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千里ニュータウン展&万博展をした吹田市立博物館を小山修三館長と盛り上げるブログ
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2006/09/28のBlog
ヒガンバナ
9月23日、秋分の日は、晴れわたったいい天気だったので春日山の向こう側にある柳生の里まで出かけていった。
このあたりは、お茶の生産地だからだろうか、農業がしっかりしていて、田畑の手入れがゆきとどいている。最近は、農薬の使用がおさえられるようになったせいか、チョウ、トンボ、ハチなど昆虫がおおい。土手はきれいに草が刈りとられていて、あわい緑のなかに真っ赤なヒガンバナが飾っている(写真 右)。

ヒガンバナは、この時期になると突然、花が顔をだし、そのあとは、葉だけになって冬を越す。だから、「はみずはなみず」と呼ぶ地方があるそうだ(なんだか花粉症になったみたいだけど)。マンジュシャゲ、テンガイバナなどのきれいな名のほかに、シビトバナ、ユウレイバナなどという不吉そうなな名もある。毒々しい赤色や、墓地や荒れ地にさくことからの連想だろう。子どもの頃、近寄ってはいけないといわれたのは地下茎が猛毒だからだろう。最近は観賞用として、花屋や庭に植えてあるのをみるが、たいがいはまだ雑草扱いだ。
ヒガンバナは三倍体の植物なので実をつけない。それなのに、しぶとく残るのは、地下の鱗茎が切断につよく、掘られても切られても、芽を出すからである。地下茎で繁殖するということは、(風や鳥に運ばれて)海を渡ってくる可能性はないので、人間が運んだのだろうとされている。いつ、なんのために?

 鱗茎にはデンプンがつまっている。毒さえなければ立派な主食になる。毒やアクを取り除くのは縄文人の得意技だった。かれらは、水にさらして、トチやドングリのアク抜きをやっているし、ソテツの青酸まで取り除いたのではないかと私は考えている。救荒食としての利用記録や民俗例もけっこう多い。テンナンショウ、サトイモ、クワズイモなどの根菜は、本体が残りにくく、花粉もほとんどつけないので、考古学者の必死の努力にもかかわらず、その存在や利用の証拠をつかみきれないでいる。

中尾(佐助)先生は、これらを照葉樹林文化のなかで生まれた「半栽培植物」と呼んで、六〇〇〇年以降における縄文文化繁栄の原因だという仮説をだした。最近、デンプン分析という新手法が注目されており、これが成功すれば、縄文の根菜問題の決着がつくかもしれない。ヒガンバナは、あやしいどころか、日本最初の栽培植物ということになる。
(カンチョー)
2006/09/26のBlog
[ 20:59 ] [ 居酒屋たんぽぽ ]
9月26日夜、「居酒屋たんぽぽ」の定例会がありました。

話題は
・千里ニュータウンFM放送→ブログもある
・五月が丘での国際交流
・吹田操車場跡地利用計画
・第3回すいたアジアンフェア
 などなど・・・でした。
10月13,14日 JR吹田駅前:さんくす広場で
第3回アジアンフェアが開かれます。


JR吹田駅前さんくす広場で開催する「アジアンフェア」はおかげさまで3回目を迎えます。
今年は、たんぽぽくらぶが友情出演(→舞台裏)します。

音響関連は井村楽器さん、司会は米井智華子さん・・・・という具合で、
肝心なことはプロに任せてあるので、みなさん安心して来て下さいね。

13日はビンゴゲーム、
14日は○×クイズで豪華(?)賞品をたくさん用意しています。お楽しみに。
(只今リスト作成中 酒・米・食事券・・・)

舞台の合間にはベトナム.韓国.インドネシア・タイ.ロシア.中国など屋台の各国料理でお腹も心も満たしてください。
昨年の二日目は大雨でした。今年は二日とも晴れますように。

10月13日(金)
16:00 オープニングごあいさつ
16:10 古江台中学校吹奏楽部
16:40 リンタン・シシッ(ジャワ舞踊)
17:10 千里高校ダンス部
18:10 ビブソンクラム(タイ舞踊団)
18:50 チンタ・サヤン(マレーシア舞踊)
19:20 千里高校吹奏楽部
19:50 大阪学院大学吹奏部
20:20 ビンゴゲーム
10月14日(土)
12:00 片山小太鼓クラブ・チアダンスクラブ
12:30 クッキーコーラス
13:05 ピブソンクラム(タイ舞踊団)
13:50 DITA(昭和の歌)
14:20 千里高校フォークソング部
14:50 劇団ひまわり(ダンス)
15:40 プルナマ・サリ(バリ舞踊)
16:20 中華芸術院(二胡演奏)
16:50 OneMoreThing(ゴスペル)
17:30 Ringa(jジンバブエ伝統音楽)
18:00 ミルキーバンド
18:30 あげは&オールデイズオールスターズ
19:00 ロシア領事館(合唱)
19:30 大阪大学応援団
20:00 アジアン○×ウルトラクイズ

出演時間は当日、都合で変更する場合があります。
(ふくこ・みっちゃん・まよ+おーぼら&てつ)
2006/09/25のBlog
[ 16:30 ] [ イベント予告 ]
カンチョーが出席するフォーラムのお知らせです。東京で開催されますが、ご興味のある方はどうぞご参加下さい。

第10回KOSMOSフォーラム
「人間の“心”の発生と進化について」
日時:平成18年11月19日(日)午後2時~
定員: 300名
場所: 東京 都市センターホテル 5Fオリオン
 〒102-0093 東京都千代田区平河町2丁目4番1号 TEL 03(3265)8211
主催:財団法人 国際花と緑の博覧会記念協会

入場無料/ファックス、 Eメールのいずれかで参加申込をしてください。
参加申込方法は、http://www.kosmos-forum.org/next/next08.htmlをごらんください。

趣旨
20世紀の科学は、物質と生命の探求において大きな成果をもたらしたが、人間の“心”については未だ解明されていない。心はどこにあるのか、その知覚と認識は・・。このフォーラムでは、人間だけが持っているという意識、“心”の発生と進化について明らかにする。

パネリスト
甘利 俊一 (理化学研究所脳科学総合研究センターセンター長)
小山 修三 (吹田市立博物館館長)
野矢 茂樹 (東京大学大学院総合文化研究科助教授)
長谷川眞理子 (総合研究大学院大学教授)
コーディネーター
村上陽一郎 (国際基督教大学大学院教授)

お問い合わせ先
電話:06-6915-4513 (財)国際花と緑の博覧会記念協会
2006/09/24のBlog
[ 19:34 ] [ イベント予告 ]
「さわる 五感の挑戦」展関連イベントのお知らせ

日 時:10月1日(日)午後2時~4時
テーマ:「ひらけ豊かな触生活!」
講 師:広瀬浩二郎氏(国立民族学博物館・民族文化研究部)
場 所:吹田市立博物館 講座室
主 催:吹田市立博物館

また、10月15日(日)午後2時~3時には、和太鼓の演奏会もあります。
「心に響くふるさとの音」 演奏 郷土サークル野火

ぜひお越しください!

お問い合わせ
吹田市立博物館
〒564-0001 吹田市岸部北4丁目10番1号
TEL:06-6338-5500
9月23日(土)・24日(日)に、民博で、国際シンポジウム「ユニバーサル・ミュージアムを考える」がおこなわれました。
広瀬先生を中心に企画されたもので、申し込み制でしたが一般の参加もOKでした(同時通訳あり)。募集定員は70名、しかし会場は椅子が足りないぐらい・・・熱心な聴講者が集まっていました。
メトロポリタン美術館のアクセス・コーディネーター、レベッカ・マックギニスさんが「米国におけるユニバーサル・ミュージアムの現状と課題」という基調講演されました。視覚障害だけでなく、さまざまな障害(老人もふくめて)に対して、博物館はどう対応していくのか。豊富な事例、そして豊富な資金にちょっとため息をつきながらも、これからの博物館が生きていく道を考えさせられました。(ぼら)

2006/09/23のBlog
10月21日(土)からはじまる秋の特別展「昔の文字を読む」の宣伝のために吹田市立山手小学校に学芸の池田さんといってきました。国語担当の先生が、いまの国語教育の問題点やよりよい授業のやり方を考える月例の学校語科究会があったからです。
まず驚いたのは、わかい先生のおおいこと。今、団塊世代の定年が問題になっているように、世代交代がせまっていることを感じました。

ちょうどI先生が自分で案出したフリップカードをつかって漢字をおしえるプレゼンテーション中、「羊が大きくなると?(カードを重ねて)、はい、美しいという字になります」、「それでは大きな羊は?(同様に)幸せですね」。
つい、横棒一本多いやんかとつっこんでしまい、きれいな先生を泣かせたワルガキの頃を思い出しました(進化してないなー)。
そのあと、フリップ用の紙の質(いいのはちょっと高いけど、自分で買ってくださいですと)や紙をめくる指サックなどについて、活発な質問や討論があり、熱気にあふれていました。

小学生は博物館のたいせつな「お客様」です。こんな展示をするからきてくれ、と言うだけではなく、現場とコラボレーションしながら(素材は多いし、利用法はいろいろあるはず)、これからの展示を考えなければならない。クラスの授業を博物館で公開してもらったり、観覧者に子どもに返ってもらう模擬授業をやるのもおもしろいでしょう。
「昔の文字を読む展」は、それにかなうものの一つですが、残念なことに、今年は広報が遅れたために、団体できてもらうのは、この過密スケジュールでは難しいということでした。学校については少なくとも三月末までに、年間計画を渡してくれれば、対応できる、また、国語だけではなく、社会、理科、図工などについても同じですということでした。博物館が地域に密着し、若い世代を育てるために、中・長期の戦略が必要だと強く感じました。
(カンチョー)

2006/09/22のBlog
[ 07:09 ] [ 館長ノート ]
千里ニュータウン展@せんちゅうがおわりました。
上々の入りで、加福さんの推計だと、日に200として、4、000人が妥当なところとか。ゆっくり見るヒマがなかったのですが、9月16日の映画と講演の会は120を超え、補助椅子が出る盛況で、越境入学のokkunは獅子奮迅の活躍でしたね。元委員の顔もたくさん見え、話が弾みました。
4月に始まった吹田博の「千里ニュータウン展」と6月からの延長戦「特別付録」、そして「@せんちゅう」へと続いたわけですが、一つの企画からつぎつぎと新しい芽がでることは、勲章のようなもの、委員の皆様は誇りにしていいと思います。

展覧会は、同じ題材をあつかっても、主催者の主張によってかわります。
今回の展示は陳列品は同じものが多かったのに、日経の中沢記者がコメントしたように、独自の切り口がうかがえました。吹田ではバスオールやミゼットという目玉商品でひっぱって「見る」を強調していたのに比べ、公民館でという会場の狭さや、予算の少なさというハンデを利用して、千里NTをゆっくりと「勉強」できる構成になっていたとおもいます。上新田をNTのルーツとして押し出したことは豊中ならではのことでしょう。

また、公民館が図書館から喫茶室までそなえた総合的な装置であること、千里中央駅に接続する利便性が生かされていたことも、吹田博物館にとって将来の課題を与えられたような気がします。

NT展については問い合わせや質問もおおく、今後は、常設展の中心になるだろうし、高蔵寺や多摩など他のニュータウンと連携した展示に対応できるしっかりとした資料を収集・整備をする必要性をつよく感じました。
(カンチョー)
2006/09/21のBlog
博物館ではなく、千里中央の豊中市立千里公民館で開催されている「千里ニュータウン展@せんちゅう」。ついに9/21が最終日です。

●吹田市立博物館での「千里ニュータウン展」
 →4/22-6/4(38日間)
●吹田市立博物館での「千里ニュータウン展 特別付録」
 →6/17-7/23(32日間)
●豊中市立千里公民館での「千里ニュータウン展@せんちゅう」
 →9/1-21(21日間)

合計91日間にわたって好評をいただき、展開を続けてきた千里ニュータウン展も、いよいよ終わり。

最終日1日前の9/20に会場をのぞいてみたら、ほほえましい風景に出会いました。
地元の小学生たちの団体ご一行様。説明役をしているのは、ニュータウン第一世代の地元住民の皆さんです。

まるはげの月面「静かの海」のようだった1969年の千里中央の写真…子供たちが生まれるず~~~っと前の話で、どんな感じだったかな?ひょっとすると、この子達のお父さんお母さんもまだ生まれてなかったかもしれません。

順番に赴任してこられる学校の先生も、30年以上前のこの町の話は、わからない方が多いようです。

こんなふうに町の記憶を語り継がれる助けに千里NT展がなったなら、市民委員としてはこんなにうれしいことはありません。春から始めて、秋になってまだやってるなんて予想もしませんでした。吹田の市民委員会が発足してから、ほとんど丸一年たっています。

さ~て次は高蔵寺や多摩にこの展示を持っていけたら…なんて話もあるのですが…?

(by okkun)
2006/09/18のBlog
吹田市立博物館では来年「吹田と万博展」をやるとかやるとかウワサがチラホラ…そんな予習にもってこいのイベントが9/23(土)から万博記念公園・鉄鋼館で始まります。題して「マニアエキスポ2006」!
実はこの総合プロデューサーを今年される白井達郎さん、博物館での「千里NT展」には資料提供もいただき、3~4回ほどもお越しいただきました。

この白井さん、池田にお住まいなのですが高校のときに万博を経験して魅入られ、生来の収集癖に輪がかかってなんと!→

とうとう万博のウルグアイ館を自宅に移築!ご自宅を「万博ミュージアム」と銘打って開放されている筋金入りです。ついにお勤めも辞めて万博研究家としての道をまっしぐら。
白井さんは万博の隣にあった千里NTや鉄道にも造詣が深く、「千里NT展」でもご協力いただいた…というわけです。ほらね。→

千里NT開発当時の古い新聞記事も丹念かつ大量に切り抜いておられ、当時の銭湯事情などを記した記事は、バスオールイベントにも大いに役立ちました。
●その白井さんがプロデュースされる「マニアエキスポ2006」

実は今年で4回目ですが、今までは文字通り「マニア向け」としてやってこられたのが…これはもっとやるべきではないかと。「万博」は(愛知万博などの影響もあるでしょうけれど)今再び注目されて、広い人々に訴求力があるぞと。

そんな時に「千里NT展」を見に来られ、市民がシッチャカメッチャカ「爆発」しているのを見て大いに触発され、イベントを企画されたそうです。

会期は9/23-10/1の9日間ですが、4回あるメインエベントは、どれもすごく面白そう!
◎9/23(土・祝) 万博遺跡探訪「移築されたパビリオンその後」
◎9/24(日) 鉄鋼館元ホステスさんのトークショーwith愛地球博コンパニオン
◎9/30(土) EXPO70のために作られた電子音楽を聴きながらの講演会
◎10/1(日) みどり館元コンパニオンによる、万博のための邦楽再現演奏

(いずれも午後2時から)


これは行かないと…

細かい字が読めるチラシはこちらからダウンロードできます。

(by okkun)

「千里NT展@せんちゅう」は、千里中央の豊中市立千里公民館での開催です。吹田市立博物館では現在こちらの展示をしていますのでお間違えなく…。さて「@せんちゅう」も残りあと3日。まだご紹介していない展示から、ごく一部を…。

●千里ニュータウンの古い地名(だんご図)
ニュータウン開発前の古い「小字名」がこれでわかる!吹田市域では「○○台」と町名に変身して残ったものもあり、池の名前や喫茶店の名前として残っているものもあり…。巨大開発で全てを塗り替えてしまったような千里NTですが、丹念に見ていくと、開発者も少しでも面影を残そうとした形跡が伺えます。
●開発前後の航空測量地図比較
NTにお住まいの方は、ご自宅が開発前にどんな所だったのか…?2冊の航空測量地図(冊子)で、同じ番号のページをめくっていただけると、わかります。…と言っても、様子が変わりすぎていて比較してもわからないかも?
●NT「住民運動」44年間の歴史
NTはいまやNPO活動が百花繚乱ですが、その背景には、44年間の住民活動で培われた絆もあったからでは…?次から次へとさまざまな問題が持ちあがり、住民が自らの手で解決しようと奮闘した記録です。最初は何もない「新天地」だったからこそ、シガラミを嫌いつつも、なんとか自分たちが住みよい町にしよう…という意欲も強かったのが千里。読み込むほどに考えさせられる年表です。
●家族の変遷
府営団地にお住まいの7家族の構成変化を、家具配置の変化とともに丹念に調査し再現した、大阪大学大学院生による労作。すごく地味な展示ですが、子供ができて家族が増えて、一部屋増築があり、成長とともに子供が独立し、第一世代が片方になり、やがて一人暮らしに…といった変化を読み込むと、胸に迫るものがあります。これは千里NTの多くの家庭で起きた「人口増加」と「人口減少」の貴重な記録であり、「事実」なのです。
●1970年の千里中央(パンフレット)
会場の公民館の窓から外を見ると、まったく同じ場所、同じ方角の36年後の風景と比べられます、という趣向。よく見ると遠くに万博のソ連館も写っています。このパンフは千里開発センターにお勤めだった私の絵の先生から当時分けていただいたものですが、まさかガラスケースの中に入れて展示する日が来ようとは…!その先生が「@せんちゅう」に来てくださって、20数年ぶりに再会できたのはとてもうれしいことでした。

こういう展示会は終わっても、そこで新しく出来たりもう一度つながった人のネットワークは残っていくんですよね。それが「文化」だったり「町」だったりってことじゃないのかなあ…?

21日(木)まで、千里中央の公民館ほかで。お見逃しなく!

(by okkun)
2006/09/17のBlog
吹田市立博物館で大好評だった展示をさらに熟成?して、千里中央の豊中市立千里公民館で9/21まで好評開催中の「千里NT展@せんちゅう」

NT研究を志す学生の訪問も多く、展示の内容を尋ねられますので、パネル名などの一覧を作成しました。
<公民館>
・千里ニュータウン年表 1955-2006

●1.理想的な人工都市-計画と開発-
・壮大な都市づくり(パネル)
・住まうための理想のしくみ(パネル)
・理想的な学校デザイン(パネル)

・地区施設計画模式図 1958頃
・千里中央地区パンフレット 1970
・千里中央地区センター計画模型 1967頃
・千里中央センタービル模型 1970頃

●2.住民たちの挑戦-変化と成熟-
・成熟と個性化(パネル)
・働きかけと変化(パネル+プロジェクション・テーブル)
・千里ニュータウンにおける住環境に関わる住民活動の歴史(パネル)
・千里ニュータウンにおけるソーシャル・キャピタル・ネットワーク図(パネル)
・府営住宅居住者の暮らしの変遷(パネル)
・大阪府千里センターの事業の推移(パネル)
・新千里地区会館(仮称)設置に関する陳情書 1971/2/25(パネル)

・千里ニュータウン鳥瞰図(石原正)1976
・千里ニュータウン鳥瞰図(石原正)1982

・ママさんバレー優勝表彰状・メダルなど(新千里東町)
・団地の「囲み型配置」模型(新千里東町)
・千里中央再整備事業模型

・PCによるスライドショー(NT初期の写真) 1964-70頃
・千里ニュータウンの開発前と開発後の航空測量図 1960-66、1970
・大阪日日新聞千里特集記事 2006/8/22-26
・朝日新聞記事 千里ニュータウン展@せんちゅう 2006/08/31

●3.上新田-千里ニュータウンのルーツ-
・千里ニュータウンの今とむかし(だんご図のパネル)
・千里丘陵に展開された社会空間システム(1)(パネル)
・千里丘陵に展開された社会空間システム(2)(パネル)

・たけのこ掘りの道具、筍缶詰、ドジョウを獲る「アンコ(モンドリ)」など
・千里山ニュータウン促進意見書

■映像
・「ひらけゆく千里丘陵・計画篇」1961
・「ひらけゆく千里丘陵・建設篇」1962
・「千里ニュータウン」1964

■図書
・小池田マヤ「バーバーハーバー」(4)講談社
・三島由紀夫「愛の渇き」新潮文庫
・田辺聖子「すべってころんで」中公文庫
・高村薫「黄金を抱いて翔べ」新潮文庫
・高村薫「李歐」講談社文庫
・高村薫「半眼訥々」文春文庫
・宮部みゆき「火車」新潮文庫
・梅棹忠夫「千里ぐらし」講談社
・吉山文雄「樫の木公園」創元社
・滝沢安子「欅並木道」ひまわり書房 
・滝沢安子「あとは日にち薬で」ひまわり書房 
・滝沢安子「萱草 わすれぐさ」ひまわり書房
・滝沢安子「旅の朝」ひまわり書房
・北田順三「garden city千里ニュータウン」大阪府千里センター
・「千里眼 91号」千里文化財団
・「SENRI ETHNOLOGICAL STUDIES No.63」NATIONAL MUSEUM OF ETHNOLOGY
・「街角広場アーカイブ'05」千里グッズの会編(販売)

・千里図書館所蔵千里ニュータウン関連図書、資料

・「千里ニュータウン・ポストカード」千里グッズの会(販売)
<1階仮設通路>
●変わり続ける「せんちゅう」-開発から再開発へ-

・千里中央完成予想図 1969
・千里中央航空写真 1969・1970頃・1972頃・1978頃・1982頃・1994頃・1997頃
<せんりまちかどギャラリー>
●3.上新田-千里ニュータウンのルーツ-

・上新田~千里ニュータウン新旧定点写真(パネル)
・筍缶詰、ドジョウを獲る「アンコ(モンドリ)」
・千里山ニュータウン促進意見書(複写)
・学用品、喫煙道具など、昔の生活用品多数
・西島家に伝わる史料、写真多数
<ひがしまち街角広場>
●街角広場ってどんなとこ?

・床に刻んだ千里ニュータウン全体図
・ナマの赤井さん(展示していないことがあります)

以上。

(by kafuku+okkun)
2006/09/16のBlog
9月14日(木)、兵庫県丹波市にある丹波の森公苑で、カンチョーが『丹波の森大学』(全10回)の第5回目の講師として登場しました。
テーマは「縄文の森に生きる」

この講座は、対象者が丹波地域に在住・勤務・通学している人と限定されているうえ、受講料1万円を払わなければならないにもかかわらず、130人以上の受講生がいらっしゃるという人気講座だそうです。講師陣が充実していて、現地視察もあるのが人気の秘密だと思いますが、会場はすごい熱気、(会場の写真を撮るのも忘れるぐらい)圧倒されました。
(丹波の森公苑http://www.tanba-mori.or.jp/index.html
丹波の森大学http://www.tanba-mori.or.jp/lifestudy2.html
カンチョーは、毎夏、この丹波の森公苑で、小学生対象のキャンプ『丹波縄文の森塾』の塾長をつとめています。公苑のある丹波市の柏原(かいばら)には、縄文遺跡は一つもないのだそうですが、「縄文」すなわち「自然」を考える試みとして5年前にはじめられたもので、現代の生活を体験的に問い直し、子どもを自然の中にかえそうという活動です。
しかし、縄文とうたうからには「本物」を見せなければならないと、当時公苑長をつとめておられた河合雅雄先生が、(専門が縄文というだけでなく、行動そのものがジョウモン人である)小山カンチョーに白羽の矢をたて、塾長就任を依頼してこられたのでした。
キャンプでは、野焼きで縄文土器を焼いたり、自分たちでつくった火おこし器で火をおこしたり、食べられる野草を採集し、夕食の材料としてつかったり、縄文Tシャツをつくったりします。
今年は縄文前期の遺跡のある福井県若狭町の鳥浜まで出かけ、三方湖で復元した丸木舟に乗りました。
カンチョーは、子ども以上に?熱中して(=縄文人になりきって)いました。
(by 縄文の森塾指導主任・ぼら)
2006/09/15のBlog
9月16日(土)は吹田市立博物館で実験展示「さわる 五感の挑戦 PART I」がはじまる日ですが、千里中央の豊中市立千里公民館で開催中の「千里ニュータウン展@せんちゅう」でも見逃せない映画+講演会があります。

この春、吹田市立博物館で空前の観客を集めた「千里ニュータウン展」が、装いも新たに千里中央に帰ってきました!(展示会は9/21まで)
●映画上映会 13時30分~14時33分
1.「くみかえの日」(監督:吉野耕平)


千里育ちの若い世代が、千里NTを舞台にSFファンタジーを撮りました!2003年制作。ぴあフィルムフェスティバル2004入選作品です。9/10の好評にお応えして再上映。見慣れた千里NTの風景がアラアラ…
2.「ひらけゆく千里丘陵~計画篇~」(企画:大阪府企業局)

大阪府企業局が開発初期に制作した「千里三部作」の第一部。1961年制作。戦後の復興、住宅難、スプロール開発への懸念、用地買収への反対運動、粘り強い説得、マスタープラン作成、測量、着工まで。開発直前の「日本昔ばなし」のような映像が満載です。

右の画面左下には開発前の牛ヶ首池が映っています。
3.「ひらけゆく千里丘陵~建設篇~」(企画:大阪府企業局)

「千里三部作」の第二部。1962年制作。いよいよ工事が始まり、第一期入居者が希望と不安を胸に佐竹台で生活を始めた頃まで。「夢の町」のさまざまなスケッチや模型も出てきます。

右の写真は府営住宅の下見に来た入居希望者の夫婦。団地はぴかぴか、空は真っ青、道はどろどろ、人々のファッションにも時代が映っています。
●講演会 14時45分~16時26分 
「上新田が千里ニュータウンに変わっていくころ」 
(講師:西島修蔵氏/郷土史研究家・上新田自治会長) 


千里丘陵には、かつて上新田の人々の耕作地が広がっていました。ニュータウンが開発される際、集落があった区域…現在の上新田の区域だけが計画から除外され、集落を囲むようにニュータウンは作られたのです。千里ニュータウンよりも長い歴史を持ち、千里ニュータウンとともに歩んできた場所…そんな上新田から千里について考えます。

(上新田に関してはライフサイエンスビル南側、東町に向かう歩道橋つけねの「まちかどギャラリー」で詳しく展示しています)

〔事前申込は不要です〕
※11時~17時には公民館グループ「なずな」による喫茶コーナーがオープンします。

「千里ニュータウン展@せんちゅう」の詳しいお知らせは豊中市のホームページからpdfの案内をどうぞ。

(by okkun)
2006/09/14のBlog
吹田市立博物館では、
9月16日(土)から実験展示「さわる 五感の挑戦 PART I」がはじまります。
市内の点字ボランティアー・グループのKさんなどから、視覚障害の方々に博物館を楽しめるようにしてほしいという熱心な働きかけがあり、S助役さんが積極的に協力してくれたので、これまでのメニューになかった(予算が付いていない)特別展示が実現したのです。

博物館から「見る」ことを除外すればどうなるか、これは頭の痛いアンチテーゼです。
貴重な文化財を触るなんてもってのほかと、博物館では(うちもそうですが)、モノを陳列ケースにがっちりと囲い込んでいるのが普通です。だから、目の不自由な人ににとっては、冷たい、つるつるしたガラスの平面ばかりが広がる場所としか認識できないのではないでしょうか。
もっともこの点については美術館や博物館も自覚があって、部分的ですがさまざまの実験が行われてきて、ユニバーサル(誰もが参加できる)ミュージアム、という考えがようやく一般化してきました。現在、ミンパクで行われている企画展『さわる文字 さわる世界』は、その本格的な試みです。

そんななかで、今回は、私たちの五感ーみる、さわる、きく、かぐ、あじわうーを考えることにして、どんな展示ができるかを考えてみることにしました。ミンパクの座頭市と名のる広瀬さん(*注)に助言をおねがいし、市民グループとの研究会をひらくなど努力を重ねてきました。しかし、どうしても明確な姿が浮かばず、不満の多い展示になることでしょう。「実験展示」とか、「パートI」とか聞き慣れない装飾がついているのはそのためです。

しかし、私たちの博物館は、惰性に流れるのではなく、常に目標をもって、それに挑戦していくつもりです。そのためには、市民の協力は欠かせない、それが千里ニュータウン展で実感したことです。今回もぜひ、足をお運びいただき、助言や協力をお願いしたいとおもいます。
(カンチョー)


(*注) 広瀬さん=民博・民族文化研究部の廣瀬浩二郎先生
プロフィールは、民博HPをごらんください。エッセイも掲載されています。
期間中、吹田市立博物館にも、ご講演に来ていただく予定です。
(ぼら)
2006/09/12のBlog
8月13日の佐藤洋一郎さんの講演のあとのトークでクワイは栽培植物かどうか、ほんとにうまいのかなどというの話になり、フロアからの発言も加わってたいへん盛り上がりました。吹田名物のクワイで展示をやれないかという話も出て、さっそく考え始めたグループもあると聞きました。栽培やら野生やら、境界線がファジイな有用植物は、考えるとほかにもいっぱいありそうです。
あのあと、家内につれられて、その母親の隠棲する福島県の旧開拓地にいきました。帰る日の朝、「シソの葉を摘んできて」、「どこに?」、「庭の畑」。
シソは、植えられているわけではなく、空き地のあちこちにかたまってはえており、夏の日をあびて、あざやかに赤く、もぎとるとなつかしい、いい香りがしました。しかし、毛虫の穴だらけ、いそがしく飛びまわっているモンシロチョウやキチョウの餌なのでしょう。
「こんなん大丈夫か」、「ジュースにするからいいの」。
というわけで、小一時間も、大きなアジカにいぱい、縄文人の農作業のようなことをやって腰が痛くなりました。農協の店に行ったら300円できれいなのがうっていました、「あーソンした」。
そんなわけで、今はショーチューにわってのんでいます。
そういえば朝の味噌汁に入ってたミョウガが垣根のそばに一叢あったし、鶏小屋の裏のフキ、近くの荒れ地のワラビ、森に沈めたホダ木のシイタケ、(あそこにはなかったけど)藪のタケノコなど、市場でもみるけれど、クワイに似た、野生と栽培のあいだにある、あやしい植物はけっこうあるようです。栽培化へのプロセスとみるか、エスケープとみるか、あるいはもともと中途半端なたべものなのか、考えてみるのもおもしろいと思います。
(カンチョー)


写真は、大阪府内の某スーパーで。(ぼら)
2006/09/10のBlog
「何度も起きた『日本沈没』」
総合地球環境学研究所助教授 内山純蔵氏

 景観は、自然と文化の相互作用でできあがったものである。景観の大変化を「日本沈没」ととらえ、歴史を俯瞰してみると、今まで大きな「沈没」がくり返し起こっている。
 ニュータウンは里山という景観を沈没させてできてきた。
 しかし、里山も稲作とともにできてきたものであって、それ以前の景観を沈没させていたと考えられる。

 縄文時代以後の景観を考えたとき
1)縄文時代の貝塚消滅(西日本の前期から中・後期)
2)古墳/律令時代の「弥生里山」沈没
「後背丘陵=grassland, pasture land; 平野部=条里水田」景観の出現
3)近年の棚田景観/近世里山の沈没
4)ニュータウン景観の出現・・・現在の景観の原型 などがあろう。
 「沈没」はけっしてネガティブなものではない、むしろ新しい世界の創造の契機である。
「商品化する景観:近世以降の近江の事例から」
総合地球環境学研究所 研究支援推進員 カティ・リンドストロム氏

 景観は、人の思いや感情、記憶を含むものである。また、ある景観を美しいと評価するのは、その文化の規範によって評価されるもので、学ぶものである。
人は、身近な景観を客観的に認識していない(電線は、多くの外国人が気になるものだが、多くの日本人は見えるものなのに、見えていない)。
 日本では、現在の景観ではなく、過去の景観(里山など)を理想化し、単純化された景観を求め、商品として消費している。
「生者の村と死者の村」
國學院大学文学部兼任講師 中村 大 氏

青森平野の縄文遺跡から、縄文の文化的景観をみる。
集落の要素の構成が時代により変化している。
縄文中期には、住居(生者の場)、埋葬(死者の場)、モニュメント(まつりの場)がひとつの集落のなかにあったが、縄文後期になると、自然の変化に対応して、住居と埋葬・モニュメントが分離、住居は平野部に出ていくが、埋葬の場は台地の上に残る。
晩期になると、その傾向がますます強まる。モニュメントがなくなる。
こういった景観の構成は、精神世界の表現になっていると考えられる。