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半地下の手記
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2008/06/10のBlog
快晴。
昨夜は午前5:30くらいにベッドに入ったのだが、それでも朝起きて、洗濯をし、久しぶりの美術館へ。電車に乗り、新宿へ向かう。


モーリス・ド・ヴラマンク(Maurice de Vlaminck)[1876-1958]はフランスの画家。フォーヴィスムを代表する画家である。フォーヴ(fauverie)とはフランス語で野獣という意味で、1905年に開催されたサロン・ドートンヌで、ヴラマンクの作品が展示してあった部屋は荒々しい色彩の作品が並んでおり、それらの作品を当時の批評家が「野獣のようだ」と評したことに由来する。
ヴラマンク自身は画家として歩み始める以前は、競輪の選手、そして飲食店でのヴァイオリン奏者として生計をたてていた。
アンドレ・ドランと列車の車内で偶然出会い意気投合し、郊外に共同でアトリエを借り、1900年から画家として活動を始めた。

今回の展覧会は、そんなヴラマンクの初期から晩年の作品までを紹介するもの。
あまり良い評判を耳にしなかったので、期待していなかったのだが、良い作品たちだった。もっと評価されていいと思う。

僕は、ヴラマンクはフォーヴの画家だ、くらいにしか思っていなかったが、今回それが良い意味で裏切られた。
ヴラマンクの才能の豊かさが感じられる。本当に多種多様な表現に驚く。
所謂フォーヴの時代の他にも、キュヴィスム風、セザンヌっぽいもの、落ち着いた風景画、色んな表現を出来たことがわかる。
こういった一連の流れを観ることが出来ただけでも価値があった。

花や果物や卓上の物など静物画も観られたが、これらはつまらない。鼻持ちならんっ、といった感じだ。
そんな中、圧倒的に風景画が魅力的だった。
緑萌える風景。寂れた雪景色。どちらも大胆な塗りであるのに、静寂に満ちている。
フォルムも色も、とても良い。
それにしても、静かな、寂しい風景が多い。たとえ空が渦巻いていても、やはり物悲しい。風景を描きながら、まるで自分の内面を描いているよう。文明や物質を讃えるのではない、社会への無言の抵抗を貫くような、そんな絵だ。ただ、私、がいる。

終盤に展示されていた風景画たちは、まるでアメリカ文学。広漠とした自然を感じさせる絵で、それまでのとは、明らかに印象が変わる。

ただ、海や港を描いた作品はいただけなかった。
まるで「老人と海」のようで。なんだかピタリとハマっているというか予定調和というかなんというか。痒い。

何でも無い景色。緑と建物があるだけの景色。
それでも、これだけ絵になる。
とてもとても不思議な印象がこびりついた。


それはそうと、隣にはモード学園の建物が建設中。
42階の窓から見えてビックリした。


その後、銀座へ。カフェで休みつつ画廊を巡る。
来年の個展を正式に決める。初秋です。
池袋へ移動し、画材を購入。明後日は日本画教室初日だ。



[メモ]
没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展
損保ジャパン東郷青児美術館 (新宿)
6月29日まで

2008/06/09のBlog
[ 23:55 ] [ 雑記 ]
御陰さまで、日本画教室は、それなりに格好のつく人数が集まった。
その画材の調達に、先日は雨の中出かける。
予算のことを考えると、本当に難しい。とくに、岩絵具なんか、いくらも買えない。必要最低限を何にするか悩む。
5回という回数もまた難しい。支持体の準備やら何やら、一体どう進めたものかと考え続ける。膠等のシェアも上手くいくだろうか。
短期間で、日本画の1つの講座を成立させる難しさを、始まる前から痛感。それ故に、このハードルを乗り越えた時は、大きな充実感を得られるだろう。
いよいよ今週の木曜に迫っているのだ。


あわせて、個展の制作も進めている。今回は大作も並べたいのだ。そして、事前のプレスリリースもしっかりしたい。
毎回毎回、次の発表を思う時に、「ああ僕は、何かしらの新たなイメージを見せることが出来るだろうか、変化を見せることが出来るだろうか」と作家として超えねばならぬハードルのプレッシャーを感じる。進歩故の破壊は前進であるが、停滞は創造力の枯渇だ。避けたい。
しかしこの前、制作中にそれは達成できる感触を得た。
日々の吸収が実を結ぶ瞬間をまたしても体験できた。川村記念美術館へ行ったことは大きかった。
ボナールの色彩とロスコの深みを、自分の言語で表出すること。「強度」に関する大きな前進。
是非、個展に期待してください。

展覧会へも行きたいし、個展用の画材も揃えねばと思うけれど、何にしても講座がなぁ。これを機会に日本画を勉強し直しておかねば。こんな時じゃないと、なかなか復習しないし。
そうだ。グループ展用の小品も準備しなければ。

2008/06/05のBlog
最近、何かと外食の機会が多い。
先日はmakaki氏とうちの近所のもんじゃ屋へ。
もんじゃ焼きなんてなんて久しぶりなのだろう。あんまり食べる機会ないでしょう。

なぜか全うなメニューをあまりたのまない2人。

これは、ほうれん草とチーズ。もんじゃじゃありません。
お店で注文しても、自分で作るあたりに、非常に夢中になる。
しかも店内は海の家っぽい。
そしてお客は少なく、度々我々だけに。

メニューを眺めると、衝撃の文字がっ!!
「あんもんじゃ」
アンジョンファンっぽいネーミングじゃないか。
しかもオススメになっている!
一体どういうものなのか、もはや想像がつかない。masakiさんがすかさず注文。店員も思わず失笑のその正体とは。
!!!!!!!


さじで掬わないとあんこが見えず、ただの白い液体…。


Let's 調理♪

何が正解かもはやわかりませんが、とりあえずもんじゃ界のルールにのっとるスポーツマンシップを見せねばと、土手を作りたらーりと。

それにしても、絶えず手を動かし、焼け具合に気を配るあたり、普通の飲み屋と違って、全く眠くなりません。鉄板の熱気も良い感じに作用し、ぽかぽかで。

あんもんじゃは美味でした(本当)。
気づかれた方も多いかと思いますが、メニューのあんもんじゃの下には…
「デザートもんじゃ」

あんもんじゃからのラッシュはデザートもんじゃで。

何故かジョッキで来る…(笑)。


誰もがこのまま食べた方が絶対おいしいと思うところではあるが、スポーツマンシップを忘れない我々は、ちゃんと鉄板で焼かせて頂きました。

お腹も満足したし、そろそろ帰ろうかという頃、小池エイコさんがご来場。さらに2分後にリンタロさんがご来場。
性懲りも無く、アンジョンファン、アゲイン。


もんじゃ屋自体が初めてくらいだったのだけれど、こういったメニューって普通なのだろうか。Deep。


それはそうと、最近携帯電話を変えたのですが(iPhone発表おせーよ)、新しい携帯で初めて撮ったムービーは、デザートもんじゃの調理風景でした。
この記事の画像は、携帯で撮影したものです。
auのW61SA。ネットの評判はボコボコで無惨なものですが、僕は当たり機体だったようで、大変快調で満足♪素晴らしい。

2008/05/31のBlog
[ 23:59 ] [ 掲示板 ]
あっと言う間に5月で、桜も疾うに散り去っている。
ぼーっとしている場合ではない、と思う。

何というか、今色々と進展期というか、そんな風を感じているので、頑張りたいです。

当blogのコメントですが、手落ちを防ぐため承認制を止め、画像に表示されている文字を入力するタイプにしてみました。宜しくお願いします。



[画像]
《見えざるもののために》
2008/01/22
岩絵具、板
53.0×72.7cm
《For an Invisible》
Powdered mineral pigments on wood
※画像の無断転載・転用は禁止です

2008/05/22のBlog
[ 22:16 ] [ 雑記 ]
何だかとても久しぶりの更新になってしまった。
ノア・ノアしたいんです。

ゴールデンウィークはほとんど書店へ。無論、アルバイトで。
連休後の休日は、近くのお寺へ行ってみた。以前、前を自転車で通った時、5月5日はお花祭り、みたいな看板があった気がしたのです。その記憶をたよりに、まだやっているだろうと思い、自転車で門をくぐる。
そう、最近、花をスケッチしたい衝動に駆られているのである。これはチャンスとばかりに、こんな近くにモチーフがあるのなら、と思ったのだけれど、5月5日のみのイベントだったらしい。しかも、僕は何か勘違いしていたようで、鉢植えの花に甘茶をかけて、お釈迦様のお祝いをする、というもので、当日に来ていたとしても、勘違い絵描き野郎だったわけです。
でも、住職の奥さんと思われる人によると、花はまだ残っているし、庭もなかなか広いので、鑑賞してスケッチさせてもらうことに。

晴れた日中、誰もいない静かな寺の中で、ぼーっと植物を見て歩くのもなかなか良い。
座り込んで鉛筆を走らせていると、とても贅沢な時間に思われた。
空虚なようでも、しっかり実がある感じ。こういう時間も、ちょくちょく見つけたい。


最近は、サリンジャーとカポーティに読み耽った。
むらはあるが、両者とも好きだ。


それにしても、今月は展覧会の魅力がない。いまいちどれもパッとせず、足を運ぶに至らず。


新たに、個展の誘いが来る。最初のギャラリー山口での初個展と、こないだのガレリア・グラフィカでの個展に来てくれたギャラリーの人から手紙が届いていた。
色々の事情により、悩み中。
とりあえず、どういう場所かと思い、ギャラリーへ行ってみた。なかなか面白い空間である。
誘ってくれたご本人がたまたま不在だったのが残念。


新世代への視点』は、こないだ連絡があり、枚数は2枚へ、サイズも若干大きくて大丈夫とのことでした。

フローリストとして新生したリンタロ氏より、花の無い花を頂く。
我が家には観葉植物がないので、なんとも新鮮。
逆光だけれど、いいじゃないか。


それはそうと、来月からの日本画講座ですが、まだ応募が少ないとの話を耳にしました。
ばしばし受講してください。お待ちしてます。


何だかぼーっとしてしまいがちだけれど、気合いを入れねばな、と思う。
シャキシャキ動けば気持ちがいい。それはわかっているのだから。

2008/05/07のBlog
ノア・ノア タヒチ紀行』 1893年
著:ポール・ゴーガン 訳:前川堅一 (岩波文庫) 483円
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絵画における僕的ツートップの1人、ゴーギャンの著書。内容は、ゴーギャンのタヒチ滞在の模様を描いた紀行文である。

これがどーってこと無い。暇つぶしにどうぞ、という感じである。
故に、ゴーギャンについて、簡単に書いてみようかと思う。

ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)[1848-1903]はフランスの画家。セザンヌ、ゴッホとともにポスト印象派を代表するアーティスト。しかし、分類としては象徴主義にするのが通である。
父は共和主義のジャーナリスト。そして、祖母はフローラ・トリスタン。彼女は女性初のフェミニストとして有名で、女性解放運動を行った。ちなみに名前の意味は“悲しみの花”。
17歳で学業をやめ、見習い水夫となり、リオ・デ・ジャネイロへ初航海。その後、海軍に入り、北極圏を航海した。
71年には、株式仲買人となり、証券会社に勤める。73年にメットと結婚。シュフネッケルのすすめで、絵画への関心を持ち、絵を描き始める(趣味として)。
この後、けっこう滅茶苦茶な人生に…。
76年にサロンに入選。その後、ピサロやドガと知り合い、印象派展に出品した。
83年、35歳の時に株式仲買人をやめ、画家になる決意をする。けっこうスタートは遅かったのだ。
しかし、貧乏で家族と別居。妻のメットはコペンハーゲンに。ゴーギャンは86年にポン=タヴァンへ行き、絵が変わる!この後、ポン=タヴァンとル・プリュドゥを行ったり来たり。アルルでゴッホとの有名な共同生活も。しかし、アルルへ行った理由は、生活費がかからないからという曲がった理由であった(生活費はゴッホの弟のテオ持ち)。
パリにも戻ったりしたが、文明生活を嫌う。

そんなこんなで、1891年に、タヒチへ。第1回目のタヒチ滞在だ。本書『ノア・ノア』はこの第1回タヒチ滞在の模様を描いたものである。
タヒチでは文明に侵されていない文化に感銘を受け、自身の楽園を求めた。
2度目のタヒチ滞在では14歳の愛人を持ったり子供が生まれたりと、なかなかの奔放っぷりを発揮しながら制作したゴーギャン。

タヒチに何を求めたのか…。
ヨーロッパの息吹が、文明が、浸透していない世界。生命の輝き。そういった楽園を求めてゴーギャンはタヒチに滞在した。しかし、ついに見つけられずに、絶望のうちにゴーギャンは死ぬ。
97年には、自殺を決意し、大作《我々はどこから来たか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?》を制作。その後、砒素を飲み死のうとしたが、あまりに多く服飲したため、嘔吐しすんでのところで生き残った。
1903年に心臓発作で死んだ。

地上に楽園を見出そうとしたが、それが出来なったゴーギャン。苦悩のうちにも、眩い生命の筆跡は掴んだ。
ゴーギャンの作品は、輪郭をはっきり描いて、内部を平面的に塗った絵ではあるが、そこには見事な調和がある。「抽象」はゴーギャンがこだわり続けたことであり、故にゴーギャンの絵には、対象のエッセンス、つまり本質が濃く、しかし不可視に定着されているのだろう。
写実の無意味性を説き続けたゴーギャン。己のうちで昇華させ定着させたタッチは、精神によってより澄んだものとなり、タヒチで触れた原色の世界によってより輝きを増したのだと思う。

「助言を1つ。あまり自然に即して描いてはいけない。芸術とは1つの抽象なのだ。自然を前に夢見つつ、自然から抽象を取り出したまえ。そしてその結果として生じる創造のことをより多く考えたまえ。」

しばしば目にするカッコいいフレーズがある。誰の言葉か忘れたが、
「絵画は無声の音楽であり、音楽は有声の絵画である」
というものだ。レッシングは『ラオコオン』の最初でこれを否定している。ゴーギャンもまたそうなのである。つまり、時間である。一目見れば、絵画や彫刻は全体を把握できるということである。絵画の力を信じたゴーギャンは、絵画はあらゆる芸術の中でもっとも美しいものだ、と言った上でこう言っている。
「すべては一瞬のうちに尽くされるのだ」

「なぜ枝を垂らした柳が“泣いている”と呼ばれるのか。それは下降する線が悲しいからだろうか。大カエデが悲しいのは、墓地に植えられているからだろうか。いや、悲しいのは色なのだ。」

2008/05/02のBlog
[ 01:54 ] [ 雑記 ]
来月、6月12日から、日本画の講師をすることになったのです。とてもひょんな経緯から。人生、何がどう繋がるかわからない。

埼玉の浦和にある岸町公民館にて。
講座名はたぶん「はじめての日本画」だと思います。
木曜の10:00から12:00で、全5回。

えー、つまりは、奮ってご参加をお願いしたいでございます。
全5回が終了後、希望者を募ってクラブ化して、断続的に続く講座になればと思っています。
内容は本当に初歩です。そもそも5回でやり尽くすのは不可能なので、とりあえず日本画の画材に触れてみる程度の気持ちでどうぞ。

一体どうなるのか分からないので、とても緊張しています。
画材や準備や、日本画は描く以前に色々とプロセスがあるので、教える側としては困ることが多いです。
なんとかします。

4月30日の夜、茂木健一郎と白洲信哉(白洲次郎白洲正子小林秀雄の孫)のトークショーがあると知って、アクティブ魂で行ってみた。
場所は東京ミッドタウン。六本木で花の稽古が終わったばかりのリンタロ氏と合流。

着いてみると会場が何処なのか良くわからなかったが、なんだかんだと最前列で見れた。まぁ、屋外だったんですが…。
「男の遊日」というテーマ。

始まるとけっこう笑えるやり取りが続く。
いつ本気モードに入るのか?と思っていたら、終了。30分。
とても予想外の内容の無さにあっけにとられる。
以前のように、メモを大量にとる戦闘態勢だった僕ですが、1文字も書くこと無く終了。
家を出て、アクティブにお出かけするきっかけになった、くらいでした。

ミッドタウンのカフェは大変気に入りましたが。冷房がもっと弱ければ最高です。

2008/04/30のBlog
[ 23:59 ] [ 掲示板 ]
ついに4月。春って感じの季節になりました。

未だ、目標の“濃密”に程遠い感じなので、新年度こそは気合いを入れていこうと思います。
春眠暁を……

今月は、なんとなく春っぽくなってしまった作品を。

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注)Doblogのスパム対策新機能を早速使うことにしまして、今月から、コメント及びトラックバックを頂いた際、その後僕が承認するまで画面に反映されなくなります。ようは今まで通りコメントとかしてもらって大丈夫です。ただ、すぐには画面に表れなくても慌てないで下さいね。ちゃんと承認しますのでお待ち下さい。よろしくお願いします。
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[画像]
《彼方の鏡面》
2008/02/02
岩絵具、板
53.0×72.7cm
《…》
Powdered mineral pigments on wood
※画像の無断転載・転用は禁止です

2008/04/28のBlog
[ 01:21 ] [ 雑記 ]
前回個展終了後から、展覧会へ行ったり、本を読んだり。
琴線に触れる作品を前にして、何かを得たり。
改めて画集をめくったり。

そんなことをして来ました。

それが、先日の夜、突然、1つに重なったというかなんというか。
吸収したものが、一気に開花する感覚を得た。
本当に突然で、興奮して寝付けねー!と思ったですよ。

そして最近は、「強度」について考えている。
良い作品の持つ強度とはいかに?
それが掴めつつある。
今後の作品も次の個展も、大いに飛躍できそう。


それはそうと、コメントを承認制にして以来、頂いたコメントを1度だけ謝って削除してしまいました。しかも目を通す前に…。
コメントしたのに反映されてないぞ、といったようにお心当たりのある方、申し訳ございません。もう一度、コメントお願いします。以後気をつけます。