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天上大風
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2008/04/30のBlog
ぼくはニュータウンと呼ばれる場所に住んでいる。数十年前は丘陵地帯だった所が、整地され道路が作られた。脇を削って通された道路の両面は斜面で、そこにツツジが植えられている。最初、ツツジが植栽されたのだが、その後はあまり手入れされていない。そのためツツジの周りは野草が生い茂っている。園芸種と野生種の戦いでは、人の手が入らないと、野生種が勝つ。もともと、その土地の土壌にあった野生種が勝つことは当然の結果だ。ツツジは元々園芸種だが、長年ほったらかしにされていて、徐々に野生味を取り戻したのだろう。毎年、好き放題伸びきった野草の中に、ツツジは毎年花を咲かせている。そして、その木の大きさも徐々に大きくなってきている。薄がコロニーを作るように、あるいはセイタカアワダチソウがそのコロニーを乗っ取って新たなコロニーを作るように、野草と競争しながら、野生を取り戻したツツジも徐々にコロニーを作っていくのかもしれない。

話は突然変わる。昔話だ。遠藤賢治という歌手がいる。彼の歌詞に衝撃を受けたことがあった。「君の胸に顔を埋めて ぼくはいつもひとりぼっちみたいだ とわざという」と一節を聞いたときのことだ。どうしてこのような言葉を言えるのだろうと驚いた。

昔話だと最初に断ったように、今の時代では何の衝撃でもないだろうと思う。でも、昔この歌詞は、少なくとも、ぼくにとって衝撃的だった。ぼくは、九州で育った。あの有名な、男尊女卑の土地柄だ。人は、ひとりで考えて生きているつもりでも、生まれた場所にずいぶん影響されるものだと思う。男尊女卑の誉れ、あるいは非難轟々の土地で育ち、男は強くなくてはいけない、弱い者苛めは卑怯であるとか男は泣いてはいけない等々を、直接聞いたことはなかったものの、なんとなくそういう風にならねばならないというような環境の中で育った。だから、自分の弱点を告白したり、ましてや弱点を作り上げて人の関心をかうようなことを恥ずかしく思うようになっていた。

だから、「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざという」という歌詞を聞いたときは驚いた。男でも女性に甘える人がいるのだ、しかもひとりぼっちみたいであるということで女性の同情を引きつけることまで言って甘えることができる人がいるのだという驚きであった。

時代性と地域性もあるからここで書いていることが何が驚きであるか、うまく伝わらないのかもしれない。人は観念を刷り込まれて生きている。その観念こそが人が人であることの所以かもしれない。だが、人は人であると同時に動物であり、その刷り込まれた観念が動物であることを否定しているのかもしれない。人は動物であるのに、動物でない何者かが人なのかもしれない。

ぼくは他人に甘えることが苦手だ。弱みを見せて同情をかうことができない。「武士は食わねど高楊枝」的な傲慢さか、矜持が染み付いている。人には、「あの人は大丈夫」と思わせなければいけないという強迫観念を持ちながら生きている。だからこそ「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざという」と言える男が世間にはいることに驚愕した。

甘えることは、何となく卑怯だという感じがある。一種の演技だし、それは嘘ということだし、相手の優しさを利用していることだし、嫌だと感じる。でも、「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざという」とひとことが言えて、甘えることができたら、どんなに良いだろうと思う。きっと、その一言嘘さえ言うこができれば、世界が一変するかもしれないと思う。オセロの一手で、白黒が総て逆転するように、世界がまったく別の世界になるに違いない。でも、その一言は禁句に思える。九州の「男は強くなければ」という大定理に洗脳されるとそう思ってしまう。

男はいつも嘘がうまいね
女よりも子供よりも嘘がうまいね
女は嘘が好きだね
昨日よりも明日よりも嘘が好きだね
(中島みゆき 歌姫)

という歌がある。ここには、「男は強くなければ」などという混乱した思考の結晶はない。「男というものは嘘がうまい」という、男の本性を顕した歌詞が書いてある。もともとは、男というものはそういうものなのだと思う。「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざという」男だけが「君の胸に顔を埋め」ることはできたのは、その言葉が、男の気持ち素直に表現できていたから受け容れられた結果なのであろう。

「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざと」言える人は、本当は強い人なのだと思う。甘える弱い人間を演じながら、その弱さが女性の母性本能を擽り、己の弱さを曝け出すようにみせかけた嘘が、女性に受け容れれることを知りつくし甘えて見せている。かような人は精神的にはタフだと思う。「男は強くなければ」などと痩せ我慢をする必要はないのだ。

「男は強くなければ」との脅迫観念に捕らわれている男とは、園芸種のツツジみたいな気がする。「ぼくはいつもひとりぼっちみたいだとわざと」言える野生の男と勝負すれば負けるに決まっている。

でも・・・とも思う。本の題名は忘れたが、福岡の八女に大陸から引き上げた作家の五木寛之の本にある男の話が書いてあった。話の一部に、『好きな女性と結婚した男が、その奥さんが好きな男に会いに行くことに気づく。しかし、止めもせず、心の中で行くなと願いながら見送る』という場面があった。これは、甘えることのできない、「男は強くなくては」ということだけを信じる男の振る舞いだ。あまりにも九州人ぽい、甘えることを拒否した男の悲劇だ。

甘えることが出来ればと思っている男が、実は、一番の甘えん坊で、甘えることが必要な人間である。
2008/04/29のBlog
友人に、物知りで、並外れた推理力をもち、いわゆる大変な秀才がいるのだが、彼も決して万能ではないということがわかる事があった。数日前その彼が、右目の左半分の白目が真っ赤に充血しているのに気づいたという。『脳内出血でオラこのまま死ぬのか、と思うと気分が悪くなった』という。

彼は学校の先生をやっているのだが、授業に行ったものの、『今日は体調が悪いのでここまでにします』と授業を途中で止めてしまったという。脳出血で死にそうなので、授業を早めに終わったのだ。

脳出血であれば、舌がもつれる、左半身か右半身が痺れる、動かないなどの症状があるはずであるが、彼は教室まで歩いて行き、授業では喋っている。その時点で、別の病気を考えるのが普通であると思うが、彼は脳出血で死に行く自分を思いに捕らわれていた。もうすぐ死ぬと思い、気分が悪くなったようだ。

授業後しばらく休んでいても、気分は良くないものの、死ぬ気配がない。そこで、ようやく脳の病気でなく目の病気かもしれないと思ったらしい。

ぼくは子供のころ福岡に住んでいた。春になると中国から黄砂が飛んできて、景色に霞がかかったようになる。そして、いつも目が赤くなり眼科に行っていた。春の年中行事のようなものだった。だから目が充血したら目の病気だと即座に思う。

想像で、脳出血を仮想体験したその彼は、一度も結膜炎の類に罹ったことがなかったらしい。それで、目が充血したのを見て、脳出血で死の淵を漂っている気分になったようだ。並外れた推理力が外に向けられると鋭い推理が可能なのに、自分自身のことになると、判断が狂うもののようだ。
2008/04/28のBlog
耐震偽装事件は、姉歯建築士ひとりの特異な人物による個人的事件にされて終わってしまった感がある。だが、数値は忘れたが、姉歯物件だけでなく、日本全体のマンションの何割かのマンションに耐震不足であろうと報じられていた。従って、これは姉歯建築士ひとりの問題ではない。建築基準法のシステムの問題である。おそらく日本のマンションのうち、何万棟ものマンションが耐震不足なのだ。このような耐震不足が起こるようなシステムを作ったのが、国土交通省であり、その責任ある立場の人間が山本繁太郎という男だった。この山本繁太郎をゲンダイの報道で紹介すると、

「しかも山本氏といえば、旧建設省時代にノーパンしゃぶしゃぶ接待問題で名前が挙がったこともある人物。耐震偽装問題が発覚した国交省住宅局長時には、業界から、ザル法の建築基準法をほったらかしにして責任をすべて民に押し付けた、と酷評されました」
(http://news.www.infoseek.co.jp/gendainet/society/story/04gendainet02036359/)

ということだ。山本繁太郎とはノーパンしゃぶしゃぶ男でもある。耐震偽装責任逃れであり、ノーパンしゃぶしゃぶ男でもある山本は、恥も外聞もなく山口2区補選に出馬した。山本は、ノーパンしゃぶしゃぶ接待を受ける品性下品な男であるから、他にもどれほどの悪事を働いているのかわかったものではない。

このノーパンしゃぶしゃぶ山本は山口出身で、同郷の安倍晋三と親しかった。安倍晋三の後援会安晋会の副会長が、耐震不足ホテルを出したアパグループ会長であった。耐震偽装マンションのヒューザー社長などは逮捕された。マスコミも批判を繰り返した。一方、アパグループに対する態度は、異常に寛容でありマスコミも殆ど取り上げなかった。異常なアンバランスであった。裏でどのような力が働いていたかを推測される事件であった。

このときの国交省局長とその裏に同郷の安倍がいたことから、いろいろと推測はできるものの、何が裏にあったのかは、わからない。だが、ノーパンしゃぶしゃぶ山本に胡散臭さを感じた人は多かったはずだ。

日本中の多くのマンション等が、建築基準法の不備により、大地震が起きたときに壊れるかもしれない。その責任を取るべき立場にありながら、責任を姉歯に押しつける卑劣な行為を行なったのがノーパンしゃぶしゃぶ山本である。

その山本を山口二区補選に担ぎ出し婆様まで動因して、応援しまくっていたのが、耐震偽装ホテルアパを後援会副会長に抱える安倍であった。山本の出馬は、恥知らずの行為であり、世間を舐めているとしか言いようがない暴挙であったと思う。その品性下劣極まりない山本を創価学会が応援していた。また、安倍一家は歴代というか、岸の代から隣国のカルト宗教と関わりが深い。そのため、山口二区補選では、内外のカルトが結託して山本を応援した選挙とも言える。

先ほどのニュースで、山口二区補選で、ノーパンしゃぶしゃぶ山本が破れた。山口二区にはカルトに騙されている人間ばかりでないということだ。山本が仮に勝っていたら日本という国が、カルトがカルトを信じない人たちを支配する社会へと一歩近づくところであった。
2008/04/26のBlog
22年前の今日、チェルノブイリで原子炉融解事故が起きた。現在、原子力発電に関連する日本国内でのマスコミと日本原燃との論争が起きている。

論争は、約2兆1,900億円もの費用をかけて作った「六ヶ所再処理工場」についてテレビ朝日「報道ステーション」が報道を行った。これに対して、六ヶ所村再処理工場を所有する日本原燃が反論をしている。残念ながら、「報道ステーション」を見ていなかったので、いろいろと調べて、読んでみた。

・テレビ朝日「報道ステーション」の放送の骨子はここで読める。
・日本原燃が、『テレビ朝日「報道ステーション」の放送内容に関する事実関係等について』という反論をしている。
・河野太郎さんが、ブログの「ごまめの歯ぎしり」というブログで、報道にコメントしているが、いろいろと面白いことが書いてあった。アメリカの原子炉メーカであるウェスチングハウスを買収した東芝と東芝EMIの関係も知れて、面白かった。


日本原燃の内容の感想文を書いておく。

(1)どのような誤解を生む表現かは、放送を見ていないのでコメントなし

(2)放送内容がどのような誤解を生むものかはわからない。しかし、グリーンピース・ジャパンの資料を見ると、「再処理工場からの放射能は1日で原発1年分」と書いてある。放射性物質のクリプトンなどの希ガス類とヨウ素が出て、それらの放射性物質の量は原子炉に比較してはるかに大きいということだ。

これに対して、原燃は『重要なことは、放出の量よりも、放出された放射能によってどの程度周辺住民の方々が影響を受けるか、ということであります』と述べている。

これはおかしい。住民への影響はもちろんだが、放出の量も重要だ。なぜなら、原燃の評価である『六ヶ所再処理工場からの影響によって周辺住民の方々が受ける放射線の影響は年間約0.022ミリシーベルトと評価』が、正しいのかどうかの客観的評価の基本となるからだ。放射性物質が拡散して安全なものかは不明であるから、第三者機関が、きちんと評価をやり直す必要がある。そのときの基本のデータだ。

(3)原燃のいう『その中には約97パーセントも再利用可能な有用資源が残っています』の発言は意味がない。核燃料サイクルを前提にしなければ、あくまでも核のゴミにすぎない。核燃料サイクル反対を唱える側から見たらあくまでも100%ゴミだから、原燃のこのコメントはおかしい。100%ゴミと見る国もある。アメリカがなぜ、核燃料サイクルを捨てたのかは、核燃料サイクルの不経済性によるのではないのか? アメリカは原発の経済性を考慮して、核燃料サイクルを採用しない。アメリカにとっても100%ゴミとなる。

そういうわけで、原燃のいう『「再処理」の重要性はますます高まっています』というような客観的事実はない。これは、単に原燃の人間の主観的強迫観念の吐露であろう。

(4)麻薬も病院で処方されれば薬である。闇で買えば犯罪だ。麻薬は人を廃人にするというのはひとつの真実であり、痛みを和らげるというのもひとつの真実だ。一面は一面として厳然と存在する。

『IAEAとの協定に基づき、IAEAの査察を全面的に受入れており』と優等生のような発言には少し笑った。数日前には、
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青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場で、核物質の不正な持ち出しなどを防ぐための封印が1カ月間に2回も過って壊されていたことがわかった。文部科学省は16日、原子炉等規制法に触れるとして、工場を操業する日本原燃を厳重注意した。

 文科省と日本原燃によると、封印は、再処理でつくられたウラン酸化物の貯蔵容器を運ぶクレーンのレール上に、国と国際原子力機関(IAEA)が取り付けていた。最初は3月15日に作業員が過ってクレーンを動かして破壊。つけなおした封印も、4月10日に別の作業員が再びクレーンを動かして壊した。
(http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2008041602890.html)
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との報道があったばかりだ。原燃が全面的に受け入れているのであれば、IAEAのシールを勝手に破らないようしなければ、優等生らしくない。

(5)「フィンランドが原発建設を止めた」というのは正しくないので、テレ朝がそう言っていたのであれば、それは間違っている。世界の原発の状況が書いてあるが、原燃は何を主張したいのだろうか? 

『中東諸国で(原発が予定されている)』と書いてある。シリアは原発を作ろうとしてイスラエルに空爆を受けている。イランもウランの濃縮をしたばかりに、経済制裁を受けたばかりか、アメリカから攻撃を受けるかもしれないと言いたいのだろうか?

中東諸国の原発と日本の原発がどういう関係にあると、原燃は主張したいのだろうか?

(6)ニュースステーションの「コンクリートの塊が無数に立ち並んでいた」という表現の「無数に」に噛み付いている。数値を上げている。大人気ない。原燃は、これからどこかの放送局が、「無数の小旗が振られています」と言えば、直ちに旗の数を数えに行って、たとえば800本で無数ではないと抗議する気か?

2008/04/24のBlog
吉野家向け米国産牛肉に脊柱(特定危険部位)が混入していたとの報道があった。ナショナルビーフ社というところから輸入されたものだが、吉野家以外も輸入していたので、その他の販売店などでも同様の特定危険部位が見つかる可能性はある。たまたまひとつ見つかったということは、他にもあると考えることが常識だろう。

先日、へたり牛を電気ショックで立ち上がらせ、歩けるということにして、検査を通し屠殺する映像があったことが報道された。BSEの可能性もある牛がアメリカでは食肉加工されているということだ。しかも、そのような肉が混じっているかもしれないのに、特定危険部位をも日本に輸出していたというのが今回の事件だ。

アメリカ自身が、アメリカ牛を安心と考えているかというとそうではない。今日また、次のようなアメリカ牛関連の記事があった。

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米、BSE感染防止へ飼料規制強化 09年4月から
2008年04月24日18時43分
http://www.asahi.com/life/update/0424/TKY200804240229.html

 【ニューヨーク=丸石伸一】米食品医薬品局(FDA)は23日、牛海綿状脳症(BSE)の防止策を強化するため、新たな飼料規制を来年4月から導入すると発表した。BSEの原因物質が蓄積しやすい「特定危険部位」が含まれる飼料の使用を、すべての動物向けで禁じる。ペットフードも使用禁止対象に含める。

 動物に食べさせる飼料に使うのを禁止するのは、生後30カ月以上の牛の脳や脊髄(せきずい)などの特定危険部位。FDAが05年10月に原案を発表し、業界団体などの意見を踏まえて最終案を検討していた。
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この記事を読み、ようやく規制されるかという感想を持った。

アメリカでは牛骨粉を製造し続けている。それを牛に与えることは禁止されているものの、牛以外の動物である鶏に与えている。そしてその鶏糞を牛に飼料として与えている。仮に、BSEの牛から製造された牛骨粉に悪性プリオンが混じっていた場合は、鶏糞を通して再び牛はBSEに感染する可能性のあるシステムである。悪しきリサイクルである。

人間がアメリカ牛を食べてもBSEに感染する可能性がないのであれば、今回発表された措置である『「特定危険部位」が含まれる飼料の使用を、すべての動物向けで禁じる』必要はない。アメリカ自身が牛骨粉のサイクルの危険性を知っているから、このような措置が発表されたと考えられる。

この法律の施行は来年4月からだ。ということは、それまでは危ないし、その後もそれ以前に生まれたアメリカ牛は、牛骨粉を間接的に飼料として与えられた可能性があるのだから安全ではない。アメリカ牛で安心なのは、来年4月以降に生まれた牛の肉だけである。