお兄さんひとり。
まったく、山歩きというのは、若い人には流行らないのだろうか? こんなに素晴らしい景色を堪能できるのに、もったいないことであるなぁ、と思う。
舗装してあるぶん、スピードは出やすいし、車高も低いクルマもいろいろ入ってくるから、交通量も多くなる。ダートとはまた少し違う意味で、それなりに危険といえば危険なのだ。
塩山の町なかまで下ったあと、勝沼ICから中央道に乗り、早々と帰京の途に就いたのだった。
それにしても、山歩きの途中、中高年、どちらかというと高年のオジサンオバサンたちの集団(パーティ)がやたらと目に付いた。
2、30代のヒトは、ほとんどおらず、目にしたのは単独行のお兄さんひとり。
まったく、山歩きというのは、若い人には流行らないのだろうか? こんなに素晴らしい景色を堪能できるのに、もったいないことであるなぁ、と思う。
2007/05/16のBlog
[ 01:25 ]
[ 日常・雑記 ]
きのう、家の近くの、大黒屋というディスカウントストアに、スポーツドリンクを物色しに立ち寄った。このところ、気候が不順なこともあり、少し疲れ気味なので、ここらで仕入れておこうと思ったのだ。
相も変わらず、狭いスペースに、商品が、その多くは仕入れたときの姿、ダンボールの梱包を部分的に切り取ったまま、ゴマンと詰め込まれている。値段自体は、安いことは安い、と思うのだが、この雰囲気がどうにも肌に合わない、ダメ、と言う人もいて、近所じゃ賛否両論あるお店。
その入口近くに、なにやら怪しげな飲料を見つけてしまった。
真っ黒に塗られた細い250ml缶に、焔(ほむら)が一点。その下に、‘buzz --- energy drink. from Coca-Cola’とある。もともとが黒い缶だから、これがダース単位でまとまっていると、とても目に付く。なんだか、無視して通り過ぎるわけには何となくいかなさそうな、ミョーな存在感がある。なかなか商売が上手いものである。
ひとつ、手にとってみる。裏側に、なにやら能書きがあり、「ビタミンC・B2・B6・P、カフェイン、ジンセンの入ったスパークリング・エナジードリンクです」とのこと。
ビタミンP・・・って、聞いたコトないぞ。ジンセンってのは、英語で、朝鮮人参のことだよなぁ・・・
などと思いをめぐらせた挙句、コレは結構効くかも! と単純に思ってしまった。
最終的に、背中を前に押されたのは、「コカ・コーラ」ブランドであるところ。コレが聞いたことのないメーカーだったら、レジに持っていかなかったことだろう。
ところで、段ボールに付いている値段の表示を見ると・・・ 「49」と大きく数字が書かれている ・・・のはまぁ良いとして。
その右上に、「.(ピリオド)35」、と「49」に比べると申し訳ないくらい小さな数字で書かれている。
なんのこっちゃ? と一瞬、思った。
コレは、49円なのか、それとも35円なのか。
まぁ、でっかく49と書かれているワケだから、49円なんだろう。じゃ、この35は一体・・・? とよく表示を見てみたら、その下に同じように小さな字で‘(本体47円)’とあった。
ここまで来てようやくナゾが解けた。つまりこれは、47円(00銭)に消費税5%を加え、49円35銭なのだ、と。
しばらく前から、税込みでの価格表示が義務付けられているから、まぁ、適正といえば適正なのだが・・・ 律儀と言うか、なんと言うか。日本では、為替レートや株価はともかく、スーパーやコンビニではほとんど見ない表示だ。
もう少し解りやすくしてもらえるなら、35をもう少し大きく書いて、下線を引いてもらえると良かったかな。日常的に補助単位を用いる諸外国でも、その方式だし。(しかし、それだと余計に混乱するお客さんばかりになるだろうな・・・)
ともかくも、気分だけでも海外だ! と、幸せな気分で家路に就いたのだった。
(ちなみにこのドリンク、味のほうはごくフツーの炭酸飲料水という感じでした。まぁ気分の問題、思い込みで効くのかも?、ですね)
相も変わらず、狭いスペースに、商品が、その多くは仕入れたときの姿、ダンボールの梱包を部分的に切り取ったまま、ゴマンと詰め込まれている。値段自体は、安いことは安い、と思うのだが、この雰囲気がどうにも肌に合わない、ダメ、と言う人もいて、近所じゃ賛否両論あるお店。
その入口近くに、なにやら怪しげな飲料を見つけてしまった。
真っ黒に塗られた細い250ml缶に、焔(ほむら)が一点。その下に、‘buzz --- energy drink. from Coca-Cola’とある。もともとが黒い缶だから、これがダース単位でまとまっていると、とても目に付く。なんだか、無視して通り過ぎるわけには何となくいかなさそうな、ミョーな存在感がある。なかなか商売が上手いものである。
ひとつ、手にとってみる。裏側に、なにやら能書きがあり、「ビタミンC・B2・B6・P、カフェイン、ジンセンの入ったスパークリング・エナジードリンクです」とのこと。
ビタミンP・・・って、聞いたコトないぞ。ジンセンってのは、英語で、朝鮮人参のことだよなぁ・・・
などと思いをめぐらせた挙句、コレは結構効くかも! と単純に思ってしまった。
最終的に、背中を前に押されたのは、「コカ・コーラ」ブランドであるところ。コレが聞いたことのないメーカーだったら、レジに持っていかなかったことだろう。
ところで、段ボールに付いている値段の表示を見ると・・・ 「49」と大きく数字が書かれている ・・・のはまぁ良いとして。
その右上に、「.(ピリオド)35」、と「49」に比べると申し訳ないくらい小さな数字で書かれている。
なんのこっちゃ? と一瞬、思った。
コレは、49円なのか、それとも35円なのか。
まぁ、でっかく49と書かれているワケだから、49円なんだろう。じゃ、この35は一体・・・? とよく表示を見てみたら、その下に同じように小さな字で‘(本体47円)’とあった。
ここまで来てようやくナゾが解けた。つまりこれは、47円(00銭)に消費税5%を加え、49円35銭なのだ、と。
しばらく前から、税込みでの価格表示が義務付けられているから、まぁ、適正といえば適正なのだが・・・ 律儀と言うか、なんと言うか。日本では、為替レートや株価はともかく、スーパーやコンビニではほとんど見ない表示だ。
もう少し解りやすくしてもらえるなら、35をもう少し大きく書いて、下線を引いてもらえると良かったかな。日常的に補助単位を用いる諸外国でも、その方式だし。(しかし、それだと余計に混乱するお客さんばかりになるだろうな・・・)
ともかくも、気分だけでも海外だ! と、幸せな気分で家路に就いたのだった。
(ちなみにこのドリンク、味のほうはごくフツーの炭酸飲料水という感じでした。まぁ気分の問題、思い込みで効くのかも?、ですね)
2007/03/22のBlog
[ 23:10 ]
[ 日常・雑記 ]
19日の月曜日、いつものように定期券で最寄駅の改札を出て、バス乗り場に直行した。スイカ(Suica)でバスにも乗れるようになった、という報に接していたから、実際、どんな感じだろうか? と大したワケもなく試してみたくなったのだ。
やがてやってきたバスに乗り込み、運転手さんに「スイカなんですが・・・」と言ってみたところ、運賃箱に取り付けられている読み取り部分にタッチするよう案内される。すると、しっかり運賃200円と、チャージされている残額とがモニタに表示され、難なく乗客となることができた。
3月18日から、パスモ(PASMO)の運用が開始され、JR東日本のスイカとは相互利用、ということで、実質的に、いつも使っているスイカ定期券1枚で首都圏の交通機関をほぼ全て網羅することが可能になったようだ。ついにこの日が来たか、と感無量である。
・・・四半世紀以上も前の小学校低学年のころ、親からもらった小遣いを貯めて、小銭を握りしめ、暇を見つけては私鉄沿線に出かけて行った。最寄駅から国電(現:JR線。‘E電’なんてのも一時あったけれど、馴染みませんでしたねぇ)に乗り、ターミナル駅まで出て私鉄に乗り換え、小児運賃で行けるところまで行って街を少し見て帰ってくる。ちょっとした冒険気分の味わえる、なんとも楽しみな時間だった。
下北沢、青砥、桜新町、中村橋・・・ みんな懐かしい。どの街へも、300円もあれば、どうにかお釣りの来る値段で行って帰ってくることができた。300円とは言っても、当時のお小遣いは、ひと月に1,000円だったから、自分なりにはそれなりのおカネだったものである。
出かける前には、宿題などさっさと片付けて、日本交通公社(現:JTB)時刻表の、始発駅からの運賃が掲載されている会社線のページを繰って、予算内で次はどこまでいけるか、路線図とにらめっこして‘プランニング’をするのが、マンガよりテレビより食事より、何よりも面白い時間だった(まぁ、無論それはひとりの時のハナシで、それとは別に友達のところに良く遊びに行ったものだけれども)。
ターミナル駅の大人たちの雑踏のなか、目的の駅までのきっぷを買うために券売機に硬貨を入れてボタンを押す。今であれば、単に面倒以外の何物でもないように感じられてしまう行為でも、当時の自分にとっては未知なる光景への第一歩。期待を胸に、ボタンを押したものだった。
その後、オレンジカードを経てスイカになり、パスネットも出るようになって、このたび、ついに、スイカ1枚で全てコトが足りるようになってしまった。あらかじめチャージしておけば、どの交通機関でもワンタッチで使えてしまう。まさに、無敵のパス。何だか、首都圏はオレ様のもの、という感じだ。
ココまで手軽に交通機関を利用できるようになったことで、ひとつ企画としてやってみたいことが出てきた。‘Suica(PASMO)ラリー’である。
例えば深大寺本堂、東京大学本郷キャンパス安田講堂、植村冒険館、船の科学館などなど、都内各所にあらかじめいくつか複数のチェックポイントを設けておく。六本木ヒルズの東京シティービューを出発点およびゴール地点とし、いかに早く全てのチェックポイントを回って帰ってくることができるか、を競い合うのだ。
これくらいメジャーな場所ならまだ良いが、例えば水元公園とか、バスでなければ行けないようなところも混ぜるとより面白いと思う。本当に速く移動するためには、○○線に乗り換えるには、乗るとき○両目の車両に乗ったほうが良い、とか、この地域の地下街(地下通路)は、こういう風に走っている、とか、東京の街という空間を、立体的に把握している必要があるだろう。また、各交通機関の運転間隔や、また、バスの場合には道路の渋滞状況などなど、勘案しなければならない事象は多いので、とても奥の深いものになるだろう。
手引きとしては、100円ショップ キャン・ドゥで売られているコレ。「東京中心部」と「東京周辺部」の2冊の地図を挙げたい。バスの路線図は、少なくとも都営バスであれば営業所に行けば手に入れることができる。それ以外の、「駅すぱあとモバイル」や「au EZナビウォーク」などを利用するのは、邪道とし、その不便な部分を自らの知力や体力で補うのが本来の姿かと思われる(まぁ、あればあったで便利なんだから使えば良いとおっしゃる向きもあろうが・・・)。
・・・17日の土曜日の日中、所用で愛車を駆って城南地区へ出かけたのだが、東京の街を北から南へ縦断するにはナビを使っても思いのほか時間と金がかかる。途中、首都高都心環状線(C1)の通過を含め80分以上も費やしてしまった。680円と、割引もほとんどない。それでも、下道を往くよりは速いのだから、東京という街がいかに公共交通機関を利用して動いたほうが効率的かを物語るというものだ。
さぁ、今や準備は整いました。
Suica(PASMO)を片手に、縦横無尽に、この東京の街を愉しみ尽くそうではありませんか。
やがてやってきたバスに乗り込み、運転手さんに「スイカなんですが・・・」と言ってみたところ、運賃箱に取り付けられている読み取り部分にタッチするよう案内される。すると、しっかり運賃200円と、チャージされている残額とがモニタに表示され、難なく乗客となることができた。
3月18日から、パスモ(PASMO)の運用が開始され、JR東日本のスイカとは相互利用、ということで、実質的に、いつも使っているスイカ定期券1枚で首都圏の交通機関をほぼ全て網羅することが可能になったようだ。ついにこの日が来たか、と感無量である。
・・・四半世紀以上も前の小学校低学年のころ、親からもらった小遣いを貯めて、小銭を握りしめ、暇を見つけては私鉄沿線に出かけて行った。最寄駅から国電(現:JR線。‘E電’なんてのも一時あったけれど、馴染みませんでしたねぇ)に乗り、ターミナル駅まで出て私鉄に乗り換え、小児運賃で行けるところまで行って街を少し見て帰ってくる。ちょっとした冒険気分の味わえる、なんとも楽しみな時間だった。
下北沢、青砥、桜新町、中村橋・・・ みんな懐かしい。どの街へも、300円もあれば、どうにかお釣りの来る値段で行って帰ってくることができた。300円とは言っても、当時のお小遣いは、ひと月に1,000円だったから、自分なりにはそれなりのおカネだったものである。
出かける前には、宿題などさっさと片付けて、日本交通公社(現:JTB)時刻表の、始発駅からの運賃が掲載されている会社線のページを繰って、予算内で次はどこまでいけるか、路線図とにらめっこして‘プランニング’をするのが、マンガよりテレビより食事より、何よりも面白い時間だった(まぁ、無論それはひとりの時のハナシで、それとは別に友達のところに良く遊びに行ったものだけれども)。
ターミナル駅の大人たちの雑踏のなか、目的の駅までのきっぷを買うために券売機に硬貨を入れてボタンを押す。今であれば、単に面倒以外の何物でもないように感じられてしまう行為でも、当時の自分にとっては未知なる光景への第一歩。期待を胸に、ボタンを押したものだった。
その後、オレンジカードを経てスイカになり、パスネットも出るようになって、このたび、ついに、スイカ1枚で全てコトが足りるようになってしまった。あらかじめチャージしておけば、どの交通機関でもワンタッチで使えてしまう。まさに、無敵のパス。何だか、首都圏はオレ様のもの、という感じだ。
ココまで手軽に交通機関を利用できるようになったことで、ひとつ企画としてやってみたいことが出てきた。‘Suica(PASMO)ラリー’である。
例えば深大寺本堂、東京大学本郷キャンパス安田講堂、植村冒険館、船の科学館などなど、都内各所にあらかじめいくつか複数のチェックポイントを設けておく。六本木ヒルズの東京シティービューを出発点およびゴール地点とし、いかに早く全てのチェックポイントを回って帰ってくることができるか、を競い合うのだ。
これくらいメジャーな場所ならまだ良いが、例えば水元公園とか、バスでなければ行けないようなところも混ぜるとより面白いと思う。本当に速く移動するためには、○○線に乗り換えるには、乗るとき○両目の車両に乗ったほうが良い、とか、この地域の地下街(地下通路)は、こういう風に走っている、とか、東京の街という空間を、立体的に把握している必要があるだろう。また、各交通機関の運転間隔や、また、バスの場合には道路の渋滞状況などなど、勘案しなければならない事象は多いので、とても奥の深いものになるだろう。
手引きとしては、100円ショップ キャン・ドゥで売られているコレ。「東京中心部」と「東京周辺部」の2冊の地図を挙げたい。バスの路線図は、少なくとも都営バスであれば営業所に行けば手に入れることができる。それ以外の、「駅すぱあとモバイル」や「au EZナビウォーク」などを利用するのは、邪道とし、その不便な部分を自らの知力や体力で補うのが本来の姿かと思われる(まぁ、あればあったで便利なんだから使えば良いとおっしゃる向きもあろうが・・・)。
・・・17日の土曜日の日中、所用で愛車を駆って城南地区へ出かけたのだが、東京の街を北から南へ縦断するにはナビを使っても思いのほか時間と金がかかる。途中、首都高都心環状線(C1)の通過を含め80分以上も費やしてしまった。680円と、割引もほとんどない。それでも、下道を往くよりは速いのだから、東京という街がいかに公共交通機関を利用して動いたほうが効率的かを物語るというものだ。
さぁ、今や準備は整いました。
Suica(PASMO)を片手に、縦横無尽に、この東京の街を愉しみ尽くそうではありませんか。
2007/03/08のBlog
[ 01:10 ]
[ 旅(ドライブ・ツーリング) ]
2月24日土曜日から26日月曜日までの3日間。念願叶い、冬の北海道をツーリングしてきました。そのときの模様を日記風に書いてみましょう。
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
なかなか時間が思うように取れないなか、プロバイダのメールアドレスが引き継げることを確認し、現在のネット環境を、ADSL回線から、光回線へと切り替えるための工事の指定日が、24日の午前中であった。そのため、出発は、昼食を摂ってからとなった。
北海道へ入るにあたり、寝台特急北斗星のソロ(一人用個室)が取れる鉄路にするか、空路にするか迷ったが、運賃の高さも去ることながら「時は金なり」。結局、その日のうちに札幌近郊の千歳市入りできる、格安航空のスカイマークで飛ぶことにした。
東京23区の南端の羽田へは、モノレールで。JRと通しできっぷを買えば、若干安くなるようだし、結局のところは一番速かろう、という目論見からである。
2日前に、ネット上で予約し、運賃のクレジットカード決済をした721便、15:40発札幌行きは、気象条件の悪さ(強風)のあおりか、機材のやりくりの都合上、出発が30分程度遅れる、とのこと。
気分転換がてら、ターミナル(通称ビックバード)内を散策することにした。
屋上の展望デッキに出ると、晴れてはいるが相変わらず風が強い。こんななかでも飛ぶ日本の航空機は、ほんとうに優秀だな、と思う。
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なかなか時間が思うように取れないなか、プロバイダのメールアドレスが引き継げることを確認し、現在のネット環境を、ADSL回線から、光回線へと切り替えるための工事の指定日が、24日の午前中であった。そのため、出発は、昼食を摂ってからとなった。
北海道へ入るにあたり、寝台特急北斗星のソロ(一人用個室)が取れる鉄路にするか、空路にするか迷ったが、運賃の高さも去ることながら「時は金なり」。結局、その日のうちに札幌近郊の千歳市入りできる、格安航空のスカイマークで飛ぶことにした。
東京23区の南端の羽田へは、モノレールで。JRと通しできっぷを買えば、若干安くなるようだし、結局のところは一番速かろう、という目論見からである。
2日前に、ネット上で予約し、運賃のクレジットカード決済をした721便、15:40発札幌行きは、気象条件の悪さ(強風)のあおりか、機材のやりくりの都合上、出発が30分程度遅れる、とのこと。
気分転換がてら、ターミナル(通称ビックバード)内を散策することにした。
屋上の展望デッキに出ると、晴れてはいるが相変わらず風が強い。こんななかでも飛ぶ日本の航空機は、ほんとうに優秀だな、と思う。
タバコの吸えない口寂しさを紛らわせるかのように、自販機でアイスモナカを買う。ベンチに座り、京浜工業地帯の工場群の煙突と、行き交う航空機を眺めつつ、アイスの封を切ろうとすると、どこからかスズメたちがその神経質そうな様子を見せつつ、3羽、4羽と徐々に数を増しつつ近づいてくる。
可愛いものだな。それにしても何故こんな都会の空港に大勢のスズメが? と、よく見ると、これがけっこう太っている。ははあ、さては見物客から餌を失敬して生活しているのだな・・・ それにしても、このタイミングでワラワラ集まってくるということは、彼らには後ろの自販機でアイスを買う人間が判るのだろうか?(まぁ、判るのかも)
あまりにもしぐさが可愛らしいので、モナカの部分をちぎって柵の外側に投げ込んでやる。すると、警戒しながらも、やがて、一羽が意を決したように銜(くわ)えていった。なんだか、その様子が「誰が取る? お前取りに行け、いや、お前が行け」といじらしい譲り合いをしていたかのように映り、とても微笑ましかった。
あまりにもしぐさが可愛らしいので、モナカの部分をちぎって柵の外側に投げ込んでやる。すると、警戒しながらも、やがて、一羽が意を決したように銜(くわ)えていった。なんだか、その様子が「誰が取る? お前取りに行け、いや、お前が行け」といじらしい譲り合いをしていたかのように映り、とても微笑ましかった。
しばしスズメと戯れたのち、格安航空らしく、長いターミナルの端っこの搭乗ゲートに行くと、やはりどこからか遅れている機が到着し、客が降りて、機内清掃が終わり、それからの搭乗、出発となるので、30分程度は遅れると告げられる。
予定では、17:10に到着し、17:30からジャパレンでレンタカーを借り出す予定になっているのだが、とてもムリっぽそう。そこでスカイマークからジャパレンの現地事務所の番号を教えてもらい、ケータイから、遅れる見込みの一報を入れておくことにする。
16:10ころ、どうにか搭乗が始まり、乗客がガンガン乗り込んで席に着き、ドアが閉まって出発したのが16:20ころ。満席に近い割には早い、早い。機は夕暮れ迫る東京を背に、北へと針路を取る。
ところでこの飛行機、とてもさっぱりしている。いちおう高級感のある革張りのシートに、持ち出し不可の機内誌が1冊。音楽やテレビ画面がなければ、食事はおろか飲み物も供されない(飲料水は、100円で売られている)。サービスと呼べるものは、毛布の貸し出しくらい。テレビ画面がないから、救命胴衣のデモンストレーションは、乗務員のお姉さんが通路に立って実演する。
携帯電話は、当然常時使用禁止だから、退屈でしょうがない向きには、文庫本の1冊でも持って乗るのが良いと思う。あとは、離着陸時を除いて、携帯ミュージックプレーヤーやゲーム機などが使える。
なんだか、景色のあまりよく見えない「路線バス」のようだけれども、飛行機は、これでも、いい。と思う。いくつかの国の国内線の飛行機に乗ってみたけれども、大体どこもこんなもの(まぁ、飲み水くらいはタダで持ってきてくれるけれど・・・)。日本の大手航空会社の機内サービスが、ある意味異常なほどに過剰なのだ(飛行機発祥にして大国、アメリカですらここまで過剰ではない)。メシ時なら、ホカ弁、とまでは行かなくとも、今話題の「空弁」を持ち込むのも一興でしょう。この便は、ギリギリの2日前の予約でも、運賃は15,800円であった。大手の普通運賃は3万円近くもするから、とにかくも、安いのがイチバン。
17:45、すっかりと陽の落ちた千歳に到着し、北海道上陸を果たす。まったく、なんと安くて速いことだろう。まだ飛行機の運賃がずっとずっと高くて、上野駅を急行「八甲田」で発ち、青函連絡船に揺られ、まる一昼夜かけて札幌まで行き、学割だったがそれでも高いと感じていたあの時代(昭和最後期)が懐かしい。
気温はマイナス5度。寒いといえば寒いが、それほど極端でもない。
さて。レンタカーのカウンターに行ってみると、無人にて、自分の名前が掲げられていた。内線電話で話してみると、今から迎えに来てくれるとのこと。果たして数分後、パーカーを着たお兄さんが出迎えてくれ、自分ひとりしかいないのだが大型バスにて広い敷地の事務所へと招じ入れられる。
いろんなクーポンつきの北海道の観光用資料を頂き、クルマに案内される。やはりネットにてあらかじめ予約しておいたSクラス(1000cc~1300cc)で指定された車種は、4駆で、スタッドレスを履いている、まさに北海道仕様のホンダ・フィットであった。
ナビとCDプレーヤーが付いている。CDを何枚か、B5版ポケットファイルに入れて持ってきて、良かった♪(CD専用のファイル、あったんですが、出発前にあわただしく、準備不足でした)。これで退屈しなくて済みそう。
レンタカーのガソリンは、満タン貸しの満タン返しが原則だが、返すときは千歳市内で入れ、その証明のレシートも見せてくれ、という。そうでなければ、敷地内の給油所で入れてくれ(訊いて解ったが市価より10円/リッターほど高い)、とのこと。いかにも、その気になればいくらでも走れてしまいそうな北海道ならではのシステムである。
予定では、17:10に到着し、17:30からジャパレンでレンタカーを借り出す予定になっているのだが、とてもムリっぽそう。そこでスカイマークからジャパレンの現地事務所の番号を教えてもらい、ケータイから、遅れる見込みの一報を入れておくことにする。
16:10ころ、どうにか搭乗が始まり、乗客がガンガン乗り込んで席に着き、ドアが閉まって出発したのが16:20ころ。満席に近い割には早い、早い。機は夕暮れ迫る東京を背に、北へと針路を取る。
ところでこの飛行機、とてもさっぱりしている。いちおう高級感のある革張りのシートに、持ち出し不可の機内誌が1冊。音楽やテレビ画面がなければ、食事はおろか飲み物も供されない(飲料水は、100円で売られている)。サービスと呼べるものは、毛布の貸し出しくらい。テレビ画面がないから、救命胴衣のデモンストレーションは、乗務員のお姉さんが通路に立って実演する。
携帯電話は、当然常時使用禁止だから、退屈でしょうがない向きには、文庫本の1冊でも持って乗るのが良いと思う。あとは、離着陸時を除いて、携帯ミュージックプレーヤーやゲーム機などが使える。
なんだか、景色のあまりよく見えない「路線バス」のようだけれども、飛行機は、これでも、いい。と思う。いくつかの国の国内線の飛行機に乗ってみたけれども、大体どこもこんなもの(まぁ、飲み水くらいはタダで持ってきてくれるけれど・・・)。日本の大手航空会社の機内サービスが、ある意味異常なほどに過剰なのだ(飛行機発祥にして大国、アメリカですらここまで過剰ではない)。メシ時なら、ホカ弁、とまでは行かなくとも、今話題の「空弁」を持ち込むのも一興でしょう。この便は、ギリギリの2日前の予約でも、運賃は15,800円であった。大手の普通運賃は3万円近くもするから、とにかくも、安いのがイチバン。
17:45、すっかりと陽の落ちた千歳に到着し、北海道上陸を果たす。まったく、なんと安くて速いことだろう。まだ飛行機の運賃がずっとずっと高くて、上野駅を急行「八甲田」で発ち、青函連絡船に揺られ、まる一昼夜かけて札幌まで行き、学割だったがそれでも高いと感じていたあの時代(昭和最後期)が懐かしい。
気温はマイナス5度。寒いといえば寒いが、それほど極端でもない。
さて。レンタカーのカウンターに行ってみると、無人にて、自分の名前が掲げられていた。内線電話で話してみると、今から迎えに来てくれるとのこと。果たして数分後、パーカーを着たお兄さんが出迎えてくれ、自分ひとりしかいないのだが大型バスにて広い敷地の事務所へと招じ入れられる。
いろんなクーポンつきの北海道の観光用資料を頂き、クルマに案内される。やはりネットにてあらかじめ予約しておいたSクラス(1000cc~1300cc)で指定された車種は、4駆で、スタッドレスを履いている、まさに北海道仕様のホンダ・フィットであった。
ナビとCDプレーヤーが付いている。CDを何枚か、B5版ポケットファイルに入れて持ってきて、良かった♪(CD専用のファイル、あったんですが、出発前にあわただしく、準備不足でした)。これで退屈しなくて済みそう。
レンタカーのガソリンは、満タン貸しの満タン返しが原則だが、返すときは千歳市内で入れ、その証明のレシートも見せてくれ、という。そうでなければ、敷地内の給油所で入れてくれ(訊いて解ったが市価より10円/リッターほど高い)、とのこと。いかにも、その気になればいくらでも走れてしまいそうな北海道ならではのシステムである。
とにかくも、すでに陽も落ち暗くなってしまっているので、東へと急ぐことにする。
走り始めてすぐに気付いたが、語弊を畏れず言えば、やはりココは日本ではない。いや、まあ。日本離れしている、と言うべきか。
周囲に灯のやたら少ない、広い道路。何キロも、時には10キロ程度、信号に引っかかるどころか、信号機すらない。交通量も、東京と比べはるかに少ない。気温も、マイナス。ああ、なんと大陸的なことであろうか。
そこを、よく調教されたCVTで行く。この無段変速機は良くできている。そして、あのホンダ車特有の、少し高めのエンジン音がとても耳に心地よく(説明難しいですが)、走りへと誘う。
自分の思考回路が、とたんに大雑把になっているのに気付いた。まぁ、少なくともあまり小難しいことは、今は考えたくない気分になった。
◎◎◎ さて、ここらで、地図 も参照されたし ◎◎◎
走り始めてすぐに気付いたが、語弊を畏れず言えば、やはりココは日本ではない。いや、まあ。日本離れしている、と言うべきか。
周囲に灯のやたら少ない、広い道路。何キロも、時には10キロ程度、信号に引っかかるどころか、信号機すらない。交通量も、東京と比べはるかに少ない。気温も、マイナス。ああ、なんと大陸的なことであろうか。
そこを、よく調教されたCVTで行く。この無段変速機は良くできている。そして、あのホンダ車特有の、少し高めのエンジン音がとても耳に心地よく(説明難しいですが)、走りへと誘う。
自分の思考回路が、とたんに大雑把になっているのに気付いた。まぁ、少なくともあまり小難しいことは、今は考えたくない気分になった。
◎◎◎ さて、ここらで、地図 も参照されたし ◎◎◎
[ 01:05 ]
[ 旅(ドライブ・ツーリング) ]
途中の由仁国道(国道234号)で、ラーメン店を見つけ、さっそく味噌ラーメンを食す。ホットひと息、温まる瞬間。
併走するJR室蘭本線の踏切が、一点、ポツリとした灯に照らされ、浮かび上がっていた。いいアジ出てるよなぁ・・・ と思う。
併走するJR室蘭本線の踏切が、一点、ポツリとした灯に照らされ、浮かび上がっていた。いいアジ出てるよなぁ・・・ と思う。
今日のヤドは、夕張市にあるファミリースクールひまわり(以下、ひまわり)。なんでも、廃校をホテルに改造してしまったところだそうだ。
泊まる前の、個人的なイメージとしては、ハッキリ言って良いものではなかった。
だって、夜の学校って、もともと怖いジャン。よく怪談の舞台になったりして。
しかも、元の学校を改造した、ということが、今でも自分の観たなかで最も暗い博物館である、1994年に訪れたカンボジア・プノンペンのツールスレン博物館を思い起こさせた。かつて、ポル・ポト派は、リセと呼ばれたその学校(高校)を刑務所に改造し、拷問や処刑、つまり大量虐殺を行ったのだった。もうずいぶん経つが、あれを観てしまってからしばらくは、学校を改造、と聞いただけでなんとなく拒否反応が起こる感じだった。
「・・・ンだったらそんなトコ泊まるなよ」
ごもっとも。けれども、経営破綻した夕張にいち観光客として宿泊することで、少しでも同地域を助けたい。その気持ちに揺らぎはない。
しかし、同市のHPによると、宿泊施設は限られている。ネットで検索したのち、電話でも回答を得たが、高めの「ゆうばりホテルシューパロ」を始め、何軒かはすでに満室であり、何軒かは季節ゆえ営業していないのだった。また、「学校」であるがゆえの、怖いモノ見たさのような、珍しい宿泊施設に対する好奇心も、やはり、ある。
・・・上記のツッコミには、胸を張って応えたい。「他に、道がネェんだ」(←やっぱバカ)
夕張の中心部に入る。見た感じ、目抜き通りは商店街のようになっており、それなりに町としての体が整っているが、ひっそりと静まり返っていて、路上の除雪も他の道内の市に比べるとなんだか不完全な印象を受ける。商店街の店も、何軒くらい、どこまで営業しているのだろうか?
カーナビのおかげで、本格的にクルマで走るのは初めての土地であるにもかかわらず、まったく迷うことなく、丘の上の、ひまわりに着くことができた。ありがたいことだ。
泊まる前の、個人的なイメージとしては、ハッキリ言って良いものではなかった。
だって、夜の学校って、もともと怖いジャン。よく怪談の舞台になったりして。
しかも、元の学校を改造した、ということが、今でも自分の観たなかで最も暗い博物館である、1994年に訪れたカンボジア・プノンペンのツールスレン博物館を思い起こさせた。かつて、ポル・ポト派は、リセと呼ばれたその学校(高校)を刑務所に改造し、拷問や処刑、つまり大量虐殺を行ったのだった。もうずいぶん経つが、あれを観てしまってからしばらくは、学校を改造、と聞いただけでなんとなく拒否反応が起こる感じだった。
「・・・ンだったらそんなトコ泊まるなよ」
ごもっとも。けれども、経営破綻した夕張にいち観光客として宿泊することで、少しでも同地域を助けたい。その気持ちに揺らぎはない。
しかし、同市のHPによると、宿泊施設は限られている。ネットで検索したのち、電話でも回答を得たが、高めの「ゆうばりホテルシューパロ」を始め、何軒かはすでに満室であり、何軒かは季節ゆえ営業していないのだった。また、「学校」であるがゆえの、怖いモノ見たさのような、珍しい宿泊施設に対する好奇心も、やはり、ある。
・・・上記のツッコミには、胸を張って応えたい。「他に、道がネェんだ」(←やっぱバカ)
夕張の中心部に入る。見た感じ、目抜き通りは商店街のようになっており、それなりに町としての体が整っているが、ひっそりと静まり返っていて、路上の除雪も他の道内の市に比べるとなんだか不完全な印象を受ける。商店街の店も、何軒くらい、どこまで営業しているのだろうか?
カーナビのおかげで、本格的にクルマで走るのは初めての土地であるにもかかわらず、まったく迷うことなく、丘の上の、ひまわりに着くことができた。ありがたいことだ。
見ると、確かにモト学校のようだ。敷地に当たるところにクルマを停め、入口から中に入ると、ごくフツーに広めのフロントがある。思っていた以上に、明るくて、ホッとする。
予約している旨告げると、ごくフツーに宿帳に記入するよう案内され、チェックインできた。4階建てで、3階の部屋だが、エレベータはないので、階段を上っていく。階段もそうだが、廊下も広い。サスガは、モト学校。
予約している旨告げると、ごくフツーに宿帳に記入するよう案内され、チェックインできた。4階建てで、3階の部屋だが、エレベータはないので、階段を上っていく。階段もそうだが、廊下も広い。サスガは、モト学校。
教室を改造して創った部屋に入る。雰囲気的には、学生のころ行った修学旅行や合宿で使うヤドみたいな感じ。部屋は和室で、台と隅に14型の小さなテレビが置かれている(壊れてるのかキチンと映らなかった)。洗面所やトイレは部屋にはなくて、共同スペース。押入れの中から、布団や枕、シーツを出して、自分で敷く。
本来だと4人から8人用の部屋ということだが、きょうはココを自分ひとりで使わせていただく。もとより、これより狭い部屋がない。という理由で、ひとりでもココに泊まれるみたいだ(多客期(もしあれば)は、いい顔をされないと思うけれども)。何人かで泊まって布団を敷いたら、修学旅行のとき、昔みんなでやったようにマクラ戦争でもしたくなりそうな雰囲気。
暖房は、建物全体のセントラルヒーティングに加えて、部屋にファンヒーター完備でバッチリOK。建物が大きくて、光熱費だけでもけっこうすると思うけれども、素泊まりで4,200円は、とてもリーズナブルだと思う。
時刻は22時。とにかくも、きょうは遅いし疲れてもいるので、ガイドブックを少し眺めたら、さっさと寝てしまうことにしよう。
本来だと4人から8人用の部屋ということだが、きょうはココを自分ひとりで使わせていただく。もとより、これより狭い部屋がない。という理由で、ひとりでもココに泊まれるみたいだ(多客期(もしあれば)は、いい顔をされないと思うけれども)。何人かで泊まって布団を敷いたら、修学旅行のとき、昔みんなでやったようにマクラ戦争でもしたくなりそうな雰囲気。
暖房は、建物全体のセントラルヒーティングに加えて、部屋にファンヒーター完備でバッチリOK。建物が大きくて、光熱費だけでもけっこうすると思うけれども、素泊まりで4,200円は、とてもリーズナブルだと思う。
時刻は22時。とにかくも、きょうは遅いし疲れてもいるので、ガイドブックを少し眺めたら、さっさと寝てしまうことにしよう。
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