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天上大風
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2008/05/14のBlog
帰宅前夜11時頃に、明日の朝のパンを買おうと思ってコンビニに入った。高校生らしい女の子がレジでお金を払いながら、レジの人と話をしていた。冷凍室に酒類を補充していたを店長らしき人が「気をつけてね」と、その女の子に声をかけた。「はい。大丈夫です」と言って、帰っていった。

その高校生はここでバイトをしていて、店の人は、最近物騒な事件が多いから、心配で気をつけるように声をかけたのだと、すぐにピンときた。愛知や京都で続けて起きた事件に、周りの高校生にそのようなことが起こったらと心配している多くの日本人がいて、コンビニの店長もその一人なのだと思った。

母親はすごく心配性の人だった。妹が大人になり成人し勤め始めても、帰宅時になると、いつ帰って来るか気にかかっていた。帰宅時間近くになると、何度も窓から外を見ていた。実家の前は川で見通しが良く川にかかる橋を渡って帰って来る。その橋を渡るのが窓から見通せた。それこそ一分置きくらいに窓から外を眺めていた。予定時間を少しでも過ぎると、家の外に、出ていつ帰るのだろうかと遠くを見ていた。そんな遅い時間でもない。きっと夜7時を回ったくらいの時間でさえ、心配をしていた。

そのような人に育てられたせいで、心配をする人の気持ちはよくわかる。冬の夜、田舎のバス停の前に、じっと立っている年配の女性がいた。バスで帰って来る娘を迎えに来ているのだとわかり、ジンと来た。

ひとりの子供には母親がいて、父親がいて、兄弟もいるかもしれない。その子供の命を守るためには、自分の命を投げ出すことも躊躇わない人たちが、そのひとりの子供の周りにいる。どうして、そのような子供を殺すのだろう。命をどう考えているのだろう。
2008/05/12のBlog
ミャンマーのサイクロンに被害が分かるにつれ、被害の規模が大きくなってきている。そう思っていたら、今度は中国の四川省で地震が起きた。M7.8だという。

大きな地震だ。震源の近くに成都市があるが、成都市の人口は1059.7万人の大都会だ。震源からわずか90キロしか離れていないというから、揺れも大きかっただろうと想像される。CNNの被害の写真でもビルに大きな亀裂が入っていた。カメラマンの行っていない地域でも、もっと大きな被害が出ているのかもしれない。

学校の倒壊で900人近い生徒が生き埋めになっているとのニュースが入っている。子供が被害にあっていると聞くと痛ましい。パキスタンで起きた地震でも学校が被害にあっていた。どうして、そういうことが起こるのだろうかと思う。大量の子供たちがいるからこそ、学校建築は耐震性の優れたものであってほしい。学校の建物が強ければ、地域の住民の避難場所にもなる。

1923年の関東大震災はM7.9の地震での死者・行方不明者の総数は10万5385人だった。中国では、これよりも大きな被害を出した地震が起きている。1976年のM7.5のTangshan(唐山)地震においては25万5千人の方が亡くなったという。この4世紀の間で地震による被害者数としては、これが最大であるという。日本や中国は人口密集地帯が多いので、震源が近いと大きな被害が出る。今度の地震の被害者が少ないことを願うしかない。

実は、四川省の地震のニュースを聞いたときに三峡ダムが心配であった。仮に決壊ということにでもなれば、その被害は計り知れない。だが、今のところ、三峡ダムの被害の報道はないようだ。
2008/05/11のBlog
先週東京でも感じる強い地震があった。震源は茨城県沖であった。それとの関係は不明なものの、福島第一原発2号機で放射能を含む水が漏れていた。冷却材としての水漏れが、揺れもなしに起こるとしたら怖いし、あの程度の地震で生じた漏れであるとしたら、明らかな設計ミスである。原子炉での水漏れは、炉を冷やせなくなるということだから、次の処置を間違うとメルトダウンに繋がる可能性がある。

この事故は5月8日におこったが、一月ほど前に日立による配管の強度計算の誤りが報道されていたので、これとの関連があるかもしれない。

この技術的ミスのほかに、東京電力の対応に問題があった。下記の②にあるように、4月16日に、東京電力は臨時の「原発安全確保技術連絡会」を開催して、「耐震安全性が確保されている」と述べている。日立の計算ミスが発表されてから、わずか1週間である。強度ミスであれば、強度の再計算と、配管の取替え工事が必要となるはずだ。それなのに、わずか1週間で、耐震性は安全だと主張している。

更に、4月24日には、福田首相を原子力災害対策本部長とした「原子力総合防災訓練」を行っている。

「原発安全確保技術連絡会」にしても、「原子力総合防災訓練」にしても安全の科学的追及というよりも、住民へのパフォーマンスにしか思えない。単なるパフォーマンスと判明したのが、先週のあの程度の地震で放射能を含む水漏れだ。

ひとりでに漏れたと考えるよりも、「耐震安全性が確保されている」という主張が、出鱈目であったことが判明したと考えるのが自然であろう。

東京電力は、原子力発電において、これまで数々の事故隠蔽を行ってきた。また、今回の一連の報道を見ると、安全性を強弁するものの、その技術的科学的裏づけが伴っていないことが判明したということだ。根拠なきことをあたかもあるがごとく話す東京電力の態度は不信感を招くばかりである。今日本のあらゆる分野で見られる偽装と同類である。このような電力会社の言うことを、これから誰が信じるのだろう。

以下に資料として、福島原発に関する最近の報道を載せておく。

①2008年4月10日 東京電力など電力6社と日本原子力研究開発機構は10日、原発17基で配管の強度計算に誤りがあったと発表した。(再調査の)対象は東電の福島第1・第2(福島県)と柏崎刈羽(新潟県)、(以下略)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080411AT1G1003G10042008.html

②2008年4月16日 福島第1、第2原発の新指針に基づく耐震安全性の中間報告で、東京電力は15日、富岡町内で臨時の「原発安全確保技術連絡会」を開いた。県と立地4町に中間報告の概要を説明し、立地町からはさらに詳細な報告を求める声も上がった。

 06年9月の原発耐震指針改定を受け、東電は同原発で想定される地震の最大加速度を、従来の370ガルから600ガルに見直した上、原発の各部が基準値を満たし「耐震安全性が確保されている」とする中間報告をまとめた。(以下略)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20080416ddlk07040286000c.html

③2008年4月24日 今年度の国の原子力総合防災訓練は、10月に本県の東京電力福島第一原子力発電所を対象に行われる。同訓練の県内での実施は初めて。訓練は首相が原子力災害対策本部長、経済産業相が副本部長。
http://www.kfb.co.jp/news/index.cgi?n=2008042416


④2008年5月8日 東京電力は8日、定期検査中の福島第一原発2号機(沸騰水型炉、福島県大熊町)のタービン建屋の地下1階で放射能を含む水が漏れているのが見つかったと発表した。放射能を含む水が25リットル、含まない水が75リットルで、外部への放射能漏れはないという。
http://www.asahi.com/national/update/0508/TKY200805080134.html
昨晩は遅くまで飲んでいた。地元で飲んでいたので、ひとりを除き家に歩いて帰れたのだが、ひとりの人の電車の最終時間を超えていた。それで更に飲み続け、2時頃からデニーズに場所を移して時間を潰した。平日だと4時台に始発の電車が動くのだが、土曜日なので5時過ぎにしか始発がなかった。デニーズから外を見ていると、4時過ぎに空が明るくなり始めた。真っ黒だった空が濃い青色に変わって街路樹の黒いシルエットが見えるようになってきた。店を出る5時前には、すっかり明るくなっていた。

若いころは徹夜は平気だったし、週に一度くらいのペースで徹夜をしていた。徹夜で仕事をしてそのまま起きていても、普通に生活をした。二晩目の徹夜はさすがにきつかったが、48時間は闘えた。そのころも徹夜で飲むことはあまり経験がない。深夜になり、店が閉まると、喫茶店に移動せず、歩いて帰宅した。帰巣本能だったのかもしれない。2時間か3時間かけて、深夜の大通り沿いを歩いた。東京は24時間起きているのだとわかった。車はひっきりなしに続いているし、ラーメン屋にはどこも客がいた。2時間も歩き続けるとすっかり酔いも醒めてしまうが、後は惰性で歩く。今でも、時々この酔っ払い行軍をやっている。しかも、今は繁華街から2、3時間で家に着くような場所ではない。空が明けるころになっても家にはまだまだ遠いので、結局は始発の電車が動き始めると電車に乗る。

昨晩は、そのような強行軍ではなかった。デニーズのソファーで快適だった。一人の人に皆で付き合っていて、いろいろとだべった。楽しかったのだが、朝になって寝たせいで今日はだるかった。だが、力の抜け具合が気持ちの悪いだるさではない。最近、肩が凝っていた。緊張からきているものだったのだが、今日は肩の痛みが取れていた。力が抜けてしまっているからだと思う。別に悩みはないが、頭もぼんやりとしているので、悩みがあっても忘れているにちがいない。

ペースを守ろうとして、うまく進まないこともある。オールで飲んだりして、時にはペースを乱すのも、良いものかもしれない。
2008/05/09のBlog
何の本だったか忘れたが、昔読んだ本に、ある食堂のエビフライのことが書いてあった。そこのエビフライの衣の中の海老を衣を剥がして調べると、切れていて、それから前の客の食べ残しを組み合わせて一匹のごとく見せかけているのだという話だった。読んで大笑いしたものの、もし本当であれば、気持ちが悪いなとも感じた。昔は、そのような食堂も、あったのかもしれない。でも、今は、ファーストフード店でも時間が経つと、捨てる時代である。今の時代には、そんなことは、ないであろうと思っていた。

家の近所に回転寿司屋さんがある。そこのベルトコンベヤーに乗った寿司も、見ているとその皿上の寿司のいくつかは自動的に廃棄される。ぼくは、その回転寿司屋に行っては、廃棄される寿司の皿を当てるのが趣味である。どのような仕組みは理解していないのだが、皿にコンベヤーに乗せられた時間が電子的に記録されているようだ。チェックする箇所に来ると、皿のいくつかは、弾かれベルトの脇にある穴に落ちる。

ぼくは、流れてくる皿の上の寿司を凝視する。「少し乾燥しているように見える。これは落ちるに違いない」と思って皿の行方を追う。チェックポイントに来る。「落ちる!」と思うと落ちない。落ちないと思っても落ちたりする。結構、回り続けた寿司を当てるのは難しいものだ。

今日の報道によると、船場吉兆は例の囁き女将の希望する表現だと「客が手をつけなかった料理」を再加工して出していたそうだ。テンプラは二度揚げ出す。湯引きは二度目の湯引きをしていたらしい。二度湯引きすると、これはもはや「湯引き」でなく、「煮物」料理になりそうな気もする。

現在再開している博多の吉兆は、ぼくの実家の近くにある。開店した直後のころ帰郷した折りに店の前まで見物に行ったことがある。中には入らなかった。名にし負わばいざ見てみむメニューをばということで、おしながきというか値段だけ見た。高かった。高い分美味しいのかもしれないとも思ったが、行かなかった。一回の食事代にしては、その価格は、ぼくにはもったいないと思えた。吉兆も、マータイさんやぼくと同じように食べ残しはもったいないと思ったらしく、再加工して別の客に出していたらしい。

船場吉兆の板前の加工の腕もあがっているに違いない。10匹の海老の尻尾部分合体海老も一匹の海老にしか見えない技術をもっている料理の鉄人なのかもしれない。