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2008/04/03のBlog
[ 10:52 ]
選抜高校野球もベスト4が出揃って本日準決勝、海の向こうでは福留孝介がド派手なデビューをするなどまさに球春華やか、満開である。
しかしプロ野球はちょっとした異変が起こっている。
阪神タイガースはなんと5連勝、読売ジャイアンツは球団史上初の開幕5連敗である。
東京に生まれ育ったことから「オヌシは巨人ファンだろ」とよく言われたものだが、小さいころからアンチ巨人だった。小学生時代、金田正一からサインボールをもらったことから国鉄スワローズを応援するようになった。モノにつられてファンになったようだが、スワローズの本拠は巨人と同じ東京で、万年最下位といわれながら、どこか反骨の雰囲気が漂っていて好きだった。長嶋茂雄のデビュー戦で、エース金田が3三振に討ち取った試合は未だに記憶に残っている。「打てるものなら打ってみぃ」といった感じにしびれたものだ。
しかしその金田にしても、後の張本も、新しいところでは清原も「一度は巨人のユニホームを着てみたい」と、巨人入りする始末。本人のたっての希望もあったかもしれないが、とにかく「カネに飽かして」有力選手を集める巨人の横暴は許せない。
「巨人が強くないとおもしろくない」といった声も聞く。たしかに強い巨人を倒すことで溜飲を下げるということはあるだろうが、もはやそんな時代ではない。イチローや松井、松坂、福留など、一流選手は大リーグへ走るのが当たり前になってきたのだ。
東京一極集中を髣髴とさせるような巨人のやり方は時代に逆行している。
院政を引く読売の古狸さん、「大連立」など陰でごそごそやるのはやめてほしい。少なくとも野球の世界には持ち込んでほしくない。大物だけを集めてもこの世界は成り立たないのだ。札束選手の陰で、生え抜きの有望な若手がどれだけ悔しい思いをしているか考えたことがあるのだろうか。
監督・原辰徳の首のすげかえなんて噂も出はじめ、ほんとに「ハラタツノー」。
まぁ巨人にはこのまま負け続けてもらい、阪神には「地方の雄」としてどんどん勝ってもらいましょ。
ついでだが、寄せ集め部隊だった「楽天」のがんばりにも声援を送りたい。
しかしプロ野球はちょっとした異変が起こっている。
阪神タイガースはなんと5連勝、読売ジャイアンツは球団史上初の開幕5連敗である。
東京に生まれ育ったことから「オヌシは巨人ファンだろ」とよく言われたものだが、小さいころからアンチ巨人だった。小学生時代、金田正一からサインボールをもらったことから国鉄スワローズを応援するようになった。モノにつられてファンになったようだが、スワローズの本拠は巨人と同じ東京で、万年最下位といわれながら、どこか反骨の雰囲気が漂っていて好きだった。長嶋茂雄のデビュー戦で、エース金田が3三振に討ち取った試合は未だに記憶に残っている。「打てるものなら打ってみぃ」といった感じにしびれたものだ。
しかしその金田にしても、後の張本も、新しいところでは清原も「一度は巨人のユニホームを着てみたい」と、巨人入りする始末。本人のたっての希望もあったかもしれないが、とにかく「カネに飽かして」有力選手を集める巨人の横暴は許せない。
「巨人が強くないとおもしろくない」といった声も聞く。たしかに強い巨人を倒すことで溜飲を下げるということはあるだろうが、もはやそんな時代ではない。イチローや松井、松坂、福留など、一流選手は大リーグへ走るのが当たり前になってきたのだ。
東京一極集中を髣髴とさせるような巨人のやり方は時代に逆行している。
院政を引く読売の古狸さん、「大連立」など陰でごそごそやるのはやめてほしい。少なくとも野球の世界には持ち込んでほしくない。大物だけを集めてもこの世界は成り立たないのだ。札束選手の陰で、生え抜きの有望な若手がどれだけ悔しい思いをしているか考えたことがあるのだろうか。
監督・原辰徳の首のすげかえなんて噂も出はじめ、ほんとに「ハラタツノー」。
まぁ巨人にはこのまま負け続けてもらい、阪神には「地方の雄」としてどんどん勝ってもらいましょ。
ついでだが、寄せ集め部隊だった「楽天」のがんばりにも声援を送りたい。
2008/04/01のBlog
[ 13:37 ]
今年もいつのまにか3ヶ月が過ぎ、もう4月、早いものだ。
春本番となり、わが家のベランダもにぎやかになり始めた。
昨年友人が届けてくれたチューリップも、花後球根を乾燥させ、秋にプランターに埋め込んでおいたら元気に咲き始めた。ちょっぴり小ぶりだが、祈るように水やりをしてきたので、顔をだしてくれたのはうれしかった。
チューリップといえばオランダだが、以前講演で富山に行った際、案内された砺波市のチューリップ公園を思い出す。一つ一つじっと見てもその愛らしさに惹きこまれるが、砺波平野に広がる多品種色とりどり数万本の花壇は見事だった。
オランダの場合、シンボル的な風車がチューリップと絶妙なバランスであしらわれ、独特の情緒をかもしだしている。北海道紋別にあるチューリップ公園はオランダを下敷きにして造られたのだろう。風車もうまくマッチしている。
そういえばこの風車で「勘違いしているのではないか」と思った町があった。
やはり講演で呼ばれて訪れた、宮城県の佐沼である。
町長の肝いりでオランダから風車を仕入れ、葦が生い茂る沼の真ん中に設置したのだ。案内してくれた町のお歴々は自慢気だったが、この沼は「白鳥が来るところ」として有名な場所。町おこしも「白鳥」で色々なことが考えられるのだが、風車を設置してから飛来する白鳥の数が減ったんだとか、青年部のメンバーは嘆いていた。笑えるような笑えないような話である。
忘れてはいけない「チューリップ」がもう一つ。
財津和夫が率いる男5人組の「チューリップ」だ。今年35周年を迎えるというが、オジさんパワーでまだまだがんばってほしい。彼らのサウンドにはなんともいえない味わいがあるが、その中に「サボテンの花」というのがあった。
ベランダのサボテンも元気、にょきにょき1m近く伸びている。今年は立派な花を咲かせてくれるにちがいない。
チューリップ、サボテン・・・かれらから元気をもらう春、エイプリルである。
春本番となり、わが家のベランダもにぎやかになり始めた。
昨年友人が届けてくれたチューリップも、花後球根を乾燥させ、秋にプランターに埋め込んでおいたら元気に咲き始めた。ちょっぴり小ぶりだが、祈るように水やりをしてきたので、顔をだしてくれたのはうれしかった。
チューリップといえばオランダだが、以前講演で富山に行った際、案内された砺波市のチューリップ公園を思い出す。一つ一つじっと見てもその愛らしさに惹きこまれるが、砺波平野に広がる多品種色とりどり数万本の花壇は見事だった。
オランダの場合、シンボル的な風車がチューリップと絶妙なバランスであしらわれ、独特の情緒をかもしだしている。北海道紋別にあるチューリップ公園はオランダを下敷きにして造られたのだろう。風車もうまくマッチしている。
そういえばこの風車で「勘違いしているのではないか」と思った町があった。
やはり講演で呼ばれて訪れた、宮城県の佐沼である。
町長の肝いりでオランダから風車を仕入れ、葦が生い茂る沼の真ん中に設置したのだ。案内してくれた町のお歴々は自慢気だったが、この沼は「白鳥が来るところ」として有名な場所。町おこしも「白鳥」で色々なことが考えられるのだが、風車を設置してから飛来する白鳥の数が減ったんだとか、青年部のメンバーは嘆いていた。笑えるような笑えないような話である。
忘れてはいけない「チューリップ」がもう一つ。
財津和夫が率いる男5人組の「チューリップ」だ。今年35周年を迎えるというが、オジさんパワーでまだまだがんばってほしい。彼らのサウンドにはなんともいえない味わいがあるが、その中に「サボテンの花」というのがあった。
ベランダのサボテンも元気、にょきにょき1m近く伸びている。今年は立派な花を咲かせてくれるにちがいない。
チューリップ、サボテン・・・かれらから元気をもらう春、エイプリルである。
2008/03/30のBlog
[ 17:06 ]
昨日は小春日和、天満橋、大川端へ行ってきた。
「水都ルネサンス大阪2008」の川開きと同時に、八軒家浜に船着場が完成し、その開港式もあるということで川風に吹かれるのもいいかと出かけた。
橋本知事や平松市長の挨拶など、セレモニーは淡々と進んだが、国土交通省近畿整備局の親玉という人物の挨拶は美辞麗句、官僚言葉の羅列で、一般参列者の間からも「なんだあいつ」といった呟きが漏れ、思わず苦笑。しかしその後挨拶に立った「水都ルネサンス大阪」の実行委員会の代表・山崎勇祐が「大川には80以上の橋が架かっているが、そのうち国や行政が造った橋は3つだけ。あとは市民の力で造られたのだ」と明確に切り返し、拍手喝采を浴びた。
山崎が体調を崩し、一時は「余命いくばく」と宣告されたことは多くの人の知るところである。しかしその言辞を聞く限り、まだまだ元気、その勢いで実現してもらいたいことは山ほどある。大阪の活力のためにこんな人こそ必要なのだ。
開港された八軒家浜と、東海道中膝栗毛の弥次・喜多さんとの関係は興味深い。
「八軒家」は、江戸時代に京と大坂を往来した三十石舟の発着場のことで、八軒の船宿が軒を連ねていたことからその名がついたという。旅人や荷揚げ人、旅籠の客引きや饅頭売りなどでごった返していたらしい。その中に弥次・喜多コンビもいて、大坂での第一歩の旅が始まったという。安藤広重の「八軒家船着場の図」を眺めてみると、当時が垣間見えて実に楽しい。
4月22日までこの八軒家の港から「桜クルーズ」が毎日出航する。
建築家の安藤忠雄も来ていたが、彼の発案でスタートした大川沿岸の桜の植樹事業で、一人1万円で募金を呼びかけたところ52000人の寄進があったというからスゴイ。
5億円以上集まったことになる。やはり市民パワーはあなどれない。
今あちこちでウォーターフロントが見直されている。
わが吹田にも神崎川という由緒正しい河があり、その整備や景観を生かした利用方法の再検討は急務である。川に限らず「水辺」のある場所は市民の貴重な資産として生かし、「水たまり」よろしく「人たまり」を考えることは重要だ。ここにも市民パワーが大いに求められると思う。
「水都ルネサンス大阪2008」の川開きと同時に、八軒家浜に船着場が完成し、その開港式もあるということで川風に吹かれるのもいいかと出かけた。
橋本知事や平松市長の挨拶など、セレモニーは淡々と進んだが、国土交通省近畿整備局の親玉という人物の挨拶は美辞麗句、官僚言葉の羅列で、一般参列者の間からも「なんだあいつ」といった呟きが漏れ、思わず苦笑。しかしその後挨拶に立った「水都ルネサンス大阪」の実行委員会の代表・山崎勇祐が「大川には80以上の橋が架かっているが、そのうち国や行政が造った橋は3つだけ。あとは市民の力で造られたのだ」と明確に切り返し、拍手喝采を浴びた。
山崎が体調を崩し、一時は「余命いくばく」と宣告されたことは多くの人の知るところである。しかしその言辞を聞く限り、まだまだ元気、その勢いで実現してもらいたいことは山ほどある。大阪の活力のためにこんな人こそ必要なのだ。
開港された八軒家浜と、東海道中膝栗毛の弥次・喜多さんとの関係は興味深い。
「八軒家」は、江戸時代に京と大坂を往来した三十石舟の発着場のことで、八軒の船宿が軒を連ねていたことからその名がついたという。旅人や荷揚げ人、旅籠の客引きや饅頭売りなどでごった返していたらしい。その中に弥次・喜多コンビもいて、大坂での第一歩の旅が始まったという。安藤広重の「八軒家船着場の図」を眺めてみると、当時が垣間見えて実に楽しい。
4月22日までこの八軒家の港から「桜クルーズ」が毎日出航する。
建築家の安藤忠雄も来ていたが、彼の発案でスタートした大川沿岸の桜の植樹事業で、一人1万円で募金を呼びかけたところ52000人の寄進があったというからスゴイ。
5億円以上集まったことになる。やはり市民パワーはあなどれない。
今あちこちでウォーターフロントが見直されている。
わが吹田にも神崎川という由緒正しい河があり、その整備や景観を生かした利用方法の再検討は急務である。川に限らず「水辺」のある場所は市民の貴重な資産として生かし、「水たまり」よろしく「人たまり」を考えることは重要だ。ここにも市民パワーが大いに求められると思う。
2008/03/27のBlog
[ 18:09 ]
今日は「吹田市立博物館協議会小委員会」という、ものものしい会議があり、昼からのぞきに行った。今回は傍聴するだけではなく、「市民との討論」もあり、発言の機会が持てるということだったが、「ご意見は所定の用紙に書いて提出する」という形で、市民参加の白熱した討論にはならなかった。まぁ初めての「小委員会」ということで試行錯誤もあったのだろう。もともと「協議会」を形成する「有識者」の方々が、大所高所から博物館のあり方を考えるという前提条件が整えられているようで、小生のごとき無頼の徒にはいささか場違いな集いだったのかもしれない。
こういう会になると「博物館の使命、目標というものは・・・」といった原則論を持ち出す御仁がいたりして、どうも話が噛みあわない。博物館の現況を見れば、そんな抽象論は時間の無駄である。「そもそも博物館には博物館法という憲法みたいなものがありまして・・・」などと大真面目に答える古参の学芸員がいたりして、思わず時計をみたりしてしまう。
「博物館の活性化について」という市民会議の提言は立派なものだが、それを受けての博物館協議会の答申もまた立派である。立派すぎて涙が出そうになる。
答申は平成16年3月末だから丸4年になるわけだが、誰が見ても改革が進められた形跡は見当たらない。ただ、現館長になって「市民参画」という危険な筵旗を立てて実施した「千里ニュータウン展」や「07EXPO70展」は成功し、それなりの評価を得た。惜しむらくはその教訓が生かされていないことだ。常設展示など、「展示更新のために不断の努力をする」などと大見得をきりながら、何も変わっていない。いや、変えようと努力したという話は聞いたことがない。
改革は大事業、大英断なくしてはできない。
一歩踏み出す勇気とパワーが必要なのだ。
「博物館に愛称をつけたら・・・」と発言した委員がいてほっとした。
それなら「リオちゃんミュージアム」でいい。
岡本太郎という素材を生かさない手はない。
こういう会になると「博物館の使命、目標というものは・・・」といった原則論を持ち出す御仁がいたりして、どうも話が噛みあわない。博物館の現況を見れば、そんな抽象論は時間の無駄である。「そもそも博物館には博物館法という憲法みたいなものがありまして・・・」などと大真面目に答える古参の学芸員がいたりして、思わず時計をみたりしてしまう。
「博物館の活性化について」という市民会議の提言は立派なものだが、それを受けての博物館協議会の答申もまた立派である。立派すぎて涙が出そうになる。
答申は平成16年3月末だから丸4年になるわけだが、誰が見ても改革が進められた形跡は見当たらない。ただ、現館長になって「市民参画」という危険な筵旗を立てて実施した「千里ニュータウン展」や「07EXPO70展」は成功し、それなりの評価を得た。惜しむらくはその教訓が生かされていないことだ。常設展示など、「展示更新のために不断の努力をする」などと大見得をきりながら、何も変わっていない。いや、変えようと努力したという話は聞いたことがない。
改革は大事業、大英断なくしてはできない。
一歩踏み出す勇気とパワーが必要なのだ。
「博物館に愛称をつけたら・・・」と発言した委員がいてほっとした。
それなら「リオちゃんミュージアム」でいい。
岡本太郎という素材を生かさない手はない。
2008/03/26のBlog
[ 12:27 ]
このところ音信不通で気になっていた友人から電話があった。
「上海へ行ってました。報告やら相談やらあるので今夜伺います」という。
居酒屋「たんぽぽ」へ出向く予定だったが、何やら急ぎの相談もあるらしく、拙宅にて一杯飲ることにした。彼は仕事の関係で中国と日本とを行ったり来たりしているが、どうやら今回、いい意味での拠点というかネットワークができたらしく、目がきらきらしている。
お土産の老酒「古越龍山」を開け、ぐびぐび飲りながら歓談のひとときと相成った。
おみやげに「老酒」なら大歓迎。
しかしこのところ中国からの土産は要注意、要らないのに勝手に送りつけてくるのは迷惑である。しかも受取人払いときている。
毒ギョウザのメタミドホス、ご丁寧にロールキャベツなどにも包み込んである。
ジクロルホスなど、黄砂にまぶし、風にまかせて飛ばしてくる。
ぺパリンだかポポリンだか知らないが、鎮静剤や抗生物質に含ませているらしい。
出所や原因は明白なのに、日本の政府は政治問題化を恐れて弱腰、中国当局の言い分を鵜呑みにしているフシがある。日本・韓国・中国・モンゴルの4か国合同で計画を進めていた「黄砂監視プログラム」など、ここへきて中国が突然脱退したらしいが、日本は何も言わない。チベット問題にしても総理はむにゃむにゃ口ごもるばかり。国家のトップが評論家もどきでは何も解決しないし、ついて行く国民はたまったもんじゃない。
洞爺湖で環境サミットを主導するらしいが、「黄砂問題」も取り上げて欲しいものだ。きれいごとを並べるだけの会議ならやめたほうがいい。いや、総理はその前に辞めた方がいい。
北京五輪や上海万博が控えているが、お隣の大国は何を考えているのかわからず、ただ不気味さだけが漂っている。そんな中、かの友人はどんどん走って行くようだが、まぁ彼持ち前の明るさと元気さに期待し、民間レベルでの文化交流による日中友好に賭けるしかない。
さぁて、餃子を食べたくなった。
こうなったら自分で作るしかない。
「上海へ行ってました。報告やら相談やらあるので今夜伺います」という。
居酒屋「たんぽぽ」へ出向く予定だったが、何やら急ぎの相談もあるらしく、拙宅にて一杯飲ることにした。彼は仕事の関係で中国と日本とを行ったり来たりしているが、どうやら今回、いい意味での拠点というかネットワークができたらしく、目がきらきらしている。
お土産の老酒「古越龍山」を開け、ぐびぐび飲りながら歓談のひとときと相成った。
おみやげに「老酒」なら大歓迎。
しかしこのところ中国からの土産は要注意、要らないのに勝手に送りつけてくるのは迷惑である。しかも受取人払いときている。
毒ギョウザのメタミドホス、ご丁寧にロールキャベツなどにも包み込んである。
ジクロルホスなど、黄砂にまぶし、風にまかせて飛ばしてくる。
ぺパリンだかポポリンだか知らないが、鎮静剤や抗生物質に含ませているらしい。
出所や原因は明白なのに、日本の政府は政治問題化を恐れて弱腰、中国当局の言い分を鵜呑みにしているフシがある。日本・韓国・中国・モンゴルの4か国合同で計画を進めていた「黄砂監視プログラム」など、ここへきて中国が突然脱退したらしいが、日本は何も言わない。チベット問題にしても総理はむにゃむにゃ口ごもるばかり。国家のトップが評論家もどきでは何も解決しないし、ついて行く国民はたまったもんじゃない。
洞爺湖で環境サミットを主導するらしいが、「黄砂問題」も取り上げて欲しいものだ。きれいごとを並べるだけの会議ならやめたほうがいい。いや、総理はその前に辞めた方がいい。
北京五輪や上海万博が控えているが、お隣の大国は何を考えているのかわからず、ただ不気味さだけが漂っている。そんな中、かの友人はどんどん走って行くようだが、まぁ彼持ち前の明るさと元気さに期待し、民間レベルでの文化交流による日中友好に賭けるしかない。
さぁて、餃子を食べたくなった。
こうなったら自分で作るしかない。