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2008/06/26のBlog
[ 14:59 ]
フォークシンガーの古川豪さんから七夕コンサートの案内が届いた。
なんと今年で36回目。第1回は1973年、戦火にまみれた南ベトナムの政治犯の釈放と、孤児救援のために始められたコンサートだが、当時は大いに話題になったものだ。豊田勇造、三浦久、中山ラビ、東野ひとし、それに古川豪という面々、顔ぶれは変わっていない。今回東野は欠演らしいが、30年過ぎた今でもあのパワーは衰えを知らず、メッセージが伝わってくるにちがいない。
7月5日、6日、会場は京都・大宮のライブハウス「拾得」で6時半開演。
そのむかし仕事の関係もあって京都に数年間住んだことがあるが、この「拾得」や「磔磔」によく足を運んだものだ。当時はやしきたかじんや憂歌団などもちょくちょく出ていた。
京大西部講堂という、いわば若者の砦が古都で存在感を示し、反戦フォークやエネルギッシュなメッセージソングが巷に流れていた時代。あのパワーは今どこへ行ってしまったのか。平和ボケした若者の言動を目の当たりにするにつけ、当時を懐かしむのはトシのせいか、血のせいか。
京都といえば、今も続く円山公園の宵山も思い出すが、北白川の「もろぐち邸」に通い、諸口あきら兄と飲み交わした夜も懐かしい。若かったなぁ。
東京から京都、大阪・吹田に24年、次は三田でラストステージか。
西へ西へと流転の旅は続くようだ。
ちょいと演歌っぽい〆になってしまった。
なんと今年で36回目。第1回は1973年、戦火にまみれた南ベトナムの政治犯の釈放と、孤児救援のために始められたコンサートだが、当時は大いに話題になったものだ。豊田勇造、三浦久、中山ラビ、東野ひとし、それに古川豪という面々、顔ぶれは変わっていない。今回東野は欠演らしいが、30年過ぎた今でもあのパワーは衰えを知らず、メッセージが伝わってくるにちがいない。
7月5日、6日、会場は京都・大宮のライブハウス「拾得」で6時半開演。
そのむかし仕事の関係もあって京都に数年間住んだことがあるが、この「拾得」や「磔磔」によく足を運んだものだ。当時はやしきたかじんや憂歌団などもちょくちょく出ていた。
京大西部講堂という、いわば若者の砦が古都で存在感を示し、反戦フォークやエネルギッシュなメッセージソングが巷に流れていた時代。あのパワーは今どこへ行ってしまったのか。平和ボケした若者の言動を目の当たりにするにつけ、当時を懐かしむのはトシのせいか、血のせいか。
京都といえば、今も続く円山公園の宵山も思い出すが、北白川の「もろぐち邸」に通い、諸口あきら兄と飲み交わした夜も懐かしい。若かったなぁ。
東京から京都、大阪・吹田に24年、次は三田でラストステージか。
西へ西へと流転の旅は続くようだ。
ちょいと演歌っぽい〆になってしまった。
2008/06/25のBlog
[ 17:48 ]
「学生5~6人に講師2人」などと、昨夜の居酒屋たんぽぽで揶揄され内心ちょっぴり不安だったが杞憂に終わった。学生が続々集まり、見渡せばほぼ満席、予想外のにぎわいに思わず「どうなってるの」と館長と顔を見合わせた。
今日の大阪学院大学の講義は、吹田市立博物館の小山修三館長をゲストに招いての特別トーク。担当のK教授が聴衆を呼び込んでくれたようだ。
「まちづくりとミュージアム」というテーマだったが、館長の凹凸豊かな話は笑いを誘い、楽しい時間となった。日本の博物館の現状と問題点、歴史的背景や今後のあり方、さらに「千里ニュータウン展」に見る市民参加の意義や、7月5日から始まる「千里の竹展」の話まで、カンチョー流のスピーチがあふれておもしろいイベント?になった。
7月27日の吹田まつりをはじめ、フィールドワークとしてイベントの裏方をしてみたい学生を募ったところ、かなりの反応があった。先般京セラドームで行われたロックバンド「L'arc en ciel」のコンサートの裏方を経験したSくんの感想も功を奏したのだろう。こういった体験談や失敗例など具体的な話に学生たちは身を乗り出してくる。当初「のれんに腕押し」「ぬかに釘」のような感じでいまいち摑みきれなかったが、今日のように大勢の若者を相手にすると、個別の反応や何を求めているのかがホノ見えて楽しくなる。
わが講義も7月2日をもって前期が終了する。
今日の大阪学院大学の講義は、吹田市立博物館の小山修三館長をゲストに招いての特別トーク。担当のK教授が聴衆を呼び込んでくれたようだ。
「まちづくりとミュージアム」というテーマだったが、館長の凹凸豊かな話は笑いを誘い、楽しい時間となった。日本の博物館の現状と問題点、歴史的背景や今後のあり方、さらに「千里ニュータウン展」に見る市民参加の意義や、7月5日から始まる「千里の竹展」の話まで、カンチョー流のスピーチがあふれておもしろいイベント?になった。
7月27日の吹田まつりをはじめ、フィールドワークとしてイベントの裏方をしてみたい学生を募ったところ、かなりの反応があった。先般京セラドームで行われたロックバンド「L'arc en ciel」のコンサートの裏方を経験したSくんの感想も功を奏したのだろう。こういった体験談や失敗例など具体的な話に学生たちは身を乗り出してくる。当初「のれんに腕押し」「ぬかに釘」のような感じでいまいち摑みきれなかったが、今日のように大勢の若者を相手にすると、個別の反応や何を求めているのかがホノ見えて楽しくなる。
わが講義も7月2日をもって前期が終了する。
2008/06/24のBlog
[ 12:30 ]
このところ頻繁に吹田ー三田を往復しているが、行きは高速道を避けてもっぱら地道を走ることにしている。高速料金の節約ということもあるが、窓外の景色になじみ、山道の静謐な空気に触れる楽しみも覚えたからである。
川西三田線を走るのだが、道の駅・猪名川を左折してからの雰囲気が何ともいえない。長谷ぼたん園を横目に、再び左折して見えてくる千刈ダムのあたりは濃い緑が水面に映えて特に美しい。波豆を抜け有馬富士公園までの道なりにはいつもほっとさせられる。
「緑が深い」というのは歴史ある町の条件といえるだろう。
それは人と時間がつくりあげるものである。
月に2~3回大阪の都心部に出かけるが、最近は林立するビル群を目にするだけで疲れを感じる。吹田の家の周辺でもマンション建設が進められているが、果たしてそれほどの需要があるのだろうか。窓を開けると目に飛び込んできた緑の並木や公園が、高層マンションによって次々に遮蔽されてしまった。
町づくりには3つのAがある。
アメニティ=暮らしやすいこと、アイデンティティ=住むことを自慢できること、そしてアミューズメント=知的な遊びを楽しめること。それには必然的に緑豊かという条件が伴う。
このことを考えれば、あえて豊かさや利便性から離れてみることも必要ではないかと思う。
川西三田線を走るのだが、道の駅・猪名川を左折してからの雰囲気が何ともいえない。長谷ぼたん園を横目に、再び左折して見えてくる千刈ダムのあたりは濃い緑が水面に映えて特に美しい。波豆を抜け有馬富士公園までの道なりにはいつもほっとさせられる。
「緑が深い」というのは歴史ある町の条件といえるだろう。
それは人と時間がつくりあげるものである。
月に2~3回大阪の都心部に出かけるが、最近は林立するビル群を目にするだけで疲れを感じる。吹田の家の周辺でもマンション建設が進められているが、果たしてそれほどの需要があるのだろうか。窓を開けると目に飛び込んできた緑の並木や公園が、高層マンションによって次々に遮蔽されてしまった。
町づくりには3つのAがある。
アメニティ=暮らしやすいこと、アイデンティティ=住むことを自慢できること、そしてアミューズメント=知的な遊びを楽しめること。それには必然的に緑豊かという条件が伴う。
このことを考えれば、あえて豊かさや利便性から離れてみることも必要ではないかと思う。
2008/06/23のBlog
[ 10:40 ]
叔父の家に身内が集まり、四十九日の法要を終えた。若い仏僧に合わせ、何やら難しくて長いお経を読み、般若心経を唱えて仏壇に位牌を安置、「練習、熟練、未練」という「練」にまつわる法話を聞いて「忌中」が取り除かれた。
クリスチャンの身としてはどうも落ちつかず、教会へ行って叔父の安息を祈ったが、6月22日の聖書には「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」と書いてある。キリストの激しい言葉によって叔父の魂を思い、真の忌明けを感じた。
何はともあれ、ひと区切りついたという感じである。
引越し先の隠れ家は、叔父がこよなく愛しこまめに手を入れたスペースだ。死を前にした病床で「あんたが住んだら庭がきれいになるな。それが楽しみだ」と笑顔で語っていたことが忘れられない。
少しずつ移転準備を進める中で、なんとなく落ちつかなかったのは、たえず叔父の霊の彷徨を感じていたからかもしれない。
庭の一角を見ると、このところの雨のおかげか、真竹がぐんぐん伸びて進出してきている。
「刈らねば」と立ちつくしていたら、「ごくろうさん」という叔父の声が聞こえたような気がした。
クリスチャンの身としてはどうも落ちつかず、教会へ行って叔父の安息を祈ったが、6月22日の聖書には「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」と書いてある。キリストの激しい言葉によって叔父の魂を思い、真の忌明けを感じた。
何はともあれ、ひと区切りついたという感じである。
引越し先の隠れ家は、叔父がこよなく愛しこまめに手を入れたスペースだ。死を前にした病床で「あんたが住んだら庭がきれいになるな。それが楽しみだ」と笑顔で語っていたことが忘れられない。
少しずつ移転準備を進める中で、なんとなく落ちつかなかったのは、たえず叔父の霊の彷徨を感じていたからかもしれない。
庭の一角を見ると、このところの雨のおかげか、真竹がぐんぐん伸びて進出してきている。
「刈らねば」と立ちつくしていたら、「ごくろうさん」という叔父の声が聞こえたような気がした。
2008/06/20のBlog
[ 17:00 ]
世の中には一日中誰かとしゃべっていないと落ち着かないという人がいる。ご近所のSさんがそうだ。声も大きいので数件離れているわが家にも「あぁしゃべってるな」とわかるし、ともすれば話の中身まで聞こえてくる。この奥さんにつかまったら、まず30分の立ち話は覚悟しなくてはいけない。これといって大事な話があるわけではない。
すれ違いざま「暑いですね」などと声をかけたら、衣替えの話から若かりしころの避暑地の出来事まで延々と続くことになる。針の先のようなことから始まっても、いつのまにか自らの生い立ちの話に進展するという鋭さである。油断できない。合いの手など入れようものなら、さらに30分延長となるので辛抱強く聞く側に回る。一瀉千里、途中で「ぼちぼち」などと切り出せず、パクパクする口許を眺める状況に陥る。出かけようと思うとどうしてもその家の前を通らざるを得ず、奥さんを見かけたら、遠回りだが反対側から通行するという努力を要する。悪い人ではないのだが・・・。
一方的に自分のことしか話さない人はまれにいる。自己主張が強いといえば聞こえはいいが、「相手の立場を考えない」ということにつながる。自己中心主義・・・今こういう人が悲しいかな増えている。自己中の親に育てられたこどもは、どこかいびつである。秋葉原事件をはじめ、最近の考えられないような出来事の立役者は、こういった育ち方をした人間のなせる業ではないだろうか。代々引き継がれる「業=ゴウ」である。
「見ざる言わざる聞かざる」もよくないが、現代の日本社会全体が晴れ間の見えない梅雨空の連続線となり、淀んだ空気が蔓延し鬱陶しさを増していると感じる。
すれ違いざま「暑いですね」などと声をかけたら、衣替えの話から若かりしころの避暑地の出来事まで延々と続くことになる。針の先のようなことから始まっても、いつのまにか自らの生い立ちの話に進展するという鋭さである。油断できない。合いの手など入れようものなら、さらに30分延長となるので辛抱強く聞く側に回る。一瀉千里、途中で「ぼちぼち」などと切り出せず、パクパクする口許を眺める状況に陥る。出かけようと思うとどうしてもその家の前を通らざるを得ず、奥さんを見かけたら、遠回りだが反対側から通行するという努力を要する。悪い人ではないのだが・・・。
一方的に自分のことしか話さない人はまれにいる。自己主張が強いといえば聞こえはいいが、「相手の立場を考えない」ということにつながる。自己中心主義・・・今こういう人が悲しいかな増えている。自己中の親に育てられたこどもは、どこかいびつである。秋葉原事件をはじめ、最近の考えられないような出来事の立役者は、こういった育ち方をした人間のなせる業ではないだろうか。代々引き継がれる「業=ゴウ」である。
「見ざる言わざる聞かざる」もよくないが、現代の日本社会全体が晴れ間の見えない梅雨空の連続線となり、淀んだ空気が蔓延し鬱陶しさを増していると感じる。