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Bonjour あんず
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2008/04/17のBlog
前回フロリダのディズニーワールドへ行き、メリーポピンズさんのお宅に招かれたことを記したが、彼女の父親は、映画「ジョーズ」のサメの製作に関わった、ユニバーサルスタジオ技術部の偉い方だった。その彼が長年趣味として造り続けているのが「ホワイトハウス」の模型である。
自宅近くの広い工房で拝見したのだが、さすがの技術者だと感心させられた。
大統領の晩餐会の会場をはじめ、各室が見事に再現され、その精巧さには驚かされた。もちろんホワイトハウスのお墨付きをもらっており、リンカーンをはじめ、歴代大統領の執務室もずらりと並べられていた。ヒラリーかオバマか、はたまたマケインか、次期大統領が決まると部屋も模様替えされるわけで、模型も新たに手が加えられることになる。
この模型は全米各地で展観され好評を博したが、日本で開催された「アメリカンフェア」にも目玉の展示品として海を越えてやってきた。もちろんメリーポピンズさんも来日して華やかな催しになったことは言うまでもない。

昨日、大学の講義の中で「テーマパーク」による地域活性化の問題にも触れたのだが、人は出会いによって思いがけない出来事に遭遇したり、時としてビジネスに発展したり・・・そのタイミングをどう生かすか、アンテナを高くして広く情報を集めるようにしよう、といった脱線話も加えてしまった。

ディズニーは世界的なエンターテイメント産業の雄である。
日本はそういったバックグラウンドが乏しいため基盤が弱く、エンターテイメント性に欠け、ともすればハード志向の単なる遊園地に走ってしまう傾向にある。辛うじて営業しているテーマパークも青息吐息なのが現状だ。
エキスポランドがいつ再開するのか知らないが、この際ハードの手直しといった小手先の改革はやめ、ソフト面から徹底的に洗い直してほしい。単なる遊園地にとどめず、万博が残したテーマパークの一翼を担っているということを肝に銘じて再出発してほしいものだ。
2008/04/15のBlog
夢と魔法の王国・東京ディズニーランドが今日で25周年になるという。
25年間で約4億3千万人の客を迎えたというから、年平均1800万人という計算になる。日本のどこを探してもこんな集客施設は見当たらない。
何が魅力で人は足を運ぶのか、それも2度3度と訪れるリピーターが多いのだ。

園内に足を踏み入れたとたん外の世界は一切遮断され、独特の異空間を創出している。ジェットコースター(スペースマウンテン)や劇場はもちろん、キャラクターや造作物は植木の1本まで、ディズニー映画に基づいたテーマへの徹底したこだわりがあり、ディズニー以外の余分なものは一切ない。
そういったハード面での徹底もあるが、なんといってもすごいのは完璧なマニュアルに裏付けられたそのソフトである。数え上げたらキリがないが、「すべてのゲスト(客)はVIP」という姿勢に表われている。また、わくわくするような「期待感をもたせる」という巧みさも他のテーマパークや遊園地の追随を許さない。

ただ、東京とカリフォルニアのディズニーランドでは、しつらえはほとんど同じなのだが、来場客の雰囲気に歴然とした違いがある。アメリカは明るく、東京は暗めなのだ。修学旅行生の制服軍団に代表されるように、日本人客の服装が地味系なのだ。アメリカはいかにも楽しんでやるといった感じで派手系である。

フロリダにある本家・ディズニーワールドは、いわゆるディズニーランド(マジックキングダム)を中心に、エプコットセンターやシーワールドその他が一同に集まっていて広大、1日では回りきれない。車を飛ばし正門に着くまでの道路標識も、裏からまずミッキーマウスの耳が出てきて、走っていくうちに徐々に大きくなり、正門前で顔全体が見えるというこだわりようで、期待感の持たせ方に感心したものだ。

18年前にフロリダを訪ねた折、知り合いのアメリカ人の娘さんが「メリーポピンズ」に扮してパレードに出るというので観に行ったが、その後家内とフロリダを再訪した際、お宅に招かれてご馳走になったことがあった。(写真右から2人目がスター、メリーポピンズのジェニーさん。今やよきお母さんになっているだろう)

明日の午後、大阪学院大学での講義でも「テーマパーク」について触れる予定だが、ディズニーランドのマーケティング戦略には学ぶことが多い。
この機会に、派手めのいでたちでディズニーランドへ行ってみるか・・・。


2008/04/14のBlog
山つつじが満開、水仙も咲き競っている。
今までなんとなく見過ごしてきたが、しみじみ眺めてみると、水仙にもこんなにいろいろな顔があるのかと驚かされる。
三田の隠れ家の庭を散策していると、思わぬ草花を発見するが、手つかずの雑草にまみれ、息苦しそうに咲いている花を見つけると、なんとかしてやりたくなる。
広々とした自然の中に在るとつい見過ごしてしまうのだが、鋏を入れて持ち帰り、活けてやるとわが家の主役に躍り出る。アクセントのない部屋が一気に華やぐのである。

荒地に咲く花を見ていると、社会の空気を考えさせられる。
どこか歯車が狂っている日本社会の空気である。
中途半端な豊かさがあるものの、格差社会はますます広がりを見せ、なんともいえない閉塞感が人々を覆っている。どんよりした曇り空が続いている感じである。
わが国の経済成長を支えてきた人たちが「後期高齢者」として扱われ、雑草のように踏みつけられている。政治の世界では、いわば「勝ち組」である二世議員が跋扈し、庶民感覚のかけらも理解しようとしていない。
「後期高齢者」に手を差し伸べ、路傍の花となって笑顔で接しようとしている人の多くも高齢者である。

昨日は地元の自治会の総会があったが、会長の引き受けてがなく、もう1年やらざるを得なくなった。
若い人たち、とくにダンナ衆はどこへ行ってしまったんだろう。
「仕事が忙しくて手伝えない。まして役員などとんでもない」
「なんのメリットもないので、自治会には入らない」
そんな声も聞こえてくる。
冗談ではない。こちらも忙しく、高齢者の部類である。
考えると疲れるが、野花から鋭気をもらってがんばるしかない。
2008/04/11のBlog
「ひめか」って何?
来週の金曜日、4月18日から5月11日までの24日間開催される「姫路菓子博」の、キャラクターの呼び名である。下見に行った家内の報告によるとなにやら盛りだくさんな催しが詰まっているようだ。
以前「食博」に関わったことがあるが、「食」にまつわるイベントには人が集まる。ましてお菓子ともなればおばちゃん連をはじめ、女性やこどもたちがこぞって押しかけるにちがいない。24日間で60万人の動員を見込んでいるというが、ゴールデンウィークを控え、世界遺産の姫路城という観光資源とも相まって、おそらく目標は達成するだろう。

あるデータによれば「イベントに対する興味や好奇心が強い」のは女性で、男性を10ポイント上回っている。また「だれかを誘っていく」と言う数字など圧倒的に女性が多い。さらにおもしろいのは、イベントに行くと「財布の紐が緩み」、「なにがしかお土産を買ってしまう」のも女性である。つまり、イベントによる経済効果は女性が押し上げているということになる。
来週から姫路城一帯は、お菓子の甘い香りと女性軍団の熱気でむんむんするだろう。
想像しただけでくらくらしてしまう。

地元産が中心だが、日本全国からも自慢の銘菓が集められ、野点庭園やスイーツカフェで食べられるし、兵庫県内で菓子作りを教える8つの学校が、日替わりで「お菓子の学校」を開設して実演、試食コーナーもできるらしい。
またお菓子の文化や歴史は仮設の「お菓子館」で紹介、本家の県立歴史博物館ではなんとレビュー!「あるパティシェの物語」という歌劇が連日上演されるという。

正式には「第25回全国菓子大博覧会」だが、1911年(明治44年)に東京で開かれた「帝国菓子飴大品評会」が始まりで、数年おきに全国各地で開催されてきた由緒正しき祭典だ。
経済産業省が鳴り物入りで始めた「ジャパンエキスポ」は衰退の道を歩んだが、民間主導でテーマを絞り込んだ博覧会はまだまだ生き延びるにちがいない。
「そば博」など、また実現してほしいものだ。
「菓子」はどうも苦手だが、仕事柄一度はのぞきに行かなければなるまい。
2008/04/09のBlog
道頓堀というより大阪の顔ともいうべき「くいだおれ」が7月で閉店するという。60歳の定年、建物の老朽化や同属経営の限界が理由だと言うがなんとも惜しまれる。大阪といえば道頓堀というほど、観光客も増え続けている最中の撤退。おそらく周辺に増えたお手軽たこ焼き屋に押されたかたちで、客の目減りが進んだからだろう。

店頭に立つ電動ピエロの「くいだおれ太郎」はどうなるんだろう。
かに道楽、づぼらやのフグと並び、「道頓堀ご三家」として親しまれてきた人形である。
晴れ着を着たり、喪服に着替えたり、タイガースのユニフォームを着たり・・・店というより、町のシンボルとして活躍してきた。この際大阪市役所の前に置いたらどうだろう。

こうした人形や銅像は、生かし方次第で町のシンボルとなり、人々のコミュニケーションの推進役として地域活性化につながる重要な素材である。
昨日も触れた「忠犬ハチ公」といえば渋谷、上野公園の西郷隆盛像は戦後のどさくさや集団就職などを見つめたきた古き東京のシンボルといえる。熱海の「お宮と貫一」や、横浜・山下公園の「赤い靴の少女」などは、そこにストーリーがあり、しみじみとさせられるモニュメントである。
東京・西品川の商店街では、雑草にまみれた空き店舗の片隅から小さな少年の像が発見された。それに着目し、洗浄して生き返らせ周辺をきちんと整備して安置した。交通安全週間にはタスキをかけたり、夏祭りには浴衣を着せたり・・・愛称も募集して「みっくん」と命名されたが、今や「みっくんの商店街」として親しまれているほどだ。
ただ置くだけではなく、そこに物語を付けることによって生きたシンボルとなるのだ。
わが「リオちゃん」も放置してはいけない。ストーリーをつけて市民に親しまれ、活性化のために活躍してほしいと願うが、そのためには官・民一体となって知恵を絞る必要があると思う。

「くいだおれ」の会長をしておられる柿木道子さんとは、数年前にお店の8階のお座敷で紹介を受けたが、年賀状と暑中見舞いは必ず一筆添えていただいた。
丁寧で物腰の柔らかな女将だ。ほんとにご苦労様でしたと申し上げたい。