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ヘルメットヘアーをめぐる冒険
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2008/07/10のBlog
御相撲さんとアンパンマンにつきて書く前に、一つ報告する事があって、それは大地参照のソプラノパートをさっきこっそり歌ってみたところ、裏声を出せば歌うことが可能であったのである。でもそんな事できたって何も意味がないのですよ。

御相撲さんと聞いて、ああ相撲取りの事か、と思う人は多いと思う。それで問題は全くない。

では次にアンパンマンの話に登場するゲスト的な人物を紹介する。主に、一話限りで登場する、その回のストーリーに綿密に絡んでいる何らかの要素を帯びたキャラクターである。

アンモナイトくん
たわしくん
エクレアさん
白玉さん

こんなキャラが登場するのだが、こういった連中(れんじゅう)の中にお相撲さんは決して参入出来ない。

なぜなら、これは当然の事だが、お相撲さんは千代大海とか北勝海のことであり、アンパンマンのキャラではないからである。お相撲さんが買金満にだまされたりするってのは想像しがたい事態である。

もう少し構造的に見ると、お相撲さんとはお相撲をとる人間である。SUMOUをPlayする人間である。一方、案パンパンマンのキャラは、顔である。(例:天丼マン)(例外:ロールパンナ)

と言う事で、お相撲さんは顔がお相撲ではない。よってアンパンマンのキャラとして相応しくない。

と思いきや、実は先ほど挙げたアンモナイトくんは、顔はアンモナイトじゃない。単純にアンモナイト好きの人間である。確か…。昔に見たので正確に覚えてないのだが。白玉さんもたしかスーツみたいなのを着ていて人間タイプだった気がする。

と言う事で、「お相撲さん」というキャラもアンパンマンに登場する可能性が見えてくるのである。

ここにおいて、お相撲さんは二重の意味を持つ。すなわちスモウプレイヤーである点と、アンパンマンに登場する固有のキャラとである。

でもどうせ登場したところで、語尾が「なんとかでごわす!」だとか口癖が「ごっちゃんです!」見たいな感じで、ステレオタイプ的なキャラクターになるのは目に見えている。どうせ裸体にマワシだろうし。こういう意味では、お相撲さんはこの比較構造においては二重の意味を持ちきれていないといいえるのだ。

しかし、本来お相撲さんは「なんとかでごわす!」だとか「ごっちゃんです!」とかそんなに言わない。普通に敬語だ。気は優しくて力持ち、なんてのもある種幻想だ。朝青龍みたいに怖いのもいる。だが、現実ではありえないステレオタイプを得ている。

このステレオタイプ的お相撲さんと、現実の実際的なお相撲さんを比べるとき、私たちはお相撲さんに二重の意味を有しているといえるのである。

なんだか意味が不明である。が、でもこんな事考えたって意味がないのですよ。
2008/07/05のBlog
クロポトキンを翻訳したのに登場してきそうな文言だな、と思う今日この頃である。

今日は暑かった。OBAと密会。家の中で、本が行方不明になっている。

凄いウェットなのに、スーパードライと言ってしまうその根性は、全然ドライではないと思う。熱いやつらだ。
2008/07/03のBlog
[ 18:00 ] [ 大学生活 ]
原理主義的である。




母なる大地の懐に 我ら人の子の喜びはある

大地を愛せよ 大地に生きる

人の子ら 人の子その立つ土に感謝せよ
(人の子ら 人の子ら 土に 感謝せよ)

平和な大地を 静かな大地を
大地を誉めよ 頌(たた)えよ 土を

恩寵の豊かな 豊かな 大地 大地 大地
(我ら人の子の 我ら人の子の 大地を誉めよ)

頌えよ 頌えよ 土を
(誉めよ 頌えよ)

母なる大地を 母なる大地を
頌えよ 誉めよ 頌えよ 土を

母なる大地を ああ 頌えよ大地を ああ





という歌詞である。

理由も示さず一方的に自分のいいたいことを表象しているのである。あなたはもし、街でであった人にいきなり大地を讃頌せよといわれて「ははあそうですな!」と信じるだろうか。何も理由なく、大地を称えよといわれてあなたは賛同するだろうか。

表現の自由が叫ばれて久しい。いろいろなことに、様々な言説が加えられている。また昨今の風潮の一つとして、環境問題が大きな比重を占めている。企業は積極的に自社の環境問題への取り込みをアピールしている。

そういった文脈の下、大地の重要性を指摘するのは全く問題ではないのだ。

だが、それを理由もなく一方的に押し付けるのはどうだろうか。自分の極端な先鋭な意見を歌詞というオブラートに包んでの主張である。

私が今日第一に訴えたいことは、歌詞においての大地を褒める理由の提示のなさである。単純に大地を褒め称えるばかりで、その理由をわれわれに伝えてくれない。


ここからは私見になる。私たちは、日々人間社会に没入し、なかなか自然だとか、大地だとかを意識する機会は少ない。自分が、地球の上に立って生活しているという意識はなるほど希薄である。それに私たちは、大地を褒めた称えたところで、現状の生活水準を破却することは出来ない。冬には暖房使うし、よくコンビニ使う。石油なしでは生きられない。いきなりウホウホと原初の生活を営むことは困難を極める。しかし、そうであっても、そうであってもだ。いずれにせよ地球に存しているのである。そういったことを、忙しい現代生活において、ちょっと思い馳せることがあってもいいのではないか。

こう説いてくれれば、納得する人も増えるのではないか。

上の旨を、ラップか何かにして、あのくそながい中奏の間に歌うべきなのである。
2008/07/01のBlog
[ 02:31 ] [ 大学生活 ]
この前、もてようとして古着屋でアロヨ大統領の選挙応援Tシャツを買いました。

私は、フィリッピンの女性大統領と言えばアロヨ大統領であると短絡的に思っていたのです。Tシャツには、女性の顔と、ヒリッピンピープルズパワーと言う文字。私の矮小な脳髄では、そこからはアロヨ大統領と言う答えしか導かれませんでした。

しかしだああああああああああああああああああああああ!!!!!!

なんと実は、そこに描かれた女性はアロヨ大統領ではなく、アキノ大統領だったのである!!!!!!!!!

うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

アキノ…だと…?

最初私は、アロヨじゃないならマイナーなやつなのではないかと感じました。比律賓の女性大統領はアロヨ。私の僅少な髄脳をもってしては、それ以外の答えを唱導しえなかったのである。

しかしである。アキノ大統領を調べていくと、非常に重大な人物であることがわかった。人気のある政治家であった夫が暗殺された後、大統領として立候補し、独裁者であるマルコス大統領を追いやってフィリピン初の女性大統領となった人物であったのだ。

「ヒリッピンピープルズパワー」はそのマルコス政権を打倒したときのスローガンであった。1986年の事である。

図らずして、偉大な業績を残した人物を知ることになった。件のTシャツに感謝である。
2008/06/25のBlog
[ 23:54 ] [ 大学生活 ]
今日は自主ゼミだったが、人数があまり来なくてあれだった。

勉強今日はそれなりに頑張った。

教育実習前に書こうと思っていたお酒についての話を今書こう。

サークルに今年の新人がやってきたとき、居酒屋に連れて行ってご馳走した。でも、「お酒飲まないです」って人が多かった。別に居酒屋で飲まないのは悪い事じゃあないぞ。強制だとか一気飲みだとか、そういったものはうんこであり愚の骨頂であるのだ。非常にくだらない。

我がサークルは、そういった強制は全くなく、始めからウーロン茶を頼もうが何しようが問題ないのである。これってとってもいいことだと思う。勿論飲みたい人は沢山飲む。

だから、最近の例会後の飲み会は「ウーロン大」(ウーロン茶の大きいやつね)が登場する頻度が増加したと思う。飲む人が若干少なくなったように思う。繰り返すがそれで全く問題ないのだが。

一方で、俺はお酒飲むの好きだから、サークルやその他の機会でビールをがぶ飲みする。お酒好きが数人揃えば、勢いよくがつがつ飲む、という機会も存在するのだ。


と言う事で、一口に飲み会と言っても、様々な様態があるなぁ、と特にサークルの新人が入ってきてから思うのだ。彼らが主流になれば、更に穏やかな宴が催されるのかもしれない。

要は、どちらの様態にも順応できるように心構えしておきたいということだ。



これは難しい問題なのだけど、酔っ払って痴態を晒す人間といるの自体が嫌だと言う人や、そういった環境にいるの自体がいやと言う飲み会嫌いな人もいる。そういった人が折角サークルの内容に興味持ってくれても、飲み会の部分でその興味が減退してしまうってのは、サークルにとっても当人にとっても重大な機会損失だ。そういう点、おとなしい人が多い飲み会では注意しないといけないのかもと思う。が、心配しすぎてもあれだし、お酒好きな人も多いし、また、そういう宴会苦手な人は来なくともサークルに溶け込めるようすれば良いし(例会でお酒飲んでると、確かに仲良くはなると思う)、ともあれ何とかなるか。

昔、中国の人で、酒を飲んでも脚を崩さず、○独座(○には名字が入った)とあだ名された人がいたそうだ。そこまで行かなくとも、例え飲み会の席であっても、周りを良く見て、雰囲気良く見て楽しみたいと思う。
2008/06/23のBlog
[ 23:10 ] [ 大学生活 ]
風邪を引いたときにおば(OBA)より食べ物をいただいた。それはありがたいことなのだが、いかんせん量が多すぎる。未だに食べきれない。

そんな料理の一つとして、OBAは煮豆を作ってくれた。これが全く減らない。全然減らない。無限にあるのではないかと思うほどだ。食っても食っても底が見えない。

無尽蔵の豆と格闘して今日で3日目だ。いっこうに減らない。煮豆自体は一般的なもので、美味しく食べられる。しかし減る事をしらない。まるで、疲れを知らない子どものようである。

明日も煮豆を食べる。食べるのだ。

今日は煮豆を食った後、学校へ行った。当たり前だ。読書した。その後自主ゼミ。

夜ご飯で煮豆を食った後、読書した。そういえば、高校に、自分のお勧めの本を紹介するのであった。忘れていた。ちょっと考えておこう。高校生が読んで面白いもの。何かお勧めがあったら紹介して欲しいものだ。

『伊豆の踊り子』の新しい文庫の表紙を荒木飛呂彦が書くそうでそれを見た。表紙の女の子は薫で良いのか??萌えないぞ?駄目だwwwwwww雰囲気が違う。適材を適所に用いるべきと思った。薫は直球勝負のロリ属性だ。何歳だっけか。

明日も煮豆を食べ、学校へ行く。煮豆だ。

皆、卒論の準備を頑張っている。俺はさぼり気味だ。みんな煮豆でも食べて足止めしてれば良いのに。

煮豆にまめにまめにまめ煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆に豆にまめにまめにまめにまめにまめにまめにまね嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああにまめにまめんいまねいにまめにまめにまめにまめに編めんにまえ煮豆にまめnに豆煮豆煮豆煮豆煮豆に豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆煮豆
2008/06/22のBlog
[ 23:43 ] [ 大学生活 ]
今日は買い物をしに街へ飛び出した!

古着屋へ行った。Tシャツを二枚買った。内訳は・・・

ビンテージと書いてある、普通にかっこいい(と思う)Tシャツ。
フィリピンのアロヨ大統領の選挙応援用のTシャツ。

であった。

以上二枚をレジへ提出。

店員「このTシャツ良いですよね~」

俺「いやぁ良いですよね。大統領選のときのですかね?」

店員「70年代のものですよー」

俺「(あれ?アロヨは選挙運動し始めたの90年代入ってからだよな・・・?)」

店員「状態も良くてかっこいいですよね」

俺「はい。前から気になってたんです。」

店員「ビンテージのものとか古着好きなんですか?」

俺「はいまぁ。何がすきとか詳しいことわからんですけど////」

店員「いつも来てくれて有難うございます」

俺「いえいえ」




思い返すに、店員さんは、アロヨ大統領の話ではなくもう一個のほうのTシャツの話をしていたように思う。今二枚のTシャツを前にして、そんなことを思うのだ。

アロヨ大統領のTシャツは、以前より気になっていて、密教の法具であるヴァジュラの次に欲しかったものだ。こちらは、古着屋のTシャツなので一品限りだ。かなり狙っていたのである。大統領の表情が良い。

けど恥ずかしかったので、真面目なTシャツと一緒に買った。
2008/06/21のBlog
[ 23:39 ] [ 大学生活 ]
タイトルは今日書く文章に対しては無意味だが、佐藤君は甘くないとだけ強調される昨今の誤った風潮を是正することには有意味であろう。何も、自己や他者に対して、厳しくしているのは佐藤君のみではなく、世の中の多くの人がそうする事によって、社会の皆に利益となると信じている。そして佐藤君の中には、甘い人もいることも付記しておかなくてはならないだろう。

ピーターパンはパンじゃないし、キュリー夫人はキュウリではない。またこれも昨今よく耳にする文言だが、タラバガニだってパンじゃないし、タラバガニだってキュウリではない。


(あまりにも僅少な記憶情報を頼りに書いているのだが、昔「キューリー夫人はキュウリじゃない、ピーターパンはパンじゃない、佐藤君は甘くない」という歌詞のCMがあった。学習塾か教材か何かのCMだ。それを典拠に上の文章を書いたが、歌詞を検索しても全然ヒットしないので、俺の勘違いかもしれないと思い、この括弧書きを書いた)

教育実習の後、風邪を引いてしまった。ずっとあまり寝ないで実習していたので、疲れがたまっていたのだろう。

この前サークルの例会で、日本史の話を紹介するときに史料の名前などを言いながら紹介した。でもどこまでが、日本史を専門に勉強していない人が常識的に知っている範囲なのかよくわからなかった。感覚がわからん。

これと同じように、高校生に教えるときも、自分の脳でしか考えないでバーッと説明しても、生徒は前提となる知識や情報がないかもしれないってのを先生から指摘されたし、授業や休み時間喋っていて自分でも思った。

先生は、時に全く常識が通用しない、とも言っていた。なんだったか、単純な熟語がわからんのだそうだ。

ちょっと話が変わる。高校では日本史は日本史Aが必修で、日本史Bが三年で選択だった。古代や中世を勉強しているものにとってはさびしい限りだ。美術もない。

こういうのって機会損失だなぁと思う。自分が凄く興味を持てるかもしれない分野や、知っておくと以後の社会生活にぐっと役に立つ分野に対し、一生触れる機会なく通過して行ってしまう。はぁ。もったいない。

と言う事を、熱をだしながら考えた。
2008/06/16のBlog
今日も回顧するのだ。

実習生を引き受ける役目の先生は、高校時代お世話になった先生である。また、大学のゆはず先生教え子である。私も、講座は違えど、ゆまずゼミに参加した事があり知り合いである。事前に、ゆはず先生の著書を預かっていた。俺もちゃっかりゆはず先生から本を貰う。嬉しいものだ。

高校の件の先生は普段は適当な事ばっかり言っているが、国語の授業を見る限りやるときはやるようだ。こんな言い方だとあれだが。でも日程とか適当なところは適当だ。でも俺の同級生が偶然学校にやってきたときに結婚式のスピーチに関してノウハウを教授していた。さすがである。

HRを見ていただいた先生は、北大理学部出身である。教室の月の満ち欠けを記したカレンダーを見たときに、こういうのすきなんですか?と聞いたところ、かつて北大の天文同好会に所属していたとのこと。天文同好会と言えば、我がサークルのご近所さんである。サークル会館三階奥の、北大のマニアックなサークルが密集する一角である。他の先生から、よく雰囲気が似ていると言われた。

色々お世話になったなぁ。でも、なぜかHRなかなかやらせてくれなかった!あと学級日誌も。ま、良いのだが。

音楽の見学に行く。生徒はリコーダーを吹いておる。後ろで黙って見ていても仕方がないので、先生から借りて私もリコーダーを吹く。リコーダーを後ろで吹いている教育実習生はわりと前代未聞なのではないかと思う。矜持である、笑。吹いたのはモーツァルトの『春への憧れ』。名曲である。ドの♯の押さえ方がわからなくて生徒に聞いた。後は問題なくふけた!楽しかった!!

授業で注意されたのは、言葉遣いの問題である。まず第一の次元として、外人だとか言ってはいけない。また、言葉遣いの如何で、生徒に思いもよらぬイメージ(例えば、資本家・労働者の場面だと、労働者弱い立場で馬鹿にして良い存在なのだ、とか)を植えつけてしまうのであるそうだ。確かにそうで、私は無意識にその言葉を使用していても、それに対して意味を見出すのは生徒の側である。怖いことだ。先生は責任重大である。ともすれば、誤解や偏見を生徒に生ませて、それを持って彼らは社会へ出て行くのである。本当に怖いなぁと思い、次の授業はとても緊張したし、その日は授業したくなくなった。

後は、単純に喋るのうまいといわれた。これは正直に嬉しい言葉だ。ありがたい話だ。確かに、日本史を勉強しているのだから、歴史に関しては、話しやすい勉強の環境にいるのだろう。

また指摘された点として、生徒への質問の仕方だとか、質疑で間違えたときや詰まったときやほとんど正解だがちょっと聞いたことと違うときなどに、ほんの少しでも上手に対応・応答してやる事で、ずっと生徒は安心するし、意欲もわく、とも言われた。その他、同じこと言うにしても、ちょっとした表現の違いでずっと感じが変わってくると言う点を多く指摘された。

自分が発した言葉がどんな影響を及ぼすか、また物事をうまく説明するにはどうするかだとか、はたまたしっかりフォローできるかなど、言葉で色々状態が変わる変えられるってのは、何も先生と生徒の関係だけにとどまらないだろう。それを大事だなぁと改めて感じた。努力だ。

二週目の木曜日に、先生方と飲みに行った。色々話した。先生の子供のころの、伝説的ファミコンゲーム『燃えろプロ野球』(ジャレコ)の話や、斉藤や伊藤智のスライダーのこと、ジョジョの話をした。本別は典型的な河岸段丘の地形であり、高校のマラソン大会のとき、段丘の一番下から一番上まで行って戻ってくることを高校時代意識していた話をした。変態だと言われた、笑。HRの、例の北大理学部出身の先生(化学の先生)が同意してくれた、笑

二次会はバー?。俺はこの日のために懐メロを練習して来たのである。嘘だ。ともあれ盛り上がった。HR見てくれた先生が酔っ払っていた。バーのマスターに、完全に私が役場の大和田の息子だとばれていた。田舎だとそんなもんだ。

ま、こんな感じだ。
2008/06/15のBlog
教育実習が終了し、札幌に帰ってきた。インターネットが使えないのが辛かった。生徒に適宜の話題を提供できなかった。このブログでも、一日ずつ更新できれば面白い事がかけたのに。


以下、総評する。長いから見なくても良いかも。



初日は緊張した。HR担当した一年A組は、宿泊研修のため、3日間いなくなってしまった。なのでクラスの人とはちょっと話す機会が減少してしまった。残念である。でもかなり喋ったと思う。研修の話とかね。実家の近くに住んでる子が多いなぁと思う。

1Aが宿泊研修でいない間、志願して3年B組のHRを見させていただいた。これにより、新たな出会いが生まれた。

三年生は学校慣れしているので、すぐに喋るようになった。自分の高校時代を思い出した。学際の準備のLHRで、かなり自分のときどうだったかを話した。自分の昔感じたことや、今から考えて感じたことを、ちゃんと話せたと思う。担任の先生から生徒が聞き入っていた、良かった、参考になったと言われて、すごく嬉しかった。一週間目で一番嬉しい出来事だった。

一週間目は主に見学。二週間目もふくめて、体育と家庭科と情報以外の全てを見学した。色々な先生がいるなぁと思った。そんな中で、先生とよく喋るようになる。学校の授業が懐かしい。

私の担当の先生は適当な上に、一週間目は子どもが熱を出したのでわりと学校に来なかった。もう一人の地歴の先生に、教わったり、更には時間を割いて別にプラスして授業をさせていただくことになる。ありがたい。当初は、日本史Aの近代しか教える予定なかったのだが、この先生により、大好きな平安時代を教える事が可能となった。とてもお世話になった。

授業は、日本史Aは韓国併合の話と、労働運動の発生の二種類の授業をやった。後者は全く難しいジャンルであった。今に連なる階級の話題なので、言葉遣いを十分に気にしなくてはならないことを学んだ。工場の発生のところで、本別の博物館で調べた、本別の工場の話を絡められたのが良かった。

行く前に、川口先生にこの時期のネタを教えてもらっていた。これを大いに適用できた。ずっと教科書やってもつまらんので、百年前の恋愛マニュアル本とかを紹介した。異性への高感度アップの本など今と変わらんな。

生徒に、「今の若者の雑誌にも、高感度アップの方法が結構載ってますよね?誰か知っている人いませんか?」と聞いたが、特に答えは返ってこなかった。いまさらだが、異性への高感度アップの方法を、異性のいる前で言うわけないか、笑

という事で、YUIのCHERRYの歌詞で、「大好きな人からメールが来たときに、すぐに返事をしてはいけないってのを誰かに聞いたことある」という内容の部分があるので、「現代でもこんな感じで恋愛マニュアルってのは確実にありますよね。皆は大好きな人からメールが来たら、すぐに返事する?」ときいてみたところ、多くの生徒がすぐに返すと答えていた。

なるほど、高校生の実態がわかりますな。俺もそうだった気がするし。

世界史Aはイスラーム社会。これも難しいな。現代に連なる問題だ。カタカナ語(ウマイヤ朝とかカリフとか)が、表意文字ではない点難解である。色々やろうとして、中途半端になってしまった。一年生には、一度しか授業できなかった。これも残念要素の一つである。「トンプク」を話の種に。

日本史Bは、平安時代の最初。桓武天皇とか。ここで、私は空海がヴァジュラを持っていることに気付いた!!!!ヴァジュラとは金剛杵のことで、密教の法具である。魔を祓う。橋本ゼミでやって、欲しいと思っていたやつだ。ヤフオクでヴァジュラがいくらするのかとかの話をした。実は、後醍醐天皇も金剛杵と金剛鈴を持っている、という話もした。

あとは、奈良の大仏が、今までに二度燃やされていて、二度目はなかなか復興できなくて、百年くらい首なし状態の大仏が続いたが、熱心な坊さんが命をとして復興した話をした。そして、デートのときに、大仏のそんな話をずっとしていたら彼女に引かれた話をして、みんなもデートのときは大仏の話をし過ぎないように、と注意した。

あと曼荼羅の胎蔵界がマトリックスと英訳される話とか、かなりフリーダムに授業が展開された。二回目も、何をやってもいいといわれたので、小右記を読んだりした。化石見せたり、皇朝十二銭のくだりで宋銭など古銭を見せたりもした。これで良いのか?

総合学習では、将来に関して今出来る事を講演したり、生徒が今興味持っている分野が、○○学である、だとか○○学部で勉強できる、といった事を教授した。それに関する一般書を紹介したり。

昼休みは、生徒といっぱい喋るように、廊下をふらふらしていた。よく、弟に似ていないといわれた。

図書室へ行った。生徒が、共通の本を通じて知り合いになっていく、という話を先生から聞いた。生徒が、自分たちで本を紹介していた。よって俺も本を紹介することになった。

廊下を歩いていたら、女子生徒に誘われたので保健室へ行った。女子って保健室行くよな、と思った。中学時代は俺含めた男子連中がよく保健室に行っていたが。授業がどうだとか、話を聞いた。

3Bの担任の先生から、生徒の一人が歴史勉強したいといっているので話をしてくれ、と言われたので、勇んで話す機会を設けた。男子生徒数人と来た。漢文が大事だとかの話をした。あとエッチな話をした。俺はそういうの苦手なんだが。次の日も、彼らは私を探してやってきた。エッチな話ばっかり。

三年生には遠足が企画されており、俺もそれに同行した。肉を焼いた。美味しかった。

部活(バドミントン部)にはそれなりに行った。顧問の先生は、先ほどの日本史Bを授業させていただいた方であった。非常に熱心な先生で、声だしや礼儀、実力といった全てが私のいた頃と比肩し得るべくもなく向上していた。非常に雰囲気が良かったので、実習終わってからも行ってしまった。一緒に練習した。ドライブやって、筋肉がつりそうになった。

部活で、一年生と結構知り合いになる。2クラスしかないから、確率二分の一でHRでみる生徒だ。

放課後、ふらりと生物室へ。丁度居た生物の先生と話し合う。自然科学部のこと。かつて私が所属した自然科学部は、卒業と共に消滅したが、一度復活し、道大会で大賞を獲ったらしい。素晴らしい。部活は何も運動部だけではないよな、と思った。先生より、ボルボックスをいただく。現在部屋で培養中だ。

国語の先生と、本について話あう。中村真一郎の『文章読本』と、ゴマすりトトロからかりた『パンツが見える』が実は通底する問題を扱っているという話をした。後は、ビートルズの話。全然話したりなかった。今度ゆっくり話したい先生の一人だ。一度古典の授業に顔をだして話する予定だったが叶わなかった。非常に悔しい。


まだまだあるので、後編へ続く