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千里ニュータウン展&万博展をした吹田市立博物館を小山修三館長と盛り上げるブログ
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2008/06/06のBlog
6月4日(水)22:30からSUTV「なりきり歴史探訪」という15分番組で西村公朝展をとりあげていました。

吹田市立博物館の先代カンチョーの公朝さんから直接指導を受けた滝沢学芸員が実に上手な説明をしていました。
東京美術学校時代の作品「聖汗」
若々しい肉体をノミの跡を残しながら作っている・・・と説明してました。

東京美術学校卒後、中学校の美術教師になったが半年で辞め、国宝の美術品の修理をする美術院にはいり、最初の仕事は三十三軒堂の千手観音立像の脇手を作ることだったった。

戦争で中国に行ったとき、仏像が「修理してくれ」と訴える夢を見た。
昭和20年11月帰国してすぐ美術院に戻り、仏像の修理を本格的にするようになった。
その修理過程を記録したノートが何十冊と残っている。

昭和27年(37歳)公朝の法名を授かった。昭和30年愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)の住職となった。
住職をしながら昭和34年美術院国宝修理所長となり昭和50年退職するまで国宝の仏像修理に勤めた。

退官後、昭和52年の作品が一葉観音菩薩像。
曹洞宗の開祖、道元禅師が中国から日本にわたるとき船が難破した。そのときこの観音様が救ってくれたといわれている。

愛宕念仏寺の現在の住職、公朝さんの次男、公栄さんの案内で愛宕念仏寺も紹介されていました。

*************
この番組を見た人なら「博物館で公朝さんの展示を見てみようと思うだろうな」と思える、いい番組でした。

このような番組があるということを博物館から一切広報されなかったことは残念です。
とてもいい番組でした。
博物館は広報がへたくそなのか、する気がないのか・・・

*************************

「なりきり歴史探訪」という番組は松竹芸能の“代走みつくに”さんが歴史上の人物になりきって歴史を紹介する番組。
この「西村公朝」編の再放送(15分間)は次の通り(のハズ)です。来週限りです。


吹田ケーブル:9(月)08:15~ 10(火)11:00~ 11(水)22:30~ 12(木)10:45~ 13(金)08:15~

豊中池田ケーブル9(月)15:15~ 10(火)09:00~ 11(水)15:15~ 12(木)09:00~ 13(金)15:15~

高槻ケーブル11(水)14:00~ 12(木)21:30~ 13(金)21:30~

などなど、ケーブル会社によって曜日と放送時刻がビミョーに違ってます。
J:COM系ケーブルテレビなら関西全域で見られるハズです。ひょっとすると東京・福岡でも・・・?


(おーぼら)
2008/06/05のBlog
6月5日(木)産経新聞。

「つどい・祭り・踊り・あそび」という題材の中、
ヒメボタル、スイタクワイ、大阪層群など
「吹田に残された自然」を素材としたものが
どのくらいとりあげられ
アートとして、写実として描かれるのか・・・
興味深く見つめている
きょう、このごろ
■消失前の吉志部神社も描いてほしいなぁ~

原画案応募締め切りは一ヶ月後の7月5日です。
おーぼら
2008/06/04のBlog
日本最初のニュータウン、千里ニュータウンではいま、団地建替工事があちらでもこちらでも本格化しています。北千里駅東側に広がる藤白台の公社住宅でも…。

●4/26撮影。解体する棟を取り囲むように、鉄のジョイントが組まれました。
●5/4撮影。工事現場の外側を向いている面は、全体がすっぽりと防塵用のパネルで覆われました。
●5/20撮影。バリバリと鉄筋コンクリートの建物を壊していきます(反対側の面から)。
●5/23撮影。人が上って(左上)、防塵用のパネルを外しにかかります。右の棟は解体を控え窓枠が外されています。
●5/30撮影。パネルの上半分を外しました(1枚目・2枚目と定点観測)。今まで見えなかった空が広がります。

40年以上藤白台を見守ってきた鉄筋の団地。工事が始まるまでは何度も話し合いが持たれ、準備に数年をかけていますが、いったん手をつけたら1ヵ月足らずで姿を消してしまいした。ただいま進行中なのは公社の第一期分で、公社→府営と約2000戸もの団地を建て替えるには10年ぐらいかかる予定です。藤白台だけで2000戸で、そんな住区が12個もニュータウンにあるのですから、いかに大規模な建替かがわかるでしょう。

高度成長期の一大シンボルであった団地。千里ニュータウンのどこかに一棟ぐらいレストアして残しておけないものでしょうか。町は生き物で、生きている限り変化を止めることはできませんが、ニュータウン育ちとしては自分の原風景の一部がなくなってしまうような淋しさを覚えます。

(by okkun)
2008/06/02のBlog
[ 22:06 ] [ 地域文化資源 ]
6月2日産経新聞

マイクを握るカンチョー、
どんなインタビューをしたのかな?

てつ
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文化人類学者で国立民族学博物館顧問の梅棹忠夫さんの「米寿を祝う会」が1日、大阪府豊中市内のホテルで開かれ、学界や経済界などから親交の深い約400人がお祝いに集まった。
「梅棹忠夫の世界」と題したシンポジウムでは、石毛直道・国立民族学博物館名誉教授ら4人が講演を通して、梅棹さんの業績などを紹介。「知の探検家・梅棹忠夫」というテーマで講演した石毛さんは「探検家としても卓越したリーダーだったが、知の世界でもフロンティアとなり、リーダーシップを発揮してこられた」と話し、国立民族学博物館創設など改めてその業績をたたえた。
今月13日に満88歳を迎える梅棹さんは「こんな年まで長生きし、楽しいことをたくさん経験しました。みなさんのおかげで感謝しています」とあいさつ。講演に耳を傾け、時折鋭いコメントをはさむなど元気な様子をみせていた。
昨日(6/1)、H師匠のもとに、白老アイヌ民族博物館学芸のNさんより、先日のお礼のサケの薫製が届きました。

Nさんからの手紙
「この冬はけっこうシバレがきつかったのでサケがしまり、熟成もうまくいきました。今日チセから下げ真空にしましたが、保存は冷蔵庫にしてください。」
H師匠、「うまそー」とたいへん喜んでいたそうです。(こぼら聞き書き)
2008/06/01のBlog
[ 20:07 ] [ 西村公朝展 ]
ガソリン代が一挙に10円以上値上がりした6月1日(日)午後2時から宝塚造形芸術大学教授 西村公泉氏(西村公朝氏のご長男)の講演「西村公朝のたどり来し道」が始まりましたが、2時直前に来た人は講座室には入れない状態。あふれる聴衆に対して講座室ドアを開放で応対。館内にあるすべての椅子、もちろん喫茶ミリカの椅子も並べられてました。
講演が始まっても外野席ではまったく何も聞こえない。耳をすましても聞こえない・・・
20分ぐらいしてからマイクのスイッチが入ったようで、難聴が解消しました^_^;

このすさまじい混雑ぶり、そういえば駐車場は大型バスも入ってて満車でした。
博物館の階段登ると学芸員さんが ありとあらゆる椅子をかき集めている最中。講座室はテーブルなしで人だらけ。こんだけ入ったのは 千里ニュータウン展で劇団にのいちの「バスオール劇」以来かでしょう。(場所を変更した 椎名誠講演会を除く^_^;)


展示室入口付近にある今回限定のミュージアムショップは売れすぎててんてこまい。
第一展示場にいたボランティアの方は「こんなに多くの人が一斉に訪れ、汗が出ましたと」嬉し涙(^_^;
昔から 公泉さんの語り口は良く聞いてましたが、やはり関西人(吹田出身)。ところどころで笑いを取ることを忘れません。講座室から漏れてきた講座の内容を挙げてみます。

★今回「西村公朝のたどり来し道」という題目になってるが、本当は「西村公朝 魂のたどり来し道」としたかったと・・・

★(6月4日生まれの)父(公朝さんは)の自慢話しとして、出産予定日より一週間遅れて生まれたそうだ。それは、お釈迦様と同じらしい。お腹の中に長く居ると、母体を苦しめる。生まれる前に母を苦しめたら生まれた後、母を苦しめることはない、とのことだそうだ。

★公泉さん5才の時に父(公朝さん)は愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)の住職になれと命ぜられた。その時師と仰ぐ 清水寺大西良慶貫主 に相談したところ、「そんな荒れた寺は滅多にあるもんやない。草一本むしっても復興者や」(私財を投げうってでも協力する)と言われ、信者がたった4人の寺の住職となったと・・

★1974年 初めてリアルな彫刻として当時99才だった大西良慶氏を彫った(第二展示室にあり)
★「魂(たましい)」 は、鬼が云うと書く。誰の中にも鬼がいる。究極のやさしさが魂だ。

そのほか長渕剛との関係など今日参加の人だけへの話が数話ありました。

他 メモ用紙に ぎょうさん書いたけど これぐらいで・・
外からでは あまり 聴き取れませんでしたm(__)m

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公泉さんの教え子さんか?「おこったら」あかんTシャツを着ていたので写真を撮らせてもらいました。実は18年ほど前に白バージョンと黒バージョンのTシャツを頂いて愛用していました。ボロボロになったので、わが家にはもうありません(^_^;

PS:今日は、愛知県から観光バスで来てくださった香積院(こうじゃくいん)様より聴講者全員に公朝さんの「一葉観世音」のお湯のみとお菓子が配られました(^^ゞ

てつ
[ 08:03 ] [ 竹をたずねて ]
インドのムンバイ(旧ボンベイ)からH師匠の写真が届きました。

公園の近く、高級住宅地の一角、6階建てマンションが建設中で、外壁の足場には竹が使われていたそうです。竹の足場は香港、台湾などでよく見掛けたものですが、インドにあるとは意外だったそうです。素材はデカン高原からもってきたものらしい。
ムンバイでは、竹をしばるのに、マニラロープを使っていますが、中国系では、竹が使用されていたはずだとか。
最近、台湾に行ったカンチョーは「全然見なかったなー」といっていたのですが、湾では、建設システムが現代化してしまったのかもしれません。その原因の1つは地震ではないかと思われます。しかし、地震のすくない香港では、おどろくほど高層のビルでも竹の足場が組まれていて、竹利用の伝統を踏まえた、独自の技術体系が発達しているのかもしれません。(KS) 
2008/05/31のBlog
西村公朝氏のご長男、公泉氏の講演会があります。
6月1日(日) 午後2時~◆
「西村公朝のたどり来し道」

講師 宝塚造形芸術大学教授 西村公泉氏
場所 すいはく講座室

前回の平成17年秋の特別展「西村公朝 祈りの造形」の図録のあとがきに、「・・・頼むから現代彫刻家になってくれと、息子に頼む親など聞いたことがない。彫刻家になろうとする息子をやめさせようとするのが普通の親である。ところが私が現代彫刻とやらをやるはじめた院生の頃、「おまえはあほやぞあほやからあんなもん作ったらあかん、人体を作れ」と訳のわからん事を言う。きっと、父の時代は人体を作る事が現代彫刻だったのだろう。そこで、人体を作る事が現代彫刻なら 人体を消してしまう事にした。服だけ作って中に人がいるようにリアルに撤し制作した。これを最後に彫刻をやめるつもりで、親父に対して怒りを思い切りぶつけて制作した。・・・・」

僕は 学生時代 公泉さんの このトルソ?と呼ばれる作品を見て驚いた
こんなもん彫る人が居るんやと・・・
(このときの個展のパンフレットのあとがきは「高石友也」さんが書いていました。)
公泉さん夫妻は、京都市内にモンゴルの「パオ(ゲル)」を建て、そこで一年生活されたことがあります。お風呂は、ティーピー(*)で、佐渡の桶。僕は娘と入ったのを覚えています。

ほんと とても楽しいお方で 今もおつきあいは続いているのです。

(てつ)

(*)ティーピーとは・・?
てつさん、コメントに説明求む。
[ 06:49 ] [ 私たちの活動 ]
今日5月31日朝方、18万アクセスに達しました。17万アクセスの5月3日から、28日目です。ありがとうございます!
(なかなかキリ番の画像はとれません・・・)
2008/05/30のBlog
吹田市内の「竹」をあつめた展示が、カフェ「たんぽぽ」で始まっています。
家庭内で使われている竹をはじめ、市内のスーパーや竹材店があつかっているものなど、精力的に取材されていました。名前に「竹」のついている方も探しておられたみたいですよ。

展示期間は
~6月23日の月・水・金(週3回)
午前11時~午後4時

(カフェ「たんぽぽ」の営業時間内:入場無料)です。
ぜひ一度ご覧ください。

*****
カンチョー「すいはくはサテライトが大活躍するのだ」
こぼら「!?」(カフェたんぽぽさま、お世話になりま~す!)
[ 00:46 ] [ 竹をたずねて ]
「竹どころ吹田」ならではという会社にいってきました。
タケックス・ラボ、江坂駅のちかく垂水町にあります。創業者の清岡久幸(くみ)さんは(私から見れば)ギャルにみえるほどですが、2007年度の日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー、リーダー部門に選ばれ、最近はマスコミにもしばしば取り上げられている、勢いのあるベンチャー企業家です。

会社は「竹の研究をつうじて地球環境保全と世界の人々の健康に貢献する」という理想を掲げ、竹の抽出物質を使った、抗菌剤タケガードをはじめ、建材、断熱材(まだ商品化してないのでそう呼んでるそうです)からお茶まで、たくさんの製品を開発、販売しています。
7/5火からはじまる「竹展」のためにいろいろ調べていると、かつては身のまわりで、大切に育てられ、利用されていたタケが、石油製品や安い輸入品にとってかわらてた結果、竹林が放置され、繁茂していまや環境に脅威を与えるほどになっていることがわかってきました。ところが、金銭や便利さだけで、私たちの生活が支配されるのではない、伝統を捨て去っても良いのか、という動きもおこっています。それが、竹林整備、竹細工、さらには美術や文学というこころの領域に立ちかえろうとしている市民運動だとおもいます。しかし、市場原理はやはり無視することはできません。たとえば、竹林整備の最大の悩みの1つは伐採した材の処理にあると指摘できます。「その問題を解決できるビジネス・モデルを提起しています」という清岡さんの会社はこの問題の解決の可能性をもっているとおもいました。お話を伺っていると、お父さんは竹職人だったとか、タケに対する並々ならぬ思いのあることが伝わってきました。
そこで、7/6(日)の講演会にお招きし、「竹の未来」というタイトルでおはなしをしていただくことにしました。そのあと、市民との討論会をしたいといったら、7/18、19にやはりすいはくで特別シンポジウムをひらいていただける、地球研の佐藤洋一郎さんも、「大変興味がある、時間さえとれればぜひ参加したい」といって手帳をとりだし眺めていました。もしそうなればきっとおもしろい企画になるでしょう。詳しいスケジュールはおっておしらせします。ご期待ください。

(カンチョー)

写真上:いろいろの竹製品のならぶ棚(開発中もふくむ)
写真下:実験室を案内してもらう
2008/05/27のBlog
[ 22:20 ] [ 居酒屋たんぽぽ ]
今夜初登場は
五つの赤い風船でベース担当していた長野隆さん。
てつさんの誘いでやってきてくださいました。


ヒメボタル視察を前にした吹田市長と握手をかわしたあと居酒屋たんぽぽはフォークコンサート会場に大ヘンシーン

会場にはきょうちゃんが明石で地引網してきたトレトレのお土産もたっぷり。
①これが僕らの道なのか

②イムジン河(ワルツ風味)

③老人は国会を目指す (これは藤村直樹さんの歌)
後期高齢者が国会突入するものがたり・・・


全員合唱で
④遠い世界に

最後に
カフェたんぽぽ&居酒屋たんぽぽのテーマソング
たんぽぽのうた
を全員で合唱。


(てつ おーぼら)

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お知らせ
大阪学院大学での経済学特別講義Ⅰを誰でも聞きに行けます。
場所は大阪学院大学の 02号館B1-04教室です。

「竹」がらみの講義

6月7日(土)10:40~12:10
作家の山崎由美子さん「吹田竹を使った竹紙作り」
吹田の竹を使った竹の紙すきで紙を作ることを通して、吹田において竹文化を考える。
実習は10名程度を予定しているが、参加歓迎。
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2008/05/26のBlog
[ 19:12 ] [ 西村公朝展 ]
西村公朝さんが住職をつとめられた愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)の見学会が、今回の特別展中2回企画されていました。(一回目は5月21日でした。次回は6月8日(日)ですが、こちらも残念ながら抽選は終わっています。)

すいはくには、現在の羅漢さんの写真が展示されています。
皆、ものすごい苔に覆われいて、訪ねた方から「かなり昔に彫られたもんですか?」と問われる事があると、公朝さんのお孫さんから聞きました。

実は、僕は学生時代、何度もこの寺に通っていました(^^)
行くと、羅漢さんを彫る人によく会いました。なぜだか顔は、彫る人の顔に似るらしい。
写真は、今から25~6年前のもの。
僕は、京都に行く人には、ここを勧めるようにしています。

(てつ)
2008/05/25のBlog
5月25日(日)吹田市役所駐車場にて恒例のボランティアフェスティバル
まるで、すいはくの「竹の展覧会」のプレ・イベントのよう!
あちこちで、竹をいじり、さわり、おもちゃにしてました。
関西大学の学生さんも竹のコーナーを・・・
給食も食べれたし うまい饂飩に 焼きそば

前夜祭(竹の灯りも綺麗だったそうで)には たんぽぽ倶楽部がたこ焼き屋さんを出店して完売だそうです。

(てつ) 
[ 16:18 ] [ 竹をたずねて ]
青森の友人と電話で話しをしました。これからネマガリダケの季節、五月末からは市場には山と積まれるようになります。
山菜は東北の人たちの生活に密着しており、人々は休みになると山に繰り出します。「クマに出会ったり、迷子になったり、穴に落ちたりと事故はしょっちゅう起こるのですが、それでもメゲないのよ」と、今からでも出かけたそうな、弾んだ声が聞こえてきました。
ネマガリダケは別名チシマザサ、Sasa属。分布は本州では大山以東の日本海側の700m以上の中山地を北へ、北海道、サハリンにまでのびています。積雪につよく、繁殖力が旺盛で林業にとっては頭痛の種だそうです。ネマガリダケは採れたてを皮のまま焼き、味噌をつけて食べるのが一番(生でもいいけど)。そして、味噌汁や煮付け、保存用には塩(水)漬けにします。空港には、ビニールパックや瓶詰めで売っています。
青森は寒いからタケがないのよねーときいたら、マダケはないけど(岩手の中南部まで?)、モウソウチクの藪が県の試験場にあったなーとの答えでした。タケが栽培植物であることを改めて思い出しました。

(カンチョー)




写真上:青森市内の市場にて(1996年7月)
写真中:青森市内スーパーにて(1996年7月)。よーく表示を見たら、これは「中国産」。。。
写真下:青森市内朝市にて(1997年5月)。おばさんが店番しながらタケノコの皮をむいていた。
(撮影:こぼら)
2008/05/23のBlog
[ 11:23 ] [ 風土記の丘 ]
今朝(5月23日)、6時半頃のNHKニュースで吉志部神社本殿全焼のニュースを知りました。悲しいできごとです。
現場は立ち入り禁止のため報道さんは空から撮影しています。

2月11日ソウルの南大門(ナンデムン)といい、今回の吉志部神社本殿といい、・・・
言葉がありません。

宮司さんは7時半過ぎにかけつけました。(写真)
(おーぼら)

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産経新聞から
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もう、見られない・・・(涙)
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涙がとまりません・・・・。
2008/05/22のBlog
北海道白老にあるアイヌ民族博物館学芸のNさんから今月はじめ、カンチョーに手紙が来ました。(注:Nさんとカンチョーは、10年前、オーストラリア・ダーウィンで開催された先住民会議に一緒に参加して以来、いろいろと親交があります。)

「お元気ですか?
すでに夏日が続いているようですが、こちらはまだ朝晩はストーブが欠かせません。観光シーズンを迎え当館も忙しくなってきました。修学旅行では関西の中学校が目立ち、吹田からも市立西山田中学校や佐井寺中学校が来館します。できれば吹田市立中学校は全校、アイヌ民族博物館に来るように、館長から学校に働きかけて下さい。
・・・・・
実は、20日にクイーンズランドのアボリジニがやってきます。目的はアイヌと交流するためで、州政府からの補助を得て来日します。オーストラリア大陸には何度かお世話になりましたので、アボリジニの旗でお迎えしたいのです。
もしH師匠が洋上大学からお戻りでしたら、作っていただけないでしょうか?大きさはおまかせで。お礼は、おいしいサケの薫製です。よろしくお願いいたします。」

ということで、ダンボール・ワニダンボールタロウでならしたH師匠、正確に比率を測った精巧なアボリジニ旗を製作して博物館に送りました。Nさんは、その旗をバスに貼り付けて、迎えにいったそうです。
そして今日、Nさんからアボリジニ旗のまえで撮った記念写真が送られてきました。そこには、こんなことが・・・・
「・・・22日昼、札幌へ向かう予定が、長老達の強い希望で最終日の25日まで白老に滞在することになりました。なんでも初めての海外旅行で、札幌の高層のホテルに泊ったところ、連れ回されてうんざりだとか・・。ここは湖と森に囲まれてるのでリラックスできると、ぼんやり湖をながめて煙草吸っています。・・・・」

日本のジョーシキのなかにあるNさん、少々あせりつつも、彼らの希望を受け入れて、予定変更につきあい、一緒に楽しんでいるようす。みなさんも、ぜひ一度、白老を訪ねてください。帰るのぃやになるかも・・・♪(こぼら聞き書き)
2008/05/20のBlog
一昨年秋、カンチョーがパネリストで参加したKOSMOSフォーラムが本になりました。

『新しい人間観を探る -KOSMOSフォーラム』
財団法人花と緑の博覧会協会編
春秋社(本体¥1800+税)

内容は、
Ⅰ「人間の”心”の発生と進化について」
村上陽一郎×甘利俊一×小山修三×野矢茂樹×長谷川眞理子
Ⅱ「人間はどこから来て、どこに向かうのか~宇宙の中の人間存在の意味~」
松井孝典×合原一幸×大橋良介×川勝平太×斎藤成也

これは、自然科学者と人文・社会科学者が専門分野をふまえつつ専門分野を越えて、「人間」や「宇宙」をテーマに語り合った記録です。公開フォーラムなので、ほとんど専門用語はなく、わかりやすい。言葉がすっとしみこんでくる。でも、それはすぐ役立つ知識っていうんじゃない、ただ、イロイロと考える糸口になっていくのです。
・・・こういうのを、テツガクするっていうのかな。(こぼら)
2008/05/19のBlog
『第2回 ニュータウン人 縁卓会議-千里発・Newニュータウンへの再生』の記録集が出ました。2006年度春の「千里ニュータウン展」、2007年度秋の「07EPXPO70-わたしと万博展」で活躍した市民委員の有志があつまり、全国12の大規模ニュータウンに呼びかけ2008年2月16日に吹田市の藤白荘で開いたものです。

第一部の増田 昇(大阪府立大大学院教授)の基調講演、第二部のフォーラムの記録。36pの小冊子ですが、ニュータウンの現状と再生について熱く語られ、「この時間内ではとても語り尽くせなかった、このような出会いが何度もできるようにしたい」といったフォーラム司会者がいっているとおりです。すいはくの特別展がこのような市民活動のコアになったことを大変よろこんでおります。

(カンチョー)

●日本のニュータウンの奮闘ぶりと悩みっぷりがぎっしり詰まった記録集をご希望の方は…06-6871-9059(谷川方)までお問い合わせください。(残部僅少につきお応えできない場合はご容赦ください。)
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…な~んてやってるうちに、「第3回 ニュータウン人 縁卓会議」がこの5月17日、名古屋の高蔵寺ニュータウンでありました!(これに間に合わせるため必死こいて記録集急ぎました。)千里からも5名のメンバーが参加し、熱烈歓迎していただきました。名古屋のニュータウンも見てきましたよ。その報告はまた追って…。(okkun)
2008/05/18のBlog