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ヘルメットヘアーをめぐる冒険
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2008/06/25のBlog
[ 23:54 ] [ 大学生活 ]
今日は自主ゼミだったが、人数があまり来なくてあれだった。

勉強今日はそれなりに頑張った。

教育実習前に書こうと思っていたお酒についての話を今書こう。

サークルに今年の新人がやってきたとき、居酒屋に連れて行ってご馳走した。でも、「お酒飲まないです」って人が多かった。別に居酒屋で飲まないのは悪い事じゃあないぞ。強制だとか一気飲みだとか、そういったものはうんこであり愚の骨頂であるのだ。非常にくだらない。

我がサークルは、そういった強制は全くなく、始めからウーロン茶を頼もうが何しようが問題ないのである。これってとってもいいことだと思う。勿論飲みたい人は沢山飲む。

だから、最近の例会後の飲み会は「ウーロン大」(ウーロン茶の大きいやつね)が登場する頻度が増加したと思う。飲む人が若干少なくなったように思う。繰り返すがそれで全く問題ないのだが。

一方で、俺はお酒飲むの好きだから、サークルやその他の機会でビールをがぶ飲みする。お酒好きが数人揃えば、勢いよくがつがつ飲む、という機会も存在するのだ。


と言う事で、一口に飲み会と言っても、様々な様態があるなぁ、と特にサークルの新人が入ってきてから思うのだ。彼らが主流になれば、更に穏やかな宴が催されるのかもしれない。

要は、どちらの様態にも順応できるように心構えしておきたいということだ。



これは難しい問題なのだけど、酔っ払って痴態を晒す人間といるの自体が嫌だと言う人や、そういった環境にいるの自体がいやと言う飲み会嫌いな人もいる。そういった人が折角サークルの内容に興味持ってくれても、飲み会の部分でその興味が減退してしまうってのは、サークルにとっても当人にとっても重大な機会損失だ。そういう点、おとなしい人が多い飲み会では注意しないといけないのかもと思う。が、心配しすぎてもあれだし、お酒好きな人も多いし、また、そういう宴会苦手な人は来なくともサークルに溶け込めるようすれば良いし(例会でお酒飲んでると、確かに仲良くはなると思う)、ともあれ何とかなるか。

昔、中国の人で、酒を飲んでも脚を崩さず、○独座(○には名字が入った)とあだ名された人がいたそうだ。そこまで行かなくとも、例え飲み会の席であっても、周りを良く見て、雰囲気良く見て楽しみたいと思う。
2008/06/23のBlog
[ 23:10 ] [ 大学生活 ]
風邪を引いたときにおば(OBA)より食べ物をいただいた。それはありがたいことなのだが、いかんせん量が多すぎる。未だに食べきれない。

そんな料理の一つとして、OBAは煮豆を作ってくれた。これが全く減らない。全然減らない。無限にあるのではないかと思うほどだ。食っても食っても底が見えない。

無尽蔵の豆と格闘して今日で3日目だ。いっこうに減らない。煮豆自体は一般的なもので、美味しく食べられる。しかし減る事をしらない。まるで、疲れを知らない子どものようである。

明日も煮豆を食べる。食べるのだ。

今日は煮豆を食った後、学校へ行った。当たり前だ。読書した。その後自主ゼミ。

夜ご飯で煮豆を食った後、読書した。そういえば、高校に、自分のお勧めの本を紹介するのであった。忘れていた。ちょっと考えておこう。高校生が読んで面白いもの。何かお勧めがあったら紹介して欲しいものだ。

『伊豆の踊り子』の新しい文庫の表紙を荒木飛呂彦が書くそうでそれを見た。表紙の女の子は薫で良いのか??萌えないぞ?駄目だwwwwwww雰囲気が違う。適材を適所に用いるべきと思った。薫は直球勝負のロリ属性だ。何歳だっけか。

明日も煮豆を食べ、学校へ行く。煮豆だ。

皆、卒論の準備を頑張っている。俺はさぼり気味だ。みんな煮豆でも食べて足止めしてれば良いのに。

煮豆にまめにまめにまめ煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆に豆にまめにまめにまめにまめにまめにまめにまね嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああにまめにまめんいまねいにまめにまめにまめにまめに編めんにまえ煮豆にまめnに豆煮豆煮豆煮豆煮豆に豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆
2008/06/22のBlog
[ 23:43 ] [ 大学生活 ]
今日は買い物をしに街へ飛び出した!

古着屋へ行った。Tシャツを二枚買った。内訳は・・・

ビンテージと書いてある、普通にかっこいい(と思う)Tシャツ。
フィリピンのアロヨ大統領の選挙応援用のTシャツ。

であった。

以上二枚をレジへ提出。

店員「このTシャツ良いですよね~」

俺「いやぁ良いですよね。大統領選のときのですかね?」

店員「70年代のものですよー」

俺「(あれ?アロヨは選挙運動し始めたの90年代入ってからだよな・・・?)」

店員「状態も良くてかっこいいですよね」

俺「はい。前から気になってたんです。」

店員「ビンテージのものとか古着好きなんですか?」

俺「はいまぁ。何がすきとか詳しいことわからんですけど////」

店員「いつも来てくれて有難うございます」

俺「いえいえ」




思い返すに、店員さんは、アロヨ大統領の話ではなくもう一個のほうのTシャツの話をしていたように思う。今二枚のTシャツを前にして、そんなことを思うのだ。

アロヨ大統領のTシャツは、以前より気になっていて、密教の法具であるヴァジュラの次に欲しかったものだ。こちらは、古着屋のTシャツなので一品限りだ。かなり狙っていたのである。大統領の表情が良い。

けど恥ずかしかったので、真面目なTシャツと一緒に買った。
2008/06/21のBlog
[ 23:39 ] [ 大学生活 ]
タイトルは今日書く文章に対しては無意味だが、佐藤君は甘くないとだけ強調される昨今の誤った風潮を是正することには有意味であろう。何も、自己や他者に対して、厳しくしているのは佐藤君のみではなく、世の中の多くの人がそうする事によって、社会の皆に利益となると信じている。そして佐藤君の中には、甘い人もいることも付記しておかなくてはならないだろう。

ピーターパンはパンじゃないし、キュリー夫人はキュウリではない。またこれも昨今よく耳にする文言だが、タラバガニだってパンじゃないし、タラバガニだってキュウリではない。


(あまりにも僅少な記憶情報を頼りに書いているのだが、昔「キューリー夫人はキュウリじゃない、ピーターパンはパンじゃない、佐藤君は甘くない」という歌詞のCMがあった。学習塾か教材か何かのCMだ。それを典拠に上の文章を書いたが、歌詞を検索しても全然ヒットしないので、俺の勘違いかもしれないと思い、この括弧書きを書いた)

教育実習の後、風邪を引いてしまった。ずっとあまり寝ないで実習していたので、疲れがたまっていたのだろう。

この前サークルの例会で、日本史の話を紹介するときに史料の名前などを言いながら紹介した。でもどこまでが、日本史を専門に勉強していない人が常識的に知っている範囲なのかよくわからなかった。感覚がわからん。

これと同じように、高校生に教えるときも、自分の脳でしか考えないでバーッと説明しても、生徒は前提となる知識や情報がないかもしれないってのを先生から指摘されたし、授業や休み時間喋っていて自分でも思った。

先生は、時に全く常識が通用しない、とも言っていた。なんだったか、単純な熟語がわからんのだそうだ。

ちょっと話が変わる。高校では日本史は日本史Aが必修で、日本史Bが三年で選択だった。古代や中世を勉強しているものにとってはさびしい限りだ。美術もない。

こういうのって機会損失だなぁと思う。自分が凄く興味を持てるかもしれない分野や、知っておくと以後の社会生活にぐっと役に立つ分野に対し、一生触れる機会なく通過して行ってしまう。はぁ。もったいない。

と言う事を、熱をだしながら考えた。
2008/06/16のBlog
今日も回顧するのだ。

実習生を引き受ける役目の先生は、高校時代お世話になった先生である。また、大学のゆはず先生教え子である。私も、講座は違えど、ゆまずゼミに参加した事があり知り合いである。事前に、ゆはず先生の著書を預かっていた。俺もちゃっかりゆはず先生から本を貰う。嬉しいものだ。

高校の件の先生は普段は適当な事ばっかり言っているが、国語の授業を見る限りやるときはやるようだ。こんな言い方だとあれだが。でも日程とか適当なところは適当だ。でも俺の同級生が偶然学校にやってきたときに結婚式のスピーチに関してノウハウを教授していた。さすがである。

HRを見ていただいた先生は、北大理学部出身である。教室の月の満ち欠けを記したカレンダーを見たときに、こういうのすきなんですか?と聞いたところ、かつて北大の天文同好会に所属していたとのこと。天文同好会と言えば、我がサークルのご近所さんである。サークル会館三階奥の、北大のマニアックなサークルが密集する一角である。他の先生から、よく雰囲気が似ていると言われた。

色々お世話になったなぁ。でも、なぜかHRなかなかやらせてくれなかった!あと学級日誌も。ま、良いのだが。

音楽の見学に行く。生徒はリコーダーを吹いておる。後ろで黙って見ていても仕方がないので、先生から借りて私もリコーダーを吹く。リコーダーを後ろで吹いている教育実習生はわりと前代未聞なのではないかと思う。矜持である、笑。吹いたのはモーツァルトの『春への憧れ』。名曲である。ドの♯の押さえ方がわからなくて生徒に聞いた。後は問題なくふけた!楽しかった!!

授業で注意されたのは、言葉遣いの問題である。まず第一の次元として、外人だとか言ってはいけない。また、言葉遣いの如何で、生徒に思いもよらぬイメージ(例えば、資本家・労働者の場面だと、労働者弱い立場で馬鹿にして良い存在なのだ、とか)を植えつけてしまうのであるそうだ。確かにそうで、私は無意識にその言葉を使用していても、それに対して意味を見出すのは生徒の側である。怖いことだ。先生は責任重大である。ともすれば、誤解や偏見を生徒に生ませて、それを持って彼らは社会へ出て行くのである。本当に怖いなぁと思い、次の授業はとても緊張したし、その日は授業したくなくなった。

後は、単純に喋るのうまいといわれた。これは正直に嬉しい言葉だ。ありがたい話だ。確かに、日本史を勉強しているのだから、歴史に関しては、話しやすい勉強の環境にいるのだろう。

また指摘された点として、生徒への質問の仕方だとか、質疑で間違えたときや詰まったときやほとんど正解だがちょっと聞いたことと違うときなどに、ほんの少しでも上手に対応・応答してやる事で、ずっと生徒は安心するし、意欲もわく、とも言われた。その他、同じこと言うにしても、ちょっとした表現の違いでずっと感じが変わってくると言う点を多く指摘された。

自分が発した言葉がどんな影響を及ぼすか、また物事をうまく説明するにはどうするかだとか、はたまたしっかりフォローできるかなど、言葉で色々状態が変わる変えられるってのは、何も先生と生徒の関係だけにとどまらないだろう。それを大事だなぁと改めて感じた。努力だ。

二週目の木曜日に、先生方と飲みに行った。色々話した。先生の子供のころの、伝説的ファミコンゲーム『燃えろプロ野球』(ジャレコ)の話や、斉藤や伊藤智のスライダーのこと、ジョジョの話をした。本別は典型的な河岸段丘の地形であり、高校のマラソン大会のとき、段丘の一番下から一番上まで行って戻ってくることを高校時代意識していた話をした。変態だと言われた、笑。HRの、例の北大理学部出身の先生(化学の先生)が同意してくれた、笑

二次会はバー?。俺はこの日のために懐メロを練習して来たのである。嘘だ。ともあれ盛り上がった。HR見てくれた先生が酔っ払っていた。バーのマスターに、完全に私が役場の大和田の息子だとばれていた。田舎だとそんなもんだ。

ま、こんな感じだ。
2008/06/15のBlog
教育実習が終了し、札幌に帰ってきた。インターネットが使えないのが辛かった。生徒に適宜の話題を提供できなかった。このブログでも、一日ずつ更新できれば面白い事がかけたのに。


以下、総評する。長いから見なくても良いかも。



初日は緊張した。HR担当した一年A組は、宿泊研修のため、3日間いなくなってしまった。なのでクラスの人とはちょっと話す機会が減少してしまった。残念である。でもかなり喋ったと思う。研修の話とかね。実家の近くに住んでる子が多いなぁと思う。

1Aが宿泊研修でいない間、志願して3年B組のHRを見させていただいた。これにより、新たな出会いが生まれた。

三年生は学校慣れしているので、すぐに喋るようになった。自分の高校時代を思い出した。学際の準備のLHRで、かなり自分のときどうだったかを話した。自分の昔感じたことや、今から考えて感じたことを、ちゃんと話せたと思う。担任の先生から生徒が聞き入っていた、良かった、参考になったと言われて、すごく嬉しかった。一週間目で一番嬉しい出来事だった。

一週間目は主に見学。二週間目もふくめて、体育と家庭科と情報以外の全てを見学した。色々な先生がいるなぁと思った。そんな中で、先生とよく喋るようになる。学校の授業が懐かしい。

私の担当の先生は適当な上に、一週間目は子どもが熱を出したのでわりと学校に来なかった。もう一人の地歴の先生に、教わったり、更には時間を割いて別にプラスして授業をさせていただくことになる。ありがたい。当初は、日本史Aの近代しか教える予定なかったのだが、この先生により、大好きな平安時代を教える事が可能となった。とてもお世話になった。

授業は、日本史Aは韓国併合の話と、労働運動の発生の二種類の授業をやった。後者は全く難しいジャンルであった。今に連なる階級の話題なので、言葉遣いを十分に気にしなくてはならないことを学んだ。工場の発生のところで、本別の博物館で調べた、本別の工場の話を絡められたのが良かった。

行く前に、川口先生にこの時期のネタを教えてもらっていた。これを大いに適用できた。ずっと教科書やってもつまらんので、百年前の恋愛マニュアル本とかを紹介した。異性への高感度アップの本など今と変わらんな。

生徒に、「今の若者の雑誌にも、高感度アップの方法が結構載ってますよね?誰か知っている人いませんか?」と聞いたが、特に答えは返ってこなかった。いまさらだが、異性への高感度アップの方法を、異性のいる前で言うわけないか、笑

という事で、YUIのCHERRYの歌詞で、「大好きな人からメールが来たときに、すぐに返事をしてはいけないってのを誰かに聞いたことある」という内容の部分があるので、「現代でもこんな感じで恋愛マニュアルってのは確実にありますよね。皆は大好きな人からメールが来たら、すぐに返事する?」ときいてみたところ、多くの生徒がすぐに返すと答えていた。

なるほど、高校生の実態がわかりますな。俺もそうだった気がするし。

世界史Aはイスラーム社会。これも難しいな。現代に連なる問題だ。カタカナ語(ウマイヤ朝とかカリフとか)が、表意文字ではない点難解である。色々やろうとして、中途半端になってしまった。一年生には、一度しか授業できなかった。これも残念要素の一つである。「トンプク」を話の種に。

日本史Bは、平安時代の最初。桓武天皇とか。ここで、私は空海がヴァジュラを持っていることに気付いた!!!!ヴァジュラとは金剛杵のことで、密教の法具である。魔を祓う。橋本ゼミでやって、欲しいと思っていたやつだ。ヤフオクでヴァジュラがいくらするのかとかの話をした。実は、後醍醐天皇も金剛杵と金剛鈴を持っている、という話もした。

あとは、奈良の大仏が、今までに二度燃やされていて、二度目はなかなか復興できなくて、百年くらい首なし状態の大仏が続いたが、熱心な坊さんが命をとして復興した話をした。そして、デートのときに、大仏のそんな話をずっとしていたら彼女に引かれた話をして、みんなもデートのときは大仏の話をし過ぎないように、と注意した。

あと曼荼羅の胎蔵界がマトリックスと英訳される話とか、かなりフリーダムに授業が展開された。二回目も、何をやってもいいといわれたので、小右記を読んだりした。化石見せたり、皇朝十二銭のくだりで宋銭など古銭を見せたりもした。これで良いのか?

総合学習では、将来に関して今出来る事を講演したり、生徒が今興味持っている分野が、○○学である、だとか○○学部で勉強できる、といった事を教授した。それに関する一般書を紹介したり。

昼休みは、生徒といっぱい喋るように、廊下をふらふらしていた。よく、弟に似ていないといわれた。

図書室へ行った。生徒が、共通の本を通じて知り合いになっていく、という話を先生から聞いた。生徒が、自分たちで本を紹介していた。よって俺も本を紹介することになった。

廊下を歩いていたら、女子生徒に誘われたので保健室へ行った。女子って保健室行くよな、と思った。中学時代は俺含めた男子連中がよく保健室に行っていたが。授業がどうだとか、話を聞いた。

3Bの担任の先生から、生徒の一人が歴史勉強したいといっているので話をしてくれ、と言われたので、勇んで話す機会を設けた。男子生徒数人と来た。漢文が大事だとかの話をした。あとエッチな話をした。俺はそういうの苦手なんだが。次の日も、彼らは私を探してやってきた。エッチな話ばっかり。

三年生には遠足が企画されており、俺もそれに同行した。肉を焼いた。美味しかった。

部活(バドミントン部)にはそれなりに行った。顧問の先生は、先ほどの日本史Bを授業させていただいた方であった。非常に熱心な先生で、声だしや礼儀、実力といった全てが私のいた頃と比肩し得るべくもなく向上していた。非常に雰囲気が良かったので、実習終わってからも行ってしまった。一緒に練習した。ドライブやって、筋肉がつりそうになった。

部活で、一年生と結構知り合いになる。2クラスしかないから、確率二分の一でHRでみる生徒だ。

放課後、ふらりと生物室へ。丁度居た生物の先生と話し合う。自然科学部のこと。かつて私が所属した自然科学部は、卒業と共に消滅したが、一度復活し、道大会で大賞を獲ったらしい。素晴らしい。部活は何も運動部だけではないよな、と思った。先生より、ボルボックスをいただく。現在部屋で培養中だ。

国語の先生と、本について話あう。中村真一郎の『文章読本』と、ゴマすりトトロからかりた『パンツが見える』が実は通底する問題を扱っているという話をした。後は、ビートルズの話。全然話したりなかった。今度ゆっくり話したい先生の一人だ。一度古典の授業に顔をだして話する予定だったが叶わなかった。非常に悔しい。


まだまだあるので、後編へ続く
2008/05/31のBlog
[ 21:41 ] [ 今日は・・・○○篇 ]
今日は、昨日に引き続き教育実習の準備。初めて、本別高校であることのデメリットを感じる。すなわち、実習中に、「あれをつかえる、これをつかいたい」と思っても、天嶮の要害である本別ではそれらを入手できんのである。

という事で、準備。まぁ、実際に事に当たっていないので、この準備が正しく準備となるかはわからない。でもやっておかないと気が済まないのである。

ところで、私は家でおたまじゃくしを飼っているのだ。しかし、この実習で二週間マンションを空けるので、彼らはそのままでは逝去してしまうであろう。そこで私は、誰か他の人に飼って貰うことを画策した。第一候補には、南部先生が挙がった。すなわち相談するに、程なく快諾を得た。今日はおたまじゃくしの受け渡しも行った。先生曰く、まだ痩せているとのこと。こういうのは先生好きなので、任せてしまっても、全く問題ない、と思う。良かった。ありがたい話である。

その後、古代史ゼミの飲み会。昨期、酒を飲みながら南部先生のレポートを書いてしまったことを白状した。出来は全く問題ないので良いのであるが…。あと、友人と漫画の話とかもした。最近本気出して漫画を読んでいないので、頑張ろうと思った。卒論に関係する論文しか読んでない。

ああ、教育実習に向けて緊張しすぎて、今日は朝6時くらいにかってに目が覚めてしまった。でもまぁ飲み会が楽しかったkら良いか~
2008/05/29のBlog
[ 23:46 ] [ 今日は・・・○○篇 ]
「クワバタオハラのつじあやのに似てる方って何て名前だっけ」
そう問うた私に対し、風紀委員は即座に
「クワバタだよ」
と応じた。この一瞬の逡巡により導かれた答えが、果たして真であるのか、私には見当がつかない。クワバタとオハラの区別がつかない為だ。風紀委員はそこまでを把握した上で、答えになるかわからぬ(私にとって)答えを即座に用意した。
これは私と彼女の関係を的確に示す好例であり、彼女が風紀委員たりえる理由ともなっている。

将来的には、こういう文章で毎日ブログを更新したいが、風紀委員ではない私には、それは不可能かと思われる。




授業でとある文章を読んだのだが、私は文章の始めと後で論旨を表出する双括型の文章だと感じた。しかし先生によれば、その文は頭括型の文であるそうだ。続けて説明があり、日本人は文章の最後に論旨がある文に馴染んでいるので、最後に重点を置きがちだ、とのことだった。逆にアメリカでは、頭に論旨を持って来るそうだ。なるほど。

古文書自主ゼミ。楽しかった。沢山読んだ。もう少し、古文書の中で複雑な部分がはっきり理解できれば良いのにと思った。読めはするけれど、その文字の意味する実際の状況が顕わとならない。難しい問題だ。明日は小右記ゼミである。

教育実習が近づく。帰ってきた人は、いい経験だったと言いている人が多い。

中国文化論のゆはず先生より、著書をいただく。これは教育実習でお世話になる高校の先生が、中国文化論講座にかつて所属しており、彼に本を渡してくれと頼まれたついでに私も貰ったのである。あり難い話である。最近『論語』を読むことから離れているので丁度良い。この本は『論語』の三十項目をトピックとして、『論語』のエッセンスを析出した内容だ。実は三十の項目だけでなく、一一のその説明の中で、他の条も紹介されているので、全部読むと結構な量になる。尊ぶべし、尊ぶべし。

サークル例会。何を話したか忘れた。ヴァジュラを買う話をした気がする。

ともあれ、つじあやのは好きなのかもしれない。ここで問題となるのが、つじあやのと、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうが二人で登場し、どちらがつじあやのかと聞かれたときに、多分どちらがつじあやのかはわかるのだが、クワバタオハラのつじあやのに似ているほうがクワバタかオハラか判らない、という点である。
2008/05/28のBlog
[ 02:11 ] [ 今日は・・・○○篇 ]
最近は、なんだかサボり気味である。古代史自主ゼミは完全に準備不足だった。色々言われて、すごく勉強になった。ゼミはボコられればボコられる程よい。ただちゃんと準備した上での話だけど。

中世古文書自主ゼミは、早めに準備しよう。小右記自主ゼミもしっかりやろう。前々回風邪で朦朧としながら参加したので、正直よく覚えていないのである。前回は中止であった。

教育実習が始まる。高校側からあまり指示が来ないので、どんな風になるか微塵も判然としない。そういうのはちょっと嫌で、例え厳しくても、何をやるかしっかり明示してくれた方がいい!

明日は、中世史研究会という会に誘われている。こちらも始めて参加させていただく。上の方ばかりなので、非礼の無いようにしなくては。そして大いに勉強できれば良い。これは結構緊張する。大丈夫なのか?

卒論で扱う予定の分野の本を先生から大いに紹介してもらったのだが、全然読んでいない。サボりすぎである。最近特に怠けている様に思うので、気を入れなおさなくてはならないなぁ。はぁ。

私は割りと欲張りなので、決して競っているものではないのだけれど、誰よりも努力して、最善の結果を常に得たいと考えているのだわはははは

つじあやのの『風になる』のPVを見た。まっとうすぎるほどの眼鏡っこだった。この前E女史とカラオケに行ったとき、E女史の弟と私の音楽の趣味がほとんど丸被りだという事を話した。椿屋四重奏だとか凛として時雨とか、まぁそんな感じだ。但し俺はちょっと毛色を変えて、エゴラッピンとかオレンジペコーみたいなのも好きなんだよなージャズっぽい感じの。彼女の弟はどうなのだろうか。

明日も最善を尽くそう。
2008/05/23のBlog
証券会社に務めるAさん(仮名)はある日アスパラガスを食っているときに、アスパラガスのガスがなんなのかがひどく気になりはじめた。

一般的には、あの例の緑の茎みたいな野菜か山菜か何かよくわからないものは、茹でたものをマヨネーズとつけて食べると旨いのであるが、それらはアスパラという呼称で人口に膾炙することとなっている。北海道では、丁度今の時期がアスパラの旬である。味の濃いアスパラが、多くの食料品店で消費者を歓待している。

アスパラ、と一般に呼ばれるその食べ物は、地面からにょっきり生えてくる。そして伸びすぎると何か葉っぱみたいなのが出てくるし、そこにはたねっぽいものも見られるようになる。ま、植物なんだから当たり前だが、わりと短期間で、あのにょっきりしたものが、なんとなく植物ぽく、即ち微細な葉が腕を伸ばし、枝は細くそれらの葉を支えるようになるのだ。この変化してしまった姿を見るに、なんとそこらにありふれる植物然としていることか。にょっきりとした時代から、ほんの数週間でこれである。このダイナミズムには驚かされるばかりだ。そのせいもあってか、アスパラというものは、観葉植物としても人気があるのだ。

Aさん(仮名)はそういったアスパラに対する一般的な所見を十分に認識する人間であったが、一つ困った事に気づいた。それは冒頭で記した如く、アスパラに時たまガスがついているのである。

Aさんのアスパラに対しての認識は、他者のそれとなんら変わることはない、とAさんは確信している。職場や、またはプライベートな時間でアスパラの話題になったとき、他者と齟齬をきたしたことは今の一度も無い。アスパラはアスパラだ。ではアスパラガスとはなんなのか。

ガスに関しても、Aさんは自身で一般大衆と等しく認識を持っている、と確信している。しかし、これへの具体的な言及は、アスパラのそれと同じような軌跡を辿る事となろうから、ここでは敢えて言を俟たない。

今言いたいことは、そうしたアスパラとガスとの一般的な人々の認識の上に立ったときアスパラガスとは一体何を意味するかである。アスパラも、ガスも、それぞれに社会の中で一般的な認識をもたれている。それが今回合わさっているのである。

斯様なことでAさんはひどく悩み、アスパラガスの唯識論的価値を探求するために会社を去ることを決意する。かって、プルーストの『失われた時を求めて』を斟酌せんが為に会社を辞したものがあった。彼の冗長な小説は、紅茶を口に含むところを以って始点とする。Aさんもアスパラを口に含む。彼の小説のようにあてのない探求を始めるのだ。2008年の今現在なお存命する、レビーストロースの思想はAさんにどう微笑みかけるのだろうか。今は茫洋として見えぬその答えを前にして、我々はAさんの個人的な心性の充実・充満を願って已まないのである。



なんてのはフィクションだが、アスパラガスの省略形としてのアスパラは、他の省略形(キムタクとか)と比べると明らかにおかしい。これは後世この時代を研究する人の足かせになるであろう。アスパラは適当な日本語名はないのか?可愛そうだ。