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半地下の手記
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2008/08/10のBlog
[ 23:59 ] [ 雑記 ]
突然の大粒の雨が多い。
そういえば、少し前、虹が見えた。曇り空。鉛色の赤みがかった空にかかる薄い虹が。
曇天に虹。


新たな月に入ると、即バイト先で情報誌を買い、展覧会をチェックする。
お金と時間の切実な問題故、あまり良いのが多過ぎても困るけれど、今月の展覧会をチェックしてみると、うーん、興味深いのがちらほらあるじゃないですか。
でも、多くは下旬以降から。
今はまだ、あまり観たいのはないなぁ。

なので、この隙に制作制作。
個展までと制作量を考えると、だいぶ追い込まれている。
でも、前回の個展で、この手のハードさは経験しているので(ホントにすごいすけじゅーるだったなぁ)、なんとかこなせるでしょう。と、自分を勇気づけています。


そういえば、昨日で「新世代への視点2008」が終了しました。
ご来場いただいた方々、本当にありがとうございました。
面白い企画だと思うし、出品作家に選んでもらえたことが、自信になっています。
個展ガンバル!
展示の様子も写真を撮ってあるので、明日あたりアップしようかと思います。

2008/08/06のBlog
[ 19:23 ] [ 本 ]
サロメ』 1891年
著:オスカー・ワイルド 訳:福田恆存 (岩波文庫) 378円
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オスカー・ワイルド(Oscar Wilde)[1854-1900]は、アイルランドのダブリン出身の小説家、戯曲家。今回の『サロメ』や『ドリアン・グレイの肖像』などで知られる。
1895年、人気を博した作家となっていたワイルドであったが、同性愛により逮捕され、刑務所暮らしとなる。この後は悲惨な人生であった。97年に出所するが、服役中に破産宣告を受けた。晩年はセバスチャン・メルモスという名で過ごし、パリで死んだ。

ワイルドは『サロメ』をフランス語で書いた。
そして、挿絵を描いたのはビアズリーであり、曲を書いたのはリヒャルト・シュトラウスである。
ワイルドは1891年にこの作品を書いたが、出版は1983年だった。英語版は1984年の出版である。
今回、岩波文庫版で読んだのは、ビアズリーの挿絵18点が収録されているからだ。訳は古い言葉が目立つが、しかし逆に古典作品らしさが出ており、作品の妖しさが醸し出される翻訳だと思う。

さて、サロメについて少し説明しておこう。
キリストの死は日本人にも深く浸透しているが、洗礼者ヨハネがどのようにして死んだかは意外と知られていない。このヨハネの死と深く関係があるのがサロメだ。
しかし、サロメは聖書の中にもわずかしか登場しない。新約聖書のマタイによる福音書とマルコによる福音書にわずかに見られるだけである。しかも、「サロメ」という固有名詞は登場しない。
そんなサロメを有名にしたのは、ギュスターヴ・モローの《出現》である。このことについては以前書いたので、そちらを参考にどうぞ。モローはこのサロメの物語を、生と死、男と女、愛と憎、など様々な対立要素を1つの画面に見事に収め、魅力的な作品とした。

そんな妖しげなサロメの世界の見事な戯曲が今回のワイルド作『サロメ』である。
サロメはユダヤの王ヘロデ(本書中ではエロド)とその妃へロデア(本書中ではエロディアス)の娘である。元々ヘロデアはヘロデの兄であり前王のピリポの妃であった。そしてサロメはその間に生まれた娘である。ヘロデは兄ピリポを殺し王の座についたのだった。
ヘロデアは自分を淫らだと言ったヨカナーン(洗礼者ヨハネ)を大層嫌い獄中に繋いだ。本当は殺してしまいたいが、王ヘロデはヨカナーンが聖人であることを知り非常に恐れる。聖人を殺すことなどもってのほかのわけである。
宴の席で、ヘロデはサロメに色目を使う。サロメはそれを嫌うが、ヘロデは自分に踊りを見せてくれたら、何でも好きなものを与えよう、と言う。サロメは本当に「何でも」くれるのか念を押し、王が間違いないと約束したので踊るのだが、これが「7つのヴェールの踊り」だ。
踊り終わり、何が欲しいのか王が聞くと、サロメは…
「銀の大皿に乗せて……ヨカナーンの首を」と答える。サロメはヨカナーンに恋をしていたのだ。しかし、ヨカナーンに口づけを求めても当然ヨカナーンは異教の女など受け付けない。そこへこうして絶好の機会が訪れたのである。
当然ヘロデは衝撃を受け、それだけはならぬっ!と断り、他のものなら何でもやるから、それだけは勘弁してくれというが、サロメは一向に譲らない。
「ならぬ」「ヨカナーンの首」「ならぬ」「ヨカナーンの首」が続くが、ついにヘロデは兵に命じ、ヨカナーンの首を持ってくるように言う。
銀の盆に乗って運ばれて来たヨカナーンの首を見て、恍惚となるサロメ。そして、その口に口づけし、「ああ!あたしはとうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン」。

これが、戯曲『サロメ』の流れである。
なぜ長々解説したかといえば、この中には、象徴主義の文学や美術に見られる重要な観念が入っているからだ。
象徴主義を語る時に、引き合いに出されるのが、次のポーの詩だ。
「この眠り込む、薔薇の香りを吸えば」
薔薇はもう生命を失っている。しかし、死んだ薔薇故に永遠に匂いを発し、美しさを保つのである。
このことが、サロメのヨカナーンを求める態度に見られるのは、もうお気づきのことであろう。
サロメはヨカナーンに恋を打ち明けても、一向に手に入れることができなかった。
しかし、ヨカナーンを殺すことによって、サロメはヨカナーンを永遠に所有したのである。
19世紀末という時代に、象徴主義の芸術家が見出した美がここにある。

このような妖しい魅力を持ちながらも、近づくと自らの身を滅ぼされてしまうような女を「ファム・ファタル(femme fatale)(宿命の女)」と言う。ファム・ファタルの代表は、このサロメ、と、スフィンクスだ。
ファム・ファタルを題材にした作品は多い。

本自体は薄く、戯曲なのでさらっと読める。
そして、妖しさに満ちあふれた内容だ。
作中には「月」が多く登場する。この月がまた象徴的なのだ。この夜に何かが起こる全長のような光を放つ月。登場人物たちも、この月の光に嫌な予感を受け、恐れる。
徐々に何かが起こりそうな雰囲気や、サロメのクレイジーっぷりが加速していく様は、本当に見事だ。

短いながらも完成度の高い物語です。
そして、新たな芸術の世界への入り口となるかもしれません。オススメの1冊。

2008/07/31のBlog
[ 23:59 ] [ 掲示板 ]
7月になると毎回書いているけれど、今年も半分が終わった。
まだ半分もある、と捉え直して気合いを入れるも気の持ちよう。



そして、今月は下旬からグループ展が始まります!!!

『画廊からの発言 ---新世代への視点2008 小品展』
2008年7月28日から8月9日
ギャラリーなつかb.p(銀座)

「新世代への視点」のサイト
僕が参加する小品展の出品作家
※全10画廊の地図もダウンロード出来るようです


作品は現在制作中。
小品を2点出品します。
初秋の個展へ向けて、チラリと新しい匂いを出せればと思っています。



[画像]
《記憶のかけら 「霧の彼方」》
2008/02/01
岩絵具、板
9.0×14.0cm
個人蔵
《…》
Powdered mineral pigments on wood
Private collection
※画像の無断転載・転用は禁止です

2008/07/30のBlog
[ 23:59 ] [ 雑記 ]
洗濯したり、制作したりした後、渋谷へ向かう。
膠が切れそうなので、購入。ついでに、次作に使えそうな色の岩絵具も数色購入する。これだけでも、切迫した経済状況には痛手だ。
銀行で用を済ました後、銀座へ。
数件ギャラリーを巡り、ギャラリーなつかへ。
今日は小品展の会場で、評論家のN先生と、大学時代助手であった神戸(かんべ)さんと待ち合わせをしているのだ。神戸さんは、今や日本画の若手のホープ。
以前から、3人で飲もう飲もうと言っていたのだけれど、なかなか皆忙しく、実行されずにいたのだが、僕のグループ展参加を機に、ついに決行となった。

興味深い、濃ーい話をできて、面白かったなぁ。
喝も入れてもらえたし。

居酒屋で、ポートフォリオをひろげ、感想を聞いたりして話し始める。
僕自身、久しぶりにじっくり昔の作品も振り返ったけれど、大きく変化したんだな。
その時その時では微々たる変化に思えたことでも、積み重なって大きな変化となった。
最初の頃と比べると、その変わり様は明らか。

神戸さんは文化庁の派遣で9月からボストンへ行ってしまう。個展を見てもらえないのが残念。
しかし、ディープな話を沢山聞けた。
制作における素材の話。支持体の作り方で注意を受ける。なるほどー。
画家としての今の現状。どういう世界なのか。

「どーすればいいんだぁー」
「お前は大丈夫だよ」。
なんともありがたい言葉。
「全然焦らなくていいよ」

N先生も、僕が在学中から、画家になる!就職はしない!と常々言い続けていたので、GOサインを出すのは相当重かったらしいが、3年の夏、一挙に化けた作品を見て大丈夫だと思いGOサインを出してくれたらしい。

何の確実もない世界故、こういった信頼に応えたい。
続ければ良いのだ。

刺激を受け、やる気を増し、酔いなど感じなかった夜。
目標を今一度見据え、再び走り出す。そうして感じた風は、地球と時を巡り巡って、いつかの未来、再びこの僕に触れるに違いない。

2008/07/28のBlog
ご無沙汰です。
仙台からは戻ってきていたのですが、帰仙中も、戻ってからも、タイピング無精なUTでした。
やはり、仙台とはだいぶ暑さ具合が違う印象。この移動感が良い。

さて、仙台でオモシロ画像を撮ってはきたのですが、それは次回へ譲るとして、今日から始まった画廊企画のグループ展の初日の様子を。

以前からお知らせしていたように、銀座京橋の10の現代美術画廊が集って、同時期に若手の作家を紹介する『新世代への視点2008』の小品展に、参加させてもらっています。本日が初日でした。

アルバイト後、銀座へ。
会場である ギャラリーなつか へ行き、展示を観る。僕自身、作品が陳列された状態を見るのはこれが初めて。
なんか、とてもいいポジションに飾ってもらえた感じがして、とても満足でした。
他の画廊からの選抜者の中には、僕が美術予備校時代、最初の予備校(後につぶれた)の先生だった人も出品されていて、こういう場で一緒に並ぶというのは、なんとも縁を感じる。今日はお会いできなかったが、いずれ会えるでしょう。僕にファーストインパクトを与えた方。

画廊でまったりさせてもらい、京橋へ移動。
僕を選抜してくれたギャラリー山口へ行き、ご挨拶。そして、最初の祝杯。
皆で、ギャラリー東京ユマニテへ移動。
今回のオープニング・パーティーに参加する。
そして当然、2度目のアルコールである。
会場は大変賑わっていて、暑い盛りなのに、沢山の人出であった。

こうして作品が沢山の人の目に触れ、その視線の集中に耐え得ることは、とても豊かな経験となる。
こういう機会があることは、本当にありがたいことだと改めて思う。

会場をうろついていると、大学時代の日本画専攻の副手であった市川さんと邂逅。
ややや、驚きであった。こうして、ひょんなところで繋がるものだ。
近況を話し合って、いつか飲みましょう、という未だ果たされぬ約束を果たすべく、の約束をする。
市川さんも、今度の僕の個展の少し前に個展があるようで、お互いこうして発表を続けていることが、なんか嬉しい。

途中、泉田法師君が合流。
横浜から浴衣で駆けつけてくれた。
全来訪者の中で、和服は彼だけである。アーティスト以上にアーティストっぽいこの男。いっそ作品を作ってしまえ。ねぇ。

閉会後、法師君と銀座の酒場へ。
3度目の乾杯。
酔っぱらって、終電で帰宅。


と、こんな具合だったのです。

僕の参加している小品展は、その性質上、沢山の作家の作品を、1部屋で見ることができ、実際見てみた感想としてとても楽しめるものだと思います。
是非、ご高覧下さい。
画廊がどんな発言をしているか。確実に面白い作家というのはいるものだ、ということが、分かってもらえるのでは、と思います。

『画廊からの発言 ---新世代への視点2008 小品展』
2008年7月28日から8月9日
ギャラリーなつかb.p(銀座)

「新世代への視点」のサイト
僕が参加する小品展の出品作家
※全10画廊の地図もダウンロード出来るようです


それでは、より多くの皆様の目に触れることを願って。

2008/07/20のBlog
[ 02:02 ] [ 雑記 ]
とろけるように暑い日々でした。お元気でしょうか?
なんかひたすら忙しかったです。

シンポジウム後の日々。
『新世代への視点』用の作品を描く描く描く描く。
水曜は、本当は夕方出かけて予定があったのだが、進行具合がそれを許さず、制作。
結局、明朝4:45まで制作し、午前中は日本画教室へ。最終回である。
皆さんちゃんと絵になり、無事作品となった。絵具の扱いが難しいこともあり、出来に納得できない人もいたが、並べてみると、本当によく描けたと思う。たった5回で、しかも初めてで、十分ですよ。
最後は、軽く観賞会をして、受講者の感想、僕のコメント。

公民館の開催する講座としては、これで予定の5回を終了することになったのだけれど、希望者が多ければ、引き続きサークルとして活動できるシステムがある。
そうなればいいなぁ、とは思っていたのだけれど、実際どうなるか不安でした。
途中から、指導している手応えとして、サークル化できそうな感じはあった。いざ、講座が終了し、公民館の方が「引き続きサークルとしてやっていきたい方は残ってください。話し合いましょう。」と言うと、なんと立ち去る人は1人もいないじゃないですか!!これは予想してなかったです。感動。
そう、つまり、無事サークルとして今後も存続していくことになりました。
即興で付いた団体名は「日本画木曜会」。

皆さん、楽しんでもらえたようで、アンケートにも、好意的な評価が・・・。
ほっとしました。

さて、「日本画木曜会」は9月から開催されます。
今回からの参加も可能です。というか、サークルなので参加も脱退も随時。どうですか?興味があったら是非。
ご連絡は、岸町公民館へどうぞ。
と、軽く宣伝。

講座終了後、自宅へ戻り、乾かしていた作品に、側面の処理などを施す。その後、ポートフォリオ用に作品を撮影し、梱包。
再び駅へ向かい、銀座へ。画廊を回り、ギャラリー山口へ作品を預ける。
今回は展示作業を画廊がやってくれるので、これで新世代への視点の作品搬入は終了。あとは、タイトルや価格を決めるだけです。
タイムリミットギリギリまで粘った作品です。小品ではありますがお楽しみに♪

その後、ぎゃらりい朋 へ行き、前日うかがう予定だった個展を拝見。N先生グループの方なのだけれど、この方はお会いするのは初めて。
ご本人から受ける印象と作品にブレがない。
けっこう話しこみました。

もう、この日は疲労と眠気でへろへろ。
本当に久しぶりに、日付が変わる前に寝ていた。

金・土はアルバイト。土曜はバイト終了後、急いで電車に乗り、大宮へ向かい、そして現在仙台です。法事で帰ってきました。そういう訳で、作品のリミットが迫ったいたわけで。
昨日も今日も睡眠短かったのでねむねむ。でも、近況をまとめておこうと思い、モニターに向かっている次第でございます。



そういえば、公民館では10月の下旬から、美術館になかなか足を運べないような人が、もっと美術館へ行こうと思うようになるような講座、というコンセプトの元、絵画の見方というか美術史というか、そういった講義形式の講座を新たに僕が行うことが決まりました!
近づいたらまたアナウンスしますが、楽しめる内容にしようと思います。こちらも、ちょっと覚えておいてもらえると嬉しいです。



ローカル。
仙台の夜は涼しい。これぐらいだと、過ごしやすいのだけれど。
そして、仙山線はリニューアルされていた(車体が)。



考えてみると、個展の作品も、そろそろガシガシ描いていかないと、・・・というか、既に時間に対して描かねがならない量が多い。
余裕があるかと、ゆっくりしすぎたかも、と反省。またしてもハードル出現の感。
でも、あとは個展に集中出来そうだ。
猛チャージをかけねば。
描かねばならぬ。
ゲーテに喝を入れられた。

2008/07/12のBlog
熱気。暑い暑い。何度あったのだろう?
そんな中、本当に久しぶりに多摩センターへ。懐かしい場所です。
多摩美術大学美術館へ行き、『絵画のコスモロジー』展を観、そして13時から開始されたシンポジウムを拝聴した。

この展覧会。企画がN先生である。
N先生の信頼する作家3人による展覧会。
出品作家は、橋本倫黒須信雄小山利枝子
3人とも、画家です。僕は全員と以前から面識があったので、そういう意味でも作品を観れる嬉しい機会だった。
シンポジウムは先生を入れた4人によるトークという形式。

展示もシンポジウムも非常に楽しめました。
作品は強いオリジナリティを持つ、三者三様の絵画論に支えられたもの。
作品に対峙すると、絵画の成立や自分の認識について考えを巡らさせられるような、そういった絵画であって、それぞれに深い。知らない、別な世界へ目を向けることを必要とするような…。そういった作用を持つ絵画というものもあるのかと驚く。

何度かこのブログでも言及しているように、皆さん知性に溢れまくっているので、それはそれはシンポジウムは大変でした。
それぞれの話が深く、大変興味深い上、なんと3時間を超える超大作なシンポジウムだったので、その内容をここに記すのは難しい。シンポジウムを聞いた人の財産。
でも、1つ分かったのは、皆さん本当に絵画について考えていて、“真剣に”制作しているということ。その度合いが半端じゃない。大変絵画に向き合っている。

制作の動機や考えなど、沢山の興味深い話に溢れていた3時間。いつものように僕はメモにメモにメモメモメモ(笑)。面白いなぁ。また興味分野が増えた。

ただ自分が信じたものを描き続ける。
このシンプルさと難しさが分かるかどうかというのは、大きなポイントだろう。
それを続ける人達が、絵画への愛を見せた瞬間。

そして、信じた作家を信じる、本当の評論家。

色んな面で、芸術を信じたくなる、そういう空間となった。



終了後、飲み会へ。
空腹に食べ物がたたったか、胃が苦しくなって、途中で僕は仮眠(苦笑)。
久々の酒の席な気がしたけれど、素敵な方々と良い時間を過ごせて良かったです。
非常に帰宅が面倒な場所故、早目にお開きにする。僕は京王線にまず乗ったが、人身事故のアナウンスがあったので、小田急に乗り換えたりしていたら、終電に間に合わなくなる。あぁ、埼京線の早さよ…。なんとか西川口まで行き、タクシーで帰宅。2時間30分かかった…。



[メモ]
絵画のコスモロジー
多摩美術大学美術館 (多摩センター)
7月20日まで

2008/07/10のBlog
先週は、日本画教室が休みだったので、2週間ぶりの講座。
かなり、作品に手が入ってきた。そろそろ描画も進み、色々と技術的なアドバイスも増える。僕が普段まったく行わないような「日本画っぽい」技法が多く必要とされるので、実演する側としては新鮮だ。

終了後、公民館の方と昼食をとりつつ打ち合わせ。実は秋にとあることが…、おっと(笑)。
その後、上野へ向かう。始まったばかりの展覧会へ。
会場に着くと、内容が内容だけに、既に結構人が入っていた。
観たのは『対決 巨匠たちの日本美術』という展覧会。

この展覧会は、直接影響のあるライバル同士や、同時代に活躍した者同士などを、2人ずつ並べて比較できるように展示するという面白い企画。なので、両者の差異や或いは呼応が、非常に観易い形になっている。
このように、企画自体が面白いのだが、さらにそれを後押ししているのは、ビッグネームがずらりっ!というところである。彼らの作品をこのような構成で見られるのは、なかなかないチャンスであろう。
実際、こうして2人の作品を対で展示してもらうと、両者の関係を改めて理解できるし、非常に良いアイディアだと思った。

ラインナップは、
運慶vs快慶
雪舟vs雪村
永徳vs等伯
長次郎vs光悦
宗達vs光琳
仁清vs乾山
円空vs木喰
大雅vs蕪村
若冲vs簫白
応挙vs芦雪
歌麿vs写楽
鉄斎vs大観

うーん、彼らの作品が見られるだけでも、いいじゃないですか。
vsってあたりはナンセンスですが、目を瞑りましょう。

運慶と快慶はやはり素晴らしい。度々言うように仏像に目覚めている僕なので、見入っちゃいました。仏像の周りに漂う空気。周囲の空間までも彫刻されている感じ。柔らかくて柔らかくて…。
長谷川等伯は今なら《松林図屏風》が展示されている。追求する者が行き着いてしまう風景というのだろうか。気づいたらそこにいて、何かへ向けてまだ彷徨い歩かなければならない。眼前に見えている、何にも頼れない風景。孤高の精神。《萩芒図屏風》も良かった。やっぱ僕は等伯好きだ。
曾我蕭白は異常(笑)。《群仙図屏風》なんか、もう全てがあるというかなんというか。一体お前は何なんだ、というくらい描けている。
長次郎や本阿弥光悦の茶碗も素晴らしい。
俵屋宗達の《蔦の細道図屏風》なんかは、この時代にこういう絵を描いていたのか、と驚かされる。何ともシンプルで、大胆な色面。

…とまぁ、面白いです。
この辺の日本美術は本当にすごい。ちょっとキツい言い方ですが、現代の日本画家のを観に行く暇があるなら、絶対こっちを観た方がいいでしょう。勝負になってないというか。

余白の美、構図、装飾性、この辺は当然語れる内容であり色々とあるのだけれど、なんかそれだけじゃないな、という感じを今書いてて受けます。遊び心、や、仙人みたいな感覚。
日本美術には日本美術の見るべき作品があって、そこにはぶれてない何かがある。そういったものに、出会える展覧会じゃないかな、と思います。

結局、入館が遅かったので閉館までいたのだけれど、ラスト20分くらいは独占でした!運慶や等伯の作品やを1人で見る贅沢…。ラッキーだった。

会期は短いです。そして、展示替えも複雑です。きっとこの後混みます。
でも、おススメです。



[メモ]
対決 巨匠たちの日本美術
東京国立博物館 平成館 (上野)
8月17日まで

2008/07/07のBlog
[ 23:59 ] [ 雑記 ]
間が空いてしまった。
なんというか、毎日何かしら書こうとは思っているのだけれど、暑さにかまけてというか、気絶にかまけてというか、ウィンブルドンというか(笑)。

最近は、フランス、ロシア、アメリカ合衆国を旅してます。ええ、文学で。時代は一昔以上前ですが。
本も書く記事が溜まる一方だなぁ。もはや記憶が…。
「写真について」も2・3回で止まってしまっていますね。
書くよ書くよ!

小品展の作品。
小さいから楽勝か、というとそうはいかない。
絵画の「強度」に気づいてしまった最近であるが故に、ズバッと突き抜けたイメージを見ないとなかなか進まないのです。
センス抜群と思う友人のメール抜粋
「なんだか根なし草の帰る場所を失った僕が、どこか懐かしい、でも、二度と戻ることができない家が、そこには確かにあって、悲しくて泣いてしまうよ。」
ここまで感じてくれると感無量で、本当に嬉しい。
時間の同時性を作品に宿すことに成功していて、そしてそれを感じ取ってもらえたからこそ出てくる言葉だとおもう。過去・現在・未来が1枚の中にあるからこそ、時間や記憶の切なさが現在へとダイレクトに響いてくると思う。
ということで、だいじょうぶだ!今一度、今までの思考と、吸収したものたちを見直そう。
すすっと、続々と、作品が生まれそうな気がします。

くだらない、どうでもいいことを断ち切って、価値あることに時間を費やそうという意識を最近よく持つようになった。そういうことを身近にすればする程、生が充実してくるはずだ。

2008/07/01のBlog
[ 21:39 ] [ 雑記 ]
先日、注文していたパネルが届いた。
なんとか、玄関を通過。
……でかい。
開封だけで重労働。特にスペースが狭い我が家では尚更。頭脳プレーだ。
(あれ?既に1枚反ってるぞオイ…)

縦横を回転させる。当然この時の一瞬のナナメの状態が最長の高さになる。
天井すれすれ。どうやら、我が家で描ける最大サイズのようだ。

それにしても、本当に描けるだろうか、と若干不安になってしまう。
設定してしまったハードル。
でも、次の個展は、これをやらねばならないという気持ちを持っている。勝負の時だと感じているので、やるしかない。


完成したばかりの新作をポートフォリオにするため、無くなっていたプリンタ用紙を購入しに池袋へ。
明日、銀座へ行って画商さんへ届けようかと思う。

それはそうと、夜、地元の駅の本屋をチラッと徘徊していたら、新潮文庫の表紙に激変が。
我が敬愛する太宰の『人間失格』が、牡丹色(?)一色に!
少し前、集英社が同じく人間失格の表紙を、アホ丸出しセンス無しで、罵詈雑言すら浮かばないというかゲンナリしてそんな気力すら出てこないような表紙へモデルチェンジした時は、ダメだ、と思いましたが、今回の新潮文庫の変化なら良いのではないかと思います。多分、時期限定でしょう。新潮社のホームページでも見つからない。
『こころ』と『銀河鉄道の夜』と『絵のない絵本』も同じ現象が起きていた。


窓を開けて網戸にして、今夜も描いたり読んだり、まったりとしよう。
新月が近い。