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2004/06/10のBlog
[ 00:02 ]
2004/06/09のBlog
[ 02:09 ]
トラベリング・ウィルベリーズとは、1988年に突然登場した覆面バンドで、メンバーはレフティ、ラッキー、ネルソン、オーティスのウィルベリー兄弟と、従兄弟のチャーリー・T・ジュニア・・・しかし、その実体はロイ・オービソン、ボブ・ディラン、ジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、トム・ペティという超豪華な顔触れによる変名プロジェクトだったのである。結成のきっかけについて、ジョージは「新曲の依頼があったので、CLOUD NINE以来の付き合いになるジェフに連絡。すると、ちょうどジェフはロイのアルバムのセッションに参加しており、この話を聞いたロイも協力したい」と語っている。ジョージはちょうどトムのセッションに参加しており、トムの家に置いていたギターを取りに行き、この話をするとトムも手伝いたいと申し出た。さらに、急なセッションということでスタジオが見つからない。そこでディランのスタジオを借りようとディランに頼みに行ったら、ディランも手伝うと・・・まあ、軽いノリで結成されたことは間違いなさそう。結局、ジョージの新曲としてHandle With Careがレコーディングされたが、あまりにうまくいったことに気をよくした5人は、さらに9曲を一気にレコーディング。その結果アルバムVOL.1が発表されることになったのである。さらにビデオが流されてその正体が分かると話題になり、特にアメリカでは大ヒットを記録するに至った。また、ジョージはそのバンド名通りのツアーを行うことも公言、期待が高まったが、VOL.1発表後間もない1988年12月6日、ロイが急死(心臓発作)したためツアーは実現しなかった。その後メンバー各自の活動が活発化した。この時期に発表されたロイの遺作MYSTERY GIRL(発表は89年、ジェフがプロデュース、ジョージ&ジェフ参加)、トム・ペティのFULL MOON FEVER(89年、ジェフのプロデュース、ジェフ&ジョージ参加)、ジェフ・リンのARMCHAIR THEATERE(90年、ジョージ参加、トム共作曲含む)、ディランのUNDER THE RED SKY(90年、ジョージ参加)、ジョージが映画「リーサル・ウェポン2」に提供した新曲Cheer Down(89年、ジェフのプロデュース、ジェフ参加、作詞はトムが協力)にはいずれもウィルベリーズのメンバーが参加している上、サウンドもウィルベリーズそのもので、見逃せないところ。実は1989年頃、ウィルベリーズはRunaway(悲しき街角)で知られるデル・シャノンを新メンバーに加えて、VOL.2を制作したともいわれている。しかし、デル・シャノンが1990年2月8日ピストル自殺を図って他界したため、「レコーディングが中断された」とか「お蔵入りになった」とか伝えられるが、この辺に関するメンバーの正式なコメントはない。こうしてもう活動することはないとの噂も流れはじめた1990年11月、ディラン、ジョージ、ジェフ、トムの4人によるウィルベリーズのセカンドアルバム「VOL.3」が発表された。セカンドなのに「VOL.3」であることについて、メンバーは「トムのFULL MOON FEVERがVOL.2だからだ」としているが、「実はデル・シャノンを加えた未発表のVOL.2があるため」との憶測も。またメンバー全員が改名、前回は「従兄弟」だったトムも正式に「兄弟」になっている(笑)。このアルバムについては前作ほどのプロモーションは行わず、ジョージも「ツアーはやらない」「今後の活動は白紙」などとコメント。その後、1991年にジョージの来日が決まった当初「ウィルベリーズとして来る」と一時的にガセ情報が流れたこともあったが、以降ウィルベリーズとしての活動は一切行われていない。なお、ウィルベリーズのアルバム未収録曲としては、ジョージがルーマニアで起こった民主化革命の中で孤児となった子供たちを救うために制作したチャリティ・オムニバス・アルバムNOBODY'S CHILD(90年)に収録されたハンク・スノウのカバー、Nobody's Child(メンバー4人が交互にボーカルを担当)、シングルShe's My Baby(日本未発売)とのカップリングで登場したデル・シャノンのカバーRunaway(悲しき街角)の2曲がある。
※これはどっかのサイトにあったものを編集したものです。URLを失念したためお断りが出来ないのが残念です。
Thanks! トラベリング・ウィルベリーズ・マニア
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Thanks! トラベリング・ウィルベリーズ・マニア
2004/06/08のBlog
[ 12:18 ]
2004/06/07のBlog
[ 00:30 ]
2004/06/06のBlog
[ 00:36 ]
2004/06/05のBlog
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『Uncut』誌最新号のインタヴューで、薬物の曲作りへの影響や日本で逮捕されたときのことを赤裸々に語っている。ポールは1980年1月にウイングスのツアーで来日した際、大麻を所有しているのが見つかり逮捕された。彼は10日間拘置後、強制送還されている。ポールはこれ を「僕の人生で最も愚かな出来事」と話した。「NYでいい草を手に入れたんだ。日本に向かうところで、持っていけないのはわかっていたんだけど、トイレに流すには惜しいものだったんだ」拘置生活は「素晴らしいとは言えない」もので、他の囚人達と歌をうたい元気を出そ うとしていたという。マッカートニーは、ビートルズ初期の頃から薬物を使用してきたと告白している。曲の中には、明らかにその影響を 受けているものがあるという。例えば「Got To Get You Into My Life」は大麻、「Day Tripper」はアシッドについて歌っているという。 また「Lucy In The Sky With Diamonds」はよく知られている通り、LSDにインスパイアされたものだと明かした。
Thanks! CNN(us.cnn.com/2004/SHOWBIZ/Music/06/02/mccartney.drugs.ap)
Thanks! Uncut(www.uncut.net)
Thanks! CNN(us.cnn.com/2004/SHOWBIZ/Music/06/02/mccartney.drugs.ap)
Thanks! Uncut(www.uncut.net)
2004/06/04のBlog
[ 17:45 ]