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天上大風
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2008/06/29のBlog
昨日のことになるが、 佐賀地裁判決の諫早湾干拓の水門を5年開放せよとの判決は嬉しいニュースだった。

最近の判例を見ていると、裁判官には常識人としての判断能力を失った人間がいるということを思い知ることが多い。また、行政に関する判例では、政府の代弁者として公平性を欠く判決をする裁判官が殆どであると思っていた。昔、学校で習った、三権分立などというのは絵に書いた餅で、日本の現状は、司法というのは政府の代弁者でしかないと思っていた。

だが、神山隆一裁判長は、干拓事業が一部海域に漁業被害を引き起こした可能性があると認定した。これは事実を事実と言ったに過ぎない。だが、このような裁判においては、政府の代弁者に堕ちた裁判官の多くが、裁判という芝居で、白を黒と言うのがいつものシナリオである。政府の主張の補完者以外の存在意義はないのが、日本の裁判制度である。そのような中で、神山隆一裁判長は、よく白を白と言ってくれたと思った。その勇気を讃えたいと思う。

諫早湾の水門閉め切りで、政府は、『堤防閉め切りで漁業環境は悪化しておらず、漁獲量の変化は見られない』と反論していた。黒を白という強弁である。たとえば、海苔が取れなくなったのは事実である。たとえば、タイラギが取れなくなったのも事実である。これは実際に起こったことで事実以外の何物でもない。だが、政府は、そのような事実はないと、抜け抜けという。政府はウソを主張しない限りは、彼等の説明が成立しないということであり、このことが暴論であることの証拠でもある。

干潟に棲む貝類は、海水を水管から吸いあげ海水中の有機物を漉して生きている。その消化作用により、海水の浄化を行なう。干潟とそこに棲む貝類は、自然の海水浄化装置である。その干潟を浅いからという理由で埋め立てる愚かな行為が諫早湾干拓である。愚の骨頂という以外の言葉は思いつかない。農林省には馬鹿しかいないのか。馬鹿が税金を湯水のごとく浪費し、国土を破壊する。

農林省は、「堤防は農耕地確保のため」だと言う。だがこれは、減反政策と矛盾しているので根拠は無い。「堤防は水害対策」という。大雨の水害は、上流からの水の氾濫であって、海からの水の逆流ではない。堤防は無意味である。政府のいうことは荒唐無稽な根拠で、無意味な説明ばかりをするものだから、本当の理由とは工事費2500億円のキックバック目当てだろうと邪推してしまう。

諫早湾干拓とは、税金2500億円円を使い、豊かな有明の自然を破壊する行為以外の何物でもない。諫早湾干拓に賛成する人間は金目当ての人間だけだ。このようなことは、日本の国土に対する悪質な犯罪行為だから、農林省は罰せられるべきである。水産庁は当然このような愚挙に反対するはずだとおもうのだが、農林水産省の農林部門の役人が水産庁の役人を抑えて、工事予算欲しさのためだけに行なっているのだろう。

農水省は、もはや自助努力が不可能であるようだ。一部の役人の暴走を止められない仕組みのようであるからこそ三権分立が重要となる。司法の立場から、農水省の税金の無駄遣いと国土破壊を弾劾してほしい。
2008/06/28のBlog
ニュースで、小学校6年生の社会の知識を尋ねたものがあった。
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日本の歴史上の人物はどんな業績を残したか。小学校6年生では卑弥呼や外国人の正答率が9割を超えた一方、幕末~明治に活躍した政治家は軒並み5割以下だったことが、国立教育政策研究所が27日公表した調査結果で分かった。
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というのがあった。そして、『「邪馬台国の女王になった」の問いに対しての卑弥呼が正答率トップ』だという。

卑弥呼とはヒメミコの中国語表記だろうから、女性の巫女のことでしかないのではないか。これで正解ならば、『「ナショナルの創業者」を実業家』と答えれば正解ということになる。この方式で正解を出すのは簡単だ。「キリスト教を伝えた」のは外人で、「黒船で来航した」も外人で、「黄熱病の研究」は医者で、「水墨画を完成させた」のは昔の画家だ。

卑弥呼の「卑」の字だが、中日辞書によると「卑」の意味は、

(1) (位置が)低い:
[~不足道]取るに足りない.
(2) 下劣な,粗悪な.

とある。日本語の使用法の、「卑しい」の意味に相当する。魏志倭人伝に使われた字がこの字であるのか、また今と当時とで意味が変わったのかどうか、門外漢で分からないのだが、「卑弥呼」の漢字の使いかたには、日本の統治者を馬鹿にして文字を充てたのではないか。

卑弥呼がひめみこであるのであれば、これは固有名詞ではない。職業を表す単なる普通名詞であるのであるから、「邪馬台国の女王は女性の巫女であった」というので良い気がする。

邪馬台国の時代は、占いや天の声が大好きで、スピリチャルだのを信じる人ばかりの時代であったということだ。「あんた地獄に落ちるわよ!!」や、「前世はゴキブリでした!!」という世界が好きだったのだろう。これは日本の伝統のようだ。今でも日本人は相変わらず、そういうスピリチャルが大好きで、テレビには次々と現代の卑弥呼が出てくる。
2008/06/27のBlog
新学習指導要領により11年度から小学校で英語が必修化される。だが、移行措置として09年度から実施することも可能だという。親からの隣の小学校では教えているのに、うちの小学校ではなぜ英語を教えないのかとの突き上げにより、11年度まで待てる小学校はない。大多数の小学校の5、6年生が来年から英語を学ぶことになるだろう。

そして、早期英語教育の結果日本人は英語が修復不可能なほど苦手な科目になり、英語を嫌いになるのではないかと思う。ODA諸国中で日本人の理科の知識レベルは、最低であるのだが、その理由として、小学校の先生たちの理科嫌いが原因ではないかという説がある。全部の責任があるとは思わないが、日本の理科離れの原因の一部はそうかもしれない。

小学校の先生は、全教科を教えるが、先生たちも人間であるから好き嫌いはあるだろう。小学校の先生の男女比であるが、女性の先生の割合の方が多い。6割以上は女性の教員である。

高校の理科は選択であるが、物理や地学の履修率が極めて低い。特にこの傾向は女子学生に強い。たとえば、地学を選択する女子学生の数はほとんどいないのではないかと思う。このような背景で小学校教員が生み出されると、理科全般を教えるべき先生の中で、理科に対する苦手意識は大きいだろうということが推測される。理科嫌いの先生が、理科を教えれば、自然と子供達は理科を嫌いになることだろう。好きな科目で熱く授業を行なうのとの差は自然と生まれるに違いない。

さて、英語であるが、小学校の5,6年の担任の先生のうちどれほどの教員が英語が得意科目なのだろう。発音は、大丈夫なのだろうか。大丈夫な先生も多いだろうが、そうでない先生たちもいるに違いない。習い事は最初が肝心だと思うのだが、仮に間違った発音を5年生6年生と習った小学生が、果たして将来まともな英語を喋ることが出来るようになるだろうか? 間違った知識を修正するには、習った時間よりもより多くの時間を費やすことになる。それだけの時間をかける前に英語が嫌いになる人が殆どであろう。間違ったことを教えるくらいであれば、教えない方が良い。

日本人の理科離れに貢献した文科省による小学校での英語必修化の押し付けは、日本人に消えることのない英語苦手意識の植え付けになることだろう。
2008/06/25のBlog
数日前にニュースを見ていたら、ミネソタを流れるミシシッピー川で洪水が起こりそうだということだった。一方で、カリフォルニアでは、Fire season arrives in the Westということらしい。この表現からは、夏になると異常な乾燥が訪れるが、それはもはや異常気象ではなく、旱魃とそれに伴う火災が、まるで年中行事であり土地の固有のものになっているとの印象を受ける。

昨年はカリフォルニアの南部で大火事があった。そのときには、500 000 acres (約2 023平方 km。東京都の面積は2187平方km)焼け、10人の犠牲者がでた。 今年は、サンフランシスコとサクラメントの中間あたりのワインの産地である地域で森林火災が発生しているようだ。一斉に750箇所での火災とあるから驚く。火責めにあっているようなものだ。出火原因は、空気が乾燥した所に落ちた雷のようだ。オレゴンとの境界付近では、 110,000 acres焼けたというから、昨年の南カリフォルニアの消失面積のほぼ1/5が焼けたことになる。火事の映像を見ていて、山火事の後に雨が降れば再び豊かな森が形成されていくだろうが、旱魃が日常的になっているのであれば、このまま砂漠化していくのかもしれないと思った。

地球温暖化の特徴として、多雨の地域と少雨の地域の二極化があげられる。たとえば、中国においては一国の中に、北部の旱魃と南部の洪水が同時に起っている。

6月初旬には、米国中西部では、低気圧と前線の影響で降雨が続き、異常多雨となった。週降水量は100~230mmで平年の3~11倍であった。これがミネアポリス付近での洪水を引き起こすかもしれない原因となっている。

中国ほど明らかな二極化現象があるとは思えなかったアメリカであるが、地域ごとの特徴がはっきりし始めているようだ。カリフォルニアでの異常高温と旱魃は毎年のことになってきている。アメリカ南部では、少雨が目立つ。一方、アメリカ中西部の北部では多雨である。地球温暖化の典型的な気候の特徴がアメリカにも現れ始めているということだろう。
2008/06/24のBlog
世界の都市の暮らしやすさを比較したニュースがあった。一位はコペンハーゲンで、東京が3位に入っている。25位までには、福岡17位で、京都が20位だ。コペン、東京、福岡、京都に住んでいた経験から、「なるほど」と思う。

東京は刺激的で面白い街であろうが、個人的には電車の混雑が嫌いだ。食事の店に入ると待たなくてはいけないことがあるのも嫌いだ。もっとも、ぼくは一秒も待てないので、待つことはない。だから、コペンより刺激的なのに順位が下がるのは仕方がないと思う。コペン、福岡、京都は同じ規模くらいの町だ。このくらいの町の大きさが、大きなストレスなしに暮らせてちょうど良いと思う。

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暮らしやすさ3位に東京 福岡、京都もランク入り
http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008062401000143.html

 【ロンドン24日共同】英情報誌「MONOCLE(モノクル)」は24日までに「世界で最も暮らしやすい都市」として上位25都市を発表、日本からは東京が3位、福岡が17位、京都が20位に入った。

 同誌は住宅や教育事情のほか、映画館の数、ビジネス参入のしやすさなど独自の基準で25都市を選定。1位はコペンハーゲン(デンマーク)、2位はミュンヘン(ドイツ)だった。欧州から計14都市が選ばれ、日本から選ばれた計3都市は、米国と並んで国別では最多だった。

 また「グローバルな都市」「ビジネスのしやすい都市」などテーマ別でのランキングも発表。「ショッピング」では「顧客のセンスのレベルが高く、食文化の質も高い。山や海に近く自然が豊か」などとして福岡が1位に選ばれた。

 総合ランクの4位から10位は次の通り。4位チューリヒ(スイス)、5位ヘルシンキ(フィンランド)、6位ウィーン(オーストリア)、7位ストックホルム(スウェーデン)、8位バンクーバー(カナダ)、9位メルボルン(オーストラリア)、10位パリ(フランス)。
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この記事に、「ショッピング」では「顧客のセンスのレベルが高く、食文化の質も高い。山や海に近く自然が豊か」などとして福岡が、世界一位だという。これは、福岡出身者としては素直に嬉しい。そう言えば福岡では、物を買ったり売ったりするのが、お祭りみたいだった。

子供のころ、近くのアーケードのある商店街で、「せいもんばらい」という大売出しの期間があった(今もやっているのだと思う)。秋のころだった。「せいもんばらい」は、音で覚えている言葉であるが、どんな意味であろうか。辞書を引くと、「相愛の男女が心変わりをしないことを誓って取り交わす文書」とある。なるほど、そうであったか・・・と納得はいかない。

別の意味として、「一〇月二〇日に、商人や遊女などが、平素商売の駆け引き上、客にうそをついた罪を払い神罰を免れるため、京都四条寺町の官者(かじや)(冠者)殿に参拝する行事。近世以来行われ、この日を含めて前後数日間、罪滅ぼしと称して京阪の商店では特売などが行われる。[季]秋。」とあった。これによると、嘘をつかないことを誓うの逆で、嘘をついたことの罪滅ぼしとある。そのための大安売りとある。これで、少し納得ができる。

ただの大安売りというよりも、博多のせいもんばらいは、お祭りのような雰囲気であった。どこの店の前の通路にワゴンを出して、そこに安売りの商品を置いて売り子さんたちがトランス状態になって声を嗄らして呼び込みをかけていた。小学生だったぼくもそれを見ていて軽い興奮状態に陥っていた。外で遊ぶときは、家に5時までに帰る決まりだった。だが、商店街は明るく、アーケードに覆われていたので時間の経つのも忘れて、行ったり来たりしていた。子供なので、お金を持っているわけでもないので、何か買えるわけではない。子供にもっとも関係の深い店といえば、文房具店ぐらいしかなかったはずだが、それでも楽しかった。3000円が1000円とか書いてあると、すっかり2000円儲かった気になっていた。ここで2000円儲かり、あちらで4000円儲かりということで軽いトランス状態に陥り、5時の門限もわからなくなっていた。

ある年のせいもんばらいの時に、友達と文房具屋のワゴンの前にかぶりつきで積み上げられた商品をひとつひとつ見ていたときに、母親が迎えにきたことがあった。5時を過ぎて帰って来ないので、心配して、捜しに来たのだった。その翌年のせいもんばらいも、また同じ友達と見物して回っていた。時間が経つのをやはり忘れていたら、その友達が、早く帰らないとお母さんが迎えにくるよと忠告してくれた。そこで帰宅するやいなや、母親に、あの店では何円のものを何円で買える、別の店では何円のものを何円で買える、今すぐ行かないと大損をするとの報告した。