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半地下の手記
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2008/02/29のBlog
[ 23:59 ] [ 掲示板 ]
遅れましたが掲示板です。
個展が終わりましたが、その後の色々なことをしなければ。展示だけではないのだなー。
あっと言う間に3月を迎えることになりそうな。

しかし、個展が終わってようやく展覧会とか行けそうです。
まだ今年、美術館行っていない。これは事件ですね。

さて、寒い日々ですが、皆様風邪には気をつけて。どうぞ今月もよろしくです。



[画像]
《緑の中の彷徨》
2007/12/16
岩絵具、板
65.2×91.0cm
《Wandering in green》
Powdered mineral pigments on wood
※画像の無断転載・転用は禁止です

2008/02/28のBlog
とても天気のいい日。
美術館へ行き、その後京橋のギャラリー山口で人形展の作品を受け取る。そして銀座のガレリア・グラフィカへ。2009年の個展が決まったような感じです。

美術館は、竹橋の東京国立近代美術館へ。『わたしいまめまいしたわ』という展覧会を観る。気づいたかもしれませんが、回文になっています。
前々からこれは気になっていて、行こう行こうとは思っていたのだけれど、なかなか隙を伺えず、ついに達成。
行こうと思っていた最大の理由は、牛腸茂雄の写真が展示されているからだ。

牛腸茂雄(ごちょうしげお)[1946-1983]は写真家。幼くして病気を患い、36歳で夭折した。その間、いくつかの写真集を作った、知る人ぞ知る写真家。

この展覧会では、その牛腸茂雄の写真集『SELF AND OTHERS』の全60点が一挙に展示されている。これが観たかったのだ。
『SELF AND OTHERS』は友人知人、家族や出会った少年たちなどを被写体にした作品群で、どれも写真のほぼ中央に人物がいて、視線はカメラを向いている、というもの。モノクロである。
これがなかなかいいのだ。人をとことん見つめ、顔を、視線を見つめ続けた写真家の眼差しを感じる。そして、見つめる写真家を見つめ返す人々。視線のぶつかったその瞬間に何が生まれたのだろう、と思考を巡らす。
場所も大きさも様々。今ではもう、写っている少年は大人に、大人は老人になったことだろう。しかし、撮影されたその瞬間に思いを誘う不思議な魅力だった。
その中でも、3枚だけ、被写体の視線がカメラにないものがある。赤ちゃんと、眠る女性と、最後の60点目の霧の中に走っていく子供たちの背中である。

展覧会自体も良かった。
「わたし」にこだわった展覧会であり、最初の展示は、色んな画家の自画像から始まる。様々な画家の自画像がずらりと並ぶと、自画像の意味について考えさせられる。自分を描いたその筆触は何を掴もうとしていたのだろう。

その後も色々と意味の揺らぎや、アイデンティティを感じさせる作品があり、非常に楽しめた。
草間彌生のどでかいペインティングも良かったし、舟越桂のスフィンクスもあったり。カメラ・オブスクーラによる写真(でかいっ)の部屋もあった。昔の画家が使ったものを身体的に体験。

自分とは何か?どう自分を見つめるか?
こういったことは、普遍的なテーマである。そして、アーティストたちは時代を超えてそれに向かい合ってきた。
そういったさまざまな葛藤の末生まれた様々な表現。
まぁ、様々だから興味や好き嫌いは分かれるだろうけれど、でも、そのテーマの大きさは今日の複雑化した社会だからこそ、より考えてみる必要性があるのかもしれない。
そんな具合に、なかなか良い展示だと思えた展覧会でした。



[メモ]
わたしいまめまいしたわ 現代美術にみる自己と他者
東京国立近代美術館 (千代田区)
3月9日まで

2008/02/26のBlog
[ 22:33 ] [ 展覧会/ART ]
あ、ルノワール展を観たのは土曜日です。
で、今日は埼玉でやっている、熊谷守一展へ。

熊谷守一[1880-1977]は、岐阜県出身の画家。猫の絵などで知っている人も多いのではないでしょうか。大変シンプルなフォルムと色遣いで画面を構成し、身近な世界をえがき続けた画家である。写真を見て驚いたが、本当に仙人みたいな人。

今回の展覧会は、油彩と日本画(墨彩)や書を含め、170点を超える作品からなり、初期から晩年まで熊谷守一の作品を一望できる展覧会。
僕としては、作品は知っていたものの、そんなに強烈に興味を持っているわけではなかった。が、知り合いの画家黒須さんに「観ておきたまえっ!チェケラッチョ!」(実際はもっと威厳があるフレーズです)と言われたのがずーっと心に残っていたので、今回美術館復帰リハビリを兼ねて行ってみた。

すごい。ただの髭もじゃの仙人じゃない。こいつはいいぞ。

展示は大体時系列順で、古いものから始まるのだが、まず最初の方の初期の作品、これからして既に良かった。所謂、熊谷守一っぽい絵、つまりとってもデフォルメしてあって、フォルムも色もとてもシンプルなあの作風になる前段階。ここに、かなり興味を惹かれた。
僕の中ではゴーギャンと結びつけて観ていたのだが、世界をどう表現するか、という点に置いて、非常に高度なことをしていたと思う。
どんどん省く。が、画面には強烈な印象が残る。
グッと入り込めるんですよ。
確かに簡略化された画面なのだが、見ていると、記憶や感情に働きかけてきて、なんとも言えない思いが湧き上がってきた。
網膜に映ったことの“向こう側”を描くこと。再確認。

こういうのは、非常に難しくギリギリの仕事なのだ。
ともすれば、ヘタウマや本当の下手に見られかねない。
フォルムと色彩、リズムなどなどが、調和した状態。

おそらく、本当に伝えたい、という思いが強くあったのだろう。そうしたときに、どうしても表面が邪魔になる。「そうじゃないんだ。“この感覚”を描きたいんだ!」こうなった時に、より本質に近づくため、見えてしまったそのものに近づくため、どんどん複雑な表面が崩壊していく。
少なくとも、僕はそうです。

それ以降の熊谷守一のスタイルができあがった作品も良かった。
なんというんでしょうね。センスが抜群に冴えて、そして構図の妙。
それがあるから、単純に楽しめたり、あるいは深みを感じたりできるのだろう。

これはこれは良いものを観た。と思う。
ガラガラ空き空きでゆっくり観れるし、おすすめの展覧会。



[メモ]
没後30年 熊谷守一展 天与の色彩 究極のかたち
埼玉県立近代美術館 (埼玉・北浦和)
3月23日まで

なんとっ!なんとっ!
今年初!!の美術館…。
こんなに長期間行かないなんて異常事態でした。個展大変だったなぁ。しみじみ。

ということで、個展の報告会も兼ねて、N先生とBunkamuraへ行き、ルノワールを観る。
今回のは、ご存知の印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールと息子のジャン・ルノワールの共演という展覧会である。
ピエール=オーギュスト・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir)[1841-1919]は、フランスの印象派の画家。モネと肩を並べる有名っぷりなので、皆さんご存知でしょう。柔らかいタッチの女性像なんかが特に有名なのでは。晩年はリューマチで手が固まってしまい、筆を固定して絵を描いていました。この様子は、会場で動画で見れます。
ジャン・ルノワール(Jean Renoir)[1894-1979]は、次男で映画監督。わりと多くの作品を撮っています。
(以下、父をルノワール。息子をジャン、と表記します)

会場に入ると、ルノワールの作品と、そして多くのスクリーンがあり、そこにジャンの作品が映されている。まさに親子の共演。

ジャンの作品は、短時間のループ。まぁ、当然といえば当然なのだが、彼の作品について云々できるような内容ではない。ただ、近くにあるルノワールの作品を彷彿とさせる内容であり、かなり強烈に父の影響を受けていたことが分かった。本当に、ルノワールの作品の情景をそっくり映画に使ったようなものも多数あった。それくらい、影響を受けていたのだろう。

ルノワールに関して言うと、皆さんそうだと思うのだけれど、ルノワール像みたいなものがあると思う。僕もある。いや、あった。印象派の中でもずばぬけて美しいというか、そんな感じのものが。
が、会場を見回して、ぬぬっとなる。巨匠といえども人間だ、と痛烈に思った。
つまりは、酷いのだ。あー、今まで知っていたルノワールは、会心作を寄せ集めたルノワール像であって、実はこういったレベルのものも沢山描いていたのね。と。
それはそれで、そういった一面も見れて良かったと言えば良かったのだが。
でも、たしかに数点、素晴らしいのがあった!やはり、そういう作品は突出して光っている。こういう作品を見るために足を運ぶのだ。柔らかく、湿度や温度のある色彩、輝かしい自然の光の表現。素晴らしかったです。

全体としてみると、あまり、共演する必要性を感じ無い、企画倒れ的な展覧会で残念。ネームバリューが走ってしまっていると言わざるを得ません。
数点の素晴らしい作品のためならっ。と思える方ならば行ってみると良いかもしれません。



[メモ]
ルノワール+ルノワール展 画家の父 映画監督の息子 2人の巨匠が日本初共演
Bunkamura ザ・ミュージアム (渋谷)
5月6日まで

巡回:
→京都国立近代美術館

2008/02/22のBlog
老人と海』1952年
著:ヘミングウェイ 訳:福田恆存 (新潮文庫) 420円
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アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)[1899-1961]はアメリカの小説家。第1次世界大戦、第2次世界大戦に参加し、その時の経験も作品に現れる。所謂、ロスト・ジェネレーションの作家である。
1921から28年までパリに滞在したヘミングウェイは、以前『ヘミングウェイが愛した街 1920年代巴里の画家たち展』の記事でも書いたように、多くの芸術家と交流を持った。
1954年にノーベル文学賞を受賞し、61年にライフルで自殺した。


有名な作品だけに、読まれた方も多いでしょう。
老人とカジキマグロの戦い。

老人であり、熟練した漁師のサンチャゴが、単身海へと漁に出る。巨大なカジキマグロがかかるが、非常に大物故どこまでも船は引きずられ、何日も何日もこの大物と根比べ。

この何ともまとめやすいストーリーの中に、強烈なコントラストが栄える作品。
読みながら想像してみる…。大海原にぽつりと1隻の船。カジキマグロの力強さと相まって、自然の広大さ感じさせる。
しかし、そこで人間のちっぽけさ、とはいかない。サンチャゴの精神の強さがキラリと光るのだ。
自然に対してだけでなく、例えば社会など色々な状況と思ってもいいだろう、暗く深い海に漂うサンチャゴは、巨大な世界に対して対抗し得る、という希望を与えてくれる。

もう1つコントラスト。
意気揚々と小舟で出かけたサンチャゴが、いつ終わるとも分からない戦いを前に弱気を見せ、漁に同行できなかった仲良しの少年のことを度々思ってしまう。
結局不安を振り払って頑張るわけだが、極限状態で流れるままという中、揺らぐ精神はなんとも正直だ。

と、言わずと知れた名作ですが、なんというかこう肉体派な感じが、ちょっと僕としては興味なかったです(苦笑)。
今まで紹介してきた作品とは明らかに違う種類な感じというか。
僕のストライクゾーンではなかったです。

2008/02/11のBlog
[ 23:58 ] [ UTの個展など ]
(以下は、今回の展覧会に際して、N先生こと美術評論家の中村隆夫先生が書いて下さった文章です。論文調で書くと、観る人に変に世界を押し付けてしまう、ということで、今回は詩という形態で書いてくれました!見事に作品の世界観と、生み出される様子が描き出された素晴らしい文章です。ご本人の了解を得て掲載します。ご一読下さい。また、先生には改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。)


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『「自我風景」を歩く---加藤雄太君のために』

中村隆夫(多摩美術大学教授)


歩いてみる、ひたすら歩いてみる。
乳白色の霧のなかでは見事に方向感覚を失い、
唯一のメルクマールは北極星だけ。
上を向いてもそれは見えない。
歩いてみる、ひたすら歩いてみる。
過去へ、幼い頃へ、父と母が若かった頃へ、
水の滴りにも似た微かな音が聞こえたはずの羊水の森を、
誕生よりはるか以前の記憶に向かって、
北極星の光を背中に感じながら。
路程は13キロ、121キロ、7光年の彼方。
歩いてみる、ひたすら歩いてみる。
「私」のなかに沈み込む深さは、乳白色の霧の上の高み。
ぽとりと何かが落ちる、壁から漆喰が剥がれるように、何かが落ちる。
記憶と予感の交錯した空間のなかで静かに息を整える。
過去と期待、記憶とまだ訪れることのない日々の予感が、
昨日の北極星と明日の北極星をひとつの像として結び合わせる。
記憶は予感、予感は懐かしき昨日、昨日は明日、
始まりが終わり、終わりが始まり、始まりが始まる。
永劫という一瞬、一瞬という永劫が微かに震える。
熟した果実のように、ぽとりと「私」の風景が生まれ落ちる。

[ 23:57 ] [ UTの個展など ]
お越しいただけなかった方のために、画像を載せます。
雰囲気をちょっとでも味わってもらえたなら幸いです。
ガラス張りの美しいギャラリー。
昼間はガラスに色々写るので、ガラス越しの撮影は難しかった。
空間に、とてもよくマッチした展示だったと思います。
今回1番多きい作品は、横が145.5cmです。
そして、1番小さいこの7枚は、初めてのサイズ。9×14cmです。
片手に乗るサイズ、というのをやってみたかった。
手に乗せれられる、というこの行動は、非常に所有している感、というものを起こさせると思ったのです。
また、写真を見たり、本を読んだり、という手に乗せて行う行為が絵画であってもいいのではないか、というのもあります。


こうして画像を公開してそれを見て、「感じきった」とは思わずに、作品には実際にその前に立たないと得られない質感がある、ということをご注意下さい。
そういったリアリティを感じていただきたいのです。
芸術作品の本当の力は、そこで体感するもで、身体や感覚を通した体験であると思います。
まぁ、とは言っても、こうして少しでも楽しんでいただけたなら良かったです。

2008/02/10のBlog
[ 23:59 ] [ UTの個展など ]
個展、無事終了しました。
あ、グループ展も終了しました。

ご来場下さった皆様、どうもありがとうございました。
足を運べずとも、応援して下さっている皆様、ありがとうございました。

飯田橋から2ヶ月しか時間がなく、非常にプレッシャーだったけれど、しっかりと形にするとこができ、良かったです。
このことが、何よりのステップアップ。
年末年始を挟んで、この4ヶ月くらい、疾走した感じです。
自分で言うのもなんですが、頑張ったよ。

最初のギャラリー山口での個展での展示を覚えていてくれて、それと比較して色々と話してくれる方も多く、非常に嬉しかったです。
途方もない数の展覧会が行われている中、1年以上前の謎の人物の個展を覚えていてくれるとは。
自分の作品が、しっかりと人の中に引っかかり、強い印象を与えることが出来ている、ということを確認でき、とても嬉しかった。

通りがかりに気になって、ふらっと入ってくれた方も多く、そういった方から嬉しい言葉をもらえたり。
色々と、今後に新たな繋がりが生まれたようなので、そういった意味でも非常に収穫がありました。

作品も、僕自身がびっくりしているのですが、半分以上売約となりました。ホントにビックリ。
絵を買うというのは非日常です。美術界に生きている僕自身がそうなのだから、一般の人にとっては尚更沿うでしょう。
なので、お金云々ではなく、お金を払ってでもこの作品を所有したい程好きだ!と思ってもらえることが本当に嬉しく、その瞬間は言いようもない感動です。
本当に大感謝。

確実に質の上がった作品を、今後より高い次元へ。
そう思っています。


Doblogの栗坊さんが、今回の個展を記事にしてくださりました。[こちらです]。
映画や美術展をこれでもかと観まくっている方だけに、そして厳しいので、ぶるぶるしながら訪問してみましたが、素敵に書いてくれていて嬉しいです。ご覧下さい。

また、会場風景などアップします。

2008/02/07のBlog
[ 09:31 ] [ UTの個展など ]
昨夜書こうとしたら、ちょうどメンテだったみたいで。

えー、無事、会期の前半を終えました。
昨日に関しては、中日のうえ雪だったので、かなり一足は少なかったですが、でも順調です。

良い出会いもできていて、とても嬉しいです。
VIPな方にも来てもらえて、ぶるぶる。

3件くらい隣の「牛庵」という店に、ギャル曽根や彦麻呂が来ていたようですが、個展には来なかったです(笑)。

会期中はいるので、是非お越し下さい。
今日は晴天だ♪良かった良かった。

加藤 雄太 展 -微睡みの自我風景-
ガレリア・グラフィカ bis(銀座)
2月4日から9日


では、会場で。

2008/02/04のBlog
[ 09:37 ] [ UTの個展など ]
天気は快晴。
いよいよ、この日が来ました。
本日より個展スタートです。

ギャラリーには16点あります。表に展示してあるのは14点です。
作品は良いです。
新しい試みもあり、楽しんでもらえると思います。
直接向かい合って感じるものを、是非体験していただきたい。
また、芳名帳の横には、文章が掲示してあります。
N先生こと、美術評論家の中村隆夫先生が文章を寄せてくれました。
詩です。
論文調で書くと、僕の絵を変に限定してしまいそうだから、とのことでそのような文章になったそうです。
見事に僕の作品をとらえ、様々な要素を含んだ素晴らしい文章です。こちらもご高覧下さい。

ちょっと早めに行って、作品リストを貼ったり、キャプションのことやったりします。
会場にいるので、声をかけてくださーい♪

1週間の聖域。
それぞれの「自我風景」への旅を楽しんでくれることを…。
奇跡を観てくれっ!!