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2005/12/21のBlog
[ 18:53 ]
[ 展覧会/ART ]
ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)[1871-1958]はフランスの画家。
父親はピアノなどを製作する家具職人。妻はピアノ教師。娘たちは歌を良く歌い、ルオーの制作に影響した。ルオー本人も、描きながら歌ったりしていたらしい。また、この時代の重要なフランスの詩人たちとも多く交流があったし、自らも詩作をした。文学にも造詣が深かった。ボードレールの『悪の華』は愛読書であった。
1890年に国立美術学校へ入学。その時の教師がギュスターヴ・モロー。ルオーはモローのお気に入りの生徒だったようで、モローの遺言で、自宅を美術館とした「モロー美術館」の館長に任命されている。
今回の展覧会は三部構成。
第一部は「サーカスの画家」としてのルオー。普通の庶民など社会の底辺にいる人や、サーカスの道化、また裁判官や裁判の様子、色んな版画など。
第ニ部は「回想録」という、ルオーが影響を受けたり交流があった人などの肖像を石版画で描いたもの。また、キリストを主題にした作品など。石版画の自画像がすごく良かったですよ。
第三部は「悪の華」として、ボードレールの「悪の華」の挿絵として描かれた版画が展示されている。ここには、ルドンの「悪の華」の挿絵版画も同時に展示されていた。
ルオーをまとめて観たのは初めてだった。
なんというか、すごく独特の画面。とっても特徴的。線はシンブル。塗りも大胆。形もすごくデフォルメされている。
結果として画面を見ていると、それらがとてもいい味を出していて、落ち着いていると思った。1枚の絵はかなりシンプルなんだけど、その絵のそこから先、又はそこまでの物語を感じさせる作品が多くあった。
豪放な筆遣いの割に、静かさが漂っていて、暗さの美みたいなものを僕は感じた。
あと思ったのは「祈り」ってことかな。うまく言えないんだけれど、絵によってその種類は様々だけど、モチーフや主題などへの祈りみたいなものを僕は受けて、その感覚を心地よく思った。
[メモ]
ルオーと音楽 悪の華/回想録
@松下電工 汐留ミュージアム(汐留)
2006年1月29日まで
父親はピアノなどを製作する家具職人。妻はピアノ教師。娘たちは歌を良く歌い、ルオーの制作に影響した。ルオー本人も、描きながら歌ったりしていたらしい。また、この時代の重要なフランスの詩人たちとも多く交流があったし、自らも詩作をした。文学にも造詣が深かった。ボードレールの『悪の華』は愛読書であった。
1890年に国立美術学校へ入学。その時の教師がギュスターヴ・モロー。ルオーはモローのお気に入りの生徒だったようで、モローの遺言で、自宅を美術館とした「モロー美術館」の館長に任命されている。
今回の展覧会は三部構成。
第一部は「サーカスの画家」としてのルオー。普通の庶民など社会の底辺にいる人や、サーカスの道化、また裁判官や裁判の様子、色んな版画など。
第ニ部は「回想録」という、ルオーが影響を受けたり交流があった人などの肖像を石版画で描いたもの。また、キリストを主題にした作品など。石版画の自画像がすごく良かったですよ。
第三部は「悪の華」として、ボードレールの「悪の華」の挿絵として描かれた版画が展示されている。ここには、ルドンの「悪の華」の挿絵版画も同時に展示されていた。
ルオーをまとめて観たのは初めてだった。
なんというか、すごく独特の画面。とっても特徴的。線はシンブル。塗りも大胆。形もすごくデフォルメされている。
結果として画面を見ていると、それらがとてもいい味を出していて、落ち着いていると思った。1枚の絵はかなりシンプルなんだけど、その絵のそこから先、又はそこまでの物語を感じさせる作品が多くあった。
豪放な筆遣いの割に、静かさが漂っていて、暗さの美みたいなものを僕は感じた。
あと思ったのは「祈り」ってことかな。うまく言えないんだけれど、絵によってその種類は様々だけど、モチーフや主題などへの祈りみたいなものを僕は受けて、その感覚を心地よく思った。
[メモ]
ルオーと音楽 悪の華/回想録
@松下電工 汐留ミュージアム(汐留)
2006年1月29日まで
2005/12/19のBlog
[ 22:10 ]
[ 雑記 ]
一度他大学を出ていて、今年から芸術学科3年に編入した人2人に頼まれ、開催しました。
1人は42歳主婦だったり。
つーか、そんなことしている余裕がないんですが…。大変だったでございますよ…。精神的疲労が…。
さぁ、せっせとファイルを作らねばね。
1人は42歳主婦だったり。
つーか、そんなことしている余裕がないんですが…。大変だったでございますよ…。精神的疲労が…。
さぁ、せっせとファイルを作らねばね。
2005/12/18のBlog
[ 23:35 ]
[ 雑記 ]
わー、なんだか、予定表をパコパコうめていったら、この冬はなかなか色々とつまっていることが判明…。けっこう大変かも。制作が。レポートもあるし……。
まぁ、頑張って実りある冬期にしたいなぁ。
作品のファイルというものを作っていない僕は、作らねばならないっ!これが、最初のミッションでしょうか。なかなか大変で。
またまた気絶癖も現れてきて…。時間の使い方に不器用なUTです。
まぁ、頑張って実りある冬期にしたいなぁ。
作品のファイルというものを作っていない僕は、作らねばならないっ!これが、最初のミッションでしょうか。なかなか大変で。
またまた気絶癖も現れてきて…。時間の使い方に不器用なUTです。
2005/12/16のBlog
[ 21:17 ]
[ 展覧会/ART ]
そして、本日のメインッ!!
桑原弘明[1957-]は、彫刻家。ボックスアートを手がけています。この種の作家さんでは1番好きです。ホントにすばらしい。
どういう作品かと言うと……、
ちっちゃな真鍮の箱に覗き穴がついている。そこから鑑賞者は片目で覗くわけですが、そのままだと中は真っ暗なんで、箱の周りに空いている穴から、ペンライトで光を入れてもらいます。すると、室内だったり、どっかの街角だったり、風景だったりが見えるのです。つまり、真鍮の小さな箱の中に、模型というかジオラマ的に世界が作ってあるわけです。
覗き穴は1つだけれど、ライトの光を入れる穴は、3カ所か4カ所くらいあって、光を入れる場所によって、見え方がすごく変わるのですよ。これがすごい。
ある場所からだと、室内に昼の日差しが差し込んでいて、ある場所だと、夕日が差し込んで暗くなって、又ある場所だと、室内は真っ暗になって奥の小さな窓の外に風景がちっちゃく見えていたり、と。その変化の仕方は作品によって様々。
鏡もよく登場して、直接は見えないけれど、壁の鏡に映ってのみ見えるものとかあったりと、非常に手がこんでいる。
箱がちっちゃいのに(手のひらサイズ)、こんなに沢山の景色が見えるなんて、この中にはどれだけのミニチュアがつまっているのだろう、と驚かされる。
机の上の林檎は、実際にはどれくらいの大きさか聞いたら、1ミリと言っていた。
作品によっては色々なユーモアもつまっていたりして、とても面白い。
光を当てるのは作家本人か画廊の人なので、僕らは自分の好きなように、好きなだけ見ることは出来ない。そして、光を当てる場所によって、どんどん見え方が変わるので、全体が完璧には把握できない。光を当てる場所によって、見えるものがあったり、逆に見えなくなるものがあったりと。
つまり、記憶に訴えかけてくる。もどかしいけれど、「あ、あそこにはあれがあった」「あれ、どうなっていたんだっけ?」「あ、夜になって、昼のあの光はなくなった」。と。
もともとどこか懐かしさやノスタルジーを感じる作品世界なのだが、この記憶に訴えかけてくるということが、より一層そのノスタルジーを増すのではないだろうか。
極小の中に広がる、広大な世界観。
ちょっと、この感動は、実際に体験しないとわからないと思う。絶対に行って損はないと思うから、是非足を運べるなら実際に見てみて欲しいと思う、とてもおススメな展覧会。
桑原弘明[1957-]は、彫刻家。ボックスアートを手がけています。この種の作家さんでは1番好きです。ホントにすばらしい。
どういう作品かと言うと……、
ちっちゃな真鍮の箱に覗き穴がついている。そこから鑑賞者は片目で覗くわけですが、そのままだと中は真っ暗なんで、箱の周りに空いている穴から、ペンライトで光を入れてもらいます。すると、室内だったり、どっかの街角だったり、風景だったりが見えるのです。つまり、真鍮の小さな箱の中に、模型というかジオラマ的に世界が作ってあるわけです。
覗き穴は1つだけれど、ライトの光を入れる穴は、3カ所か4カ所くらいあって、光を入れる場所によって、見え方がすごく変わるのですよ。これがすごい。
ある場所からだと、室内に昼の日差しが差し込んでいて、ある場所だと、夕日が差し込んで暗くなって、又ある場所だと、室内は真っ暗になって奥の小さな窓の外に風景がちっちゃく見えていたり、と。その変化の仕方は作品によって様々。
鏡もよく登場して、直接は見えないけれど、壁の鏡に映ってのみ見えるものとかあったりと、非常に手がこんでいる。
箱がちっちゃいのに(手のひらサイズ)、こんなに沢山の景色が見えるなんて、この中にはどれだけのミニチュアがつまっているのだろう、と驚かされる。
机の上の林檎は、実際にはどれくらいの大きさか聞いたら、1ミリと言っていた。
作品によっては色々なユーモアもつまっていたりして、とても面白い。
光を当てるのは作家本人か画廊の人なので、僕らは自分の好きなように、好きなだけ見ることは出来ない。そして、光を当てる場所によって、どんどん見え方が変わるので、全体が完璧には把握できない。光を当てる場所によって、見えるものがあったり、逆に見えなくなるものがあったりと。
つまり、記憶に訴えかけてくる。もどかしいけれど、「あ、あそこにはあれがあった」「あれ、どうなっていたんだっけ?」「あ、夜になって、昼のあの光はなくなった」。と。
もともとどこか懐かしさやノスタルジーを感じる作品世界なのだが、この記憶に訴えかけてくるということが、より一層そのノスタルジーを増すのではないだろうか。
極小の中に広がる、広大な世界観。
ちょっと、この感動は、実際に体験しないとわからないと思う。絶対に行って損はないと思うから、是非足を運べるなら実際に見てみて欲しいと思う、とてもおススメな展覧会。
[ 20:40 ]
[ 展覧会/ART ]
オペラシティを観終わって、銀座へ画廊巡りへ行く。
黒川弘毅氏の個展へ。ちょっと、作家さんの詳しいことはわからないです。
彫刻作品なのだけれど、金色の人物が6体か7体くらいあったと思う。
タイトルは全て「エロース」。
形は、確かに人物なのだが、抽象化してあって、どこか溶けてしまっているような感じ。
パッと見たら、誰でも作れそう、と思ってしまうような形態をしていると言えるかもしれない。が……、
表から見ると金なのだけれど、裏は黒くて素材ゴツゴツと見える。この裏の黒面が、なにか人間の内側に秘められている感情というか、抱えている闇の部分のような印象を受けて、どことなく人間の2面性を漂わせている感じがした。
これは、人の本質と言うことも出来るのではないだろうか?
フォルムそのものも、その溶けているような漂っているような形は、人の外見や衣服などを除いた、つまり人を魂と肉体とに分けて考えるのなら、その肉体と言う個人を認識させる記号ではないものとしての「人」を感じることが出来た。
[メモ]
黒川弘毅展
@なびす画廊 (銀座)
12月24まで(たしかこれよりも数日延長するはず)
黒川弘毅氏の個展へ。ちょっと、作家さんの詳しいことはわからないです。
彫刻作品なのだけれど、金色の人物が6体か7体くらいあったと思う。
タイトルは全て「エロース」。
形は、確かに人物なのだが、抽象化してあって、どこか溶けてしまっているような感じ。
パッと見たら、誰でも作れそう、と思ってしまうような形態をしていると言えるかもしれない。が……、
表から見ると金なのだけれど、裏は黒くて素材ゴツゴツと見える。この裏の黒面が、なにか人間の内側に秘められている感情というか、抱えている闇の部分のような印象を受けて、どことなく人間の2面性を漂わせている感じがした。
これは、人の本質と言うことも出来るのではないだろうか?
フォルムそのものも、その溶けているような漂っているような形は、人の外見や衣服などを除いた、つまり人を魂と肉体とに分けて考えるのなら、その肉体と言う個人を認識させる記号ではないものとしての「人」を感じることが出来た。
[メモ]
黒川弘毅展
@なびす画廊 (銀座)
12月24まで(たしかこれよりも数日延長するはず)
[ 20:19 ]
[ 展覧会/ART ]
これまた、同会場で同時開催中なので観た。
森本太郎[1969-]。詳しいことはよくわかりません。
画像の通りの感じの作品が沢山でした。
これに関しても、バルケンホールの記事で描いたように、絵画が単なる平面表現ではなく、彫刻的な要素を取り入れようとしている、という点に置いて、とても現代的な作品と見ることが出来るだろう。
これ、パッと見ではわからないかもしれないが、色面と色面の境目は絵具が盛り上げてあってレリーフのようになっている。
のみならず、映像的、ということも言える。
まさに、現代の絵画表現が直面している段階が、顕著に見られるのではないだろうか?
平面だけど、平面だけでは物足りず、厚みを求める。
[メモ]
森本太郎
@東京オペラシティアートギャラリー(新宿区)
12月25日まで
森本太郎[1969-]。詳しいことはよくわかりません。
画像の通りの感じの作品が沢山でした。
これに関しても、バルケンホールの記事で描いたように、絵画が単なる平面表現ではなく、彫刻的な要素を取り入れようとしている、という点に置いて、とても現代的な作品と見ることが出来るだろう。
これ、パッと見ではわからないかもしれないが、色面と色面の境目は絵具が盛り上げてあってレリーフのようになっている。
のみならず、映像的、ということも言える。
まさに、現代の絵画表現が直面している段階が、顕著に見られるのではないだろうか?
平面だけど、平面だけでは物足りず、厚みを求める。
[メモ]
森本太郎
@東京オペラシティアートギャラリー(新宿区)
12月25日まで
[ 20:07 ]
[ 展覧会/ART ]
バルケンホールと同じく、オペラシティーでやっているので、ついでに観てきました。
相笠昌義[1939-]は、洋画家。うちの大学の油画専攻の教授。
観ればすぐにこの人の作品だとわかる、個性的な作品。こんなにまとめて観たのは初めてのこと。メインのバルケンホールより多い(笑)。
人のいる風景画を主に描いているのだけれど、多くが現代社会の生活に画題を求めているのが特徴だと思う。駅のホームとか花見とか。
画家が、極めて客観的に対象を観ている感じ。
登場する人物は、もちろん一人一人違うし、表情もそれぞれなんだけれど、なんというか、どこか物質的で、同じものが連続している印象を受ける。これが、現代の没個性的な社会を諷刺しているようで、面白いと思った。
また、共通して、セピアの色調が根底にあるように感じる。これが、観る側にメランコリックな感情を起こさせて、まるで、古い昔の写真を観ているかのような感覚を覚える。
[メモ]
相笠昌義 日常生活
@東京オペラシティアートギャラリー (新宿区)
12月25日まで
相笠昌義[1939-]は、洋画家。うちの大学の油画専攻の教授。
観ればすぐにこの人の作品だとわかる、個性的な作品。こんなにまとめて観たのは初めてのこと。メインのバルケンホールより多い(笑)。
人のいる風景画を主に描いているのだけれど、多くが現代社会の生活に画題を求めているのが特徴だと思う。駅のホームとか花見とか。
画家が、極めて客観的に対象を観ている感じ。
登場する人物は、もちろん一人一人違うし、表情もそれぞれなんだけれど、なんというか、どこか物質的で、同じものが連続している印象を受ける。これが、現代の没個性的な社会を諷刺しているようで、面白いと思った。
また、共通して、セピアの色調が根底にあるように感じる。これが、観る側にメランコリックな感情を起こさせて、まるで、古い昔の写真を観ているかのような感覚を覚える。
[メモ]
相笠昌義 日常生活
@東京オペラシティアートギャラリー (新宿区)
12月25日まで
[ 19:55 ]
[ 展覧会/ART ]
シュテファン・バルケンホール(Stephan Balkenhol)[1957-]は、ドイツの彫刻家。木彫で、人や動物、平面絵画のようにレリーフ状の作品などを作っている。ほとんど全ての作品が、彫り出したあとに彩色してある。
けっこう行くか悩んだのだけれど、行って良かったぁ。
木を素材にして彫刻作品を作っているのだけれど、例えば人物なら、ホントに何でもない人が、何でもない格好で、何でもないポーズをとっている。動物も又然り。
興味を持ったのは、レリーフ状の絵画のような作品たち。それは、人の顔だったり、風景だったり、建物だったり、人の全身だったりするのだけれど、面白かった。
単純に、顔や、特に風景は、見ていて面白い。絵なのにでこぼこしていて奥行きがある、みたいな感じ。
抽象的なものや、目の錯覚をおこすような模様のものも、近寄ってみると絵ではなくて、平たい木の板を削って作ってある。その平面彫刻の前に、ちっちゃな人物像なんかが配置してあって、重ねて見ると、それで1つの絵になるというか、空間になったりして。
絵画は、その技術によって立体感や存在感を出そうとするけれど、彼の場合は、もう根本的に画面を削って、本当に立体にしてしまうというアプローチ。
近年の絵画傾向に如実にあるのが、映像的ということと、もう1つは厚みがあるということ。絵具を厚く厚く重ねて、平面に抗うかのような表現。絵画に彫刻的なものを求めているのが現代の絵画状況。そういった、現在の絵画表現がぶつかっている状況と、絵画とは何か?ということを考えさせられた展覧会。
けっこう行くか悩んだのだけれど、行って良かったぁ。
木を素材にして彫刻作品を作っているのだけれど、例えば人物なら、ホントに何でもない人が、何でもない格好で、何でもないポーズをとっている。動物も又然り。
興味を持ったのは、レリーフ状の絵画のような作品たち。それは、人の顔だったり、風景だったり、建物だったり、人の全身だったりするのだけれど、面白かった。
単純に、顔や、特に風景は、見ていて面白い。絵なのにでこぼこしていて奥行きがある、みたいな感じ。
抽象的なものや、目の錯覚をおこすような模様のものも、近寄ってみると絵ではなくて、平たい木の板を削って作ってある。その平面彫刻の前に、ちっちゃな人物像なんかが配置してあって、重ねて見ると、それで1つの絵になるというか、空間になったりして。
絵画は、その技術によって立体感や存在感を出そうとするけれど、彼の場合は、もう根本的に画面を削って、本当に立体にしてしまうというアプローチ。
近年の絵画傾向に如実にあるのが、映像的ということと、もう1つは厚みがあるということ。絵具を厚く厚く重ねて、平面に抗うかのような表現。絵画に彫刻的なものを求めているのが現代の絵画状況。そういった、現在の絵画表現がぶつかっている状況と、絵画とは何か?ということを考えさせられた展覧会。
2005/12/14のBlog
[ 23:56 ]
[ 雑記 ]
今日で、僕は年内の大学の授業が終了。金曜が休講になったので。
いやはや、隙をついていくつか展覧会を観に行かないと。
本当は、今日も午後から行こうと思ったんだけれど、お腹が不機嫌気味だったので……。断念。
それはそれとして、室内で息が白くなることがたまにあるようになってきた半地下です。そろそろエアコンブースターオン!かなぁ…。
いやはや、隙をついていくつか展覧会を観に行かないと。
本当は、今日も午後から行こうと思ったんだけれど、お腹が不機嫌気味だったので……。断念。
それはそれとして、室内で息が白くなることがたまにあるようになってきた半地下です。そろそろエアコンブースターオン!かなぁ…。
2005/12/13のBlog
[ 23:21 ]
[ 雑記 ]
制作が一段落。ふぅー。
ここ最近は、29時前後に寝て、7時または8時に起きるという生活でした。
しかし、それも今日で一段落。
N先生に、年内最後となる個人的批評会をしてもらい、沢山の収穫があったので、今後もますます制作に励むぞ、オォーー!といった具合です。
一段落とは言っても、この冬は、自分に課している制作がけっこうあるので、ストップせずに描き続けなきゃなぁ。
ここ最近は、29時前後に寝て、7時または8時に起きるという生活でした。
しかし、それも今日で一段落。
N先生に、年内最後となる個人的批評会をしてもらい、沢山の収穫があったので、今後もますます制作に励むぞ、オォーー!といった具合です。
一段落とは言っても、この冬は、自分に課している制作がけっこうあるので、ストップせずに描き続けなきゃなぁ。