ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
鶯のさえずり
Blog
[ 総Blog数:288件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/06/27のBlog
久しぶりに「盛り上げ会」の会合があった。正式には「吹田市立博物館を盛り上げる市民の会」という、長ったらしいがわかりやすい名称の任意団体である。今の館長が赴任した4年前にできたのだが、どうも「館長と共に博物館を活性化しようかい」というのが正確な会の目的のようである。小生は、会の発起人でもある女優の誘惑にほだされて参加、3年半になるが、いやはやすごい時間と労力をつぎこむ羽目になった。

それまでの博物館長といえば、いわゆる名誉職で、ほとんど「下の者におまかせ」だったのだが、現館長は自ら幟を立てて走るタイプ。面識を得てほどなくそれがわかり「こりゃぁぜひとも協力せねば」ということになった。

この会のメンバーが中心になって取り組んだ企画が「千里ニュータウン展」(2006.4)である。市民が企画から運営まで一切を取り仕切るという、いわゆる全面委託という画期的な形で展開が図られたのだが、同博物館としては空前絶後の成功を収め、「吹田方式」として全国から注目されるというオマケまでついた。年間17000人が最高だった博物館に約40日間で22000人が集まったのだから評価もうなづける。
小生もずるずる引きずりこまれ、本業をさておいてボランティアの末席を汚す羽目に陥った。昨年の第2弾「07EXPO70」も含め、わがイベント人生、空白の3年間となったわけである。

今全国的にミュージアムは青息吐息のところが多い。
そこには様々な問題が潜んでいるが公立には決定的にソフトの感覚が欠如している。黙っても予算がついてくるという感覚が、費用対効果を考える民間の常識外のところにあるからだ。外堀を埋める広報をはじめとした仕掛けに知恵がない。どんなに偉そうなことを言っても、博物館もエンターティンメントあふれる「知的遊園地」なのだ。

これからは地域力や市民力をさらに開拓し、その能力を最大限に生かして活性化していくべきだろう。
市民もただ見ているだけではダメ。
「市民勝手連」に加わって踊らにゃそんそん。
2008/06/26のBlog
フォークシンガーの古川豪さんから七夕コンサートの案内が届いた。
なんと今年で36回目。第1回は1973年、戦火にまみれた南ベトナムの政治犯の釈放と、孤児救援のために始められたコンサートだが、当時は大いに話題になったものだ。豊田勇造、三浦久、中山ラビ、東野ひとし、それに古川豪という面々、顔ぶれは変わっていない。今回東野は欠演らしいが、30年過ぎた今でもあのパワーは衰えを知らず、メッセージが伝わってくるにちがいない。
7月5日、6日、会場は京都・大宮のライブハウス「拾得」で6時半開演。

そのむかし仕事の関係もあって京都に数年間住んだことがあるが、この「拾得」や「磔磔」によく足を運んだものだ。当時はやしきたかじんや憂歌団などもちょくちょく出ていた。
京大西部講堂という、いわば若者の砦が古都で存在感を示し、反戦フォークやエネルギッシュなメッセージソングが巷に流れていた時代。あのパワーは今どこへ行ってしまったのか。平和ボケした若者の言動を目の当たりにするにつけ、当時を懐かしむのはトシのせいか、血のせいか。
京都といえば、今も続く円山公園の宵山も思い出すが、北白川の「もろぐち邸」に通い、諸口あきら兄と飲み交わした夜も懐かしい。若かったなぁ。

東京から京都、大阪・吹田に24年、次は三田でラストステージか。
西へ西へと流転の旅は続くようだ。
ちょいと演歌っぽい〆になってしまった。
2008/06/25のBlog
「学生5~6人に講師2人」などと、昨夜の居酒屋たんぽぽで揶揄され内心ちょっぴり不安だったが杞憂に終わった。学生が続々集まり、見渡せばほぼ満席、予想外のにぎわいに思わず「どうなってるの」と館長と顔を見合わせた。
今日の大阪学院大学の講義は、吹田市立博物館の小山修三館長をゲストに招いての特別トーク。担当のK教授が聴衆を呼び込んでくれたようだ。

「まちづくりとミュージアム」というテーマだったが、館長の凹凸豊かな話は笑いを誘い、楽しい時間となった。日本の博物館の現状と問題点、歴史的背景や今後のあり方、さらに「千里ニュータウン展」に見る市民参加の意義や、7月5日から始まる「千里の竹展」の話まで、カンチョー流のスピーチがあふれておもしろいイベント?になった。

7月27日の吹田まつりをはじめ、フィールドワークとしてイベントの裏方をしてみたい学生を募ったところ、かなりの反応があった。先般京セラドームで行われたロックバンド「L'arc en ciel」のコンサートの裏方を経験したSくんの感想も功を奏したのだろう。こういった体験談や失敗例など具体的な話に学生たちは身を乗り出してくる。当初「のれんに腕押し」「ぬかに釘」のような感じでいまいち摑みきれなかったが、今日のように大勢の若者を相手にすると、個別の反応や何を求めているのかがホノ見えて楽しくなる。

わが講義も7月2日をもって前期が終了する。

2008/06/24のBlog
このところ頻繁に吹田ー三田を往復しているが、行きは高速道を避けてもっぱら地道を走ることにしている。高速料金の節約ということもあるが、窓外の景色になじみ、山道の静謐な空気に触れる楽しみも覚えたからである。
川西三田線を走るのだが、道の駅・猪名川を左折してからの雰囲気が何ともいえない。長谷ぼたん園を横目に、再び左折して見えてくる千刈ダムのあたりは濃い緑が水面に映えて特に美しい。波豆を抜け有馬富士公園までの道なりにはいつもほっとさせられる。

「緑が深い」というのは歴史ある町の条件といえるだろう。
それは人と時間がつくりあげるものである。
月に2~3回大阪の都心部に出かけるが、最近は林立するビル群を目にするだけで疲れを感じる。吹田の家の周辺でもマンション建設が進められているが、果たしてそれほどの需要があるのだろうか。窓を開けると目に飛び込んできた緑の並木や公園が、高層マンションによって次々に遮蔽されてしまった。

町づくりには3つのAがある。
アメニティ=暮らしやすいこと、アイデンティティ=住むことを自慢できること、そしてアミューズメント=知的な遊びを楽しめること。それには必然的に緑豊かという条件が伴う。
このことを考えれば、あえて豊かさや利便性から離れてみることも必要ではないかと思う。
2008/06/23のBlog
叔父の家に身内が集まり、四十九日の法要を終えた。若い仏僧に合わせ、何やら難しくて長いお経を読み、般若心経を唱えて仏壇に位牌を安置、「練習、熟練、未練」という「練」にまつわる法話を聞いて「忌中」が取り除かれた。
クリスチャンの身としてはどうも落ちつかず、教会へ行って叔父の安息を祈ったが、6月22日の聖書には「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな」と書いてある。キリストの激しい言葉によって叔父の魂を思い、真の忌明けを感じた。

何はともあれ、ひと区切りついたという感じである。
引越し先の隠れ家は、叔父がこよなく愛しこまめに手を入れたスペースだ。死を前にした病床で「あんたが住んだら庭がきれいになるな。それが楽しみだ」と笑顔で語っていたことが忘れられない。
少しずつ移転準備を進める中で、なんとなく落ちつかなかったのは、たえず叔父の霊の彷徨を感じていたからかもしれない。
庭の一角を見ると、このところの雨のおかげか、真竹がぐんぐん伸びて進出してきている。
「刈らねば」と立ちつくしていたら、「ごくろうさん」という叔父の声が聞こえたような気がした。