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2008/06/30のBlog
[ 01:20 ]
ブラジルと協力し、サトウキビの搾りかす(バガス)からアルコール燃料を作る計画があるとの報道があった。
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食料と競合しないバイオ燃料 日・ブラジルが開発協力
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080629AT3S2701K28062008.html
日本・ブラジル両政府は、食料生産と競合しない「第2世代」のバイオ燃料の開発で協力する。食料を原料とするバイオ燃料の増産が、食料価格の高騰を招いているとの批判があり、サトウキビの搾りかす(バガス)を使った大量生産技術にめどをつけたい考えだ。
7月2日にブラジルで閣僚級の「エタノールワーキンググループ」を開く。経済産業省系の独立行政法人、産業技術総合研究所と国立リオデジャネイロ大学が第2世代のバイオ燃料の共同開発に関する覚書を締結する。甘利明経産相やブラジルのミゲル開発商工相も出席する。(15:06)
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この、ニュースを読みすぐにアントン・ハイセルのことを思い出す人は、かなりのプロレスファンだ。
今や、ブラジルでは、バイオエタノールは、一次エネルギーの第3位を占めるまでになっている。その歴史は30年ほど前に遡る。Wikipediaによると、
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ブラジル政府を巻き込んだ国際的な大プロジェクト「アントンハイセル」(1980年に設立)は、猪木自身にとって生涯最大の事業であった。これは、ブラジル国内で豊富に収穫できるサトウキビの絞りかすを有効活用法として考案された事業で、当時からブラジル政府は、石油の代わりにサトウキビから精製したアルコールをエネルギーとして使用する計画を進めており、現代で言うところのバイオテクノロジー系ベンチャービジネスの先駆けである。このアントンハイセルを開始するにあたって、猪木は自民党の大物議員にも協力を呼びかけたが断られ逆に辞めるように言われたが、猪木はこの一大事業に傾倒して行く。
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だが、サトウキビの絞りかすを有効利用するという猪木の事業は失敗し、事業の資金繰りの悪化から、新日本プロレスの経営悪化、選手の離脱独立へと繋がっていった。
セルロースもデンプンもともに多糖類であるが、デンプンからアルコールを作るのは数千年前から行なわれている。だが、セルロース系の有効利用は難しい。人は牛でないので、消化できないし、セルロースを使って分解する酵素の技術がないと事業化はできない。おそらく、そのことがあり、目の付け所は素晴らしかったものの猪木の事業はブラジルでは失敗した。その後で猪木は、林原グループの協力を得て、この事業と同じようなことを、今度は日本の奄美大島で始めたとのプロレスニュースを見た覚えがあるが、今それがどうなったかは知らない。
セルロースからアルコールを作るというのは、今や事業化も可能であるようだ。ところが、その材料である木屑が日本では集まらないようだ。技術はあっても材料がない日本と、今や世界一のバイオ燃料生産国で、サトウキビの絞りかすが大量に生産されているブラジルの豊富な原材料を合体すると、大量の食糧生産に悪影響を与えないバイオエタノールが、事業化可能なコストで生まれるかもしれない。これこそがアントニオ猪木の夢でもあったのであろうが、猪木は世間よりも30年ほど早過ぎたようだ。
この日本とブラジルの事業が成功すると、原油の価格にさえ影響を与えるかもしれない。
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食料と競合しないバイオ燃料 日・ブラジルが開発協力
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080629AT3S2701K28062008.html
日本・ブラジル両政府は、食料生産と競合しない「第2世代」のバイオ燃料の開発で協力する。食料を原料とするバイオ燃料の増産が、食料価格の高騰を招いているとの批判があり、サトウキビの搾りかす(バガス)を使った大量生産技術にめどをつけたい考えだ。
7月2日にブラジルで閣僚級の「エタノールワーキンググループ」を開く。経済産業省系の独立行政法人、産業技術総合研究所と国立リオデジャネイロ大学が第2世代のバイオ燃料の共同開発に関する覚書を締結する。甘利明経産相やブラジルのミゲル開発商工相も出席する。(15:06)
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この、ニュースを読みすぐにアントン・ハイセルのことを思い出す人は、かなりのプロレスファンだ。
今や、ブラジルでは、バイオエタノールは、一次エネルギーの第3位を占めるまでになっている。その歴史は30年ほど前に遡る。Wikipediaによると、
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ブラジル政府を巻き込んだ国際的な大プロジェクト「アントンハイセル」(1980年に設立)は、猪木自身にとって生涯最大の事業であった。これは、ブラジル国内で豊富に収穫できるサトウキビの絞りかすを有効活用法として考案された事業で、当時からブラジル政府は、石油の代わりにサトウキビから精製したアルコールをエネルギーとして使用する計画を進めており、現代で言うところのバイオテクノロジー系ベンチャービジネスの先駆けである。このアントンハイセルを開始するにあたって、猪木は自民党の大物議員にも協力を呼びかけたが断られ逆に辞めるように言われたが、猪木はこの一大事業に傾倒して行く。
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だが、サトウキビの絞りかすを有効利用するという猪木の事業は失敗し、事業の資金繰りの悪化から、新日本プロレスの経営悪化、選手の離脱独立へと繋がっていった。
セルロースもデンプンもともに多糖類であるが、デンプンからアルコールを作るのは数千年前から行なわれている。だが、セルロース系の有効利用は難しい。人は牛でないので、消化できないし、セルロースを使って分解する酵素の技術がないと事業化はできない。おそらく、そのことがあり、目の付け所は素晴らしかったものの猪木の事業はブラジルでは失敗した。その後で猪木は、林原グループの協力を得て、この事業と同じようなことを、今度は日本の奄美大島で始めたとのプロレスニュースを見た覚えがあるが、今それがどうなったかは知らない。
セルロースからアルコールを作るというのは、今や事業化も可能であるようだ。ところが、その材料である木屑が日本では集まらないようだ。技術はあっても材料がない日本と、今や世界一のバイオ燃料生産国で、サトウキビの絞りかすが大量に生産されているブラジルの豊富な原材料を合体すると、大量の食糧生産に悪影響を与えないバイオエタノールが、事業化可能なコストで生まれるかもしれない。これこそがアントニオ猪木の夢でもあったのであろうが、猪木は世間よりも30年ほど早過ぎたようだ。
この日本とブラジルの事業が成功すると、原油の価格にさえ影響を与えるかもしれない。
2008/06/29のBlog
[ 01:03 ]
昨日のことになるが、 佐賀地裁判決の諫早湾干拓の水門を5年開放せよとの判決は嬉しいニュースだった。
最近の判例を見ていると、裁判官には常識人としての判断能力を失った人間がいるということを思い知ることが多い。また、行政に関する判例では、政府の代弁者として公平性を欠く判決をする裁判官が殆どであると思っていた。昔、学校で習った、三権分立などというのは絵に書いた餅で、日本の現状は、司法というのは政府の代弁者でしかないと思っていた。
だが、神山隆一裁判長は、干拓事業が一部海域に漁業被害を引き起こした可能性があると認定した。これは事実を事実と言ったに過ぎない。だが、このような裁判においては、政府の代弁者に堕ちた裁判官の多くが、裁判という芝居で、白を黒と言うのがいつものシナリオである。政府の主張の補完者以外の存在意義はないのが、日本の裁判制度である。そのような中で、神山隆一裁判長は、よく白を白と言ってくれたと思った。その勇気を讃えたいと思う。
諫早湾の水門閉め切りで、政府は、『堤防閉め切りで漁業環境は悪化しておらず、漁獲量の変化は見られない』と反論していた。黒を白という強弁である。たとえば、海苔が取れなくなったのは事実である。たとえば、タイラギが取れなくなったのも事実である。これは実際に起こったことで事実以外の何物でもない。だが、政府は、そのような事実はないと、抜け抜けという。政府はウソを主張しない限りは、彼等の説明が成立しないということであり、このことが暴論であることの証拠でもある。
干潟に棲む貝類は、海水を水管から吸いあげ海水中の有機物を漉して生きている。その消化作用により、海水の浄化を行なう。干潟とそこに棲む貝類は、自然の海水浄化装置である。その干潟を浅いからという理由で埋め立てる愚かな行為が諫早湾干拓である。愚の骨頂という以外の言葉は思いつかない。農林省には馬鹿しかいないのか。馬鹿が税金を湯水のごとく浪費し、国土を破壊する。
農林省は、「堤防は農耕地確保のため」だと言う。だがこれは、減反政策と矛盾しているので根拠は無い。「堤防は水害対策」という。大雨の水害は、上流からの水の氾濫であって、海からの水の逆流ではない。堤防は無意味である。政府のいうことは荒唐無稽な根拠で、無意味な説明ばかりをするものだから、本当の理由とは工事費2500億円のキックバック目当てだろうと邪推してしまう。
諫早湾干拓とは、税金2500億円円を使い、豊かな有明の自然を破壊する行為以外の何物でもない。諫早湾干拓に賛成する人間は金目当ての人間だけだ。このようなことは、日本の国土に対する悪質な犯罪行為だから、農林省は罰せられるべきである。水産庁は当然このような愚挙に反対するはずだとおもうのだが、農林水産省の農林部門の役人が水産庁の役人を抑えて、工事予算欲しさのためだけに行なっているのだろう。
農水省は、もはや自助努力が不可能であるようだ。一部の役人の暴走を止められない仕組みのようであるからこそ三権分立が重要となる。司法の立場から、農水省の税金の無駄遣いと国土破壊を弾劾してほしい。
最近の判例を見ていると、裁判官には常識人としての判断能力を失った人間がいるということを思い知ることが多い。また、行政に関する判例では、政府の代弁者として公平性を欠く判決をする裁判官が殆どであると思っていた。昔、学校で習った、三権分立などというのは絵に書いた餅で、日本の現状は、司法というのは政府の代弁者でしかないと思っていた。
だが、神山隆一裁判長は、干拓事業が一部海域に漁業被害を引き起こした可能性があると認定した。これは事実を事実と言ったに過ぎない。だが、このような裁判においては、政府の代弁者に堕ちた裁判官の多くが、裁判という芝居で、白を黒と言うのがいつものシナリオである。政府の主張の補完者以外の存在意義はないのが、日本の裁判制度である。そのような中で、神山隆一裁判長は、よく白を白と言ってくれたと思った。その勇気を讃えたいと思う。
諫早湾の水門閉め切りで、政府は、『堤防閉め切りで漁業環境は悪化しておらず、漁獲量の変化は見られない』と反論していた。黒を白という強弁である。たとえば、海苔が取れなくなったのは事実である。たとえば、タイラギが取れなくなったのも事実である。これは実際に起こったことで事実以外の何物でもない。だが、政府は、そのような事実はないと、抜け抜けという。政府はウソを主張しない限りは、彼等の説明が成立しないということであり、このことが暴論であることの証拠でもある。
干潟に棲む貝類は、海水を水管から吸いあげ海水中の有機物を漉して生きている。その消化作用により、海水の浄化を行なう。干潟とそこに棲む貝類は、自然の海水浄化装置である。その干潟を浅いからという理由で埋め立てる愚かな行為が諫早湾干拓である。愚の骨頂という以外の言葉は思いつかない。農林省には馬鹿しかいないのか。馬鹿が税金を湯水のごとく浪費し、国土を破壊する。
農林省は、「堤防は農耕地確保のため」だと言う。だがこれは、減反政策と矛盾しているので根拠は無い。「堤防は水害対策」という。大雨の水害は、上流からの水の氾濫であって、海からの水の逆流ではない。堤防は無意味である。政府のいうことは荒唐無稽な根拠で、無意味な説明ばかりをするものだから、本当の理由とは工事費2500億円のキックバック目当てだろうと邪推してしまう。
諫早湾干拓とは、税金2500億円円を使い、豊かな有明の自然を破壊する行為以外の何物でもない。諫早湾干拓に賛成する人間は金目当ての人間だけだ。このようなことは、日本の国土に対する悪質な犯罪行為だから、農林省は罰せられるべきである。水産庁は当然このような愚挙に反対するはずだとおもうのだが、農林水産省の農林部門の役人が水産庁の役人を抑えて、工事予算欲しさのためだけに行なっているのだろう。
農水省は、もはや自助努力が不可能であるようだ。一部の役人の暴走を止められない仕組みのようであるからこそ三権分立が重要となる。司法の立場から、農水省の税金の無駄遣いと国土破壊を弾劾してほしい。
2008/06/28のBlog
[ 01:19 ]
ニュースで、小学校6年生の社会の知識を尋ねたものがあった。
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日本の歴史上の人物はどんな業績を残したか。小学校6年生では卑弥呼や外国人の正答率が9割を超えた一方、幕末~明治に活躍した政治家は軒並み5割以下だったことが、国立教育政策研究所が27日公表した調査結果で分かった。
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というのがあった。そして、『「邪馬台国の女王になった」の問いに対しての卑弥呼が正答率トップ』だという。
卑弥呼とはヒメミコの中国語表記だろうから、女性の巫女のことでしかないのではないか。これで正解ならば、『「ナショナルの創業者」を実業家』と答えれば正解ということになる。この方式で正解を出すのは簡単だ。「キリスト教を伝えた」のは外人で、「黒船で来航した」も外人で、「黄熱病の研究」は医者で、「水墨画を完成させた」のは昔の画家だ。
卑弥呼の「卑」の字だが、中日辞書によると「卑」の意味は、
(1) (位置が)低い:
[~不足道]取るに足りない.
(2) 下劣な,粗悪な.
とある。日本語の使用法の、「卑しい」の意味に相当する。魏志倭人伝に使われた字がこの字であるのか、また今と当時とで意味が変わったのかどうか、門外漢で分からないのだが、「卑弥呼」の漢字の使いかたには、日本の統治者を馬鹿にして文字を充てたのではないか。
卑弥呼がひめみこであるのであれば、これは固有名詞ではない。職業を表す単なる普通名詞であるのであるから、「邪馬台国の女王は女性の巫女であった」というので良い気がする。
邪馬台国の時代は、占いや天の声が大好きで、スピリチャルだのを信じる人ばかりの時代であったということだ。「あんた地獄に落ちるわよ!!」や、「前世はゴキブリでした!!」という世界が好きだったのだろう。これは日本の伝統のようだ。今でも日本人は相変わらず、そういうスピリチャルが大好きで、テレビには次々と現代の卑弥呼が出てくる。
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日本の歴史上の人物はどんな業績を残したか。小学校6年生では卑弥呼や外国人の正答率が9割を超えた一方、幕末~明治に活躍した政治家は軒並み5割以下だったことが、国立教育政策研究所が27日公表した調査結果で分かった。
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というのがあった。そして、『「邪馬台国の女王になった」の問いに対しての卑弥呼が正答率トップ』だという。
卑弥呼とはヒメミコの中国語表記だろうから、女性の巫女のことでしかないのではないか。これで正解ならば、『「ナショナルの創業者」を実業家』と答えれば正解ということになる。この方式で正解を出すのは簡単だ。「キリスト教を伝えた」のは外人で、「黒船で来航した」も外人で、「黄熱病の研究」は医者で、「水墨画を完成させた」のは昔の画家だ。
卑弥呼の「卑」の字だが、中日辞書によると「卑」の意味は、
(1) (位置が)低い:
[~不足道]取るに足りない.
(2) 下劣な,粗悪な.
とある。日本語の使用法の、「卑しい」の意味に相当する。魏志倭人伝に使われた字がこの字であるのか、また今と当時とで意味が変わったのかどうか、門外漢で分からないのだが、「卑弥呼」の漢字の使いかたには、日本の統治者を馬鹿にして文字を充てたのではないか。
卑弥呼がひめみこであるのであれば、これは固有名詞ではない。職業を表す単なる普通名詞であるのであるから、「邪馬台国の女王は女性の巫女であった」というので良い気がする。
邪馬台国の時代は、占いや天の声が大好きで、スピリチャルだのを信じる人ばかりの時代であったということだ。「あんた地獄に落ちるわよ!!」や、「前世はゴキブリでした!!」という世界が好きだったのだろう。これは日本の伝統のようだ。今でも日本人は相変わらず、そういうスピリチャルが大好きで、テレビには次々と現代の卑弥呼が出てくる。
2008/06/27のBlog
[ 01:13 ]
新学習指導要領により11年度から小学校で英語が必修化される。だが、移行措置として09年度から実施することも可能だという。親からの隣の小学校では教えているのに、うちの小学校ではなぜ英語を教えないのかとの突き上げにより、11年度まで待てる小学校はない。大多数の小学校の5、6年生が来年から英語を学ぶことになるだろう。
そして、早期英語教育の結果日本人は英語が修復不可能なほど苦手な科目になり、英語を嫌いになるのではないかと思う。ODA諸国中で日本人の理科の知識レベルは、最低であるのだが、その理由として、小学校の先生たちの理科嫌いが原因ではないかという説がある。全部の責任があるとは思わないが、日本の理科離れの原因の一部はそうかもしれない。
小学校の先生は、全教科を教えるが、先生たちも人間であるから好き嫌いはあるだろう。小学校の先生の男女比であるが、女性の先生の割合の方が多い。6割以上は女性の教員である。
高校の理科は選択であるが、物理や地学の履修率が極めて低い。特にこの傾向は女子学生に強い。たとえば、地学を選択する女子学生の数はほとんどいないのではないかと思う。このような背景で小学校教員が生み出されると、理科全般を教えるべき先生の中で、理科に対する苦手意識は大きいだろうということが推測される。理科嫌いの先生が、理科を教えれば、自然と子供達は理科を嫌いになることだろう。好きな科目で熱く授業を行なうのとの差は自然と生まれるに違いない。
さて、英語であるが、小学校の5,6年の担任の先生のうちどれほどの教員が英語が得意科目なのだろう。発音は、大丈夫なのだろうか。大丈夫な先生も多いだろうが、そうでない先生たちもいるに違いない。習い事は最初が肝心だと思うのだが、仮に間違った発音を5年生6年生と習った小学生が、果たして将来まともな英語を喋ることが出来るようになるだろうか? 間違った知識を修正するには、習った時間よりもより多くの時間を費やすことになる。それだけの時間をかける前に英語が嫌いになる人が殆どであろう。間違ったことを教えるくらいであれば、教えない方が良い。
日本人の理科離れに貢献した文科省による小学校での英語必修化の押し付けは、日本人に消えることのない英語苦手意識の植え付けになることだろう。
そして、早期英語教育の結果日本人は英語が修復不可能なほど苦手な科目になり、英語を嫌いになるのではないかと思う。ODA諸国中で日本人の理科の知識レベルは、最低であるのだが、その理由として、小学校の先生たちの理科嫌いが原因ではないかという説がある。全部の責任があるとは思わないが、日本の理科離れの原因の一部はそうかもしれない。
小学校の先生は、全教科を教えるが、先生たちも人間であるから好き嫌いはあるだろう。小学校の先生の男女比であるが、女性の先生の割合の方が多い。6割以上は女性の教員である。
高校の理科は選択であるが、物理や地学の履修率が極めて低い。特にこの傾向は女子学生に強い。たとえば、地学を選択する女子学生の数はほとんどいないのではないかと思う。このような背景で小学校教員が生み出されると、理科全般を教えるべき先生の中で、理科に対する苦手意識は大きいだろうということが推測される。理科嫌いの先生が、理科を教えれば、自然と子供達は理科を嫌いになることだろう。好きな科目で熱く授業を行なうのとの差は自然と生まれるに違いない。
さて、英語であるが、小学校の5,6年の担任の先生のうちどれほどの教員が英語が得意科目なのだろう。発音は、大丈夫なのだろうか。大丈夫な先生も多いだろうが、そうでない先生たちもいるに違いない。習い事は最初が肝心だと思うのだが、仮に間違った発音を5年生6年生と習った小学生が、果たして将来まともな英語を喋ることが出来るようになるだろうか? 間違った知識を修正するには、習った時間よりもより多くの時間を費やすことになる。それだけの時間をかける前に英語が嫌いになる人が殆どであろう。間違ったことを教えるくらいであれば、教えない方が良い。
日本人の理科離れに貢献した文科省による小学校での英語必修化の押し付けは、日本人に消えることのない英語苦手意識の植え付けになることだろう。
2008/06/25のBlog
[ 21:30 ]
数日前にニュースを見ていたら、ミネソタを流れるミシシッピー川で洪水が起こりそうだということだった。一方で、カリフォルニアでは、Fire season arrives in the Westということらしい。この表現からは、夏になると異常な乾燥が訪れるが、それはもはや異常気象ではなく、旱魃とそれに伴う火災が、まるで年中行事であり土地の固有のものになっているとの印象を受ける。
昨年はカリフォルニアの南部で大火事があった。そのときには、500 000 acres (約2 023平方 km。東京都の面積は2187平方km)焼け、10人の犠牲者がでた。 今年は、サンフランシスコとサクラメントの中間あたりのワインの産地である地域で森林火災が発生しているようだ。一斉に750箇所での火災とあるから驚く。火責めにあっているようなものだ。出火原因は、空気が乾燥した所に落ちた雷のようだ。オレゴンとの境界付近では、 110,000 acres焼けたというから、昨年の南カリフォルニアの消失面積のほぼ1/5が焼けたことになる。火事の映像を見ていて、山火事の後に雨が降れば再び豊かな森が形成されていくだろうが、旱魃が日常的になっているのであれば、このまま砂漠化していくのかもしれないと思った。
地球温暖化の特徴として、多雨の地域と少雨の地域の二極化があげられる。たとえば、中国においては一国の中に、北部の旱魃と南部の洪水が同時に起っている。
6月初旬には、米国中西部では、低気圧と前線の影響で降雨が続き、異常多雨となった。週降水量は100~230mmで平年の3~11倍であった。これがミネアポリス付近での洪水を引き起こすかもしれない原因となっている。
中国ほど明らかな二極化現象があるとは思えなかったアメリカであるが、地域ごとの特徴がはっきりし始めているようだ。カリフォルニアでの異常高温と旱魃は毎年のことになってきている。アメリカ南部では、少雨が目立つ。一方、アメリカ中西部の北部では多雨である。地球温暖化の典型的な気候の特徴がアメリカにも現れ始めているということだろう。
昨年はカリフォルニアの南部で大火事があった。そのときには、500 000 acres (約2 023平方 km。東京都の面積は2187平方km)焼け、10人の犠牲者がでた。 今年は、サンフランシスコとサクラメントの中間あたりのワインの産地である地域で森林火災が発生しているようだ。一斉に750箇所での火災とあるから驚く。火責めにあっているようなものだ。出火原因は、空気が乾燥した所に落ちた雷のようだ。オレゴンとの境界付近では、 110,000 acres焼けたというから、昨年の南カリフォルニアの消失面積のほぼ1/5が焼けたことになる。火事の映像を見ていて、山火事の後に雨が降れば再び豊かな森が形成されていくだろうが、旱魃が日常的になっているのであれば、このまま砂漠化していくのかもしれないと思った。
地球温暖化の特徴として、多雨の地域と少雨の地域の二極化があげられる。たとえば、中国においては一国の中に、北部の旱魃と南部の洪水が同時に起っている。
6月初旬には、米国中西部では、低気圧と前線の影響で降雨が続き、異常多雨となった。週降水量は100~230mmで平年の3~11倍であった。これがミネアポリス付近での洪水を引き起こすかもしれない原因となっている。
中国ほど明らかな二極化現象があるとは思えなかったアメリカであるが、地域ごとの特徴がはっきりし始めているようだ。カリフォルニアでの異常高温と旱魃は毎年のことになってきている。アメリカ南部では、少雨が目立つ。一方、アメリカ中西部の北部では多雨である。地球温暖化の典型的な気候の特徴がアメリカにも現れ始めているということだろう。