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2008/11/13のBlog
[ 04:05 ]
[ 雑記 ]
本日は、美術鑑賞講座の第2回目。先週は希望者が国立西洋美術館へ見学に行くとうことで、講義自体は2週間ぶりです。
例に漏れず、準備は大変でしたが、前回の反省もふまえ、今回は早めにしっかり始めたので、寝ることが出来ます(苦笑)。
今回はキュビスムを中心にして、分かりにくい(と思われがちな)感じの絵画について話します。それから、美術鑑賞で僕が1番言いたいこととか、そういうことにも言及できればなぁと。
これまた前回の反省をふまえ、今回はあまり沢山のジャンルをやろうとはせずに、割としぼってじっくりと出来るように準備した…はず。
こないだは、時間に追われまくってしまい、その上初めてだったので頭で色々と整理しながら冷静に話す、という状態ではなかったような気がしますが、今回は大丈夫でしょう。1回経験してしまえばこっちのもんです。この感覚こそが、何かを得られたことの証。
では、早起きしてこの記事に気づいてしまったあなた。
昼夜逆転で寝付けないあなた。
当日参加も大丈夫な気がしますので、10時から12時の講座です、岸町公民館へ向かいましょう。
それでは。
例に漏れず、準備は大変でしたが、前回の反省もふまえ、今回は早めにしっかり始めたので、寝ることが出来ます(苦笑)。
今回はキュビスムを中心にして、分かりにくい(と思われがちな)感じの絵画について話します。それから、美術鑑賞で僕が1番言いたいこととか、そういうことにも言及できればなぁと。
これまた前回の反省をふまえ、今回はあまり沢山のジャンルをやろうとはせずに、割としぼってじっくりと出来るように準備した…はず。
こないだは、時間に追われまくってしまい、その上初めてだったので頭で色々と整理しながら冷静に話す、という状態ではなかったような気がしますが、今回は大丈夫でしょう。1回経験してしまえばこっちのもんです。この感覚こそが、何かを得られたことの証。
では、早起きしてこの記事に気づいてしまったあなた。
昼夜逆転で寝付けないあなた。
当日参加も大丈夫な気がしますので、10時から12時の講座です、岸町公民館へ向かいましょう。
それでは。
2008/11/07のBlog
[ 23:33 ]
[ 展覧会/ART ]
昨日は、まず日本画木曜会の指導に浦和の公民館へ。
生徒さんに、庭になったという柿を大量にもらう。黄色とオレンジ色が美しく、ハッとした。
きれいだなぁ。
描きたくなるモチーフ。
講座終了後、来週の美術鑑賞講座の確認をちょっとして、上野へ。
アクティヴにいきたく、芸大美術館へ向かい、展覧会を観た。
16世紀や17世紀の西洋美術の素描や版画の展覧会。
タブローではなくこうした習作としてのデッサンなどを沢山観ることができそうなので行ってみた。
会場は空いているし、作品もなかなか良かった。
素描だからこそ色んな場面が描かれている。サササッと描かれているところに、画家の息吹を感じた。
もともと素描は下絵とか習作としての位置づけだったが、徐々にコレクションされ始め、買い手があらわれた。初めは画家が自作のヒントや資料、或は模写の練習的な意味合いからコレクションしたのだが、その後、所謂コレクターにも素描を集める人々が現れ、下絵的なポジションから一つの美術品としての位置づけへとなっていったらしい。
観ていると、たしかにコレクションしたくなる気持ちがわかる。
小さな紙に、ラフに描いた風景。
こんな風に、常にアンテナを張り巡らせたいと思った。
たかが素描といえど、侮るなかれ。
力を抜かずに、しっかり構成されている。モノトーンのコントラストが美しい。
タブローと違い、ガチガチな感じがせず、フッとリラックスしたようなデッサンを観ていると、素直な視線でそこに描かれた光景を眺めることができる思いがした。
[メモ]
線の巨匠たち アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展
@東京芸術大学大学美術館 (上野)
11月24日まで
生徒さんに、庭になったという柿を大量にもらう。黄色とオレンジ色が美しく、ハッとした。
きれいだなぁ。
描きたくなるモチーフ。
講座終了後、来週の美術鑑賞講座の確認をちょっとして、上野へ。
アクティヴにいきたく、芸大美術館へ向かい、展覧会を観た。
16世紀や17世紀の西洋美術の素描や版画の展覧会。
タブローではなくこうした習作としてのデッサンなどを沢山観ることができそうなので行ってみた。
会場は空いているし、作品もなかなか良かった。
素描だからこそ色んな場面が描かれている。サササッと描かれているところに、画家の息吹を感じた。
もともと素描は下絵とか習作としての位置づけだったが、徐々にコレクションされ始め、買い手があらわれた。初めは画家が自作のヒントや資料、或は模写の練習的な意味合いからコレクションしたのだが、その後、所謂コレクターにも素描を集める人々が現れ、下絵的なポジションから一つの美術品としての位置づけへとなっていったらしい。
観ていると、たしかにコレクションしたくなる気持ちがわかる。
小さな紙に、ラフに描いた風景。
こんな風に、常にアンテナを張り巡らせたいと思った。
たかが素描といえど、侮るなかれ。
力を抜かずに、しっかり構成されている。モノトーンのコントラストが美しい。
タブローと違い、ガチガチな感じがせず、フッとリラックスしたようなデッサンを観ていると、素直な視線でそこに描かれた光景を眺めることができる思いがした。
[メモ]
線の巨匠たち アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展
@東京芸術大学大学美術館 (上野)
11月24日まで
2008/10/31のBlog
[ 23:59 ]
[ 掲示板 ]
[ 21:23 ]
[ 雑記 ]
昨日は、朝の7:30くらいまでスライドやらの準備をして、ギリギリにCD-Rに焼いて、あわててシャワー浴びて身支度して、公民館へと向かいました。
そして、2時間の講義。
日本画講座はもうだいぶ回数も重ね、実技指導は慣れっこになりましたが、今回のように講義形式は初めて。果たして、楽しんでもらえるのだろうか?色んな不安を抱え、本番を迎える。
いやはや、あっと言う間の120分。本当に時間が足りないという印象で。
クールベ→マネ→印象派→セザンヌ→ゴーギャン、が昨日の内容だったのけれど(2時間でよくこれだけの内容をやったと後から思った/笑)、帰り道興奮冷め止まぬ頭で歩きながら回想していると、大事なことを幾つも話忘れたことに気づき。まぁ、次回補おう。
でも、それでも濃密な準備の甲斐があって、エッセンスの詰まった話ができたんじゃないかな、と思う。好評だったようだし。スライドも、100枚以上準備した。
初めての経験と、ハードル。もう覚悟を決め、どんと構えて挑む。
するとその間は、猛スピードで風が頭の中を吹き抜けるような感覚。
全神経が、今この瞬間にフォーカスし、また1つ未知という名の階段を昇れた。
昇れたからこそ見える景色があるし、新たな階段も見つけられるだろう。
そして、2時間の講義。
日本画講座はもうだいぶ回数も重ね、実技指導は慣れっこになりましたが、今回のように講義形式は初めて。果たして、楽しんでもらえるのだろうか?色んな不安を抱え、本番を迎える。
いやはや、あっと言う間の120分。本当に時間が足りないという印象で。
クールベ→マネ→印象派→セザンヌ→ゴーギャン、が昨日の内容だったのけれど(2時間でよくこれだけの内容をやったと後から思った/笑)、帰り道興奮冷め止まぬ頭で歩きながら回想していると、大事なことを幾つも話忘れたことに気づき。まぁ、次回補おう。
でも、それでも濃密な準備の甲斐があって、エッセンスの詰まった話ができたんじゃないかな、と思う。好評だったようだし。スライドも、100枚以上準備した。
初めての経験と、ハードル。もう覚悟を決め、どんと構えて挑む。
するとその間は、猛スピードで風が頭の中を吹き抜けるような感覚。
全神経が、今この瞬間にフォーカスし、また1つ未知という名の階段を昇れた。
昇れたからこそ見える景色があるし、新たな階段も見つけられるだろう。
2008/10/29のBlog
[ 23:59 ]
[ 雑記 ]
ご無沙汰してます。
個展が終わってからも、なんだかんだとやる事があり、わたわたしてます(進行形)。
無事、お礼状は届いたでしょうか?皆様、ご来場ありがとうございました。
お礼状の作業後は、記事にしたように幾つか展覧会へ行き、そして今現在は、明日から始まる例の「美術鑑賞講座」の準備!!これが大変。
とりあえず、第1回目に向けて、印象派やその前後をガリ勉ガリ勉です。
でもまぁ、前々から、美術史を改めて復習したり学習したりしたかったので、そういう意味ではいい機会となっています。
が、一度始めると、絶対こんなにつっこんだとこまで話さないだろう!!というところまでやってしまい、凄い大変(苦笑)。どう考えても、2時間で話し切れないような…。
さっき、ゴーギャンが終わりました。
今日は、国立西洋美術館の常設展を撮影しに上野へも行き、薄暗い中手ブレに注意してパシャリパシャリ。
いやはや、これから、明日実際話す内容のレジュメを作ったり、スライドを用意したりします。
寝られるだろうか……。
あ!まだ、参加間に合うはずです(笑)。
どしどしお越し下さい。10時から12時。浦和の岸町公民館にて。
きっと面白いですよ。お待ちしてまーす。
個展が終わってからも、なんだかんだとやる事があり、わたわたしてます(進行形)。
無事、お礼状は届いたでしょうか?皆様、ご来場ありがとうございました。
お礼状の作業後は、記事にしたように幾つか展覧会へ行き、そして今現在は、明日から始まる例の「美術鑑賞講座」の準備!!これが大変。
とりあえず、第1回目に向けて、印象派やその前後をガリ勉ガリ勉です。
でもまぁ、前々から、美術史を改めて復習したり学習したりしたかったので、そういう意味ではいい機会となっています。
が、一度始めると、絶対こんなにつっこんだとこまで話さないだろう!!というところまでやってしまい、凄い大変(苦笑)。どう考えても、2時間で話し切れないような…。
さっき、ゴーギャンが終わりました。
今日は、国立西洋美術館の常設展を撮影しに上野へも行き、薄暗い中手ブレに注意してパシャリパシャリ。
いやはや、これから、明日実際話す内容のレジュメを作ったり、スライドを用意したりします。
寝られるだろうか……。
あ!まだ、参加間に合うはずです(笑)。
どしどしお越し下さい。10時から12時。浦和の岸町公民館にて。
きっと面白いですよ。お待ちしてまーす。
2008/10/12のBlog
[ 15:49 ]
[ 展覧会/ART ]
記事のアップが遅くなってしまったけれど、実は先週の金曜日、またまた展覧会へ行ってきました。
アルバイト終了後、小雨の中、お礼状用の必要なものを買い物。
その後、あーもう行ってしまえっ!と上野へ向かう。
東京国立博物館で行われている『大琳派展』へ。
アルバイトはずっと立ちっぱなしだし、買い物で相当疲労していたが、もたもたすると明らかに混むのが分かっているので、アクティヴに攻めたのです。
金曜は夜間延長を行っているので20時まで。18:30くらいに到着。
琳派は1970年頃にできた名称で、俵屋宗達を始めとするある一連の流れに基づいた作家たちの呼称。京都を舞台に宗達が活躍した後、尾形光琳や弟の尾形乾山(けんざん)などがその作風を継承し、その後は江戸を舞台に酒井抱一(ほういつ)が更にその流れを継承した。この宗達・光琳・抱一が有名。ただし、この三者はそれぞれ100年くらい活動時期に差があるので、直接指導をしたりされたり、ということはない。
金や銀をを用いた、装飾的な画面が特徴。
会場は、夜間開館にも関わらず混んでいた。さすが琳派。みんな大好きだ。これが日中だったら、どんなに凄い人だろう…。なぜ混むか?やっぱり分かり易いから、というのが少なからず理由としてあるでしょう。印象派と同じです。知識無く見れる。単純に「綺麗」という世界。
今回は、書や工芸品を作り宗達とコラボした本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)、宗達、光琳、乾山、抱一、抱一の弟子であった鈴木其一(きいつ)らをメインに展示されている。
見て回ると、まさに「大」琳派というような豪華な展示内容で、かなり見ごたえがあった。
ただ、日本美術の宿命…、あまりに激しい展示替えがある。出品リストはものすごい量の作品が載っているが、複雑な展示替え故、実際に観られるのは半分くらいだろうか。まぁ、劣化の問題があるから仕方ない。
でも、充分堪能できました。
《風神雷神図屏風》や宗達の《白象図》、光琳の《燕子花図屏風》、抱一の《夏秋草図屏風》など豪華ラインナップ。
でもなんだか見たことある作品が多い気もした。以前の国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造』展では、三人の風神雷神図屏風を同時に見たし、『対決 巨匠たちの日本美術』展もついこないだで、ダブる作品も多い。が、見ようと思って見られるわけではないので、改めて楽しんだ。
やっぱり美しい作品は美しい。菖蒲や朝顔の青など、はっとする。
デフォルメや空間を大胆に残す構図などには、日本人の美意識を見るし、センスの良さに見入ってしまう。
改めて考えてみて、こういった背景の残し方は本当に独特だよなぁ、と思った。わび、さび、の精神やら、静けさや寂しさに美を見出す民族故の画面構成っていうのは確実にある。
うーん、今こうしてタイプしながら考えてみると、ますますそう思ってきた。水墨画なんかの余白の割合とか異常でしょう。でも、雪のついた枝にカラスが止まっているだけの絵で、美しさを感じてしまうのだ。
個人的に1番「おおっ」っとなったのは、鈴木其一の《秋草・月に波図屏風》。かなり小さい屏風なのだが、まず単純に美しかった。草と様々な色の花の響きあい。本当に綺麗。その美しさにぼぉーっとしていたら、裏側から当たっている照明の強さが変わった。それとともに絹本の絵肌には波と月が浮かび上がってくる……。秋草の背景に、うっすらと浮かび上がってきた月と波。…ぶちのめされた。
と、見応えは充分ありました。日中の混みようがどの程度か気になるけれど、作品は素晴らしい。
そういった意味ではオススメです。
ちなみに僕が行った時は、混んでいるとは言ってもかなりじっくり観れました。充分好きなだけ観れる感じだったです。
それにしても、ピカソ展でも言ったけれど、今回も燃えた。なんかね、何でも描いてやるっ!やってやる!という気分が更に盛り上がりました。
大琳派展 ---継承と変奏---
@東京国立博物館・平成館 (上野)
11月16日まで
アルバイト終了後、小雨の中、お礼状用の必要なものを買い物。
その後、あーもう行ってしまえっ!と上野へ向かう。
東京国立博物館で行われている『大琳派展』へ。
アルバイトはずっと立ちっぱなしだし、買い物で相当疲労していたが、もたもたすると明らかに混むのが分かっているので、アクティヴに攻めたのです。
金曜は夜間延長を行っているので20時まで。18:30くらいに到着。
琳派は1970年頃にできた名称で、俵屋宗達を始めとするある一連の流れに基づいた作家たちの呼称。京都を舞台に宗達が活躍した後、尾形光琳や弟の尾形乾山(けんざん)などがその作風を継承し、その後は江戸を舞台に酒井抱一(ほういつ)が更にその流れを継承した。この宗達・光琳・抱一が有名。ただし、この三者はそれぞれ100年くらい活動時期に差があるので、直接指導をしたりされたり、ということはない。
金や銀をを用いた、装飾的な画面が特徴。
会場は、夜間開館にも関わらず混んでいた。さすが琳派。みんな大好きだ。これが日中だったら、どんなに凄い人だろう…。なぜ混むか?やっぱり分かり易いから、というのが少なからず理由としてあるでしょう。印象派と同じです。知識無く見れる。単純に「綺麗」という世界。
今回は、書や工芸品を作り宗達とコラボした本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)、宗達、光琳、乾山、抱一、抱一の弟子であった鈴木其一(きいつ)らをメインに展示されている。
見て回ると、まさに「大」琳派というような豪華な展示内容で、かなり見ごたえがあった。
ただ、日本美術の宿命…、あまりに激しい展示替えがある。出品リストはものすごい量の作品が載っているが、複雑な展示替え故、実際に観られるのは半分くらいだろうか。まぁ、劣化の問題があるから仕方ない。
でも、充分堪能できました。
《風神雷神図屏風》や宗達の《白象図》、光琳の《燕子花図屏風》、抱一の《夏秋草図屏風》など豪華ラインナップ。
でもなんだか見たことある作品が多い気もした。以前の国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造』展では、三人の風神雷神図屏風を同時に見たし、『対決 巨匠たちの日本美術』展もついこないだで、ダブる作品も多い。が、見ようと思って見られるわけではないので、改めて楽しんだ。
やっぱり美しい作品は美しい。菖蒲や朝顔の青など、はっとする。
デフォルメや空間を大胆に残す構図などには、日本人の美意識を見るし、センスの良さに見入ってしまう。
改めて考えてみて、こういった背景の残し方は本当に独特だよなぁ、と思った。わび、さび、の精神やら、静けさや寂しさに美を見出す民族故の画面構成っていうのは確実にある。
うーん、今こうしてタイプしながら考えてみると、ますますそう思ってきた。水墨画なんかの余白の割合とか異常でしょう。でも、雪のついた枝にカラスが止まっているだけの絵で、美しさを感じてしまうのだ。
個人的に1番「おおっ」っとなったのは、鈴木其一の《秋草・月に波図屏風》。かなり小さい屏風なのだが、まず単純に美しかった。草と様々な色の花の響きあい。本当に綺麗。その美しさにぼぉーっとしていたら、裏側から当たっている照明の強さが変わった。それとともに絹本の絵肌には波と月が浮かび上がってくる……。秋草の背景に、うっすらと浮かび上がってきた月と波。…ぶちのめされた。
と、見応えは充分ありました。日中の混みようがどの程度か気になるけれど、作品は素晴らしい。
そういった意味ではオススメです。
ちなみに僕が行った時は、混んでいるとは言ってもかなりじっくり観れました。充分好きなだけ観れる感じだったです。
それにしても、ピカソ展でも言ったけれど、今回も燃えた。なんかね、何でも描いてやるっ!やってやる!という気分が更に盛り上がりました。
大琳派展 ---継承と変奏---
@東京国立博物館・平成館 (上野)
11月16日まで
2008/10/08のBlog
[ 19:43 ]
[ 展覧会/ART ]
昨日しくじったが、早速今日リベンジ。
六本木へ行き、2つの美術館で同時開催中のピカソ展を観る。
国立新美術館では『巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡』展が、サントリー美術館では『巨匠ピカソ 魂のポートレート』展が行われている。
国立新美術館では167点、サントリー美術館では58点、と国内最大規模のピカソ展である。これは行かなければ!会期も同じで、まだ始まったばかりだ。
パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)[1881-1973]は、スペイン出身の芸術家。言うまでもなく、あのピカソです。パリへ出てからは、エコール・ド・パリの一員として活躍。貧しい時代は有名な洗濯船に住んだ。ジョルジュ・ブラックと共にキュビスムを完成させたのも誰もが知るところだろう。生涯に7人の愛人、2回の結婚と、恋愛遍歴も豊富で、女性遍歴とともに作風も変化。友人のカサジェマスの自殺を機に、有名な「青の時代」、その後の「薔薇色の時代」などなど、作風はどんどん変化し、周囲の評価が追いつく前にピカソはグングン展開していった。ここが凄いところでしょう。
非常に多作であり、生涯の作品数は90000点とも言われている。
自由に様々な形式を取り入れるピカソは、友人のアトリエへ行くと、その友人はピカソに作風を盗まれるのを恐れ、作品を全て裏返した、というのは有名なエピソード。
《ゲルニカ》や《泣く女》などが有名な作品でしょう。
さて、まずは国立新美術館。『巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡』へ行く。
こちらは、初期から晩年まで、年代順にピカソ作品が並んでいる。絵画に彫刻、立体、版画、写真資料など、豊富な展示量。
会場へ入ると、空いている!!これが何よりありがたかった。展示もゆったりとスペースをとってあり、非常に好印象。
ピカソの作品の変遷を追って鑑賞できるのも良かった。
作品云々より、そのパワーにまずは圧倒される。ここまで徹底的に創作意欲を放出することが凄い。
現実よりも現実的な事を描く、表象にとらわれず本質を描こうとした事。そういった格闘の歴史がずらりと並ぶ。
時に遊び心を交えながらも、「創造的とは」ということをズドンと教えられる。
六本木へ行き、2つの美術館で同時開催中のピカソ展を観る。
国立新美術館では『巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡』展が、サントリー美術館では『巨匠ピカソ 魂のポートレート』展が行われている。
国立新美術館では167点、サントリー美術館では58点、と国内最大規模のピカソ展である。これは行かなければ!会期も同じで、まだ始まったばかりだ。
パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)[1881-1973]は、スペイン出身の芸術家。言うまでもなく、あのピカソです。パリへ出てからは、エコール・ド・パリの一員として活躍。貧しい時代は有名な洗濯船に住んだ。ジョルジュ・ブラックと共にキュビスムを完成させたのも誰もが知るところだろう。生涯に7人の愛人、2回の結婚と、恋愛遍歴も豊富で、女性遍歴とともに作風も変化。友人のカサジェマスの自殺を機に、有名な「青の時代」、その後の「薔薇色の時代」などなど、作風はどんどん変化し、周囲の評価が追いつく前にピカソはグングン展開していった。ここが凄いところでしょう。
非常に多作であり、生涯の作品数は90000点とも言われている。
自由に様々な形式を取り入れるピカソは、友人のアトリエへ行くと、その友人はピカソに作風を盗まれるのを恐れ、作品を全て裏返した、というのは有名なエピソード。
《ゲルニカ》や《泣く女》などが有名な作品でしょう。
さて、まずは国立新美術館。『巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡』へ行く。
こちらは、初期から晩年まで、年代順にピカソ作品が並んでいる。絵画に彫刻、立体、版画、写真資料など、豊富な展示量。
会場へ入ると、空いている!!これが何よりありがたかった。展示もゆったりとスペースをとってあり、非常に好印象。
ピカソの作品の変遷を追って鑑賞できるのも良かった。
作品云々より、そのパワーにまずは圧倒される。ここまで徹底的に創作意欲を放出することが凄い。
現実よりも現実的な事を描く、表象にとらわれず本質を描こうとした事。そういった格闘の歴史がずらりと並ぶ。
時に遊び心を交えながらも、「創造的とは」ということをズドンと教えられる。
一方の、サントリー美術館での『巨匠ピカソ 魂のポートレート』。
こちらは展覧会タイトルが示すように、自画像や肖像画にフォーカスした展覧会で、こういった企画は世界的に見ても珍しいらしい。
こちらもやはり年代順になっており、その移り変わりが分かる。
最初期の、青の時代の自画像も展示されている。これから歩む画家としての人生への確固たる決意のようなものが込められているのだろうか、とても強い作品だった。
ポートレートと言っても、やはりピカソだけあって本当に多様。様々な人物が描かれているが、結局はピカソ自身がそこにはいるように思えた。
最後の《若い画家》という作品は初めて知ったけど、死ぬ前年にこう言った自画像を描いている事に衝撃を受ける。
2会場通じて、本当にめまぐるしい作風の変化。
ピカソのことをこのブログで書く時、何度も引き合いに出しているピカソの言葉だが、そういっためまぐるしい変化であっても、結局は「絵画とは真実を伝えるための嘘である。」ということだろう。
よりその対象に近づくため、よりその対象を伝えるため、表現は表象的なものから離れていくのだ。
分かり難い、とか、下手、とかそういったナンセンスなことが安易に言われがちだけれど、やはり凄いです。
作品の前に立つと、ふと「あ…こうだよね」となる瞬間がある。それは作品から漂った匂いによって、鑑賞者が1つリアリティを得たのだろう。
描くことにおいて、本当に伝えようと思ったなら、どうやらフォルムや色などは形を変え、
新たな言語として定着されるらしい。そう、この言語の獲得が重要なのだ。そして、ピカソは多彩な言語を喋り得た。
芸術において、愛が如何に大きな影響を与えるか、ということを最も教えてくれる画家。
そして、その愛も含め、作品に自分の人生が多いに反映した画家。
そのことが確認できる展示じゃないだろうか。
両展覧会とも、パリ国立ピカソ美術館のコレクションからの出品であり、かなり有名な作品も多数あって、充実した展示だった。「おお!これか!」と何度かなることだと思います。
とにかくエネルギーが凄い。
ピカソというネームバリューに負けない展覧会だと思いました。何故か混んではいないので、今のうちに。おススメです。
いやぁ、なんだか燃えてきた!
・参考として、UTによる「キュビスム」講座
[メモ]
巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡
@国立新美術館 (六本木)
12月14日まで
巨匠ピカソ 魂のポートレート
@サントリー美術館 (六本木)
12月14日まで
展覧会ホームページ
こちらは展覧会タイトルが示すように、自画像や肖像画にフォーカスした展覧会で、こういった企画は世界的に見ても珍しいらしい。
こちらもやはり年代順になっており、その移り変わりが分かる。
最初期の、青の時代の自画像も展示されている。これから歩む画家としての人生への確固たる決意のようなものが込められているのだろうか、とても強い作品だった。
ポートレートと言っても、やはりピカソだけあって本当に多様。様々な人物が描かれているが、結局はピカソ自身がそこにはいるように思えた。
最後の《若い画家》という作品は初めて知ったけど、死ぬ前年にこう言った自画像を描いている事に衝撃を受ける。
2会場通じて、本当にめまぐるしい作風の変化。
ピカソのことをこのブログで書く時、何度も引き合いに出しているピカソの言葉だが、そういっためまぐるしい変化であっても、結局は「絵画とは真実を伝えるための嘘である。」ということだろう。
よりその対象に近づくため、よりその対象を伝えるため、表現は表象的なものから離れていくのだ。
分かり難い、とか、下手、とかそういったナンセンスなことが安易に言われがちだけれど、やはり凄いです。
作品の前に立つと、ふと「あ…こうだよね」となる瞬間がある。それは作品から漂った匂いによって、鑑賞者が1つリアリティを得たのだろう。
描くことにおいて、本当に伝えようと思ったなら、どうやらフォルムや色などは形を変え、
新たな言語として定着されるらしい。そう、この言語の獲得が重要なのだ。そして、ピカソは多彩な言語を喋り得た。
芸術において、愛が如何に大きな影響を与えるか、ということを最も教えてくれる画家。
そして、その愛も含め、作品に自分の人生が多いに反映した画家。
そのことが確認できる展示じゃないだろうか。
両展覧会とも、パリ国立ピカソ美術館のコレクションからの出品であり、かなり有名な作品も多数あって、充実した展示だった。「おお!これか!」と何度かなることだと思います。
とにかくエネルギーが凄い。
ピカソというネームバリューに負けない展覧会だと思いました。何故か混んではいないので、今のうちに。おススメです。
いやぁ、なんだか燃えてきた!
・参考として、UTによる「キュビスム」講座
[メモ]
巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡
@国立新美術館 (六本木)
12月14日まで
巨匠ピカソ 魂のポートレート
@サントリー美術館 (六本木)
12月14日まで
展覧会ホームページ
2008/10/07のBlog
[ 23:27 ]
[ 展覧会/ART ]
個展も終わったし、ガンガン展覧会へ行こう、と思い、初めは、六本木へ行った。
僕とした事が……。国立新美術館もサントリー美術館も休館日…。打ちのめされる。
どっと疲労と気力減退だったが、なんとか上野へ。
国立西洋美術館で、まだ始まって間もない『ヴィルヘルム・ハンマースホイ』展を観た。
この展覧会も、行くつもりではいたので。でも、大きなタイムロス。
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershoi)[1864-1916]は、デンマークの画家。生前は北欧を代表する画家だったようだが、没後忘れ去られた。日本での知名度も無いだろう。実際、僕も知らなかった。喉頭癌を患い、52歳で死去。
知らない画家だったので、知識はチラシぐらいのものだった。六本木事件の後なので、ヘロヘロな感じで展示室へ入ったが、作品の良さに徐々に機嫌が直る。
作品は緻密で、とても写実的。ただし、日本の団体展なんかでもてはやされている写実とは一線を画す。
会場でも「北欧の象徴主義を代表する重要な画家」と書いてあったように、その作品からは様々な連想が膨らみ、グイと絵の中へ惹き込まれた。
大きくわけて、肖像画、風景画、そして室内画。
全てに共通するのは、しんと静まり返った静謐さだった。
展示は、序盤が良い。圧倒的に序盤。
どの作品にも寂しさが溢れる。風景画なんかは、普通は題材として選ばないであろう光景が描かれている。木が2本あるだけ。丘が描かれているだけ。でもそれが、不思議な魅力を持った作品として成り立っていた。
或いは、街角を描いた作品。本来、人通りの多い賑わっている場所のはずらしいのだが、人間は1人も描かれていない。独特のモノクロームに近い色彩も相まって、不思議な情感が漂う。クノップフのブリュージュを描いたデッサンを思いだした。分かる人には、これで雰囲気が伝わるのではないだろうか。
人物画や室内画の多くは、モデルが妻のイーダである。そして、大きな特徴は、背を向けた作品が多いという事だ。背を向けていない作品であっても、画中の人物は、鑑賞者へなんら興味を持っていない。淡々と、そこに、いる…。特に室内画においては、こういった独特の構図と、その静謐な描写によって、本当に静かな印象を受ける。「しーん」という音だけが聞こえる。無音の音。
独特の湿ったような空気が漂っているので、より一層メランコリーを引き立てるのだろう。
結婚前のイーダを描いた肖像画は、詩人のリルケがその作品を観て、ハンマースホイに会いに、わざわざコペンハーゲンへ訪ねて来たらしい。
展示の中盤を過ぎると、確かに作品の質は相変わらず良いのだが、退屈になってくる。
どうしようもない心理的距離感。繰り返される室内。さーっと流すように観た。
ハンマースホイに影響を受けた2人の画家の作品が展示されている部屋があった。
ここまでハンマースホイしてしまっているとは…、とビックリ。
北欧の芸術がヨーロッパより遅れ、あまり巨匠などが育っていない理由を目の当たりにした気がする。
遠くにあって永遠に入れない室内へと誘われる、という不思議な感覚。
魅力的な風景。
その点においては、確かに一見の価値があると思います。最後まで観て、なんら展開してこない作風などに疲れてくるのはご愛嬌としましょう。
何より、空いてますよ。
[メモ]
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情
@国立西洋美術館 (上野)
12月7日まで
僕とした事が……。国立新美術館もサントリー美術館も休館日…。打ちのめされる。
どっと疲労と気力減退だったが、なんとか上野へ。
国立西洋美術館で、まだ始まって間もない『ヴィルヘルム・ハンマースホイ』展を観た。
この展覧会も、行くつもりではいたので。でも、大きなタイムロス。
ヴィルヘルム・ハンマースホイ(Vilhelm Hammershoi)[1864-1916]は、デンマークの画家。生前は北欧を代表する画家だったようだが、没後忘れ去られた。日本での知名度も無いだろう。実際、僕も知らなかった。喉頭癌を患い、52歳で死去。
知らない画家だったので、知識はチラシぐらいのものだった。六本木事件の後なので、ヘロヘロな感じで展示室へ入ったが、作品の良さに徐々に機嫌が直る。
作品は緻密で、とても写実的。ただし、日本の団体展なんかでもてはやされている写実とは一線を画す。
会場でも「北欧の象徴主義を代表する重要な画家」と書いてあったように、その作品からは様々な連想が膨らみ、グイと絵の中へ惹き込まれた。
大きくわけて、肖像画、風景画、そして室内画。
全てに共通するのは、しんと静まり返った静謐さだった。
展示は、序盤が良い。圧倒的に序盤。
どの作品にも寂しさが溢れる。風景画なんかは、普通は題材として選ばないであろう光景が描かれている。木が2本あるだけ。丘が描かれているだけ。でもそれが、不思議な魅力を持った作品として成り立っていた。
或いは、街角を描いた作品。本来、人通りの多い賑わっている場所のはずらしいのだが、人間は1人も描かれていない。独特のモノクロームに近い色彩も相まって、不思議な情感が漂う。クノップフのブリュージュを描いたデッサンを思いだした。分かる人には、これで雰囲気が伝わるのではないだろうか。
人物画や室内画の多くは、モデルが妻のイーダである。そして、大きな特徴は、背を向けた作品が多いという事だ。背を向けていない作品であっても、画中の人物は、鑑賞者へなんら興味を持っていない。淡々と、そこに、いる…。特に室内画においては、こういった独特の構図と、その静謐な描写によって、本当に静かな印象を受ける。「しーん」という音だけが聞こえる。無音の音。
独特の湿ったような空気が漂っているので、より一層メランコリーを引き立てるのだろう。
結婚前のイーダを描いた肖像画は、詩人のリルケがその作品を観て、ハンマースホイに会いに、わざわざコペンハーゲンへ訪ねて来たらしい。
展示の中盤を過ぎると、確かに作品の質は相変わらず良いのだが、退屈になってくる。
どうしようもない心理的距離感。繰り返される室内。さーっと流すように観た。
ハンマースホイに影響を受けた2人の画家の作品が展示されている部屋があった。
ここまでハンマースホイしてしまっているとは…、とビックリ。
北欧の芸術がヨーロッパより遅れ、あまり巨匠などが育っていない理由を目の当たりにした気がする。
遠くにあって永遠に入れない室内へと誘われる、という不思議な感覚。
魅力的な風景。
その点においては、確かに一見の価値があると思います。最後まで観て、なんら展開してこない作風などに疲れてくるのはご愛嬌としましょう。
何より、空いてますよ。
[メモ]
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情
@国立西洋美術館 (上野)
12月7日まで
2008/10/06のBlog
[ 21:36 ]
[ UTの個展など ]
この扉をくぐれば、そこは僕の作品の世界でした。
応援して下さった方々、ありがとうございました。
先週行われた僕の個展『加藤雄太展---記憶と時間を巡って』が、無事終了しました。
今回も、本当にたくさんの人が来てくれて、盛況だったと思います。ご来場頂いた方々、どうもありがとうございました。
応援して下さった方々、ありがとうございました。
先週行われた僕の個展『加藤雄太展---記憶と時間を巡って』が、無事終了しました。
今回も、本当にたくさんの人が来てくれて、盛況だったと思います。ご来場頂いた方々、どうもありがとうございました。
今回も、個展の様子を少しばかりアップしようと思います。
やはり、こうして発表するという事は大きな意味を持ちます。
意味とは何かといちいち列挙はしませんが、それを強く実感しました。
1つ言えば、自分が「深化」するために、大いに力になるという事。毎回そのことを思います。
やはり、こうして発表するという事は大きな意味を持ちます。
意味とは何かといちいち列挙はしませんが、それを強く実感しました。
1つ言えば、自分が「深化」するために、大いに力になるという事。毎回そのことを思います。
そのようにやる気が起こるとともに、会場にいて、刻々と時間が過ぎていくと、ああ、なんという広大な世界に立ち向かっているのだろう…、この大海に飲み込まれないだろうか…、という一抹の不安も感じるというのも事実です。
しかし、僕は漕いでいくしかないんだな。
櫂を握りしめて。小さな船で。
今一度、気合いを入れます。
しかし、僕は漕いでいくしかないんだな。
櫂を握りしめて。小さな船で。
今一度、気合いを入れます。
今回も、Blogという現代ならでわの縁で、何人かの方が来てくれました。
栗坊さんが記事を書いて下さったので、リンクをはらせて頂きます。ありがとうございました。
以前も言ったけれど、やはりこうして画像で見るだけでなく、実際に見て欲しいなぁ。あの感触は実際に見ないとなかなか分からないだろうと思います。
たぶん、行かれた方は、僕がこう言う理由が分かるんじゃないでしょうか?
いやぁ…、本当に良い個展だった(しみじみ)。
色々と感じた事とかは、思いだす度に少しずつ書いていきましょう。
今後も突き進みます!やりますよ!ええ!
乞うご期待!
栗坊さんが記事を書いて下さったので、リンクをはらせて頂きます。ありがとうございました。
以前も言ったけれど、やはりこうして画像で見るだけでなく、実際に見て欲しいなぁ。あの感触は実際に見ないとなかなか分からないだろうと思います。
たぶん、行かれた方は、僕がこう言う理由が分かるんじゃないでしょうか?
いやぁ…、本当に良い個展だった(しみじみ)。
色々と感じた事とかは、思いだす度に少しずつ書いていきましょう。
今後も突き進みます!やりますよ!ええ!
乞うご期待!
2008/10/02のBlog
[ 23:14 ]
[ UTの個展など ]