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2005/04/09のBlog
[ 22:01 ]
[ 食料の自給 ]
テレビで、山崎製パンの「国産小麦100%食パン」のコマーシャルを見た。
小麦はたんぱく質の含有量により、硬質小麦、中質小麦、軟質小麦に分類され、それぞれ用途が決まっている。パンに使われるのは硬質小麦で、ほとんどが輸入である。日本で生産されている代表的な小麦は「ホクシン」といい、中質小麦であり、パンに用いられることは少ない。国産の小麦100%で食パンが作られるようになったのは、パン生地改良材の臭素酸カリウムの安全性が確認され、使用できるようになったためだそうだ。
今までも、国産の小麦を使った食パンはあったが、国産100%のものはなかった。まさに快挙である。コマーシャルは好奇心を激しく沸き立たせ、ぜひ食べてみたいと思った。仕事の帰りに、駅前の3箇所のスーパーに寄ってみたが見当たらず、担当者に聞いてみても反応は今ひとつだった。下車駅での5軒目のスーパーに「国産小麦食パン」のディスプレーがあったが、パンはすでに売り切れていた。少なくともここなら手に入ることが確認できただけでも収穫があったと、納得することにした。
しかし、スーパーだけでなく、コンビニでもパンを売っていることに気づき、帰り道にあるコンビニに寄ってみた。3軒目のコンビニで、「国産小麦食パン」の文字が飛び込んできた。トーストされたパンと小麦の絵が印刷された袋に入った食パンが一つだけ置かれており、ようやく努力は報われた
トーストして何もつけずに食べてみた。サクサクとした食感は、包装の記載どおりでおいしいと思った。でも私の味覚は当てにならない。妻からは、料理の評価はけしてしないように強く言い渡されている。その程度の味覚なので、皆さん自身で確かめてほしいが、国産小麦100%の食パンの出現は大歓迎である。
日本における麦の栽培の歴史は古く、弥生時代の遺跡からその痕跡が確認されているそうだ。日本の小麦の年間消費量は約630万トンで、その86%が輸入である。小麦の用途はパンや麺、お菓子と多岐にわたるが、国産の小麦は麺に5割、菓子や味噌・醤油で4割が利用されている。国は小麦の振興を進めているが、パンにも利用できれば需要は拡大し振興に弾みがつくことになる。
食料自給率がわずか40%と低い日本、洋風化した食生活に生産サイドが対応できなかったのも原因の一つである。食生活を変え、米を食べれば自給率は上がるが、日々の食生活を変えるのは至難の業。幸いにして、「国産小麦食パン」の販売は好調のようであり、原料の価格面での課題もあるが、メーカーでは増産を検討しているとのこと。他のメーカーも参入し国産小麦を使った食パンが大きく育てば自給率の向上にも貢献することにもなる。これからも、できるかぎり「国産小麦食パン」を食べようと思う。
小麦はたんぱく質の含有量により、硬質小麦、中質小麦、軟質小麦に分類され、それぞれ用途が決まっている。パンに使われるのは硬質小麦で、ほとんどが輸入である。日本で生産されている代表的な小麦は「ホクシン」といい、中質小麦であり、パンに用いられることは少ない。国産の小麦100%で食パンが作られるようになったのは、パン生地改良材の臭素酸カリウムの安全性が確認され、使用できるようになったためだそうだ。
今までも、国産の小麦を使った食パンはあったが、国産100%のものはなかった。まさに快挙である。コマーシャルは好奇心を激しく沸き立たせ、ぜひ食べてみたいと思った。仕事の帰りに、駅前の3箇所のスーパーに寄ってみたが見当たらず、担当者に聞いてみても反応は今ひとつだった。下車駅での5軒目のスーパーに「国産小麦食パン」のディスプレーがあったが、パンはすでに売り切れていた。少なくともここなら手に入ることが確認できただけでも収穫があったと、納得することにした。
しかし、スーパーだけでなく、コンビニでもパンを売っていることに気づき、帰り道にあるコンビニに寄ってみた。3軒目のコンビニで、「国産小麦食パン」の文字が飛び込んできた。トーストされたパンと小麦の絵が印刷された袋に入った食パンが一つだけ置かれており、ようやく努力は報われた
トーストして何もつけずに食べてみた。サクサクとした食感は、包装の記載どおりでおいしいと思った。でも私の味覚は当てにならない。妻からは、料理の評価はけしてしないように強く言い渡されている。その程度の味覚なので、皆さん自身で確かめてほしいが、国産小麦100%の食パンの出現は大歓迎である。
日本における麦の栽培の歴史は古く、弥生時代の遺跡からその痕跡が確認されているそうだ。日本の小麦の年間消費量は約630万トンで、その86%が輸入である。小麦の用途はパンや麺、お菓子と多岐にわたるが、国産の小麦は麺に5割、菓子や味噌・醤油で4割が利用されている。国は小麦の振興を進めているが、パンにも利用できれば需要は拡大し振興に弾みがつくことになる。
食料自給率がわずか40%と低い日本、洋風化した食生活に生産サイドが対応できなかったのも原因の一つである。食生活を変え、米を食べれば自給率は上がるが、日々の食生活を変えるのは至難の業。幸いにして、「国産小麦食パン」の販売は好調のようであり、原料の価格面での課題もあるが、メーカーでは増産を検討しているとのこと。他のメーカーも参入し国産小麦を使った食パンが大きく育てば自給率の向上にも貢献することにもなる。これからも、できるかぎり「国産小麦食パン」を食べようと思う。
春夏秋冬―6
モンシロチョウ
世界中に分布する典型的なシロチョウで,日本全国にふつうにみられる。翅の開張は5cm前後。春型は小さく,雄は雌より小さい。前翅に黒い紋があるシロチョウなのでモンシロチョウの名がある。日本には縄文時代の終りに,農耕を営む人々によってアジア大陸から栽培植物とともにもたらされたとする説が有力である。林にはすまず,明るい畑地や荒地を好む。
「ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉に とまれ 菜の葉に あいたら 桜にとまれ 」、小学唱歌の蝶はモンシロチョウと思われる。食草も野草より、菜(ナタネ、キャベツ、などのアブラナ科の植物)の葉を好み、歌のとおり菜の葉に止まり卵を産む。
家庭菜園でキャベツなどのアブラナ科の野菜を作ると、ある日突然穴だらけの野菜に気づき、葉を調べると緑色の虫が見つかる。モンシロチョウの幼虫である。蛹で越冬し,年に少なくとも3回は発生する。春の季節指標の一つとして初見の記録が報告されるが、最近、市街地ではスジグロシロチョウが増えてきている。
モンシロチョウ
世界中に分布する典型的なシロチョウで,日本全国にふつうにみられる。翅の開張は5cm前後。春型は小さく,雄は雌より小さい。前翅に黒い紋があるシロチョウなのでモンシロチョウの名がある。日本には縄文時代の終りに,農耕を営む人々によってアジア大陸から栽培植物とともにもたらされたとする説が有力である。林にはすまず,明るい畑地や荒地を好む。
「ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉に とまれ 菜の葉に あいたら 桜にとまれ 」、小学唱歌の蝶はモンシロチョウと思われる。食草も野草より、菜(ナタネ、キャベツ、などのアブラナ科の植物)の葉を好み、歌のとおり菜の葉に止まり卵を産む。
家庭菜園でキャベツなどのアブラナ科の野菜を作ると、ある日突然穴だらけの野菜に気づき、葉を調べると緑色の虫が見つかる。モンシロチョウの幼虫である。蛹で越冬し,年に少なくとも3回は発生する。春の季節指標の一つとして初見の記録が報告されるが、最近、市街地ではスジグロシロチョウが増えてきている。
2005/04/03のBlog
[ 20:09 ]
[ 食の安全 ]
遺伝子組み換え作物の栽培を罰則付きで規制する条例が3月24日、北海道議会で可決、成立した。これにより生産者が許可を受けずに組み換え作物を栽培した場合、1年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。岩手、茨城、滋賀など、ガイドラインで組み換え作物の栽培にルールを設けている自治体はあるが、条例で規制するのは全国初だそうだ。
以前、北海道の生産者が組み換え大豆を試験栽培したが、周囲の反対で中止した経緯がある。北海道は野菜や牛乳などの大産地であり、道産の農産物の知名度は高い。組み換え作物の安全性に対する消費者の不安感がぬぐえないなか、栽培農家が現れた場合の道産の農産物への風評被害を懸念し、条例で規制することになった。しかし、遺伝子組み換えの技術に反対しているわけでなく、研究機関による栽培は禁止していない。今回の条例は、あくまでも道産農産物の信頼を保つためのものである。
大豆の消費量の約7割を米国に依存する日本、米国では組み換え大豆の栽培が盛ん、推計で400万トンの組み換え大豆が輸入され、食料や家畜の餌として利用されている。いやおうなしに組み換え作物を利用しているのが現実である。しかし、食品メーカーは消費者の拒絶反応を恐れ、豆腐や納豆などの表示が義務付けられている製品には組み換え大豆を使用していない。
食用油、しょうゆなどは、加工することにより、大豆などの組み換え作物のDNAとタンパク質が除去分解されてしまい判別できないので、組み換え作物の使用を表示しなくても良いことになっている。輸入された組み換え大豆はこれらの商品に使われているが、大豆を使用している表示はあってもそれが、組み換え大豆のであるとの表示はない。違法ではないが、消費者は知らないままに組み換え大豆を口にしているのが現実であり、メーカーの姿勢は疑問に思う。
このように産地や食品メーカーは消費者の反応に神経を尖らせているが、必ずしも拒絶反応だけでない消費者の行動もある。日本生活協同組合連合会は「不分別」と明示して、組み換えナタネを原料としたサラダ油を加盟生協に卸している。不分別サラダ油の販売価格は非組み換えナタネを使った油より3~4割安くなる。そのためか、会員は不分別サラダ油を選択し、組み換えナタネを使っていないサラダ油よりも多く売れているそうである。
表示義務のない油などの製品に、組み換え作物を利用している食品メーカーの対応は不自然だが、北海道の条例と同じ、消費者の反応を危惧したための対策。しかし、一つの事例かもしれないが、問題意識の高い生協の会員でも、価格を優先し、組み換えナタネを使った安いサラダ油を購入し、利用していることをどう受け止めるのか。遺伝子組み換え作物に対する消費者の不安は事実だが、農業・食品産業サイドと消費者の行動はかみ合っていない。さらに、知らない間に組み換え大豆を利用している現実。遺伝子組み換え作物のあり方について、再度考える時期かもしれない。
以前、北海道の生産者が組み換え大豆を試験栽培したが、周囲の反対で中止した経緯がある。北海道は野菜や牛乳などの大産地であり、道産の農産物の知名度は高い。組み換え作物の安全性に対する消費者の不安感がぬぐえないなか、栽培農家が現れた場合の道産の農産物への風評被害を懸念し、条例で規制することになった。しかし、遺伝子組み換えの技術に反対しているわけでなく、研究機関による栽培は禁止していない。今回の条例は、あくまでも道産農産物の信頼を保つためのものである。
大豆の消費量の約7割を米国に依存する日本、米国では組み換え大豆の栽培が盛ん、推計で400万トンの組み換え大豆が輸入され、食料や家畜の餌として利用されている。いやおうなしに組み換え作物を利用しているのが現実である。しかし、食品メーカーは消費者の拒絶反応を恐れ、豆腐や納豆などの表示が義務付けられている製品には組み換え大豆を使用していない。
食用油、しょうゆなどは、加工することにより、大豆などの組み換え作物のDNAとタンパク質が除去分解されてしまい判別できないので、組み換え作物の使用を表示しなくても良いことになっている。輸入された組み換え大豆はこれらの商品に使われているが、大豆を使用している表示はあってもそれが、組み換え大豆のであるとの表示はない。違法ではないが、消費者は知らないままに組み換え大豆を口にしているのが現実であり、メーカーの姿勢は疑問に思う。
このように産地や食品メーカーは消費者の反応に神経を尖らせているが、必ずしも拒絶反応だけでない消費者の行動もある。日本生活協同組合連合会は「不分別」と明示して、組み換えナタネを原料としたサラダ油を加盟生協に卸している。不分別サラダ油の販売価格は非組み換えナタネを使った油より3~4割安くなる。そのためか、会員は不分別サラダ油を選択し、組み換えナタネを使っていないサラダ油よりも多く売れているそうである。
表示義務のない油などの製品に、組み換え作物を利用している食品メーカーの対応は不自然だが、北海道の条例と同じ、消費者の反応を危惧したための対策。しかし、一つの事例かもしれないが、問題意識の高い生協の会員でも、価格を優先し、組み換えナタネを使った安いサラダ油を購入し、利用していることをどう受け止めるのか。遺伝子組み換え作物に対する消費者の不安は事実だが、農業・食品産業サイドと消費者の行動はかみ合っていない。さらに、知らない間に組み換え大豆を利用している現実。遺伝子組み換え作物のあり方について、再度考える時期かもしれない。
春夏秋冬ー5
タンポポ
春の野の花の代表といえるタンポポ、土手や芝地などに生育するキク科のごく身近な植物である。3月の半ばには、茎の先に4センチくらいの大きな黄色の花をつける。夏には地上部が枯れ休眠し,秋に葉を展開し越冬する。タンポポには花の形に著しい地理的変異がある。それぞれの地域でカンサイタンポポ(近畿地方から北九州)、トウカイタンポポ(静岡県)、シナノタンポポ(甲信越地方)、これら三つに挟まれた地域には中間形がみられ,関東地方のカントウタンポポもその一つとされている。
タンポポは人里や野にありふれた草だが、『万葉集』や平安文学に記述はない。江戸時代の『抛入花伝書(なげいればなでんしよ)』には、黄色と白色のタンポポの記述があり、いけ花にも使われていた。また、栽培も行われ、葉をゆがいて、ひたし物やあえ物、汁の具などにして食べたそうだ。
明治10年代にフランスから野菜として輸入されたが、フランスなどでは現在もタンポポは野菜で、改良された品種があるとのことだ。
ハーブのひとつ、ダンディライオンはタンポポで、葉をサラダとして利用するが、苦味もつよく取り立て美味しいものではない、そのうえ、ウドンコ病に極めて弱く一度だけ栽培して止めてしまった。
タンポポ
春の野の花の代表といえるタンポポ、土手や芝地などに生育するキク科のごく身近な植物である。3月の半ばには、茎の先に4センチくらいの大きな黄色の花をつける。夏には地上部が枯れ休眠し,秋に葉を展開し越冬する。タンポポには花の形に著しい地理的変異がある。それぞれの地域でカンサイタンポポ(近畿地方から北九州)、トウカイタンポポ(静岡県)、シナノタンポポ(甲信越地方)、これら三つに挟まれた地域には中間形がみられ,関東地方のカントウタンポポもその一つとされている。
タンポポは人里や野にありふれた草だが、『万葉集』や平安文学に記述はない。江戸時代の『抛入花伝書(なげいればなでんしよ)』には、黄色と白色のタンポポの記述があり、いけ花にも使われていた。また、栽培も行われ、葉をゆがいて、ひたし物やあえ物、汁の具などにして食べたそうだ。
明治10年代にフランスから野菜として輸入されたが、フランスなどでは現在もタンポポは野菜で、改良された品種があるとのことだ。
ハーブのひとつ、ダンディライオンはタンポポで、葉をサラダとして利用するが、苦味もつよく取り立て美味しいものではない、そのうえ、ウドンコ病に極めて弱く一度だけ栽培して止めてしまった。
2005/03/26のBlog
[ 21:42 ]
[ 消費者と生産者の連携 ]
以前紹介した「農本主義」は農業の大切さを示す言葉ですが、その出典とされる「帝範」は皇帝としての心構えを学ぶ唐の時代の教科書です。
その教えは、皇帝として真っ先に考えるのは人々の生活の安泰であり、その人々にとって一番大切なものは食であるから食を作りだす農業を国の本として大切にしなさいとしています。「帝範」の発しているメッセージは農業とともに、食の大切さもあわせて伝えています。「帝範」の教えや、衣食住の言葉のとおり、日々の生活において大きな比重を占めているのが食料です。飽食の時代、ともすれば見失いがちな食ですが、今こそ、食の果たしている役割がいかに重要であるかを再認識し、自分たちの問題として、食料問題の主役は消費者であることをきちんと受け止めるべきです。
食料政策とは国民に食料を安定供給するためにどのような方策を執るかを組み立てることです。食料の確保のためには、農業政策を第一に考えるべきものですが、日本の場合、食料自給率が極めて低く食料の多くを海外に依存しているため、備蓄はもとより、輸入先の分散も重要な課題となります。また、先に紹介した岐阜県の事例のように、外国に産地を育成し、不測時においても確実に食料の輸入が保障されるしくみの構築も必要となります。そして、当然なことですが食の安全もきちんと位置づけることが大切です。
このように食料の視点から考えれば、農業は安定供給のための一つの手段に過ぎませんが、日本の食料政策は農業をベースに組み立てられています。このため、食料問題は生産者の問題として捉えがちです。消費者に軸足を移す施策を展開すると農水省はいっていますが、よって立つところは農業という産業をどのように振興するのかに力点が置かれています。農業は大切なものだけに、国民一人一人が正しく理解する必要があります。そのためにも、農業から食料を考えるのではなく、生活の視点から食料そして農業のあり方を考えることが求められています。
いまや食料はグローバルな連鎖の中おかれ、米国産牛肉の輸入再開が示しているように、政治や経済の力学で動いています。しかし、衣食住の中で、食の意味するものは衣や住と明らかに違い、生きていくための根源のものです。食料の受益者は国民全体であり、消費者が主役です。消費者が食料問題の主役であるならば、農業問題は生産者だけのものではなく自分たちも色濃くかかわっていることが理解できます。そして、農業の受益者は生産者だけでなく消費者も当事者なのです。
農業は産業として、効率面から論じられがちですが、食料の視点から見れば違ったものが見えてきます。消費者は農業を自分たちの問題としてとらえ、生産者と消費者が一緒になってこの問題に対処する必要があります。
その教えは、皇帝として真っ先に考えるのは人々の生活の安泰であり、その人々にとって一番大切なものは食であるから食を作りだす農業を国の本として大切にしなさいとしています。「帝範」の発しているメッセージは農業とともに、食の大切さもあわせて伝えています。「帝範」の教えや、衣食住の言葉のとおり、日々の生活において大きな比重を占めているのが食料です。飽食の時代、ともすれば見失いがちな食ですが、今こそ、食の果たしている役割がいかに重要であるかを再認識し、自分たちの問題として、食料問題の主役は消費者であることをきちんと受け止めるべきです。
食料政策とは国民に食料を安定供給するためにどのような方策を執るかを組み立てることです。食料の確保のためには、農業政策を第一に考えるべきものですが、日本の場合、食料自給率が極めて低く食料の多くを海外に依存しているため、備蓄はもとより、輸入先の分散も重要な課題となります。また、先に紹介した岐阜県の事例のように、外国に産地を育成し、不測時においても確実に食料の輸入が保障されるしくみの構築も必要となります。そして、当然なことですが食の安全もきちんと位置づけることが大切です。
このように食料の視点から考えれば、農業は安定供給のための一つの手段に過ぎませんが、日本の食料政策は農業をベースに組み立てられています。このため、食料問題は生産者の問題として捉えがちです。消費者に軸足を移す施策を展開すると農水省はいっていますが、よって立つところは農業という産業をどのように振興するのかに力点が置かれています。農業は大切なものだけに、国民一人一人が正しく理解する必要があります。そのためにも、農業から食料を考えるのではなく、生活の視点から食料そして農業のあり方を考えることが求められています。
いまや食料はグローバルな連鎖の中おかれ、米国産牛肉の輸入再開が示しているように、政治や経済の力学で動いています。しかし、衣食住の中で、食の意味するものは衣や住と明らかに違い、生きていくための根源のものです。食料の受益者は国民全体であり、消費者が主役です。消費者が食料問題の主役であるならば、農業問題は生産者だけのものではなく自分たちも色濃くかかわっていることが理解できます。そして、農業の受益者は生産者だけでなく消費者も当事者なのです。
農業は産業として、効率面から論じられがちですが、食料の視点から見れば違ったものが見えてきます。消費者は農業を自分たちの問題としてとらえ、生産者と消費者が一緒になってこの問題に対処する必要があります。
2005/03/19のBlog
[ 10:06 ]
[ 食の安全 ]
3月9日夜の日米首脳電話会談で、ブッシュ大統領から米国産牛肉の輸入再開について早急に実現するよう要請があり、小泉首相は「日米関係を害しないよう努力する」と答えたという。昨日来日したライス米国務長官も牛肉の輸入再開は重要課題との認識を示し交渉に入るそうだ。
米国の02年の農産物販売価格は約20兆25百億である。うち牛肉は4兆99百億で、生産量は871万トンとなっている。全体の9%、78万トンが輸出されるが、米国は牛肉の消費大国のためカナダなどから102万トンの牛肉を輸入している。
米国はカナダから牛肉と生体を輸入しているが、03年5月カナダでBSEが発生してから輸入を禁止している。今回、米国政府は安全措置が整ったとしてカナダ産の牛の輸入を再開する政府案を提出した。食肉処理業者は輸入再開を望んでいるが、子牛生産農家は競争相手のカナダ産の牛がいなくなったため価格上昇の恩恵を受けているので再開には反対である。業界全体では自らの市場を閉ざしたまま日本や韓国に輸入再開を求めても説得力がないと判断し政府の解禁方針を支持したが、提案された輸入再開案は上院では否決され、カナダ産の牛に対する安全性が疑問視された形となった。
米国にとって日本は牛肉の最大の輸出先で24万トン、1千億円であるが、米国でのBSEの発生を受けて、日本は03年12月から米国産牛肉の輸入を禁止している。ここにきて牛肉輸入を早急に再開しなければ対日制裁も辞さないと、米議会で日本に米国産牛肉の輸入再開を求める強硬論が一段と高まってきた。仮に、制裁発動を求める決議案を提出し可決されても法的拘束力はない。しかし、米議会の強い決意を示すもので、日本と交渉を続けているブッシュ政権に一段と圧力が高まるものになると新聞は報じている。
米国産の牛肉の輸入再開は、政治と経済の力学で動いており、政府の対応が注目されるが、食の安全に関することであり科学的根拠に基づいた判断をするべきである。その鍵を握る、食品安全委員会のプリオン専門調査会は11日会合を開き、国内対策の見直しで検査を緩和しても牛肉の危険度はほとんど変わらないという評価でほぼ一致し、4月下旬にも正式な答申書を提出する様子だ。
食品安全委員会は、BSEの発生をきっかけに設けられたもので、あらゆる食品の安全性を評価する機関で、高い独立性を保ち調査や勧告で強い権限が与えられている。今回の案件は委員会が本当に国民の信頼を得ることができる機関なのかが問われるもので、まさに正念場であり審議を尽くし納得のできる答えを出してもらいたい。
米国の牛肉問題を見るまでもなく、経済のグローバル化が進むなか、食料である農産物は政治や経済の視点から扱われがちである。国際化や経済の波に翻弄されている日本の農業が将来ともに健全な姿で存続するためには、経済の物差しだけでない基準を生産者と消費者が構築することであり、それは相互の信頼と責任の上に成り立つものである。
追記
毎週、土度曜日の書き込みを変更します。次回からは変則となりますが引き続き宜しくお願いいたします。
米国の02年の農産物販売価格は約20兆25百億である。うち牛肉は4兆99百億で、生産量は871万トンとなっている。全体の9%、78万トンが輸出されるが、米国は牛肉の消費大国のためカナダなどから102万トンの牛肉を輸入している。
米国はカナダから牛肉と生体を輸入しているが、03年5月カナダでBSEが発生してから輸入を禁止している。今回、米国政府は安全措置が整ったとしてカナダ産の牛の輸入を再開する政府案を提出した。食肉処理業者は輸入再開を望んでいるが、子牛生産農家は競争相手のカナダ産の牛がいなくなったため価格上昇の恩恵を受けているので再開には反対である。業界全体では自らの市場を閉ざしたまま日本や韓国に輸入再開を求めても説得力がないと判断し政府の解禁方針を支持したが、提案された輸入再開案は上院では否決され、カナダ産の牛に対する安全性が疑問視された形となった。
米国にとって日本は牛肉の最大の輸出先で24万トン、1千億円であるが、米国でのBSEの発生を受けて、日本は03年12月から米国産牛肉の輸入を禁止している。ここにきて牛肉輸入を早急に再開しなければ対日制裁も辞さないと、米議会で日本に米国産牛肉の輸入再開を求める強硬論が一段と高まってきた。仮に、制裁発動を求める決議案を提出し可決されても法的拘束力はない。しかし、米議会の強い決意を示すもので、日本と交渉を続けているブッシュ政権に一段と圧力が高まるものになると新聞は報じている。
米国産の牛肉の輸入再開は、政治と経済の力学で動いており、政府の対応が注目されるが、食の安全に関することであり科学的根拠に基づいた判断をするべきである。その鍵を握る、食品安全委員会のプリオン専門調査会は11日会合を開き、国内対策の見直しで検査を緩和しても牛肉の危険度はほとんど変わらないという評価でほぼ一致し、4月下旬にも正式な答申書を提出する様子だ。
食品安全委員会は、BSEの発生をきっかけに設けられたもので、あらゆる食品の安全性を評価する機関で、高い独立性を保ち調査や勧告で強い権限が与えられている。今回の案件は委員会が本当に国民の信頼を得ることができる機関なのかが問われるもので、まさに正念場であり審議を尽くし納得のできる答えを出してもらいたい。
米国の牛肉問題を見るまでもなく、経済のグローバル化が進むなか、食料である農産物は政治や経済の視点から扱われがちである。国際化や経済の波に翻弄されている日本の農業が将来ともに健全な姿で存続するためには、経済の物差しだけでない基準を生産者と消費者が構築することであり、それは相互の信頼と責任の上に成り立つものである。
追記
毎週、土度曜日の書き込みを変更します。次回からは変則となりますが引き続き宜しくお願いいたします。
春夏秋冬ー3
ホトケノザ
お彼岸である。暑さ寒さも彼岸まで。立春は暦だけのものだが、お彼岸は明らかに違い、春を肌で感じる季節である。春分・秋分を中日として,その前後おのおの3日にわたる1週間を、お彼岸という。お寺に参詣し,説法を聴き,墓参をするが、このような習俗はインドや,中国にもみられず,日本独特のものだそうだ。
ホトケノザは春の彼岸ごろ、畑や道端に普通にみられるシソ科の越年雑草。茎は基部で分枝し,数本立ち上がって,高さ10~30cm,葉は対生し,茎の下部にあるものは葉柄があるが,上部のものは葉柄がない。相対して車座に茎をとりかこむようにつく葉の状態を仏座に見立てホトケノザの名となった。4~6月ころに約2cm弱の紅紫色で細長い筒をもった唇形花をつける。葉が数段になるので一名サンガイグサ(三階草)とも呼ばれる。小さく地味な花だが、よく見ると美しく、逆行では一段と輝きを増す。春の七草にいうホトケノザは,タビラコをさすといわれる。
ホトケノザ
お彼岸である。暑さ寒さも彼岸まで。立春は暦だけのものだが、お彼岸は明らかに違い、春を肌で感じる季節である。春分・秋分を中日として,その前後おのおの3日にわたる1週間を、お彼岸という。お寺に参詣し,説法を聴き,墓参をするが、このような習俗はインドや,中国にもみられず,日本独特のものだそうだ。
ホトケノザは春の彼岸ごろ、畑や道端に普通にみられるシソ科の越年雑草。茎は基部で分枝し,数本立ち上がって,高さ10~30cm,葉は対生し,茎の下部にあるものは葉柄があるが,上部のものは葉柄がない。相対して車座に茎をとりかこむようにつく葉の状態を仏座に見立てホトケノザの名となった。4~6月ころに約2cm弱の紅紫色で細長い筒をもった唇形花をつける。葉が数段になるので一名サンガイグサ(三階草)とも呼ばれる。小さく地味な花だが、よく見ると美しく、逆行では一段と輝きを増す。春の七草にいうホトケノザは,タビラコをさすといわれる。
2005/03/12のBlog
[ 09:08 ]
枯葉を押し上げ、フキノトウが頭を出している。今年も出会えたことに感謝し、春の前触れを手で確かめ摘み取る。てんぷらが一番だが、細かく刻んだ酢味噌あえも捨てがたい。てんぷらを塩コショウで食べる。ほろ苦さが口の中に広がる。じっくりと味わい春が近いことを確かめ、フキノトウを肴に友人と酒を酌み交わす。友が言う、最高の贅沢だね。
野菜や果物に、季節がなくなり、あらゆる野菜や果物がいつでも手に入る。フキノトウ、タラノメなどの山菜までが促成栽培され、真冬なのに店頭に出回る。便利になったが、これでいいのかと考えることがある。
季節に先駆けて、野菜や果物を賞味したいという願望は今に始まったことではない。それに応えるため、昔の人たちは身のまわりの資材を駆使して、少しでも早く収穫する栽培技術の開発に取り組んだ。温度を確保するために温床を工夫し、被覆資材に油紙やコモを利用した。このような先人たちの様々な工夫は季節を越え野菜の供給を可能にしたが、1953年に塩化ビニル,55年にポリエチレンフィルムが、ハウスやトンネルに利用されるようになって、その技術はより確かなものとなった。
日本における野菜の促成栽培は,17世紀の初めに静岡県の三保(清水市)で始まったといわれている。江戸近郊では18世紀末に砂村(江東区)でごみを利用した温床を作り,季節に先立ち4月から5月にかけて,ナス,キュウリ,インゲンマメなどを出荷したが,生産されたナスは親指大程度のものであったそうだ。
目には青葉山ほととぎす初鰹、まさに旬を表す言葉である。旬の食べ物は美味しく栄養価も優れるが、新緑、ほととぎす、初鰹のかもし出すハーモニー効果が大きく、初鰹も山の緑やほととぎすがあって初めて旬の意味を持つ。
しかし、そのバックグランドも変化している。冬にアイスクリームやビールがうまいのも、暖房の聞いた部屋だからである。バックグランドである生活様式が変化することにより、新たなニーズも生まれる。そして、ニーズがあればこれに応え生産サイドが農産物を供給するのは自然のこと。
好むと好まざるとに関わらず、季節を越えた農産物が市場に出回っているのが現実である。便利になり、豊かになった反面、失ったものもある今日の食生活に対し、どのように向き合うのかは一人一人が判断することであろう。
旬にとことんこだわるのか、季節を先取りするのか、あるいはそれらをケースバイケースで取り入れるのか、あなたはどのような食生活を選択しますか。
野菜や果物に、季節がなくなり、あらゆる野菜や果物がいつでも手に入る。フキノトウ、タラノメなどの山菜までが促成栽培され、真冬なのに店頭に出回る。便利になったが、これでいいのかと考えることがある。
季節に先駆けて、野菜や果物を賞味したいという願望は今に始まったことではない。それに応えるため、昔の人たちは身のまわりの資材を駆使して、少しでも早く収穫する栽培技術の開発に取り組んだ。温度を確保するために温床を工夫し、被覆資材に油紙やコモを利用した。このような先人たちの様々な工夫は季節を越え野菜の供給を可能にしたが、1953年に塩化ビニル,55年にポリエチレンフィルムが、ハウスやトンネルに利用されるようになって、その技術はより確かなものとなった。
日本における野菜の促成栽培は,17世紀の初めに静岡県の三保(清水市)で始まったといわれている。江戸近郊では18世紀末に砂村(江東区)でごみを利用した温床を作り,季節に先立ち4月から5月にかけて,ナス,キュウリ,インゲンマメなどを出荷したが,生産されたナスは親指大程度のものであったそうだ。
目には青葉山ほととぎす初鰹、まさに旬を表す言葉である。旬の食べ物は美味しく栄養価も優れるが、新緑、ほととぎす、初鰹のかもし出すハーモニー効果が大きく、初鰹も山の緑やほととぎすがあって初めて旬の意味を持つ。
しかし、そのバックグランドも変化している。冬にアイスクリームやビールがうまいのも、暖房の聞いた部屋だからである。バックグランドである生活様式が変化することにより、新たなニーズも生まれる。そして、ニーズがあればこれに応え生産サイドが農産物を供給するのは自然のこと。
好むと好まざるとに関わらず、季節を越えた農産物が市場に出回っているのが現実である。便利になり、豊かになった反面、失ったものもある今日の食生活に対し、どのように向き合うのかは一人一人が判断することであろう。
旬にとことんこだわるのか、季節を先取りするのか、あるいはそれらをケースバイケースで取り入れるのか、あなたはどのような食生活を選択しますか。
