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2008/01/31のBlog
[ 14:31 ] [ ヨーロッパ ]
運転手は民族博物館に我々を案内します。
この手の博物館ではたいていガイドがつきます。
「金持ちの道具はこれ、貧しい人たちのはこれ」と説明してくれます。
臼をひいたりもしてくれます。
さまざまな部屋がありました。
これは女性用のベールでしょう。
2008/01/29のBlog
[ 12:43 ] [ ヨーロッパ ]
山の中腹にあるクルヤという観光地に来ました。
城があります。
眺めがとてもいい。
2008/01/28のBlog
翌日、ティラナから遠出しました。
この日は西へ。
モンテネグロとの国境を目指します。

運転手と車つき。一日で80ユーロぐらいでしょうか。
マザー・テレサの像を見かけます。
空港です。

マザー・テレサはマケドニア出身のアルバニア人。
社会主義政権が倒れたあと、アルバニアを訪れたことがあります。
ガソリンスタンド。
1リットル140レク(182円)もします。
日本よりも高いのです。
クルヤという山腹に広がる古都を目指していたのですが、途中、ジョージ・W・ブッシュという名のバー・カフェを見つけます。

クルヤのある山の麓にあるフシュ・クルヤという街でのことです。
実はこの街に昨年6月にジョージ・W・ブッシュが訪れているのです。

運転手はいいます。
「このカフェでブッシュ大統領はコーヒーを飲んだんだ」
そのころブッシュがアルバニアを訪れたのは知っていましたが、まさか彼が訪れた場所にこようとは!

アルバニア人がブッシュを歓迎するのには理由があります。
ブッシュはコソボ独立を支持する発言をしているのです。
また、ブッシュが来ることで、「自分たちの国もここまで認められるようになった」という風にアルバニア人は受け止めるのです。

帰国してから調べたのですが、この建物の前当たりでブッシュは群衆と握手をしています。そのときの模様です。

ブッシュはなんとそのとき時計を盗まれたといいます。
時計はポケットにあった、とか、落とした時計はボディガードが拾ったとか、いろいろ説があるようですが、見つかったのでしょうか。

写真はAP通信より。
2008/01/27のBlog
[ 22:52 ] [ ヨーロッパ ]
午後、いっしょについてきてくれたバルダは敬虔なムスリムです。
アメリカの大学に通い、そのころムスリムとしての自分に目覚めました。
彼女のいってたころは同時多発テロがあったころですから、あの事件とそれによる世界の激動というものが強く影響しているのでしょう。

祖国に帰ってきた後、ムスリムとしての規律を生活の中に取り入れていきます。
日々のお祈りやラマダーン。
ラマダーンの期間、ムスリムは日が出ている間、飲食を行いません。

僕らとティラナを歩いた日、バルダはラマダーンの続きをやっていました。
正式な期間はすでに終わっていましたが、諸事情によって先送りにすることが出来るそうなのです。
そんなわけで彼女は我々と歩いている間、一切の飲食はしませんでした。
お祈りもきっちりとやります。
それが我々と一緒に行動しているときであってもです。
ただ我々は生きた信仰に触れられるのが楽しいので、気にするどころか喜んで一緒にモスクに行きました。
女性ふたり、男性ふたりずつに別れました。女性二人はちゃんと祈ったようです。




午後3時すぎ我々3人はファストフードでピザと炭酸飲料を口にしました。
彼女は目の前に一切食べませんでした。
申し訳ない気がしました。
鳥が集団で飛んでいます。
夕方、巣にでもかえるのでしょうか。
4時半ごろでしょうか。
一緒に歩いていてずいぶんやつれている様子がわかりました。

まだ暗くなりきっていませんでしたがバルダはもう日没だと判断し、一目散に軽食スタンドへと移動、彼女に追いつくともしゃもしゃと必死に食べていました。
別れる前、4人でコーヒーを飲みました。
一日お疲れ様でした。
バルダは英語教師。
モンディはバルダの生徒です。
このあと5時すぎから彼女の教室へと習いに行きます。

写真ですが左から妻、バルダ、僕、モンディです。

コーヒーを飲んだカフェには本が売られていて、並んでいるのはアメリカの政治家の本ばかりでした。さすが親米国。親米についてのエピソードはまたのちほど。
2008/01/26のBlog
[ 12:36 ] [ ヨーロッパ ]
ティラナの中心にある博物館に入ります。
入り口にあるこのモザイク画。
この絵を描いた技師は報酬として15ドルしかもらえなかったとか。
古代から第二次大戦後まで詳しく展示されていました。
かなり見応えがあります。

この国がいかに他国の影響を受け続けて来たのかがわかりました。
独立のため戦った人たちの展示は社会主義時代も変わりないでしょうが、
その時代はホッジャ時代の過酷な生活、なんていうコーナーはなかったはずです。

ガイドのモンディは博物館に入るとき、友人を呼び寄せました。
アメリカの大学を卒業したバルダという、とても聡明な女性でした。
この二人のやり取りが夫婦漫才のようでした。

以下は祖国の英雄スカンデルベグの銅像を見ながらの会話です。
「スカンデルベグが十数回侵略を跳ね返したってことになってるけど、属国になってでも戦いをさけていれば人口が3分の1にまで減ることはなかったはずだよ。彼は英雄扱いされ、スカンデルベグ像はどれも大男として描かれているけど本当は小さい男だったんだ」
「モンディね、私たち祖国の英雄なんだから、ちょっとぐらい敬意を払いなさいよ」

彼にゲンコツ式の挨拶の写真を見せます。
「狂ってる。まだ社会主義を信奉してる奴がいるなんて」
「ふざけてポーズを取れるぐらい、それだけ客観的にあの時代を振り返られるようになったのよ。それって素敵じゃない?」
バルダが写真の展示を見て驚きます。

おじいさんの日記が展示されていたのです。
詳しいことは聞きませんでしたが、彼女のおじいさんはパルチザンとして戦っていたのかもしれません。

博物館の展示をある程度見終わったあと、売店に行き、本などを買うと店の人がサービスで我々に民族衣装を着させてくれました。

写真はバルダです。
この展示はなんでしょう。
男なのか女なのか。
2008/01/24のBlog
[ 23:35 ] [ ヨーロッパ ]
アルバニアには独裁者が君臨していました。
エンベル・ホッジャです。
くわしくはここを読んでください。

90年代初め、社会主義政権が政権の座から滑り落ちたとき、若者たちが立ち上がりました。ソ連のレーニン像、イラクのフセイン像のようにホッジャ像も倒されました。
ティラナの中心部、スカンデルベグ広場のホッジャ像もそうです。

写真はホッジャ像のあった場所です。タイルが剥げているところがそうです。

僕らはこの日、ガイドをつけたのですが、そのガイドは17歳のときホッジャ像を倒した一人でした。彼は当時のことを以下のように振り返りました。
「あのころは希望に満ちていた。みんな興奮していた。新しい世界が広がるような気がしていたね」

この建物はかつてホッジャ博物館でした。
建築家をやっていた娘(今もやっているかは不明)が設計したそうです。
ホッジャが亡くなった翌年(86年)にオープンしました。

現在は展示場になっているようで、この日は車が陳列されているようでした。
ピラミッド型をしているので今では子供たちの格好の遊び場です。
「子供時代は誰でもここで遊ぶんだ」とガイドは振り返ります。
ホッジャの元邸宅。
意外と大したことはありません。
今も迎賓館のようにして使われているようです。
庭には銃を持った人が立っていて、写真を撮ったらダメとジェスチャーされました。
社会主義時代、ホッジャ邸宅一帯の立ち入りが禁止されていました。
禁止が解かれ、行ってみると贅沢な暮らしをしていたことがわかり、庶民の怒りを買ったそうです。
2008/01/23のBlog
[ 09:19 ] [ ヨーロッパ ]
テコンドーをしています
女兵士
バスの車内
携帯電話
ジプシー(ロマ)。歩いていると子供が膝にタックルしてきました。
2008/01/22のBlog
[ 09:42 ] [ ヨーロッパ ]
きのう紹介したモスクの中に入ってみます。
妻は渡されたスカーフをかぶります。
入るとイマームが中にいました。

社会主義の時代、彼らは心の中で祈ることしかできなかったそうです。
宗教弾圧のためです。

モスクや教会の壁画は破壊され、牧師は労働者として工場に送られました。
18世紀に建てられたこの建物は幸い破壊されなかったようです。

ガイドに聞くと「文化財なので当然だよ。なんで壊す必要があるんだ」とのこと。

他の場所ではミナレット(尖塔)が折られたモスクもあって、当然という感じはしませんでした。
こちらは街のモスク。

90年代初頭に社会主義政権が政権の座から転落しました。
それ以後、だんだんと宗教が復活してきているのです。
以前はモスクで祈ることは許されませんでした。

そうした時代が長く続いたせいか。
それともバルカンの地では信仰がゆるいのか。
エセムスリムが珍しくありません。

ガイドもそうです。
彼はムスリムのはずですが一緒には祈りません。
しかもお祈りの場で携帯電話を使ってペラペラ話しているではありませんか。
彼には信仰心のカケラもないようです。
壁面のくぼみはミフラーブ。
メッカの方向です。
信者がたくさん集まったときに使うんでしょうか。
2008/01/21のBlog
[ 10:14 ] [ ヨーロッパ ]
モスクがあります。
この国、世界初の無神論国家を標榜していただけあって無宗教の人が多いようです。宗教を信じている人に限れば7割がムスリムだそうです。
世界にはびこるニセミッキー
広場に面したところに官庁街がありました。
ムッソリーニが占領していた時代に建てられた建物だそうです。
ちゃんと信号があるのに警官が交通整理をしています。
自動車も歩行者も信号をあまり信用していないんです。
横断歩道は冷や冷やです。
泊まりはこの、ジーナばあちゃんの家です。
ダブル一泊30ユーロ(プラス手配料5ユーロ)でした。
2008/01/20のBlog
[ 00:30 ] [ ヨーロッパ ]
ティラナ駅を出ます。
街を歩いてみましょう
街はこぢんまりして汚いですが、人の身なりはヨーロッパですね。やはり。
ピタパンのようなものも売っています。
広場にやってきました。ここがティラナのへそのようです。