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2005/12/24のBlog
[ 15:07 ]
[ 雑記 ]
[ 01:11 ]
[ 雑記 ]
今、歯を磨きました。
なぜ、そんなことを書いているか?
いや、歯磨き粉をつけて、普通に磨こうとしたつもりなんですが、本当に「つもり」だった・・・。
あまりの不味さに、生理的に拒否反応を見せたUT!!
何が起こったの??
えっ!?はっ!??
これ、洗顔フォームのクレアラシルじゃんっ!!!
そんな、歯にニキビないですからっ!!
--------------------
あ、やったー。
ちゃんと投稿できたぁぁ!!良かった。
なぜ、そんなことを書いているか?
いや、歯磨き粉をつけて、普通に磨こうとしたつもりなんですが、本当に「つもり」だった・・・。
あまりの不味さに、生理的に拒否反応を見せたUT!!
何が起こったの??
えっ!?はっ!??
これ、洗顔フォームのクレアラシルじゃんっ!!!
そんな、歯にニキビないですからっ!!
--------------------
あ、やったー。
ちゃんと投稿できたぁぁ!!良かった。
2005/12/23のBlog
[ 07:29 ]
[ 雑記 ]
この後、クリスマスも何も予定がない。ので、本日仙台へ帰ります。
えーと、仙台から更新するつもりだけれど、前回はなぜか出来なかった…。コメントが書き込めなかった…。ので、どうなることやらです。
大丈夫だとは思うけれど、もしかしたら、年明け帰ってくるまで、更新もコメントへの対応も出来ないかもしれませんが、その場合は許してください。その時は、来年帰ってきたら、遡ってアップしていきますので。
ちゃんと更新できると信じて、今年のまとめとか、そういったものはまだ書かずに出発しようと思います。
えーと、仙台から更新するつもりだけれど、前回はなぜか出来なかった…。コメントが書き込めなかった…。ので、どうなることやらです。
大丈夫だとは思うけれど、もしかしたら、年明け帰ってくるまで、更新もコメントへの対応も出来ないかもしれませんが、その場合は許してください。その時は、来年帰ってきたら、遡ってアップしていきますので。
ちゃんと更新できると信じて、今年のまとめとか、そういったものはまだ書かずに出発しようと思います。
2005/12/22のBlog
[ 23:53 ]
[ 本 ]
『月と六ペンス』
著:ウィリアム・サマーセット・モーム 訳:中野好夫 (新潮文庫) 580円
--------------------------------------
画家ゴーギャンの自伝にインスピレーションを受け、それを元に書かれた小説。ゴーギャンって嫌な奴なんですよ。で、これを読むと、ゴーギャンってなんて嫌な奴なんだろう、ってのが如実にわかります(笑)。
ちょうど今、ゴーギャンについてわりと突っ込んで勉強しているので、タイムリーな読書だった。
ちなみに、ゴーギャン(Gauguin)はフランス人なんで、発音は「ゴーガン」が正しいと思う。
物語は、主人公の僕が、ストリックランドという画家(これがゴーギャン)についてのことを、回想している内容。ストリックランドが、まだサラリーマンであった頃に出会い、そこからいかにして画家の道に入り、そして死んでいったかを、自らの交流の体験やストリックランドと関わった人たちへの取材を元に語られる。
自らの中から込み上げてきて、表現したくてしようがないものを、画面に定着させるのが画家であるのなら、まさにその感覚に取り付かれてしまった天才ゴーギャン(ストリックランド)が、非常に興味深く描かれている。
何と言うか、前に観に行った『プーシキン美術館展』で、なぜ僕がゴーギャンの絵に1番惹かれたか、その理由が垣間見れたような気がした。
ダーク・ストルーヴという登場人物がいるのだけれど、これは現実世界に置き換えると、ベルナールのことであろう、と僕は思ったんだけど、どうなんだろう?
ベルナールってのは、一瞬だけ画家として輝いたけど、その一瞬以外は本当につまらない絵を描いていた画家。でも、1つだけ素晴らしい才能を持っていて、それは何かと言うと、才能を見抜く天才だった。すごい画家がいて、まだ全然無名であっても、「こいつはものすごい才能の持ち主だ!」と見抜けた人なんですよ。ゴーギャンやゴッホやルドン…etcなんかが代表例。もし、ベルナールがいなかったら、彼らに今の評価はなかったかもしれない。
作中のダーク・ストルーヴを見ていると、ベルナールとダブってしまう。
ちなみに、『月と六ペンス』というタイトルだけど、「月」は、人間をある意味での狂気に導く芸術的創造情熱をさすものであり、「六ペンス」は、ストリックランドが弊履のごとくかなぐり捨てた、くだらない世俗的因襲、絆などを指すものらしい。
と、解説に書いてあります。
本当に才能があると、なかなか周りから理解されず、不遇の時期がある、というのがわかる作品。誰からでもほめられるのは一流ではない、ということを改めて思う。
どうしようもないパッションと、それに生きる画家ストリックランド。
けっこうおすすめの作品。楽しめると思いますよ。
著:ウィリアム・サマーセット・モーム 訳:中野好夫 (新潮文庫) 580円
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画家ゴーギャンの自伝にインスピレーションを受け、それを元に書かれた小説。ゴーギャンって嫌な奴なんですよ。で、これを読むと、ゴーギャンってなんて嫌な奴なんだろう、ってのが如実にわかります(笑)。
ちょうど今、ゴーギャンについてわりと突っ込んで勉強しているので、タイムリーな読書だった。
ちなみに、ゴーギャン(Gauguin)はフランス人なんで、発音は「ゴーガン」が正しいと思う。
物語は、主人公の僕が、ストリックランドという画家(これがゴーギャン)についてのことを、回想している内容。ストリックランドが、まだサラリーマンであった頃に出会い、そこからいかにして画家の道に入り、そして死んでいったかを、自らの交流の体験やストリックランドと関わった人たちへの取材を元に語られる。
自らの中から込み上げてきて、表現したくてしようがないものを、画面に定着させるのが画家であるのなら、まさにその感覚に取り付かれてしまった天才ゴーギャン(ストリックランド)が、非常に興味深く描かれている。
何と言うか、前に観に行った『プーシキン美術館展』で、なぜ僕がゴーギャンの絵に1番惹かれたか、その理由が垣間見れたような気がした。
ダーク・ストルーヴという登場人物がいるのだけれど、これは現実世界に置き換えると、ベルナールのことであろう、と僕は思ったんだけど、どうなんだろう?
ベルナールってのは、一瞬だけ画家として輝いたけど、その一瞬以外は本当につまらない絵を描いていた画家。でも、1つだけ素晴らしい才能を持っていて、それは何かと言うと、才能を見抜く天才だった。すごい画家がいて、まだ全然無名であっても、「こいつはものすごい才能の持ち主だ!」と見抜けた人なんですよ。ゴーギャンやゴッホやルドン…etcなんかが代表例。もし、ベルナールがいなかったら、彼らに今の評価はなかったかもしれない。
作中のダーク・ストルーヴを見ていると、ベルナールとダブってしまう。
ちなみに、『月と六ペンス』というタイトルだけど、「月」は、人間をある意味での狂気に導く芸術的創造情熱をさすものであり、「六ペンス」は、ストリックランドが弊履のごとくかなぐり捨てた、くだらない世俗的因襲、絆などを指すものらしい。
と、解説に書いてあります。
本当に才能があると、なかなか周りから理解されず、不遇の時期がある、というのがわかる作品。誰からでもほめられるのは一流ではない、ということを改めて思う。
どうしようもないパッションと、それに生きる画家ストリックランド。
けっこうおすすめの作品。楽しめると思いますよ。
2005/12/21のBlog
[ 18:56 ]
[ 雑記 ]
えー、今朝未明、作品ファイルが無事完成しました。寝ないで頑張ったんで、それなりに立派なのができたかな、と。
それにしても、プリントアウトしたものを、納得いく色にするのが、(なんとなく想像はしていたけれど)こんなに大変だとは……。
あと、報告ですが、来年の12月にUTさんの個展の開催が決定しました!場所は銀座ら辺です。正確には京橋です。詳しいことは、もっと近くなってから、改めてご報告します。
発表できるのはいいんだけど、僕の想像以上に何と言うかブランド的に高い画廊のようで、早速かなりプレッシャーを感じているUTです…。ギャラリーにしては、けっこう広いし。初個展がここってのは、なかなかいないらしい…。プレッシャーに負けないように頑張ります。いい絵を描きます。
あ、5000アクセス超えたようで、いつも訪れていただいている皆さん、本当にありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いします!
それにしても、プリントアウトしたものを、納得いく色にするのが、(なんとなく想像はしていたけれど)こんなに大変だとは……。
あと、報告ですが、来年の12月にUTさんの個展の開催が決定しました!場所は銀座ら辺です。正確には京橋です。詳しいことは、もっと近くなってから、改めてご報告します。
発表できるのはいいんだけど、僕の想像以上に何と言うかブランド的に高い画廊のようで、早速かなりプレッシャーを感じているUTです…。ギャラリーにしては、けっこう広いし。初個展がここってのは、なかなかいないらしい…。プレッシャーに負けないように頑張ります。いい絵を描きます。
あ、5000アクセス超えたようで、いつも訪れていただいている皆さん、本当にありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いします!
[ 18:53 ]
[ 展覧会/ART ]
ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)[1871-1958]はフランスの画家。
父親はピアノなどを製作する家具職人。妻はピアノ教師。娘たちは歌を良く歌い、ルオーの制作に影響した。ルオー本人も、描きながら歌ったりしていたらしい。また、この時代の重要なフランスの詩人たちとも多く交流があったし、自らも詩作をした。文学にも造詣が深かった。ボードレールの『悪の華』は愛読書であった。
1890年に国立美術学校へ入学。その時の教師がギュスターヴ・モロー。ルオーはモローのお気に入りの生徒だったようで、モローの遺言で、自宅を美術館とした「モロー美術館」の館長に任命されている。
今回の展覧会は三部構成。
第一部は「サーカスの画家」としてのルオー。普通の庶民など社会の底辺にいる人や、サーカスの道化、また裁判官や裁判の様子、色んな版画など。
第ニ部は「回想録」という、ルオーが影響を受けたり交流があった人などの肖像を石版画で描いたもの。また、キリストを主題にした作品など。石版画の自画像がすごく良かったですよ。
第三部は「悪の華」として、ボードレールの「悪の華」の挿絵として描かれた版画が展示されている。ここには、ルドンの「悪の華」の挿絵版画も同時に展示されていた。
ルオーをまとめて観たのは初めてだった。
なんというか、すごく独特の画面。とっても特徴的。線はシンブル。塗りも大胆。形もすごくデフォルメされている。
結果として画面を見ていると、それらがとてもいい味を出していて、落ち着いていると思った。1枚の絵はかなりシンプルなんだけど、その絵のそこから先、又はそこまでの物語を感じさせる作品が多くあった。
豪放な筆遣いの割に、静かさが漂っていて、暗さの美みたいなものを僕は感じた。
あと思ったのは「祈り」ってことかな。うまく言えないんだけれど、絵によってその種類は様々だけど、モチーフや主題などへの祈りみたいなものを僕は受けて、その感覚を心地よく思った。
[メモ]
ルオーと音楽 悪の華/回想録
@松下電工 汐留ミュージアム(汐留)
2006年1月29日まで
父親はピアノなどを製作する家具職人。妻はピアノ教師。娘たちは歌を良く歌い、ルオーの制作に影響した。ルオー本人も、描きながら歌ったりしていたらしい。また、この時代の重要なフランスの詩人たちとも多く交流があったし、自らも詩作をした。文学にも造詣が深かった。ボードレールの『悪の華』は愛読書であった。
1890年に国立美術学校へ入学。その時の教師がギュスターヴ・モロー。ルオーはモローのお気に入りの生徒だったようで、モローの遺言で、自宅を美術館とした「モロー美術館」の館長に任命されている。
今回の展覧会は三部構成。
第一部は「サーカスの画家」としてのルオー。普通の庶民など社会の底辺にいる人や、サーカスの道化、また裁判官や裁判の様子、色んな版画など。
第ニ部は「回想録」という、ルオーが影響を受けたり交流があった人などの肖像を石版画で描いたもの。また、キリストを主題にした作品など。石版画の自画像がすごく良かったですよ。
第三部は「悪の華」として、ボードレールの「悪の華」の挿絵として描かれた版画が展示されている。ここには、ルドンの「悪の華」の挿絵版画も同時に展示されていた。
ルオーをまとめて観たのは初めてだった。
なんというか、すごく独特の画面。とっても特徴的。線はシンブル。塗りも大胆。形もすごくデフォルメされている。
結果として画面を見ていると、それらがとてもいい味を出していて、落ち着いていると思った。1枚の絵はかなりシンプルなんだけど、その絵のそこから先、又はそこまでの物語を感じさせる作品が多くあった。
豪放な筆遣いの割に、静かさが漂っていて、暗さの美みたいなものを僕は感じた。
あと思ったのは「祈り」ってことかな。うまく言えないんだけれど、絵によってその種類は様々だけど、モチーフや主題などへの祈りみたいなものを僕は受けて、その感覚を心地よく思った。
[メモ]
ルオーと音楽 悪の華/回想録
@松下電工 汐留ミュージアム(汐留)
2006年1月29日まで
2005/12/19のBlog
[ 22:10 ]
[ 雑記 ]
一度他大学を出ていて、今年から芸術学科3年に編入した人2人に頼まれ、開催しました。
1人は42歳主婦だったり。
つーか、そんなことしている余裕がないんですが…。大変だったでございますよ…。精神的疲労が…。
さぁ、せっせとファイルを作らねばね。
1人は42歳主婦だったり。
つーか、そんなことしている余裕がないんですが…。大変だったでございますよ…。精神的疲労が…。
さぁ、せっせとファイルを作らねばね。
2005/12/18のBlog
[ 23:35 ]
[ 雑記 ]
わー、なんだか、予定表をパコパコうめていったら、この冬はなかなか色々とつまっていることが判明…。けっこう大変かも。制作が。レポートもあるし……。
まぁ、頑張って実りある冬期にしたいなぁ。
作品のファイルというものを作っていない僕は、作らねばならないっ!これが、最初のミッションでしょうか。なかなか大変で。
またまた気絶癖も現れてきて…。時間の使い方に不器用なUTです。
まぁ、頑張って実りある冬期にしたいなぁ。
作品のファイルというものを作っていない僕は、作らねばならないっ!これが、最初のミッションでしょうか。なかなか大変で。
またまた気絶癖も現れてきて…。時間の使い方に不器用なUTです。
2005/12/16のBlog
[ 21:17 ]
[ 展覧会/ART ]
そして、本日のメインッ!!
桑原弘明[1957-]は、彫刻家。ボックスアートを手がけています。この種の作家さんでは1番好きです。ホントにすばらしい。
どういう作品かと言うと……、
ちっちゃな真鍮の箱に覗き穴がついている。そこから鑑賞者は片目で覗くわけですが、そのままだと中は真っ暗なんで、箱の周りに空いている穴から、ペンライトで光を入れてもらいます。すると、室内だったり、どっかの街角だったり、風景だったりが見えるのです。つまり、真鍮の小さな箱の中に、模型というかジオラマ的に世界が作ってあるわけです。
覗き穴は1つだけれど、ライトの光を入れる穴は、3カ所か4カ所くらいあって、光を入れる場所によって、見え方がすごく変わるのですよ。これがすごい。
ある場所からだと、室内に昼の日差しが差し込んでいて、ある場所だと、夕日が差し込んで暗くなって、又ある場所だと、室内は真っ暗になって奥の小さな窓の外に風景がちっちゃく見えていたり、と。その変化の仕方は作品によって様々。
鏡もよく登場して、直接は見えないけれど、壁の鏡に映ってのみ見えるものとかあったりと、非常に手がこんでいる。
箱がちっちゃいのに(手のひらサイズ)、こんなに沢山の景色が見えるなんて、この中にはどれだけのミニチュアがつまっているのだろう、と驚かされる。
机の上の林檎は、実際にはどれくらいの大きさか聞いたら、1ミリと言っていた。
作品によっては色々なユーモアもつまっていたりして、とても面白い。
光を当てるのは作家本人か画廊の人なので、僕らは自分の好きなように、好きなだけ見ることは出来ない。そして、光を当てる場所によって、どんどん見え方が変わるので、全体が完璧には把握できない。光を当てる場所によって、見えるものがあったり、逆に見えなくなるものがあったりと。
つまり、記憶に訴えかけてくる。もどかしいけれど、「あ、あそこにはあれがあった」「あれ、どうなっていたんだっけ?」「あ、夜になって、昼のあの光はなくなった」。と。
もともとどこか懐かしさやノスタルジーを感じる作品世界なのだが、この記憶に訴えかけてくるということが、より一層そのノスタルジーを増すのではないだろうか。
極小の中に広がる、広大な世界観。
ちょっと、この感動は、実際に体験しないとわからないと思う。絶対に行って損はないと思うから、是非足を運べるなら実際に見てみて欲しいと思う、とてもおススメな展覧会。
桑原弘明[1957-]は、彫刻家。ボックスアートを手がけています。この種の作家さんでは1番好きです。ホントにすばらしい。
どういう作品かと言うと……、
ちっちゃな真鍮の箱に覗き穴がついている。そこから鑑賞者は片目で覗くわけですが、そのままだと中は真っ暗なんで、箱の周りに空いている穴から、ペンライトで光を入れてもらいます。すると、室内だったり、どっかの街角だったり、風景だったりが見えるのです。つまり、真鍮の小さな箱の中に、模型というかジオラマ的に世界が作ってあるわけです。
覗き穴は1つだけれど、ライトの光を入れる穴は、3カ所か4カ所くらいあって、光を入れる場所によって、見え方がすごく変わるのですよ。これがすごい。
ある場所からだと、室内に昼の日差しが差し込んでいて、ある場所だと、夕日が差し込んで暗くなって、又ある場所だと、室内は真っ暗になって奥の小さな窓の外に風景がちっちゃく見えていたり、と。その変化の仕方は作品によって様々。
鏡もよく登場して、直接は見えないけれど、壁の鏡に映ってのみ見えるものとかあったりと、非常に手がこんでいる。
箱がちっちゃいのに(手のひらサイズ)、こんなに沢山の景色が見えるなんて、この中にはどれだけのミニチュアがつまっているのだろう、と驚かされる。
机の上の林檎は、実際にはどれくらいの大きさか聞いたら、1ミリと言っていた。
作品によっては色々なユーモアもつまっていたりして、とても面白い。
光を当てるのは作家本人か画廊の人なので、僕らは自分の好きなように、好きなだけ見ることは出来ない。そして、光を当てる場所によって、どんどん見え方が変わるので、全体が完璧には把握できない。光を当てる場所によって、見えるものがあったり、逆に見えなくなるものがあったりと。
つまり、記憶に訴えかけてくる。もどかしいけれど、「あ、あそこにはあれがあった」「あれ、どうなっていたんだっけ?」「あ、夜になって、昼のあの光はなくなった」。と。
もともとどこか懐かしさやノスタルジーを感じる作品世界なのだが、この記憶に訴えかけてくるということが、より一層そのノスタルジーを増すのではないだろうか。
極小の中に広がる、広大な世界観。
ちょっと、この感動は、実際に体験しないとわからないと思う。絶対に行って損はないと思うから、是非足を運べるなら実際に見てみて欲しいと思う、とてもおススメな展覧会。
[ 20:40 ]
[ 展覧会/ART ]
オペラシティを観終わって、銀座へ画廊巡りへ行く。
黒川弘毅氏の個展へ。ちょっと、作家さんの詳しいことはわからないです。
彫刻作品なのだけれど、金色の人物が6体か7体くらいあったと思う。
タイトルは全て「エロース」。
形は、確かに人物なのだが、抽象化してあって、どこか溶けてしまっているような感じ。
パッと見たら、誰でも作れそう、と思ってしまうような形態をしていると言えるかもしれない。が……、
表から見ると金なのだけれど、裏は黒くて素材ゴツゴツと見える。この裏の黒面が、なにか人間の内側に秘められている感情というか、抱えている闇の部分のような印象を受けて、どことなく人間の2面性を漂わせている感じがした。
これは、人の本質と言うことも出来るのではないだろうか?
フォルムそのものも、その溶けているような漂っているような形は、人の外見や衣服などを除いた、つまり人を魂と肉体とに分けて考えるのなら、その肉体と言う個人を認識させる記号ではないものとしての「人」を感じることが出来た。
[メモ]
黒川弘毅展
@なびす画廊 (銀座)
12月24まで(たしかこれよりも数日延長するはず)
黒川弘毅氏の個展へ。ちょっと、作家さんの詳しいことはわからないです。
彫刻作品なのだけれど、金色の人物が6体か7体くらいあったと思う。
タイトルは全て「エロース」。
形は、確かに人物なのだが、抽象化してあって、どこか溶けてしまっているような感じ。
パッと見たら、誰でも作れそう、と思ってしまうような形態をしていると言えるかもしれない。が……、
表から見ると金なのだけれど、裏は黒くて素材ゴツゴツと見える。この裏の黒面が、なにか人間の内側に秘められている感情というか、抱えている闇の部分のような印象を受けて、どことなく人間の2面性を漂わせている感じがした。
これは、人の本質と言うことも出来るのではないだろうか?
フォルムそのものも、その溶けているような漂っているような形は、人の外見や衣服などを除いた、つまり人を魂と肉体とに分けて考えるのなら、その肉体と言う個人を認識させる記号ではないものとしての「人」を感じることが出来た。
[メモ]
黒川弘毅展
@なびす画廊 (銀座)
12月24まで(たしかこれよりも数日延長するはず)