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鶯のさえずり
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2008/02/09のBlog
「行きつけの店」というのがある。
それは一杯飲み屋やレストランだったり、時としてブティックだったりするが、忘れてならないのは床屋、散髪屋である。いや、理髪店、理容室、美容院、美容室、ヘアサロンにカットハウスであろう。(まだまだ呼び名があるかもしれない)
わが家の周辺にも「なぜこんなにあるの?」というぐらい「髪切り処」が密集している。
そんなに髪を切る人がいるんだろうか?といぶかしくなることもある。とりあえずご近所で入りやすい処を選び、2~3軒試してみたが、仕上がり具合がどうも気になり、数週間後にはやはり「行きつけの店」に予約をいれるということになる。
それは高槻にある「Zion」というカットハウスで、オーナーの河原さんとはもう30年近くのつきあいである。わが頭につきあってもらっているわけだ。バス・電車を乗り継いで約45分、少し遠いが、自らの安心安全を考えればそんなことは苦にならない。
河原さんは、わが頭の形状、髪質、サマになりそうなスタイルを熟知しているからである。加えて、わが近況や身の上話?などを語ることになるので、髪の毛から頭皮を通過し、脳の中枢まで辿りつくわけで、頭の中身まで知られているということになる。

むかし男は「床屋」、女は「パーマ屋」というのが相場と決まっており、男性が「美容院」や「ヘアサロン」に入るのは少し勇気がいった。今や頭記のごとく呼び名も多く、男女を問わずどこへ飛び込んでも対応してもらえる感じである。
わが少年時代は男らしく「床屋へ行ってくる」と胸を張って出かけたものだ。目指すはクルクル回っているあの白・赤・青のポールサイン。あれはその昔、床屋が外科医を兼ねていたことの名残りで白は包帯、赤は動脈、青は静脈を表しているとか聞いた。つまり「髪を切るということは身体の一部を取り扱う」ということからきたんだろうか。今床屋に外科の手術をやられたら、たまったものではない。

「カリスマ美容師」とかがモテはやされる時代だが、「浮世床」のほうがいい。
自分にとってのカリスマ美容師は河原さんであり、Zionは浮世床である。
(写真は珍しく降った雪越しのZionと河原さん)
2008/02/08のBlog
朝日新聞の夕刊に「ニッポン人脈記」という連載物があるが、今「わが町で本を出す」というシリーズが続いており、昨日で10回目を数えた。出版に賭ける男たちの人つながりと苦労話が紹介され、新たな才能発見の視点が書かれていて興味深い。

その5回目に、懐かしい男が紹介されていた。山田深夜である。
今から10年前に横浜で知り合った男だが、天性のバイク乗りで、時間があると北海道から九州まで全国各地を乗りまわっていた。京浜急行の車両整備の仕事をしていたが、酒を飲むたびに「小説家になりたい」と夢を語っていた。
「読んでみてください」と渡された原稿を見て、即ハマってしまった。
男っぽいがペーソスもあり、不思議な味わいがあるのである。
何とかならないかと知り合いの出版社にかけあってもみたが、イイ返事はもらえず、それならとりあえず彼が今まで書いたものを自費でまとめてやろうと考えた。それほど惹きつけられる内容で、多くの人に触れてもらいたかった。
我ながら無謀だったが、活字にせず「わしが手書きで書いてやる」と、合間をぬってはペンを握り、完成したのが「キャベツのはらわた」である。
正真正銘、山田深夜のデビュー作である。

その後も「がんばって書いてます」と言っていたが、小説の第一作「横須賀Dブルース」は、椎名誠が編集長をつとめる「本の雑誌」が書評で取り上げ、同誌が選ぶ2005年上半期ベスト10に選ばれたのだ。昨年角川書店が出した「電車屋赤城」は、吉川英治文学賞新人賞候補にノミネートされ、この2月には講談社から「ひとたびバイクに」が出版されるという。売れっ子作家の仲間入りも近い。

「深夜くんよくがんばったね」と電話したら、「今夜にでも会って飲みたい」という雰囲気になった。もちろん横須賀ドブ板のあの居酒屋で。
2008/02/07のBlog
今朝テレビを見ていたら、東国原・宮崎県知事以下数名のタレントが何やら表彰されている。「ブログでがんばっている人たちを顕彰する」だと。昨日2月6日は「ブログの日」なんだそうだ。そんな日あったの?
2月6日はどう考えても「風呂の日」でしょう。
スーパー銭湯や温泉、足湯まで大盤振る舞いがあってしかるべき日だと勝手に思う。
とにかくわが国では、いやわが国民は数字の語呂合わせで「○○の日」というのを制定するのが大好きなようだ。まぁここは宣伝、販促のためだと割り切ろう。

この辺のお風呂のことは「お風呂アドバイザー」、愛するマリちゃんに任せよう。お風呂の専門家「おかきたまり」さんである。彼女のブログ「洗いの殿堂」を開けば、お風呂の効用、正しいお風呂の入り方から石鹸の麗しい使い方など、つれづれなるお風呂がらみの話が満載されていて楽しい。

そんなことを考えていたら「風呂敷」のことが気になりだした。ぜったいお風呂と関係があるに違いない。あった、あった!むかし大名が入浴するとき、脱いだ衣類を他人の物と間違えないように、家紋つきの布に包んで置き、風呂からあがったらこの布の上で衣服を整えたというのだ。ほんと?
しかし今、風呂敷を使う機会は滅多にない。「レジ袋をやめて風呂敷を使おう」と全日本風呂敷協会?がキャンペーンを張ったかどうだか記憶に薄いが、確かにそれが実現すれば環境にやさしいことは理解できる。しかしスーパーで風呂敷を広げる光景には未だ出くわしていない。
弁当を包むのはバンダナが便利、和装美人が抱えているのは信玄袋が多い。この際挑戦してみるかと一升瓶を包んでみたが(写真)けっこう大変である。

そういえば5~6年前の秋だったか、国立民族学博物館で「世界大風呂敷展」というのがあった。「だいふろしきてん」と読むのだろうが、「おおぶろしきてん」とも読める。
後者のほうが圧倒的に集客があったにちがいない。
2008/02/06のBlog
友人の石黒敬章氏から「写真川柳」(フォトセン)を作ってみないか、というメールが舞い込んできた。おもしろい作品なら木村政雄氏が編集している「5エル」という雑誌に連載するという。写真に川柳を合体させたものである。
例えばということで、選挙ポスターの掲示板の余白枠部分に自分の顔が入るように撮影され、「候補者に なったつもりの 投票日」と書かれた作品など数枚が添付されている。なんだかクスンとさせられる。

古川柳では「うがち(裏事情をあばく)・おかしみ(ユ-モア)・かるみ(軽妙洒脱)」という三要素が特徴になっているというが、写真と組み合わせるという発想はおもしろい。さっそく何か詠んでみたくなった。この「なんだかクスンとくる」おかしみは、息の詰まるような日常生活の中で貴重である。

そんな折、何気なくテレビを見ていたら、パロディ彫刻が紹介されていた。どこかで見た作品だ。作者は以前東京で紹介された岩崎祐司さんという静岡の人で、その時「こんな遊びをやってます」と、アルバムを拝見したことがあったのを思い出した。その後もどんどん彫り続け、作品は2000体にもなるという。あらためて作品ファイルを広げてみると実におもしろい。木彫りの人形とそのタイトルが絶妙のコンビネーションで、思わず「クスン、クスン」状態になった。いやはや参りました。
(写真左から)
 「おにでやす」「長いものにはマカロニ」「我輩は猫んでいる」「疲労コンパニオン」「仮面ライター」といった按配である。

 作品を全部見たくなった。どこかで展覧会を仕掛けてみたい。
2008/02/05のBlog
地球の裏側ブラジルでは、あの一大ページェント「リオのカーニバル」が開催されているが、今日と明日が本選、最大のヤマ場を迎える。1チーム2000人から5000人、あの露出度の高い衣装、山車のスケール、強烈なサンバのリズム、そして海外から集まる見物客の多さ・・・まさしく世界最大の祭りといえる。

学生時代、「まつり研究会」なるものを作り、青森の「ねぶた」から長崎の「おくんち」まで日本の主だった祭りを見て回ったが、「まつりレポート」には同行した女子学生についての報告しか書いていない。いったい我は何を研究したんだろう?
そんな日本の祭りの中で最も印象に残ったのは「阿波おどり」だった。
リオのカーニバルにはとても及ばないが、「参加型」だというところに良さがある。
秋田の「竿灯」や仙台の「七夕」、京都の三大祭など、豊かな情緒を味わえるという良さはあるが、他府県から訪れたよそものには「鑑賞型」である。
しかし、あえて非日常の空間と時間を演出し、共有することで参加者は刺激や感動を持ち帰り、日常の活力源にするという意味で祭りの持つ意義は大きい。

こどものころ浅草の三社祭でかついだ神輿の思い出や、疎開先の奥能登で太鼓の打ち手と乗り込み、夜の日本海の海岸沿いを練って回った勇壮な「キリコ」の雰囲気は忘れられない。生きている間に一度はかつぎに行ってみたいと思う。
片田舎の鎮守さまの小さな祭りであっても、文化として伝承していってほしいものだ。

大阪では天神祭はまだしも、御堂筋パレードはマンネリ化し低迷する商都を象徴するかのようだ。本来こうしたイベントは活力を高める起爆剤にならなくてはいけないはずだ。実施する側の担当者も「仕事でやっている」という臭いがしてイキイキしているとは思えない。
ひるがえって「吹田まつり」もこれでいいのか?吹田市民にどれだけ認知され波及しているだろう。祭の原点を見直し新たに構築し直す必要はないか?あの祭のあり方について誰も何も感じていないのだろうか?

「リオちゃん」と共に、思わぬ祭りの考察になってしまった。
写真は「CITYギャル連」を組織し引き連れて踊った阿波踊りの1枚。この「ギャル」たちも今やイイおばさんになっていることだろう。