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2008/12/01のBlog
[ 21:38 ]
痛い腰・ヒザ・肩は動いて治せ
朝日新書119
島田 永和(シマダ ナガカズ)/著
朝日新聞出版
2008年6月30日 発行
2008年11月 点訳
著者は1951年大阪市生まれですからまだ若い医者ですね。しかも活動が近くの大阪ですから親しみがもてます。
私は坐骨神経痛で約1年痛みと仲良くしました。 そんなこともあってこの本を読む気になったのです。
ところが、この本を読み進むと著者が障害者のスポーツにも言及していることがわかり、さらに親しみを覚えました。
私も大阪でスポーツを続けていますし、この本に書いている障害者の施設大阪スポーツセンターは以前利用していました。
著者のスポーツ医療に対する考え方に共鳴します。
第1巻
はじめに
動いて治す、これが著者の哲学でしょう。 安静の弊害があるからでしょう。
1スポーツ診療の現場から(オリンピック直前のケガ
三洋電機バドミントンチームとの出会いほか)
オリンピックのスケート選手西谷選手がどんな状態で大会に出たかこの本で知りました。
骨を勤続で固定したまま動いてリハビリ、訓練、そして大会。靴もフィットさせて足首を固定。 いやはや執念ですね。
三洋電機のバトミントン部。
多くの場合、選手の怪我は上り調子のときに発生します。
治療中の体力、技術の衰えを最小限にします。足がだめでも上半身のトレーニングは続けます。
シンクロ選手の腰を痛めたとき。
水中でゆっくり泳ぐ、血液循環、筋肉柔軟。
60歳を過ぎてからスポーツを始めたトライアスリートの中尾さん。プロですよ。スポンサーもついています。
きっかけは癌になり、胃を切除してから健康に全エネルギーを注いだのです。
2006年彼が84歳のとき、膝の痛みで著者と会います。
彼の走る癖から負担がかかる部分がわかり、この負担に耐えられる筋力をつけるトレーニングを開始するのです。この高齢でも筋力はつくのですね。驚きです。
強くなる一流選手に共通する点。
1.強い意志とやりきる実行力。
2.基礎トレーニングを工夫しながら1日も欠かさず実行しています。
3.素直さと理解力。決断。
動かしてもかまわないところは積極的に動かす。「人間は動いてなんぼ。動かなくなったら半分棺おけや。」
多くの疲労骨折は、一時は痛いのですが、時間経過とともに自然にくっつき、前よりも骨が太くなって治ります。
痛みは骨や神経からではないこと、それ以外の腰を支える部分が疲労をベースにして循環障害を起こし、そのために安静状態から急に動くと再び痛みが出ている可能性があること、従って、柔軟体操のように徐々に疲れをほぐし、血の巡りをよくするような体操から始めて、最終的には体を支える筋肉の持久力をつけるような運動を続ければ、再発も予防出来ると思うこと等を話しました。
第2巻
3痛みと上手に向き合う方法(診療で注意していること
腰痛への対応ほか)
基本的には、「痛み」というのは体の中からの危険信号ですから、それを無視して行動するのは好ましくありません。
腰痛をひきおこすのわ、骨や神経ではなく、筋肉が大半です。
筋肉をほぐす柔軟体操と持久力をつける運動。
腹筋:脚を20cm上げて1分間キープ、頭や肩を20cmか30cm上げて1分間キープができますか?
ここでは腰痛体操が紹介されています。
ほぐす体操と鍛える体操が紹介されています。私も腹筋など毎日続けたいとおもいます。
膝痛に対する体操も紹介されています。
股関節を柔らかくする。足首も柔らかくする。膝の皿も柔らかくする。
五十肩も日頃から肩関節を柔らかくしておくことのようです。
サッカー選手は上半身の怪我が多いので柔道の受身から教えるとは意外ですね。
第3巻
続き
椎間板ヘルニアは老化現象だとのことです。
その痛みは炎症からくるのだそうです。
神経が圧迫されただけでは痛みは起きないが炎症があると痛いのだそうです。
痛みがとれたら筋力をつけるトレーニング開始です。
私は1年間坐骨神経痛で苦しみましたが、私の水中ウォーキングから始めた水泳は適切な方策だったかもしれないと思えます。陸上トレーニングでは腰に負担がかかるからです。
栄養と太陽の光を浴びながら運動することは大切なようですね。
著者は長居のスポーツセンターで障害者と柔道をしていますね。
彼は、身体障害者のスポーツと関わり幾つか述べています。
アメリカで事故のために車椅子の生活となった山崎さんと言う学生の文章を読み、その秘密が少しわかりました。リハビリが始まるとき、彼はこう説明を受けました。「あなたは何も変わっていません。だから、今まで持っていた目的も夢も捨てることはないのです。でも、体の一部に障害が残ったので、今までと同じやり方では出来なくなりました。そこで、目標や夢を達成するためにはどんな方法で、どんな道具や機械を使えばできるのか、それを一緒に考えるのがリハビリの役目です」。
一方、同じ時期に日本で受傷した方は、こんなふうに言われたというのです。「今まで持っていた目的も夢も、全て、諦めてください。あなたはこれから『障害者』として生きていかねばなりません」。
私も彼の本を読みました。私の読書記録blogのどこかにあるはずです。
アメリカは素晴らしいとこのとき思いました。そして私も工夫次第でかなりのことは出来ることに気がついたのです。
本人のくじけぬ「勇気と情熱」、弛まぬ「努力と根気」、周囲からの「精神的支援」、社会の障害者に対しての「理解と協力」、医療者の専門家としての「経験と知識(知恵)」などです。
これからのヘルスケアは、疾患や障害があっても自分らしく生きたい、という強い意志をもった自立した患者さんと、その思いを理解して、知識と技術を出し合い、その方らしい生き方をサポートしようとする複数の医療者との共同作業で成立するのだということを再確認した出来事でした。
自立には精神的側面もあるのです。 kwは「尊厳」
「尊厳」を定義すると、「一人の人間として正しく受け止められ、相応の対応を受けること」ではないかと思っています。カナダと日本には相当の開きがあります。
おわりに
著者は、安静の弊害を教えられ、自らスポーツ選手の診療に当たり、15年前に本にまとめたいと思ったそうです。
以上、読み終えました。
障害者スポーツに関する箇所は私が視覚障害者ですので何度も読み直しました。
やり方を工夫し努力すれば夢や希望はかなうということを教えられ、私がこうして見えなくても働けているのも著者の教えと同じです。
世の中にはちょっと病気をしただけで、ちょっと障害を負っただけで精神的に負けてしまう人もいます。
頑張る気持、諦めない気持、人一倍野努力と工夫で夢はかなうと思います。
もし障害に負けそうな方がこの私の読書記録を目にすることがあれば、是非原本を読んでみてください。
朝日新書119
島田 永和(シマダ ナガカズ)/著
朝日新聞出版
2008年6月30日 発行
2008年11月 点訳
著者は1951年大阪市生まれですからまだ若い医者ですね。しかも活動が近くの大阪ですから親しみがもてます。
私は坐骨神経痛で約1年痛みと仲良くしました。 そんなこともあってこの本を読む気になったのです。
ところが、この本を読み進むと著者が障害者のスポーツにも言及していることがわかり、さらに親しみを覚えました。
私も大阪でスポーツを続けていますし、この本に書いている障害者の施設大阪スポーツセンターは以前利用していました。
著者のスポーツ医療に対する考え方に共鳴します。
第1巻
はじめに
動いて治す、これが著者の哲学でしょう。 安静の弊害があるからでしょう。
1スポーツ診療の現場から(オリンピック直前のケガ
三洋電機バドミントンチームとの出会いほか)
オリンピックのスケート選手西谷選手がどんな状態で大会に出たかこの本で知りました。
骨を勤続で固定したまま動いてリハビリ、訓練、そして大会。靴もフィットさせて足首を固定。 いやはや執念ですね。
三洋電機のバトミントン部。
多くの場合、選手の怪我は上り調子のときに発生します。
治療中の体力、技術の衰えを最小限にします。足がだめでも上半身のトレーニングは続けます。
シンクロ選手の腰を痛めたとき。
水中でゆっくり泳ぐ、血液循環、筋肉柔軟。
60歳を過ぎてからスポーツを始めたトライアスリートの中尾さん。プロですよ。スポンサーもついています。
きっかけは癌になり、胃を切除してから健康に全エネルギーを注いだのです。
2006年彼が84歳のとき、膝の痛みで著者と会います。
彼の走る癖から負担がかかる部分がわかり、この負担に耐えられる筋力をつけるトレーニングを開始するのです。この高齢でも筋力はつくのですね。驚きです。
強くなる一流選手に共通する点。
1.強い意志とやりきる実行力。
2.基礎トレーニングを工夫しながら1日も欠かさず実行しています。
3.素直さと理解力。決断。
動かしてもかまわないところは積極的に動かす。「人間は動いてなんぼ。動かなくなったら半分棺おけや。」
多くの疲労骨折は、一時は痛いのですが、時間経過とともに自然にくっつき、前よりも骨が太くなって治ります。
痛みは骨や神経からではないこと、それ以外の腰を支える部分が疲労をベースにして循環障害を起こし、そのために安静状態から急に動くと再び痛みが出ている可能性があること、従って、柔軟体操のように徐々に疲れをほぐし、血の巡りをよくするような体操から始めて、最終的には体を支える筋肉の持久力をつけるような運動を続ければ、再発も予防出来ると思うこと等を話しました。
第2巻
3痛みと上手に向き合う方法(診療で注意していること
腰痛への対応ほか)
基本的には、「痛み」というのは体の中からの危険信号ですから、それを無視して行動するのは好ましくありません。
腰痛をひきおこすのわ、骨や神経ではなく、筋肉が大半です。
筋肉をほぐす柔軟体操と持久力をつける運動。
腹筋:脚を20cm上げて1分間キープ、頭や肩を20cmか30cm上げて1分間キープができますか?
ここでは腰痛体操が紹介されています。
ほぐす体操と鍛える体操が紹介されています。私も腹筋など毎日続けたいとおもいます。
膝痛に対する体操も紹介されています。
股関節を柔らかくする。足首も柔らかくする。膝の皿も柔らかくする。
五十肩も日頃から肩関節を柔らかくしておくことのようです。
サッカー選手は上半身の怪我が多いので柔道の受身から教えるとは意外ですね。
第3巻
続き
椎間板ヘルニアは老化現象だとのことです。
その痛みは炎症からくるのだそうです。
神経が圧迫されただけでは痛みは起きないが炎症があると痛いのだそうです。
痛みがとれたら筋力をつけるトレーニング開始です。
私は1年間坐骨神経痛で苦しみましたが、私の水中ウォーキングから始めた水泳は適切な方策だったかもしれないと思えます。陸上トレーニングでは腰に負担がかかるからです。
栄養と太陽の光を浴びながら運動することは大切なようですね。
著者は長居のスポーツセンターで障害者と柔道をしていますね。
彼は、身体障害者のスポーツと関わり幾つか述べています。
アメリカで事故のために車椅子の生活となった山崎さんと言う学生の文章を読み、その秘密が少しわかりました。リハビリが始まるとき、彼はこう説明を受けました。「あなたは何も変わっていません。だから、今まで持っていた目的も夢も捨てることはないのです。でも、体の一部に障害が残ったので、今までと同じやり方では出来なくなりました。そこで、目標や夢を達成するためにはどんな方法で、どんな道具や機械を使えばできるのか、それを一緒に考えるのがリハビリの役目です」。
一方、同じ時期に日本で受傷した方は、こんなふうに言われたというのです。「今まで持っていた目的も夢も、全て、諦めてください。あなたはこれから『障害者』として生きていかねばなりません」。
私も彼の本を読みました。私の読書記録blogのどこかにあるはずです。
アメリカは素晴らしいとこのとき思いました。そして私も工夫次第でかなりのことは出来ることに気がついたのです。
本人のくじけぬ「勇気と情熱」、弛まぬ「努力と根気」、周囲からの「精神的支援」、社会の障害者に対しての「理解と協力」、医療者の専門家としての「経験と知識(知恵)」などです。
これからのヘルスケアは、疾患や障害があっても自分らしく生きたい、という強い意志をもった自立した患者さんと、その思いを理解して、知識と技術を出し合い、その方らしい生き方をサポートしようとする複数の医療者との共同作業で成立するのだということを再確認した出来事でした。
自立には精神的側面もあるのです。 kwは「尊厳」
「尊厳」を定義すると、「一人の人間として正しく受け止められ、相応の対応を受けること」ではないかと思っています。カナダと日本には相当の開きがあります。
おわりに
著者は、安静の弊害を教えられ、自らスポーツ選手の診療に当たり、15年前に本にまとめたいと思ったそうです。
以上、読み終えました。
障害者スポーツに関する箇所は私が視覚障害者ですので何度も読み直しました。
やり方を工夫し努力すれば夢や希望はかなうということを教えられ、私がこうして見えなくても働けているのも著者の教えと同じです。
世の中にはちょっと病気をしただけで、ちょっと障害を負っただけで精神的に負けてしまう人もいます。
頑張る気持、諦めない気持、人一倍野努力と工夫で夢はかなうと思います。
もし障害に負けそうな方がこの私の読書記録を目にすることがあれば、是非原本を読んでみてください。
2008/11/30のBlog
[ 13:12 ]
あいうえお言霊修行言葉が心を変え、身体を変え、人生を変える
矢山利彦(ヤヤマトシヒコ)/著
ビジネス社
2008年3月1日 発行
2008年10月31日 点訳
著者は1980年九大医学部卒の免疫学博士かな?2001年、矢山クリニックを開院。
「ありがたい」
「いつくしむ」
「うれしく」
「エンジョイ」
「おおらか」
を呪文のように繰り返し唱えると、アラッ不思議?!
でも正直これを1満開唱えるのはスラスラいきませんよね?
「ありがとう」「嬉しい」「感謝します」「ツイてるなあ」ではだめなんでしょうかね?
第1巻
プロローグ ………言葉が持っている力
言葉には気の力がこもっています。その力を脳が感じている事を知っていますか?
私も「見えるようになる」と毎日言ってみよう。
私も気を含めて東洋医学をいつの日か勉強しようと思っています。
10年ほど前に考えたのが、「良い言葉の処方箋」です。 あいうえお言霊修行と名づけました。
「ありがたい」「いつくしむ」「うれしく」「エンジョイ」「おおらか」を呪文のように繰り返し唱えるのです。
目標1万回。 100円ショップでカウンターを売っているようです。
第1章 言葉と脳の知られざる関係(情報を快・不快に振り分けるソフトが、人間の脳にはある
基本ソフトは親から譲り受けたものほか)
「快い」 → エンドルフィン、ドーパミン、セロと任
「不快」 → アドレナリン、ノルアドレナリン
「苦痛」と「苦悩」は違います。
苦痛があっても、本当は苦悩しなくていいんです。
この論理から言うと、視覚障害者は見えなくても苦悩する必要はないのです。
ただ見えないだけで、苦悩とは別なのですね。
苦痛はすぐにとれないけれど、苦悩のほうは、考え方次第でどうにかなるということです。
苦悩は自分の言葉やイメージで作っているので、自分で減らすことができるのです。 苦悩が減れば苦痛も減って行きます。
私自身の経験ですが、確かに見えなくなったときはどうしよう、あれもできない、これもできないとできないことばかり考えて悩んでいました。
しかし、今はこれもできる、あれもできる、できることが多いじゃないかと考えるようになりました。
できないこともこう工夫すればできる、こう頼めばできる、こういう補助具を利用すればできるとわかってきました。
そう考えると、悩みはほとんどなくなりました。
そうすると心の苦痛もなくなりました。
世の中には本当はいいことも悪いこともないのだという考え方があります。
現象をよく捕らえるか、悪く捕らえるかを人間は行っていると言うのです。
我が身に起こった出来事に、善悪は記されていない。つまり、それぞれの出来事をどう受け止めるかによって、善悪が決まるのです。
私も数年入院するほどの大病を経験し、それから体を壊すほどの仕事はしないように心がけました。
もしこれがなかったら今頃この世にいないことでしょう。
私は大病によって逆に生命をもらったのです。
病気になる人、ネガティブな人は「がぎぐげご」が多い。 これらを減らしましょう。
「が」 「頑張る」
「ぎ」 「義理・義務」
「ぐ」 「愚痴る」
「げ」 「原理・原則」
「ご」 「ごまかす」
第2章 「あ・い・う・え・お」を増やし、心も身体も元気(習慣化で、感謝の達人になれる
1万回の「あ・い・う・え・お」を唱えようほか)
感謝することも、繰り返すことで「上手」になるのです。
「100回入門、1000回黒帯、1万回で達人」
ルール:
(1)声に出して言うこと。
(2)途中でマイナス言葉を言ったら、カウンターを「0」にリセットすること。
いつかいちさんは、嫌な事があったら「ありがとう」、いいことがあったら「感謝します」、普段から前向きに「ついてる!ついてる!」と言えば、人生のあらゆることが好転し、「つき」が手に入ると語っています。
私は若い頃と違ってすぐに眠れなくなったのでこの言霊修行の時間に当てようと思います。
実存的変容、つまり意識の成長はこの本を読むか調べて実践してみてください。
私は知らずしてこの実存的変容の機会を二回も頂いていたのですね。
親に感謝する練習をしよう。
「内観法」をヒントに「感謝の瞑想」というエクササイズを作りました。
まず、あなたの母親を思い浮かべてください。母親が居なければ父親、どなたでもかまいません。
そして、これまでその人が自分にしてくれたことを、人生を現在から順にさかのぼりながら思い出し、髪に書いていきます。
これは是非やってみようと思います。
母親、父親、妻、子供など、職場の人、関係してきた人などやってみるといいかもしれません。
嫌な上司がいたとしても、これはこれで良かったのだと思えば心は軽くなりますね。
第3章 「言葉のチカラ」を体感!(プラスの言葉が身体に与える影響を体感しよう
ひとりでできる、呼吸メジャー法ほか)
「筋力テスト(キネシオロジー)」
あいうえおの言霊を10回唱える。すると力が強くなるのです。
これはスポーツの大会でも応用できるのでしょうか?試してみたいと思います。
これをblogに書いている人がいました。
癒しのにっき: 「あいうえお言霊修行」癒しのにっき というblogのタイトルですね。
矢山先生の講演の内容の一部から以下の趣旨を書いています。
ポジティブな言葉を使っていると、エンドルフィン・セロトニンなどの至福や平安の感情をもたらす神経伝達物質が増えるそうです。
そして、血流も改善し、気のエネルギーも高まり治癒力が増すとのことでした。
「気ー筋力反射」テストで「あいうえお」言霊10回で力が出て、「がぎぐげご」言霊10回で力が弱くなった体験をしています。
次は、自分一人でも確認できます。呼吸メジャー法ですね。
まず、普通に呼吸して息の入りやすさ、胸の辺りの感覚を感じておきます。
「あいうえお」言霊を10回唱えて、呼吸をしてみます。
息がすーっと入ってくるのを感じることが出来ると思います。
手に持って行う呼吸メジャーに熟達すると、手に持たずに、手をかざしたり、目で見ながら呼吸メジャーを行うことも可能になってきます。気候や瞑想が必要かもしれませんが。
第2巻
第3章続き
自然治癒力を高めます。
自分から治りたい、元気になりたい、また働きたいと強く思うことです。
ありがとうと言いながら痛いところをさするのです。
私も今まで見えていた眼に感謝の言葉を与えようと思います。
気は空間を越えて伝わるようですね。
人のまなざしも快感であり、人によっては不快になることもあるようです。
第4章 「あ・い・う・え・お言霊修行」のすごい効果(ネガティブな言葉が自然と出なくなる
人間関係が好転するほか)
この章では実例が幾つか紹介されています。
相手と話しながら心のなかで「あいうえお」言霊を唱えるのです。
「人間はものという存在であると同時に、エネルギー存在なんだ」ということがわかります。
エネルギーの共振。気が合う。
読書するはじめに言霊を唱える。
心で思い、言葉で語り、体で行動する。
私はここまでの人生本当にありがたく感謝しています。ツイているとつくづく思います。難病、失明を楽に乗り越えるというか普通に歩いているからです。
以上、ありがとうございます。感謝します。お陰様で私はツイています。
これからは、このフレーズをメールの終わり(フッター)に使おうと思います。
第5章 「あ・い・う・え・お言霊修行」体験記(ネガティブ思考がなくなり、直観力がついた
「~ねばならない」がなくなったほか)
60歳男性:直観力が働くようになった。
70歳男性:こだわらなくなった。
47歳男性:ぶつかる寸前で「ツイている」と叫ぶと障害から逃れることができた。
エピローグ………言葉が世界をつくっている
ニューロサイエンスの分野でも新事実が発見されたり、またプラスの言葉で、筋力が強くなったり、体が柔らかくなったり、血流がよくなったり、やる気や集中力がでたりということが明らかになってきました。
さらに、言葉によって、自分の心や体を変えることもできるし、周りを変えることもできるということがわかってきました。
以上、私はまだ実践していないのでわかりませんが、一度試してみたいと思います。
矢山利彦(ヤヤマトシヒコ)/著
ビジネス社
2008年3月1日 発行
2008年10月31日 点訳
著者は1980年九大医学部卒の免疫学博士かな?2001年、矢山クリニックを開院。
「ありがたい」
「いつくしむ」
「うれしく」
「エンジョイ」
「おおらか」
を呪文のように繰り返し唱えると、アラッ不思議?!
でも正直これを1満開唱えるのはスラスラいきませんよね?
「ありがとう」「嬉しい」「感謝します」「ツイてるなあ」ではだめなんでしょうかね?
第1巻
プロローグ ………言葉が持っている力
言葉には気の力がこもっています。その力を脳が感じている事を知っていますか?
私も「見えるようになる」と毎日言ってみよう。
私も気を含めて東洋医学をいつの日か勉強しようと思っています。
10年ほど前に考えたのが、「良い言葉の処方箋」です。 あいうえお言霊修行と名づけました。
「ありがたい」「いつくしむ」「うれしく」「エンジョイ」「おおらか」を呪文のように繰り返し唱えるのです。
目標1万回。 100円ショップでカウンターを売っているようです。
第1章 言葉と脳の知られざる関係(情報を快・不快に振り分けるソフトが、人間の脳にはある
基本ソフトは親から譲り受けたものほか)
「快い」 → エンドルフィン、ドーパミン、セロと任
「不快」 → アドレナリン、ノルアドレナリン
「苦痛」と「苦悩」は違います。
苦痛があっても、本当は苦悩しなくていいんです。
この論理から言うと、視覚障害者は見えなくても苦悩する必要はないのです。
ただ見えないだけで、苦悩とは別なのですね。
苦痛はすぐにとれないけれど、苦悩のほうは、考え方次第でどうにかなるということです。
苦悩は自分の言葉やイメージで作っているので、自分で減らすことができるのです。 苦悩が減れば苦痛も減って行きます。
私自身の経験ですが、確かに見えなくなったときはどうしよう、あれもできない、これもできないとできないことばかり考えて悩んでいました。
しかし、今はこれもできる、あれもできる、できることが多いじゃないかと考えるようになりました。
できないこともこう工夫すればできる、こう頼めばできる、こういう補助具を利用すればできるとわかってきました。
そう考えると、悩みはほとんどなくなりました。
そうすると心の苦痛もなくなりました。
世の中には本当はいいことも悪いこともないのだという考え方があります。
現象をよく捕らえるか、悪く捕らえるかを人間は行っていると言うのです。
我が身に起こった出来事に、善悪は記されていない。つまり、それぞれの出来事をどう受け止めるかによって、善悪が決まるのです。
私も数年入院するほどの大病を経験し、それから体を壊すほどの仕事はしないように心がけました。
もしこれがなかったら今頃この世にいないことでしょう。
私は大病によって逆に生命をもらったのです。
病気になる人、ネガティブな人は「がぎぐげご」が多い。 これらを減らしましょう。
「が」 「頑張る」
「ぎ」 「義理・義務」
「ぐ」 「愚痴る」
「げ」 「原理・原則」
「ご」 「ごまかす」
第2章 「あ・い・う・え・お」を増やし、心も身体も元気(習慣化で、感謝の達人になれる
1万回の「あ・い・う・え・お」を唱えようほか)
感謝することも、繰り返すことで「上手」になるのです。
「100回入門、1000回黒帯、1万回で達人」
ルール:
(1)声に出して言うこと。
(2)途中でマイナス言葉を言ったら、カウンターを「0」にリセットすること。
いつかいちさんは、嫌な事があったら「ありがとう」、いいことがあったら「感謝します」、普段から前向きに「ついてる!ついてる!」と言えば、人生のあらゆることが好転し、「つき」が手に入ると語っています。
私は若い頃と違ってすぐに眠れなくなったのでこの言霊修行の時間に当てようと思います。
実存的変容、つまり意識の成長はこの本を読むか調べて実践してみてください。
私は知らずしてこの実存的変容の機会を二回も頂いていたのですね。
親に感謝する練習をしよう。
「内観法」をヒントに「感謝の瞑想」というエクササイズを作りました。
まず、あなたの母親を思い浮かべてください。母親が居なければ父親、どなたでもかまいません。
そして、これまでその人が自分にしてくれたことを、人生を現在から順にさかのぼりながら思い出し、髪に書いていきます。
これは是非やってみようと思います。
母親、父親、妻、子供など、職場の人、関係してきた人などやってみるといいかもしれません。
嫌な上司がいたとしても、これはこれで良かったのだと思えば心は軽くなりますね。
第3章 「言葉のチカラ」を体感!(プラスの言葉が身体に与える影響を体感しよう
ひとりでできる、呼吸メジャー法ほか)
「筋力テスト(キネシオロジー)」
あいうえおの言霊を10回唱える。すると力が強くなるのです。
これはスポーツの大会でも応用できるのでしょうか?試してみたいと思います。
これをblogに書いている人がいました。
癒しのにっき: 「あいうえお言霊修行」癒しのにっき というblogのタイトルですね。
矢山先生の講演の内容の一部から以下の趣旨を書いています。
ポジティブな言葉を使っていると、エンドルフィン・セロトニンなどの至福や平安の感情をもたらす神経伝達物質が増えるそうです。
そして、血流も改善し、気のエネルギーも高まり治癒力が増すとのことでした。
「気ー筋力反射」テストで「あいうえお」言霊10回で力が出て、「がぎぐげご」言霊10回で力が弱くなった体験をしています。
次は、自分一人でも確認できます。呼吸メジャー法ですね。
まず、普通に呼吸して息の入りやすさ、胸の辺りの感覚を感じておきます。
「あいうえお」言霊を10回唱えて、呼吸をしてみます。
息がすーっと入ってくるのを感じることが出来ると思います。
手に持って行う呼吸メジャーに熟達すると、手に持たずに、手をかざしたり、目で見ながら呼吸メジャーを行うことも可能になってきます。気候や瞑想が必要かもしれませんが。
第2巻
第3章続き
自然治癒力を高めます。
自分から治りたい、元気になりたい、また働きたいと強く思うことです。
ありがとうと言いながら痛いところをさするのです。
私も今まで見えていた眼に感謝の言葉を与えようと思います。
気は空間を越えて伝わるようですね。
人のまなざしも快感であり、人によっては不快になることもあるようです。
第4章 「あ・い・う・え・お言霊修行」のすごい効果(ネガティブな言葉が自然と出なくなる
人間関係が好転するほか)
この章では実例が幾つか紹介されています。
相手と話しながら心のなかで「あいうえお」言霊を唱えるのです。
「人間はものという存在であると同時に、エネルギー存在なんだ」ということがわかります。
エネルギーの共振。気が合う。
読書するはじめに言霊を唱える。
心で思い、言葉で語り、体で行動する。
私はここまでの人生本当にありがたく感謝しています。ツイているとつくづく思います。難病、失明を楽に乗り越えるというか普通に歩いているからです。
以上、ありがとうございます。感謝します。お陰様で私はツイています。
これからは、このフレーズをメールの終わり(フッター)に使おうと思います。
第5章 「あ・い・う・え・お言霊修行」体験記(ネガティブ思考がなくなり、直観力がついた
「~ねばならない」がなくなったほか)
60歳男性:直観力が働くようになった。
70歳男性:こだわらなくなった。
47歳男性:ぶつかる寸前で「ツイている」と叫ぶと障害から逃れることができた。
エピローグ………言葉が世界をつくっている
ニューロサイエンスの分野でも新事実が発見されたり、またプラスの言葉で、筋力が強くなったり、体が柔らかくなったり、血流がよくなったり、やる気や集中力がでたりということが明らかになってきました。
さらに、言葉によって、自分の心や体を変えることもできるし、周りを変えることもできるということがわかってきました。
以上、私はまだ実践していないのでわかりませんが、一度試してみたいと思います。
2008/11/29のBlog
[ 07:39 ]
いい仕事の仕方
江口克彦
PHP研究所
2007年9月28日 発行
2008年10月18日 点訳
著者はPHP総合研究所代表取締役社長なんですね。
彼は松下幸之助のもとで23年間直接指導を受けたのですね。
さて、私はこの本を読み終えて、若者向けの本だと気がつきました。
還暦を過ぎた老人の本ではないようです。
でも、せっかく読んだのですから少しメモと感想を書いておきます。
この本は点字でたったの1巻の薄い本です。
まえがき
人生の大半を、あるいはほとんどを仕事に当てる。
第1章 仕事は人生の出発点
何故働くのか?
仕事を通して成長して行く。 人間の喜び。
働くは傍を楽にすること。
人生即仕事。
仕事を面白く楽しモうと思えば、それなりに努力と工夫が要る。≫
仕事を趣味にすればいい。遊び心を入れるのです。
第2章 できるビジネス パーソンになるために
自分の座標軸を持つ。
自分は「社員と言う独立した事業の経営者である」と考えたい。 この「社員家業」は松下幸之助の発想である。
人を立てることを忘れてはならない。
勉強したことは、経験を加えてはじめて身に着く。知識が知恵になるのである。≫
根まわしは手抜かりなく奨めたい。
第4章 情報力と企画力を培う。
情報人間を目指そう。
一人の力で集められる情報には限度がある。
情報は新鮮なオリジナルがいい。
情報の分類:三つにまとめる
類似しているもの、反対のもの、どちらでもないもの。
文章も、序論、本論、結論。
第5章 節目と天気をばねにしてのびる
今、私は還暦を過ぎて、退職し、嘱託だ。
人生の転機かもしれない。
嘱託を辞めた次のことを考え準備する期間と捕らえたい。
もっと若いときに読みたかった本ですね。
江口克彦
PHP研究所
2007年9月28日 発行
2008年10月18日 点訳
著者はPHP総合研究所代表取締役社長なんですね。
彼は松下幸之助のもとで23年間直接指導を受けたのですね。
さて、私はこの本を読み終えて、若者向けの本だと気がつきました。
還暦を過ぎた老人の本ではないようです。
でも、せっかく読んだのですから少しメモと感想を書いておきます。
この本は点字でたったの1巻の薄い本です。
まえがき
人生の大半を、あるいはほとんどを仕事に当てる。
第1章 仕事は人生の出発点
何故働くのか?
仕事を通して成長して行く。 人間の喜び。
働くは傍を楽にすること。
人生即仕事。
仕事を面白く楽しモうと思えば、それなりに努力と工夫が要る。≫
仕事を趣味にすればいい。遊び心を入れるのです。
第2章 できるビジネス パーソンになるために
自分の座標軸を持つ。
自分は「社員と言う独立した事業の経営者である」と考えたい。 この「社員家業」は松下幸之助の発想である。
人を立てることを忘れてはならない。
勉強したことは、経験を加えてはじめて身に着く。知識が知恵になるのである。≫
根まわしは手抜かりなく奨めたい。
第4章 情報力と企画力を培う。
情報人間を目指そう。
一人の力で集められる情報には限度がある。
情報は新鮮なオリジナルがいい。
情報の分類:三つにまとめる
類似しているもの、反対のもの、どちらでもないもの。
文章も、序論、本論、結論。
第5章 節目と天気をばねにしてのびる
今、私は還暦を過ぎて、退職し、嘱託だ。
人生の転機かもしれない。
嘱託を辞めた次のことを考え準備する期間と捕らえたい。
もっと若いときに読みたかった本ですね。
2008/11/28のBlog
[ 22:38 ]
死を背負って生きるいのちと看取りの現場から
柏木哲夫(かしわぎてつお)/著
日本キリスト教団出版局
2008年6月25日 発行
2008年11月16日 点訳
著者は1965年阪大医学部卒のホスピス医ですね。
第1章 病にある肩と向き合って心がけたいこと
座るときの相手との距離があることは知っていましたが、明日死ぬかもしれない末期癌患者との距離は大切なんですね。
相手が弱っているときは遠く、元気になったら近くに座って話す。
人生の実力はいかなる状況に置かれても幸せと思える力。生きている証と感謝。
おかげさまで、今の私は「今が一番幸せ」だと思っています。
過去にはいろいろありました。未来派もっとあると思います。
だから今が一番幸せなのです。
人間は最後の最後まで成長できる。
不平から感謝へ。
私も働きながら障害が進行していますからこの感謝の気持は痛いほどわかります。
NZのホスピスでは「自分史療法」があります。
内観療法という精神療法もあります。
スピリテュアル ペインぬいスピリテュアル ケア。患者の心に寄り添うこと。
第2章 残された方たちと死を背負って生きる
「やさき症候群」 生と死は一枚の紙の表と裏。風で簡単に裏返る。
悲しみを十分表現しましょう。そのほうが早く立ち直ります。
「病者が自分自身の人生を肯定できるように準備し、三つの言葉〈(1)感謝--ありがとうございました、(2)謝罪--ごめんなさい、(3)再会--また、会いましょう〉を残していただくことだ」といわれました。
アメリカには死別カウンセラーが居る。
ひのはら先生の元気のもとは「達成感」。
私も達成感を味わうためだけではないですが幾つか目標を持っています。例えば読書千冊、日本縦断遠泳距離、年間目標100冊読書、100km水泳など。
しかし、最近はSRG(Stress Related Growth)「ストレスに関係した成長」、という概念が研究者の関心を引いているのです。
第3章 いかに生きるか、ユーモアのもつ力
DVの原因は支配力。
心がどこに向いているかでその人の人生が決まります。
鬱のときは大事な決断をするのはやめましょう。
あとがき
ある詩「喜びが集まったよりも悲しみが集まったほうが幸せに近いような気がする」
「幸せ勘」をもつことができる秘訣は感謝することです。感謝する訓練をしましょう。
もうひとつは楽観主義です。
以上、点字で1巻の薄い本なのですぐに読み終えました。
スピリテュアルなことはかなり割愛していますので、みなさん読んで確かめてくださいね。
なるほどとうなずき、得るところの多い本でした。
柏木哲夫(かしわぎてつお)/著
日本キリスト教団出版局
2008年6月25日 発行
2008年11月16日 点訳
著者は1965年阪大医学部卒のホスピス医ですね。
第1章 病にある肩と向き合って心がけたいこと
座るときの相手との距離があることは知っていましたが、明日死ぬかもしれない末期癌患者との距離は大切なんですね。
相手が弱っているときは遠く、元気になったら近くに座って話す。
人生の実力はいかなる状況に置かれても幸せと思える力。生きている証と感謝。
おかげさまで、今の私は「今が一番幸せ」だと思っています。
過去にはいろいろありました。未来派もっとあると思います。
だから今が一番幸せなのです。
人間は最後の最後まで成長できる。
不平から感謝へ。
私も働きながら障害が進行していますからこの感謝の気持は痛いほどわかります。
NZのホスピスでは「自分史療法」があります。
内観療法という精神療法もあります。
スピリテュアル ペインぬいスピリテュアル ケア。患者の心に寄り添うこと。
第2章 残された方たちと死を背負って生きる
「やさき症候群」 生と死は一枚の紙の表と裏。風で簡単に裏返る。
悲しみを十分表現しましょう。そのほうが早く立ち直ります。
「病者が自分自身の人生を肯定できるように準備し、三つの言葉〈(1)感謝--ありがとうございました、(2)謝罪--ごめんなさい、(3)再会--また、会いましょう〉を残していただくことだ」といわれました。
アメリカには死別カウンセラーが居る。
ひのはら先生の元気のもとは「達成感」。
私も達成感を味わうためだけではないですが幾つか目標を持っています。例えば読書千冊、日本縦断遠泳距離、年間目標100冊読書、100km水泳など。
しかし、最近はSRG(Stress Related Growth)「ストレスに関係した成長」、という概念が研究者の関心を引いているのです。
第3章 いかに生きるか、ユーモアのもつ力
DVの原因は支配力。
心がどこに向いているかでその人の人生が決まります。
鬱のときは大事な決断をするのはやめましょう。
あとがき
ある詩「喜びが集まったよりも悲しみが集まったほうが幸せに近いような気がする」
「幸せ勘」をもつことができる秘訣は感謝することです。感謝する訓練をしましょう。
もうひとつは楽観主義です。
以上、点字で1巻の薄い本なのですぐに読み終えました。
スピリテュアルなことはかなり割愛していますので、みなさん読んで確かめてくださいね。
なるほどとうなずき、得るところの多い本でした。
2008/11/26のBlog
[ 21:29 ]
ラジオ深夜便 2008年 10月号 No. 99
2008年 10月1日 発行
2008年 10月 点訳
心の時代
何時だって今が一番幸せ
小山 明子(73歳)
小山明子 などWebで検索すると多くヒットします。
信じあい、支えあった半世紀
映画監督大島渚と結婚したのが1960年。もう48年。
彼が助監督のとき出会っています。当時から彼はおしゃれだったようです。
彼からもらったラブレターに、「自分は必ず国際的な映画監督になって、あなたを世界の舞台に連れて行く」という意味のことが書いてあったんですね。志がある人。
新婚生活は六畳一間のアパートでスタートしました。
ところが、毎日のように人が来ては、飲み会と議論。
」家庭はメロドラマで行きます。だからあなたを選んだんです」
彼女は男子二人を産んでも女優業を続けた。
大島も私も、仕事の話は一切家に持ち込みません。
彼は彼女の舞台を必ず見に行くが、舞台の批評は絶対しない。演出家に失礼だからと。
彼の偉いところは、「あなたはやればできるよ」と、常に私を後押ししてくれたことです。
夫が倒れて〈介護鬱〉に
彼は96年二月に脳出血で倒れます。
彼女が彼に会えるのはその三週間後、そっとマスコミに気がつかれないように。それから鬱病に。
そして彼女は彼と同じ病院に一ヶ月入院するのです。でもよくなったわけではありません。
彼の持病は糖尿病。食事とカロリー計算、それまで炊事も掃除もしたことのない彼女には負担が大きすぎて鬱病が悪化。
彼は前向きにリハビリに取り組む。
「ありがとう」の言葉が介護する者にはどれだけ支えになったことか。
彼女は水泳、ヨガなど自分が健康になることを始めた。
カンヌ映画祭の後彼は再び倒れます。
彼女は五ヶ月間病院に通い看病します。退院後も介護するのです。
そうして介護して12年が過ぎました。
介護はユーモアと愉しい会話で乗り切る。
彼女は本を読み心に響く言葉をノートに書き留めるのだそうです。
例えば、『よく生ききよく笑いよき師と出会う』(新潮社)という本で説かれている「手放す心と感謝する心とユーモアを」。
大島の妻は私しかいない。立場も未練も手放してみるとなんてことありませんでした。
待っている人が居る幸せ。大島が生きているから味わえる。
私にとって介護することは喜びなのです。
以上、読み終えました。
夫が妻を裏切らないことが大切ですね。浮気したあなたは妻から捨てられるかも?
しみじみ夫婦の良さは老いて味わい深いものになるのかもしれません。
2008年 10月1日 発行
2008年 10月 点訳
心の時代
何時だって今が一番幸せ
小山 明子(73歳)
小山明子 などWebで検索すると多くヒットします。
信じあい、支えあった半世紀
映画監督大島渚と結婚したのが1960年。もう48年。
彼が助監督のとき出会っています。当時から彼はおしゃれだったようです。
彼からもらったラブレターに、「自分は必ず国際的な映画監督になって、あなたを世界の舞台に連れて行く」という意味のことが書いてあったんですね。志がある人。
新婚生活は六畳一間のアパートでスタートしました。
ところが、毎日のように人が来ては、飲み会と議論。
」家庭はメロドラマで行きます。だからあなたを選んだんです」
彼女は男子二人を産んでも女優業を続けた。
大島も私も、仕事の話は一切家に持ち込みません。
彼は彼女の舞台を必ず見に行くが、舞台の批評は絶対しない。演出家に失礼だからと。
彼の偉いところは、「あなたはやればできるよ」と、常に私を後押ししてくれたことです。
夫が倒れて〈介護鬱〉に
彼は96年二月に脳出血で倒れます。
彼女が彼に会えるのはその三週間後、そっとマスコミに気がつかれないように。それから鬱病に。
そして彼女は彼と同じ病院に一ヶ月入院するのです。でもよくなったわけではありません。
彼の持病は糖尿病。食事とカロリー計算、それまで炊事も掃除もしたことのない彼女には負担が大きすぎて鬱病が悪化。
彼は前向きにリハビリに取り組む。
「ありがとう」の言葉が介護する者にはどれだけ支えになったことか。
彼女は水泳、ヨガなど自分が健康になることを始めた。
カンヌ映画祭の後彼は再び倒れます。
彼女は五ヶ月間病院に通い看病します。退院後も介護するのです。
そうして介護して12年が過ぎました。
介護はユーモアと愉しい会話で乗り切る。
彼女は本を読み心に響く言葉をノートに書き留めるのだそうです。
例えば、『よく生ききよく笑いよき師と出会う』(新潮社)という本で説かれている「手放す心と感謝する心とユーモアを」。
大島の妻は私しかいない。立場も未練も手放してみるとなんてことありませんでした。
待っている人が居る幸せ。大島が生きているから味わえる。
私にとって介護することは喜びなのです。
以上、読み終えました。
夫が妻を裏切らないことが大切ですね。浮気したあなたは妻から捨てられるかも?
しみじみ夫婦の良さは老いて味わい深いものになるのかもしれません。
2008/11/24のBlog
[ 18:02 ]
なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか
大林宣彦/著
幻冬舎
2008年1月30日 発行
2008年7月3日 点訳
私は知りませんでしたが、著者は1938年生まれの超有名な映画作家なんですね。受賞歴がスゴイんですね。紫綬褒章も受章しているんですね。
そんな著名な筆者は「なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか」の答えをどう導き出しているか興味があり、この本を読みました。
Webで検索すると多くヒットしますし、いろいろなことがわかります。例えば、「何で電車やバスにタダ乗りしてる老人に、金払って乗ってる俺たち若者が席譲らなきゃいけないの?」なんていう掲示板(BBS)もあります。
そして、いくら探しても直接的な答えはこの本にはないように思えてなりません。
席を譲らない若者に育てた大人に責任があると言うことのようですが?
せっかく読んだのですからメモを少し残しておきますが、みなさんタイトルに惹かれて読むのでしょうね?
第1巻
前書--日本を殺すな
本書では「子供たちとの付き合い方」に多くのページを割いています。
日本を殺すか否かは、おそらく将来を背負って経つ子供たちにかかっているのですが、彼らの行く末を左右するのは、まぎれもなく今の社会の中核にある大人たちであるということを覚えていてください。
第1章 戦争の世紀に、日本が失ったもの
(敗戦とともに百八十度転換した、日本人の価値観/土地の文化や伝統を売り、日本は「平和」を買ってきたほか)
企業戦士であった団塊の世代が時代の舞台裏から去って行く時代を迎えたのです。
日本は平和をお金で買った。アメリカに守ってもらっているから言うことをきかなければならない。
中立国スイスの地下には膨大な軍事施設が準備され若者は軍事訓練を受けているのです。
平和は決して無償ではないのです。
情報で得られる知識と自分の目で確かめることとはまったく違うのです。情報を妄信しないで自分の目で確かめましょう。でないと真実は見えません。
第2章 現代の教育で育った子供たちの不幸
(「総論」で物事を判断できなくなった日本人/今の教育は「制度」でしかないほか)
今の教育制度は、経済を満たすもので、文化を満たすものではない。
長く生きてきた人の言葉は、「知恵」そのものだ。
子供が聞きたいのは大人の話。
僕が子供と接するときは、いったん質問したら答えが出るまで待つ。
第2巻
続き
とにかく最近は、大人から子供に対してものを尋ねなくなっている。
自分のおかれている立場がわかると、子供は責任を持つようになる。
第3章 正しく成長していない大人たち
(「今時の子供は変わった」なんてウソ。子供は変わらない/親より、子供が真実を知っていることに気づいてほしいほか)
親より、子供が真実を知っていることに気付いて欲しい。
悪いことを悪いと言えない、それが子供を壊している。
チェルノブイリで被爆した子供たち、明日の命さえ約束されていない。そんな彼らが老人にバスのなかで席を譲るだろうか?
よどみなく出てきた言葉には、本音輪ない。
人が言葉を「噛む」瞬間が、最高の表現の瞬間だ。
この具体例がある少年、いかにも賢い少年、彼らの答えの導き出し方で紹介されています。私も感動しました。
たっぷり時間をかけて自分自身の答えを見出した少年。仲間の素晴らしい答えに打ちのめされ、自分の存在を確認できて喜んだ理髪な少年。
第4章 「美学」不在の時代がやってきた
(散歩でも人生でも、往路と復路では同じものが違って見える/目指すべきは“ヴェテランの子供”ほか)
人生には人それぞれの目的や使命と言うものがあります。
今の若者たちと言うのは、奇蹟的にそういった「物とお金に取り付かれた時代」のゆがみにさらされることがなかった唯一の世代だと言えるわけです。
だからこそ、古来日本人がもっていた「生きる形」を取り戻しているといっても決して過言ではないと思います。
映画監督になりたいなら、映画以外のことをやれ。
いつまでも、「何故」「どうして」と問いかけていかなくて輪ならない。
大切なのは「物語」です。
後書き--仁義道を、袖振り合わせながら歩こう
以上、読み終えました。
結論は若者に責任があるのではなくて、どうも大人に責任があるようです。
物欲、金欲の強い大人に責任があると言うのでしょうか?それならば今の経済的格差社会を著者はどうしろと言うのでしょう?
幸い団塊世代は経済的には恵まれて年金で余生を愉しく暮らすことができます。
著者の言うことのひとつでも実践してみましょう。
大林宣彦/著
幻冬舎
2008年1月30日 発行
2008年7月3日 点訳
私は知りませんでしたが、著者は1938年生まれの超有名な映画作家なんですね。受賞歴がスゴイんですね。紫綬褒章も受章しているんですね。
そんな著名な筆者は「なぜ若者は老人に席を譲らなくなったのか」の答えをどう導き出しているか興味があり、この本を読みました。
Webで検索すると多くヒットしますし、いろいろなことがわかります。例えば、「何で電車やバスにタダ乗りしてる老人に、金払って乗ってる俺たち若者が席譲らなきゃいけないの?」なんていう掲示板(BBS)もあります。
そして、いくら探しても直接的な答えはこの本にはないように思えてなりません。
席を譲らない若者に育てた大人に責任があると言うことのようですが?
せっかく読んだのですからメモを少し残しておきますが、みなさんタイトルに惹かれて読むのでしょうね?
第1巻
前書--日本を殺すな
本書では「子供たちとの付き合い方」に多くのページを割いています。
日本を殺すか否かは、おそらく将来を背負って経つ子供たちにかかっているのですが、彼らの行く末を左右するのは、まぎれもなく今の社会の中核にある大人たちであるということを覚えていてください。
第1章 戦争の世紀に、日本が失ったもの
(敗戦とともに百八十度転換した、日本人の価値観/土地の文化や伝統を売り、日本は「平和」を買ってきたほか)
企業戦士であった団塊の世代が時代の舞台裏から去って行く時代を迎えたのです。
日本は平和をお金で買った。アメリカに守ってもらっているから言うことをきかなければならない。
中立国スイスの地下には膨大な軍事施設が準備され若者は軍事訓練を受けているのです。
平和は決して無償ではないのです。
情報で得られる知識と自分の目で確かめることとはまったく違うのです。情報を妄信しないで自分の目で確かめましょう。でないと真実は見えません。
第2章 現代の教育で育った子供たちの不幸
(「総論」で物事を判断できなくなった日本人/今の教育は「制度」でしかないほか)
今の教育制度は、経済を満たすもので、文化を満たすものではない。
長く生きてきた人の言葉は、「知恵」そのものだ。
子供が聞きたいのは大人の話。
僕が子供と接するときは、いったん質問したら答えが出るまで待つ。
第2巻
続き
とにかく最近は、大人から子供に対してものを尋ねなくなっている。
自分のおかれている立場がわかると、子供は責任を持つようになる。
第3章 正しく成長していない大人たち
(「今時の子供は変わった」なんてウソ。子供は変わらない/親より、子供が真実を知っていることに気づいてほしいほか)
親より、子供が真実を知っていることに気付いて欲しい。
悪いことを悪いと言えない、それが子供を壊している。
チェルノブイリで被爆した子供たち、明日の命さえ約束されていない。そんな彼らが老人にバスのなかで席を譲るだろうか?
よどみなく出てきた言葉には、本音輪ない。
人が言葉を「噛む」瞬間が、最高の表現の瞬間だ。
この具体例がある少年、いかにも賢い少年、彼らの答えの導き出し方で紹介されています。私も感動しました。
たっぷり時間をかけて自分自身の答えを見出した少年。仲間の素晴らしい答えに打ちのめされ、自分の存在を確認できて喜んだ理髪な少年。
第4章 「美学」不在の時代がやってきた
(散歩でも人生でも、往路と復路では同じものが違って見える/目指すべきは“ヴェテランの子供”ほか)
人生には人それぞれの目的や使命と言うものがあります。
今の若者たちと言うのは、奇蹟的にそういった「物とお金に取り付かれた時代」のゆがみにさらされることがなかった唯一の世代だと言えるわけです。
だからこそ、古来日本人がもっていた「生きる形」を取り戻しているといっても決して過言ではないと思います。
映画監督になりたいなら、映画以外のことをやれ。
いつまでも、「何故」「どうして」と問いかけていかなくて輪ならない。
大切なのは「物語」です。
後書き--仁義道を、袖振り合わせながら歩こう
以上、読み終えました。
結論は若者に責任があるのではなくて、どうも大人に責任があるようです。
物欲、金欲の強い大人に責任があると言うのでしょうか?それならば今の経済的格差社会を著者はどうしろと言うのでしょう?
幸い団塊世代は経済的には恵まれて年金で余生を愉しく暮らすことができます。
著者の言うことのひとつでも実践してみましょう。
2008/11/20のBlog
[ 23:46 ]
ディズニー7つの法則 奇跡の成功を生み出した「感動」の企業理念
トム・コネラン/著 仁平和夫/訳
日経BP社
1997年11月27日 発行
2008年11月14日 点訳
この本の初版は11年も前なんですね。
私はディズニーランドへ行ったことはありませんが、孫は行きましたしディズニー チャンネルが大好きです。
社内でもパスポートを買って頻繁に行っている社員・家族がいます。 そのわけがこの本を読んでわかりました。
第1巻
はじめに
顧客サービスのレベルアップにディズニー(以下、Ds)をお手本にすればいいのです。
ディズニーでは、来園者をゲスト(賓客)と呼び、従業員をキャスト(出演者)と呼んでいるのです。
キャストがゲストの心をつかんで放さないために、何をしているか?
1 オーランドに出発
2 ディズニー・ワールドに集合
いろいろな会社の経営者、トップがDSから何かを学ぶ研修ツアーに参加するというストーリーですね。
3 競争相手は意外なところに
レッスン1 顧客が比べるすべての企業が競争相手。
これはわが社でもしている電話の応対などQR運動が見習うべき内容ですね。
4 ちょっとしたことが大きな差になる
レッスン2 細部にこだわる。
「馬の頭の上の部分わ、毎晩取り外して塗りなおしているんです」
5 全員がゴミを拾う
社長も率先して行っているのですね。
レッスン3 すべての人が、語りかけ、歩み寄る
車椅子で困っている人がいたら?
清掃スタッフは4万5千人いるのです。
パークをきれいにしておくことが文化になっている。 わが社の役員にも聞かせてやりたいセリフですね。
「『雷が鳴るようにガミガミ言われれば、誰だって耳をふさぐ』」
6 見えないところが大事
レッスン4 すべてのものが、かたりかけ、歩み寄る。
人でなくてものなんですね。
「メリーゴーラウンドもすべて23金が使われているんです。金箔です。」
第2巻
7 耳をつける
顧客調査、ゲスト調査にパソコンを配備しすぐに入力。
レッスン5 耳が多いほど、顧客の声和よく聞こえる。
「ピクシー ダスト」
これが感動ですね。期待していない良いこと。予期せぬ良いことが起きれば、それも人の親切ならば感動するでしょうね。 キャストは感動をゲストに与えています。
アンケート用紙一枚にまでおしゃれな心配り・工夫がされているのですね。
今日が誕生日だと知ったら、バースデイケーキを用意したり、新婚旅行中だと知ったら、花束を贈ったり………。
8 魔法をかけつづける
レッスン6 酬い、認め、称える。
アイスクリームを持った女の子、持ったままではスペース マウンテンに乗れない。
ゲストはその子のアイスクリームと同じものを30秒前に買い、その子が降りてくると渡した。
女の子が持っていたアイスクリームは溶けてしまうからですね。新しい同じものを買い、それをあげるのです。
「人から認められたいと言うのは、人間の根源的な願望のひとつです。」
ここに書かれているサービスの5つの基準、チームワークの4つの基準は是非読んでください。 これで企業は伸びないはずはありません。
30日、コインを10枚ポケットに入れ、その人の良いところを見つけることを続ける。見つけたらコインを右から左へ移すのです。
「報いられるのは経済的収入で、認められるのは心理的収入。」と考えてください。 人間両方必要ですね。
ある男の子、サイン帳をなくした。キャストは同じサイン帳を買い、同じサインをもらって回りサイン帳を新しく作成しその男の子に渡した。
9 誰もがキーパーソン
レッスン7 誰も??(誰もがキーパーソン)
点字が化けて読み取れません。
10 サイロを壊す
3人の子供をつれた夫婦が「3時のパレードは何時に始まるんですか?」
キャストはにっこり笑って『はい、予定通り3時に始まります。ですから、30分前ぐらいに行けば、いい場所を取れますよ』。
第3巻
11 人材の集め方
年二だいたい7万5千人を面接するそうです。
採用後の研修がとても厳しいようです。世界一厳しいかも。
12 大事な顧客を放さない
「コンセプトから始まり、ポールを設計し、完成するまでに、イマジニアリングのスタッフは15年以上も費やしました。」
既存の顧客を大事にする。
13 一体感をきずく
建設工事の現場の人でさえゲストと同様に扱うというか、大切にするんですね。
14 情熱をもって
〈サービスの復旧〉
欲と情熱がないとお遊びで終る。
「情熱をもつ一人は、情熱のない40人に勝る」
あとがき
登場人物は架空の者ですがDSに関しては本当だそうです。
以上、読み終えましたが、これが本当ならDSはなんと素晴らしいのでしょう。
私も一度行きたくなりました。
メモはあまりこの本の内容を反映していないと思います。
うまくメモできないんです。
みなさん、読めば感動し、得るところがとても多いと思います。
11年前に書かれた本とは思えません。
トム・コネラン/著 仁平和夫/訳
日経BP社
1997年11月27日 発行
2008年11月14日 点訳
この本の初版は11年も前なんですね。
私はディズニーランドへ行ったことはありませんが、孫は行きましたしディズニー チャンネルが大好きです。
社内でもパスポートを買って頻繁に行っている社員・家族がいます。 そのわけがこの本を読んでわかりました。
第1巻
はじめに
顧客サービスのレベルアップにディズニー(以下、Ds)をお手本にすればいいのです。
ディズニーでは、来園者をゲスト(賓客)と呼び、従業員をキャスト(出演者)と呼んでいるのです。
キャストがゲストの心をつかんで放さないために、何をしているか?
1 オーランドに出発
2 ディズニー・ワールドに集合
いろいろな会社の経営者、トップがDSから何かを学ぶ研修ツアーに参加するというストーリーですね。
3 競争相手は意外なところに
レッスン1 顧客が比べるすべての企業が競争相手。
これはわが社でもしている電話の応対などQR運動が見習うべき内容ですね。
4 ちょっとしたことが大きな差になる
レッスン2 細部にこだわる。
「馬の頭の上の部分わ、毎晩取り外して塗りなおしているんです」
5 全員がゴミを拾う
社長も率先して行っているのですね。
レッスン3 すべての人が、語りかけ、歩み寄る
車椅子で困っている人がいたら?
清掃スタッフは4万5千人いるのです。
パークをきれいにしておくことが文化になっている。 わが社の役員にも聞かせてやりたいセリフですね。
「『雷が鳴るようにガミガミ言われれば、誰だって耳をふさぐ』」
6 見えないところが大事
レッスン4 すべてのものが、かたりかけ、歩み寄る。
人でなくてものなんですね。
「メリーゴーラウンドもすべて23金が使われているんです。金箔です。」
第2巻
7 耳をつける
顧客調査、ゲスト調査にパソコンを配備しすぐに入力。
レッスン5 耳が多いほど、顧客の声和よく聞こえる。
「ピクシー ダスト」
これが感動ですね。期待していない良いこと。予期せぬ良いことが起きれば、それも人の親切ならば感動するでしょうね。 キャストは感動をゲストに与えています。
アンケート用紙一枚にまでおしゃれな心配り・工夫がされているのですね。
今日が誕生日だと知ったら、バースデイケーキを用意したり、新婚旅行中だと知ったら、花束を贈ったり………。
8 魔法をかけつづける
レッスン6 酬い、認め、称える。
アイスクリームを持った女の子、持ったままではスペース マウンテンに乗れない。
ゲストはその子のアイスクリームと同じものを30秒前に買い、その子が降りてくると渡した。
女の子が持っていたアイスクリームは溶けてしまうからですね。新しい同じものを買い、それをあげるのです。
「人から認められたいと言うのは、人間の根源的な願望のひとつです。」
ここに書かれているサービスの5つの基準、チームワークの4つの基準は是非読んでください。 これで企業は伸びないはずはありません。
30日、コインを10枚ポケットに入れ、その人の良いところを見つけることを続ける。見つけたらコインを右から左へ移すのです。
「報いられるのは経済的収入で、認められるのは心理的収入。」と考えてください。 人間両方必要ですね。
ある男の子、サイン帳をなくした。キャストは同じサイン帳を買い、同じサインをもらって回りサイン帳を新しく作成しその男の子に渡した。
9 誰もがキーパーソン
レッスン7 誰も??(誰もがキーパーソン)
点字が化けて読み取れません。
10 サイロを壊す
3人の子供をつれた夫婦が「3時のパレードは何時に始まるんですか?」
キャストはにっこり笑って『はい、予定通り3時に始まります。ですから、30分前ぐらいに行けば、いい場所を取れますよ』。
第3巻
11 人材の集め方
年二だいたい7万5千人を面接するそうです。
採用後の研修がとても厳しいようです。世界一厳しいかも。
12 大事な顧客を放さない
「コンセプトから始まり、ポールを設計し、完成するまでに、イマジニアリングのスタッフは15年以上も費やしました。」
既存の顧客を大事にする。
13 一体感をきずく
建設工事の現場の人でさえゲストと同様に扱うというか、大切にするんですね。
14 情熱をもって
〈サービスの復旧〉
欲と情熱がないとお遊びで終る。
「情熱をもつ一人は、情熱のない40人に勝る」
あとがき
登場人物は架空の者ですがDSに関しては本当だそうです。
以上、読み終えましたが、これが本当ならDSはなんと素晴らしいのでしょう。
私も一度行きたくなりました。
メモはあまりこの本の内容を反映していないと思います。
うまくメモできないんです。
みなさん、読めば感動し、得るところがとても多いと思います。
11年前に書かれた本とは思えません。
2008/11/15のBlog
[ 17:46 ]
動くのは瞼だけ―ロックトイン・シンドロームからの奇跡の再生
原書名:JE PARLE:L’extraordinaire retour `a la vie d’un locked‐in
syndrom(Bohn‐Derrien,Laetitia)
ボーン=デリアン,レティシア【著】〈Bohn‐Derrien,Laetitia〉加藤かおり【訳】
イースト・プレス
(2008年2月11日 発行
2008年9月 点訳
LIS所謂ロックトイン・シンドロームは、 潜水服は蝶の夢を見る で有名なんですね。私は知りませんでした。
Locked-in syndrome
主人公は、1966年生まれ。イヴさん「ローランに8年間勤務したのち、製薬会社に転職。1999年11月、アメリカ出張中LISに。
第1巻
絶望は唯一の許されざる罪である。--マルセル アシャール
あらゆる涙の中に希望は最後まで残っている。--シモール ド ボーヴォワール
序文
1999年11月9日、当時33歳だった主人公がLISに倒れたのです。
この本は彼女の奇跡の回復へのドキュメントですね。
はじめに
著者は彼女はじめ多くの関係者のインタビューをして資料を集めたのですね。
このLISは患者の知的能力は無傷だが植物人間状態となるので多くの医師が診断を誤ると書いています。
第1章 私は話す
彼女は植物人間状態だが、意識ははっきりしていて、体に触れる手を感じる、瞼を動かせる、この3点が違うのです。
看護士のテストではじめて声が出た感動が述べられています。
日常の当たり前と思っていることが実は当たり前ではないのです。私も昔ベッドの上で経験しました。 平凡のなかに幸せがあるのです。
第2章 完璧だった日々
人生は予兆に満ちている。それを受け止める能力が備わっていないのではないか?
第3章 真っ青な空へ
彼女は飛行機に乗っています。
第4章 頭痛
彼女はホテルでこめかみの痛みを感じ、やがて頭痛に襲われます。薬を飲んで眠るのです。
第5章 暗い部屋
同質の同輩が彼女を見て驚きます。彼女はまだベッドから起き上がれないのです。
第6章 悪化
風呂に入る。閃光が目を射る。 あのとき「エマージェンシー」のボタンを押すべきだった。
第7章 臨死
目の前がゆっくり暗くなって行った。臨死体験者がいう柔らかい光に包まれた。
ここでは友人、家族、医師などの話から当時の様子が描かれています。
緊急状態がどのようなものであったか垣間見ることができます。
第2巻
第8章 全身麻痺
動くのは瞼だけだったのです。意識はしっかりしているのに肉体が動かないのです。
1999年11月、瞬きをしなければ「yes」、瞬きを一回すれば「no」で医師の診断が始まったのです。
気管切開を受けカニューレを差し込まれた妻の姿をみた夫の驚き。 キスをしても石のように反応がないのです。
第9章 診断
神経科医の診断、LIS。
生命機能の損傷により死に至る場合が多いと。
第10章 思い出
彼女の母の声が聞こえます。母のマッサージの気持のいいこと。
第11章 子供たち
「スターン先生、姉のことをどうか〈稀な症例〉と呼ぶのはやめていただけないでしょうか。姉の名前はれてぃしあです」
彼女は精神患者のような拘束衣を着せられていたのです。
「家族は、れてぃしあをこのまま生かして置くことが本当にによいことなのかと自問していました「--てぃえりーぼーん
このシーンをよみながら私は「そうだ、決して諦めてはいけない。自ら幕を引くのだけは避けたい。最後まで粘ろう。奇跡が起きるかもしれない。」と思いました。
私はこのシーンから自分の人生を考え直すヒントをもらいました。
神は良いタイミングで適切な本を私に与えてくれたのですね。
第12章 絆
「手術をしても回復の見込みはわずかですし、生命の危険すらありますが、それでも1ドお考えになってみて輪いかがでしょうか」
このシーンを読みながら私は親父の死に際してここまで努力しなかったことを後悔しています。
朝信号がすべて青という予兆がありました。
「そしてまさにその日、れてぃしあの指が動いたのです!
11月27日、えも病院かられてぃしあを引き取りました。 彼女の体を固定して移動です。
第3巻
第13章 規国
アメリカのアトランタから彼女の国フランスへの飛行機は10人分の席が確保され環境が整えられたのです。
ドゴール空港から救急車でフランスのらりぼわじえーる病院へ到着。
それから5年後母親は彼女に「LISで植物人間になるのならいっそ安楽死を選ぼうか迷った」と告げます。
第14章 試練
彼女は快方に向かいますがアトランタから細菌を持ち帰ったことがわかったのです。耐性菌で彼女の尿路から全身に感染する恐れがあるのです。
運命に甘んじることなく、必死になってあらがうことで人は生長し、困難な状況を乗り越えるのだという考え方です。
今では私も、試練が成長の糧となることを知っている。最悪の経験が最高の強さを引き出すことを知っている。
瞬きでアルファベットを拾って行くコミュニケーション法。 時間はかかりますが。
第15章 スタッフたち
ゼリー状の液体をはじめて喉に流し込んだ日、彼女は決して忘れない。
動かなくても毎日訓練が始まりました。気力、知力、運動能力の優れた彼女はうなることができるようになりました。
第16章 患者と愛
信じられないことが起きた。話すことができたのだ。「私は話す」と言えたのだ。ベッドのまわりは大騒ぎになりました。
支えてもらいながら二歩歩くこともできた。
らりぼわじえーる病院を去る日がやってきた。
第17章 生者の世界へ
がるしゅに向う。
想像力と言う芳醇な感覚を彼女はじっくり確かめた。
幸せを感じるのは相対的比較によるものかもしれないと思います。
上り坂の人、下り坂の人、感じる心が違うのですね。
第18章 訓練前夜
つきっきりで看病する為、みずーおばさんわ全てをなげうってやってきた。仕事も辞めて。
第4巻
第19章 リハビリルーム
彼女を取り巻く患者や看護し療法士などの様子が描かれています。
私も二年以上の闘病生活を経験したことがあります。私も同質の患者の様態に関心がありました。 回復して退院して行く患者、個室に移されやがて死んで行く患者。家族の喜び、そして悲しみ。多くの病院内の光景を見てきました。
第20章 訓練の日々
カニューレ、排尿管もつけたままで訓練です。
支えられて座った状態を保つことができるようになった。
私の精神状態は、毎日、絶望と楽観の間を行き来した。
第21章 尊厳
作業療法士によるコミュニケーション訓練。
手すりにつかまり歩行訓練。
第22章 仲間たち
「もう一生歩けないでしょう」との医師の言葉に反して1年後、彼女は松葉杖でゆっくり歩くことができるようになったのです。
このとき労災認定の裁判も始まっていたのですね。
私は、多くの人々の愛情のエネルギーが彼女の奇跡を起こしたのだと思います。
第23章 前進
車椅子から椅子へ、音を出す、歩行器で歩く、じっと立つ、靴を脱ぐ、ベッドのリモコン操作。
夫の抱擁とキスで彼女の排尿機能が目覚めたのです。
1月26日、私は右の人差し指でものをさすことができた。
呼吸能力も30%から70%に回復。
第24章 再会
息子達との84ひぶりの再会です。 ショックだったらしい。
気管カニューレの取り外しが検討されはじめた。
第25章 退院
栄養チューブを抜く手術。
こんなに劇的な回復をした人は見たことがない。
第5巻
第26章 通院生活
通院で訓練を受けるのです。プールへも入っています。
彼女ははじめて障害者への偏見を経験するのです。
「人間の体と言うものは、思いもかけない能力を秘めています「--
第27章 怒り
国際的大企業の労災を認めない汚さがわかりますね。 彼女は明らかに過剰労働です。
多くの医師も証言してくれました。
第28章 障害者として
障害は少なくとも幾つかのプラスの面を持っている。素晴らしい人に出会えるし、偽りの友を排除してくれるからだ。
教訓--一人の医者の意見を鵜呑みにしてはいけない………。 結局ゾンデは必要なかったのですね。左記の医者が間違った診断結論を下したのです。
第29章 試行錯誤
自宅にエレベーターを、だがその会社が倒産。彼女は這うようにして階段を上った。
彼女のリハビリ的な日々の生活を見ていると、やさしい家族や親戚に恵まれて彼女は幸せですね。
第30章 傷ついた心
私のケースは労災にあたると役所もついに認めた。多くの時間、労力、多額の費用を労したが。
2年にわたるリハビリに感謝して彼女は180人を招待したのです。
やがて彼女は無償でボランティアとして働くのですね。
でもアメリカと違いフランスは障害者にやさしくないようですね。彼女は死にたくなるほど苦しみ悩んでいます。
第31章 行動あるのみ
彼女は障害者として行動し訴えるところは声を出して主張しています。 例えば学校で障害者を受け入れて学ぶことが多いことなど。
裁判のために再鑑定も受けています。評定員の冷酷なこと。
この本はいろいろな人の証言が散りばめられていて多方面から立体的に主人公を把握できます。
第32章 今を生きる
彼女は車の免許も取り直しています。
車椅子で行動しています。
彼女はヘッド ハンティング会社のなかでハンディー コンサルティングをはじめたのです。
エピローグ
医師や訳者のメッセージが述べられています。
以上、読み終えて死から生還し、強い意志で奇跡の回復を見せた彼女に大いに勇気と元気をもらいました。
ちょうど人生の岐路に立って右へ行くか左へ行くか迷っていましたが、この本を読んで進むべき道がはっきり見えてきました。
神はgood timingで適切なアドバイスをくれるものですね。
原書名:JE PARLE:L’extraordinaire retour `a la vie d’un locked‐in
syndrom(Bohn‐Derrien,Laetitia)
ボーン=デリアン,レティシア【著】〈Bohn‐Derrien,Laetitia〉加藤かおり【訳】
イースト・プレス
(2008年2月11日 発行
2008年9月 点訳
LIS所謂ロックトイン・シンドロームは、 潜水服は蝶の夢を見る で有名なんですね。私は知りませんでした。
Locked-in syndrome
主人公は、1966年生まれ。イヴさん「ローランに8年間勤務したのち、製薬会社に転職。1999年11月、アメリカ出張中LISに。
第1巻
絶望は唯一の許されざる罪である。--マルセル アシャール
あらゆる涙の中に希望は最後まで残っている。--シモール ド ボーヴォワール
序文
1999年11月9日、当時33歳だった主人公がLISに倒れたのです。
この本は彼女の奇跡の回復へのドキュメントですね。
はじめに
著者は彼女はじめ多くの関係者のインタビューをして資料を集めたのですね。
このLISは患者の知的能力は無傷だが植物人間状態となるので多くの医師が診断を誤ると書いています。
第1章 私は話す
彼女は植物人間状態だが、意識ははっきりしていて、体に触れる手を感じる、瞼を動かせる、この3点が違うのです。
看護士のテストではじめて声が出た感動が述べられています。
日常の当たり前と思っていることが実は当たり前ではないのです。私も昔ベッドの上で経験しました。 平凡のなかに幸せがあるのです。
第2章 完璧だった日々
人生は予兆に満ちている。それを受け止める能力が備わっていないのではないか?
第3章 真っ青な空へ
彼女は飛行機に乗っています。
第4章 頭痛
彼女はホテルでこめかみの痛みを感じ、やがて頭痛に襲われます。薬を飲んで眠るのです。
第5章 暗い部屋
同質の同輩が彼女を見て驚きます。彼女はまだベッドから起き上がれないのです。
第6章 悪化
風呂に入る。閃光が目を射る。 あのとき「エマージェンシー」のボタンを押すべきだった。
第7章 臨死
目の前がゆっくり暗くなって行った。臨死体験者がいう柔らかい光に包まれた。
ここでは友人、家族、医師などの話から当時の様子が描かれています。
緊急状態がどのようなものであったか垣間見ることができます。
第2巻
第8章 全身麻痺
動くのは瞼だけだったのです。意識はしっかりしているのに肉体が動かないのです。
1999年11月、瞬きをしなければ「yes」、瞬きを一回すれば「no」で医師の診断が始まったのです。
気管切開を受けカニューレを差し込まれた妻の姿をみた夫の驚き。 キスをしても石のように反応がないのです。
第9章 診断
神経科医の診断、LIS。
生命機能の損傷により死に至る場合が多いと。
第10章 思い出
彼女の母の声が聞こえます。母のマッサージの気持のいいこと。
第11章 子供たち
「スターン先生、姉のことをどうか〈稀な症例〉と呼ぶのはやめていただけないでしょうか。姉の名前はれてぃしあです」
彼女は精神患者のような拘束衣を着せられていたのです。
「家族は、れてぃしあをこのまま生かして置くことが本当にによいことなのかと自問していました「--てぃえりーぼーん
このシーンをよみながら私は「そうだ、決して諦めてはいけない。自ら幕を引くのだけは避けたい。最後まで粘ろう。奇跡が起きるかもしれない。」と思いました。
私はこのシーンから自分の人生を考え直すヒントをもらいました。
神は良いタイミングで適切な本を私に与えてくれたのですね。
第12章 絆
「手術をしても回復の見込みはわずかですし、生命の危険すらありますが、それでも1ドお考えになってみて輪いかがでしょうか」
このシーンを読みながら私は親父の死に際してここまで努力しなかったことを後悔しています。
朝信号がすべて青という予兆がありました。
「そしてまさにその日、れてぃしあの指が動いたのです!
11月27日、えも病院かられてぃしあを引き取りました。 彼女の体を固定して移動です。
第3巻
第13章 規国
アメリカのアトランタから彼女の国フランスへの飛行機は10人分の席が確保され環境が整えられたのです。
ドゴール空港から救急車でフランスのらりぼわじえーる病院へ到着。
それから5年後母親は彼女に「LISで植物人間になるのならいっそ安楽死を選ぼうか迷った」と告げます。
第14章 試練
彼女は快方に向かいますがアトランタから細菌を持ち帰ったことがわかったのです。耐性菌で彼女の尿路から全身に感染する恐れがあるのです。
運命に甘んじることなく、必死になってあらがうことで人は生長し、困難な状況を乗り越えるのだという考え方です。
今では私も、試練が成長の糧となることを知っている。最悪の経験が最高の強さを引き出すことを知っている。
瞬きでアルファベットを拾って行くコミュニケーション法。 時間はかかりますが。
第15章 スタッフたち
ゼリー状の液体をはじめて喉に流し込んだ日、彼女は決して忘れない。
動かなくても毎日訓練が始まりました。気力、知力、運動能力の優れた彼女はうなることができるようになりました。
第16章 患者と愛
信じられないことが起きた。話すことができたのだ。「私は話す」と言えたのだ。ベッドのまわりは大騒ぎになりました。
支えてもらいながら二歩歩くこともできた。
らりぼわじえーる病院を去る日がやってきた。
第17章 生者の世界へ
がるしゅに向う。
想像力と言う芳醇な感覚を彼女はじっくり確かめた。
幸せを感じるのは相対的比較によるものかもしれないと思います。
上り坂の人、下り坂の人、感じる心が違うのですね。
第18章 訓練前夜
つきっきりで看病する為、みずーおばさんわ全てをなげうってやってきた。仕事も辞めて。
第4巻
第19章 リハビリルーム
彼女を取り巻く患者や看護し療法士などの様子が描かれています。
私も二年以上の闘病生活を経験したことがあります。私も同質の患者の様態に関心がありました。 回復して退院して行く患者、個室に移されやがて死んで行く患者。家族の喜び、そして悲しみ。多くの病院内の光景を見てきました。
第20章 訓練の日々
カニューレ、排尿管もつけたままで訓練です。
支えられて座った状態を保つことができるようになった。
私の精神状態は、毎日、絶望と楽観の間を行き来した。
第21章 尊厳
作業療法士によるコミュニケーション訓練。
手すりにつかまり歩行訓練。
第22章 仲間たち
「もう一生歩けないでしょう」との医師の言葉に反して1年後、彼女は松葉杖でゆっくり歩くことができるようになったのです。
このとき労災認定の裁判も始まっていたのですね。
私は、多くの人々の愛情のエネルギーが彼女の奇跡を起こしたのだと思います。
第23章 前進
車椅子から椅子へ、音を出す、歩行器で歩く、じっと立つ、靴を脱ぐ、ベッドのリモコン操作。
夫の抱擁とキスで彼女の排尿機能が目覚めたのです。
1月26日、私は右の人差し指でものをさすことができた。
呼吸能力も30%から70%に回復。
第24章 再会
息子達との84ひぶりの再会です。 ショックだったらしい。
気管カニューレの取り外しが検討されはじめた。
第25章 退院
栄養チューブを抜く手術。
こんなに劇的な回復をした人は見たことがない。
第5巻
第26章 通院生活
通院で訓練を受けるのです。プールへも入っています。
彼女ははじめて障害者への偏見を経験するのです。
「人間の体と言うものは、思いもかけない能力を秘めています「--
第27章 怒り
国際的大企業の労災を認めない汚さがわかりますね。 彼女は明らかに過剰労働です。
多くの医師も証言してくれました。
第28章 障害者として
障害は少なくとも幾つかのプラスの面を持っている。素晴らしい人に出会えるし、偽りの友を排除してくれるからだ。
教訓--一人の医者の意見を鵜呑みにしてはいけない………。 結局ゾンデは必要なかったのですね。左記の医者が間違った診断結論を下したのです。
第29章 試行錯誤
自宅にエレベーターを、だがその会社が倒産。彼女は這うようにして階段を上った。
彼女のリハビリ的な日々の生活を見ていると、やさしい家族や親戚に恵まれて彼女は幸せですね。
第30章 傷ついた心
私のケースは労災にあたると役所もついに認めた。多くの時間、労力、多額の費用を労したが。
2年にわたるリハビリに感謝して彼女は180人を招待したのです。
やがて彼女は無償でボランティアとして働くのですね。
でもアメリカと違いフランスは障害者にやさしくないようですね。彼女は死にたくなるほど苦しみ悩んでいます。
第31章 行動あるのみ
彼女は障害者として行動し訴えるところは声を出して主張しています。 例えば学校で障害者を受け入れて学ぶことが多いことなど。
裁判のために再鑑定も受けています。評定員の冷酷なこと。
この本はいろいろな人の証言が散りばめられていて多方面から立体的に主人公を把握できます。
第32章 今を生きる
彼女は車の免許も取り直しています。
車椅子で行動しています。
彼女はヘッド ハンティング会社のなかでハンディー コンサルティングをはじめたのです。
エピローグ
医師や訳者のメッセージが述べられています。
以上、読み終えて死から生還し、強い意志で奇跡の回復を見せた彼女に大いに勇気と元気をもらいました。
ちょうど人生の岐路に立って右へ行くか左へ行くか迷っていましたが、この本を読んで進むべき道がはっきり見えてきました。
神はgood timingで適切なアドバイスをくれるものですね。
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