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半地下の手記
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2006/03/08のBlog
[ 23:19 ] [ 雑記 ]
観たいんだけれど、観れないぃ…。うえーん。

大阪近郊の人、行く予定のある人は是非ぜひー。
いいなぁ。
アンリ・カルティエ=ブレッソン展
サントリーミュージアム
3/11から4/16

あと、これは東京展より大阪展の方が先なので、紹介。
『ニキ・ド・サンファール展』
大丸ミュージアム・梅田
3/29から4/9
その後、
大丸ミュージアム・東京
5/11から5/22


あと、ブレッソンと言えば、この春必見の映画が…。
アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶
@東京 ライズX
@大阪 梅田ガーデンシネマ
@京都 京都シネマ
@名古屋 名古屋シネマテーク
@神戸 神戸アートビレッジセンター
@北海道 シアターキノ
@広島 横川シネマ
@岐阜 シネマジャングル
@沖縄 桜坂劇場
写真好きで、観ないなんてわけにはいかんのです。
ブレッソン本人がいっぱい出るようで、楽しみー。

2006/03/07のBlog
[ 16:37 ] [ 展覧会/ART ]
moさんにオススメされて行ってきました。
教えていただくまで、開催されていることすら知らなかったです…。


この展覧会は、巌谷國士さんのプロデュースによるもので、20人強のアーティストたちが作品を展示している。
巌谷さんの著書、『封印された星 瀧口修造と日本のアーティストたち』に関連しての企画展の第2回目。
なので、出品している作家たちは、何かしら瀧口修造さんと関係がある、あるいはその文脈から巌谷さんが選出した作家たち。のはず(オイ)。

このブログでも展覧会のレヴューを書いて、だいぶ絶賛した作家の桑原弘明さんも出品されてます。

桑原さんについて書こう(笑)。
今回の桑原さんは、スコープオブジェは1つで、他は真鍮あるいは漆によるオブジェでした。
スコープオブジェは、自分でライトを当てれて(!!)心ゆくまで観れたので、とても嬉しかった。覗くと、水晶が床・壁・天井から沢山にょきにょき出ていて、中央の大きな水晶の中には椅子が入っている。遠景には森が見え、ごく小さい月のようなものが空には見える。一瞬にして桑原ワールドへ引きずり込まれた。停止したような時間、どれだけの時間をかけてこの水晶は椅子を飲み込んだのだろう、この椅子に座っていた人はどこへいったのだろう。さまざまな想像が湧いてくる。
それ以外のオブジェがまたいい!これも観てもらわないと、伝わらないでしょう。どこまでもどこまでも物語を感じさせる素敵な外観。卵の殻の中には詩人の椅子があったり、複雑な機構の鍵がかかった箱だったり、などなど。観ている間は、時間軸の違う世界へ入ってしまって、果てしなく想像が膨らむ感じだ。

何だか偏っちゃったけど(笑)、他の作家の作品ももちろん良いのがあるので、観て損ない展覧会だと思います。


[メモ]
封印された星★展
ギャラリー椿 (京橋)
3月11日まで

[ 16:09 ] [ 展覧会/ART ]
北川さんについては、既に書いたことがあるのでそちらを参照。
その1
その2


今回は、オブジェではなく、版画による個展でした。

いつものように、どこかメランコリックで、そして、過去の時間を思わせるような作品たち。そういった感覚を鑑賞者に与えるだけのものが、ばんばん出ているので、まずはただそれを感じればよいと思う。

さて、作品を読み解く、となると僕には無理です(やっぱり)。インテリ過ぎます。
最初にリンク貼った過去のエントリーから、リンクたどって作品を見てみてください。

でも、わからなくても作品がカッコいいんだよ。それを感じられればオッケーでしょう。と自分を励ます(笑)。


かなり、稚拙なレヴューですいません…。


[メモ]
北川健次 「黄金律---NANTESに降る七月の雨」
ギャラリー本城 (銀座)
3月25日まで

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とても奇遇なことに、同日に恵風さんが京都で北川健次展を観ていたのです。

2006/03/05のBlog
いや、これはヤバい…!

待ってましたとばかりに!!
海外ドラマファンの皆さん、お待たせしました。

『愉快なシーバー家』DVD化のようですよっ!!

ファンサイト

ファンの方には今更言うまでもないかもしれないけれど、シーバー家のマイク役のカーク・キャメロンは、当時超絶なスターでした。今で言うディカプリオとか、いやもっとかもしれない(→証拠)。そして、『フルハウス』のDJ役のキャンディス・キャメロンの実の兄でもあります。

いやー、思えば、NHKに再放送希望のメッセージを送ったりして、見事再放送されたはいいが、途中でいつの間にか打ち切られ(涙)、しかし、ついについにDVD化!

フルハウスに続いて、ついにきましたね。(誰かと分かち合いたい/笑)

僕の希望としては、この調子で、『ボーイ・ミーツ・ワールド』と『どこかでなにかがミステリー』もDVD化してほしいですね。是非是非。
なんか『アルフ』もされたみたいだし(すごいたぶん)。

2006/03/03のBlog
[ 21:41 ] [ 展覧会/ART ]
有元利夫が良かったので、もういいかと思ったんだけど、せっかくなので(招待券があった)行ってみた。

ルノワールが多くあったです。(ただし、小品が多い)

ルドンが何点かあって、その辺が良かったかな。
あとは、特にどうということはありません(爆)。


と、いうか、会場のパネルで、未だに「後期印象派」と訳している。
前に、印象派のとこでも書きましたが、「後期印象派」は完全な誤訳です。読んで騙されないようにしてください。このブログ読んでる皆さんは、「ポスト印象派」または「新印象派」と言ってください。
しかも、あろう事かこの解説パネル、ゴーギャンとゴッホを「後期印象派の画家」と言ってます。後期印象派ってのはもう問題外として、たしかに彼らをポスト印象主義に分類したりする時もたまにあるし、過去は特にそういった傾向もありましたが、今の区分でゴッホやゴーギャンは「象徴主義」に分類されることが多いです。

ユトリロの解説も……。まぁ、もうやめておきます。

でも、色んな作家の作品がありました。



というか、UTさんお疲れモード。
くた、くた。


[メモ]
ベオグラード国立美術館所蔵 フランス近代絵画展
@日本橋三越本店新館7階ギャラリー (日本橋)
3月12日まで


んっ!!今、ホームページ見て、すごいの見つけた!!
ウォレスとグルミットの世界展!!
やったぁ。行かなきゃぁぁ。

[ 21:19 ] [ 展覧会/ART ]
有元利夫[1946-1985]は、画家。
38歳で死んだのだが、しばしば、夭折の天才、と言われる。
東京芸大のデザイン科に4浪して入学。が、フレスコ画に衝撃を受け、その質感を求めた時、日本画の素材がピッタリ自分のイメージにあったので、日本画の研究室にも足を運んで学んだ。だから、彼の作品には、岩絵具が使われている。
在学中に、後に結婚する日本画家・陶芸家の渡辺容子氏と出会う。
彼は、「容子は、僕が死んでから描けばいい」と言っていたのは有名な話。
「背中に羽が生えてきた」と言った翌日に死亡。

僕の大好きな画家です。
頻繁に画集を眺めている画家の一人。

ピエロ・デラ・フランチェスカジョットにだいぶ影響を受けているようで、その作風は、どこかヨーロッパ的な匂いをぷんぷんさせている。
テーマが「音楽」のものが多く、絵のタイトルにも《ラルゴ》《フーガ》《プレリュード》《厳格なカノン》などなど、多く音楽に関する単語が登場します。

やっぱりファンが多いのか、わかりにくい美術館なのに、かなりの人が来ていた。

うーん、やっぱり生は違います。
このマチエールを見てほしい。

そして、色の持つ強さ、落ち着いてて静かな絵なんだよ。でもね、なんというかな、物語を感じさせるし、神秘的で強い。


徹夜して行ったんですよ。で、入るぞー、って丁度荷物を届けに来てた運送会社の人と同じタイミングで入ろうとしたら、「あの、どちら様で……?」。「へ??」。
11時からでした……。10分前くらいに着いたの………。がびん。

まぁ、でも、久々に本物観た甲斐あったよ。
おススメです。観てください。明日までだけど。


[メモ]
有元利夫展
小川美術館 (千代田区)
3月4日まで

2006/03/01のBlog
[ 20:43 ] [ 絵画鑑賞のススメ ]
ゾラの小説映画についてレヴューを書いたりしたけれど、ちょうどいいから、関係のあるある絵について書こうと思います。
本当は、もっと前に書こうと思ったのだけれど、なんか色々あって今に至ります。

ゾラの自然主義文学や『ルーゴン・マッカール叢書』については、前に書いた通りです。

で、取り上げる絵はこちら(→)。


《開かれた聖書のある静物》
フィンセント・ファン・ゴッホ 1885年



ゴッホという画家について書くのではなく、この作品1点のみにしぼって書きます。

なぜこれが、ゾラと関係あるのか?
なぜゴッホはこの絵を描いたのか?

長くなるのもあれなので、一応非常に手短にさらっとゴッホについて言うと、彼の人生は変化に富むというか、奇天烈というか、すごい。
1853年に牧師の家に生まれたゴッホ。自らも説教をしたり、布教活動に取り組むのですが、ベルギーの炭坑地帯であんまりにも熱心に布教をするんですよ。貧しい人を過剰に助けまくったりして。で、逆に奇妙に思われて、伝道師をやめさせられることに。
で、27歳で画家を志します。27歳で。
で、死ぬのが37歳です。
そう、画家としては10年しか活動していない。その10年で残した作品が約2000点。驚愕。2日で1点くらいのペース。

ゴッホについては、もうこのくらいにして。

それで、この絵が何かって言うと、死んだ父親について描いたもの。
聖書は、牧師だった父親を表しています。で、右上の方に、火の消えたロウソクがありますね。これは死んだ父親へ絵の追悼を表しています。でも、このロウソクはもう1つ表しているものがあって、何かと言うと、父の価値観の時代は終わった。古い価値観の時代は終わった、ということ。

あれ、ゾラは?何でゾラと関係あんのさ?

いや、あるんだよ。
右下に、黄色い表紙の本が置いてありますが、それがゾラのルーゴン・マッカール叢書の第12作目、『生きる喜び』なのです。

この『生きる喜び』はゴッホ自身を表しています。ゾラが自然主義文学の代表と言われるように、ゾラの愛読者だったゴッホは新しい価値観をこの本で示し、自分になぞらえているわけです。
古い価値観の時代は終わって、新しい価値観の時代がくるんだ!というメッセージが込められているわけです。
それだけゾラは新しかったし、ゴッホは古い時代を抜け出して、新しいものを打ち出したいと思っていたということではないでしょうか。

ちなみに『生きる喜び』は、当時フランスで熱烈に読まれていたショーペンハウアーの哲学への、ゾラなりの回答と言われています。
ショーペンハウアーも読んでみたいけれど、なにせ他に本がたまっているし、今読むと…ちょっと、まずそう……なんで、いずれ読んで確認。

ということで、絵画の見方でした。
こうやってみると、1枚の絵でも色々と意味があるでしょ。

2006/02/28のBlog
ようこそおいでくださいました。UTです。
やっとトップ画像を変更です。

今月も、ぼちぼちと制作をして行こうと思います。
そして、ぼちぼちと相変わらず、展覧会のこととか、本のこととか、はたまた映画のことだったりとか、どうでもいいような自分の話とか、妄想とか叫びとか、その他もろもろ綴っていこうと思います。目を通してもらえるとUTさん喜びます。

何かを感じてしまったら、どうぞコメントを残していってください。
それでは、今月もよろしくお願いします。

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[画像]
《記憶としての風景》
2005/11/25
岩絵具、アクリル絵具、和紙
45.5×53.0cm
個人蔵
《A View Through Memories》
Powdered mineral pigments and acrylic on hemp paper
Privete collection
by UT
※画像の無断転載・転用は禁止です

以前の印象派講座につづいて第2弾。

シュルレアリスム。
比較的よく耳にする言葉では?
絵とか何かをみて、「シュール」だね、とか。これって、シュルレアリスムからきてんだよね?(書き手が質問しちゃっている)

例によって、なるだけ分かりやすく、でも手を抜かずに説明します。興味がある方は、是非読んでください。

シュルレアリスムにしてもキュビスムにしても、起源をフランス語に持っているものは、「スム」です。「ズム」じゃないですよ。

まず最初に言っておきたいのは、シュルレアリスム(Surréalisme)は日本語で「超現実主義」と訳されますが、この響きを聞くと、いかにも現実を超えたところにシュルレアリスムがあるように思うかもしれないけれど、これは大きな誤解であるということ。
この「超現実主義」の"超"は「チョーカワイイ」の"超"です。つまり、「超現実主義」とは、とっても現実な主義ということになります。
シュルレアリスムは現実生活のからの逃避ではなく、現実世界の至る所に存在し、超現実の世界は現実世界の延長線上にあるのです。

何から話せばいいか迷うけれど、まずシュルレアリスムと関係が深いのは、第一次世界大戦(1914-18)。
この頃は、科学の発達で、あらゆる便利な発明が溢れてきている頃。大量生産によって、ものは安価に提供されるようになったりしました。
が、戦争の勃発によって、価値観が大きく揺らぎます。人間の中の狂気に気づき、不審を抱いた、というのは、前に「写真について」のエントリーで書いた通り。
戦争という肩書きのもとに、大量殺戮が正義になり得るという現実がありました(今もある)。
そんななか、人間の理性に対する大いなる不信が起こり、ダダイスムなどが起こるわけだけれど、その先にアンドレ・ブルトンという人の『シュルレアリスム宣言』が生まれたのです。ブルトンはシュルレアリスムの重要人物。この宣言の中に書いてある文章を引用すると
「理性によるいかなる制約も受けず、審美的な、あるいは論理的な心づかいをまったく離れて行われる思考の口述である」
と書いてあります。

とにかく、シュルレアリスムは人間の理性に対して公然と不信を示し、理性や論理を離れての表現をしようとしたものなのです。
理性を無条件に受け入れないということにおいて、シュルレアリスムと象徴主義は精神的な兄弟とも言われています。

どうでしょう。シュルレアリスムが浮世離れした彼方のものではないということが、分かってきたでしょうか?
では、シュルレアリスムは、どうやって現実の中に内包された「超現実」を表現しようとしたのか?そもそも、どうやって「超現実」を発見したのか?

まず、シュルレアリスムを美術のみの現象だと思っている人も多いかもしれないけれど、これは、詩や文学、もちろん絵画など多ジャンルに及んでいるものなのです。

書いてきたように、シュルレアリスムは、既成の事実や物、何かしらのイメージから出発して表現していくのではない。ので、新しく発見することをしなければなりません。
そのための方法としていくつかだけ紹介します。
コラージュ、フロッタージュ、デペイズマン、デカルコマニー、オートマティスム、などなど。
このなかで、特に重要な2つ、デペイズマンとオートマティスムについてちょっとだけ説明。

「デペイズマン」は、普通はまったく組み合わせたり繋がったりしないような物事を組み合わせて、理性のもとでは想像もつかなかったような驚きを、「超現実」を手に入れる方法です。
このデペイズマンを紹介するときにどうしても取り上げなければならないのが、ロートレアモンの『マルドロールの唄』の中の一節。良く引き合いに出されるので、知っている人も多いかもしれないですが、
「解剖台の上でミシンとコウモリ傘が出会ったように美しい」
というもの。これは、シュルレアリスムの性質を良く表しているものとして有名。
「解剖台」も「ミシン」も「コウモリ傘」も、日常生活では全く結びつかないものですが、それを合えて組み合わせています。
デペイズマンで、僕がすぐに思いつくのは、絵画だとこんな感じ→→(画像はマグリットの絵)


「オートマティスム」は、絵を書くにしても小説を書くにしても、考えるよりも早く、理性が追いつくより早く手を動かす、というもの。「自動筆記」ということ。
例えば、文章の場合なら、「私」というものがいて、通常通り文章を書くのでは「私」の思考が追いついてしまうから、動詞の活用をやめ「動詞の不定形」のみを使うようにする。そして、より早く書くために、今度は「前置詞と名詞」のみを使って書くようにする。事物と事物の関係のみ。とにかく、ダダダーっと書いていくのです。こうすることによって、本来の自分から離れて、無意識の領域を獲得しようとしたのがオートマティスムです。これが「現実」から「超現実」へと至るということになり、この「現実」「超現実」の間には、境がありません。
自分が自分のことを考えているのではない。誰かが自分のことを考えている。という状態ですね。

とにかく、シュルレアリスムについて書き始めるときりがないんですが、つまりシュルレアリスムとは、現実の中にその延長線上の超現実へと至る暗号を発見し、真実へと迫ろうとした、ということです。
本来の自分を客観的に見つめているので、客観主義なのです。

色々となんだかわけの分からない絵がいっぱいあるなぁ、とか思ったりするかもしれないけれど、実は画家は馬鹿じゃない。何かしら提示しようとしているものがあるのです。
むしろ、社会を鋭く見つめ、メスを入れようとしているのは、こういった芸術家なのかもしれません。
[ 16:42 ] [ 映画/映像/アニメ ]
サルバドール・ダリ 世界が愛した芸術家ダリの超現実的な人生
(たぶんアメリカ合衆国 ????年 75分)
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TSUTAYAでまたしても衝動借り(笑)。アート系が、じみーにいいのあります。

サルバドール・ダリ(Salvador Dali)[1904-1989]は、言わずと知れた有名な画家。スペインのシュルレアリスムの画家ですね。20世紀を代表する1人でしょう。

ついこないだの「新日曜美術館」で、ダリについてやってました。

10歳上の人妻のガラを、友人から奪い結婚してしまいました。

ダリは「天才を演じた」ということで天才と良く言われています。僕は演じるのではなく…、
また、テレビなどメディアを使って派手にパフォーマンスし、アピールしまくったという点でも突出しています。
金の亡者になって、キャンバスにドルマークを何個も書いている姿を撮らせたり。
ダリといえば、こういった感じの絵を思い浮かべるのでは?

この映画は、そんなダリのドキュメンタリーでした。

かなり豊富に、実際のダリが出てきて喋ります。肉声を伝える貴重な資料では?

ダリの生涯を紹介しながら、その芸術に生きた人生を描いた内容。

なかには、ダリが起こした事件や事故の時の、実際のニュースまで収録されていて面白かった。
ただ、芸術やシュルレアリスムについて迫るというよりは、ダリの生涯や周りの人たちの証言をまとめた、という感じ。

でも、楽しめる内容ではあると思う。
なかなかこんなにダリを見れない気がする。

ちなみに、今年の9月から東京でダリ展が始まるようです。
で、来年、関西から北海道まで巡回するようです。
行きましょう。


と、いうことで、ちょうどいい機会なので、次のエントリーで「シュルレアリスム」について、僕なりに解説します。読んでみてね。