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2008/05/31のBlog
[ 21:41 ]
[ 今日は・・・○○篇 ]
今日は、昨日に引き続き教育実習の準備。初めて、本別高校であることのデメリットを感じる。すなわち、実習中に、「あれをつかえる、これをつかいたい」と思っても、天嶮の要害である本別ではそれらを入手できんのである。
という事で、準備。まぁ、実際に事に当たっていないので、この準備が正しく準備となるかはわからない。でもやっておかないと気が済まないのである。
ところで、私は家でおたまじゃくしを飼っているのだ。しかし、この実習で二週間マンションを空けるので、彼らはそのままでは逝去してしまうであろう。そこで私は、誰か他の人に飼って貰うことを画策した。第一候補には、南部先生が挙がった。すなわち相談するに、程なく快諾を得た。今日はおたまじゃくしの受け渡しも行った。先生曰く、まだ痩せているとのこと。こういうのは先生好きなので、任せてしまっても、全く問題ない、と思う。良かった。ありがたい話である。
その後、古代史ゼミの飲み会。昨期、酒を飲みながら南部先生のレポートを書いてしまったことを白状した。出来は全く問題ないので良いのであるが…。あと、友人と漫画の話とかもした。最近本気出して漫画を読んでいないので、頑張ろうと思った。卒論に関係する論文しか読んでない。
ああ、教育実習に向けて緊張しすぎて、今日は朝6時くらいにかってに目が覚めてしまった。でもまぁ飲み会が楽しかったkら良いか~
という事で、準備。まぁ、実際に事に当たっていないので、この準備が正しく準備となるかはわからない。でもやっておかないと気が済まないのである。
ところで、私は家でおたまじゃくしを飼っているのだ。しかし、この実習で二週間マンションを空けるので、彼らはそのままでは逝去してしまうであろう。そこで私は、誰か他の人に飼って貰うことを画策した。第一候補には、南部先生が挙がった。すなわち相談するに、程なく快諾を得た。今日はおたまじゃくしの受け渡しも行った。先生曰く、まだ痩せているとのこと。こういうのは先生好きなので、任せてしまっても、全く問題ない、と思う。良かった。ありがたい話である。
その後、古代史ゼミの飲み会。昨期、酒を飲みながら南部先生のレポートを書いてしまったことを白状した。出来は全く問題ないので良いのであるが…。あと、友人と漫画の話とかもした。最近本気出して漫画を読んでいないので、頑張ろうと思った。卒論に関係する論文しか読んでない。
ああ、教育実習に向けて緊張しすぎて、今日は朝6時くらいにかってに目が覚めてしまった。でもまぁ飲み会が楽しかったkら良いか~
2008/05/29のBlog
[ 23:46 ]
[ 今日は・・・○○篇 ]
「クワバタオハラのつじあやのに似てる方って何て名前だっけ」
そう問うた私に対し、風紀委員は即座に
「クワバタだよ」
と応じた。この一瞬の逡巡により導かれた答えが、果たして真であるのか、私には見当がつかない。クワバタとオハラの区別がつかない為だ。風紀委員はそこまでを把握した上で、答えになるかわからぬ(私にとって)答えを即座に用意した。
これは私と彼女の関係を的確に示す好例であり、彼女が風紀委員たりえる理由ともなっている。
将来的には、こういう文章で毎日ブログを更新したいが、風紀委員ではない私には、それは不可能かと思われる。
授業でとある文章を読んだのだが、私は文章の始めと後で論旨を表出する双括型の文章だと感じた。しかし先生によれば、その文は頭括型の文であるそうだ。続けて説明があり、日本人は文章の最後に論旨がある文に馴染んでいるので、最後に重点を置きがちだ、とのことだった。逆にアメリカでは、頭に論旨を持って来るそうだ。なるほど。
古文書自主ゼミ。楽しかった。沢山読んだ。もう少し、古文書の中で複雑な部分がはっきり理解できれば良いのにと思った。読めはするけれど、その文字の意味する実際の状況が顕わとならない。難しい問題だ。明日は小右記ゼミである。
教育実習が近づく。帰ってきた人は、いい経験だったと言いている人が多い。
中国文化論のゆはず先生より、著書をいただく。これは教育実習でお世話になる高校の先生が、中国文化論講座にかつて所属しており、彼に本を渡してくれと頼まれたついでに私も貰ったのである。あり難い話である。最近『論語』を読むことから離れているので丁度良い。この本は『論語』の三十項目をトピックとして、『論語』のエッセンスを析出した内容だ。実は三十の項目だけでなく、一一のその説明の中で、他の条も紹介されているので、全部読むと結構な量になる。尊ぶべし、尊ぶべし。
サークル例会。何を話したか忘れた。ヴァジュラを買う話をした気がする。
ともあれ、つじあやのは好きなのかもしれない。ここで問題となるのが、つじあやのと、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうが二人で登場し、どちらがつじあやのかと聞かれたときに、多分どちらがつじあやのかはわかるのだが、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうがクワバタかオハラか判らない、という点である。
そう問うた私に対し、風紀委員は即座に
「クワバタだよ」
と応じた。この一瞬の逡巡により導かれた答えが、果たして真であるのか、私には見当がつかない。クワバタとオハラの区別がつかない為だ。風紀委員はそこまでを把握した上で、答えになるかわからぬ(私にとって)答えを即座に用意した。
これは私と彼女の関係を的確に示す好例であり、彼女が風紀委員たりえる理由ともなっている。
将来的には、こういう文章で毎日ブログを更新したいが、風紀委員ではない私には、それは不可能かと思われる。
授業でとある文章を読んだのだが、私は文章の始めと後で論旨を表出する双括型の文章だと感じた。しかし先生によれば、その文は頭括型の文であるそうだ。続けて説明があり、日本人は文章の最後に論旨がある文に馴染んでいるので、最後に重点を置きがちだ、とのことだった。逆にアメリカでは、頭に論旨を持って来るそうだ。なるほど。
古文書自主ゼミ。楽しかった。沢山読んだ。もう少し、古文書の中で複雑な部分がはっきり理解できれば良いのにと思った。読めはするけれど、その文字の意味する実際の状況が顕わとならない。難しい問題だ。明日は小右記ゼミである。
教育実習が近づく。帰ってきた人は、いい経験だったと言いている人が多い。
中国文化論のゆはず先生より、著書をいただく。これは教育実習でお世話になる高校の先生が、中国文化論講座にかつて所属しており、彼に本を渡してくれと頼まれたついでに私も貰ったのである。あり難い話である。最近『論語』を読むことから離れているので丁度良い。この本は『論語』の三十項目をトピックとして、『論語』のエッセンスを析出した内容だ。実は三十の項目だけでなく、一一のその説明の中で、他の条も紹介されているので、全部読むと結構な量になる。尊ぶべし、尊ぶべし。
サークル例会。何を話したか忘れた。ヴァジュラを買う話をした気がする。
ともあれ、つじあやのは好きなのかもしれない。ここで問題となるのが、つじあやのと、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうが二人で登場し、どちらがつじあやのかと聞かれたときに、多分どちらがつじあやのかはわかるのだが、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうがクワバタかオハラか判らない、という点である。
2008/05/28のBlog
[ 02:11 ]
[ 今日は・・・○○篇 ]
最近は、なんだかサボり気味である。古代史自主ゼミは完全に準備不足だった。色々言われて、すごく勉強になった。ゼミはボコられればボコられる程よい。ただちゃんと準備した上での話だけど。
中世古文書自主ゼミは、早めに準備しよう。小右記自主ゼミもしっかりやろう。前々回風邪で朦朧としながら参加したので、正直よく覚えていないのである。前回は中止であった。
教育実習が始まる。高校側からあまり指示が来ないので、どんな風になるか微塵も判然としない。そういうのはちょっと嫌で、例え厳しくても、何をやるかしっかり明示してくれた方がいい!
明日は、中世史研究会という会に誘われている。こちらも始めて参加させていただく。上の方ばかりなので、非礼の無いようにしなくては。そして大いに勉強できれば良い。これは結構緊張する。大丈夫なのか?
卒論で扱う予定の分野の本を先生から大いに紹介してもらったのだが、全然読んでいない。サボりすぎである。最近特に怠けている様に思うので、気を入れなおさなくてはならないなぁ。はぁ。
私は割りと欲張りなので、決して競っているものではないのだけれど、誰よりも努力して、最善の結果を常に得たいと考えているのだわはははは
つじあやのの『風になる』のPVを見た。まっとうすぎるほどの眼鏡っこだった。この前E女史とカラオケに行ったとき、E女史の弟と私の音楽の趣味がほとんど丸被りだという事を話した。椿屋四重奏だとか凛として時雨とか、まぁそんな感じだ。但し俺はちょっと毛色を変えて、エゴラッピンとかオレンジペコーみたいなのも好きなんだよなージャズっぽい感じの。彼女の弟はどうなのだろうか。
明日も最善を尽くそう。
中世古文書自主ゼミは、早めに準備しよう。小右記自主ゼミもしっかりやろう。前々回風邪で朦朧としながら参加したので、正直よく覚えていないのである。前回は中止であった。
教育実習が始まる。高校側からあまり指示が来ないので、どんな風になるか微塵も判然としない。そういうのはちょっと嫌で、例え厳しくても、何をやるかしっかり明示してくれた方がいい!
明日は、中世史研究会という会に誘われている。こちらも始めて参加させていただく。上の方ばかりなので、非礼の無いようにしなくては。そして大いに勉強できれば良い。これは結構緊張する。大丈夫なのか?
卒論で扱う予定の分野の本を先生から大いに紹介してもらったのだが、全然読んでいない。サボりすぎである。最近特に怠けている様に思うので、気を入れなおさなくてはならないなぁ。はぁ。
私は割りと欲張りなので、決して競っているものではないのだけれど、誰よりも努力して、最善の結果を常に得たいと考えているのだわはははは
つじあやのの『風になる』のPVを見た。まっとうすぎるほどの眼鏡っこだった。この前E女史とカラオケに行ったとき、E女史の弟と私の音楽の趣味がほとんど丸被りだという事を話した。椿屋四重奏だとか凛として時雨とか、まぁそんな感じだ。但し俺はちょっと毛色を変えて、エゴラッピンとかオレンジペコーみたいなのも好きなんだよなージャズっぽい感じの。彼女の弟はどうなのだろうか。
明日も最善を尽くそう。
2008/05/23のBlog
[ 01:22 ]
[ 社会 ]
証券会社に務めるAさん(仮名)はある日アスパラガスを食っているときに、アスパラガスのガスがなんなのかがひどく気になりはじめた。
一般的には、あの例の緑の茎みたいな野菜か山菜か何かよくわからないものは、茹でたものをマヨネーズとつけて食べると旨いのであるが、それらはアスパラという呼称で人口に膾炙することとなっている。北海道では、丁度今の時期がアスパラの旬である。味の濃いアスパラが、多くの食料品店で消費者を歓待している。
アスパラ、と一般に呼ばれるその食べ物は、地面からにょっきり生えてくる。そして伸びすぎると何か葉っぱみたいなのが出てくるし、そこにはたねっぽいものも見られるようになる。ま、植物なんだから当たり前だが、わりと短期間で、あのにょっきりしたものが、なんとなく植物ぽく、即ち微細な葉が腕を伸ばし、枝は細くそれらの葉を支えるようになるのだ。この変化してしまった姿を見るに、なんとそこらにありふれる植物然としていることか。にょっきりとした時代から、ほんの数週間でこれである。このダイナミズムには驚かされるばかりだ。そのせいもあってか、アスパラというものは、観葉植物としても人気があるのだ。
Aさん(仮名)はそういったアスパラに対する一般的な所見を十分に認識する人間であったが、一つ困った事に気づいた。それは冒頭で記した如く、アスパラに時たまガスがついているのである。
Aさんのアスパラに対しての認識は、他者のそれとなんら変わることはない、とAさんは確信している。職場や、またはプライベートな時間でアスパラの話題になったとき、他者と齟齬をきたしたことは今の一度も無い。アスパラはアスパラだ。ではアスパラガスとはなんなのか。
ガスに関しても、Aさんは自身で一般大衆と等しく認識を持っている、と確信している。しかし、これへの具体的な言及は、アスパラのそれと同じような軌跡を辿る事となろうから、ここでは敢えて言を俟たない。
今言いたいことは、そうしたアスパラとガスとの一般的な人々の認識の上に立ったときアスパラガスとは一体何を意味するかである。アスパラも、ガスも、それぞれに社会の中で一般的な認識をもたれている。それが今回合わさっているのである。
斯様なことでAさんはひどく悩み、アスパラガスの唯識論的価値を探求するために会社を去ることを決意する。かって、プルーストの『失われた時を求めて』を斟酌せんが為に会社を辞したものがあった。彼の冗長な小説は、紅茶を口に含むところを以って始点とする。Aさんもアスパラを口に含む。彼の小説のようにあてのない探求を始めるのだ。2008年の今現在なお存命する、レビーストロースの思想はAさんにどう微笑みかけるのだろうか。今は茫洋として見えぬその答えを前にして、我々はAさんの個人的な心性の充実・充満を願って已まないのである。
なんてのはフィクションだが、アスパラガスの省略形としてのアスパラは、他の省略形(キムタクとか)と比べると明らかにおかしい。これは後世この時代を研究する人の足かせになるであろう。アスパラは適当な日本語名はないのか?可愛そうだ。
一般的には、あの例の緑の茎みたいな野菜か山菜か何かよくわからないものは、茹でたものをマヨネーズとつけて食べると旨いのであるが、それらはアスパラという呼称で人口に膾炙することとなっている。北海道では、丁度今の時期がアスパラの旬である。味の濃いアスパラが、多くの食料品店で消費者を歓待している。
アスパラ、と一般に呼ばれるその食べ物は、地面からにょっきり生えてくる。そして伸びすぎると何か葉っぱみたいなのが出てくるし、そこにはたねっぽいものも見られるようになる。ま、植物なんだから当たり前だが、わりと短期間で、あのにょっきりしたものが、なんとなく植物ぽく、即ち微細な葉が腕を伸ばし、枝は細くそれらの葉を支えるようになるのだ。この変化してしまった姿を見るに、なんとそこらにありふれる植物然としていることか。にょっきりとした時代から、ほんの数週間でこれである。このダイナミズムには驚かされるばかりだ。そのせいもあってか、アスパラというものは、観葉植物としても人気があるのだ。
Aさん(仮名)はそういったアスパラに対する一般的な所見を十分に認識する人間であったが、一つ困った事に気づいた。それは冒頭で記した如く、アスパラに時たまガスがついているのである。
Aさんのアスパラに対しての認識は、他者のそれとなんら変わることはない、とAさんは確信している。職場や、またはプライベートな時間でアスパラの話題になったとき、他者と齟齬をきたしたことは今の一度も無い。アスパラはアスパラだ。ではアスパラガスとはなんなのか。
ガスに関しても、Aさんは自身で一般大衆と等しく認識を持っている、と確信している。しかし、これへの具体的な言及は、アスパラのそれと同じような軌跡を辿る事となろうから、ここでは敢えて言を俟たない。
今言いたいことは、そうしたアスパラとガスとの一般的な人々の認識の上に立ったときアスパラガスとは一体何を意味するかである。アスパラも、ガスも、それぞれに社会の中で一般的な認識をもたれている。それが今回合わさっているのである。
斯様なことでAさんはひどく悩み、アスパラガスの唯識論的価値を探求するために会社を去ることを決意する。かって、プルーストの『失われた時を求めて』を斟酌せんが為に会社を辞したものがあった。彼の冗長な小説は、紅茶を口に含むところを以って始点とする。Aさんもアスパラを口に含む。彼の小説のようにあてのない探求を始めるのだ。2008年の今現在なお存命する、レビーストロースの思想はAさんにどう微笑みかけるのだろうか。今は茫洋として見えぬその答えを前にして、我々はAさんの個人的な心性の充実・充満を願って已まないのである。
なんてのはフィクションだが、アスパラガスの省略形としてのアスパラは、他の省略形(キムタクとか)と比べると明らかにおかしい。これは後世この時代を研究する人の足かせになるであろう。アスパラは適当な日本語名はないのか?可愛そうだ。
2008/05/22のBlog
[ 01:33 ]
[ 大学生活 ]
喋れば喋るほど、言えば言うほど、なんだかぼろが出てきて、言いたい事や事態の本質から程遠く感じられてしまっているなぁ、という状況によく遭遇する今日この頃の私であるが、風邪の予後が思わしくなく、自転車をこぐだけで息切れするのであった。まったく、机の裏に落ちた500円ような瑣末な本質に対して、ちょっとでかすぎる孫の手を以って何度も取らむとするが如くである。という事で、細部にはわりと神が宿っているようにも感じられる今日この頃だ。
こんなかんじでべちゃくちゃと喋ることを繰り返すわけだが、そうはせずに、『荘子』に登場する無為謂のように何も喋らない方が、よっぽど無欠である。喋る事で自分を弁明したり保障したり表現したりってのは、何も語らないことに比べれば余程下策なのであると思う。
けど、積極的な態度で「自分をわかってもらいたい!」と頑張って喋るのはよくわかる態度だ。要は上手く(その場にいる人間に対して齟齬が出ないように上手く)やれればいい。それに沈黙的になるなんて、もっと年を取って、いろいろ知って、色々わかってから喋らなくなるのでいい。若いうちは、自己を他者に充満させようとべちゃくちゃと喋って、無恥を振りまくべきと思う。
という事で、敢えてのこの態度だ。そんなことを会話していて思いました。
こんなかんじでべちゃくちゃと喋ることを繰り返すわけだが、そうはせずに、『荘子』に登場する無為謂のように何も喋らない方が、よっぽど無欠である。喋る事で自分を弁明したり保障したり表現したりってのは、何も語らないことに比べれば余程下策なのであると思う。
けど、積極的な態度で「自分をわかってもらいたい!」と頑張って喋るのはよくわかる態度だ。要は上手く(その場にいる人間に対して齟齬が出ないように上手く)やれればいい。それに沈黙的になるなんて、もっと年を取って、いろいろ知って、色々わかってから喋らなくなるのでいい。若いうちは、自己を他者に充満させようとべちゃくちゃと喋って、無恥を振りまくべきと思う。
という事で、敢えてのこの態度だ。そんなことを会話していて思いました。
2008/05/16のBlog
[ 23:41 ]
[ 今日は・・・○○篇 ]
今日研究室で、モテようとしてメンズナックルを持っている人が居たんですよ~
なあああぁぁあにいいいぃぃぃいぃ!!!!!やっちまったな!!
男は黙って!!伊達ワル!!!
男は黙って!!伊達ワル!!!
結局シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあったのかよ~
初めて、メンズナックルを生で見た。煽り文句の語感は相変わらずだった。私はこれに関しては全く否定的ではなく、むしろ言葉選びや配列にものすごいセンスを感じる。特に好きなのは、「シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあるか?」に代表されるような疑問形で終わる煽りだ。これからもこの言葉遊びだけでも見てみたいので、ぜひ誰か買って欲しい。
今日は卒論相談会であった。風邪を引いていて、つらすぎてレジメを作るのが大変だった。ベッドで寝転がって煩悶していると、昔、高三の頃病を得て一ヶ月くらい生活がいっぱいいっぱいだった事を思い出した。その体験のせいで、自分のしたいこと、すべきことが病気によって制限される事をひどく厭うようになったものである。これは今をもっても、個人的にそうなったら嫌な事第一位くらいだ。今回も、レジメを作らなくてはならないのに、起きられないという事態は非常に苦々しいものであった。という事で、頑張って学校に行ってみた。自主ゼミに参加した。その後本を借りて帰った~。で、レジメも無事に出来たわけだ。良かった良かった。風邪も治ってきた。
ジャンプを読みました。ふと気付いたのだが、この前から連載が始まった『ぬらりひょんの孫』『バリハケン』『ダブルアーツ』は全部2クール目にいけそうな気がする。多分だけれど。新連載が三つあって、それらが10週前後で打ち切られず(始めの打ち切りゾーン)全部生き残るのは割りと前代未聞な気がする。気のせいかもしれないけど。 という事で個人的にも新連載陣はどれも楽しいと思う。まぁ『ぬらりひょんの孫』はもっと妖怪をしっかり取り入れて欲しいと思うけど。漫画のために、妖怪で便宜している感がある。妖怪ってのは土地性や場所性が結構大事だ。妖怪ってのはその土地固有の妖怪や、地理に由来する妖怪が多い。ま、こんなたわごと言っても仕方ないか。
チャンピオンを読みました。フルアヘッドココの人は、浦安の人と仲いいのかなぁ~
週べも読みました。交流戦が始まるのか。
なあああぁぁあにいいいぃぃぃいぃ!!!!!やっちまったな!!
男は黙って!!伊達ワル!!!
男は黙って!!伊達ワル!!!
結局シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあったのかよ~
初めて、メンズナックルを生で見た。煽り文句の語感は相変わらずだった。私はこれに関しては全く否定的ではなく、むしろ言葉選びや配列にものすごいセンスを感じる。特に好きなのは、「シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあるか?」に代表されるような疑問形で終わる煽りだ。これからもこの言葉遊びだけでも見てみたいので、ぜひ誰か買って欲しい。
今日は卒論相談会であった。風邪を引いていて、つらすぎてレジメを作るのが大変だった。ベッドで寝転がって煩悶していると、昔、高三の頃病を得て一ヶ月くらい生活がいっぱいいっぱいだった事を思い出した。その体験のせいで、自分のしたいこと、すべきことが病気によって制限される事をひどく厭うようになったものである。これは今をもっても、個人的にそうなったら嫌な事第一位くらいだ。今回も、レジメを作らなくてはならないのに、起きられないという事態は非常に苦々しいものであった。という事で、頑張って学校に行ってみた。自主ゼミに参加した。その後本を借りて帰った~。で、レジメも無事に出来たわけだ。良かった良かった。風邪も治ってきた。
ジャンプを読みました。ふと気付いたのだが、この前から連載が始まった『ぬらりひょんの孫』『バリハケン』『ダブルアーツ』は全部2クール目にいけそうな気がする。多分だけれど。新連載が三つあって、それらが10週前後で打ち切られず(始めの打ち切りゾーン)全部生き残るのは割りと前代未聞な気がする。気のせいかもしれないけど。 という事で個人的にも新連載陣はどれも楽しいと思う。まぁ『ぬらりひょんの孫』はもっと妖怪をしっかり取り入れて欲しいと思うけど。漫画のために、妖怪で便宜している感がある。妖怪ってのは土地性や場所性が結構大事だ。妖怪ってのはその土地固有の妖怪や、地理に由来する妖怪が多い。ま、こんなたわごと言っても仕方ないか。
チャンピオンを読みました。フルアヘッドココの人は、浦安の人と仲いいのかなぁ~
週べも読みました。交流戦が始まるのか。
2008/05/14のBlog
[ 00:29 ]
[ 大学生活 ]
今日は発表だった。普通であった。もっと読みを練習しておけばよかった。先生の問題の設定の仕方がとても高度だったし、それをすぐに着想できるのはさすがプロだと思いました。明日相談に行きます。あと、発表の内容の役割分担をちゃんと決めてけば良かった。適当に決めてしまった。
その後自主ゼミ。久しぶりだった。
その後スープカレーを食べに行った。これも久しぶり。正午が一秒も無いという事から着想を得たのだが、世の中には本質的な「右」は存在しない。それなのに二日に一回はみんな「右」だの「左」だのあっちこっち言って指している。いや政治的な問題とかではなく、単純に方向の「右」とか「左」だ。逆から見たら「右」は「左」だろ。そんな話をした気がする。
久しぶりにスープカレーを食べて美味しかった。また行きたいと思った。寿司も食いたい。もう少し、論文読んで、明日に備えよう!
スザンヌは日本人なのかという疑問が友人より打電された。それについて色々(室伏はどうなのだ?)と考えていた。
その後自主ゼミ。久しぶりだった。
その後スープカレーを食べに行った。これも久しぶり。正午が一秒も無いという事から着想を得たのだが、世の中には本質的な「右」は存在しない。それなのに二日に一回はみんな「右」だの「左」だのあっちこっち言って指している。いや政治的な問題とかではなく、単純に方向の「右」とか「左」だ。逆から見たら「右」は「左」だろ。そんな話をした気がする。
久しぶりにスープカレーを食べて美味しかった。また行きたいと思った。寿司も食いたい。もう少し、論文読んで、明日に備えよう!
スザンヌは日本人なのかという疑問が友人より打電された。それについて色々(室伏はどうなのだ?)と考えていた。
2008/05/13のBlog
[ 00:05 ]
[ 大学生活 ]
今日は一限を遅刻した上、寝た。その後ずっとゼミの準備。完成しました。明日発表である。
しかし、卒論について、いま一歩判然としない。先生に相談しようにも、何を相談していいかがわからない。明日あたり相談にいければ良いな。こういうことは気軽に聞いていいものなのかな、と思う。多分聞かないとどうしようもないから、しっかりお話をうかがいに行くとしよう。
もう少しで教育実習も始まる。いろいろなところで、先生よ呼ばれる諸諸の人に迷惑をかけてしまうだろうなぁ。
私はわりと長く寝たい体質である。大体9時間くらい寝たほうが調子がいい。七時間半が快適な日々を送るための下限だと思う。今日は五時間しか寝ていないので、一限は寝るし、昼間も眠たいし、機嫌も良好ではなく、暗鬱と卒論に対しての構想を練成しているのである。
池の鴨が元気そうでした。
しかし、卒論について、いま一歩判然としない。先生に相談しようにも、何を相談していいかがわからない。明日あたり相談にいければ良いな。こういうことは気軽に聞いていいものなのかな、と思う。多分聞かないとどうしようもないから、しっかりお話をうかがいに行くとしよう。
もう少しで教育実習も始まる。いろいろなところで、先生よ呼ばれる諸諸の人に迷惑をかけてしまうだろうなぁ。
私はわりと長く寝たい体質である。大体9時間くらい寝たほうが調子がいい。七時間半が快適な日々を送るための下限だと思う。今日は五時間しか寝ていないので、一限は寝るし、昼間も眠たいし、機嫌も良好ではなく、暗鬱と卒論に対しての構想を練成しているのである。
池の鴨が元気そうでした。
2008/05/12のBlog
[ 23:31 ]
[ 大学生活 ]
ゼミの発表で、夢について調べるなかで、平安時代の貴族の藤原行成が遺した『権記』を読みました。
行成の妻が夢を見たそうで、夫と一緒に月を見たのだそうだ。それを夫に報告した。それが書き残され、伝世して俺が見ている。
それでそのとき妻は懐妊していて、その六ヵ月後に女児を産むのだが、そのときに女児と共に亡くなってしまうのだ。永年連れ添ったが別れは一瞬であった、という感じの呆然とした記事が続く。病気平伏のための加持祈祷の記述の膨大さもすさまじかった。
妻が夢を見たときには、もしかしたらすでに将来の健康に対して不安があったのかもしれないなぁ、なんて思うと、一緒に月を見る行為も、切実な感情に思えてくる。
平安時代はすぐ人死ぬし、結構さびしい世界だと思う。
予備校時代の古典の先生が、古典はその時代その時代の寂しさを感じるものだ見たいな事を言っていた。いつの世にも、不条理なことはあるよね。さびしさってのはそういうことなのかなと、今になて思います。
あまり準備が進まない。ちゃんとやらないとゼミで読んでる日記の記主の成尋さんの佛罰がいつか下りそうで怖い。
行成の妻が夢を見たそうで、夫と一緒に月を見たのだそうだ。それを夫に報告した。それが書き残され、伝世して俺が見ている。
それでそのとき妻は懐妊していて、その六ヵ月後に女児を産むのだが、そのときに女児と共に亡くなってしまうのだ。永年連れ添ったが別れは一瞬であった、という感じの呆然とした記事が続く。病気平伏のための加持祈祷の記述の膨大さもすさまじかった。
妻が夢を見たときには、もしかしたらすでに将来の健康に対して不安があったのかもしれないなぁ、なんて思うと、一緒に月を見る行為も、切実な感情に思えてくる。
平安時代はすぐ人死ぬし、結構さびしい世界だと思う。
予備校時代の古典の先生が、古典はその時代その時代の寂しさを感じるものだ見たいな事を言っていた。いつの世にも、不条理なことはあるよね。さびしさってのはそういうことなのかなと、今になて思います。
あまり準備が進まない。ちゃんとやらないとゼミで読んでる日記の記主の成尋さんの佛罰がいつか下りそうで怖い。
2008/05/09のBlog
[ 00:53 ]
[ 大学生活 ]
昨今鳥居みゆきの隠喩に気付いていない人が多い。ヒットは鬱で、ランは躁。一見無意味に言っているようで、実は意味があるってのは個人的にも結構実践したい事柄だ。「面白い」かはともかくとして、鳥居みゆきはテレビへの方便として、社会的に禁忌なネタをそんな風にオブラートで包んでいるのだ。偉い。鳥肌実はそういうことできるのかな?
そんなことはともかく、今日は待ち合わせに思いっきり遅刻してしまった。これはいかん。ちゃんと予定がわかっていたのに、全部把握していなかったのであった。今後気をつけよう。サークルを引き継いだので、安心して放心したのである。
そういえば今日は、霊夢を見た。いや博麗神社の巫女ではなくて、夢です。お告げじみたゆめ。日蓮宗の題目が響き渡る中、曾祖母が西方浄土より声をかけてきた。最近どうだいと聞かれたので、回りの皆さんに助けられて、環境が良く頑張れています、と答えた。その調子で頑張るんだよと言って、夢から醒めました。感涙極まりなし。
これは、ゼミの準備で、昔の人が見た夢に関してまとめようと思っていたので、見たのかもしれない。
「化けの皮を剥いでやるぜ!」という言葉が、よく正義の側から発せられる。が、「皮を剥ぐ」という行為は、およそ正義の側が行う行為ではない。非人道的である。
しかし、しっかりとした誰から見てもわかる正義は漫画とかの中にしか登場しない。現実の世界にあふれる様々な正義は、見ようによれば、どれも欺瞞であり、とある正義の名の下に、酷いことが日夜行われていることは、マスコミがセンセーショナルに語るところである。
なので、「化けの皮を剥いでやるぜ」とのたまう正義の側は、わりと現実的な物言いをしているといえるのではないか。自己の正義を妄信し、その名の下には断行も辞さない態度である。化けの皮云々は、よく現実に照らし合わせれば、まったく現実的な言葉なのだ。
そんなことはともかく、今日は待ち合わせに思いっきり遅刻してしまった。これはいかん。ちゃんと予定がわかっていたのに、全部把握していなかったのであった。今後気をつけよう。サークルを引き継いだので、安心して放心したのである。
そういえば今日は、霊夢を見た。いや博麗神社の巫女ではなくて、夢です。お告げじみたゆめ。日蓮宗の題目が響き渡る中、曾祖母が西方浄土より声をかけてきた。最近どうだいと聞かれたので、回りの皆さんに助けられて、環境が良く頑張れています、と答えた。その調子で頑張るんだよと言って、夢から醒めました。感涙極まりなし。
これは、ゼミの準備で、昔の人が見た夢に関してまとめようと思っていたので、見たのかもしれない。
「化けの皮を剥いでやるぜ!」という言葉が、よく正義の側から発せられる。が、「皮を剥ぐ」という行為は、およそ正義の側が行う行為ではない。非人道的である。
しかし、しっかりとした誰から見てもわかる正義は漫画とかの中にしか登場しない。現実の世界にあふれる様々な正義は、見ようによれば、どれも欺瞞であり、とある正義の名の下に、酷いことが日夜行われていることは、マスコミがセンセーショナルに語るところである。
なので、「化けの皮を剥いでやるぜ」とのたまう正義の側は、わりと現実的な物言いをしているといえるのではないか。自己の正義を妄信し、その名の下には断行も辞さない態度である。化けの皮云々は、よく現実に照らし合わせれば、まったく現実的な言葉なのだ。
