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Feel the Vibes- Bon Voyage
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2008/03/24のBlog
相変わらず突然ですが、ブログを移転します。

今年に入ってしばらく考えていたのですが、今朝は満月が美しかったので(って、良くわからない理由ですが、自分的にはきちんとした理由なので)、ブログを動かすことにしました。行った先が使ってみて嫌だったら戻るかもしれませんが、、、。

http://kunikoatc.blog.drecom.jp/

日本は卒業の時期ですよね。
ま、気分一新、再び出発です。
今後ともよろしくお願いします。
[ 03:25 ] [ ほんの一息 ]
ちょっと探しているものがあったので、アメリカのアマゾンを検索。(しかも今円高なので、今購入すれば得した気分)

書籍でYogaと叩き込んだら、83466という数字が出てきた。

8万って、、、半端じゃない数。

私は英語で書かれた専門書を重宝している。
日本の書籍よりも情報量も情報の質もしっかりしていることが多い。
時々いいかげんなものもあるので、そこは自分でしっかりと見極めるしかない。

8万、、、その中で良書が1000あればいいのかな、、、。
おそらく今までにヨガ関連の150冊くらいは目を通したと思うけど、あと850冊。
読んでみよう。
2008/03/23のBlog
目的を持って行えば、必ず変化は現れると信じている。

今私は自分の身体の様々な場所の変化を試している。

自分の体の嫌いなところ。
美しくないなぁと思うところを美しくしたい、、、と。

今年38歳になる。
38年間使ってきた体。
癖のついた身体はそう簡単には変わってはくれないだろう。
でも必ず変わると信じている。

O脚の私の足。
素敵な真っすぐな足の人をみると、あんな風になりたいと思う。

丸みのある柔軟性のある脊柱。
それも私に足りないもの。

きっと自分があまり意識をしなかった時代があって、それが当たり前だと思った時代があって、今に至っているのだろう。

今はだからより意識をして生活をしてみようと思う。

小さな意識の変化。
それは永遠の形あるものとなる。

自分の身体を感じること。
それが全ての第一歩。

自分の気持ちに素直になること。
それが全てを美しくする。

今の自分を評価することなく、そのまま受け入れること。
それが新しい自分との出会い。
2008/03/22のBlog
[ 02:57 ] [ ほんの一息 ]
1ヶ月半のアリゾナ生活もまもなく終わります。
今年は例年よりは緑が多いアリゾナでした。

森本家は再び移動です。

アメリカの大学で学んだことはたくさんあります。
今一番役に立っているのは、学生時代にたくさんの移動をしたことかもしれません。引越しもそうですが、旅の移動もかなりしました。10年間の大学でのアスレティックトレーナーとしての仕事のおかげで、年間を通して、ほぼ毎週遠征で移動していました。2週間移動なしで生活できたらとってもラッキーな生活をしていました。

カンザス時代の13年間、最初の9年で9回は引っ越しました。
わりと手際のいい私は、かなり計画的に短時間で引越しができるほうでした。シアトルに来て5年が発ちますが、今の家に引っ越す前に2度引越しをしました。

今は大きな家具の移動はありませんが、1年間を通してジプシーのような生活をしています。

移動1 2月に日本からシアトルに戻る。

移動2 冬の間にまとめておいたアリゾナへの荷物をチームのトラックに積み、自分でもいくつかスーツケースを持ってアリゾナへ移動。大きな家具の移動はありませんが、1ヵ月半のアリゾナ生活を少しでも快適に過ごすために、加湿器、浄水器、台所用品、食器、衣類、書籍などなど10個弱の大きなスーツケースとダンボールにまとめます。 

移動3 3月下旬に再びアリゾナの荷物をまとめ、シアトルに戻る

移動4 11月初旬に日本に帰る荷物をまとめ、帰国

これが主な移動。

半年の野球シーズンの間に、私は仕事で日本とシアトルを行ったり来たりするので、2月に持ってこれなかった荷物を4月に帰国したときにシアトルに持ち帰り、9月の帰国のあたりになると、冬場に必要な荷物を少しずつシアトルから移動させます。

常にスーツケース3つを抱えた日米の往復をしています。

荷物のパッキングはプロ並みです。絶対入らないでしょう、、、という量の荷物をきっちり美しく収納する自信はあります。(って、なんの得になるのか、、、って感じですけど。)気をつけないといけないのは、重量オーバー。下手に荷物がたくさん入るので、調子よく入れると、重量が、、、。でも航空会社の上客の私は、たいてい「今回はいいですよ、、、。」って見逃してくれます。

さて、現実逃避のためにブログを書き始めましたが、そろそろ荷物をまとめます、、、。
2008/03/19のBlog
[ 16:43 ] [ 私的考察 ]
リーチの鴨井社長のブログに、サービス残業についての記載があったので、ちょっと私もふと思ったことを。

サービス残業って不思議な言葉だといつも思っていたんですけど、そう思いませんか?

ここで使われているサービスは、「無給で」「見返りも無く」「残業代も無く」という意味ですよね?

ウィキぺディアによると
サービス残業(サービスざんぎょう)とは、雇用主から正規の賃金(労働基準法が定める時間外労働手当[1])が払われない時間外労働の俗称であり、賃金不払残業である。雇用主がその強大なパワーを用いて被用者に強制労働を強いるものであり、一種の奴隷化といえる。(以下省略)

一体誰が作ったんでしょう、こんな造語。

サービス残業=賃金不払い(ただ)残業と明確に言っている。

サービス(Service)を英語で調べてみると、どこにも「ただ=Free=No benefit=No return」などという言葉は出てこない。

もしServiceの意味に添った解釈をするのであれば、サービス残業=仕事として他の人のために行われた残業とも言えるし、賃金が伴って他の人のために行われた仕事・行い、ともなる。

サービス=効用や満足などを提供する、形のない財のことである

ポイントは他の人のために、他の誰かのために行われた行為であるということ。仕事を円滑にすすめるために、他の人に提供するものをよりよくするために、必要であることを必要だから仕事として行う行為がサービス。

「サービス=ただ」ではない。
だからこの解釈は常に私を混乱させる。

サービス残業うんぬんでもめる前に、30分で終了する会議に1時間も2時間もかけることから見直せばいい。1ヶ月で済むものに2ヶ月も3ヶ月もかける計画を見直せばいい。そうすればそこで空いた時間ができるから、サービス残業もなくなるのでは、、、といつも思う私。業界によっては難しいのかもしれないけど、でも絶対できるはず。

家の父は30代、40代の頃は接待で夜遅かったりしたが、残業で会社に遅くまで残って仕事をしていたのを見たことが無い。50代になってからは時には2時や3時に家にいることがあった。本人曰く、他の人たちの時間の使い方が下手なんだ、、、と言っていた。でも父は常に営業のトップにいた。

とりあえずサービス残業っていう言葉、止めてほしい、、、。
2008/03/15のBlog
第9期 A-Yogaインストラクター 養成講座が4月に開講します。
大阪と東京の2箇所にて。

A-Yogaのベーシックコースとなります。と、言っても40以上のポーズ、解剖学、生理学、呼吸解剖学、脳波、指導法、修正方法などなど様々な基礎知識を詰め込むことになります。

5日間、丸1日かけた講義と実技。
4月の土日、5月、6月、7月(東京は8月)は日曜開催になります。
最後(9月)は筆記テストと実技テストと盛りだくさんです。
いつも時間が足りないと言っている私です。

5ヶ月を費やし、自分の体と心に向き合っていただくことが始まりです。
ほとんど宣伝はしないで、口コミでここまできました。
今回もそんな感じで少人数での勉強になると思います。
まだ申し込みは行っていますので、興味のある方は概要をみてください。

ベーシックコースのインストラクター養成は来年(2009年)は行わない予定でいます。現在認定を修了している人たちの、スキルアップと新しいプログラムの講習などに来年は1年間時間を費やそうと思っています。

ですからもし興味がある方は、今年受講されることをおすすめします。
詳しくは www.totallifecare4u.com


3月22日発売のYoginiの特集が「教わりたい先生」という感じのものらしいです。そこに私も載せていただきます。Yoginiさんは以前ポーズ集を監修させていただいたことがあります。書店に立ち寄ることがありましたら覗いてみてください。
2008/03/14のBlog
[ 12:18 ] [ 学びとは ]
創造力も出し続けると渇望してしまうといつも思います。

雑誌などの連載や、プログラムの構築、レッスンメニューの構築、執筆とクリエイティブな仕事を続けると、アイディアも薄くなってきます。

今のアリゾナでの生活は再び色々なアイディア、知識のリチャージする時期。

先日お会いした東京大学名誉教授の跡見順子先生に頂いた冊子を読んだり、アーユルベーダ関連の情報を読んだり、ヨガ関係、経済、子供の発育、女性の身体、ヨガ哲学についてなどなど、とりあえず持ってきたもの、先日買ったものをかたっぱしから開いています。

1日に4,5種のものをとっかえひっかえ読んでいます。

間に家事をやり、食事の準備をしたり、PCに向かって思いついたことを打ち込み。頭の中で溜まってきたもの、アイディアを出力しています。

なかなか忙しいとこういった形でリチャージをすることも難しいとは思いますが、自分のクリエイティブな面を上手に伸ばしていくには、自分の脳を刺激する新しい風が必要だなと思います。

明後日はセミナーに顔を出してきます。新しい発見を求めて。
2008/03/13のBlog
[ 01:31 ] [ スポーツ考察より ]
昨日はアリゾナに来て、初めてコースに出ました。
2度ほど打ちっぱなしに行って、河井先生に教わったことを反復練習していましたので、それがどのくらい身についているのか確認。

コースは車で10分ほどのところにある、Legendというゴルフーコース。主人曰く、結構難しいコースのようですが、私には難しいもなにもわからず。たくさん池がある、大きなバンカーがある、すぐ側に家がある、、、くらいしかわかりません。

行きの車の中で主人に「今日は120を確実に切ってよね。」と、言われて、「絶対大丈夫。」と、返事。「なんでいつもそんなにポジティブな訳?」といわれました。でもできる、というかやるぞ、って思うから。

2組でまわり、ゴルフほぼ初心者の私と裕子ちゃんと城さんのアシスタントの坂本君。時間がかかるだろう、、という計算で3人でプレー。3人で同じ方向に打っては喜んで、一緒に失敗しては笑って、楽しいゴルフになりました。2組目は主人、通訳のトニー、城さん、Jasonの4名。後ろは80-90台でまわる人たちなので、激しい戦いになったようです。

私はというと、前半割と順調に行っていたのですが、ちょっとチャレンジしすぎと(性格ですね)、あと池につかまり、前半だけで6つもボールをなくしてしまいました。過去最高です(後半にも1つなくしたんですけど)。それでも前半は63。後半はもう少し慎重に身体の動作を確認しながらおこなって、51でまわりました。後半は2つのパー。114でした。

グリーン周りはまったく練習していないので、ショートアプローチでちょっとてこずったり、バンカーから脱出できなくて、2度打ったりが4回くらいありましたが、それを考えるとたいしたスコアーと自分で自分を褒めております。

アリゾナ生活もあと2週間。あと2回くらいまわれるといいなと思っています。そのために、今日はゴルフクラブに感謝をしながら、洗いたいと思います。

河井先生、順調にシングルへの道?を進んでいます。
帰りの車で主人に、コンスタントに81前後を出さないとシングルにはなれないんだよ、、、といわれて、その壁の高さにちょっとびびってますが。でもチャレンジしないといつまでたってもそこにはたどり着けないので。がんばりまっす。
2008/03/12のBlog
[ 03:11 ] [ A-Yoga的 ]
ロスのカンファレンスで、あるレッスンを受けた。
動作としては非常に軽いもの。
身体に無理を与えずに、自分がもっとも楽な状態を維持したまま身体を動かす。

こういったものは自分では行っていたが、人に教わって行うのは初めてだった。

指導者の名前はSuzi。
レッスンの前に彼女が先生とは知らずに、部屋の前で「ここは誰が教えるの?」って、聞いた相手。

身体の力を抜いて、彼女が繰り返し、「自分の中にある願い・欲望を見つめなさい。」と繰り返す。「思ってもいないことが浮かび上がってくると思うよ、、、。」と。

レッスンの後半、Savasana(屍のポーズ)で呼吸を聞く。
”Find your desire, feel your desire"と彼女が繰り返す。
ある瞬間どこからともなくその言葉が浮かんできた。
それが私が今最も望んでいることなんだ、、、とあとで振り返って思う。

その言葉が浮かんできたとき、「ふーん、、、。」って、思って他のことを考えた。でも不思議とまたその言葉が浮かんでくる。心の奥底からあふれでるように。

自分が今日聞いた自分のことばをメモしておきなさい。
と、最後にSuziが言っていた。「きっとそれは現実になるから。」と。

1日5分の瞑想。
ただ座って、ただ寝て、自分の呼吸だけを、呼吸の深さだけを聞いて観察してみればいい。何かが生まれてくるに違いない。なぜなら自分が望むものは自分の外にあるのではなく、自分の中にあるのだから。
2008/03/10のBlog
第2回目(2年目)が先週末、ロスで開催されました。

9階の部屋にチェックインして外を見下ろすと、瞑想をしているヨギが目に入りました。
さすがヨガセラピーカンファレンスが行われるホテルです。
一般の人は結構あの不思議な集団に引いていたのかもしれません。

インターナショナルというくらいですから、一様他の国からも参加者がありました。たぶん300-400名弱の参加者で、海外からの参加は15名と言っていました。私はシアトルで登録しているので、海外の人には数えられませんが、アジアからは韓国から1名きていました。

セラピーというのですから、普通のヨガというよりは、より医学系、医療系に入った分野で仕事をする、仕事をしたいと思っている人の集まりです。医者、学者、看護師、栄養士、心療カウンセラー、カイロプラクター、理学療法士など医療系の資格を持った人もたくさんいました。

実際にアメリカは多用な分野でヨガが使用されています。
病院、リハビリ施設、がんセンター、心療内科、整形外科、アルコール依存症の施設などなど。私が今ボランティアで病院にいったりしているものが、アメリカでは仕事として成り立っている現実があります。

知識としての新しい情報はあまりありませんでした。が、知識ではない部分、感じるものをたくさんもらって帰ってきました。色々な意味で自分を見つめるいい機会になりました。

人の出会いは不思議です。400人くらい入る講義室で、私の隣の席に座った人が、シアトルの家から5分くらいの近所に住んでいる看護師さんだったり、講義を受けて興味を持った人が3人とも、私が座っている食事のテーブル(全部で40テーブルくらいあったと思いますが)に後から来て座ったり。あー、これも何かあるんだろうな、、、って思いました。

1人はNYでヨガセラピースタジオを開いている人で、アメリカのヨガセラピーではとても名前が知れた人みたいです。(すいません、私は人が評価するものを鵜呑みにしないので、あまり良く知らないので、、、。でもみんながそう言っていました)でも、彼の講義を聞いて、みんなの評価はそれほど外れていないなと思いました。ちょうど夏にNYに行こうと思っていたので、講義の質問をした後に、軽く挨拶をしたら「是非スタジオにおいで」と、言ってくれたので(アメリカ人はいつでもウェルカムですけど)、是非立ち寄ってみようと思います。

色々あった3日間でした。
その事はまたぼちぼち書いていこうと思います。
2008/03/07のBlog
[ 01:54 ] [ ほんの一息 ]
あと数時間でアリゾナを発って、LAに行って来ます。

ヨガセラピーカンファレンスに参加するため。
世界中からヨガをよりセラピーとして確立している人たちの集まりです。
疾病、怪我に対して、より的確なアプローチを探している人たち。

私のバックグラウンドが医療系なので、私にとってはそれほど感覚的に難しい分野ではないのですが、ムーブメントのヨガとして入った人には、入りづらい感じはあるみたいです。(まず医学用語、細かい解剖がついていけない)

朝7時から夜7時まで、何かしらセッションがあります。
多くのテーマは、鬱などの精神疾患、腰痛、精神のコントロール、糖尿病、癌などにかかわっている感じです。あと呼吸についても深く研究しているネタもありそうです。

今色々A-Yogaの発展形を考えています。
今あるベーシックの形から、さらなるスタイルへの発展。
身体の不思議を感じれる、追求できる、ちょっと変わったものを考えています。ある日頭の中に全てがまとまると思うのですが、今回のカンファレンスにそのヒントがこぼれていればラッキーって思っています。

どんな内容が出てくるか楽しみですが、意外に肩透かしだったりして、、、。ヨガグッズの展示場もあるので、覗いてこようと思います。

LAに大学のときのルームメイトと友達が住んでいるので、会ってきます。ちょうど日本で働いているアメリカ人の友達もLAにいるらしいので、7年ぶりくらいに会えそうです。

LAは苦手です。空気は汚いし、、、。でも3日間、ホテルに缶詰なので、ホテルを楽しんできます。
2008/03/05のBlog
[ 14:39 ] [ 試行錯誤 ]
(思いやりの話は次回に、、、。)

人生の中で足踏みをしている、と感じるときが必ずくると思う。

そんなとき、今行っていることが前進している実感がなくても継続するか、それとも前進ができていないからと辞めてしまうのか。

そこで大きく進路が変わってくると思う。

私は自分が足踏み時期に入ったかも、、、と思ったとき、最近の自分の行動を振り返ることにしている。横柄になっていなかったか、自分勝手になっていなかったか、より正しい選択をしてきたか。勉強、鍛錬を怠っていなかったか。考え方が偏っていないか。

人生には波がある。
良い波も悪い波も自分で引き寄せるのだと思う。
でもその波を起こしてくれるのは、往々に自分ではなく周囲の人たち。

自分の行いに問題があれば、悪い波が押し寄せてくる。
自分の行いがよければ、良い波がやってくる。

そんな気がする。

どんな状況であれ、自分が信じてきたもの、自分が継続してきたものは大切にしようと思っている。

私には合わない
私にはできない

そんな風に物事を選択する人がいる。

最初からできる人はいない。
最初から合う人もいない。

それができる人たちは、自分に合うまで、自分ができるまで手変え品変え、とにかく継続する努力をした人だと思う。

足踏みをする時間は必ず来る。
でもその足踏みは、その壁を乗り越えられる人にしか与えられない。
乗り越えられる壁というチャンスを与えられているのに、そこから背を向けてしまったら、次の景色は開けてこない。

足踏みを楽しもうと思う。
どんな自分に出会えるのか。
どんな自分になれるのか。

今日のアリゾナの夕焼けは空一面オレンジ色に輝いていました。
夕方ゴルフ場の誰もいない外のテーブルに座り、本を読んで静寂の時間をすごしてきました。そしてまた明日はくる。

明日はメジャーリーグのトレーナー達の勉強会です。私も継続教育単位(CEU)がもらえるので、参加してきます。
2008/03/03のBlog
[ 03:01 ] [ 試行錯誤 ]
日本人は集団の民族として育ってきた。
周囲との関係を乱すことなく、個と個がつながり塊となって生活をしてきた。

いつしか西洋の考え方だけが日本に入り込み、「個性」という言葉が独り歩きを始めた気がする。

「個性を大切にしなさい。」
日本ではよく聞く言葉。

個性という言葉だけが歩み続け、でも誰も個性とは?と問わずに来てしまった気がする。だから「個性=自己主張をすること」、「個性=自分色を出すこと」になっている気がする。

ここ最近A-Yogaのインストラクターに問い続けていることがある。
これは指導者の立場としてだけではなく、人として生活をしていくうえでの基本だと私は思っている。

人を指導する上で、してはいけないことの一つとして、指導者が自己中心的に指導をすすめることだと私は思っている。それを個性だと思っている人がいるが、それは決してその人の個性ではない。自分しか見えていないだけ。

自分がこう言いたいから、自分がこれをやりたいから。

それはできれば避けなくてはいけない。

そうではなく、

今この人に必要なことは何か?
今何を伝えればいいか?
今は待つときなのか?
それとも手を差し伸べるべきなのか?

常に相手を観察し、相手に必要なものを探しながら指導をすることが大切だと伝えている。

でも意外にこれが難しい。
自己中心的になることが非常に多い。
その違いは教えている相手をみればわかる。

自己中心的な指導者に教わった人の身体は成長が低い。
相手を思いやって指導を進めた指導者に教わった人は成長が早い。

言葉にするのは非常に難しいが、雲泥の差がある。

私達の仕事は、いろいろな人の心と身体を自由にしてあげること。

以前こんなメッセージを送った。
********

指導者とは?
教える人ではなく
教えて欲しいとその人が思ったときに
そこにいて手助けをしてあげられる人

何でも言えばいいわけではない

なんでも伝えれば言い訳ではない

その人が必要なときに

その人が欲しいときに

遠くから見つめていて

必要なタイミングに言うことが大切

指導者=教える人ではない

指導者=待つ人

だと思う。

***********

これは親であろうと、上司であろうと、夫婦であろうと同じだと思う。
相手が感じ、相手が悩み、相手が思う、その経験を見守りながら、本当に必要なときに、手を差し伸べてあげることが大切。

「自分という概念を捨ててください。
自分はいないんです。
他人がいて始めて自分は存在する。

一人ひとりの個性を大切にしてください。 」

こんなメッセージも送った。

人によっては、「自分を捨てる=個性がなくなる=人と同じになる」と、感じ取った人がいる。

その疑問にどう表現をすればいいか悩んだが、以下のように書いてみた。

******
自分というものは捨てなさいと言っているのに、個性を大切にしなさい、って矛盾していないか?って。

矛盾はしていないんですよ。

そうですねぇ、でも、わかりずらいですよねぇ、きっと。
なのでちょっと噛み砕いてみようと思います。
みんなも考えてみてくださいね。

辞書を調べてみます。
個性=個人、個物を他の人、物から区別しうるような固有の特性
つまり物であれば四角い物と丸いものという個性。
人間であれば元気一杯な人といつも静かな人という個性。

上の文でいう自分というのは哲学的に言うと「自己」という言葉に言い表されます。それだと難しいかなと思ったので自分という言葉にしたのですが、それが余計悪かったのかなぁ。

自己=客体としてとらえられた自分自身
で、客体とは=行為、実践の対象となるもの(存在論点)
となる。

つまり自己とは「行為や実践の対象となる自分自身」
「行為をする存在である自分」
ということになる。

わかりますかね?

つまりここにおいて私が言いたかったのは、
指導者であるという行為の対象である自分自身にばかり意識をおくのではなく、相手という鏡があることにより教える自分(自己)が存在できる。教える相手がいなければ、自己(行為をする人)は存在しないから、相手を大切にして欲しい。

「自己を捨てる=個性を消してみんなと同じになれ」ではない。

「自己を捨てる=自分のやっていることが相手のためになるための大切な考え方」ということ。

********

自分でも書きながら色々考えました。
でも20年近く指導者という立場の経験上、これが全ての原点だと思える。

この私の問いにこんな素敵な返信をしてくれたインストラクターがいる。(ちょっと借りますね)

********
小さい頃、「この花の赤は、他の人の赤と同じなのかな?」と思うことがありました。とても不安でした。もし自分だけが、他の人から見たら青なのに、それを赤だとしていたら、と。みんなと同じがいい、と。

みんな「私」だけしか感じられません。一生、他の人の「私」は完璧に感じることはできません。人の数だけ、その人の「私」にしか感じられないものがあります。だからこそ、「私」であることがすごく重要なことになると思います。自分だけがもらったかけがえのないものだと思います。

それが邦子さんのおっしゃる、「個性」なのかと思いました。

みんなちがってみんないい、と。


そんな「私」は一生、自分の顔をみることできません。

しかし、他人という、「鏡」を通して、「私」を感じることができると思います。あくまで、感じるだけで、厳密に自分の目で、自分の顔をみることはできませんが。

それが「自分」だと思います。

「自分」のことは、一番捉えきれないと思います。しかし、様々な他とのふれあいの経験の中で、「自分」というものを、おぼろげながらに感じ取っていく。

なので、あえて「自分はこういう人間です」と、色をはっきりさせなくても、元から「個性」というものを持っているから、「自分」を主張しなくてもいいよ、と。


「自分」と「個性」は全く違うものではなく、それを中からみているのか、外からみているのかの、みる人の立ち位置の違いなのかなと思いました。

********

どうでしょう?

簡単なようで、難しい。

で、私がたどり着いた言葉は「常におもてなしの心」をもって行動をして欲しい、ということ。

「おもてなしの心」については次回書こうと思います。
2008/03/02のBlog
[ 01:06 ] [ スポーツ考察より ]
2月28日が今年最初のゲームになりました。
チャリティーゲームだったので、公式のスプリングゲームではありませんが、多くの観客が訪れていました。

この日はスプリングトレーニングに参加している全ての選手がベンチ前に並び、国歌斉唱を聞いていました。これだけの選手が並ぶのは珍しいので一枚。

スタッフももちろん並んでいます。
白いポロシャツがビデオコーディネーターのカール。
その右側が主人です。
さらにその右がリッチーセクソンという選手で、彼は2メートル10センチくらいあると思います。主人も181センチあるので、周りの選手が全体的にどれだけ体が大きいのかわかるかなと思います。

若い選手もプレーをする機会があり、これからのスターを見つけるには楽しいスプリングゲームです。

昨日の夜はアリゾナでリハビリをしている小久保さんと和巳君が夜ご飯を食べにきてくれました。小久保さんは主人と野球談義に盛り上がり、和巳くんと私はキッチンで英語塾を開催していました。英会話の基本の基本の話を、和巳君の疑問に答えながら話していたのですが、彼の質問に「なるほどなぁ、、、」と思う事もたびたび。少し英語が楽しくなってきたみたいなので、良かったな、って思います。

明日はマリナーズvsパドレスの試合を見に行ってきます。
[ 01:04 ] [ スポーツ考察より ]
マリナーズのアリゾナキャンプ地ピオリアにあるオフィスの建物です。
シーズン中はリハビリとマイナーチームの施設として使用されています。

この建物の右側に駐車場。
左側にはスタジアム。
裏に5面練習場、バッティングケージなどがあります。

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