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2008/08/28のBlog
[ 02:00 ] [ お知らせ ]
今日の夕方、新刊「誰も国境を知らない」のカバーがあがってきました。
広げます。
帯です
カバーをめくるとこのようになっています。

懐かしいのか、新しいのか。
にわかには判断できない不思議な表紙に仕上がりました。
2008/08/14のBlog
ただいま最終ゲラをチェックしています。
18日に提出すれば校了となります。

今のところ確定していることを、ひとまず発表することにします。

総ページ数:390ページ(奥付の手前まで)
巻頭のカラー口絵のページ:4ページ

目次:
・口絵
・プロローグ――――――――――――――――――膨張と収縮のヒストリー 011
1..北方領土Ⅰ―[渡航を禁じられた島]……………函館~サハリン~国後島 017
2..沖ノ鳥島――[国家が守る見えない島]……………東京~父島~沖ノ鳥島 053
3..竹島Ⅰ―――[民族的聖地への上陸記]……………釜山~鬱陵島~竹島 083
4..対馬――――[隣国と向き合う交流の島]………対馬~釜山/釜山~対馬 113
5..硫黄島―――[国家に裏切られた島]…………………東京~父島~硫黄島 141
6..小笠原諸島―[日米の間で揺れ続けた島]……………東京~父島~母島 181
7..与那国島――[国境の前でもがく島]………………基隆~那覇~与那国島 217
8..竹島Ⅱ―――[奪われた島をめぐる記憶]………………………七類~隠岐 255
9..北方領土Ⅱ―[歴史が止まったままの島]…………国後島~色丹島~根室 281
10.尖閣諸島――[政治的な秘境となった島]……那覇~香港/那覇~魚釣島 327
・エピローグ―――――――――――――――――日本の中心から遠く離れて 375

2008/07/01のBlog
「日本の国境」をテーマにした新刊のタイトルが決定しました。

『誰も国境を知らない~揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅』

です。
『僕の見た「大日本帝国」』同様の紀行ノンフィクション。
「大日本帝国」は明治以後、敗戦までの国土膨張の跡をたどる旅を本にしたものですが、今回はその逆です。
収縮し「日本の国境」となってしまった場所、つまり、日本列島の周縁の地となってしまった国境の島々をまわった旅を本にしました。各島ごとに一章ずつの10章から構成されています。

具体的な取材地は次の通り。
北方領土、竹島、対馬、小笠原、沖ノ鳥島、硫黄島、尖閣諸島、与那国島、沖縄本島、そしてそれらの地域に関係する外国。

独立した作品ではあるんですが、『僕の見た「大日本帝国」』との連続性・共通性が感じられる作りになっていると思います。両方読むと「日本のかたち」というものをより理解できるはずです。

刊行は9月、定価は(1700円+税)となる予定。

ハードカバーだけども背表紙は四角の四六判上製角背。あまり一般的ではないけどもかっこいい装丁です。

ページ数は400ページ弱。脱稿していないのではっきりとした数はまだ答えられません。

一昨年のうちに出る予定でしたが、延び延びとなってしまいました。
しかし今度こそ出ます。出してみせます。

カバーデザインやページ数、目次など新情報はわかり次第、発表します。
2008/04/23のBlog
ここ数年、「日本の国境」というテーマに取り組んでいます。

日本には一般人が行けない土地がいくつかある。そうした島に行ってみた。
こうした切り口で書けば本として成立するだろう。企画にゴーサインが出た当初はそんな風に考えていました。

ところが取り組んでみてそう簡単ではないことに気がつきました。
行くのが難しいのは覚悟していたのですが、そのことは織り込み済みです。
一番の問題は読者の関心の薄さです。

行けない場所というのは、一般的に関心の薄い場所でもあるのです。
おまけに国内外の政治や歴史とも大きく関わってくるのでやっかいです。

関心の薄い、わかりづらいテーマをどのようにして読者に伝えたらいいのか。

昨年春にだいたいの取材が終わってからも今に至るまでずっと本が出せずにいるのは、文章の質をあげるために書き直しを繰り返しているからです。

一昨日、本一冊分のゲラがあがってきました。
積み重ねてみて初めて、積み上げてきたものの全貌が視覚的に把握できました。ようやくトンネルの出口がかすかに見えてきたような気がします。

まだまだ作業は続きますが。
「僕の見た「大日本帝国」」と並べてみました。
参考文献リストやエピローグが加われば同じぐらいの厚みになるかもしれません。
400ページ以下に抑えたいところですが。
2008/04/02のBlog
[ 13:33 ] [ 身の回り ]
数週間前に「ねんきん特別便」というものが届いた。
封筒を開けると中に年金記録の書かれた書類が入っていて、
さっそく目を通すと書類に不備のあることがわかった。
大学を卒業した後、僕は半年ぐらいのあいだ会社員生活をしたことがある。その間が抜けていたのだ。

日々の忙しさにかまけ、処理せずに放置していたのだけど、昨日ひと区切りがようやくついたので、今朝、ねんきん特別便専用ダイヤルというものに電話をしてみた。
「おかけになった番号へはお客様の電話からはおつなぎできません」
と自動アナウンスが流れるとすぐに電話が切れた。
IP電話ではつながらないらしい。
気を取り直して電話をかけ直すと、電話対応用のアルバイトが大量に動員されているようで、1分ほどと思いの外早く電話がつながった。

電話に出た大屋政子のような甲高い声質のおばさんは、謝ることと、マニュアル通りに説明することだけを教え込まれた即製の対応しかできなかった。

基礎年金番号や氏名、住所などを伝えた後、確認の意味のため、年金記録の内容を伝えると、「15分後にこちらから電話します」と言う。

僕の年金記録をパソコン確認した上で対応しているのかと思っていたのだけど、そうしたことよりも一人でも多く迅速に対応することに特化しているらしい。

バイトのおばさんは親に頼まれて電話番をしている子供のようなもので、電話をかけてきた人と社保庁をつなぐために存在しているのだ。といってもこの仕事を子供に任せることはできない。社保庁に対する国民の鬱積の捌け口として謝らねばならないからだ。

もちろんおばさんに罪はない。だけど「調査しますのでわかる範囲で書いていただいて大丈夫です」なんて言われると閉口してしまう。いままで調査してわからなかったのだ。いいかげんなことを言えば今後もわからないままにされるに決まっている。

十数年前に在籍していた会社に恥を忍んでさっそく電話し、在籍時の情報を教えてもらった。
2008/03/25のBlog
10年前やってなかった大規模な修復工事をやっていました。
2000年からだそうです。
以前の修復で間違って柱を組み立てた部分を組み直しているそうです。
柱に手を加えています。
パルテノンを含むアクロポリス、観光地化されていて観光客が次から次へとやってきます。日本人もちらほらいました。

なんてったってこの丘の上からの眺めがいい。

同じ観光地を年月をおいて訪れるとその間に自分がどう変わったのかがわかります。10年前は初めての本を出版すべく、ユーラシア横断している途中でした。
そのあとソクラテスやプラトンら哲学者が集ったアゴラに寄りました。

野坂昭如の「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか、ニ、ニ、ニーチェかサルトルか」という歌をふと思い出します。
見終わったあとは歩いてホテルへと戻りました。
そして空港へ行き、飛行機を乗り継いで、日本へ戻っていきます。

アテネ空港で出国の手続きはありません。
飛行機を乗り換えたローマでやりました。EUのなかはシェンゲン条約があるため、陸路同様フリーパスなんですね。

この旅の連載は以上です。
2008/03/24のBlog
文藝春秋社のHPに発表が出たので、ここでも書くことにします。
友人のライター、城戸久枝が昨年夏に出版した「あの戦争から遠く離れて」が大宅壮一ノンフィクション賞(大宅賞)の候補になりました。大宅賞はノンフィクションの芥川・直木賞にあたる賞で、主催は同じ日本文学振興会。賞の選考は4月7日に行なわれます。

以前から城戸さんは、
中国残留孤児だった父のことをテーマに本を書きたい。
と言っていました。
協力してあげたいとずっと思っていた僕は拙著の出版記念パーティの際、城戸さんを担当編集者T氏に引き合わせました。T氏は辣腕家なので彼に任せればいい本になるという確信が僕にはありました。

僕のパーティが2006年の3月でしたから出版まで実に1年半もかかったことになります。雑誌のようにすぐに結果(読者からの反響、出版社からの報酬)が出るわけではありませんから、途中、不安に駆られたりすることもあったことでしょう。投げ出さずによく頑張ったと思います。

4月7日にいい知らせが入ることを祈っています。
[ 00:15 ] [ ヨーロッパ ]
国境の町イオアニアから首都のアテネまでは国内線を利用しました。オリンピック航空。スーパーではありません。
1時間でアテネに到着。空港から1時間バスに乗り中心部に出ました。
宿を探し、さっさとチェックインし、荷物を置いて町に繰り出しました。
食後、バーに入りウゾーを飲みます。
透明なのに水を入れるとカルピスのように白濁します。
味は歯磨き粉のようです。
これがウゾー。
翌朝パルテノン神殿を見に行きました。
アルバニアのそれとはスケールが違います。
2008/03/23のBlog
[ 02:27 ] [ ヨーロッパ ]
湖面に浮かぶ落ち葉
オスマントルコ時代のモスク跡。
スピーカーはついていませんから使われていないようです。
なんでしょうこのオリみたいなものは。
モスク跡などをみていたら男が話しかけてきました。
彼は工事現場で働く出稼ぎのアルバニア人。
国を出て14年と言っていたと思います。
毎月妻と子供の待つ祖国の町(フシュ・クルヤ。ブッシュが時計を盗られたところです)へ戻るそうです。
子の元へせっせとエサを運ぶ親鳥のようですね。
現在、アルバニアの経済は彼のような外国で働くアルバニア人の運ぶ外貨によって支えられています。
頑張って欲しいと思います。
2008/03/22のBlog
[ 11:53 ] [ ヨーロッパ ]
国境から走り出しますが、アルバニアとあまり印象は変わりません。
小一時間でイオアニアという人口5万人の町に着きます。
昼ご飯にスブラキという串焼きを食べます
ユリカモメのいる湖へ荷物をしょったまま歩きます
この女性失恋でもしたのでしょうか
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