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近代詩探偵の事件簿
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2008/10/03のBlog
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しばらく更新していないのに、十万件を突破してました。
2008/01/29のBlog
[ 18:52 ] [ 日本語 ]
金田一春彦『日本語教室』(1998年、筑摩文庫)に出てくる話。
電車の放送で、「あとから車掌がカンツーいたします」と流れたんだそうです。
一体なにごとかと思ったら、急行券を買っていない人のために車掌さんが車をとおりぬけていっただけだった。
金田一先生いわく

運輸省は専門語の多いところで、その専門語を車内放送などで一般に流すから、乗客はしばしばめんくらう。(298ページ)



鉄道用語で有名なのは、「衝撃したため・・・」でしょう。
人間と電車がぶつかる(当然、事故になる)ことを、JRでは「衝撃する」という。
辞書を見ると、国木田独歩だかの用例が載っていましたが、まぁ一般には使わない言い方ですよねぇ。
2008/01/28のBlog
[ 17:51 ] [ 日本語 ]
金田一春彦『日本語教室』という本に、芥川龍之介の小説を、英訳と比較しながら授業をおこなった記録が出てくる。
たとえば英訳ではheやsheが出てきますが、「羅生門」にも「鼻」にも「手巾」にも、「彼が」「彼女が」はまったく出てこないのだそうです。



「手巾」で、西山君の母堂が、長谷川先生を訪問し、初対面の挨拶をする場面がある。
二人はこう言う。

私が長谷川です」
「私は、西山憲一郎の母でございます」


これが英訳だと

I'm Hasegawa.
I'm Nishikawa Kenichiro's mother.

なんだそうです。
そうとしか訳しようがないんでしょうけど、ちょっとニュアンスが違いますよね。

西山くんのお母さんには、「長谷川先生」という名前はさきに知られているから「私が長谷川です」となる。
いっぽう長谷川先生には、目の前の女性が誰だかわからないはずなので、「私は、西山の母です」と言ったのですが。
2008/01/27のBlog
金田一春彦『日本語教室』という本がある。
このなかに、教科書に「桃太郎」を載せようとした話が出てくる。

それから桃太郎と犬と猿とキジとかれ等四人は舟に乗って鬼が島へ渡りました。

最初、こう書いてあったところ、「待った!」がかかったという。
どこが問題になったのでしょう。

犬や猿やキジを「四人」とは言わないからですね。
そこで次のように変えた。

桃太郎と犬と猿とキジと彼等一人と三匹は・・・

すると再び「待った!」がかかる。
そこで、こう改めたのだそうです。

桃太郎と犬と猿とキジと彼等一人と二匹と一羽は・・・



金田一先生はこの逸話を引きつつ、次のように書く。

部類の区別の数え方については時々やかましい問題が起こる。
いつかウサギの数え方は一匹・二匹・・・か一羽・二羽かの論が新聞紙上でにぎわった。
(略)
一体日本語のこの性格はどうすべきか。何とかしてなくすべきか。
私は思う。これはほうたらかしておいていい、と。それで自然に整理されるだろう。
(略)
マネキン人形などは一つ・二つ・・・で十分。恐らくデパートの人たちもふだん口ではそうも言っているだろう。琴一面・二面、タンス一さお・二さお。などという単位は、日常の会話から消えた。大ざっぱに言って、物は一つ・二つ・・・に統一されるだろう


これは、半分は当たり、半分ははずれました。
1面2面、1さお2さおといった言い方は、確かに聞かなくなりましたね。
ただし最近は「一つ二つ」ではなく、「一個、二個」というようになってしまいました。
2008/01/18のBlog
金田一春彦『日本語教室』(ちくま文庫)を読んでいたら、こんな一節があった。

私の家で私の次男がまだ小さかったころ、私が外出先から家に電話をかけて、夕方おそくなることを通知しようとすると、よく真先に電話口へ出てくることがあった。(略)
「ヒデホかい、今おまえ何をしている?」と聞いてやる。
と、その答がふるっていた。
いわく「今、ボク、電話をかけているんだよ。」
これは「今」ということばが漠然としているために起った誤解である


金田一秀穂先生(画像の人)幼少時のエピソードということになります。



この本に出ている金田一家のエピソードで可笑しかったのを、一つ。

いつか、私の家で、出がけに、家族のものに振替用紙を渡し、「これを郵便局にもって行って所定の事柄を書き込んでお金を払いこめ」と命じておいた。
帰宅してみると、まだ郵便局へ行かないという。
あれほど頼んだのにどうしたんだ、となじると、「あんなむずかしいことがあたしたちにできるもんですか」との答えである。
聞けば「ここです。アラビアの数字なんか知らないわ」とふくれている。
見ると、なるほど「金額はアラビア数字で書くように」との注意書きがある
。(299ページ)

金田一春彦が「365」のように書いてやると、奥様は「それは日本の数字じゃありませんか」と不審がったそうです。
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