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アフガン日記
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2004/07/22のBlog
今日は2つの村に調査に行った。

どちらも、既に一度行って調査した場所。
何度か訪ね、住民に話を聞いたりして、
その村の水事情を確かめる必要がある。
(今ある井戸にどれだけ人が並んでいて、どれだけの必要性があるのか?等)

午前中のKAREZAK村は、アプリコット、りんご、アーモンドが
実る、ほんまに心癒される村やった。^-^
子ども達が近づいてきて、恥かしそうに、まだ小ぶりのりんご
をいっぱい手渡してくれた!ありがとーーー!
村を一周してみて、井戸は3つだけ。
遠い人はだいぶ歩くのだろう。それでも、
他の村に比べてここは恵まれてると感じる。
小さいけれども、カレーズ(地下水路が小川のように、地上を流れている)
が村を横ぎってるからだ。
濁ってて洗濯もできないような水だけど
農業用水には十分そうだから。
果物が豊かに実り、金色の小麦畑が、こじんまりと広がっている
飲み水の汲めるところは3つの井戸だけだが、
実ったアプリコットを、子ども達は、
そこかしこでかじっている。いい水分補給だね。
今までもっと困ってる村を見てきたので、次の村へ行くことにする。

次に行ったカルティナウ村は、渇いた土埃の村といった感じで、
さきほどの村とは正反対。
カレーズも木々もなく、ひたすら土レンガの家が続いている。
3つの涸れた井戸。。。
村の人が案内してくれた、村のモスクの門をくぐると
ポリ容器を持った子ども達がめっちゃ並んでいる。
住民に「この井戸はパイプの具合がおかしいから直してほしい。」
と言われた。
更に村の見まわりを続けさせてもらう。歩いてる子どもに尋ねてみた。
「家はどこで、水はどうしてるの?」
こんな答えやった。
「水をタンカー車が売りに来るから買ってる」
「水を配ってくれるNGOが来てくれてるが、それももうすぐ
終了すると聞いている」

皆さん、今後この村を更に調査をすすめていきます。

朝、階下におりとぃくと、
AWOAのスタッフの面々が、にぎやかに机を囲んでいた。
「おはよ~っ」とのぞきこむと、
みんなが、新聞をさしだす。
「ファティマが載っている。」と。
わー。
そういえば、昨日お見送りの空港に、記者さんらしき方が
来ていたっけ。
今頃、ファティマちゃんをはじめとするみんなは・・?
乗り継ぎがあるので、成田に着くには、もう少し時間がかかるだろう・・

無事に成田に着くことを祈り、一日がスタートした。

2004/07/21のBlog
とうとう、ファティマちゃんが日本に出発する日がやって来た。
そして、地球村の植木さんとAWOAの生井先生が、
ファティマちゃんと一緒に帰国する。
だいぶ淋しくなるが、ファティマちゃんを日本に連れて行く役目は
ほんとうに重要。笑顔で見送らせていただきまっす!
(写真は、出発を待つファティマちゃん)


空港に見送りに行くと、アフガンの新聞社の方がファティマちゃんの
取材に来ていた。

ファティマちゃんは緊張の為か、発作の頭痛の為か、
顔色があまり優れない。
同行するお母さんも、どこか心細げだ。
娘の手術の為に、遠い日本に行くのだ、無理もない気がする。
どうか、手術が成功しますように・・・
時間ぎりぎりまでみんなで一緒にいたが、
とうとうお別れの時間が来てしまった。

「ファティマちゃんをよろしくお願いします!」


午後は、羽鹿さんと私でカルティナウ村の井戸調査に行った。

村に入ってから、まず住民に聞いた。
「毎日水を得ている井戸を教えてもらえますか・・?」
その男性はこう答えた。
「NGOがタンクで水を配っている。」
「だが、その配給も、もう終わる、と聞いている。」
詳しく聞くと
本来なら、NGOの方で一ヶ月ほど前に終了する予定だった
水の配給だが、住民達が、「もっと必要だ」と言って
延長してもらった、との事。
300家族に給水車1台が、対応している状態だということ。

この地域のリーダーに私達の車に乗っていただき、
村の水場を、ひとつひとつ、案内してもらった。

●1.井戸があったので、水を試してみた。
しょっぱくて濁っていた。

●2.涸れた井戸が2つ。リーダーは「25Mも掘れば水が出る」と言う。

●3.モスクの中の井戸。ここの水は飲料水になる。おいしい。
子ども達で込み合っている。

●4.水汲み場。細い水道管のような物が設置されている。
バグラムという地域から、水道管が引かれている。
水の出る時間は朝の7時から3時半頃まで。

●5.上記と同じく、バグラムというところから通っているという、
細い水道管

●6.おじいさん個人の井戸。欲しい村人に開放している。

以上で、1から6はそれぞれ、だいぶ距離があり、
(私達は車で移動)
以上の水場を皆で分け合って使用しているようだ。
項目2の地域は、井戸が涸れていて、気になった。

この村には、クチと呼ばれる遊牧民が住んでいて、
女性は皆、珍しい鮮やかで独特な色彩の衣をまとっていた。、
つい見とれて写真を撮った。
すると、荒々しい掛け声が聞こえ、振り返ると、羽鹿さんに向かって
クチの男性達が怒りを表している。俺達の仲間の女の写真を撮るな!と
羽鹿さんの持っているカメラに憎しみをあらわしているようだ。
羽鹿さんは、「撮っていないし、撮らない」というそぶりで、
うまく交わし、私達は早々に車に乗り込んだ。

車内で、急にミルワイズがまくしたて始めた。
顔は恐怖におののいている。
「この村は、クチが住んでいる。クチというのは独特のコミュニティを
持っているから、警察の管轄外なんだ。僕はこの村の支援は
したくない。この運転手のアシュマトラは、一度、クチのやつらに
脅され、金品を奪われたことがあるんだ。彼らは家に武器を
隠し持っている」
そもそも、この村にはこのミルワイズのいとこが住んでいて、
「涸れ井戸がずっとそのままになっているから、治して欲しい」
という話を、ミルワイズ本人が持ってきたのだったが。。。

ミルワイズは本当にクチを恐れている様子だった。
事情を知らない私達は、ただミルワイズの話に頷くしかなかった。
夕闇が迫り、長い一日が終わろうとしていた。

2004/07/20のBlog
今まで、ほぼ3人で動いていたが、植木さんの帰国が、
とうとう明日に迫った。お世話になった方々に
挨拶をしなくては、と植木さんの気合が伝わってくる。

今日はもちろん、ハード・スケジュール。

★アメル・アムザ・学校に挨拶
 ↓
★イランのNGO ハジさんを訪問
 ↓
★カライ・ワジル学校に挨拶
 ↓
★コーディネーターのマリックの家で昼食をよばれる。
 ↓
★市場にお土産を買いに。。
 ↓
★カライ・ハイダ・ハーン村に挨拶
 ↓
★アフガン計画省のDrサディック達に挨拶

OH!!ハード・スケジュールよ!!
(書くのに疲れました^-^;)

どこでも、しっかりと心を込めて最後のお礼を伝えていた植木さん。
建設中のカライ・ワジルの学校では、女子学生達が先生と
一緒に訪れ、植木さんは最後の挨拶をした。
「あなた方がアフガンの未来を作ります。がんばって勉強して下さい」
それに答えて、女の子がこう言った。
「ありがとうございました。
支援といっても、いろいろあります。
武器を援助するような支援もありますが、
学校を支援して下さるのはとても意味のある
支援です。」

また、イランのNGOのハジさんや、
口癖が「僕はファースト・クラス!」の学校建設リダーのマルクとは
涙を浮かべ、抱き合っていた。
私までもらい泣きしそうやった。

昼食を振舞ってくれたコーディネーターのマリックの家では、
私も、「アフガンの女性の園」である一家の台所におじゃまし、
妹さん、お母さんと一緒に絨毯にしゃがみ、
アフガン風餃子の「アシャク」を包んだ。
ダリー語は分からなくても、
料理をする女同志に、言葉はいらない。
私が包む、変な形の餃子にみんなで大爆笑だった。
(日本の餃子とは違い、台形の独特の包み方をするのだ)
みんなでいただいたご馳走は、
本当においしいアフガンの家庭料理だった。

夜は夜で、宿で最後の夜の晩餐。
植木さんの大好物のハルブザを
お皿に山盛りにして労をねぎらった。
(※写真はハルブザを抱く植木さん。
ハルブザとは、日本でいうメロンと同じ味だが、
めっちゃ甘くて、サイズも大きく、長細いスイカのような形.


植木さんとは約1ケ月ご一緒しただけでしたが、
たくさんの事を教わった。
とりわけ、誰でも友達になってしまうその人柄に、
尊敬すら感じた。
アフガン人によくものをもらっていたのも植木さん。
かといって植木さんは英語が特にできるわけでもない。
「心で伝わるものがある」と証明するかのように、
たくさんのアフガン人に慕われていた。

明日から淋しくなるが、今後は私の井戸掘りが始動していくことになる。



2004/07/18のBlog
今日は、みんながそれぞれ、
いろいろな雑用をこなさなければならず、
コーディネーターのマリックの運転で、あちこちと廻る。
植木さんがインド大使館にビザを申請に行く必要があり、
昼休みなのか、門が閉じていて、車中でみんなで待った。
植木さん持参のサザンがBGMで流れ、不思議な懐かしさに
襲われた。みんな疲れ気味なのか、何も言わなかったが、
それぞれがもの思いにふけっていた。
みんな、日本を懐かしく感じていたに、チガイナイ。
アフガンにいると文化の違いをまざまざと見ることが多いからか、
常に、自分はよそ者、という感覚がつきまとう。
(女性の服装からして違う。いかに首筋が見えないように服を着るか、
毎日神経を使う。)
外国人はここでは珍しく、穴があきそうなほど、視線が刺さってくるのも、
通常のこと。そんな普段使わない神経を日々使うことに
知らない間に疲れていたのだろう。。。
サザンを聞いて、それに気づいた。

でも、私は、アフガンという国が好きなのだ。
なぜなのか分からないが、この国には不思議な魅力がある。
原初の記憶のような、本能に訴えてくる何か・・・
生命力のようなもの。
子ども達の目の輝き。。。
などとぼんやり考えつつ、待てども大使館は開かず、
近くのコーヒーショップに皆で行く事にした。
店でのんびりお茶を飲む、というのも久しぶり。
(アフガンではお初だ)
出てきたコーヒーは、薄いインスタント・コーヒーだった。

そこで、ふと店の奥を見ると、米兵達が丸テーブルを囲んで、
お茶を飲んでいた。迷彩服に銃といういでたち。
ピンクの内装のレストランにはどうしょうもなく不似合いに感じられた。
万が一のことを考えて、窓際の目立つところに座るのは
避けてるのだろう。。。
戦闘服を見ながら飲んだお茶の味は、少し鈍い味がした。

ほどなく、休憩時間が終わったのか、米兵達は全員店を出て行った。
私達はホッとして、とりとめもないおしゃべりを始めた。
コーディネーターのマリックと地球村さんが、恋愛の話をしている。
アフガンでは、結婚も親が決めた人とするというのが、通例なのだ。
結婚をする際も、新婦の親御さんに大金を差し出す事が条件になる。
親が決定権を持っているのだ。
マリックはこう言った。
「欧米の恋愛観は、まるでおいしいアイス・クリームを食べるように
付き合う女の子を、変えていく。
でも、僕達の文化では、決してそんな事は、ない。
女の人が大切に扱われているんだよ。」
ううむ。確かにそうなのかもしれない。
が、マリックには今好きな彼女がいて、
お互いがとても好きでも、
結婚できないかもしれない、ということを、
彼らはじゅうじゅう理解しているのだ。
(本意、不本意に関わらず)
それが、僕達の社会だ、と。
それ以上は誰も聞けず、マリックの本音がどこにあるかは、
私には、正直分からない。
マリックが持ち歩いている彼女の写真を、ぼんやりと思い、
ほんの少しだけ、せつなく感じた。

私達は、無事インド大使館でビザを得て、もろもろの用事を済ませた。