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21世紀のリーダー 死活の書
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2007/11/17のBlog
[ 02:07 ] [ 【社会問題】 ]

 サッカーの起源をご存じだろうか。
 たしかイタリア・フィレンツェだったと記憶している。
 黎明期、サッカーはまさに格闘技そのものだった。相手のゴールに入れたボールの数で勝敗を決めるという点では現在のサッカーと変わりはない。ただし、そのための手段は何でも許された。脚で蹴っても、手で投げ入れてもよかった。相手が邪魔なら殴り倒してもよかった。
 試合が始まるとボールを抱えたフォワードはゴールめがけて突進し、デフェンスは味方に立ちはだかる敵に殴りかかる。そこかしこで格闘が繰り広げられ、重傷者はおろか死者さえも出た。フィールドは戦場さながらだ。
 これで観衆が燃えないわけがない。スタンドの観衆も敵味方に分かれ、選手同様殴り合いを始めるのが常だ。
 また、当時からチームは地域単位に結成されていた。当然、あの地域には負けたくないというライバル心を否応なくかき立てた。
 ―なぜ、サッカーではあれほど観衆が熱狂するのか。理由はこのような暴力的な歴史にあるのではあるまいか。サッカーでは選手を始め、観衆にもこのように血が煮えたぎるDNAが代々引き次がれているとしか思えない。

 日本のサッカーを考えてみる。
 言うまでもなく、プロ化以前と以後、つまりJリーグ発足前と発足後とではまるで別世界だ。発足当時、Jリーグの熱狂を見るたび日本にはこんなにたくさんのサッカーファンがいたのかと大変驚いた。サッカーが実業団主体の頃、彼らは一体どうしていたのだろうか?疑問に感じたのを覚えている。
 そして当初のJリーグは華やかで、格好良かった。プロ野球がオヤジ趣味でダサく見えた。このような目新しいことにまんまと乗せられ、当初のJリーグは「にわかファン」で埋め尽くされていたのではあるまいか。
 また、Jリーグが始動し始め、新たに「サポーター」という言葉が市民権を得た。このサポーターについては、Jリーグ当初よりある種の違和感が棄てきれない。
 彼らの異様な熱気はいったい何なのか。
仕事や家族はそっちのけにし、サッカーの応援にかまけている人がたくさんいると思う。一部ではあるが、勝敗を巡り暴力事件を起こしたサポーターもいる。サッカーがプロ化しただけで、こうも人は熱狂的になれるのか?海外のサポーターやフーリガンを見て、サーカーファンとはこうあるべしと勝手に思いこんでいるのだろうか?
 ワールドカップでは観衆は非常に熱狂する。日本人サポーターのワールドカップの熱狂ぶりは、本当にサッカーが好きでワールドカップに興奮してではなく、ワールドカップとはとにかく盛り上がり熱狂するものだから自分達も熱狂している。そんなサポーターが結構多いような気がする。
 なにも海外サポーターの真似事まですることないと思うのだが・・・。

 血に彩られた歴史を持つヨーロッパならいざ知らず、そのようなバックグランドを持たない日本人がこうまでサッカー熱狂するとは、いかに日本人が「根無し草」であるかということを現している。
 これは非常に危険な事だと思う。対象がスポーツなら特に問題はないだろう。しかし、これが一人の危険な独裁者だとしたらどうだろう。もしくは、危険な宗教家でもいい。結果は歴史を紐解けば、答えはいくつでも見つけることができる。
 では、なぜ日本人はこうも流され易くなったのか。原因は戦後の科学的合理精神の教育だ。戦後の教育ではそれまでの反省を踏まえ、理屈で説明できる事のみ教えてきた。精神的な教育は戦前の軍国主義に繋がるとして極力廃止してきた。人として日本人として何が大切かを知る以前に受験戦争、偏差値至上主義に巻き込まれ、何ために勉強しているのか分からない学生たち。彼らは勉強はできても中身は空っぽだ。根無し草なのだ。
 根無し草となり主体を持たない人間のはびこる日本では、危険なカリスマが一人現れるだけでどんでもない方向に転がってしまう危険性を孕んでいる。それが危険な政治家であっても構わない。彼らの詭弁により日本人はいとも容易くあらぬ方向へと流され、全てを受け入れてしまう。これが日本人の国民性でもあり、アキレス腱ではないだろうか。

「乗り越えて」祈り、オシム監督の回復願い

 サッカーの日本代表を率いる指揮官が倒れた。66歳のイビチャ・オシム監督の突然の入院。10年ワールドカップ(W杯)の予選初戦が来年2月に迫る中、日本サッカー協会関係者やサポーターたちは衝撃を受け、回復を祈った。

 「残念な知らせがあります」。日本サッカー協会の川淵三郎会長は悲痛な面持ちで切り出した。

 16日午後4時50分から東京都文京区の協会内で行われた記者会見。川淵会長は目を潤ませながらオシム監督の病状を説明した。

 「最善の治療を受けてほしい。代表チームがどうのこうのより、命を取り留めてほしいと願っております」と声を詰まらせた。

 オシム監督はボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ出身。06年W杯ドイツ大会で日本代表が1次リーグ敗退したあとを受け、ジェフ千葉監督から同年7月に10年W杯を目指す代表監督に就任した。示唆に富んだ味わい深い発言でも知られ、期待が大きかっただけに関係者の衝撃は大きい。

 オシム監督を襲ったのは脳梗塞(こうそく)だ。脳の血管が詰まって神経細胞が壊れ、体のまひや言語・視覚・記憶などに障害が出る。症状の程度により異なるが、一般的にはまず詰まった血の塊を溶かす薬物治療などをし、なるべく早くリハビリ治療に移る。

 野球の日本代表監督だった長嶋茂雄氏も04年3月、同じ病に倒れて入院した。1カ月ほどで退院し、リハビリに励んだが、グラウンドに立って指揮をとるまでには回復せず、同年8月のアテネ五輪は現地入りを断念している。

 熱烈なサッカーファンとして有名なタレントの土田晃之さん(35)は「偉大な指揮官を一時的に失うことになる。日本サッカー界への影響は大きい」と心配する。

 「回復してもすぐに現場に戻ることは難しいだろうが、時間がかかっても、何とか日本サッカー界に戻ってかかわり続けてほしい」

 30年来の友人で同郷・サラエボ出身の歌手ヤドランカ・ストヤコビッチさんも「いつも元気で冗談好きなので、体が疲れていても周りの人には話さなかったと思う」と話す。

 「倒れたと知って本当に悲しいが、彼は強い人。絶対に乗り越えてくれると信じている」
~2007年11月16日 asahi.com~

オシム監督もこんな日本人に業を煮やしてキレてしまったのだろうか?
一日も早い回復を願っている。




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【2007.11.17追記】
サンシン君がサッカーに関する、大変興味深いコメントを寄せてくれた。
本文にも以下に引用する。

 サッカーの起源は二つあり、片方はイギリスでもう片方がイタリア。
 現在世界中で行われているサッカーの起源はイギリス式。それぞれの国での呼称もフットボールが起源になっていますが、イタリアだけはサッカーのことを「カルチョ」って呼んでます。それは起源が違うから。ご指摘の通り、イタリアのサッカーの起源はフィレンツェ。こちらは都市型のスポーツでしたが、イギリスのほうは田舎で盛んに行われていたスポーツでした。

◆アメリカ・カナダ・ニュージーランド・バージン諸島・日本では「サッカー」、イタリアでは「カルチョ」と呼んでいる。これら以外の200近い国と地域は「フットボール」と呼ぶ。北米はアメフトとの差別化のため。

◆Soccerの語源は「Soc(社会化・集う・集まる)」にerを付けたもの。

◆中世ヨーロッパで行われていた「サッカーのような競技」はイギリスのパブリック・スクールでルールが統一(ラグビーとの差別化)がされた。

◆同じ町の別チームが戦う試合は「ダービー」というが、語源はイギリス中部の町「ダービー」で起こった教会(宗派)対立から。現在のダービーは宗教対立、階級対立、起源対立等で非常に燃えます(文字通りw)



2007/11/16のBlog
~我々日本人はまたもこのような詭弁者達に出し抜かれ、騙され、顔面に唾棄されている。
 全ては嘘だった、まやかしだった、ペテンであった。
小泉純一郎は言った。「自衛隊の活動は戦闘地域では行わない」と。
安倍晋三は言った。「自衛隊ではたった一人の死者も出してはいない」と。
 我々はまた彼らにまんまんとやられてしまった。
 当ブログでは以前、江原啓之なるペテン師を取り上げたが、彼らに比べればこの江原何某の言動など、あたかもメルヘンのように思えるではないか!
 我々もそろそろ行動すべき時だろう。もはや猶予ならない差し迫った状況にきていることは明らかだ。
 小泉純一郎を、安倍晋三を、そして愚にもつかぬ日本の政治屋を、一刻も早く断罪せよ!





「海外派遣隊員16人が自殺 インド洋やイラクで任務」

 インド洋やイラクなどへの海外派遣任務に就いた延べ約1万9700人の自衛隊員のうち、16人が在職中に自殺していたことが13日、政府が閣議決定した答弁書で明らかになった。社民党の照屋寛徳氏の質問主意書に対する回答。

 答弁書によると、テロ対策特別措置法に基づきインド洋に派遣された海自隊員は約6年間で延べ約1万900人。イラク復興支援特別措置法に基づく陸、海、空自隊員の派遣人数は約4年間で延べ約8800人に上る。

 このうち在職中の死亡者は計35人で、内訳は海自20人、陸自14人、空自1人。うち自殺者は海自8人、陸自7人、空自1人で、それ以外は病死が計7人、事故死・死因不明が計12人という。答弁書は派遣と死亡の因果関係に関し「一概には申し上げられない」と指摘。退職後の自殺者数については「把握していない」としている。


~2007年11月13日 13時21分 中日新聞(CHUNICHI Web)~




 案の定と言うべきか、海外に派兵されていた自衛隊員にやはり犠牲者は出ていたのだ。
 社民党の照屋寛徳氏の質問主意書に対する政府与党の答弁は、こともあろうに35人もの隊員が何らかの形で亡くなっているという衝撃的な内容であった。
 政府与党はこれまで一貫して自衛隊による海外派兵は非戦闘地域での支援活動である出張していたが、ここにきてその想定は如何に甘いものであったかを白日のもとにさらす結果となった。
 地域により温度差があるとはいえ、イラクは内戦状態にある国である。そのような国において安全な非戦闘地域など果たして存在するのか?仮に存在するとしても日本国内で背広をきた輩たちにそれを把握することができるのか?
 今回の事故死・死因が不明である12人について、派遣と死亡の因果関係は「一概には申し上げられない」としているが、これは明らかに政府与党の逃げ口上である。申し上げられないのではなく「申し上げたくない!」のである。なぜならば、この12人の死亡原因は自殺以上の悲惨な原因によるもの、つまり、「12人は戦闘による犠牲者」だからである。
 このように小泉純一郎が演出し、安倍晋三が受け継いだ海外派兵の実態はかくも無残な実態をさらけ出し、政府与党はそれを隠蔽し続けていたことになる。
 これが日本の詭弁野郎どもの悪行である。

 我々は給油問題における日本国内での妥協点をさぐっている場合ではないのではないか。そもそも日本は海外に兵士を送るべきなのか?送ることができるのか?小手先の法的な問題に終始することなく、憲法9条の根本原理をもう一度問い直す必要があるのではなかろうか?

 あらためて問いただす。憲法9条とは何だ?


2007/11/14のBlog
[ 01:05 ] [ 【ビジネス論】 ]

 ■格言:本質的に残業が好きな人など、この世に一人もいない。だったら嫌なことは決してするな!

 ■指令:残業を尊ぶ上司を、今すぐ糾弾せよ!


 仕事をする以上、人にさせる以上、時間に対してはシビアになりたい。
 残業はしないこと。させないことだ。
 どんな仕事でも9時5時でやることだ。
 これはすぐに売上げを伸ばす効果的な方法でもある。 

 「Aさんには本当に困っています。あの人は定時になると、いつもそそくさと帰ってしまうのですから。」
 「彼、仕事はきちんとしているの?」
 「ええ、自分の仕事はきちんと終わらせているようですが。」
 「じゃあ、特に問題はないでしょう?」
 「・・・でも、うちの部署、今、結構忙しいじゃないですか・・・。」
 
 会社勤めをしていると、よくこのような会話を耳にするが、よく考えてみるとこれもおかしな話である。聞いたところ、このAさんは自分の仕事さえすればそれで良いという協調性のない人間に映るが、実際のところはどうなのだろう。
 企業が営利団体である以上、基本的に仕事とはいかに売上げを伸ばすかということに尽きる。しかし、仕事に対する売上げはあらかじめ契約で決まっており、スタッフの残業代はこの売上げから支払う以外にない。残業すればするほど売上げは減ってしまう。
 売上げに対する実際の利益の割合を利益率と呼び、経営者などは利益率を常に気にしている。ところが一般社員について言えば、この利益率という発想が忘れ去られている場合が意外に多いように思える。

 仕事が忙しい時こそチャンスである。
 いかに利益を上げるか知恵を絞る絶好の機会なのだが、実際は「忙しいから、みんなで残業して何とか仕事をこなそう」という発想になってしまう。このような態度は単に仕事に打ち負かされているだけであって、本当のビジネスをしているとは到底言えない。
 ここで勘違いしてはならないことが一つ。9時5時と言っても、5時で帰るということではない。5時にその日の仕事を高いクオリティーで終わらせる、ということだ。
 注目すべきは、この9時5時を実現することで損をする人間が全くいなくなるという点だ。

 9時5時を実現するには、スピードと集中力が要求される。よって、常に緊張感をもって仕事に臨まざるを得ず、この緊張感は5時になると達成感へと変化する。

 9時5時で仕事を完了させたという事は、最大限の売上げを達成した事を意味する。当然会社からも評価される。顧客も喜ぶ。

 5時に仕事が終了することで、それ以降の時間は全て自分の時間となる。これは1日という時間を「仕事」と「プライベート」で明確に区別することであり、生活にメリハリをつけることに繋がる。

 いかに9時5時を実現させるかは、我々にとって最も重要な仕事であるはずだ。
残業が頻発したり、スタッフ間で偏りがあるようであれば、即刻仕事の手続きを変更、スタッフの再編をするべきだ。決して残業が当たり前の状況を受け入れてはならない。仕事は9時5時が大原則なのだ。
 先ほどのAさんは利益率に敏感な人なのだろうか?それとも単に協調性のない人なのだろうか?



2007/11/13のBlog
[ 00:51 ] [ 【番外編】 ]

 日曜日の朝日新聞朝刊、別紙「be on Sunday」には、ここ最近日野原先生が登場している。
 この先生、見たところとても人のよさそうな雰囲気を醸し出している。この人に診てもらえば、たとえどんな病気でもたちどころに治ってしまいそうな風情である。きっと彼も”癒し系”の人なのだろう。
 ただ、私について言えば、彼の著書の小首をかしげ笑みを浮かべるその表紙に、思わず大爆笑してしまったことがある。
 なぜならば、医師の間でまことしやかに語られる”ある格言”を思い出したからだ。


 「医師たるもの、名医であればあるほど、早死にするものだ」


 これについては、もはや説明の必要もあるまい。
 日野原先生にいたっては今年、御年96歳。
 なるほど見事なまでの立派な「生きかた上手」ぶりではないか!
 我々もこの著書をバイブルに生きかた上手となり、長生きしようではないか!

 とはいえ、先日の「季節の変わり目の過ごし方」はなんとも内容が薄かった。僕も今頃の季節の変わり目に風邪をひくことが多く、どんなものかと目を通したら、
「うがいをする」
「寒くなったら上からはおれるカーディガンのようなものを携帯する」
「入浴後はすぐに寝る」
といった、まあ紋切り型のとりあえずは差しさわりのない内容に終始していた。
 彼も新聞ごときにはその手の内を明かさないのである。

 日野原先生については、以前テレビで放映していた一日の密着取材が少し興味深かった。
この先生、以外にタフですよ。

●時間は忘れたが、朝はかなり早く起きる。そして朝食の量が半端ではない。ステーキやハンバーグといったこてこての夕食ばりのメニューを朝から腹いっぱい食する。

●自宅近くの職場、つまり病院には朝10時ごろ出勤。午前の時間を主に会議やミーティングに費やす。

●昼食はうって変わってあっさりだ。数枚のビスケットと果物少々。それにコーヒーやココアを飲む程度である。

●午後は形式的に回診を行い、夕方4時ごろには早々に帰宅。夕食までの時間を読書や音楽鑑賞で過ごす。しかし、夕食はほとんど食さない。

●夜は10時ごろに就寝。先生の特徴は”うつぶせ寝”である。クッションのような大き目の枕二つを両腕に抱え、枕の谷間に顔をうずめるようにして寝る。これが、熟睡でき、かつ疲れも取れやすい就寝法なのだという。

◆特筆すべきは、彼の徹夜である。週に一度は必ず”徹夜”をするという。なにをしているかといえば、執筆活動だそうだ。おそらくは、朝日新聞の記事や、「生きかた・・・」のような本はここで書かれていると思われる。
いかんせん出たがり屋の先生だ。週に一度の執筆もきっと楽しかろう。


 まあ要するに、半隠居のしたい放題、プチ緊張の生活は”長生きできる”典型的な見本のようなライフスタイルで、我々勤め人には到底実現不可能な生活パターンではある。
しかし、この爺さんから盗むべきエッセンスがふんだんに盛り込まれているように私には思えた。
 当然だが、私はこの先生に病気を診察して欲しいとは毛頭思わない。この爺さんからは盗むのがよろしい。個人的にこの先生に密着すれば、決して人に教えないような、とてつもない健康法が隠されているような気がする、そんな今日この頃でもある。それを盗むのだ。
 なんといっても、彼は「生きかた上手」な訳だから!


2007/11/12のBlog
2007年11月9日 朝日新聞 天声人語より

▼55年の「保守合同」は、日本民主党の三木武吉、自由党の大野伴睦、両総務会長の秘密会談から始まった。密議は経済人らが仲介したが、政治記者たちも連絡役など様々な形で、歴史的な政界再編にかかわった

▼当時大野番だった読売新聞グループ本社会長(主筆)の渡辺恒雄氏が、回顧録(中央公論新社)で、金のやりとりを含む裏話を明かしている。氏は4年後、41歳の中曽根康弘氏を大野に引き合わせ、科学技術庁長官として初入閣させた。中曽根政権の実現に尽くした件もよく知られている。どれも昭和の昔話……ではない

民主党の小沢代表は2カ月前、「さる方」から食事に呼ばれ、「お国のために大連立を」と迫られた。福田首相との会談を仕組んだこの「さる方」が渡辺氏だという。「大記者」健在である

▼渡辺氏と中曽根氏は、騒動のさなかのテレビ番組で大連立の必要性を説いた。中曽根氏は「主筆なら政治家や国論を動かしていいんです」と、盟友の隣で言い切った

渡辺氏はロマンチストなのだろう。実現したい夢があり、それに向けて現実を動かし得る立場だ。とはいえ、ありのままを見て聞いて、書くのが記者。当事者として、つまり現実の一部になって書いたのでは、観察者の「見る聞く」作業が甘くならないか

▼わが身が一線の記者なら、偉大な上司が黒衣役で「出演」する政治劇を、さてどこまで自在に書けるだろう。よりよい社会を念じて新聞は影響力を競うべきだが、世の中は後ろからではなく、読者と共に正面から動かしたい。


 渡邉恒雄氏にしてみれば讀賣新聞社や巨人軍など子供が集う趣味のサークル程度のものでしかないのであろう。なぜならば、彼は企業の私物化や独裁体制はいうに及ばず、こともあろうに国家の行く末にまでにも口を挟まずにはいられないようであるからだ。
 当時の讀賣新聞社長・正力松太郎氏の肝煎りで自民党の大野伴睦氏の番記者となり、以後政界には相当なコネクションがあることは知ってはいたが、ここまで腐りきっているとは私も想像していなかった。
 私はシステム・エンジニアだが、要するにたかが”システム屋”である。同様に渡邉恒雄氏も新聞社会長・主筆であってもたかが”ブン屋”なのである。そのブン屋が傲慢にも今回の大連立を迫ったというから驚きだ。これは神をも恐れぬ暴挙という他あるまい。全くもって許しがたい老害そのものである。
 そのような「さる方」が中曽根氏に「主筆なら政治家や国論を動かしていいんです」とまで言わせしめている。これは著しく誠実さに欠ける姿勢である。

 なぜ主筆なら国を動かしてもいいのか?
 なんでブン屋が国家の運営に関与するのか?
 僕には全く分からない。こんな哀れなシステム屋に誰か理由を教えてくれないか?

 ブン屋なら政界に癒着することなく、少しはまっとうな記事を書け。
 とんでもない「さる方」は、私に言わせれば中曽根氏も含め「猿方々」でしかない。



 それ以上に許しがたいのは、やはり”朝日新聞”である。
 渡邉恒雄をして「大記者健在」と言い切るあたり、痴呆と言ったらいいか、この腑抜け状態は全く如何ともし難い。
 しかも、「ロマンチスト」ときた!

 いい?ロマンチストだ。ロマンチスト。ロマンチスト!

 朝日新聞に問いかけたい。そんなロマンチスト渡邉恒雄氏の”夢”とは一体何か?朝日はなにをもって渡邉氏の夢とみなしているのか?
 一体最近の朝日新聞はどうしてしまったのだろうか。今日の社説も国家の一大事を尻目に、相も変らず「希望社会への提言」といった腑抜けた大風呂敷を展開している。私はこのような絵空事はもはや一切目にしたくはない。私、いや皆さんもそうだと思うが、我々が本当に望むのはナベツネのような狡猾な老人を毅然と断罪する態度である。
 それが国を我が手中に収めようとするあらぬ夢を抱く老体に、加担するとも受け取れる腑抜けた態度で一体今後朝日はどこへ向かうというのだろうか?
 今回の天声人語は一見渡邉恒雄氏を批判しているようにも受け取れるが、かなり脇が甘い記載と言わざるを得ないだろう。これも今や讀賣と手を結ばんと画策する朝日ならではの”リップサービス”なのだろうか。
 こんながさついた唇、私は御免こうむる。


2007/11/11のBlog
[ 00:34 ] [ 【番外編】 ]
「戦争の末期に僕は宮古島にいたんだけどサ、ある日ふと見ると水平線一面にテキの艦隊がズーっと並んで走ってるのネ、水平線一面ネ、ズーっと端から端までテキの船」

「水平線一面に?」

「そう、沖縄上陸作戦用。あれは確か第七機動部隊とかいうのネ、ニミッツなんかいる。それが沖縄へ沖縄へ、全部本島へ向かっていくわけ。で、日本軍としては、米軍が日本を攻める場合、まず飛行場を作るであろうト、日本爆撃のためのネ。すると、沖縄列島の中で一番飛行場が作りやすい島ってのは宮古島なのネ。ってのは宮古島ってのは三角形で割り合い平らな島なのヨ。だからもう、飛行場をどの向きにも作れるわけヨ。だから絶対宮古島にくるであろうト、日本軍は考えていたから、水平線にテキが現れたときには青くなったのヨ、さア来たってんでサ」

「それが素通りしちゃったわけ?」

「素通りして、いきなり本島行っちゃったわけ。ドンドコ、ドンドコ北へ北へ行っちゃうのヨ。これはおかしいなと思って・・・」
~伊丹十三「小説より奇なり」 <人生劇場 神兵衰弱篇>~

 沖縄戦とは民間人をも巻き込んだ日本国内最大規模の地上戦であった。冒頭に紹介した、戦時中宮古島にいた兵隊さんの証言によると、沖縄上陸用の主力艦船が宮古島沖を通り過ぎるのに約4日間、その後の補給艦を含めると約2、3週間もの間アメリカ艦船が水平線を埋め尽くしていたという。いかにアメリカが沖縄上陸に物量を投入していたか、凄惨な状況が窺い知れる。
 さて、沖縄戦については現在「集団自決」の真相を巡り物議が醸し出されている。旧日本軍で少佐だった梅沢裕氏、渡嘉敷島戦隊長で大尉だった赤松嘉次氏の弟秀一氏らが集団自決の記述に関して名誉を傷つけられたとし、「沖縄ノート」の著者大江健三郎氏と出版元である岩波書店を相手取り、賠償を求める訴訟である。
 大江氏は1970年に出版した「沖縄ノート」にて軍の命令による「集団自決」がなされたことに触れ、元隊長の実名は伏せておいてにせよ「責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていない」と記述している。

 集団自決の真偽を考える前に、”アマゾン・ドット・コム”における「沖縄ノート」のカスタマーレビューを見てみよう。

《実際に指示を下したのが赤松氏かどうかはともかく、軍の命令による集団自決を強要されたのは、地元住民にとっては周知の事実です。
実際に命令された人々が私の周りには多数いらっしゃるからです。
それどころか軍人による住民虐殺&食料略奪もあるのです。
ただ沖縄県外の人々には情報が伝えられてないのです。。信じられないことですが。。
戦後これだけの時が経ってますし、軍の情報機密は我々の想像以上なので、それらが公開されない限り真実は分からないでしょう(日本政府も一個人の為に最高機密は公開するわけない)。
知らされないことはその人にとっては存在しないのと同じなのです。。 》
(By 沖縄県民)

《本書で取り上げられている「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長こと、赤松元大尉が無実である事は明白な真実である。
 既に産経新聞(2006年8月27日)の記事にもあるとおり、照屋昇雄氏の証言でこれは明らかな事。軍命令説は完全に否定されている。照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と語っている。
 赤松元大尉は島民の暮らしを考えて、鬼畜と謗られる事をあえて引き受けたのだ。なんと偉大な軍人であっただろう。
 一方、大江健三郎氏は安逸な生活を楽しみ、名誉と財産を手に入れ、その立場から赤松元大尉を断罪し、かつ訂正すら応ずる気配が無いという。大江健三郎の人格を疑う。
 勿論、著者とその著作物の価値は等しくは無い。しかし、この明らかにデタラメな記述を見ても、本書が真面目に読むに足る本とは言いがたいのは事実であろう。
 正式な謝罪が大江氏の口より発せられるまで、「極めて不誠実な本」として、読むに値しない本として記憶されるべきである。》
(By 川面凡児 "かわやん" (武蔵野))

《そもそもこの裁判の結果の如何を問わず、「犬猫撲殺指令」まで出した戦時中の日本政府が国際法違反の残虐行為の限りを尽くしてきたことに変わりはなく、仮にこの一件が捏造だったとしても日本政府と日本軍の蛮行が帳消しになるわけではない。
またこの件についても、捏造派が根拠としている証拠とやらも大江氏同様伝聞の域を出ておらず、その優位性を裏付けるものでは全くない。
重要なことは捏造派の多くはバブル崩壊後頻出し始めた所謂「ヒッキー」と呼ばれる独特の生活様態と価値観を有した連中であり、生活の糧を得るため有償で政府の太鼓持ちをやっていることは明記されるべきである。
日本政府や旧日本軍が責任追及から逃れるため、また政府の経済政策の失敗から生まれたヒッキーに裏から手を差し伸べ、持ちつ持たれつの関係によって戦争責任を放棄しようとしていることは断じて許されるべきではない。
事情を知らない一般の国民が、連中の行為によって政府同様、日本の戦争責任の重さを感じなくなってしまえば、まさに連中の思う壺である。》
(By 戦争責任からは逃れられない)


 集団自決は本当にあったのだろうか?
 集団自決が実際にあったことを証言する沖縄の住民、もしくは住民の子孫が非常に多く存在するという厳然たる事実がある。彼らは生きた歴史の証人ともいえる。
 ただその一方で、カスタマーレビューでも紹介したように産経新聞の記事も無視することはできない。戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄氏の発言である。
 遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、集団自決は軍による命令ということにし、赤松大尉本人の同意も得た上で自分たちで書類を作ったというのだ。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 さらに、作家曽野綾子は集団自決を調査したノンフィクション「ある神話の背景」において、大江健三郎氏が現地取材もせず風聞により「沖縄ノート」を著した点を痛烈に批判し、集団自決はなかったものと結論付けている。こうしてみると、大江健三郎氏の立場はいささか分が悪いようにも思われる。

 しかしだ。新聞に関していえば、産経新聞の報道がやけに目につく反面、他紙の動向はあまり芳しくないようにも見える。以前拙記事「【検証】国民投票法に始まる改憲問題」でも述べたように、私は産経新聞に関しては新聞としての評価をほとんどしていない。極論を言わせて貰えばスポーツ新聞の亜流ぐらいにしか考えていない。ことにこの手の問題に対し、産経新聞は過剰なまでに反応するのだ。
 次に曽野綾子氏である。ペルーのフジモリ元大統領を受け入れたことは記憶に新しい。さらに「2次方程式など知らなくとも私は生きてこられた。だからこのようなものは必要ない」と主張し、夫の作家三浦朱門が教育課程審議会において2次方程式を中学の必須事項から削除してしまった経緯もある。なんとも恐ろしい夫婦ではないか。
 この文化庁長官も勤めた三浦朱門氏は「日本は一部のエリートのみを養成し、ほかはあくせく働かせればよい」的な発言もしており、非常にきな臭い人物でもある。
 ちなみに彼は作家の阿川弘之、開高健らの親友でもあり、この阿川弘之氏は大江健三郎氏とは犬猿の仲でもあったりする。

 これらに共通することは何であろうか?-それは「政治の影」である。
 産経新聞は政府与党寄りの記者を多数取り揃えていることで有名である。特に「集団自決」といった問題は、政府の歴史認識、教科書問題にも深く関わるため、政府シンパ記者を総動員して火消しにかかるのである。また曽野綾子氏についても笹川良一氏の死後、日本船舶振興会(現在の「日本財団」)の会長をも勤めたお人である。とにかくきな臭いのだ。産経にせよ曽野綾子氏にせよ、常にバックに”政治の影”がちらつく危険因子のように私には思える。
 このように私は産経新聞の報道や曽野氏の「集団自決はなかった」とする主張を支持する気にはなれない。自身のリテラシーに照らし合わせ、以上の点からも私個人的には大江健三郎氏を支援する立場、つまり「集団自決」はあったのではないかと結論付ける立場である。

 現在、5つの”悪”が日本を覆い尽くしている。
 政治と癒着した三権「司法」「立法」「行政」と、これまた政治と癒着した「財界」と「メディア」である。大江氏の訴訟を目の当たりにし、果たして”司法”は独立を保っているのかと考えてしまう。答えはもちろん「ノー」だ。
 政治家がこともあろうに司法に対して圧力をかける昨今である。訴訟の大小に関わらず、裁判官のもとには政治家より”リスト”が流れてくるという。それは「誰某の刑を想定より減刑して欲しい」「何々の訴訟について被告を勝たせてはならない」といったことが記載されている紛れもない”裏リスト”である。もはや司法に正義はあまり期待できず、政治と癒着した場となっているのである。
 その辺を考えると、今回の大江健三郎氏の訴訟は彼にとっていささか分が悪いといわざるを得ない。集団自決の事実如何に関わらず彼が敗訴してしまう可能性が、実は非常に高い。集団自決問題は政府のイデオロギーに深く関わる問題で、当然司法に政治的な圧力がかかることは十分に予想されるからだ。この場合、司法は事実の解明よりもむしろ名誉毀損といった問題に焦点を当て、大江氏を敗訴に導くことになる。
 今や大江健三郎氏は、この日本の5悪と真っ向勝負を挑んでいると言えよう。ただ司法が全て黒に染まったわけではないのもまた事実。
 氏の勝利を心から願っている。



warmgun氏のコメントを追記する(2007.11.11)】

ぼくはこのブログでも何度か書いているように、大江健三郎氏については両義的な評価をもっている。

けれども、それは彼の文学的評価についてである。

この裁判はナンセンスであり、法がその”実証性”により大江をギルティとするなら、まさに、現在の裁判制度がくだらないのだ。

アメリカの法廷ドラマや映画を見た人にはよく分かると思うが、裁判というのは”実証”の駆け引きである。
これに”とりあえずの必要性(必要悪)”があるのかもしれない。
ちゃちな犯罪者はこれで裁かれる必要があるのかもしれない。

けれども戦争犯罪は、その次元を超えている。
だから産経新聞的人間の”犯罪=愚劣”とは、すべてを実務処理できると考える人間(想像力なき人間)の愚劣=犯罪を代表している。
こういう人間をギルティとする法廷はない。


2007/11/09のBlog
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ところで”不破”はどうした!(爆) ~warmgun氏~


◇辛酸なめ子 :漫画家、コラムニストだってさ・・・。


「もう少しで政権がとれるかもしれない時に、なぜ・・・。」

「安倍晋三さんが首相を辞めたときにも思ったが、最近、いい大人が急に仕事を投げ出すことが多いように感じる。」

「福田さんが小沢さんの気分屋的な性格を読んで仕掛けたのかもしれない。」

「小沢一郎さんの考えていることが、わからない。」

 あのね、その分からない小沢さんを自分の知識と情報と文才を駆使して、「私はこう考える」と分析し、我々に提示するのが物書きの仕事であり、プライドではないのか?
 それがなんだろう、一般人であれば誰でも考えていそうなことを面々と綴り、しかもお題目が「勝手に盛り上がってください」とは、まるで高校生の文化祭のチラシを読まされているようで、私はこの朝早々にむかっ腹を立てた次第である。
 しかもである、記事の書き出しにいきなり「小沢一郎さんの考えていることが、わからない。」ときた!これには恐れ入った!「私は素人の無知蒙昧な阿呆です」と高らかに宣言したも同然だ。これは物書きとして「仕事を投げ出す大人」の態度に他ならない。総括して非常に幼稚な文章である。こんな記事が昨今ではメジャー全国紙に掲載させるのである。
 私はこの”辛酸なめ子”なる者の漫画など当然読んだこともないが、少なくともコラムニストとしての力量は地に落ちたことを確信している。

 地に落ちたと言えば、無論辛酸なめ子に限ったことではあるまい。何よりもこんな駄文を掲載する”しんぶん”もそうであることは言うまでもない。
 ナベツネなる読売の独裁者は、二大政党ならぬ、朝日との二大新聞市場を画策していることはもはや周知の事実である。そんなナベツネさんがこともあろうに今回の福田・小沢両氏の黒幕であったことは象徴的な出来事であった訳だが、二大政党は言うに及ばず、二大新聞もこれでは緑葉の雫がことくするりと地に消え去ることはもはや明白となってしまった。
 新聞も、もう終わりですよ。
 購読者数でいえば朝日を凌駕したかに見える読売も、正式な発表部数とその実態とが遥かに乖離しているのは何よりも本人自身が認識しているはずだ。その焦りが最近の企業の私物化と政治の癒着に現れてもいるわけだが、焦れば焦るほど読売グループから人々の関心は薄れ、負のスパイラルに陥ってゆく。それを助長しているのがネットを始めとする新しい”メディア”であることはなんとも皮肉な限りだ。そのネット社会ですら何のよりどころも持たない危うい存在でもある。
 新聞も、もう終わりですよ。
 pro and con(賛否双方)記事に象徴される、悪い意味での総花的記事を展開する朝日。プロ・アンド・コン方式は手ごわい。ジャーナリズムというよりはむしろ行政的である。民主的で、摩擦がなく、道理にかなった、いんちきであるとは辺見庸氏の言葉である。このいんちき民主主義という”ぬるま湯”につかった朝日はどうだ?世間では認知症の問題も取り沙汰される中、朝日こそが認知症の代表格ではないか?社説で「~の提言」といった大風呂敷を広げるのもいい加減にして欲しい。このようなメディア認知症から早急に脱却すべきだ。
 ”新聞”という紙の”質感”をこの上もなく愛する僕を、これ以上悲しませるな。

 それにしても「辛酸なめ子」なんて、どこで拾ってきたんだ?


2007/10/28のBlog
[ 21:52 ] [ 【番外編】 ]
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 皆さん、残業してる?
残業って、不毛な活動だよね。本当はさっさと帰りたいのに、山のような仕事量と周囲もあくせく働いてるからなんとなく帰りづらく、ずるずる遅い時間まで働いている人、結構多いんじゃない?本当は早く帰りたいのにね。遅くまで働いて帰ったら風呂に入って寝るだけなんて、こんな馬鹿げたことは他にないよ。これでは自分の時間も家族の時間もあったものではない。不毛な残業とは、企業に自分の人生を切り売りしていることに他ならないのだよ。このことだけは念頭においておこう。

 私的な話をすると、この9月から僕は異動になった。今年の前半はほとんど定時帰りの日が続いていたが、今度の部署はそうはいかない。僕は某大手保険企業のシステム関連の仕事をしている、正確に言うとSE(システム・エンジニア)だ。だから基本的に残業とはお友達である。新しい部署もその例外に漏れず、日々残業の連続である。だいたい毎日10時ごろに仕事が終わり、家路に着くのが11時過ぎ、それから食事をして風呂に入り、ようやく床につくのが夜の1時を回る。これではのんきにブログを更新する暇はない。
 しかも、この時間的サイクルはこの業界で言うとまだまだ手ぬるい部類に属する。仕事にいったん火がつけば最終電車に乗れない、徹夜になるといったことがざらにあるからだ。それでも日々の残業にはいい加減辟易している。
 本来ならば作業時間は自身がプロデュースするべきものである。ところが現実的には周りの空気に流され、なんとなく帰りづらく、10時ごろにみんな仲よくご退社といった悪しき波にすっかり飲み込まれている僕がいる。
 「21世紀のリーダー」も、いとも容易くスポイルされているのだ。 

 とはいえ、この世知辛いご時勢だ。ニート、フリーター、非正規雇用者といった社会問題が日々メディアで取り沙汰されている。仕事があっても年収200万ではその日の生活がやっとで恋愛や結婚すらおぼつかない。だから、お前のように結婚もして、35年ローンとはいえお金を貸す銀行があって家を建て、正社員で働いているのは「贅沢だ!」といった声も聞こえてきそうである。
 まったくその通りだ。だから僕も文句も言わず黙々とその日その日の作業に従事している。

 warmgunさんのブログで”欝”という言葉が目についた。

《ぼくには膨大な”恨み”がある。
ぼくは退職したとき、それまでの人生を”騙された”と感じた。
つまり、騙したもの(ひと)はいるし、騙された”ぼく”が悪いのだ。

しかしこの”問題”が個人的なものにすぎないなら、なんの問題でもない。
ブログをはじめた頃は、そういう明確な意識はなかった、その前の夏、ぼくは病院へ行き”うつ症状”と診断され、薬がでた。》


 この記事を読み、そして僕は僕なりにwarmgunさんの状態を実感することができると思う。なぜならば、2005年、僕も氏同様、”鬱病”と診断され心療内科に通院した経験があるからだ。

 2005年は僕にとって暗黒の年であった。社内で誰も経験したことのない全くの新規プロジェクトのリーダーを任され、それに見事に挫折し(結果的にはどうにか丸く治めたが)そして、今時の鬱病に陥ってしまった。
 話はそれだけではない。日を追うにつれ精神が蝕まれつつある僕を見て、僕の妻もかなりの心労を背負うことになった。まだ幼い娘をかかえ、しかも一家の主は鬱病である。日々のストレスが臨界点を超えたとき、彼女の精神状態もギブアップしてしまった。
 そうなのだ。2005年は僕たち夫婦はまだ1歳にも満たない幼子を抱え、夫婦揃って心療内科に通っていたのだ。妻の診察の間、不安になった娘は決まってギャーギャー泣き出す。それを抱きかかえ必死にあやす僕。他の診察待ちの、おそらくは僕たち同様心を病んだ人からの冷たい視線。あまりにも惨めで、そしてあまりにも滑稽で自虐的な日々であった。
 当時、休日出勤も当然のようにしていたが、たまの休みの日をどのように過ごしていたか、実はほとんど記憶がない。欝とは記憶にも多少の障害が出るものだ。唯一の記憶は、家族で近所のイトーヨーカドーに買い物から帰った日曜の夕方、僕はいたたまれなくなり、一人車で高速を暴走したことだ。
 八王子インターから中央道、そして首都高速へ。当時の愛車BMW525で(昔はそんなハイカラな車に乗っていた。今はホンダのファミリーカーだ)都市の網目を疾走した。どこをどう走ったかも定かではない。ただひたすらアクセルを踏み、エンジンをぶん回した。昔、このBMWで高速を180キロで走って捕まったことがある。そんな僕がこのとき事故を起こさなかっただけでも幸運だった。
 2005年とは、僕にとってそんな年だった。
 以前書いた拙記事「『欝』という名の国民病(坂本君の悲劇)」は多少脚色しているが、まぎれもなく私、不破利晴の経験談である。


《だがぼくは薬を短期間でやめた、薬では解決しない。
それはぼくが騙されてきた”戦後60年”を検討することでしか取り組めない。
そのモチーフがあきらかになったのは、この1年くらいだ。
たしかにそういう作業にフーコー、藤原新也、四方田犬彦、ゴダールは関与する。
辺見庸、中上健次、村上春樹は関与する。
またその他にも、読むべきたくさんの本がある、聞くべき言葉がある。》


 今後、僕はどのようなことをなすべきか?なにをよりどころとし、なにを発していけばよいのか?
 僕にとってその答えの一つは「落とし前」をつけることである。同僚に、会社に、取引先に、社会に、「落とし前」をつけなくてはならない。これをせずして僕の人生もなく、死ぬに死ねない死活問題である。これはなにもヤクザ的な暴力や脅しをすることではない。僕という実態の何かをそれらに刻みつけることかもしれない。
 ブログもこのような「落とし前」の一つの現れである。初期のブログで展開していたリーダー論には一つのモチーフがある。それは取引先のS課長である。
 自身は全く仕事をしなかった彼だったが、それでも事あるごとに僕を呼び出しては持論のご立派な「リーダー論」を展開した。時には職場で、時には昼休みの喫茶店で、そして時にはアフター5の居酒屋で。僕は彼に疲弊し、同僚と自社の板ばさみとなり、そして鬱病になった。
 そんなS課長も現在は全く出社していないようだ。2005年のプロジェクト終了後に診断書を出し、以来長期の休職が続いている。僕はそんな彼に何ら哀れみを感じてはいない。実際に病気になっているか否かはあまり問題にしていない(きっと、趣味の釣りに明け暮れる毎日だと関係者は推察している)
 ただ言えることは、僕のブログの出発点はまさにこのS課長にあるということだ。彼の理論をトリガーに、それをさらに進化させることが、一つの落とし前でもある「俺はきっとあんたを超えてみせる」-それまで釣りでもなんでも、しているがいい。
 そして、僕の落とし前はブログだけに留めるつもりもない。もっと広く、深く世間に対し何らかのゆさぶりをかけたいとも思っている。今はようやくその活動を始めたところだ。その場合のツールとなるのはやはり”言葉”であろう。僕は言葉によって社会に何らかの「落とし前」をつけたいのだ。
 そんな僕は現在絶対的に時間が不足している。本来は”残業”などしている場合ではないのだが、えてして現実はいつもこのような展開となってしまう。悩みどころである。

 鬱病については、1年ほど通院して僕も妻もなんとなく治ってしまった。プロジェクトが終了したということも大きいのだろう。ただ、僕について言えば、あれ以来、どうやら人間が少し壊れたしまったらしい。
「最近、○○はなんだか冷たくなった」とか「きつくなった」とか「目つきが悪くなった」とか、僕の妻、親や妹、弟の嫁さんにも噂されている始末である。人格が多少崩壊することで僕の病状は落ち着いてしまったようだ。哀しいことだ。
 このように、拙ブログ「21世紀のリーダー 死活の書」は、リーダーに挫折し、人間が多少壊れた男の、怨念こもった手記である。
 最後にこれだけは言う。

「落とし前は、全然ついていない」
 

2007/10/07のBlog
[ 18:25 ] [ 【番外編】 ]

 全くのところ、馬鹿な番組である。
 今まで生きてきた中で、最も馬鹿と思える番組である。
 
 以前、TBSラジオが銀座の街角である調査を行った。
 『「オーラの泉」に代表される最近のスピリチュアルブームを、あなたはどう感じますか?』
 恐ろしい結果が出てしまった。
 女性については年代を問わず、調査対象100人の内、100人全員が「良いことだと思う」と回答したのだ。さすがに担当ディレクターも結果について何らかの危うさを隠しきれないでいた。
 これは、いったい何を意味するのだろう?

 番組では江原何某が、相手の前世やら、未来やら、そして人生とやらについてしたり顔で語っている。まあ、その相手というのが芸能人だからそれも許されるのだろう。
 ”たかが”日本の芸能人である。連中の腐った身の上話に連中自身が涙しても、連中はそれをウリに、それで食っているわけだから、まあいいじゃないか、ということか。

 ただ、これが一般ピープル相手だとそうはいかない。
 江原のしたり顔で言うオカルトじみた訓示は、明らかに人の精神に波風を起こす。人はメンタル的に強靭な人もいれはナイーブな人もいる。そんな彼らに向かって語る江原の根拠に乏しい言動そのものは、それこそ神をも恐れぬ犯罪行為に等しいのではないか?
 江原に一体何が見えるというのか。一体何が分かるのか。特殊な能力を本当に彼が持っているとするならば、もっと世のため人のために行使してほしいものだ。それがまっとうなヒトというものだ。それができぬヒトを一般には”ペテン師”と呼んでいる。

 世の女性諸君がこうもスピリチュアルにはまるのは、本当に”スピリチュアル”が素晴らしいものだと思ってのことか?
 仮にあなたが本当にそう思うのなら、断言しても言い「あなたは本物の馬鹿である」
スピリチュアルは100%良いものではないし、むろん100%悪いものでもあるまい。
 これの良し悪しが問題なのではなく、スピリチュアルを鵜呑みに、何の考えもなく、大勢に流されるように受け入れてしまう想像力のなさ、精神的幼さが問題なのだ。今、時流にのってかようなスピリチュアルにハマっている輩は、つまりは”ガキ”ということだ。
 ガキとは流されやすい、リテラシーの欠如した、虚ろな人間のことである。

 奇しくも昨日の放送で江原何某は「他人のへの想像力こそが最も大事」なることを語っていたが、彼を支持する大部分、おそらくは女性の多数が、この想像力を江原自身にスポイルされているとは、全くのお笑いぐさである。


2007/09/28のBlog
[ 00:30 ] [ 【番外編】 ]

 19世紀から20世紀に彗星のごとく現れたバレエの変革者
ヴァスラフ・ニジンスキー。
 天才ダンサー&コレオグラファーとしてモダン・バレエの源流をつくり、
振付家の時代が築かれていった。
 そしてその系譜は、ノイマイヤーへと確かに受け継がれてきたのである。









 ウィリアム・フォーサイスのフランクフルトバレエ団に関する
メッセージが入ってきたのは今年の5月の末から6月でした。
 右傾化しているヨーロッパの現状を踏まえて、当時いろいろな
憶測が流れ