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2005/12/16のBlog
[ 20:19 ]
[ 展覧会/ART ]
これまた、同会場で同時開催中なので観た。
森本太郎[1969-]。詳しいことはよくわかりません。
画像の通りの感じの作品が沢山でした。
これに関しても、バルケンホールの記事で描いたように、絵画が単なる平面表現ではなく、彫刻的な要素を取り入れようとしている、という点に置いて、とても現代的な作品と見ることが出来るだろう。
これ、パッと見ではわからないかもしれないが、色面と色面の境目は絵具が盛り上げてあってレリーフのようになっている。
のみならず、映像的、ということも言える。
まさに、現代の絵画表現が直面している段階が、顕著に見られるのではないだろうか?
平面だけど、平面だけでは物足りず、厚みを求める。
[メモ]
森本太郎
@東京オペラシティアートギャラリー(新宿区)
12月25日まで
森本太郎[1969-]。詳しいことはよくわかりません。
画像の通りの感じの作品が沢山でした。
これに関しても、バルケンホールの記事で描いたように、絵画が単なる平面表現ではなく、彫刻的な要素を取り入れようとしている、という点に置いて、とても現代的な作品と見ることが出来るだろう。
これ、パッと見ではわからないかもしれないが、色面と色面の境目は絵具が盛り上げてあってレリーフのようになっている。
のみならず、映像的、ということも言える。
まさに、現代の絵画表現が直面している段階が、顕著に見られるのではないだろうか?
平面だけど、平面だけでは物足りず、厚みを求める。
[メモ]
森本太郎
@東京オペラシティアートギャラリー(新宿区)
12月25日まで
[ 20:07 ]
[ 展覧会/ART ]
バルケンホールと同じく、オペラシティーでやっているので、ついでに観てきました。
相笠昌義[1939-]は、洋画家。うちの大学の油画専攻の教授。
観ればすぐにこの人の作品だとわかる、個性的な作品。こんなにまとめて観たのは初めてのこと。メインのバルケンホールより多い(笑)。
人のいる風景画を主に描いているのだけれど、多くが現代社会の生活に画題を求めているのが特徴だと思う。駅のホームとか花見とか。
画家が、極めて客観的に対象を観ている感じ。
登場する人物は、もちろん一人一人違うし、表情もそれぞれなんだけれど、なんというか、どこか物質的で、同じものが連続している印象を受ける。これが、現代の没個性的な社会を諷刺しているようで、面白いと思った。
また、共通して、セピアの色調が根底にあるように感じる。これが、観る側にメランコリックな感情を起こさせて、まるで、古い昔の写真を観ているかのような感覚を覚える。
[メモ]
相笠昌義 日常生活
@東京オペラシティアートギャラリー (新宿区)
12月25日まで
相笠昌義[1939-]は、洋画家。うちの大学の油画専攻の教授。
観ればすぐにこの人の作品だとわかる、個性的な作品。こんなにまとめて観たのは初めてのこと。メインのバルケンホールより多い(笑)。
人のいる風景画を主に描いているのだけれど、多くが現代社会の生活に画題を求めているのが特徴だと思う。駅のホームとか花見とか。
画家が、極めて客観的に対象を観ている感じ。
登場する人物は、もちろん一人一人違うし、表情もそれぞれなんだけれど、なんというか、どこか物質的で、同じものが連続している印象を受ける。これが、現代の没個性的な社会を諷刺しているようで、面白いと思った。
また、共通して、セピアの色調が根底にあるように感じる。これが、観る側にメランコリックな感情を起こさせて、まるで、古い昔の写真を観ているかのような感覚を覚える。
[メモ]
相笠昌義 日常生活
@東京オペラシティアートギャラリー (新宿区)
12月25日まで
[ 19:55 ]
[ 展覧会/ART ]
シュテファン・バルケンホール(Stephan Balkenhol)[1957-]は、ドイツの彫刻家。木彫で、人や動物、平面絵画のようにレリーフ状の作品などを作っている。ほとんど全ての作品が、彫り出したあとに彩色してある。
けっこう行くか悩んだのだけれど、行って良かったぁ。
木を素材にして彫刻作品を作っているのだけれど、例えば人物なら、ホントに何でもない人が、何でもない格好で、何でもないポーズをとっている。動物も又然り。
興味を持ったのは、レリーフ状の絵画のような作品たち。それは、人の顔だったり、風景だったり、建物だったり、人の全身だったりするのだけれど、面白かった。
単純に、顔や、特に風景は、見ていて面白い。絵なのにでこぼこしていて奥行きがある、みたいな感じ。
抽象的なものや、目の錯覚をおこすような模様のものも、近寄ってみると絵ではなくて、平たい木の板を削って作ってある。その平面彫刻の前に、ちっちゃな人物像なんかが配置してあって、重ねて見ると、それで1つの絵になるというか、空間になったりして。
絵画は、その技術によって立体感や存在感を出そうとするけれど、彼の場合は、もう根本的に画面を削って、本当に立体にしてしまうというアプローチ。
近年の絵画傾向に如実にあるのが、映像的ということと、もう1つは厚みがあるということ。絵具を厚く厚く重ねて、平面に抗うかのような表現。絵画に彫刻的なものを求めているのが現代の絵画状況。そういった、現在の絵画表現がぶつかっている状況と、絵画とは何か?ということを考えさせられた展覧会。
けっこう行くか悩んだのだけれど、行って良かったぁ。
木を素材にして彫刻作品を作っているのだけれど、例えば人物なら、ホントに何でもない人が、何でもない格好で、何でもないポーズをとっている。動物も又然り。
興味を持ったのは、レリーフ状の絵画のような作品たち。それは、人の顔だったり、風景だったり、建物だったり、人の全身だったりするのだけれど、面白かった。
単純に、顔や、特に風景は、見ていて面白い。絵なのにでこぼこしていて奥行きがある、みたいな感じ。
抽象的なものや、目の錯覚をおこすような模様のものも、近寄ってみると絵ではなくて、平たい木の板を削って作ってある。その平面彫刻の前に、ちっちゃな人物像なんかが配置してあって、重ねて見ると、それで1つの絵になるというか、空間になったりして。
絵画は、その技術によって立体感や存在感を出そうとするけれど、彼の場合は、もう根本的に画面を削って、本当に立体にしてしまうというアプローチ。
近年の絵画傾向に如実にあるのが、映像的ということと、もう1つは厚みがあるということ。絵具を厚く厚く重ねて、平面に抗うかのような表現。絵画に彫刻的なものを求めているのが現代の絵画状況。そういった、現在の絵画表現がぶつかっている状況と、絵画とは何か?ということを考えさせられた展覧会。
2005/12/14のBlog
[ 23:56 ]
[ 雑記 ]
今日で、僕は年内の大学の授業が終了。金曜が休講になったので。
いやはや、隙をついていくつか展覧会を観に行かないと。
本当は、今日も午後から行こうと思ったんだけれど、お腹が不機嫌気味だったので……。断念。
それはそれとして、室内で息が白くなることがたまにあるようになってきた半地下です。そろそろエアコンブースターオン!かなぁ…。
いやはや、隙をついていくつか展覧会を観に行かないと。
本当は、今日も午後から行こうと思ったんだけれど、お腹が不機嫌気味だったので……。断念。
それはそれとして、室内で息が白くなることがたまにあるようになってきた半地下です。そろそろエアコンブースターオン!かなぁ…。
2005/12/13のBlog
[ 23:21 ]
[ 雑記 ]
制作が一段落。ふぅー。
ここ最近は、29時前後に寝て、7時または8時に起きるという生活でした。
しかし、それも今日で一段落。
N先生に、年内最後となる個人的批評会をしてもらい、沢山の収穫があったので、今後もますます制作に励むぞ、オォーー!といった具合です。
一段落とは言っても、この冬は、自分に課している制作がけっこうあるので、ストップせずに描き続けなきゃなぁ。
ここ最近は、29時前後に寝て、7時または8時に起きるという生活でした。
しかし、それも今日で一段落。
N先生に、年内最後となる個人的批評会をしてもらい、沢山の収穫があったので、今後もますます制作に励むぞ、オォーー!といった具合です。
一段落とは言っても、この冬は、自分に課している制作がけっこうあるので、ストップせずに描き続けなきゃなぁ。
2005/12/10のBlog
[ 14:58 ]
[ 本 ]
『珍品堂主人』
著:井伏鱒二 (中公文庫) 500円
---------------------------------------------
予測不可能なまま、読み始めてみると、面白かった。
前に、同著者の『駅前旅館』を読んで紹介しましたが、何となくそれと同系列な印象を受けた。
すごく簡単にあらすじを紹介すると、趣味の骨董がいつの間にやら本職になった加納夏麿(57歳)こと珍品堂が、骨董から一念発起して料亭「途上園」を始める。珍品堂は仕入れとか各地に足を運び頑張り、途上園は繁盛。しかし、人間関係から追い出され、骨董の世界に舞い戻る。
ただそれだけのなんてこと無いストーリー。
が、そこはやはり井伏先生、文章の巧み、ユーモア、人間描写、情景描写の妙で、単なるお話にとどまらず、良い作品となっている。
骨董関係の会話や説明なんかは、ホントにその世界の熟練を思わせるようなマニアックさ。解説を読むと、井伏は骨董屋に行って、店の人とかとの会話をテープレコーダーで録音とかしたりもして、色んな知識を収集したらしい。
『駅前旅館』の番頭たちのように、その世界の匂いを漂わせる、人間味溢れる描写は、すごいと思います。やっぱり、生活とか人間を感じざるを得ないんだよなー。うん。
珍品堂の、微妙な感情の動きや、対人関係の面白さ、そういった人の内面の描き方には、井伏の作品を読むたびにうまいなと思ってしまう。徹底的なマニアックな知識とか情報とか実際訪れたことがあるから書ける各地の描写とか、そういったものと人間の描写とがうまく相まっているのが、井伏作品である。
別に骨董好きとかじゃなくても、楽しめると思う1冊。
まだ1冊手元に井伏作品があるんだけれど、とりあえず芥川と井伏はここで一区切りで、海外作品をどんどん読んでこー。やっとだー。長かった。わくわくですよ。机の上にどんどん積み重なっていって(笑)。
著:井伏鱒二 (中公文庫) 500円
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予測不可能なまま、読み始めてみると、面白かった。
前に、同著者の『駅前旅館』を読んで紹介しましたが、何となくそれと同系列な印象を受けた。
すごく簡単にあらすじを紹介すると、趣味の骨董がいつの間にやら本職になった加納夏麿(57歳)こと珍品堂が、骨董から一念発起して料亭「途上園」を始める。珍品堂は仕入れとか各地に足を運び頑張り、途上園は繁盛。しかし、人間関係から追い出され、骨董の世界に舞い戻る。
ただそれだけのなんてこと無いストーリー。
が、そこはやはり井伏先生、文章の巧み、ユーモア、人間描写、情景描写の妙で、単なるお話にとどまらず、良い作品となっている。
骨董関係の会話や説明なんかは、ホントにその世界の熟練を思わせるようなマニアックさ。解説を読むと、井伏は骨董屋に行って、店の人とかとの会話をテープレコーダーで録音とかしたりもして、色んな知識を収集したらしい。
『駅前旅館』の番頭たちのように、その世界の匂いを漂わせる、人間味溢れる描写は、すごいと思います。やっぱり、生活とか人間を感じざるを得ないんだよなー。うん。
珍品堂の、微妙な感情の動きや、対人関係の面白さ、そういった人の内面の描き方には、井伏の作品を読むたびにうまいなと思ってしまう。徹底的なマニアックな知識とか情報とか実際訪れたことがあるから書ける各地の描写とか、そういったものと人間の描写とがうまく相まっているのが、井伏作品である。
別に骨董好きとかじゃなくても、楽しめると思う1冊。
まだ1冊手元に井伏作品があるんだけれど、とりあえず芥川と井伏はここで一区切りで、海外作品をどんどん読んでこー。やっとだー。長かった。わくわくですよ。机の上にどんどん積み重なっていって(笑)。
2005/12/07のBlog
[ 21:54 ]
[ 雑記 ]
2005/12/06のBlog
[ 23:49 ]
[ 本 ]
『侏儒の言葉・西方の人』
著:芥川龍之介 (新潮文庫) 380円
------------------------------------------------
ついに、新潮文庫での芥川は、これでコンプリートとなりました。
いやはや、初めは太宰と違って、取っ付きにくいイメージが多々あり、全部読むつもりはなかったのだけれど、読んでいくに従って、随分と印象が変わった。素直にすごいと思える。全集を読んでみたいな、ぐらいの心境です。
ということで、『侏儒の言葉・西方の人』。
「侏儒の言葉」「侏儒の言葉(遺稿)」「西方の人」「続西方の人」の4編からなっている。
「侏儒の言葉」は晩年のアフォリズム集。様々な事柄について、独自の切り口で語っています。
中には、難しいのもある。それは認めよう。でも、思わず「ふふーん」となってしまうような、迫ってくる言葉も多々ある。かなり、楽しめると思う。心に響く、というよりも、ぐっと迫ってくるというか、今までただの草原だった場所に、新たな道が発見できる感じ。
今、ぱっと出てきた印象に残ってるのだと、『批評学』ってやつ。これは、大学の博士にメフィストフェレス(ゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔)が化けて、批評学について講義をしている話。なかなか面白かった。
他にも、人生や芸術や人間など、ほんっっと様々なものについて、極めて短いアフォリズムが沢山おさめられている。
中には、芥川の有名な言葉として、知られているものも多く出てくる。ちょっとだけ挙げると、
「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦々々しい。重大に扱わなければ危険である。
又
人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称し難い。しかし兎に角一部を成している。」(「人生」より)
「あらゆる神の属性中、最も神の為に同情するのは神には自殺の出来ないことである。」(「神」より)
「西方の人」と「続西方の人」。
これは、つまりキリストのことです。キリストの生涯について、順を追って書いている。極めて芥川的解釈や切り口で書いている。イエスという人を、神の子とかそういう見方ではなく、1人の人間として見て、人間イエスを書いている。彼は人間だったと。イエスを神格化したのは、後の人々が絶対的なものというか、神々しい存在というか、そういうものに押し上げてしまったのであって、もともとそうだったわけではない、と。
読んでると、なんだか混乱してくる。皮肉ってみたり、尊敬してみたり。
あと、聖書について知らないと、なかなかすんなりいかないと思う。僕は、今年大学の授業で、聖書の内容にそって学び、関連する美術作品を観ていく授業を履修しているから、わりとわかりました。
結論から言うと、面白いんだけれど、芥川の導入書というか、最初の一冊にはすすめないです。
著:芥川龍之介 (新潮文庫) 380円
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ついに、新潮文庫での芥川は、これでコンプリートとなりました。
いやはや、初めは太宰と違って、取っ付きにくいイメージが多々あり、全部読むつもりはなかったのだけれど、読んでいくに従って、随分と印象が変わった。素直にすごいと思える。全集を読んでみたいな、ぐらいの心境です。
ということで、『侏儒の言葉・西方の人』。
「侏儒の言葉」「侏儒の言葉(遺稿)」「西方の人」「続西方の人」の4編からなっている。
「侏儒の言葉」は晩年のアフォリズム集。様々な事柄について、独自の切り口で語っています。
中には、難しいのもある。それは認めよう。でも、思わず「ふふーん」となってしまうような、迫ってくる言葉も多々ある。かなり、楽しめると思う。心に響く、というよりも、ぐっと迫ってくるというか、今までただの草原だった場所に、新たな道が発見できる感じ。
今、ぱっと出てきた印象に残ってるのだと、『批評学』ってやつ。これは、大学の博士にメフィストフェレス(ゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔)が化けて、批評学について講義をしている話。なかなか面白かった。
他にも、人生や芸術や人間など、ほんっっと様々なものについて、極めて短いアフォリズムが沢山おさめられている。
中には、芥川の有名な言葉として、知られているものも多く出てくる。ちょっとだけ挙げると、
「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦々々しい。重大に扱わなければ危険である。
又
人生は落丁の多い書物に似ている。一部を成すとは称し難い。しかし兎に角一部を成している。」(「人生」より)
「あらゆる神の属性中、最も神の為に同情するのは神には自殺の出来ないことである。」(「神」より)
「西方の人」と「続西方の人」。
これは、つまりキリストのことです。キリストの生涯について、順を追って書いている。極めて芥川的解釈や切り口で書いている。イエスという人を、神の子とかそういう見方ではなく、1人の人間として見て、人間イエスを書いている。彼は人間だったと。イエスを神格化したのは、後の人々が絶対的なものというか、神々しい存在というか、そういうものに押し上げてしまったのであって、もともとそうだったわけではない、と。
読んでると、なんだか混乱してくる。皮肉ってみたり、尊敬してみたり。
あと、聖書について知らないと、なかなかすんなりいかないと思う。僕は、今年大学の授業で、聖書の内容にそって学び、関連する美術作品を観ていく授業を履修しているから、わりとわかりました。
結論から言うと、面白いんだけれど、芥川の導入書というか、最初の一冊にはすすめないです。
2005/12/05のBlog
[ 22:09 ]
[ 雑記 ]
大学からの眺望。
いやー、なんでこんな都心離れた場所に大学作っちゃうかな、と、いつも思う。ここはどこだよ、と思いつつも、空気はうまく、気温も違う(笑)。
と……、
ん?
あれ??
うっすらちょぼちょぼと雪がかっている山々の向こうに、一際白い山が1つ。
………What mountain is that!?
いやー、なんでこんな都心離れた場所に大学作っちゃうかな、と、いつも思う。ここはどこだよ、と思いつつも、空気はうまく、気温も違う(笑)。
と……、
ん?
あれ??
うっすらちょぼちょぼと雪がかっている山々の向こうに、一際白い山が1つ。
………What mountain is that!?
2005/12/04のBlog
[ 21:25 ]
[ 雑記 ]
金曜の1限の授業前に、講義の場所の外で煙草を吸っていると、掃除のおばちゃんがちょうど来ます。いつも同じ人で、すごく元気がいい。元気に挨拶を交わします。
するとおばちゃんはいつも、
「お兄ちゃんは、大物になるよー」と。
わかってらっしゃる!!
それにしても、寒い…。今シーズンはまだ、暖房を入れずに耐え中。しかし、それもそろそろ限界か。
するとおばちゃんはいつも、
「お兄ちゃんは、大物になるよー」と。
わかってらっしゃる!!
それにしても、寒い…。今シーズンはまだ、暖房を入れずに耐え中。しかし、それもそろそろ限界か。