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2007/05/23のBlog
[ 01:59 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
[関連したBlog]
新聞の衰退が囁かれるようになって久しい。
本来、新聞は当然の事としてそれ独自の主張を持つべきであろうが、政治の世界からは一歩退いた立ち位置を維持しなければならない。これが報道の”中立性”でもある。
今回の私の記事「国民投票法成立!各紙の動向」のように、例えば”国民投票法成立”といった「イベント」があった際、各紙の比較をしてみると実に面白い。
「読売新聞」の社説では情報操作とも受け取れる姿勢を露呈させている。それは自民党寄りというよりもむしろ、自民党の機関紙を読んでいるような錯覚に囚われる内容を堂々と掲載しているのである。(この社説を書いたのは”誰”であるのか?気になるところではある)
この件は新聞を含め、現代メディアの危険性を示唆して余りあるエピソードであった。このようなメディアの姿勢こそが、人々を「思考停止ポイント」に追いやる原因の一端であると、私は考えている。
とはいえ、「各紙の動向」において、私は1位が素晴らしくて最下位がダメと言いたい訳では毛頭ない。極論を言えば、どの新聞もそれぞれ同様に”終わっているかな?”とすら感じているのだ。
かつて、ツナミンさんが「朝日新聞」に対し、鋭い指摘をしたことがある。
《今現在、憲法問題で最も深刻な問題は何か?言うまでもなく、憲法改悪のための国民投票法案である。朝日新聞が(お得意の)政局予報をしているように、この法案が衆議院を通過し、与党が多数を占める参議院でも今国会中に通過・成立することはほぼ確実だろう。
この世紀の悪法について、朝日新聞はその問題点を報道したのか!?私が知る限り、朝日新聞がこの法案の問題点(の一端)について報道し始めたのは、それが衆議院を通過し、今国会での成立がほとんど確実になった後なのだ!!
ジャーナリズムの力を過大に評価することはできないが、仮に、国民投票法案が衆院を通過するずっと前から、天下の大朝日新聞が昨日の憲法記念日に掲載した21本の社説と同じ分量を使って、国民投票法案の問題点を指摘し続けていたならば、少しは状況が違っていた可能性もないとは言えないだろう。しかし、法案成立が確実になったあとで、批判的報道を小出しに出てきた理由は一体何か?
それはもはや、朝日の中にも存在している良心的な記者のガス抜きのため、としか考えられないではないか。「今なら、いくら批判的な記事を出しても、もはや法案成立に影響ない」というわけだ。
これなら、朝日は国民向けには「リベラル」を装いつつ政界に対してもいい顔ができて、一石二鳥というわけだ。あまりにも見え見えで気分が悪くなってきた。》
~ツナミン氏「憲法問題を考えるBlog」~
この記事を読んで、ハッとしたことを今も鮮明に記憶している。朝日新聞ですらこの体たらくである。もはや信頼に足るメディアは存在しないのだろうか?
現代におけるメディアとは何か考えてみる。
新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、そして最も新しいのがインターネットであろう。
インターネットとは信頼に足るメディアであろうか。インターネットのアドバンテージはなんと言ってもその”即時性”である。
新聞を購読せずとも、新聞のサイトに目を通せば紙面にはない最新のニュースに接することができる。その他にもニュースを扱うサイトはそれこそ星の数である。
ただし、即時性というアドバンテージがあるにせよ、ネットにおけるニュースはツナミン氏の指摘する問題に対し、なんら解決には至っていない。「アサヒ・コム」であっても21本の社説を法案成立前に発表するほどの即時性を持ちえたかと言うと、明らかに「ノー」である。
結局、新聞に関して言えば紙面もネットも本質的には何ら変らないことになる。これは、テレビ、ラジオ、雑誌においても同様であると考えられる。
ちなみに、インターネットが生み出した”プログ”も、ある意味メディアの一つかもしれない。ただし、プログは1次情報を持ち得ないのがアキレス腱だ。「きっこのプログ」のように”耐震偽装事件”や”ライブドア事件”の、当初誰も知り得なかった情報をすっぱ抜き、新聞、雑誌といった既存メディアを”裏取り”に走らせたプログも存在するのだが、このプログは相当レアな部類に属するだろう。
以上の点から、私に感覚としては、現代において信頼に足るメディア存在しないというのが一つの結論である。
では、なぜ、”各紙の動向特集”などやるのか?
それは、メディアの”並列性”によって何かを感じるためだ。新聞1紙のみ、インターネットのみという情報収集は今や(昔からも実はそうであろう)非常に危険な行為となった。ただ、同日の新聞5,6紙を並列的にみると”何か”が見えてくる時がある。実は、私はこれにラジオなどの情報もミックスする場合もある(古いものこそ実は新しいという格言もある)
このように、情報を並列的にみる姿勢。この場合のキーワードこそが「メディア・リテラシー」に他ならない。
●「メディア・リテラシー」:
メディアに対して主体性を確立すること。
コンピューターネットワーク・テレビ・音楽・映画・出版物などさまざまなメディアが
伝える価値観・イデオロギーなどをうのみにせず、主体的に解読する力をつけること。
私はメディアの並立性によって、そしてその行間を見ることによってメディア・リテラシーを確立しようと試みている。
この方法が機能しているかどうかはまだ分からないが、少なくともその姿勢を維持することは「思考停止ポイント」から抜け出すことにおいて重要であると考えている。
これはとりもなおさず、現在の憲法問題についても当てはまるかと思う。
「メディア・リテラシー」から「憲法リテラシー」へ!
これなくして、憲法改正も新憲法制定も何ら意味を持たないことは明白である。
今回は何やら偉そうなことを書いてしまった。
大変申し訳ない。
新聞の衰退が囁かれるようになって久しい。
本来、新聞は当然の事としてそれ独自の主張を持つべきであろうが、政治の世界からは一歩退いた立ち位置を維持しなければならない。これが報道の”中立性”でもある。
今回の私の記事「国民投票法成立!各紙の動向」のように、例えば”国民投票法成立”といった「イベント」があった際、各紙の比較をしてみると実に面白い。
「読売新聞」の社説では情報操作とも受け取れる姿勢を露呈させている。それは自民党寄りというよりもむしろ、自民党の機関紙を読んでいるような錯覚に囚われる内容を堂々と掲載しているのである。(この社説を書いたのは”誰”であるのか?気になるところではある)
この件は新聞を含め、現代メディアの危険性を示唆して余りあるエピソードであった。このようなメディアの姿勢こそが、人々を「思考停止ポイント」に追いやる原因の一端であると、私は考えている。
とはいえ、「各紙の動向」において、私は1位が素晴らしくて最下位がダメと言いたい訳では毛頭ない。極論を言えば、どの新聞もそれぞれ同様に”終わっているかな?”とすら感じているのだ。
かつて、ツナミンさんが「朝日新聞」に対し、鋭い指摘をしたことがある。
《今現在、憲法問題で最も深刻な問題は何か?言うまでもなく、憲法改悪のための国民投票法案である。朝日新聞が(お得意の)政局予報をしているように、この法案が衆議院を通過し、与党が多数を占める参議院でも今国会中に通過・成立することはほぼ確実だろう。
この世紀の悪法について、朝日新聞はその問題点を報道したのか!?私が知る限り、朝日新聞がこの法案の問題点(の一端)について報道し始めたのは、それが衆議院を通過し、今国会での成立がほとんど確実になった後なのだ!!
ジャーナリズムの力を過大に評価することはできないが、仮に、国民投票法案が衆院を通過するずっと前から、天下の大朝日新聞が昨日の憲法記念日に掲載した21本の社説と同じ分量を使って、国民投票法案の問題点を指摘し続けていたならば、少しは状況が違っていた可能性もないとは言えないだろう。しかし、法案成立が確実になったあとで、批判的報道を小出しに出てきた理由は一体何か?
それはもはや、朝日の中にも存在している良心的な記者のガス抜きのため、としか考えられないではないか。「今なら、いくら批判的な記事を出しても、もはや法案成立に影響ない」というわけだ。
これなら、朝日は国民向けには「リベラル」を装いつつ政界に対してもいい顔ができて、一石二鳥というわけだ。あまりにも見え見えで気分が悪くなってきた。》
~ツナミン氏「憲法問題を考えるBlog」~
この記事を読んで、ハッとしたことを今も鮮明に記憶している。朝日新聞ですらこの体たらくである。もはや信頼に足るメディアは存在しないのだろうか?
現代におけるメディアとは何か考えてみる。
新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、そして最も新しいのがインターネットであろう。
インターネットとは信頼に足るメディアであろうか。インターネットのアドバンテージはなんと言ってもその”即時性”である。
新聞を購読せずとも、新聞のサイトに目を通せば紙面にはない最新のニュースに接することができる。その他にもニュースを扱うサイトはそれこそ星の数である。
ただし、即時性というアドバンテージがあるにせよ、ネットにおけるニュースはツナミン氏の指摘する問題に対し、なんら解決には至っていない。「アサヒ・コム」であっても21本の社説を法案成立前に発表するほどの即時性を持ちえたかと言うと、明らかに「ノー」である。
結局、新聞に関して言えば紙面もネットも本質的には何ら変らないことになる。これは、テレビ、ラジオ、雑誌においても同様であると考えられる。
ちなみに、インターネットが生み出した”プログ”も、ある意味メディアの一つかもしれない。ただし、プログは1次情報を持ち得ないのがアキレス腱だ。「きっこのプログ」のように”耐震偽装事件”や”ライブドア事件”の、当初誰も知り得なかった情報をすっぱ抜き、新聞、雑誌といった既存メディアを”裏取り”に走らせたプログも存在するのだが、このプログは相当レアな部類に属するだろう。
以上の点から、私に感覚としては、現代において信頼に足るメディア存在しないというのが一つの結論である。
では、なぜ、”各紙の動向特集”などやるのか?
それは、メディアの”並列性”によって何かを感じるためだ。新聞1紙のみ、インターネットのみという情報収集は今や(昔からも実はそうであろう)非常に危険な行為となった。ただ、同日の新聞5,6紙を並列的にみると”何か”が見えてくる時がある。実は、私はこれにラジオなどの情報もミックスする場合もある(古いものこそ実は新しいという格言もある)
このように、情報を並列的にみる姿勢。この場合のキーワードこそが「メディア・リテラシー」に他ならない。
●「メディア・リテラシー」:
メディアに対して主体性を確立すること。
コンピューターネットワーク・テレビ・音楽・映画・出版物などさまざまなメディアが
伝える価値観・イデオロギーなどをうのみにせず、主体的に解読する力をつけること。
私はメディアの並立性によって、そしてその行間を見ることによってメディア・リテラシーを確立しようと試みている。
この方法が機能しているかどうかはまだ分からないが、少なくともその姿勢を維持することは「思考停止ポイント」から抜け出すことにおいて重要であると考えている。
これはとりもなおさず、現在の憲法問題についても当てはまるかと思う。
「メディア・リテラシー」から「憲法リテラシー」へ!
これなくして、憲法改正も新憲法制定も何ら意味を持たないことは明白である。
今回は何やら偉そうなことを書いてしまった。
大変申し訳ない。
2007/05/20のBlog
[ 22:44 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
ここ最近は身内の不幸が重なり、すっかり更新が滞ってしまった。
今更という感は拭えないが、大切な事でもあるので、引き続き残りのランキング、4位から最下位を発表したいと思う。
では、いってみよう!
【第4位】 産経新聞
■1面
:「国民投票法成立 民主内造反 再編の予感」
■社説
:「新憲法制定が政治課題だ」
■その他の記事(特集など)
・「改憲論議加速へ 国民投票シミュレーション」
<所感>
憲法記念日での淡白な扱いと打って変わって、国民投票法成立においてはかなりの紙面を割いてきた産経新聞である。
憲法改正については、以前より中曽根元首相が「大連立か政界再編」を唱えているが、今回の成立にあたり、民主党・渡辺秀央元郵政相の造反に注目している。この民主党からは渡辺氏のほか、改憲派の前原誠司前代表ら7人が本会議を欠席した。
それでも、党としては重い処分を課せられない。そうすることにより、離党を誘発し自民党に付け入るスキを与えてしまう。民主党の抱えるジレンマを分かりやすく表現している。
国民投票シミュレーションも、写真とイラストで憲法改正へ至るまでを図解してみせている、なかなか面白い企画である。
ただ、全体を通して言えることなのだが、そもそも国民投票法とはあくまでも手続き法であって、国民投票法による憲法改正はまた別の問題のはずである。このような、産経新聞の即憲法改正、必ず憲法改正といった紙面づくりに、論点の単純さを感じざるを得ない。
【第5位】 日本経済新聞
■1面
:「憲法改正 首相『参院選で議論』 国民投票法成立 次期国会に審査会」
■社説
:「画期的な憲法国民投票法の成立」
■その他の記事(特集など)
・「憲法論議 期待と不安 『18歳以上』若者賛否」
<所感>
新聞の”顔”でもある社説のお題目で”国民投票法は画期的である”と言い切るあたり、さすがは経団連・自民党御用達の新聞でもある。しかも、次に紹介する最低投票率の記述は翔んでいる!
《参院審議で野党は最低投票率の導入を提起したが、最低投票率を何%にするかは主張する人たちの間でもバラバラだった。何%が適切なのか、その根拠は何なのかを明確に示さない限り、まじめな提案とは言い難い。基本的に成熟した民主国家では最低投票率のような制度は不要である。》
一体、この日本のどこが成熟していると言えるのだろうか?今回の国民投票法においても結局は与党の数の力で押しきるという、非民主的な行為がまかり通ってしまったではないか?
さらに、成熟した国家では、なぜ最低投票率は必要がないのか?私には全く意味が分からない。社会の成熟度と最低投票率は全く次元の異なる問題なのではないだろうか?
この状況を、成熟した民主国家と主張し、理論の整合性も儘ならない日本経済新聞に、メディアの担い手としての”不誠実さ”と”不安”を感じる次第である。
【最下位】 読売新聞
■1面
:「国民投票法成立 『18歳成人』検討委」
■社説
:「新憲法具体論に入る時だ」
■その他の記事(特集など)
・「改憲 現実の課題に 与野党しこり どう解消」
<所感>
前回の各紙の動向比較同様、最下位となる新聞の内容があまりにもひどい。特に今回の読売新聞はひどすぎる!1位となった東京新聞と比較しても、その内容の乖離については、これが同じ国の新聞かと思いたくなるような内容である。
読売新聞については、この期に及んでいよいよその正体をあらわにした、といった感覚を強烈に植え付けてしまった!
問題点は社説に尽きる!この社説が全てとも言える。全て紹介したいところだが、部分的に引用して見たい。
■社説「新憲法具体論に入る時だ」■
①憲法制定以来、60年以上も放置されてきた憲法体制の欠陥がようやく是正された。
②その指針となる新憲法を定めるための重要な基盤が整ったと言える。
国民投票法は本来、与野党が対立する性格のものではない。
民主党の小沢代表が、夏の参院選に向けて与党との対決姿勢を打ち出し、国民投票法を与野党対立に巻き込んだのは残念なことだ。
③もはや「憲法改正の是非」ではなく、変えるとすれば、どこをどう変えるのかを論じるべき時だ。その観点から、民主、公明両党も条文化を急いでもらいたい。
④先の参院憲法調査特別委員会での採決に当たって、自民、公明、民主3党の賛成で付帯決議を採択した。法施行までの間、憲法審査会で憲法改正上の課題について十分調査することなど18項にわたるが、全体として妥当な内容である。
⑤一定の投票率に達しないと、国民投票自体を無効とする最低投票率制度の導入は、従来、共産、社民両党などが主張してきた。憲法改正を阻止するための方策という政治的な意図が背景にある。
最低投票率は不要だ。
①~⑤までの問題点について各々検証してみよう。
【①憲法体制の欠陥か?】
憲法96条の第1項を見てみよう。
憲法改正は、各議員の三分の二以上の賛成で国会がこれを発議し、その承認には「特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とある。
この条文を読み、その憲法改正手続きの厳格さから鑑みると、日本国憲法が「硬性憲法」である事は疑う余地がない。
そして「特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる・・・」の条文こそが、この硬性憲法たる”理念”を宣言したものであると解釈できるのではないだろうか。この理念を無視してはならない。
今回の国民投票法は、(数々の問題を内包しているにせよ)その理念を(一応)具体化したものである。欠陥という表現は”言い過ぎ”である。
【②夏の参院選に向けた対立路線を画策した人物は?】
悪の強い政治家小沢氏の、それなりの思惑はあったにせよ、対立路線の引き金を引いたのは紛れもなく”安倍首相”である。
国民投票法については、約7年もの間、与野党間で協議を続けてきた経緯がある。その最終局面において、夏の参院選において憲法改正問題を争点にすることを、安倍首相が明確に宣言した。
この不穏な動きがなければ、今回の国民投票法はもっと違った結末を向かえていたに違いない。
【③情報操作的な記述】
国民投票法は、あくまで改憲における手続法であり、この手続き法と改憲問題とはそもそも別個に検討されるべき問題である。しかし、この記述を見ると、国民投票法から一直線に憲法改正をしなければならないと思わせようとする明確な意図を感じる。
国民をある方向へ誘導せんが為の、情報操作的記述である。
【④18項目に及ぶ付帯決議について】
付帯決議とは、その法案に与えられた”宿題”のようなものである。一口に国会成立と言っても、その法案が立派なものとは限らない。その際、「ここはまずい」「あそこは本来こう変えるべきだ」といった形でその法案の不備を”付帯決議”という形で指摘するのである。
つまり、付帯決議が多ければ多いほど、その法案には不備な点が多いことを意味する。今回において、その付帯決議が妥当であるとすれば、裏を返せば本体である国民投票法案は妥当ではないと言うことだ。
物事を裏面から表現することにより、実態をオブラートに包み隠そうとしている事は歴然である。
【⑤最低投票率について】
日本経済新聞社の箇所で説明した通り。もはや、読売新聞に手向ける言葉は見つからない。ご愁傷様。
※「最低投票率」については別途記事を書くことを予定している。そちらを参照されたし。
以上、読売新聞の社説について検証してみたが、私個人的にはこれで収まりがついた訳では決してない。最終的な感想を次回の記事に記すことにする。
2007/05/15のBlog
[ 23:26 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
非常に遺憾なことであるが、憲法改憲手続きを定める国民投票法案が5月14日、自民・公明与党の賛成多数で参議院本会議で可決、当法案はこの日成立と相成った。
そこで、すっかり恒例となった新聞各紙がこの”事件”をどのように報道しているかを吟味し、そしてランク付けを行ってみたい思う。
私個人的には、今回の国民投票法はあまりにも無残な、”穴だらけ”の法、つまりは”ざる法”の亜流とみなしている。
そんなこともあり、先ずは新聞各紙の報道を観察し、この国民投票法とは何たるかを理解したいと考えている。
なぜならば、これが国民投票法案改正の第1歩となるからでる。
そう、私はこの悪法を早速改正すべきと考えている。成立したらそれでおしまい、という態度はあまりもおかしいのではないか?そこが日本人の悪いところだと思う。
悪法は改正すればいいのです!
今回のランキングの対象となる新聞は前回同様、「朝日新聞」「読売新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞社」「東京新聞」「産経新聞」の6紙、日付は全紙、国民投票法成立翌日の5月15日である。
ただ、時間と労力の都合上、先ずは上位3紙を発表したいと思う。
さあ、それではいってみましょう!
【第1位】 東京新聞
■1面
:「国民投票、最短で2011年 任期中改憲 公・民協力は不透明」
■社説
:「国民投票 ぎらつく「改憲ありき』」
■その他の記事(特集など)
・「憲法 解かれた封印 対談 船田元×枝野幸男」
<所感>
今回、非常に力強い紙面を作り、そして国民投票法の核心に最も迫った新聞であろう。
特に”社説”が秀逸。付帯決議が18件もある”歪んだ”事実を、まず「前文」としてドンと据えるあたり、今回の国民投票法の”胡散臭さ”、”脆弱性”といったポイントを見事に突いている。そして、公述人の意見がまともに採用された形跡もない「結論ありき」だった今回の法案。さらに、安倍首相の、目先の参院選へ、政権の実績をアピールする思惑が露呈している点を厳しく指摘している。
また、法案成立に伴う、与野党のキーマンとなった「船田元」「枝野幸男」両氏のインタビュー「憲法 解かれた封印」も、大きな写真と共にインパクトのある記事となった。国家権力の横暴を抑えている現憲法に対し、国民の責務を盛り込む議論を進めていきたいとする船田氏に対し、そもそも安倍首相は立憲主義の何たるかを理解していない。立憲主義の基本を理解するという共通の土俵に立ってくれなければ、議論のしようもないとする枝野氏。写真の向こう側から、枝野氏は我々を睨みつける。
【第2位】 毎日新聞
■1面
:「国民投票法成立 『凍結3年間』-改憲論議の焦点」
■社説
:「論憲をいっそう深めよう 分からぬことが多過ぎる」
■その他の記事(特集など)
・「国民投票法成立 不透明な改憲路線」
<所感>
今度の”国民投票法”とやらは、一体何ぞや?さっぱり分からんわ!安倍晋三って何考えとんの?
-そんな国民の声を代弁する紙面づくりだ。確かに、今回成立した国民投票法はおかしなところばかり目に付く。
まず、施行まで3年もあるというのに、この「凍結期間中」何を議論するか、さっぱり決まっていない。公明党も3年後には改憲案をまとめると言いつつ、そのまま憲法審査会に反映させるのは困難だともいう(結局何もしないのだろうか?)
さらに、安倍首相が指向する「改憲」と「解釈変更」の二兎を追う手法は矛盾があるとの指摘も。「憲法解釈がその時々の内閣で揺らいではいけない。まず憲法改正をすべき」と主張する山崎拓前副総裁に対し、中曽根元首相は国民の信を問うために衆議院解散を唱える。そんな中で、当の安倍首相はこの3年間に何を画策しているのか、手の内を明かにしてはいないのだ。
【第3位】 朝日新聞
■1面
:「国民投票法成立 安倍路線加速 改憲掲げ参院選へ強気」
■社説
:「投票法成立 『さあ改憲』とはいかぬ」
■その他の記事(特集など)
・「改憲 そろわぬ歩調 公明は9条より環境権」
<所感>
朝日新聞にしては珍しい淡白な内容である。
ただ、安倍首相の強気な面は、しっかり前面に打ち出してきた。憲法改正を在任中の政治的スケジュールに乗せることに、彼は意欲満々である。集団的自衛権研究のスケジュールでも、彼は強気の姿勢は崩さない。これを「国会開会中に開きたい」のだそうだ!この研究会は18日に開催が決まってしまった。
このように、国民投票法成立を受けて、安倍首相は7月の参院選で改憲を問う姿勢をますます強めている。もちろん、改憲の中身は9条を変えることにある。
自民党案の9条部分を紹介しよう。
《9条2項の戦力不保持や交戦権否認の規定は削除され、代わりに「わが国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」》
なんとも過激な内容である。つまり、現在の自衛隊ではなく、普通の軍隊を持つというのだ。これは、イラク戦争でアメリカの同盟国として最前線に立ったイギリス軍と同じになる可能性を内に秘めている。これが「戦後レジームからの脱却」というのだから笑わせるではないか!
その一方で、公明党は、9条の改正は今のところ考えていない(ようにも見える)彼らの主張するところは「環境権」や「プライバシー権」の追加といったところである。
このような中で、9条問題が議題に上れば自民・公明の足並みが乱れる事必死である。以外にもろい与党の結束である。
しかし、本当に警戒すべきは公明党かもしれない。本気で9条を改正したいのなら、まずは無難な法案から手をつけるのが定石だからだ。不気味な存在。
2007/05/13のBlog
[ 16:38 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
「国民投票法案 14日成立」
《憲法改正の手続きを定める国民投票法案の与党案が、11日参院憲法調査特別委員会で採決され、与党の賛成多数で可決した。民主党など野党は反対した。参院審議では、最低投票制度の創設の是非などが論点になったが、与党は修正せずに採決に踏み切った。同特別委で答弁した安倍首相は、9条の改正を盛り込んだ自民党草案に基づく改憲を参院選で訴えていく考えを示した。同法案は14日の参院本会議で成立する。》
~朝日新聞 2007年5月12日朝刊~
非常に残念なことではあるが、国民投票法案がいよいよ週明け14日に成立する見通しとなった。戦後60年を迎え、あまりにも不幸で、無残な出発であると言うほかない。
今回の法案成立の過程では、内閣総理大臣・安倍晋三という人間の本性を、まざまざと我々国民に見せつけている。
「~衆議院~ 数の力で野党を押し切る強行採決」
4月12日の午後6時過ぎ、中山太郎・衆議院憲法調査特別委員長の元に野党議員が猛烈な勢いで突進し、与党修正案の強行採決を阻止せんと試みる。
しかし、怒号と罵声が飛び交う中、中山委員長はマイクを握り締め、与党による賛成多数での与党修正案可決を宣言した。
「~参議院~ 野党を懐柔する与党、それに乗る野党」
衆議院での過激なまでの強行採決とは裏腹に、参議院憲法調査特別委員会ではあっけない幕切れとなった。
朝日新聞の野党反対の記載は、特に民主党においては、あくまでも形式的なものだった。というのも、民主党は2つの確約を与党より取りつけていたからだ。
1つ目は、締めくくり総括質疑に安倍首相が出席し質問に答えること。2つ目は、法案採決に際しての付帯決議を行うことである。
ただ、法案が参院を通過してしまった今、総括質疑は儀礼的な意味しか持ち合わせておらず、さらに、2つ目の付帯決議においては法的な拘束力すら持たない・・・。
時には広域暴力団のごとく、数にものをいわせ”力”によって強行に採決を行い、また時には詐欺師のごとく巧みに相手を丸め込み(丸め込まれる方も問題だが)、いつの間にか採決が行われてしまう。
2000年、国会に憲法調査会が設置されて以来、自民・公明・民主の議論の数々は、互いの政治的思惑を絡めぬよう配慮しつつ、公正なルール作りを模索してきた経緯がある。しかし、残念ながらこの7年にも及んだ3党の協力体制が、音を立てて崩れ去ってしまった。
これらはひとえに、衆参両院の理不尽な法案採決と、安倍首相が憲法改正問題を夏の参院選の争点にすり替えてしまったことによるものだ。この動きが野党を硬直化させ、憲法調査会崩壊に見られるように、与野党の強調バランスを踏みにじる結果となったのである。こんな安倍首相の行動を後押しする原動力とは、一体何のだろう?
それは紛れもなく、祖父から引き継いだ「改憲DNA」である。
そして、その祖父とは無論、”昭和の妖怪”岸信介である。
1947年5月3日に施行された日本国憲法は、徹底した平和主義憲法であり、特に第9条において「戦争・武力の行使を放棄」「戦力の不保持」「交戦権の拒否」を宣言しているのは周知の事実である。
しかし、東西の冷戦問題、朝鮮戦争の勃発により、アメリカは日本の位置づけについて方針を転換、日本を再軍備を求めるようになった。当時の吉田茂首相はこの状況に苦慮しつつ警察予備隊、保安隊、そしてついには「自衛隊」までをも発足させてしまう。
野党からの自衛隊を巡る厳しい追求の中、「自衛隊とは戦力に至らしめない軍隊」と答弁。この苦しい難局をかろうじてかわす日々であった。
そのような状況下のもと、軍隊を持てるよう憲法で明記すべきと改憲論を唱えた岸信介らは、改憲に必要な3分の2以上の議席を確保するため、当時の「自由党」と「日本民主党」の2大保守政党の合併を画策、1955年に「自由民主党」を結成する(これが俗にいう”55年体制”である)
そして1957年、岸信介は内閣総理大臣に就任する。
当時、岸とマッカーサー・アメリカ駐日大使との間では、こんな会話が交わされている。
「安保条約を改定することで世論をつかめば、選挙に勝つことができ、憲法改正ができる」
~マッカーサー駐日大使からアメリカ本国政府へ送った会談記録(抜粋)~
《岸の総理大臣在任中の最大の事項は、日米安全保障条約・新条約の調印・批准と、それを巡る安保闘争である。1960年(昭和35年)1月に全権団を率いて訪米した岸は、アイゼンハワー大統領と会談し、新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意する。
しかし、帰国後の新条約の承認をめぐる国会審議は、安保廃棄を掲げる社会党の抵抗により紛糾。5月19日には日本社会党議員を国会会議場に入れないようにして新条約案を強行採決するが、国会外での安保闘争も次第に激化の一途をたどる。
警察と右翼の支援団体だけではデモ隊を抑えられないと判断し、児玉誉士夫を頼り、自民党内の「アイク歓迎実行委員会」委員長の橋本登美三郎を使者に立て、暗黒街の親分衆の会合に派遣。錦政会会長稲川角二、住吉会会長磧上義光やテキヤ大連合のリーダー尾津喜之助ら全員が手を貸すことに合意。さらに三つの右翼連合組織にも行動部隊になるよう要請。ひとつは岸自身が1958年に組織した木村篤太郎率いる新日本協議会、右翼とヤクザで構成された全日本愛国者団体会議、戦時中の超国家主義者もいる日本郷友会である。
Far Eastern Economic Review誌によると「博徒、暴力団、恐喝屋、テキヤ、暗黒街のリーダー達を説得し、アイゼンハワーの安全を守るため『効果的な反対勢力』を組織した。最終計画によると1万8千人の博徒、1万人のテキヤ、1万人の旧軍人と右翼宗教団体会員の動員が必要であった。彼らは政府提供のヘリコプター、セスナ機、トラック、車両、食料、司令部や救急隊の支援を受け、さらに約8億円(約230万ドル)の『活動資金』が支給されていた。」と書かれている。
連日デモ隊に包囲され、6月10日には大統領来日の準備をするために来日した特使、ハガティ新聞係秘書(大統領報道官)が羽田で群衆に包囲されてヘリコプターで救出され避難する騒ぎに。
6月15日には、ヤクザと右翼団体がデモ隊を襲撃して多くの重傷者を出し、国会構内では警官隊との衝突により、デモに参加していた東京大学学生樺美智子の死亡事件が発生する。こうした政府の強硬な姿勢を受けて、反安保闘争は次第に反政府・反米闘争の色合いを濃くしていった。
岸は、「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである」(サイレント・マジョリティ発言)と沈静化を図るが、東久邇・片山・石橋の三人の元首相が岸に退陣勧告をするに及んで事態は更に深刻化し、遂にはアイゼンハワー米大統領の訪日を中止せざるを得ない状況となった。
1960年(昭和35年)6月15日と18日には、岸から自衛隊の治安出動を打診された防衛庁長官・赤城宗徳はこれを拒否。安保反対のデモが続く中、一時は首相官邸で実弟の佐藤栄作と死を覚悟する所まで追いつめられたが、6月18日深夜、条約の自然成立。6月21日には批准、天皇が調印した。
「私のやったことは歴史が判断してくれる」の一言を残し、新安保条約の批准書交換の日の1960年6月23日、混乱の責任をとる形で岸内閣は総辞職した。辞任直前には暴漢に襲われ、瀕死の重傷を負っている。
総理大臣在任期間は、歴代首相中8位となる3年を超える(2004年4月1日現在)。》
~フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』~
岸信介とは暗黒世界との共存をも厭わない、ある種の”鈍感力”を持ち合わせた危険な政治家であった(ここで政治家と言い切って良いものか、個人的には複雑な思いだ)これが、彼を”昭和の妖怪”たらしめていたのだか、そんな、岸を敬愛しているのが、紛れもなく安倍首相であり、彼は岸信介のDNAを受け継いでいること、これを我々は忘れてはならないだろう。
最後に、安倍首相の著書から、安保闘争当時の記載を一部紹介する。
《子供だったわたしたちには、遠くからのデモ隊の声が、どこか祭りの囃子(はやし)のように聞こえたものだ。祖父や父を前に、ふざけて「アンポ、ハンタイ、アンポ、ハンタイ」と足踏みすると、父や母は「アンポ、サンセイ、といいなさい」と、冗談交じりにたしなめた。祖父は、それをニコニコしながら、愉快そうに見ているだけだった。
わたしは、祖父に「アンポって、なあに」と聞いた。すると祖父が、
「安保条約というのは、日本をアメリカに守ってもらうための条約だ。なんでみんな反対するのかわからないよ」
そう答えたのをかすかに覚えている。》
~安倍晋三「美しい国へ」~
2007/05/12のBlog
[ 10:35 ]
[ 【番外編】 ]
[関連したBlog]
私の拙プログの記事「負けるな!小田実 ~ツナミンさんへの個人的な手紙~」について、warmgunさんのからコメントを引用する。
>ぼくがブログを書いている意味は、瞬間のフィーリングを貴重とするからである。
>まさに君のこの文章には歴史性を感じる。
>君の小田実に対する感じ方には違和感がある。
>しかもこの文章にはぼくが関心があるふたりの人物の名がある。
>瀬戸内寂聴と岸恵子である。
コメントとでもおっしゃているように、warmgunさんのプログは「瞬間のフィーリングを貴重とする」ものであることは、私も常日頃から感じている。音楽で例えるのならば、やはりJAZZ的であると言えるだろう。
一方、私のプログは音楽で例えるなら、それはテクノポップである。先ず最初に譜面、もしくは構想ありきなのだ。それをベースに機材を集め、音作りをし、最終的に(仮にそれが拙いものであっても)自分の楽曲へと構成してゆく。
これは優劣の問題ではない、「手法」の問題である。そして、テクノ的文章を紡ぎだす私が、JAZZ的な文章を解放するwarmgunさんのプログを「尊し」としている点、このアンチテーゼこそがプログの”妙”であり、warmgunさんはこれを「君とぼくのいる状況には目もくらむような差異があるのだが、互いの言葉に感応しうるのは(大げさにいえば)奇跡である。」と過去に表現している。
私も同感だ。「緩やかな連帯」を感じるのは、こんな瞬間においてである。
岸恵子と瀬戸内寂聴の話に移りたい。
実を言うと、この二人については、warmgunさんが確実に反応してくるだろうと思った(笑)(全体を通し、予想外にそれは大きかったのだが<苦笑>)
石原慎太郎とその周辺は実に発想が貧困である。今彼が絡んでいる映画は、考えるまでもなく「父親たちの星条旗」や「硫黄島からの手紙」の二番煎じを狙っている。この二つの作品は、内容の良し悪しは別にしても、何かを考えさせ、語るに足る要素を我々に投げかけてくる。
そんな知的エッセンスを石原氏も欲しいのだろう。実に下品な態度だ。そんな映画に出演してしまった、また私が個人的にファンでもある、岸恵子は私個人の評価を下げ、「俗な」女優に成り下がってしまったことは否定できない(だろーな)
がしかし、今回は大目に見よう。見なかったことにする(というか、そうさせて!)
次に瀬戸内寂聴である。彼女については、私はどちらかというとアンチである。出家する前の作品の方がはるかに良いのではないか?女としての欲望を棄てきれない、なにか悶々とした”業”のようなものが、彼女を作家たらしめていた気がするからだ。
この人は出家してからおかしくなった。出家していながら、これほどメディアに登場する人間も珍しい。たしかこの前は天皇主催の園遊会にも顔を出していたはず。彼女の立ち位置とは一体どこにあるのだろう。彼女は「単なる」”業”の固まりに変化(へんげ)してしまったようだ。しかも、本人自身それに気がついていないと思われる。これでは仏様も救いようがない。
がしかし、これも大目に見よう。見なかったことにする(というか、そうさせて!)
ここで小田実である。
私は例の記事を、私「らしくない」手法、つまり「瞬間のフィーリング」で書いたのです。
「しょーじき」に言うと、私はこの人について詳しくは知らないのではなく、全く知らないのである(もちろん、名前は存じています)
偶然にも目にした東京新聞の「筆洗」。もはや命つきるであろう小田氏の現実に、瀬戸内寂聴は絶句し「泣く」のである。このヤマ場に至るまでの文章の展開に、私のフィーリングが見事に反応してしまった。この「筆洗」は誰が筆をとっているか知らないが、私は極めて映像的で、心の琴線に触れる、いい文章だなあと感じたのである。そこでの瀬戸内寂聴は私がアンチであろうが、それは問題ではない。
だから、小田実氏についてフィーリングのおもむくまま書こうと思った。そして、20年も前に出版された「わが家の夕めし」に小田実氏が載っていたことを思い出す(こういう事はボクの得意技よね)
つまり、余命いくばくもない(だろう)小田実氏に、私個人的な歴史のエッセンスを加え、そして、小田実氏を敬愛するツナミンさんに「こんな記事がありましたよ」と伝えたかったのである。そういう意味では、岸恵子や瀬戸内寂聴や、そして小田実の個人的・世間的評価がどうであろうと、それはその瞬間において、敢えて問題にしたくなかったのである。
だから、あの記事は「ツナミンさんへの個人的な手紙」なのです。これから読むであろう、ツナミンさんに、評価と感覚の一切合財を委ねているわけですね。本人が感じるように感じてもらえれば、それでいいのです。
そして、「これも」私から「warmgunさんへの個人的な手紙」です。
もちろん、評価と感覚の一切合財をwarmgunさんに委ねているわけです(微笑)
私の拙プログの記事「負けるな!小田実 ~ツナミンさんへの個人的な手紙~」について、warmgunさんのからコメントを引用する。
>ぼくがブログを書いている意味は、瞬間のフィーリングを貴重とするからである。
>まさに君のこの文章には歴史性を感じる。
>君の小田実に対する感じ方には違和感がある。
>しかもこの文章にはぼくが関心があるふたりの人物の名がある。
>瀬戸内寂聴と岸恵子である。
コメントとでもおっしゃているように、warmgunさんのプログは「瞬間のフィーリングを貴重とする」ものであることは、私も常日頃から感じている。音楽で例えるのならば、やはりJAZZ的であると言えるだろう。
一方、私のプログは音楽で例えるなら、それはテクノポップである。先ず最初に譜面、もしくは構想ありきなのだ。それをベースに機材を集め、音作りをし、最終的に(仮にそれが拙いものであっても)自分の楽曲へと構成してゆく。
これは優劣の問題ではない、「手法」の問題である。そして、テクノ的文章を紡ぎだす私が、JAZZ的な文章を解放するwarmgunさんのプログを「尊し」としている点、このアンチテーゼこそがプログの”妙”であり、warmgunさんはこれを「君とぼくのいる状況には目もくらむような差異があるのだが、互いの言葉に感応しうるのは(大げさにいえば)奇跡である。」と過去に表現している。
私も同感だ。「緩やかな連帯」を感じるのは、こんな瞬間においてである。
岸恵子と瀬戸内寂聴の話に移りたい。
実を言うと、この二人については、warmgunさんが確実に反応してくるだろうと思った(笑)(全体を通し、予想外にそれは大きかったのだが<苦笑>)
石原慎太郎とその周辺は実に発想が貧困である。今彼が絡んでいる映画は、考えるまでもなく「父親たちの星条旗」や「硫黄島からの手紙」の二番煎じを狙っている。この二つの作品は、内容の良し悪しは別にしても、何かを考えさせ、語るに足る要素を我々に投げかけてくる。
そんな知的エッセンスを石原氏も欲しいのだろう。実に下品な態度だ。そんな映画に出演してしまった、また私が個人的にファンでもある、岸恵子は私個人の評価を下げ、「俗な」女優に成り下がってしまったことは否定できない(だろーな)
がしかし、今回は大目に見よう。見なかったことにする(というか、そうさせて!)
次に瀬戸内寂聴である。彼女については、私はどちらかというとアンチである。出家する前の作品の方がはるかに良いのではないか?女としての欲望を棄てきれない、なにか悶々とした”業”のようなものが、彼女を作家たらしめていた気がするからだ。
この人は出家してからおかしくなった。出家していながら、これほどメディアに登場する人間も珍しい。たしかこの前は天皇主催の園遊会にも顔を出していたはず。彼女の立ち位置とは一体どこにあるのだろう。彼女は「単なる」”業”の固まりに変化(へんげ)してしまったようだ。しかも、本人自身それに気がついていないと思われる。これでは仏様も救いようがない。
がしかし、これも大目に見よう。見なかったことにする(というか、そうさせて!)
ここで小田実である。
私は例の記事を、私「らしくない」手法、つまり「瞬間のフィーリング」で書いたのです。
「しょーじき」に言うと、私はこの人について詳しくは知らないのではなく、全く知らないのである(もちろん、名前は存じています)
偶然にも目にした東京新聞の「筆洗」。もはや命つきるであろう小田氏の現実に、瀬戸内寂聴は絶句し「泣く」のである。このヤマ場に至るまでの文章の展開に、私のフィーリングが見事に反応してしまった。この「筆洗」は誰が筆をとっているか知らないが、私は極めて映像的で、心の琴線に触れる、いい文章だなあと感じたのである。そこでの瀬戸内寂聴は私がアンチであろうが、それは問題ではない。
だから、小田実氏についてフィーリングのおもむくまま書こうと思った。そして、20年も前に出版された「わが家の夕めし」に小田実氏が載っていたことを思い出す(こういう事はボクの得意技よね)
つまり、余命いくばくもない(だろう)小田実氏に、私個人的な歴史のエッセンスを加え、そして、小田実氏を敬愛するツナミンさんに「こんな記事がありましたよ」と伝えたかったのである。そういう意味では、岸恵子や瀬戸内寂聴や、そして小田実の個人的・世間的評価がどうであろうと、それはその瞬間において、敢えて問題にしたくなかったのである。
だから、あの記事は「ツナミンさんへの個人的な手紙」なのです。これから読むであろう、ツナミンさんに、評価と感覚の一切合財を委ねているわけですね。本人が感じるように感じてもらえれば、それでいいのです。
そして、「これも」私から「warmgunさんへの個人的な手紙」です。
もちろん、評価と感覚の一切合財をwarmgunさんに委ねているわけです(微笑)
[ 00:27 ]
[ 【番外編】 ]
[関連したBlog]
「若者たちと貧しき品」
《代々木ゼミナールで講義をし、代々木ゼミナールの世田谷寮では寮の一部屋に住んで若者を監督することになっているが、監督というのはおこがましく、実際は若者たちと共棲している。寮の食堂で生徒たちと一緒に、あるいは夜遅く一人で夕めしを食べながら、彼らのおしゃべりを聞いていると、現代の若者が何を考えているかがわかって興味深い。
(中略)彼らの生活ぶりを見ていると、いぜんとして日本は貧しいと思う。彼らは、かなり裕福な中産階級の子弟なのに、その彼らでさえ食生活はもちろん、生活は貧しい。寮ではクリスマスと誕生日パーティーのときだけ豪華な夕めしが出る。豪華といってもトリの足一本、サンドイッチ、ケーキ、くだものが出るだけだが、トリの足一本が彼らにとってなつかしいものになっている。寮を出たあともトリの足が出るときは呼んでくださいという生徒もあった。》
~ わが家の夕めし アサヒグラフ編 ~
これは昭和44年4月11日、アサヒグラフ「わが家の夕めし」に掲載された記事からの抜粋である。
代々木ゼミの寮長、諸橋実氏と共に夕めしを食する小田実氏は、当時36歳ほどであろう。写真を見る限りさすがに若い。当時彼は予備校の講師として、代々木ゼミナールで英語を教えていたのである。ちなみに、その頃の私は2歳にも満たない赤子である。そして、オヤジと呼ばれる齢い達したこの私が今、ゆで卵を大口をあけて食べている小田氏の写真に接すると、つくづく”歴史”というものを感じてしまう。
小田実氏はその後、作家活動のほか、ベ平連での活動、KGB,北朝鮮との関係も取り沙汰されたが、とにもかくにも”激動の人生”であったことは間違いない。
そんな彼が重い病を自ら告白したのは、つい先日のことだ。
病名は末期の胃癌。
これが彼に課せられた最後の十字架なのか・・・。
5月11日、東京新聞「筆洗」から引用する。
大型連休中、本紙の文化面に月一回連載されている瀬戸内寂聴さんのエッセー「あしたの夢」を読んで驚いた。
>「小田実さんとの仲」というタイトルで、この時代の思想的ヒーローとの半世紀に及ぶ付き合いを軽妙につづる。若い知的な女性にモテモテだったという小田さんにさもありなん、女優の岸恵子さんとのエピソードには笑ってしまった。
>文学好きで読書家だった岸さんが、小田さんの本を読んで感激、わざわざ徳島まで、病院に入院中だった小田さんを訪ね、いかに感激したかを熱っぽく伝えた。一時間ほどいて暇をつげる岸さんに、ベッドの小田さんが言ったとか。「ところで、あなたはどなたですか」
>瀬戸内さんのエッセーは最後に「小田実から長いファックスが届いた・・・」という一文で結ばれる。小田さんは胃がんの宣告を受けたという。あわてて電話をいれると、小田さんは「もう手遅れと医者はいうんや。もっと生きたいよう、死にとうないわ。寂聴さん、元気になるお経あげてや」。声は明るく冗談めいていたが、瀬戸内さんは絶句して泣いた。
>小田さんが七日、都内の病院に入院した。手術はせず化学療法を受けるという。鶴見俊輔さんは小田さんとの出会いを「浜辺を歩いていたら、ビンが転がっていた。好奇心でふたを開けたら、もくもくと煙が上がって巨人が出てきた」と例える。
>十年前の本紙文化面連載『西方ニ異説アリ』を担当した。判じ物のような悪筆を解読、活字に起こすのを毎月楽しんでいた。この稀代の運動家の再起を願ってやまない。
私は小田実氏について、詳しくは知らない。ただ、ツナミンさんの氏への思い入れに感じるものがあった。故に、これは私からツナミンさんへの個人的な手紙である。
「負けるな!小田実」
「若者たちと貧しき品」
《代々木ゼミナールで講義をし、代々木ゼミナールの世田谷寮では寮の一部屋に住んで若者を監督することになっているが、監督というのはおこがましく、実際は若者たちと共棲している。寮の食堂で生徒たちと一緒に、あるいは夜遅く一人で夕めしを食べながら、彼らのおしゃべりを聞いていると、現代の若者が何を考えているかがわかって興味深い。
(中略)彼らの生活ぶりを見ていると、いぜんとして日本は貧しいと思う。彼らは、かなり裕福な中産階級の子弟なのに、その彼らでさえ食生活はもちろん、生活は貧しい。寮ではクリスマスと誕生日パーティーのときだけ豪華な夕めしが出る。豪華といってもトリの足一本、サンドイッチ、ケーキ、くだものが出るだけだが、トリの足一本が彼らにとってなつかしいものになっている。寮を出たあともトリの足が出るときは呼んでくださいという生徒もあった。》
~ わが家の夕めし アサヒグラフ編 ~
これは昭和44年4月11日、アサヒグラフ「わが家の夕めし」に掲載された記事からの抜粋である。
代々木ゼミの寮長、諸橋実氏と共に夕めしを食する小田実氏は、当時36歳ほどであろう。写真を見る限りさすがに若い。当時彼は予備校の講師として、代々木ゼミナールで英語を教えていたのである。ちなみに、その頃の私は2歳にも満たない赤子である。そして、オヤジと呼ばれる齢い達したこの私が今、ゆで卵を大口をあけて食べている小田氏の写真に接すると、つくづく”歴史”というものを感じてしまう。
小田実氏はその後、作家活動のほか、ベ平連での活動、KGB,北朝鮮との関係も取り沙汰されたが、とにもかくにも”激動の人生”であったことは間違いない。
そんな彼が重い病を自ら告白したのは、つい先日のことだ。
病名は末期の胃癌。
これが彼に課せられた最後の十字架なのか・・・。
5月11日、東京新聞「筆洗」から引用する。
大型連休中、本紙の文化面に月一回連載されている瀬戸内寂聴さんのエッセー「あしたの夢」を読んで驚いた。
>「小田実さんとの仲」というタイトルで、この時代の思想的ヒーローとの半世紀に及ぶ付き合いを軽妙につづる。若い知的な女性にモテモテだったという小田さんにさもありなん、女優の岸恵子さんとのエピソードには笑ってしまった。
>文学好きで読書家だった岸さんが、小田さんの本を読んで感激、わざわざ徳島まで、病院に入院中だった小田さんを訪ね、いかに感激したかを熱っぽく伝えた。一時間ほどいて暇をつげる岸さんに、ベッドの小田さんが言ったとか。「ところで、あなたはどなたですか」
>瀬戸内さんのエッセーは最後に「小田実から長いファックスが届いた・・・」という一文で結ばれる。小田さんは胃がんの宣告を受けたという。あわてて電話をいれると、小田さんは「もう手遅れと医者はいうんや。もっと生きたいよう、死にとうないわ。寂聴さん、元気になるお経あげてや」。声は明るく冗談めいていたが、瀬戸内さんは絶句して泣いた。
>小田さんが七日、都内の病院に入院した。手術はせず化学療法を受けるという。鶴見俊輔さんは小田さんとの出会いを「浜辺を歩いていたら、ビンが転がっていた。好奇心でふたを開けたら、もくもくと煙が上がって巨人が出てきた」と例える。
>十年前の本紙文化面連載『西方ニ異説アリ』を担当した。判じ物のような悪筆を解読、活字に起こすのを毎月楽しんでいた。この稀代の運動家の再起を願ってやまない。
私は小田実氏について、詳しくは知らない。ただ、ツナミンさんの氏への思い入れに感じるものがあった。故に、これは私からツナミンさんへの個人的な手紙である。
「負けるな!小田実」
2007/05/08のBlog
[ 23:56 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
5月8日の朝日新聞・文化面。
『日本文化貫く「今=ここ」 加藤周一さん新著で「部分主義」分析』の話をする。
氏の指摘する「部分主義」に注目したい。一部引用する。
《評論家の加藤周一さんの新著、『日本文化における時間と空間』(岩波書店)が刊行された。過去から現在までの日本文化を鷲掴みにし、その特色を「今=ここ」を重視する部分主義にあると、難解ではなく説得的に分析する。》
《取りだした特色は次の二つ。時間的には、「過去」「未来」ではなく「今」にこだわる。「明日は明日の風がふく」だ。空間的には、「彼方」でなく「ここ」、共同体でいえば「外」より「内」だ。
「この二つの強い傾向は、次元の違う別々のものではないかという批判や疑問は当然出て来るでしょう。」
行き着いたのが「部分主義」だった。「今」は歴史的時間軸の「全体」からみれば「部分」。全世界からみれば「ここ」は「部分」。部分へのこだわりが、「今=ここ」主義を生んだと結論づける。》
加藤氏はこの「部分主義」に対し、善悪両面性を指摘する。
善の例としては、世界的な建築遺産、桂離宮を挙げた。桂離宮こそ部分を極めつくした日本の芸術作品であるという。
一方、悪については日本の外交である。「世界的な秩序や外部の論理といった全体を見渡すことが苦手で、普遍的な思想を生みだすことや、外交交渉はうまくない」
氏の評価は厳しい。
『日本文化における時間と空間』の刊行に先立ち、「論座 6月号」では憲法学者・樋口陽一氏との対談においても、加藤氏はこの「部分主義」について鋭い持論を展開している。
《無数の現在が同じ価値で並んでいて、今が一番大事。過去も未来もないから、現在が一番大事になります。現在は短くなったり、長く伸びたりするゴムみたいなもので、この1年が現在にもなるし、たった1時間が現在になる場合もあって、その前後の出来事を語ることはできるが、時間の全体を構造化して考えることはできない。これはさっき言った、部分を重視する傾向の一つの表現だと考えることもできますね。
そして、瞬間、現在を重んじる文化というものは同時に、感覚を重んじる文化なんですね。未来はまだ来ていないから感覚できない、過去はもう過ぎ去っちゃったんだから感覚できない。感覚に直接訴えることができるのは現在だけです。だから、日本文化は過去を「水に流す」ことができるのです。》
~『論座 2007年6月号 対談 加藤周一×樋口陽一 「私たちはまだ、自由を手にしていない-言語の混乱と鈍感に抗して」』~
時間の全体を構造化して考えること、つまりは歴史を俯瞰的な視点でみることの苦手な日本人。その典型的ともいえる発言を、つい最近我々は耳にしたはずだ。
「従軍慰安婦の問題は過去の話だ。拉致の話は今の話だ。だから関係ない。」
今さら説明するまでもなく、これは安倍首相の発言である。現在の事象を踏まえ、さらに過去の歴史を理解する俯瞰的な視点を持ち得ない、幼稚な感性のリーダーに果たして問題解決能力が備わっていると言えるだろうか?彼が従軍慰安婦問題、拉致問題に一定のけじめをつけられるかどうか?非常に疑問である。
問題はこれにとどまらず、当然改憲問題、つまり9条問題にも及んでくるはずだ。この「論座」における二人の対談はまことに興味深い。
9条問題は日本国内の問題であり国内の問題ではない。東アジア諸国にとっては、北朝鮮が日本やその他地域を攻撃することを脅威とはみなしていない。彼らが感じる最大の脅威とは、日本が再武装し、東アジアのどこかの国で軍隊を動かすことだというのだ。
なぜならば、日本がかつてその軍事力を行使し悲惨な惨禍引き起こしたことを、あたかも遠い過去のように、もはや忘れてしまったかのように、決して認めたがらないことを肌身に感じているからである。アジアの人々にとって、それらは決して「水に流すことのできない」問題なのである。
そして、そんなアジア諸国の人々に説明・説得する努力を、日本は全くしていないのだ(様々な詭弁は弄しているようだが)
安倍首相は改憲問題については、何よりもアジア諸国のコンセンサスが必要なのではないだろうか。それをないがしろにし、改憲を推し進めることは必ずやアジア諸国との間に緊張感をもたらすこと必死である。靖国に供物奉納している場合ではないのだ。
加藤周一、樋口陽一の両氏は、改憲については現在の政治家たち、要するに安倍政権には「頼まない」立場をとるそうだ。
私も両氏に同調したいと考えている。
2007/05/07のBlog
[ 23:22 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
「王とは”神”から権力を授かった絶対的な存在である。」
かつてのヨーロッパでは、そのような考えが支配する時代があった。いわゆる「王権神授説」の時代である。
その後、市民革命が各地で起こり、人々は自由と平等を手にすることができた。ただ、そんな市民を野放しにしておいては社会秩序が保てないのだが、それ以上に、国家権力が絶大になると市民の権利が侵害されてしまう。
よって、「憲法」という縛りを作る事により、国家の暴走を防ぐ必要がある。
-これが「近代立憲主義」という考え方だ。
近代立憲主義においては、法律とは統治権力から市民への命令で、市民にとっての義務規定である。一方、憲法は市民から統治権力への命令で、統治権力にとっての義務規定である。
つまり、憲法とは「国家」に対する「国民からの命令」なのであり、統制されるべきは社会や市民ではなく、国家という政治権力なのである!
時の為政者、安倍首相はどうであろか?
問題だらけの国民投票法により、憲法9条を改悪し、「戦後レジームからの脱却」どころか、アメリカの一時的なご都合に同調し、「戦前レジームへの回帰」を目指していることは、今や誰の眼にも明白である。9条の理念とは「もう、他国を侵略したくない」という国民の叫びの反映ではなかったのか?
ツナミンさんのプログに共鳴する。
《法の精神とは一言でいえば、正義である。
正義は、個人的なものであると同時に、普遍的なものである。いいかえれば、それは、私的なものであると同時に、公的なものである。
たとえば、人間が、自らの権利を主張するということは、もちろん、その人の個人的・私的利益の実現を意味しているが、同時に、それは、普遍的・公的正義の実現をも意味している。
個人の利益の主張が、道理に合わず、普遍性をもたないものである場合には、それは単なるエゴイズム、私利私欲であって、正義とは無縁である。》
~渡辺洋三「法とは何か」~
安倍首相に正義はあるか?
安倍首相の正義とは「美しい国」「愛国心」なのだろう。だが、そのような薄っぺらな正義など、もはや誰も必要としてない。
統治権力・国家権力は、ある意味極めて危険なものである。16世紀ホッブズはこれを「リヴァイアサン」という名で表現した。罪人が社会に解き放たれるよりも、リヴァイアサンが解き放たれるほうがよほど恐ろしいことになる。立憲主義の根幹とはここに存在し、そしてまさに今、安倍首相がリヴァイアサンの恐怖を証明せんとしているのである。
〔日本国憲法第十二条〕 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
十二条は雄弁に物語る。
我々の自由・権利そして幸福は決して向こうからやってくるものではなく、常に追求の対象であり、「不断の努力」により保持しなければならない。
そして、国家権力による侵害のないように不断に監視し、自分の権利の侵害に対して闘うだけでなく、他人の正当な権利のための闘争をも支持しなければならない。
この十二条の精神に基づき、我々市民が「命令」「統制」し、そして「断罪」すべきは、まさに安倍首相本人なのではなかろうか。
私もツナミンさん同様、ここに「安倍内閣の総辞職を要求する!」
2007/05/06のBlog
[ 02:16 ]
[ 国民投票法に始まる改憲問題 ]
1900年、ベルリンギエリ農園で二つの生命が誕生した。
一人は地主アルフレード・ベルリンギエリの二男ジョヴァンニの息子で、祖父の名”アルフレード”を譲り受けた。
もう一人は小作人レオ・ダルコの孫として生まれ、”オルモ”と名づけられた。二人は熱い友情で結ばれ少年期まで共に過ごした。
そして、ある年の夏祭りの夕暮れ、蓄音機をならしダンスに興じる小作人たちを眺めていた祖父ベルリンギエリは、一人納屋で首を吊り自らの命を絶ってしまう。
自身の老いを痛感したからでもあったが、何よりも、その日の夕暮れ、小作人の舞う光景があまりにも美しかったから、とも言える。
~ ベルナルド・ベルトルッチ監督「1900年」より ~
私の妻は口よりも手が先に出る。腕力も私を遥かに凌ぐ。
反面、私は虫一匹殺せないたちだ。万が一、ゴキブリなどが登場したらもうお手上げである。そんな時は決まって”彼女”の出番となる。無言のうちに新聞紙を丸め、力任せに叩きつける。肉体的にも精神的にもタフな人間なのだ。
私にはそろそろ3歳になろうかという娘もいる。娘と言うからには”女”なのだが、これが男以上に手がつけられない。元気過ぎるのだ。体も同年代の子供より、ひと回りは大きい。あらゆる事に首を突っ込み、それを破壊し、疲れというものを知らない。
そんな子供を抱える妻にとっては、日常生活がせめぎ合いの連続である。私が日本の将来を憂い、憲法に関心をもち、それをプログにしたためる事など、彼女にとっては何の意味も持たない。目の前の暮らしこそが、彼女の現実の全てであるからだ。
そんな中で、私がなんとか彼女と伍してこられたのも一重に”弁”のお陰とも言える。私は手よりも口が先に出る。だから、そんな彼女を論破しつつ、まとわりつく娘をさばきつつ、仕事も忙しい中、どうにか時間を見つけては、細々と自身のプログを更新している。
私にとってのプログとは、こんな家族のせめぎ合いの産物なのである。
そんな中にあっても、5月5日は”こどもの日”である。家族サービスの一環で「羽村市動物公園」に出かけてみた。
ここは動物園というよりも、公園の中に動物の檻が点在していると言った方がいいくらい、こじんまりとした市民の憩いの場である。一匹一匹動物を眺めるのに1時間もあれば充分。”動物公園”とはよく言ったものだ。
動物を見物した後はポップコーンをつまみにビールを楽しむ。この”こじんまり感”が実に心地いい。いつもは土日であってもきっと閑散としているに違いないこの公園も、この日ばかりは大変な人出である。思い思いの休日を楽しむ人々、そこにはなんの変哲もない、ただひたすらな平和という時間が流れていた。
私がベルトルッチの「1900年」を思い出したのも、この瞬間においてだ。ヴィットリオ・ストラーロが撮影する映像美とは程遠い、雑多な日常風景ではあるが、そこにはかり知れない”美しさ”が確かに存在していると、私は感じたのだ。
動物公園でみられる名もない地味な日常ではあるが、私を含め庶民的な幸福が、果たしていつまで続くのだろうか。この雑多な”美しさ”に目頭が熱くなる思いだった。
周知の通り、国民投票法に端を発した改憲問題が、今日本を揺るがし始めている。
私たちはいつまでこんな”ささやかな”幸福を過ごすことができるのだろう?
私の子供が将来結婚し、子供をつれて再び動物公園を訪れる時、このような”ささやかな”幸福を感じる世の中であり続けるだろうか?
改憲問題は、私たちひとり一人に大きな課題を突きつけている。みんながそれを認識するのは非常に大切なことではあるが、現実はそのような理想とは程遠い。この日動物公園を訪れた人々の果たして何人が、この問題を憂慮していただろう?ひとり一人の顔をつぶさに観察してみたが、そんな様子など微塵も感じられなかった。
もちろん、日々の生活に追われ、肉体的にも精神的にもタフな私の妻も例外ではない。彼女は国の有事の事など、全く眼中にない。気になるのは、動物公園に来たことで興奮し、すっかり我を失い、もはや予測不能となった娘の一挙手一投足だけだ。
今回、私はこのような人々の無関心さを敢えて批判するつもりはない。1900年でのダンスに興じる小作人。社会の問題とはおよそかけ離れた”美しき”小作人。大衆の本質とは、まさに、この辺にあるのではないだろうか。
大切なのは大衆の上に立つリーダーの立ち振る舞いである。大衆が問題に無関心である以上、このリーダーが土俵際でどれほど踏ん張れるかが、国の行く末を決定する鍵となる。
ヒトラーのような人間であれば大量殺戮を繰り返した挙句、国家を破綻させてしまう。レーニン、スターリンの場合もある意味同様かもしれない。結局社会主義という壮大な国家的実験は儚くも終焉を向かえてしまった。
では、日本の首相安倍晋三氏は如何ほどの人物であろうか?大衆のために土俵際で