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21世紀のリーダー 死活の書
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2008/04/18のBlog

 裁判員制度を考えるに当たり、忘れることのできない事件が脳裏に浮かぶ。
 1992年10月17日、アメリカ・ルイジアナ州に起こった「日本人留学生射殺事件」である。
 この地に奨学生として留学していた愛知県名古屋市旭丘高校2年、服部剛丈君(当時16歳)は、ハロウィンパーティーの会場である友人の家に向かう予定であったが、番地を間違え誤ってロドニー・ピアース(当時30歳)に家を訪問。ピアースに強盗だと間違えられ射殺されてしまった事件である。
 射殺に用いられた”マグナム44口径”は服部の胸を貫通、彼は病院に搬送中出血多量により亡くなった。
 刑事裁判はピアース被告の希望もあり、12人の陪審員制度による法廷がルイジアナ州東バトンルージュ郡大陪審により開かれた。
 ピアース被告は罪状認否で無罪を主張、結果陪審員の全員一致の「無罪評決」となり、ピアーズ被告の正当防衛が認められてしまったのである。

 この事件は陪審員制度、今後日本で実施されるであろう裁判員制度を考える上で、非常に象徴的な事件である。
 それまでもロドニー・ピアースは問題のある人間であった。
 多数の拳銃を所持するガンマニアであり、たびたび近所の野良犬を撃っては悦に浸り、そして事件当日は酒に酔い妻の制止を振り払って服部君を射殺したことが判明している。
 それでも陪審員制度の下では彼は無罪なのである。
 私は勘ぐってしまう。
 これが留学生である服部君でなかったらどうだったのか?日本人という黄色人種ではなく、白人の高校生だったらどうだったのか?ということである。
 明らかにロドニー・ピアースという人間は、辺見庸氏の指摘するところの”パラノイア”であり”マニアック”な人種であったと、私は考える。
 それでもなお、12人という多数の陪審員を揃えていながら、判決は「無罪」となる恐ろしさ、陪審員の偏見と狂気が奏でるこの裁判に戦慄を感じずにはいられなかったのをよく覚えている。
 そして、このような判決は近い将来、間違いなく日本において下されるであろうことは、もはや論を待たないであろう。
 ここでもピアース被告に「無罪評決」を下したのは、ある意味陪審員ではなく、紛れもなく「世間」であったのではないだろうか。
 「世間」とは具体的に誰それを指すものではない。
 強いて言えば、我々の、「日本人留学生射殺事件」で言えばアメリカ社会の”意識の総体”そのものである。この事例に接するに際し、社会の人々の意識の総体なるものが個人の主義心情を遥かに超える場合が、時として起こりえるのではないかと私は危惧するのである。「日本人留学生射殺事件」とは、そのような私の個人的危機感を象徴する典型的な事件であったと言えよう。
 -間違いなく、「世間」とは我々の個人的な意識を飛び越え、それを社会全体の意識、要請へと最大公約数化するものである。それを最近の流行語で言えば「空気」と置き換える人も中にはいるかもしれない・・・。

 1993年、アメリカ大統領に就任したビル・クリントンは同年7月、先進国首脳会議のため来日した際、当時の宮澤首相に”ある提案”を突きつけたと聞いている。
 宮澤首相は当初これを拒否したが、最終的にはクリントンの強引さに屈する形でこれを受け入れてしまった。
 その後日本に大損害をもたらしたこの”ある提案”とは、1994年から日米で交換されることになった「年次改革要望書」である。
 もちろん、これは日米が対等な関係で取り交わされるものではないことは言うまでもない。日本だけを一方的に拘束する、いわば日本の対米従属の”約束手形”のようなものだ。
 アメリカは「要望書」に記されたアメリカ政府の”要望”の完全実施を日本に要求し、やがて日本はこれを丸呑みするまでになってしまった。
 アメリカの要求は次のようなものであった。

 「郵政民営化」
 「独占禁止法改正」
 「司法制度改革」
 「憲法改正」


 これらの要求を眺めるにつれ、これまでの”改革”という名の錦の御旗がいかにアメリカによって操られ、演出されてきたことがよく窺える。こんなところにもアメリカと日本の関係が露出してきている気がしてならない。
 -アメリカとは日本の宗主国、やはり日本はアメリカの植民地に過ぎないのではないか・・・?
 そして言うまでもなく、来年より実施される「裁判員制度」とは、アメリカの要求に従属した”司法制度改革”の一環であったとしか言いようがないのである。
 はかなくも日本という国の”改革”とは、アメリカの影響・圧力を一身に受け止め、その手先となった政治家がこれを具体化し、そして我々国民が物言わぬ羊のようにそれをあたかも御信託のごとく何ら疑うことなく日々の生活に追われている現実そのものであるかのようだ。
 物言わぬ羊-アメリカにとっては喜ばしき「サイレント・マジョリティー」こそがこの国を形成し、そして司法制度、ひいては”死刑制度”の存在を意識的・無意識的に担保しているかのように、私の目には映ってしまうのである。


【続く】



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2008/04/17のBlog

 この判決についてはぜひとも書かなくてはなるまい。
 4月17日という今日は、司法において憲法9条の歴史的な判断が下されたと日として記憶されるだろう。
 自衛隊イラク派遣の違憲確認と派遣差し止めを求めた集団訴訟の控訴審判決が名古屋高裁であり、青山邦夫裁判長は航空自衛隊が行っている現在のイラクでの活動について「憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」との判断を示したからである。
 これまで原告の訴えを門前払いし、または直接の判断を避けてきた司法にしてみれば、今回は自衛隊活動の違憲性にかなり踏み込んだ判決下したことになる。
 それでも、集団訴訟をおこした原告側は正確に言えば、やはり”敗訴”したと言わざるを得ない。
 それはなぜか。
 このような憲法訴訟の難しさからまずは考えてみたい。

■違憲確認という壁

 今年の3月8日。東京・渋谷において2300人もの観衆が集い、「9条の会・講演会」が開催されている。
 この講演会の中で憲法学者・奥平康弘氏は、憲法訴訟の難しさについて重要な指摘を我々に示してくれた。
 つまり、現在の日本の司法制度の下では、何らかの要因により我々が直接の権利を侵害されない限り、裁判として成り立たせるのは非常に困難であるということだ。
 また、この種の訴訟は違憲確認を直接の目的として行うことができない。今回はイラク派遣によって原告の権利や利益が具体的に侵害されたかどうかが、勝敗の分岐点となる。
 したがって、今回の事例が示すように原告側は憲法で言うところの「平和的生存権」などをその根拠にする他なく、大変苦しい闘いを強いられることにもなるのである。
 これまでにも全国各地で自衛隊派遣の違憲性についての訴訟が起されてきたが、いずれにおいても原告側は敗れるか、裁判所が直接的な判断を回避する結果となっている。
 今回の訴訟においても、原告側が請求した派遣差し止めは認められなかった。これまでの判例を踏まえた「原告らの平和的生存権が侵害されたとまでは認められない」との司法判断である。原告の請求が認められない限り、裁判としてはやはり負けなのである。

■青山邦夫裁判長の憲法解釈

 しかしである。
 今回の裁判を担当した名古屋高裁の青山邦夫裁判長は、これまでにない画期的な、そしてしごく”まっとうな”憲法解釈を我々に提示してくれた。

 「イラク国内での戦闘は、実質的には03年3月当初のイラク攻撃の延長で、多国籍軍対武装勢力の国際的な戦闘である」
 「特にバグダッドについて『まさに国際的な武力紛争の一環として行われている人を殺傷し物を破壊する行為が現に行われている地域』であり、イラク特措法の”戦闘地域”に該当する」
 「現代戦において輸送等の補給活動も戦闘行為の重要な要素であり、空自の活動のうち少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸するものは、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」
 「したがって、武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、(国際紛争の解決手段として武力行使を放棄した)憲法9条に違反する活動を含んでいる」

 まったく異論の挟む余地もない。
 私個人的には当たり前のことなのだが、司法がよくぞここまで言い切ったものだと感動すら覚えた判決である。


 これまでの中曽根康弘や小泉純一郎の靖国参拝を例に挙げると、東京・千葉・大阪・松山・福岡・那覇の全国6カ所の地方裁判所にて訴訟が起されてきた。
 そして、仙台高裁は首相および天皇の公式参拝は「違憲である」と断定し、大阪高裁は「違憲の疑いがある」とし、福岡高裁においても「継続すれば違憲」との判断を示している。
 原告の請求はいずれも棄却されたとはいえ、どの訴訟においても参拝の合憲性を認めた判例は全くのところない。
 特に注目すべきは福岡の場合だ。
 あえて憲法判断に踏み込み、違憲の判決を下した亀川清長裁判長は、判決後の右翼からの攻撃を予想し遺書を書いて判決に臨んだともいう。
 現在、日本の司法制度は政治と癒着し、政治の圧力に屈しているのは紛れもない”事実”である。国家から身分の保証された裁判官といえども人事が全てである。政府与党の思惑に反する判決をした裁判官は確実に地方に飛ばされる。
 それでもなお、政治家とは違い彼らにはまだ裁判官としての”良心”がかろうじて残っているのだろう。退官間際の裁判官は、時として画期的な、一発逆転の判決を言い渡すことがあるのはよく知られていることだ。

 そして、今回の青山邦夫裁判長場合はどうだったか?
 実を言うと彼は今年の3月末日をもって「依願退官」している。
 そのような経緯もあり、今回の判決は高田健一裁判長が代読する運びとなったわけである。

 私は青山裁判官の退官の経緯については分からない。
 今回の裁判がきっかけとなったのか、はたまた別に一身上の都合があったのか、全く知る由もない。
 しかし、これを最後に彼が自身の良心に従い、勇気をもって違憲判断に踏み込んだであろうことは十分に想像できる。これは司法制度、そして日本という国家に対する一つの挑戦であり、我々に向けられた強烈なメッセージであり、そして彼の遺言でもあろう。
 彼はもはや裁判官ではなくなり、そして「イラク派遣は違憲である」という判例が残った。
 これは重要なことである。
 そうである。
 「イラク派遣は明らかに憲法違反なのである」
 -これは原告の、そして我々の勝利なのである。



 最後に福田康夫の談話を紹介する。
 『2008年4月17日 毎日jp 「首相vs記者団」より』

 Q 名古屋高裁が空自のイラクでの活動に関し、「多国籍軍の武装兵員を戦闘地域のバグダッドに空輸するものについては憲法9条に違反している」と違憲判断した。受け止めは?
 A それは判断ですか?
 Q 傍論。
 A 脇の論ね。あのー、判決はですね。国の方が勝ったんですね。そして、えー、まあ意見なんですかね。裁判官が述べたということらしいですが、これは判決そのものには直接関係のないことなんですね。ですからこの判断は国の判断が正しいというのが、この裁判の結論であります。
 Q 今後、多国籍軍のバグダッド空輸任務を外す考えは?
 A いや、ですから問題がないんだと思いますよ。ええ、あのー、特別にその裁判のためにですね。どうこうする考えはありません。

 無残なものである。
 彼にはもはや良心のかけらも残っていないとみえる。
 福田よ、そして政治家たちよ。君たちは憲法の理念を知るべきだ。



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2008/04/14のBlog
■鳩山法相と死刑

 《昨年8月の法相就任時、「法相の署名が絡まないでも自動的に死刑が執行できる方法はないか」などと発言し、「ベルトコンベヤー発言」と波紋を呼んだ。
 絞首刑についても「ほかの方法はないか」と疑問を呈した。
 省内に死刑に関する勉強会を設置。
 昨年12月には、非公開だった死刑執行者の名前などを公表した。》

~2008年4月11日 朝日新聞~

 辺見庸氏は4月5日の講演会にて、現在の法務大臣・鳩山邦夫を”パラノイア”、もしくは犯罪用語にちなんで”マニアック”と言い切った。
 パラノイアについては説明の必要はないと思われるが、”マニアック”については”おたく”という意味で発したのではない。
 かつて「マニアック・コップ」というB級まがいの映画が上映されたが、これは無実の罪により非業の死を遂げた刑事が、ゾンビ“マニアック・コップ”として蘇り、自分を陥れた人間殺害し、さらには無差別殺人へとエスカレートする作品であった。
 警官の姿という国家権力の象徴を身にまとい、殺人鬼と化すこのゾンビこそが”マニアック”、つまりは「キチガイ警官」ということである。

 冒頭に紹介したのは朝日新聞2008年4月11日朝刊、『もっと知りたい!』からの引用であるが、彼の挙動を大まかにまとめたこの記事においてさえも彼の異常性、マニアック振りが十二分にうかがえる。
 なるほど、彼は国家権力という衣を被った”キチガイ大臣”と言うほかないだろう。

 最近の死刑執行に関する状況をみるにつれ、死刑執行数が急激に増えているのがよく分かる。
 特に2006年以降の長勢甚遠、鳩山邦夫の両法務大臣のもとにおいてはそれぞれ執行者数10人という異常なまでの数字を残し、現法務大臣である鳩山邦夫においてその数はまだまだ増えそうな勢いだ。
 それにしてもだ。
 いったいなぜ故にかくもこのように人を殺したがるのだろうか?
 鳩山邦夫がパラノイアであることは間違いないにせよ、彼をしてこうも死刑に駆り立てるのは一体何なのか?原因を彼のマニアックな人間性に押し込めるだけには留まらない疑問が私には残るのだ。一体何が死刑制度を加速させるのだろうか?

 朝日新聞によれば、死刑執行数が増えている背景の一つに、来年5月に始まる「裁判員制度」が挙げられるという。
 裁判員制度は言うまでもなく、アメリカの陪審員制度の影響を受けている。
 抽選で選ばれた一般市民6人の裁判員が、裁判官とともに事件に対する量刑を審議するというものだ。このため「死刑を特殊な事例としてとらえるのではなく、法に基づいてごく当たり前のように執行すれば、市民の抵抗感が収まる」という法務省の思惑もあると朝日新聞は伝えている。
 これは鳩山邦夫が「国民の理解を得られる」と称して死刑囚の氏名や事件の背景を公表したことにも繋がるものである。

 しかし、「市民の抵抗感が収まる」という理由で死刑執行数が増えているのが本当ならば、これは当然許されるべきことではない。
 市民がたやすく死刑を言い渡せるよう、国が死刑執行の既成事実を積み上げる・・・。
 果たしてこれが健全な近代国家と言えるのだろうか?
 本末転倒なのだ。本来、国は国民を守るべきものだと思っていたが、どうやら日本は人を殺したくて仕方がないらしい。-日本が大罪を犯しているのは明白である。

 しかも、この裁判員制度には大きな欠陥もある。
 裁判員制度の本家であるアメリカにおいてさえも陪審員が「有罪」か「無罪」かを決定するにせよ、死刑を科すかどうかの判断までは実はかかわらない。実際に量刑を科す、つまりは死刑を決定するのは裁判官なのである。
 ところが、日本の場合はそうではない。市民から選ばれた裁判員が、裁判官と共に死刑か否かの判断まで踏み込めてしまうのである。これは世界でも例を見ない制度である。
 実際問題、裁判員になってみたい日本国民はどれほどいるのだろうか?
 また、市民に裁判官と同じ権限を与えると思われるこの裁判員制度のもと、はたして公正な裁判が成り立つのか、という疑問も残る。
 例えば、先に紹介した「世田谷一家殺人事件」、「光市母子殺害事件」、「池田小学校児童殺傷事件」といったような事件を扱うに当たっては、「事件の凶悪性」や「被害者遺族の感情」といった裁判員も含めた国民の”感情論”の要請に流され、いとも容易く「死刑」が言い渡される可能性は十分にあると言わざるを得ない。辺見庸氏の言うところの”世間”がそうさせるのだ。
 これは、実に危険な制度である。 
 私個人的には正直なところこのような制度には加担したくはないし、また制度そのものに対しても反対である。

 一体何が死刑を加速させるのだろうか?

 【続く】



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2008/04/06のBlog

 『俗物による、俗物のための”死刑廃止論”』と書くと、あたかも
辺見庸氏が”俗物”であるかのように誤解される方もいるだろう。
 しかし、そうではない。
 これは、俗物である”私”が「死刑廃止」という命題について、
辺見庸氏の講演会を通じ、俗物なりに考えてみた記事である。

【関連するブログ】
◇warmgun氏の記事 その一 その二
◇ツナミン氏の記事

 上記2名の記事を読めば今回の講演会の本質のすべてが間違いなく理解できる。
 とはいえ、もう少し俗な観点から言えばこの問題はつまりどうなか、という思いも頭をよぎったこともあり、死刑問題についてあまり詳しくない私が私なりの視点で”死刑廃止”という論点について書いてみたいと思うに到った次第である。

■事件の重大性と感情論

 例えば、「世田谷一家殺人事件」については未だ犯人が特定されていないが、もし仮に犯人が逮捕され、裁判の結果”死刑”が言い渡されたとしても世の中の多くの人は「死刑もやむなし」と考えるに違いない。
 また、「光市母子殺害事件」においては既に犯人が逮捕され、被害者の夫である本村洋氏が犯人を死刑とすべく長期に渡り法廷闘争を繰り広げている。この事件についても本村氏に共感する人は大変多いのではないかと思われる。
 さらに、かつて大阪の小学校に押し入り、多くの小学生を殺害した宅間守については2003年9月26日に死刑が確定し、翌年年9月14日には異例の早さで死刑が執行されてもいる。その後、この件に関し批判があまり聞こえてこないのは、この事件の死刑執行が多くの人々の支持を背景にしているからではないかと想像できる。

 このように、凶悪事件に対しそれに対する死刑を容認しているのが、すなわち「世間」であると辺見氏は指摘している。
 死刑制度とは、ある意味我々の暗黙の了解の上に成り立つ制度でもある。このような暗黙の社会・国家に対する契約を、彼は「黙契」と呼んでいる。
 ただ、死刑を考える上では当然の事として「黙契」では済まされない問題がある。
 それは、果たしてたとえ国家であろうと人を殺してもいいのだろうか?辺見氏が言うように、たとえ国家であっても人の生命の連続性を断ち切ることが果たしてできるのであろうか?という問題である。
 これは非常に難しい問題であり、多くの人が一度はこのことを考えたことがあるのではないか、そして私の私見を言わせてもらえば、やはり死刑については”否”と言わざるを得ないものである。

 その一方、日々の報道を見るにつれよく耳にするのが「被害者遺族の感情を考えると極刑で臨む他ない・・・」という言葉である。
 この感性はよく分かる。
 私だって自分の妻子や親兄弟を殺されればおそららく、というよりは間違いなく加害者を殺したい、「死刑にしたい」と強烈に思うだろう。これについてはもはや否定のしようもない正直な気持ちである。
 そして、凶悪な事件に巻き込まれてしまった人々の「被害者遺族の感情」のもとに、加害者を死刑にしてきた司法制度、すなわち国家も歴然と存在している。
 しかしだ。
 ここで冷静に考えてみる必要があるのは、果たして国家とはそのような個人的な私憤の断罪機関であるのか?ということである。これはツナミン氏も指摘していたことであるが、国家とは我々の親でもないし、そのような個人的恨み辛みについて我々に成り代わり犯人を殺してやる機関ではない、ということである。国家の役目は犯人を逮捕し、法的手続きに従い犯人を罰することのみだ。
 死刑制度を温存する基本的感性が世間であり、突き詰めて考えた結果国家が人を殺すのはどうしてもいけないということであれば、被害者に成り代わって犯人を殺す機関など、どこにも存在はしないはずだ。
 大切な身内を殺された我々の仇をとってくれるものなど、悲しいことかもしれないが、現実世界においてはどこにもありはしないのだ。
 よって、ここに”倫理”という概念が産まれることになろう。
 一頃、「なぜ、人を殺してはいけないのか?」といった”したり顔”したいやらしい小学生の質問に答えるテレビ番組が流行ったことがあるが、死刑廃止問題はそれに明確な答えを出していると思う。


 仮に、殺人を多少なりとも肯定し、しかも自分がその被害者となったらどうするか?そして国家が犯人に対して死刑を言い渡さなかったら、あなたの個人的恨みはどのように昇華させればいいのだろうか?
 しかも、あなたが殺人を認めてしまう以上、それは巡りめぐってあなた自身も殺されてしまうことを受け入れることにもつながる。
 であれば、あなたの個人的恨みを解消する仕組みや制度がない以上、やはり「人殺し」はしない方がいいのではないか?このような、ある意味人々を縛り付けるのが”倫理”なのではないか。
 「殺人はいけない」ことや「死刑制度廃止」について、明確な論拠は実はないのかもしれない。世間の周知のもとに殺人や死刑を認めるのではなく、その代わりに”倫理”によりそのような”人殺し”はやはりすべきではない、というのが個人的な私の考えなのである。

 そして、この倫理というものをさらに深化・発展させたものが、もしかしたら講演会で辺見氏が最初に語っていた”愛”、マザー・テレサを引き合いに出したところの「愛」なのではないか。そんなことを、ふと思ってみたりもした。
 そのような「愛」でれは、思慮する価値は十分にありそうだ。

 最後になるが、死刑廃止についての論拠はないのではないかと、先ほど書いた。
 しかし、辺見氏はこの件について非常に興味深い見方を我々に提示している。
 それは、憲法9条が、実は死刑廃止をも主張しているのではないか、という見方である。

 「・・・国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」

 人殺しを殺人犯として逮捕する一方で、その犯人に対し場合によっては死刑という”殺人行為”で臨む国家は、倫理的に照らし合わせればある種の矛盾を孕んでいるとも言える。
 それでもなおかつ死刑を止めないとするならば、国家におけるこの殺人は明らかに”国権の発動”に他ならない。
 国権の発動はそれが拡大すると戦争に繋がるであろうことは誰しも予感しており、また歴史的事実でもあり、ところが憲法9条は国権の発動たる戦争(=殺人)を明確に否定しているのである。
 辺見氏の言うところの「憲法9条が死刑廃止を主張している」根拠はここにある。憲法9条は国家による戦争という殺人を否定し、更に辺見氏の解釈によれば国家による死刑という”殺人”をも否定しているのである。
 ところが現実はどうであろうか?
 ご存知のように、日本はこの憲法をまるで無視するかのように”国際貢献”という詭弁のもとに軍隊を持ち、これを海外に派遣し、当然死刑も行っている国家である。
 これはEU諸国についても同様である。
 EUは死刑廃止を全面的に主張しながらその一方で「国権の発動する場合」は例外、すなわち「戦争の場合は例外」としているのである。
 これは明らかなる”詭弁”である。

 世の中がご立派に、システマチックに動いていると思ったら大間違いだと思う。
 日本、いや世界は偽善で詭弁で作為のもとに成り立っている、というのが偽らざる私の実感である。
 そして、このような偽善で詭弁で作為を保障しているのが我々の「世間」なのであろう。つまりは、我々は意識的にも無意識的にも、このような国家の詭弁の加害者となっているし、少なくともそうである可能性は非常に高い。
 私は政府与党による歪んだ解釈が仮に成り立つとするならば、そのアンチテーゼとして辺見氏の憲法解釈を支持したいとも考える。
 我々は今一度自身の在り方と立ち位置については猛省する必要があるし、それはまさに今なのだと思う。-その感性を少なくとも自分自身に証明するためにも、何らかの行動は起さなくてはならないだろう。

 以前から憲法9条を支持する私があり、そして死刑制度についてもやはりそれは廃止だろうと考える私がある。
 そしてこれら別次元と考えていた2つの命題が、辺見氏の提示した見方により細い糸であるとはいえ繋がる可能性を見出す私がここにある。
 そのようなことを実感した「辺見庸氏の講演会」であった。



【ご連絡】
 プチオフ会に参加くださったwarmgunさん、あーもんどさん、ツナミンさん、鏡響子さんへ。
 飲み代の余り「1430円」は、次回のオフ会もしくは読書会に充当すべく、それまで私が責任を持って管理いたします。
~まったく謎めいていない不破利晴より(笑)~



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2008/03/28のBlog

 《日本本土の政治家が、民衆が、沖縄とそこに住む人々をねじふせて、その異議申し立ての声を押しつぶそうとしている。
 そのようなおりがきたのだ。ひとりの戦争犯罪者にもまた、かれ個人のやりかたで沖縄をねじふせること、事実に立った異議申し立てをの声を押しつぶすことがどうしてできぬだろう?
 あの渡嘉敷島の「土民」のようなかれらは、若い将校たる自分の集団自決の命令を受けいれるほどにおとなしく、穏やかな無抵抗の者だったではないか、とひとりの日本人が考えるにいたる時、まさにわれわれは、一九四五年の渡嘉敷島で、どのような意識構造の人間が、どのようにして人々を集団自決へと追いやったかの、およそ人間のなしうるものと思えぬ判断の、まったく同一のかたちでの再現の現場に立ちあっているのである。》
~大江健三郎 「沖縄ノート」~

[関連したBlog]

■軍関与を司法明言 元隊長、悔しい表情 沖縄ノート判決

 《集団自決は、旧日本軍が深く関与した――。岩波新書「沖縄ノート」などの記述をめぐる28日の大阪地裁判決は、沖縄・渡嘉敷島の島民らの悲惨な集団自決の背景に軍の存在があったことを明確に認めた。体験を語り継いできた島民らは安堵(あんど)の表情を浮かべ、「歴史の改ざん」を許さなかった判決を評価した。「国民に死を命じるわけがない」と主張してきた元戦隊長らは原告席で、訴えを退けた裁判長を凝視した。

「軍と国の教育を背景に軍の強制があり、悲劇が引き起こされたと考えている。私の書物が主張していることをよく読み取ってもらえた」

 閉廷後の記者会見で、大江健三郎さん(73)は判決をこう評価した。「今回の判決で軍の関与は非常に強いものだったことが明らかになった。教科書に『関与』という言葉しかなくても、教師はその背後にある恐ろしい意味を子どもたちに教えることができる」

 大江さんはこの日、法廷で判決の言い渡しを聴いた。表情を変えずに聴き入り、最後に裁判長に一礼した。 》
~2008年3月28日 asahi.com~


 非常に馬鹿らしい裁判である。
 僕は判決について言っているのではない。判決は至極まっとうであると考えている。
 僕が指摘しているのはこの裁判そのものが馬鹿らしいということだ。
 
 僕がこのような感想を持った発端は、3月29日付、朝日新聞朝刊の社説である。
 大江氏を訴えた原告の梅沢、赤松両氏の発言に僕は驚きと怒りを通り越し、しばし開いた口がふさがらない状況に陥った。

 記事によれば、大江氏の「沖縄ノート」を読んだのは裁判を起した後だった、と彼らは法廷で述べたというのだ!
 彼らは訴訟の拠り所ともなるべき肝心要の「沖縄ノート」を、当初読んではいなかった!
 いったい彼は何を根拠に大江健三郎氏を訴えたのだろうか?
 このようなものは裁判とは言わない。-単なるチンピラの因縁である。


 大江健三郎氏が集団自決で訴えられるとすれば、その根拠は彼の著作「沖縄ノート」以外に有り得ない。それを読まずして裁判に訴え出るとは、まったく人を食った、人を馬鹿にした話である。
 聞いたところによると、どうやら彼らは作家の曽野綾子が1973年に出版した著作をもとに裁判を起したらしい。全く無謀としか言いようのない”頓珍漢”な方々だ。
 大阪地裁もこれにはさすがに呆れたのだろう、原告の訴えを退ける判決を言い渡し、そしてこのような裁判に巻き込まれた大江健三郎氏については、まったくのところお気の毒というほか言葉が見つからない、まあそういったところなのだ。

 僕がこの裁判を通じて非常に情けなく、また激しい怒りを感じるのは、原告である元隊長らのあまりにも無知で、盲目で、傲慢な態度である。
 このような態度こそがかつての戦前、戦時中の大本営を頂点とし末端の士官に到るまでの日本軍のありようそのものであったのではあるまいか?このような一部の軍部の人間の曖昧模糊とした、神国”日本”という幻想的な国家感により、日本の人々は戦争に狂気し戦争の道に突き進められてしまったのではないだろうか?
 そのような軍事の生き残り、もしくは軍人の関係者といった人間のこの裁判における姿勢を見るにあたり、あたかも彼らの態度そのものが、「沖縄の集団自決」が軍の関与のもと明らかに存在したのではないかという事実を如実に暗示している。
 彼らは明らかに墓穴を掘っている。
 僕は先の戦争を直接体験した者ではないのだが、この裁判の記事に触れ、そして自身の想像力を駆使するに当たり、一つの確信をここに感じている。
 -集団自決は存在した、という確信である。

 僕は先の戦争の手記などに触れるたび、戦争を体験した人々に対しては最大限の経緯をこれまでにはらってきたつもりだが、今回の裁判における原告に見られるような人間については、尊敬する気持ちには到底なれない。
 なぜならば、彼らはいまだ幻のような国家に浸り、どれほどの人間が犠牲となり、それに対し自身がどのように関与してきたかを全く直視しようとしないからである。
 つまりは、彼らは戦後60年以上経過した現在においても、未だ旧日本軍の幻影を抱きつつ戦争状態にあるからである。
 先の戦争はこのような人間が集まり、無謀で”頓珍漢”な戦争感のもとに日本を壊滅に陥れた。そして沖縄は日本国家に足蹴にされ、日本国家に切り捨てられ、そしてそこに集団自決という悲劇的行為を産み出す土壌をつくってしまった。おそらく、これは間違いあるまい。
 このような痴呆とも受け取れる”現役軍人”など、僕は到底支持する気にはなれないのである。



 ただし、今回の沖縄の集団自決の問題については、それが「あったか、なかったか?」といった2言論的な問題に収束すべきではないと考える。
 これについては、3月5日の朝日新聞に寄せられた現代史研究者大杉一雄氏の発言を引用することにより、この記事の終わりとしたい。

 《教科書検定についての論争はもっぱら、集団自決が軍による強制=命令かどうかということだった。(しかし史実は)自分たちは玉砕するが、住民にはとにかく逃げ延びろという場合もあっただろうし、一緒に死のうと手榴弾を手渡したケースもあっただろう。
 一億玉砕を教えられていた当時の国民はそれを受け入れる精神状態にあり、それがあの戦争の現実であった。

 直接的な軍命令の関与が確認されているかいないかという議論をつづけるよりも、当時の客観的な事情を前提に、歴史の真実が書かれるべきである。
 悲劇の責任を問われるべきは、沖縄現地軍というよりは、敗色歴然となっても本土決戦、一億玉砕を叫んでいた軍首脳部と、終戦を積極的に推進しなかった政治家である。
 権力の中枢にいた人々と、第一線で戦わざるを得なかった人々の責任の軽重は、厳に区別されなければならない。》



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2008/03/22のBlog
~60年前に、イスラエルが誕生し、パレスチナ難民が発生
した。
 この事件をパレスチナ人は「NAKBA(ナクバ:大惨事)」
と呼ぶ。
 隠され続けてきた歴史が、今、姿を現そうとしている。~

-我々は、「NAKBA」に遭遇するべきだ-


「夕方、銃撃がはじまった。娘の夫に、娘を連れてくるように言った。そして彼は出かけていった。息子にも娘を連れてきてと頼んだ。息子も帰ってこなかった。外に出たら誰もいない。みんな殺されたみたいだった。ブルドーザーが遺体を穴に運んでいた。そこに21の遺体があった。そして娘の夫を見つけた。娘は顔を焼かれて死んでいた。」
~サミーハ・ハジーザ(パレスチナ人) シャティーラ難民キャンプで暮らす~

「部下と一緒にある家の中に入ると、3人の子どもが部屋の隅で撃たれて死んでいた。女も男も撃たれ、家という家で銃声が響き、多くのアラブ人は逃げていたが、右派武装組織は見つけたものは誰であれ撃った。私はその日が金曜日だと記憶している。」
~メイール・パイール(ユダヤ人) ユダヤ正規軍突撃隊バルマッハ元部隊長~

「老人にインタビューすると過去の記憶がよみがえり、何度も涙を流しながら語ってくれる。私にとってもつらい仕事だが彼らもつらい想いをする。私たちは100人以上の犠牲者の名前を知っている。イスラエル兵は戦闘中でなく、戦闘後に人々を殺した。」
~ムハンマド・タンジ(パレスチナ人) タントゥーラ村歴史資料館館長~

「シオニズムとは一種のナショナリズムだ。アメリカのユダヤ人はこの国家に属することができるのに、この地に住むアラブ人が属することができないとしたら、シオニズムの中に人種差別が組み込まれていることは否めない。殺戮のプロセスだ。これは国家の利己主義、そして愚かさが原因となるのだ。」
~シュロモー・ザンド(ユダヤ人) テルアビブ大学教授。元マツペン(※)メンバー~

「国連も世界もどうして弱い者を助け、正しいことを行おうとしないのか。そうだろう。自分の物が誰かに取られたら、取り戻すか話し合いによって解決するものだ。問題は・・・年寄りも若者も、ユダヤ人もアラブ人も殺しあっている・・・誰がこんなことを始めた。1948年からずっと続いている!こんなひどいことを誰が始めたんだ!」
~アフマド・アブシャイフ(パレスチナ人) ジェニン難民キャンプに住む。~

(※)マツペン:
1962年、イスラエル共産党を離脱した人々を中心に結成された反シオニズム組織。1967年の第3次中東戦争以降は、占領地の即時変換を求め活動している。
ちなみにシオニズムとは、ユダヤ人迫害に対しユダヤ独自の民族国家を設立せんとするナショナリズムの思想、あるいはその活動を指す。


 -2008年3月22日(土)
 今日はフォトジャーナリスト広河隆一氏監督によるドキュメンタリー映画「NAKBA(ナクバ)」の公開初日である。
 広河氏の舞台挨拶が企画されていることを知り、私は初回10:20の上映に合わせて渋谷「ユーロスペース」に足を運び、最前列の真ん中に座席を確保した。
 館内は立ち見客が出るほどの盛況振りであった。また、マスコミからも取材陣が多数押しかけ、映画「NAKBA」に対する関心の深さを窺わせた。

 この作品は私自身を戦慄とさせるものであった。
 パレスチナ情勢は広河氏の著書「パレスチナ 新版」により私の記憶の中にある種の”引っかかり”を留めていたのだが、この作品がそれに対する”答え”でもあるといえる。今日、こうして映画という映像を通してパレスチナ問題に触れ、その言語を絶する状況を垣間見るにつれ、いかに我々は何も見ていなかったかという事実に打ちのめされた次第である。

 「我々は何を見、何を見ていないのか?」

 日本という安住なる家畜小屋に生息し、日々垂れ流されるテレビのバラエティーに首まで浸かっている我々は、果たして何を見てきたのだろう?タレントの結婚に話の花を咲かせ、お笑い芸人の”虚動”を楽しみ、スピリチュアルタレントの御信託に感動し涙している。我々はブロイラーそのものである。行き着く果ては愚にもつかぬ国家ぬ食われてしまうのか?
 そう、我々は、私も含め何も見てはいないのだ。

 広河氏が最初にパレスチナに関わったのは、私が生まれた年でもある1967年のことである。
 当時イスラエルでは社会主義的な思想をもとに「キブツ」と呼ばれる農業を基本とした地域共同体が各地に設立され、社会主義が実現されているとのふれ込みに世界中から共産主義・社会主義に憧憬をもつ多くの若者達が集まっていた。
 広河氏もそんな若者の一人で、氏が活動の拠点としたのが「キブツダリヤ」であった。
彼はそこで様々な仕事に従事した。彼はリンゴやオレンジの果樹園で働き、共同食堂で働き、そして時には塹壕掘りなどもやった。
 そのような充実した労働の日々の中で、ある転機が訪れる。

 それはヒマワリ種の収穫の時であった。
 偶然畑の外れに足を踏み込んだ彼は、サボテンの茂みの中に白い瓦礫に目をとめた。最初彼はそれを遠い昔の遺跡か何かだと思った。これをキブツの仲間に尋ねても要領を得ないし、なぜかいつも話ははぐらかされてしまう。このことは妙に気になる事として彼の脳裏に焼きついた。
 それが氷解したのはマツペンの仲間から見せられた一枚の地図からであった。
 ぼろぼろになったその地図はイスラエル建国前にイギリスによって作られたもので、建国後のイスラエルがその上に新しいユダヤ人移住地名を印刷していた。
 彼のキブツダリヤの場所にはパレスチナの村の「ダリヤトルーハ」が書かれていた。そしてその横には括弧書きで「破壊されている」の文字。
 キブツダリヤとは、ユダヤ人がパレスチナ人の村を破壊し侵略した上に建設された”偽りのユートピア”に他ならなかったのである。

 この体験が以後、広河氏がパレスチナに40年にも渡り関わりを持つきっかけとなった。
 映画「NAKBA」とはパレスチナの貴重な記録でもあると同時に、広河氏自身の人生の記録でもある。この映画において、広河氏はNAKBAの証人、特に「ダリヤトルーハ」の生き残りを執拗なまでに追いかけている。
 彼によれば、このようにユダヤ人の手により消滅してしまった村は420にもなるという。その村一つひとつには冒頭に紹介した殺戮があったのは言うまでもない。

 映画の最後にダリヤトルーハの住人が、かつて彼らが生活したその地を再訪するシーンがある。
 彼らは故郷の歌を唄い、瓦礫の中から故郷に眠る先祖の墓を見出し、そして故郷の水を飲んだ。そして最後に広河氏自身の手により集合写真を撮った。これは広河氏が舞台挨拶でも述べていたのだが、私にとっても非常に印象的な光景となった。

 「我々は何を見、何を見ていないのか?」

 21世紀の現在においても、世界の基本的潮流は実は戦争状態にある、というのが私の個人的な考えだ。20世紀は戦争の世紀であると言う人もいるが、それは全くその通りで、21世紀になった今もそれら過去の負の遺産を引きずり、平和の実現は全くのところ進展してはいない。
 今現在チベットの暴動が世間を騒がせている。この中国大陸とパレスチナはそれぞれ独自の問題を内に孕んでいるが、個別の問題として片付けてしまって果たしてよいものだろうか。これらの問題は国家の利己主義という点において、本質的には同じものではなかろうか?これはイラク戦争またしかりである。これらに対し我々は目を背けてはならない、これらに向かわなくてはならない。
 なぜならば、このような国際問題は我々にとって決して”例外”ではないからだ。このような国際問題は我々が生きる実社会の問題である。そしてこのような社会が、すべてのひとに関与するなら、この社会で起きるどんな異常事態も我々の責任なのである。それが社会の社会たる所以でもある。
 したがって、これらの問題に対し我々は被害者であり、同時に”加害者”でもあるのだ。
 「NAKBA」とは映画ではない。これは広河隆一氏が突きつけた強烈なメッセージである。
 我々に突きつけられた命題はあまりにも重い。
 「NAKBA」とは、我々一人ひとりの問題なのである。




 広河隆一氏はどのような人物か、かねてから気になってはいた。
 今日実際にその人物に接し、意に反してとてもナイーブで物静かな方であるとの印象を受けた。しかし、氏の体から滲み出るオーラ、力には何か尋常ならざるものも合わせて感じた次第である。
 非常にずうずうしい私である。
 今日も名刺を渡し、広河氏にサインをお願いしたのだが、二言三言話した途端なんとも形容しがたい緊張感に襲われ手が震えだしてしまった。あたかも彼は石造りの巨大な城壁のように私には感じられた。これが40年もの間体を張って”何か”を伝えてきた人間のパワーなのであろう。私など及びもつかない本物の人間だと思った。
 広河氏にはこの時名刺までもいただいてしまった。
 ここであらためてお礼を言いたい。


 ■「NAKBA」の予告編はこちら

 ■ニュースで紹介された映像はこちら(You Tube)

 ■4月2日(水)に「NAKBAシンポジウム」が開催されます。
 これは当日18:20上映終了後、当上映に参加した方々を対象に行われるものです。
 様々な疑問を広河隆一氏にぶつけ、大いに語り合う絶好の機会です。
 興味のある方はぜひ参加されたし!
 場所:渋谷「ユーロスペース」



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※これは2008年1月18日付の記事である。

 ”NAKBA(ナクバ)”とは「大破局」という意味である。
 1948年、地中海の東端、パレスチナ地方にイスラエルが建国された。
 このイスラエル独立とパレスチナ難民発生の日を、パレスチナ人はナクバ
(大破局)と呼んでいる。
 以来、実に60年もの長きにわたり、彼らパレスチナ人の多くは難民生活を強いられてきた。
 既に記事でも述べたことだが、この60年もの歳月は侵略と強奪と殺戮の歴史でもある。
 今、世界では何が起っているのか?
 現実の世界とはどのようなものか?
 我々はそのような世界を見て、何を感じるのか?

 TV受像機から日々垂れ流されるタレントの言動に一喜一憂し、虚しいゲームに貴重な時間をすり減らし、愚にもつかないオチャラケ映画に涙するような、そんな日本人に成り下がってはならない。

 よく考えて欲しい。
 パレスチナは、果たして他人事なのだろうか?
 我々は本当に平和な社会に暮らしているのだろうか?
 そして、平和とされている今の状況が、今後も保証されているのだろうか?
 よく考えて欲しい。
 気がついてみたら我々も侵略と強奪と殺戮の渦中の真っ只中にいた、そんな近未来が足音を立てて近づいてきているのではないだろうか。
 
 「我々は一度、”NAKBA”に遭遇してみるべきだ。」

 この春は渋谷に集結だ。
 そこにある人間の姿を直視しようではないか。





【2008年春、40年の記録が世界を変える!】
【特別鑑賞券¥1,400(税込)絶賛発売中!】

~当日:一般¥1,700 大学・専門学生¥1,400~


■渋谷 ユーロスペース

■住所 渋谷区円山町1‐5(渋谷・文化村前交差点左折)

■電話番号 03-3461-0211

※劇場窓口でお買い求めの方には、『パレスチナ1948・NAKBA』 限定オリジナルポストカード(広河隆一直筆サイン入り)を プレゼントいたします。

詳細はこちら↓
http://nakba.jp/



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2008/03/19のBlog

 3月。弥生(やよい)
 この月は忙しいねえ。
 講演会が開催されて一週間以上経過してしまった。
 なのに私の記事、「九条の会参加報告」は一向に進まない。
 たいへん大きな成果があったのにも関わらずだ!
 これもすべては3月のせいであろう。
 僕も世間並みにあくせくと”会社人”していたわけだ。

 ただ、講演会に参加してひとつ、明確に分かったことがある。
 それは世の中に「社会人」と呼べる人が存在しない、ということである。
 いや、正確に言えば9割9部9厘の人は社会人ではなかろう、ということだ。


 例えば、学校を卒業し晴れてどこその会社に所属すれば世間では「社会人」と見なされる。また、学生時代のアルバイトも一つの「社会経験」として、できれば一度は経験しておく方が良いと世間一般の人は考えてもいる。僕もそんな一人であった。
 でもね、そんな考えはまったくのところ「嘘」でしかないんじゃないの?

 僕は今月は仕事に忙殺され、九条に関する思考や余韻がある時ざっくりと抜け落ちる瞬間を何度も経験した。周囲の人間に到ってはなおさらそうだ。九条に限らず、今現在の世の中的な問題を真剣に考えている人間が、果たしてどれほどいるのだろうか。
 僕はシステム屋である。
 よって周囲の人間はシステムのこと、つまりは仕事のことのみを考えて1日の大半を過ごしている。それが興じればもはや社会問題から遠く離れて、本当に会社や仕事のことしか考えなくなる。そこで成果を上げれば、立派な一人前と見なされるからだ。 

 これは何も会社員に限ったことではない。
 学生のアルバイトは週末の彼女とのデートとそのために誰にバイトを代わって貰うかを考え、そうでないパートタイマーはその日の暮らしに汲々とし、一部のエスタブリッシュメントは次なる投機先と金勘定に忙しい。
 これって「社会人」じゃないよね?
 僕たち会社員について言っても、確かに「会社人」かもしれないけど、「社会人」じゃ決してない。
 社会人とは、社会のことを真摯に考える人を指す言葉なのだと、はたと気がついてしまった。よって、社会を考える人が会社員であろうが、フリーターであろうが、無職であろうが、全く関係ない!
 そういう意味で世の中には社会人と呼べる人など、哀しいことにほとんどいないわけよ。

 3月8日、「九条の会講演会」
 この日は約2300人が集い、立ち見の人まで現れた。
 井上ひさし氏が言ってたけど、休日に渋谷まで足を運ぶ人は本当に奇特な人なのだ(笑)
 ついでに言うと、外で騒ぎまくっている街宣車の”右側の黒い人たち”も彼に言わせれば”奇特な方々”である(爆)
 そんな物騒な最中に「九条に会講演会」は開催されたのだ。
 僕はね、ここにこうして集まった方々こそ本当に「社会人」だと感じたね。やはりみんなこれからの「日本」という国を憂いてるわけなのよ。でなけりゃわざわざこんなところまで来ないでしょう。だからといって、これに参加した僕が”エライ”と言うつもりは毛頭ないわけね。僕なんか凡百のオッサンですよ。それでも今後これを機にどう活動していくかはいろいろと考えてはいるけどね。
 ただ、心配なことが一つある。
 それは九条の会を支持する方々があまりにも年配である、ということね。
 当日参加した人の7~8割りは50代、60代以上ではなかろうか?
 これではこの活動も後々先細りすること必死なわけよ。
 
 問題はここよ!
 今後はいかに若い世代を取り込むかが鍵になるのよ。
 当日、会場を運営しているスタッフに大学生とおぼしき若い世代が多々見受けられたのがせめてもの救いであった。
 聞くところによると、早稲田大学で「ピース・ナイト」と銘打った九条の会関連の集会が1000人以上の参加者を呼んで大成功を遂げたらしい。
 僕が期待するのはこの辺だね。

 この辺を踏まえて僕の課題もある程度はっきりとしてきた。
 今後は周囲の人間に九条の会を周知させ、いかに活動の輪を広げるかということ。
 ちなみに僕の会社にも法政大学法学部出身の人間がいる。
 先日彼と飲んだとき、さりげなく「国民投票法についてどう思う?」と振ってみた。
 彼曰く「あれは・・・、それなりに良かったのでは・・・」
 「なんでよ?穴だらけの法案のどこがいいんだよ!」と突っ込む僕。
 「いやあ・・・憲法に即して・・・(もぐもぐ)」(という感じで口ごもる)
 -まったくお話にならない。

 彼も単なる「会社人」でしかないわけよ。
 僕にできることは、このような会社人をいかにして「社会人」たらしめる手助けをすることではないのか?なんだか偉そうなことを言って申し訳ない。
 社会人とは英語で言えば「people=市民」という概念なのかも知れない。ただ言えることは、現在の日本ではピープルは不在であるということだ。
 それでも「会社人」が「社会人」足らんとすることは、つまりは”二束のわらじ”を履くことをも意味するような気がする。それほど僕達は企業にスポイルされ人生の大半をすり減らし、日々の生活に疲弊しているわけね。だから社会人を目指すのは非常にパワーが必要とされるわけなのよ。
 世の中皮肉だよ。
 政府与党がのさばっていられる理由もこの辺にあるのでしょう。だって、世の中には”まっとうな”社会人がいないわけだから。

 「僕は社会人になりたい!」

 そう切に願った「九条の会講演会」でありました。



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2008/03/02のBlog

 気に入らない写真である。
 2008年2月19日に起こったイージス艦と漁船の衝突事件に際し、首相・福田康夫は3月2日事件後初めて被害者親子の親族と面会した。
 首相は親子の写真の前に座り、涙ぐんで謝罪したという。そして帰り際の写真がこれである。
 これを見る限り、これでお役目を果たしたと言わんばかりの首相に対し、来てくださってありがとうございますとばかりに深々と頭をさげる、正確に言えば頭を下げさせられる親族の姿に圧倒的な違和感を禁じ得ない。政府与党としては、わざわざ首相がお越しなのだから庶民のお前たちはありがたく思え、と言いたいところなのだろう。
 このように、憲法に違反し軍隊を保有している政府がふんぞり返り、その犠牲者が頭を下げるといった転倒したさまを見るにつれ、つくづく日本には軍隊など必要ないなと感じる次第である。

 今回の事件により、日本のイージス艦は漁船1隻すらまともに回避できない、いやむしろ「漁船1隻だからこそ、回避するつもりなどなかった」といったことが判明してしまっている。つまり、イージス艦とは自衛隊