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2008/07/22のBlog
[ 00:11 ]
高校時代の友人がいて東京で働いている。家はつくばにあって往復4時間ほどを通勤に費やしている。ぼくは生まれてこのかた、通勤通学に電車を使ったりしたことは殆どない。近所の学校にしか行ったことがないし、通勤先が遠ければ近くに引っ越すからだ。何もしない時間を無駄と思っていた。
会社帰りの友人は、いつも特大なカバンを持っているので、何が入っているかと聞くと「本だ」という。そんなに持ち歩いても、読めないだろうと思うのだが、いつも大きなカバンに重い本を入れて持ち歩いている。行きも帰りも始発で座れるらしいのだが、満員電車では、落ち着いて読めないだろうと思っていた。
一昨日その友達と飲みに行ったので、最近は電車の中で何をしているのかと尋ねてみた。最近は電車の中で漢詩を暗誦しているという。李白、杜甫、陶淵明などの詩を常に10個くらい暗誦し、覚えてしまうと、次の10個を暗誦するというように、次々に覚えているという。すでに数百は(一度は)覚えたらしい。数百覚えたといっても、忘れてしまうので、暗誦できるのは、いつも10ほどしかないと謙遜していた。
忘れたにしても、次々と覚えていくのは凄い。ぼくは、高校のころ、現代文は、勉強しなくても点数が取れるので好きだったが、漢文は嫌いであった。漢文は、勉強しないと点数が取れない。勉強はしないので、苦手になる。だから嫌いだったのだ。苦手だったので、五言絶句だとか、七言律詩とかあった気がするが、そんなことは長い間忘れてしまっていた。ところが、その友達は、今も日々漢詩を暗誦して通勤時間を潰しているという。
ぼくは、なにかしら、いつも無駄に忙しい。たとえば、昨日も今日も仕事だった。日曜日は、月曜日の準備があるので休みではない。ゆっくりしても、午前中までで、午後からは仕事をしている。それで日曜日も休みではない。いつも仕事に追われている。また、毎日の生活のなかに、一日4時間の通勤時間もないので、友達のように、仕事以外のことを勉強したりする時間も長く持ったことがない。
通勤時間が長いことを効率が悪いと思っていたが、友達の漢詩暗誦の話を聞いて、仕事の効率優先だけで生きていることを思い知らされた気がした。自分の時間がない分、自分が空虚になってきているのだろう。
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あと1回で1000回になります。これが、999回目の投稿でした。アラビアンナイトか弁慶の気分です。アクセス数ももう少しで10万となります。10万回あるいは、10万回に近い数字を踏まれた方は、連絡をください。何かは決めていませんが記念品を送らせていただきます。
会社帰りの友人は、いつも特大なカバンを持っているので、何が入っているかと聞くと「本だ」という。そんなに持ち歩いても、読めないだろうと思うのだが、いつも大きなカバンに重い本を入れて持ち歩いている。行きも帰りも始発で座れるらしいのだが、満員電車では、落ち着いて読めないだろうと思っていた。
一昨日その友達と飲みに行ったので、最近は電車の中で何をしているのかと尋ねてみた。最近は電車の中で漢詩を暗誦しているという。李白、杜甫、陶淵明などの詩を常に10個くらい暗誦し、覚えてしまうと、次の10個を暗誦するというように、次々に覚えているという。すでに数百は(一度は)覚えたらしい。数百覚えたといっても、忘れてしまうので、暗誦できるのは、いつも10ほどしかないと謙遜していた。
忘れたにしても、次々と覚えていくのは凄い。ぼくは、高校のころ、現代文は、勉強しなくても点数が取れるので好きだったが、漢文は嫌いであった。漢文は、勉強しないと点数が取れない。勉強はしないので、苦手になる。だから嫌いだったのだ。苦手だったので、五言絶句だとか、七言律詩とかあった気がするが、そんなことは長い間忘れてしまっていた。ところが、その友達は、今も日々漢詩を暗誦して通勤時間を潰しているという。
ぼくは、なにかしら、いつも無駄に忙しい。たとえば、昨日も今日も仕事だった。日曜日は、月曜日の準備があるので休みではない。ゆっくりしても、午前中までで、午後からは仕事をしている。それで日曜日も休みではない。いつも仕事に追われている。また、毎日の生活のなかに、一日4時間の通勤時間もないので、友達のように、仕事以外のことを勉強したりする時間も長く持ったことがない。
通勤時間が長いことを効率が悪いと思っていたが、友達の漢詩暗誦の話を聞いて、仕事の効率優先だけで生きていることを思い知らされた気がした。自分の時間がない分、自分が空虚になってきているのだろう。
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あと1回で1000回になります。これが、999回目の投稿でした。アラビアンナイトか弁慶の気分です。アクセス数ももう少しで10万となります。10万回あるいは、10万回に近い数字を踏まれた方は、連絡をください。何かは決めていませんが記念品を送らせていただきます。
2008/07/21のBlog
[ 00:01 ]
BBCにDog rescues woman from kangarooというニュースがあった。オーストラリアで、カンガルーに襲われたおばあさんの悲鳴を聞いた犬が、カンガルーを追い払ったという話だ。おばあさんは脳震盪を起こし、怪我をしたものの命が助かったのは犬のおかげという話だ。
これを読み、犬は順々で勇敢な動物だと思ったものの、この報道は、「カンガルーが繁殖して人の住む地域にも訪れ、人の命をも脅かす存在である」ということのキャンペーンかもしれないと思った。いったん、そう思い出すと、いろいろ疑り深くなる。
アングロサクソン(アングロサクソンに限らず、狗の売国奴竹中も同じ)というのは、自由主義経済を他国に押し付け、他国の企業を潰しておきながら、自国の企業が窮地に陥るやいなや公的資金導入も辞さないというような支離滅裂なことを平気でやる。論理というものが理解できないようだ。
そういえば、オーストラリアの環境相の老ロックスターは、日本の捕鯨を「残酷かつ野蛮な行為」と口汚く罵りながら、自国ではカンガルー駆除を行なう自己中で支離滅裂な男だ。
それを思い出すと、これは奇妙なニュースに思えてくる。ボクシングをするカンガルーはいるが、カンガルーは人を見たら襲うような凶暴性を持っているのか・・・などと疑問が湧いてくる。走っているカンガルーの前に、おばあさんが飛び出しだだけの事故だったかもしれないとも思えてくる。
これを読み、犬は順々で勇敢な動物だと思ったものの、この報道は、「カンガルーが繁殖して人の住む地域にも訪れ、人の命をも脅かす存在である」ということのキャンペーンかもしれないと思った。いったん、そう思い出すと、いろいろ疑り深くなる。
アングロサクソン(アングロサクソンに限らず、狗の売国奴竹中も同じ)というのは、自由主義経済を他国に押し付け、他国の企業を潰しておきながら、自国の企業が窮地に陥るやいなや公的資金導入も辞さないというような支離滅裂なことを平気でやる。論理というものが理解できないようだ。
そういえば、オーストラリアの環境相の老ロックスターは、日本の捕鯨を「残酷かつ野蛮な行為」と口汚く罵りながら、自国ではカンガルー駆除を行なう自己中で支離滅裂な男だ。
それを思い出すと、これは奇妙なニュースに思えてくる。ボクシングをするカンガルーはいるが、カンガルーは人を見たら襲うような凶暴性を持っているのか・・・などと疑問が湧いてくる。走っているカンガルーの前に、おばあさんが飛び出しだだけの事故だったかもしれないとも思えてくる。
2008/07/20のBlog
[ 00:07 ]
台東区入谷の鬼子母神(真源寺)で朝顔市をやっている。昨日、近くに用事があったので、寄ってみた。おそれいりやの鬼子母神という言葉と朝顔市という言葉とで馴染み深いのだが、始めて行った。鬼子母神の周りは、朝顔や食べ物を売る屋台が軒を連ね、祭りの感じが濃厚に立ち込めていた。
鬼子母神の名前を始めて聞いたときは、怖かった。豊島区雑司が谷の法明寺鬼子母神堂には、行ったことがあった。鬼子母神の話が怖かった。その話は、雑司が谷の鬼子母神のHPにある。次のようなものだ。
http://www.kishimojin.jp/history/index.html
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その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。
お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。
そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。
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第一に人を食べることが怖い話なのだが、それが母親であることが怖い。非人間的行為を平気で繰り返し、それをお釈迦様から悟らされるまで繰り返す女性の思考が恐ろしい。それなのに、一人の子供を神隠しにあった途端に、苦しみ己のやってきたことを思い巡らし悔い改めるという極めて人間的な感情の激しさがまた恐ろしい。
この言い伝えには、母親というものの思考パターンを見る気がする。子供への愛情というのは非論理的で、反社会的であって、己の感情の命じるもののみが正義であり、社会の正義とは無縁だ。その激しさは鬼のようであり、また神のようでもある。そのようなイメージを鬼子母神に抱いている。それを考えると怖い。ぼくは、おそれいりやの鬼子母神に参り、恐れおののき鬼子母神に手を合わせた。
鬼子母神の名前を始めて聞いたときは、怖かった。豊島区雑司が谷の法明寺鬼子母神堂には、行ったことがあった。鬼子母神の話が怖かった。その話は、雑司が谷の鬼子母神のHPにある。次のようなものだ。
http://www.kishimojin.jp/history/index.html
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その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。
しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。
お釈迦様は、その過ちから帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、
「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。
そこで帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。
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第一に人を食べることが怖い話なのだが、それが母親であることが怖い。非人間的行為を平気で繰り返し、それをお釈迦様から悟らされるまで繰り返す女性の思考が恐ろしい。それなのに、一人の子供を神隠しにあった途端に、苦しみ己のやってきたことを思い巡らし悔い改めるという極めて人間的な感情の激しさがまた恐ろしい。
この言い伝えには、母親というものの思考パターンを見る気がする。子供への愛情というのは非論理的で、反社会的であって、己の感情の命じるもののみが正義であり、社会の正義とは無縁だ。その激しさは鬼のようであり、また神のようでもある。そのようなイメージを鬼子母神に抱いている。それを考えると怖い。ぼくは、おそれいりやの鬼子母神に参り、恐れおののき鬼子母神に手を合わせた。
2008/07/18のBlog
[ 19:55 ]
アメリカで第2四半期の企業決算報告が続いている。
Citigroup posts $2.5B loss as loan defaults mount
とのニュース。
25億ドルということは、1ドル100円として2500億円となる。
大きいのか、小さいのかわからない。
Citiの昨夏以来の損失額は既に460億ドルだから、それに比べれば小さい。
アメリカの金融は損失額の大きさに慣れてしまっている。
(つづき)
現在のCitibankの株価を見ると、10.22ドルで昨日の終わり値から1.92%のダウンでしかない。したがって、25億ドルの赤字は、株価に大きな影響は与えてはいないようだ。すでに5兆円超の赤字を抱えているのだから、よく持ちこたえているものだと思う。この2年での推移は右図のようになっている。去年の秋までほぼ一定の株価であったのだが、それ以降下がり現在当時の1/3ほどの株価である。
次にメリルリンチを見てみると、メリルリンチの第2四半期の純損益は、Citiよりも大きく46億5000万ドルであった。これも昨年の秋頃から下がっていて、その当時の30数%まで下げている。
7月11日には、住宅ローン大手インディマック・バンコープが経営破綻したが、このローン会社はサブプライムがメインではなく、中流階級向けのローン会社であったようだ。破綻したということは、その会社へのローンを平均的アメリカ人が返せないということである。もはやアメリカの不動産不況は、サブプライムに留まらないということだ。
不動産不況は、アメリカの金融機関に大きな赤字を生み出している。そして住宅ローンの大手が、ファニーメイとフレディマックである。潰れたときの両社の生み出す債権化したローン額は500兆円もある。アメリカ政府は、「必要なら両社に公的資金を注入して資本増強」と言っているが、投入できる金額ではない。
仮に潰れた場合だが、その影響は今、シティやメリルリンチで起きていることが、日本の金融機関にも起こるだろう。日本のバブル崩壊で日本の金融機関は大きな損害を出した。今進行しつつあるアメリカの金融危機は、アメリカに留まらない。アメリカの狗国家にも破滅的損害が出ることだろう。というよりも、アメリカは損害は狗国家に回すとの観測も多いし、ぼくもそう思っている。コイズミや竹下がやったことを思い出すとそうなる。
アメリカの金融機関は、次々と潰れる寸前であるのだろう。ブッシュは15日の記者会見で、「国民は深呼吸して、預金が政府によって守られていることを分かってほしい」と演説した。守られるのは10万ドルまでで、それ以上は没収となる。大統領が、このようなことを言わざるをえない状況とは、今アメリカは危機的状況にあるということだ。
4百億ドルの資産を持つビル・ゲーツも上限10万ドルまでは保証されることを深呼吸しながら聞いて、卒倒したことだろう。
Citigroup posts $2.5B loss as loan defaults mount
とのニュース。
25億ドルということは、1ドル100円として2500億円となる。
大きいのか、小さいのかわからない。
Citiの昨夏以来の損失額は既に460億ドルだから、それに比べれば小さい。
アメリカの金融は損失額の大きさに慣れてしまっている。
(つづき)
現在のCitibankの株価を見ると、10.22ドルで昨日の終わり値から1.92%のダウンでしかない。したがって、25億ドルの赤字は、株価に大きな影響は与えてはいないようだ。すでに5兆円超の赤字を抱えているのだから、よく持ちこたえているものだと思う。この2年での推移は右図のようになっている。去年の秋までほぼ一定の株価であったのだが、それ以降下がり現在当時の1/3ほどの株価である。
次にメリルリンチを見てみると、メリルリンチの第2四半期の純損益は、Citiよりも大きく46億5000万ドルであった。これも昨年の秋頃から下がっていて、その当時の30数%まで下げている。
7月11日には、住宅ローン大手インディマック・バンコープが経営破綻したが、このローン会社はサブプライムがメインではなく、中流階級向けのローン会社であったようだ。破綻したということは、その会社へのローンを平均的アメリカ人が返せないということである。もはやアメリカの不動産不況は、サブプライムに留まらないということだ。
不動産不況は、アメリカの金融機関に大きな赤字を生み出している。そして住宅ローンの大手が、ファニーメイとフレディマックである。潰れたときの両社の生み出す債権化したローン額は500兆円もある。アメリカ政府は、「必要なら両社に公的資金を注入して資本増強」と言っているが、投入できる金額ではない。
仮に潰れた場合だが、その影響は今、シティやメリルリンチで起きていることが、日本の金融機関にも起こるだろう。日本のバブル崩壊で日本の金融機関は大きな損害を出した。今進行しつつあるアメリカの金融危機は、アメリカに留まらない。アメリカの狗国家にも破滅的損害が出ることだろう。というよりも、アメリカは損害は狗国家に回すとの観測も多いし、ぼくもそう思っている。コイズミや竹下がやったことを思い出すとそうなる。
アメリカの金融機関は、次々と潰れる寸前であるのだろう。ブッシュは15日の記者会見で、「国民は深呼吸して、預金が政府によって守られていることを分かってほしい」と演説した。守られるのは10万ドルまでで、それ以上は没収となる。大統領が、このようなことを言わざるをえない状況とは、今アメリカは危機的状況にあるということだ。
4百億ドルの資産を持つビル・ゲーツも上限10万ドルまでは保証されることを深呼吸しながら聞いて、卒倒したことだろう。
2008/07/17のBlog
[ 00:32 ]
アメリカへ持って行ったPCの調子がおかしかった。ブルー・スクリーンと呼ばれるものが出た後にスイッチを入れると電源は入るものの画面は暗いままだった。アメリカではどうしようもなかった。
以前、パソコン故障は、失恋よりも深刻だという報道があった。そこには、『データ復元のために支払ってもいい金額は平均5364円。2万円以上も6%、最高額は10万円だった。一方、支払わないという回答も30%あり、意識の差が表れた』と書いてあった。
ぼくは、物とは壊れるものだと思っているので、失恋ほどの衝撃はない。だが、データ復元には10万円出しても良いと思う。データを打ち直したり調べなおしたりして取り戻す作業代をお金に換算したら、10万円でもぜんぜん足りない。仕事の大半は、パソコンに打ち込まれている。PCは一台だけでないが、仕事の何分の1は故障したノートPCに収められていた。
日本に戻って、ノートPCのデータをどのくらいバックアップを取っているか調べたら、肝心のものを殆ど取っていなかった。PCがきちんと動いていると、永遠に動き続けるものだとの錯覚を持ってしまうものだ。だが、人にも突然死があるように、PCも永遠ではない。今度、PCが生き返ったら、きちんんとバックアップを取ろうと思った。
以前、故障したHDからのデータの復元には数十万円か、それ以上の額かかるようなことを聞いた覚えがあった。だが、調べて見ると、秋葉原では数万円で直せる場合は、データを復元してくれる店があった。PCからハードディスク(HD)を外し、たぶん店のPCに、外したHDを付けて、客の外付けHDにデータをコピーしてくれるサービスだ。HD以外の故障だと、これで100%OKだ。
5年ほど使っていたノートPCであったので、本体は直らなくても良いと思っていた。しかし、HDのデータは保存できてほしかった。今日、電話をして様子を尋ねてみたら、嬉しいことに、データのバックアップは取れたということだった。PC本体は、どうなるかどうかわからないが、少なくともデータは残った。データの中には、仕事のファイルの他に、デンマーク1年間の写真が思い出と一緒に入っている。
以前、パソコン故障は、失恋よりも深刻だという報道があった。そこには、『データ復元のために支払ってもいい金額は平均5364円。2万円以上も6%、最高額は10万円だった。一方、支払わないという回答も30%あり、意識の差が表れた』と書いてあった。
ぼくは、物とは壊れるものだと思っているので、失恋ほどの衝撃はない。だが、データ復元には10万円出しても良いと思う。データを打ち直したり調べなおしたりして取り戻す作業代をお金に換算したら、10万円でもぜんぜん足りない。仕事の大半は、パソコンに打ち込まれている。PCは一台だけでないが、仕事の何分の1は故障したノートPCに収められていた。
日本に戻って、ノートPCのデータをどのくらいバックアップを取っているか調べたら、肝心のものを殆ど取っていなかった。PCがきちんと動いていると、永遠に動き続けるものだとの錯覚を持ってしまうものだ。だが、人にも突然死があるように、PCも永遠ではない。今度、PCが生き返ったら、きちんんとバックアップを取ろうと思った。
以前、故障したHDからのデータの復元には数十万円か、それ以上の額かかるようなことを聞いた覚えがあった。だが、調べて見ると、秋葉原では数万円で直せる場合は、データを復元してくれる店があった。PCからハードディスク(HD)を外し、たぶん店のPCに、外したHDを付けて、客の外付けHDにデータをコピーしてくれるサービスだ。HD以外の故障だと、これで100%OKだ。
5年ほど使っていたノートPCであったので、本体は直らなくても良いと思っていた。しかし、HDのデータは保存できてほしかった。今日、電話をして様子を尋ねてみたら、嬉しいことに、データのバックアップは取れたということだった。PC本体は、どうなるかどうかわからないが、少なくともデータは残った。データの中には、仕事のファイルの他に、デンマーク1年間の写真が思い出と一緒に入っている。