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21世紀のリーダー 死活の書
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2008/09/01のBlog
■福田首相が退陣表明 支持率低迷、後継選び急ぐ

 《福田康夫首相(72)は1日夜、首相官邸で記者会見し、退陣する考えを表明した。内閣支持率の長期低迷に加え、衆参両院で与野党勢力が逆転する「ねじれ国会」の下で国政の停滞を招いたためとみられる。7月の主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)や内閣改造による人心一新も支持率改善に結びつかず、内閣発足後、11カ月で政権運営に行き詰まった。》
~2008年9月1日22時12分 東京新聞~

 本日、9月1日21時30分、緊急記者会見の席上、福田首相は突然の辞任を発表した。サミットでは起死回生に失敗し、内閣改造をしたが支持率は伸び悩み、福田首相では次の衆院選は戦えないと政府与党からの空気も強まり、突然の辞任と相成ったわけである。
 なんでも他人事のようなご老体ではあったが、最後だけは”電撃”であった(爆)
 
 さすがにこの事件は私にとっては大きな驚きではあったが、これでいよいよ日本の政局、というよりはむしろ今後の日本が大きな分岐点を迎えたことにもなろう。
 テレビにかじりつき驚いてばかりもいないで、ここは一つ!”ふんどし”を締めて今後の我々の立ち位置について考えてみようではないか。

■今後考えられる”2つの”シナリオ

 福田康夫が辞めてしまった以上、当然次の自民党総裁はいったい誰であるのかが気になるところだ。順当に考えれば、マスコミもそう指摘するであろう「麻生太郎」が有力であると思われる。福田改造内閣での彼の幹事長というポストは、当然次の総裁選を睨んでの事とされているからだ。
 しかし、現在のトチ狂った、キレてしまった自民党においては「ありそうもないことが堂々とまかり通る」と思ったほうがいいのかも知れない。
 よって、次の自民党の総裁は以下の2人を軸に考えてみたい。

【小池百合子 浮上説】

 年末年始の衆議院解散を目論むならば、おそらくは小池百合子が浮上してくるかもしれない。
 誤解してはならないのは、この場合、小池百合子は首相にはなれない、ということだ。自民党は衆院選で敗北し民主党に政権を譲ると言うシナリオによる小池自民党総裁なのである。これはすなわち、自民党による民主党潰しのシナリオである。

 これは自民党が過去に使った手口でもある。
 1994年、自社さ連立政権のもとにそれは誕生した。
 こともあろうに自民党は政敵である社会党と手を組み、社会党委員長・村山富市を首相に担ぎ上げたのだ。
 それで、社会党はどうなったか。
 村山首相は社会党にとって最も拠り所にするはずの憲法9条、すなわち自衛隊の合憲性を、自ら発せざるを得なくなる状況に追いやられたのである。
 これで社会党は死んだと言える。自民党に殺されたと言える。
 それ以降の社会党は”社民党”と看板をすげ替え、「もはや役割は終わった」と揶揄される政治サークルに成り下がってしまった。
 今回、自民党がこのような褒め殺し的な手法を民主党に使うことは十分に考えられる。それだけ民主党政権の基盤は脆弱であると、自民党は踏んでいるのである。

【小泉純一郎 再燃説】

 これが”最悪”のシナリオだ。
 あの小泉が再びやってくるというシナリオだ。
 先日、民主党から4人の議員が造反し、”改革クラブ”なる陳腐なネーミングのグループを立ち上げた。彼らは自民党シンパであるのは言うまでもないが、それに伴ってかなりの実弾(=金)が動いたと見る向きも多いだろう。
 普通であればこのような”金”の出どころは自民党だと考えるのが常套であるが、今回はどうやらそうではないらしい。ある情報筋によると、今回の金のでどころはアメリカであるようなのだ。その金に、今回は福田康夫も一口乗ったのである。ある意味、彼にとっては願ったりであっただろう。

 考えてもみてほしい。
 現在、アメリカはサブプライム問題に端を発した金融危機により、国がジリ貧の状態である。正確に言えば倒産一歩手前である。したがって、アジア、特に日本の金を狙っているわけなのだが、そのためにはどう考えても今しばらく飼い犬の自民党には延命して欲しいのだ。
 それを忠実に実行できるのは誰か?過去に実績のある小泉以外にはあるまい。
 そのことにより補給支援特措法も強行採決でき、定額減税による赤字国債の発行もすることなく、消費者庁も実現することにもなる。
 そういう意味では、小泉再登板による衆議院の解散はまずあり得ない。それまで時間稼ぎをするのがアメリカの意図だからだ。

■我々はどうするべきか?

 なんといっても、早期の衆議院解散を望むほかないだろう。
 その意味では小池百合子説を願う次第だ。
 確かに民主党は脆弱である。しかも、民主党は自民党と変らないとの意見もある。
 なるほど、その通りかもしれない。
 しかし、今は自民党政治を全否定する時だろう。近々やってくるであろう衆院選においては”絶対に”自民党には入れないことだ。
 かつての社会党のように民主党が自壊するか否かは、もはや我々の問題である。
 今は自民党を突き落とし、しばらくは民主党を支えるというのも「一つの手」である。
 ただ、私は少し違う道を辿ると思うが、それでも自民党を支持するつもりは毛頭ない。
 いずれにせよ、小泉が再燃しようものならそれこそ”最悪”なのである。

 我々もいい加減、行動の準備をしたほうがいい。
 いつでも行動できるよう、準備をしたほうがいい。
 私もそのつもりであります。

 場外乱闘はこれからだ!



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[ 22:00 ] [ 自民党研究序説 ]
2007年9月1日 朝日新聞 「【読み解く】政治」より

《それにしても、今回ほど困難な身体検査はかつてなかった
だろう。議員秘書経験のある筆者から見ても、同情を禁じ得
なかった。
 初歩的な”身体検査”は通常、次のような方法で行われる。
 警察庁(公安)、法務省(公安調査庁)、内閣府(内閣情報調査室)の各情報機関に、入閣候補者の家族構成、選挙区情報、過去の犯罪歴まで調べさせ、その他すべての役所からも情報を上げさせる。さらに、国立国会図書館、マスコミ、民間信用調査機関の情報をフル活用し、秘書や党職員などを使って分析する。そのすべては、秘密裏に、時間をかけて、普段から行われている。そして、いざという時に、このデータを磨くのである。》

 2006年末から2007年8月にかけて、安倍政権を襲った数々のスキャンダルについては既に述べた。それでも、起死回生を図る安倍首相は、内閣改造を実施するに当たり入閣候補者のいわゆる「身体検査」に心血を注ぐわけだが、その成果は実ることなく早々に遠藤農水相の補助金不正受給問題が明るみにでるという大失態をさらしてしまう。
 閣僚の身体検査には誰が(どんな機関が)、どのように行っているかを示したのが冒頭に紹介した朝日新聞の記事である。この記事は自民党・鳩山邦夫氏の公設秘書も務めた上杉隆氏によるものだが、記述された内容に間違いはないとはいえ、あくまでも世間一般に知られる身体検査の原則的手法である。特に最近では個人情報保護法といった機密に関わる法体系も整備されていることから、たとえ首相であっても従来の方法論による情報収集をする限りにおいては、望むような結果を入手することは限りなく不可能になりつつあるのが現状である。その意味において冒頭の記述はあくまでも”初歩的な”手法なのである。
 つまりは、安倍政権における閣僚の身体検査など絶対的に不可能な、到底かなわぬ絵に書いた餅でしかなかったのである。

結局、情報源は”人”でしかない

 誰がこれら一連の情報をリークしたかを考える前に、結局いつの時代においても情報源は”人”であるということは、あらためて認識しておく必要がある。口コミ情報が最も早く伝播し以外に信憑性を持つ場合があるように、人こそが重要な情報源なのである。
 ただし、機密に関わる情報はそうやすやすと手に入るわけではない。当たり前の話だ。これらの機密情報はある特定の個人の元に、極端に言えば特定個人の頭の中に、もしくは極めて一部の人間しか閲覧することができない情報ソースの中にしか存在しない。このような情報はオフィシャルには存在しないことになっているので、あくまでもオフレコ的な性格を持つものである。もちろん、これは首相いえども近づくことのできない代物である。
 しかし、これらの情報に比較的簡単に接することができる人間がいる。
 人は情報であると既に述べた。これら情報に接するにはかなり突っ込んだ個人的人脈がものをいう。これは単に、首相と関係調査機関といった社会的・事務的な人脈などでは到底及びもつかない、利害関係とエゴが複雑に絡みつくヘドロのごとき人脈である。ここに人間関係の全てがあると言っても過言ではないだろう。
 自民党派閥の長は、このような人脈こそに自身の持つエネルギーの大半を日夜費やしている。時には夜を徹して情報となる人間につき合い、時には金を動かし、時には誰かを陥れることでこれらの人脈を築いてきた。若い世代の人間からしてみれば、まことに古臭い政治手法であるが、これが自民党の本質、派閥政治の本質でもあるわけだ。小泉政権で派閥政治は弱体化したと囁かれているが、私はそうは考えていない。一時期水面下に潜ったに過ぎないのであって、派閥政治は自民党内においてまだまだ健在である。
 自民党の派閥政治とはなにも派閥間で牽制しあったり、派閥の意向で人事が決定されることを意味するものではない。
 派閥政治とは、つまりは”情報政治”なのである。


[ 22:00 ] [ 自民党研究序説 ]
■崩壊!安倍晋三

 マリリン・モンロー ノー・リターン
 この世はもうじきおしまいだ
 あるきつかれて西のはて
 まっかなまっかな陽が沈む
 さよならさよなら国家甲羅

 
 とうとう辞めたな、安倍晋三!
 うん、辞めた、確かに辞めた。
 「お粥と点滴の日々」などはどうでもいい話で、そのまま果ててくれれば一興であったのだが、辞めたことについてまずは宴を張ろうではないか。乾杯!
 これは一つにはテロ特措法が崩壊であるということの現われなのであろうか。とうとうアメリカにダメだしをくらった安倍晋三氏は、寄る大樹も見出せず尻尾を巻いて逃げるより他なかったのだろう。
 
 それにしても、なんと中途半端なタイミングであることよ。
 参院選後に腹をくくれば、まだ理由付けもできたであろうに。最後の最後まで時と場合について完璧なまでの盲目ぶりの、政治家としても”ずぶの素人以下”であったこの男は、どこにいっても全く使えない男であるな。出るのはため息ばかりなり。

 しかし、これで何かが解決したと思ったら大間違いである。現状は一人のピエロが引退したというだけの話だ。その後に控えるのは、「美しい国」ならぬ「とてつもない国」なるオバカなフレーズを奏でる”とてつもない大馬鹿”である可能性、大なのであるから。
 


強大化した官僚・・・著しい貧富の差・・・輪郭のぼやけた騒乱罪。
努めて事を荒立てたがらない国民性・・・エスカレートする一方の金権政治と強権政治。
難航をつづける国交・・・情勢の急変に触発された戦争・・・底止することを知らぬ物価。
政令恩赦に浴して出獄した連中のさもしい根性・・・他国の内政へのしつこい干渉。
同族会社が創りあげた屈指の軍需産業都市・・・隠匿物資の増大。
国がらみで文化の興隆を促す怪しげな催し物の数々・・・幻と化した選挙による粛清。
はびこる閥族政治・・・神明の加護を求める弱い心。

 なぜかれらはいつもいつも従ってしまうのだろうか。
 かれらはいつまで経っても視点を変えず、弾圧者に敵意を抱かず、権力の実相を探ろうとしない。かれらのあいだに伝染する悪習も、かれらのあいだに氾濫するふてくされも、いつだってかれら自身を脅かすだけではないか。かれらは皆、定職を失うことが即飯の食いあげにつながると思いこんで怯えている。かれらがときおり思いだしたように及び腰で行う抵抗の合法的活動も自発的な活動も、理不尽極まりない統制を大いにかき乱したためしなど一度だってありはしない。
~丸山健二 「争いの樹の下で」~

 本日、奇しくも丸山健二「争いの樹の下で」を読了したが、これも単なる偶然とも思われぬ。しかしながら、拙記事「自民党研究序説」は目下のところ、足元はまだぶれるに到っておりませぬ。ペース如何は別にしても、今後とも進めるべく課題の一つであります。



 日本の皆さん。気を引き締めなさい。男ならここで肝っ玉見せてやれ。女なら執念の火をたぎらせよ。
 我々の現実から眼をそらすな。衆議院解散、及び総選挙に立ち向かえ。

 場外乱闘はこれからだ。


[ 22:00 ] [ 自民党研究序説 ]
~我々は、またしても見せつけられている。
 戦後の保守陣営が営々と繰り広げてきた、かくも愚鈍な俗物、
 属人的な茶番劇の数々を。
 かくも擦り切れ、使い古されたワイドショー的ストーリーの数々を。
 彼ら年寄り、はたまた若年寄の毛穴からにじみ出る臭い脂(あぶら)、
 頭皮からにじみ出るくさい脂(あぶら)が張り付いたクソのごとき
 しみだらけの背中を。
 我々はかくも見せつけられている。~


■へばりつけ!そして、へばりつけ!だれが何と言っても、へばりつけ!

 2007年7月29日、第21回参議院選挙。自民党は大敗した。
 この選挙により、確定獲得議席は自民党83議席、民主党109議席となり、1955年の保守合同(自民党結党)、旧社会党の左右統一以降、初めて野党に参院議長のポストを明け渡すこととなった。つまり、参議院の牙城を奪い取られたわけである。これは自民党にとっても「歴史的大惨敗」と言うほかない。

 「ばんそうこうを張ってみたりとか、色んなことがありました。安倍政権がだらしないということは、皆さんの言う通りでありましょう」
 「国会運営では、国民に与党の強行採決の連続と映った。公明党も自民党と一体と見られた」
 「安倍政権は、生活重視の政策の実現にこれまで以上に力を注ぐ必要がある。政府や自民党に対して、より強く、よりはっきり意見を申し上げてまいりたい」
 公明党、大田代表は全国県代表協議会にて国会議員、都道府県の幹部らに対し頭を下げた。
 
 《哺乳類のナマケモノやコアラも巨樹の枝先にしがみついて、まわりの葉っぱを食べている。この場所にいれば、エサには困らないし、彼らを襲う肉食獣は、体重が重くて細い枝の先までは登ってこられない。彼らにとって、これ以上はない安全で快適な場所だから、絶対に明け渡さない。もしも状況が変れば、別の木をさがすでしょうけれども。》
 このように、安倍首相は徒党を組む公明党にまでも半ばさじを投げられ、東京新聞には海にすむホヤやイソギンチャク、ナマケモノといった動物にまで喩えられる始末である。これは、政治家、国家の長としては最も卑しめられ、ナメられた状況に他ならない。

 それでも、自民大敗のA級戦犯とも言うべき当の安倍首相は、大方の国民の意に反し引き続き首相続投を宣言し、8月27日、こともあろうに安倍改造内閣の顔ぶれを発表する始末である。
 「私か小沢さん、どちらが首相にふさわしいか、国民に聞きたい」
今回の参院選を、安倍首相は信任争いと位置づけたはずだ。それでも、彼は首相の座にへばりつこうとする。
 いったいそれは、なぜなのだろうか?

■安倍首相を襲う、怒涛の閣僚スキャンダル

次に、昨年より安倍政権を賑わせた数々のスキャンダルの主なものを、もう一度整理してみよう。

◇2006年12月16日
 政府税制調査会の会長本間正明氏は、公務員官舎の同居人名義を妻の名前にしつつも愛人と同棲していることが報じられ、本間氏はは12月21日に税調会長を辞任。

◇2006年12月26日
 内閣府特命担当大臣(規制改革担当)佐田玄一郎氏が、10年間もの間、光熱費や事務所費など計7,800万円の経費を支出した、虚偽の政治資金収支報告書を提出していたことが判明。大臣を辞任。

◇2007年1月10日
 文部科学大臣伊吹文明氏の資金管理団体が、賃料のかからない議員会館を所在地にしているにかかわらず、多額の「事務所費」を支出したことを政治資金収支報告書に記載しており、その一部を交通費や飲食代などに流用していた疑惑が浮上。
 また、自民党政調会長中川昭一氏、文部科学副大臣遠藤利明氏についても、家賃が無料の議員会館に資金管理団体を置きながら多額の事務所費を計上していることが発覚。

◇2007年1月27日
 島根県内で行なわれた自民党県議の後援会の集会にて、厚生労働大臣柳澤伯夫氏が「女性は子供を生む機械」と発言。

◇2007年3月5日
 参議院予算委員会で農林水産大臣松岡利勝氏は、光熱水費が無料の議員会館に事務所を置いているのに多額の光熱水費を計上したことを問われ、その使途を「なんとか還元水」などの浄水器に用いた、などと発言した。

◇2007年5月28日
 農林水産大臣松岡利勝氏が、東京・赤坂の議員宿舎の自室で首をつって自殺した。現行憲法下で現職大臣が自殺するのは初めて。

◇2007年6月30日
 防衛大臣久間章生氏(当時)が、千葉県柏市で「原爆の投下はしょうがない」と発言し辞任。

◇2007年7月7日
 農林水産大臣赤城徳彦氏の政治団体「赤城徳彦後援会」が、事務所としての実態がない茨城県筑西市の両親の実家を「主たる事務所」としているにもかかわらず、1996年から2005年までの間に約9045万円も経費計上していた事実が発覚。
 8月1日、赤城氏が辞表を提出し、安倍首相もこれを受理。

◇2007年8月27日
 安倍改造内閣が発足。同時に自民党役員も一新。しかし、自らが組合長を務める農業共済組合の補助金不正受給問題で、赤城氏の後を継いだ農林水産大臣遠藤武彦氏が辞任。


 以上のように、安倍政権のもとで発覚したスキャンダルは、「女性問題」「事務所費問題」挙句には「暴言」といったように、実に”いやらしく”、”せこく小粒”で”気違い沙汰”なものが目白押しである。松岡農水相(当時)の自殺は別にしても、とにかくスケールが小さい。
 この流れは安倍改造内閣においても止まる気配をみせず、今後とも閣僚のスキャンダルは噴出してくると思われる。閣僚のスキャンダルはこれまでにも世間を賑わせてきたが、安倍政権における、この数の多さはいったい何なのだろうか。
 安倍晋三氏が近年まれに見る無能な大臣であることは言うまでもないが、あまりにも多すぎやしないだろうか。これは、安倍首相の”無能さ”や”人を見る目のなさ”といった問題を遥かに逸脱していると考える。

 なぜ、安倍首相はかようにも首相の座にへばりつくのか?
 なぜ、安倍政権ではかようにも閣僚のスキャンダルが多いのか?
 今後はこれらの問題に焦点を当て、検証を進めていきたいと考えている。そこには自民党のある一つの戦略が隠されていると私は見る。
 私は安倍政権を決して支持はしない。同時に、今後の政局にも決して目を背けるつもりもない。


[ 22:00 ] [ 自民党研究序説 ]
■政府与党に手向ける短い手記

 7月。
 どこもかしこも夏だらけだった。


 《人はどうしていつも従ってしまうのか。
 お上に手もなく言い伏せられてしまう大衆は、おいそれとは承知できないはずの参戦ムードにいつの間にやらぐっと傾いており、もう元には戻れないところまできてしまっている。図に乗った為政者はかれらに向かって、その命を無償で差し出してくれないかと心安だてに頼んでいる。さすがにまだ本決まりというところまではいっていないが、しかしその厚かましい依頼はまもなく国民の義務にとって替わるだろう。》
 ~丸山健二 「争いの樹の下で」~


 8月。
 夏がそんな政府をけしかけていた。


 《おまえはてくてくと歩きつづけた。
 おまえは台頭する国家主義や、愛国心を培うことでしか危機を乗り切れないとする説の前を素通りした。》

 《おまえがくぐり抜けて行く日々は依然として素晴らしかった。忌まわしさに付きまとわれることなどほとんどなかった。おまえを取り巻く社会環境は相変わらずだった。人類は滅亡の方向に確実に進んでいた。もしかすると、それが自然の成り行きというものかもしれなかった。かれら自身にとっても、かれら以外の生き物にとっても、そうなるほうが幸せかもしれなかった。温室効果はいよいよ手に負えなくなり、核廃棄物の安全処理は未だに実現せず、国家間の対立意識は高まる一方で、富める国と貧しい国の格差は広がるばかりで、難民の数は増えつづけ、犯罪に対する抜本的な対策など夢のまた夢となってしまい、死刑囚が減刑の恩典に浴する可能性がぐんと低まった。》
~丸山健二 「争いの樹の下で」~


 丸山健二「争いの樹の下で」が出版されたのは1999年であるが、今現在を見透かしていたかのようである。



[ 22:00 ] [ 自民党研究序説 ]
■タイタニック内閣!?

 安部改造内閣が27日に発足している。
 「お友達内閣」から心機一転、自民党各派閥の重鎮らを寄せ集めた、世間でいう”重厚”なる閣僚の面々ではあるが、これで安倍首相も「寄らば大樹の陰」に鞍替えしたこととなり、これは見事なまでの「戦後レジームの回帰」に他ならない。
 この、安倍政権の「お友達内閣」はごく最近の話だが(”功名が辻内閣”とも言う)、その他にも小渕恵三の「やじろべえ内閣」、森喜朗の「言い訳内閣」、そして小泉純一郎の「大政翼賛内閣」などというのもあった。さて、今回の改造内閣についてはどのようなネーミングがふさわしいだろうか?
 これについては、漫画家のやくみつる氏がひとつのネーミングを披露してくれた。
 命名「豪華・幕の内弁当(賞味期限ぎりぎり)内閣」である。

 《豪華さは与謝野馨官房長官や町村信孝外相など閣僚経験者、実力者をそろえた部分で、やく氏はむしろ積極的に評価し、ここにピリ辛の枡添厚労相がいい薬味を添えていると評する。ただ年齢的に政治家として活躍できる年月が限られる人が多く、「もう賞味しないとダメという人ばかり。最近の消費者は賞味期限にうるさい。だから賞味期限ぎりぎりの豪華弁当」なのだと言う。》
~2007年8月28日 東京新聞~

 私は当然のこととしてこの内閣を評価するつもりは毛頭ないが、やく氏のこの指摘は大変面白いと思う。「寄らば大樹の陰」は「賞味期限ぎりぎり」であり、安部改造内閣は船出において既に”死に体”とも言える訳だ。
 
 さて、私もこの内閣のネーミングを考えてみたい。基本的にはやく氏と似たような発想を持ったわけだが、私の手向けるネーミングは「タイタニック内閣」である。
 途方もない金を費やし建造された豪華客船だが、処女航海において真っ二つに折れ沈没、はかなくも海の藻屑と化してしまう、という内閣である。

 安倍首相は語る。
 「十分な説明ができなければ、去ってもらう覚悟で閣僚になっていただいている」
 しかしながら、さっそく額賀福志郎財務相の事務所不登記問題が明るみになってしまった。


 《内閣改造で27日に入閣した額賀福志郎財務相(衆院茨城2区)が代表を務める自民党茨城県第2選挙区支部(茨城県行方市)が、事務所の建物を新築した約10年前から登記していなかったことが28日、分かった。同支部は「建築業者に必要な手続きを任せていた。固定資産税は払っていたので、登記されていると思っていた」としている。
 同支部や、同支部の2005年の政治資金収支報告書によると、同支部は1997年11月に約2145万円で、2階建ての事務所(床面積158平方メートル)を新築。土地は額賀財務相の支持者が所有し、借地代として、同支部は地主に月8万5000円を支払っているほか、同市に固定資産税を年間6万3500円納めているという。同収支報告書には資産としてこの建物を記載していたが、登記はしていなかった。》
~2007年8月28日 時事通信~


2008/08/31のBlog
[ 21:29 ] [ 2008.8.15 in 靖国 ]
■国家とは、はたして何ぞや?

 我々が生きる土壌としての、文化としての、そしてシステムとしての”国”、大袈裟な言い方をすれば”国家”とは、果たして何なのか?

 私のブログ「21世紀のリーダー 死活の書」とは、当初主にビジネスの場面における”リーダー”たる者に対し、その在り方に何の経験も知略も行動も伴わない私が傲慢にも警鐘を鳴らす、いわばビジネス論的な言説を軸にしてスタートしたものだった。それが次第に反戦や憲法に端を発する社会問題、そして政治的な問題に比重を移してきた、端から見れば日本という”国家”に対する何らかの意見具申をするブログに見えなくもない。しかも、紹介文には「世の中の詭弁を断罪する」とある。
 であれば、そんな私は世間で言うところの「愛国者」なのか、「憂国の志士」なのか。どうもそうでもないらしい。私が断罪する立場としての世の中とは、「日本」なのか「世界」なのか、それとも「地球市民」としてなのか?

 そのような私は、実に曖昧模糊とした立ち位置にあるのではないかという思いを強くした、今回の靖国体験であった。
 しかし、誤解してはならない。
 であれば、靖国で見られるような人々が曖昧模糊の逆で、慄然とした場に存在しているのかと私が感じたと思う方がいるとするならば、それも違う。
 私の率直な感想としては、私、そして靖国に出向く人々、靖国には行かない人々、その日本人全てが、曖昧な存在ではないかということなのである。

 既に紹介したO氏は、私が靖国へ来て初めて出会った”人物”である。
 ”中国旗踏みつけ事件”においては終始「やってはいけない!」を絶叫していた彼ではあるが、この49歳の人性の先輩は実に温和で懐深い方でもあった。
 私は今現在においても靖国のあり方には非常に懐疑的である。一般の参拝客と共に拝殿まで行きながら、ついに「二礼、二拍手、一例」どころか、賽銭も出さず、頭一つ下げず、周囲を凝視してその場を立ち去った、いわば”非国民”である。自分が納得できないものに対して、頭を下げるのは時期尚早と考えたからだ。
 そんな私であってもO氏は受け入れてくれた。

 私は彼に言った。
 「国の英霊がいるとするならば、それに対し参拝する遺族がいたとしても僕はそれを否定しない。しかし、例えば東京裁判が詭弁であると個人的には考えるように、それを経ずして生きながらえた天皇、先の大戦についての天皇の責任は重大だと考えており、天皇制そのものを否定している。よって、そのような土台に基づいた靖国の現在においては到底支持する気にはならない。
 世間で言う右か左かの論で言えば、僕は明らかに”左”ですよ。例えば、書籍で言えば高橋哲也の”靖国問題”的な発想を、目下のところ僕は支持しています」
 そんな私の言葉に対し、深い笑みをうかべながらO氏はこう言った。
 「なるほど、それも一つの深い考えでしょう。僕はそれを否定しませんよ。嗚呼、では、これからの日本は・・・、いったいどうすべきなのでしょうかねえ・・・」
 携帯の持ちうけ画面に”菊の御門”を設定しているO氏は、自身がそういう様に”愛国者”でもある。しかし、氏は靖国軍属に見られるような過激派(?)ではなく、静的なしかも心根では熱い思いを持った愛国者なのである。

 私はこのようなO氏を決して否定するつもりもなく、もしかしたら明確な国家ビジョンを個人個人で持つのも大切なのではないかと考えつつ、しかし、どうもそれには組するつもりもない”あやふやな”自分を見いだしたのであった。
 ・・・国とは、国家とはなんだろう?そして、靖国がそれを体現しているとも思えない。


 《8月15日に靖国への参拝客が急増したのは、2001年(8月13日)に小泉総理が参拝を始めたことによる。その前年に比べて実に2倍に増えた。福岡地方裁判所は昨年の初め、こうした事実を指摘して「(小泉参拝が) 靖国神社を援助、助長、促進する効果をもたらした」とし、日本憲法が禁止する「宗教活動」であると認めた。

 今年8月15日に参拜した国会議員は47人で、昨年の65人よりも減った。日本の右翼らが“歴史断絶”の象徴とみなす、小泉純一郎総理の「8月 15日参拝」も行われなかった。もちろんその理由は隣国の批判への考慮ではなく、選挙を控え、「靖国」を争点としないための“政治ショー”だ。》

~2005年8月16日 朝鮮日報~

 かつて日本には小泉なる愚劣な首相が存在した。
 そして、彼がおこなった政治は”小泉劇場”と呼ばれ、そんな茶番劇を忘れられない愚鈍な日本人が未だに存在している。

 再びO氏は語る。
 「私は10年以上も前から靖国を訪れています。そのころの靖国はこんなではなかった。遺族の方々がしめやかに参拝していた、静かな場であったのです」
 「では、いつからこうなったのですか?」
 「小泉首相が参拝してからです!彼が参拝してから、こんな訳の分からない、兵隊のようなパフォーマンスをする人間が増えたんです!」

 こんな話を聞き、そして上述した朝鮮日報の記事に接するに当たり、「やっぱりそうか」という思いを強くした。
 小泉純一郎とは売国奴である。
 アメリカの経済原理主義を取り入れ、日本の格差社会を助長し、郵政民営化においては数百兆円ともいわれる日本の金をアメリカに還流した。
 靖国軍属にしてみればいい面の皮だ。
 我らの思いをようやく組み入れてくれる政治家、それが小泉だと思ったのだろう。そして彼らはやってきた。戦中の兵士の装束で。
 しかし彼らは見事に裏切られたわけだ。小泉は靖国のことなど何とも思ってやしなかった。彼はひたすらアメリカの言うがままに、アメリカの集金屋に成り果てていたのだ。残された兵士にしてみれば、大した”政治ショー”だったのである。
 このような小泉大根役者の芝居が、靖国の本質をうやむやにしているのは間違いない。

 こんなところにも小泉政治の弊害が見てとれるとは、私は思いもよらなかった。
 と同時に、今でも小泉何某を支持する国民とはどんな連中かと、そのツラを見たくもなった次第である。


 【私の靖国レポートはそろそろ終わりかも】



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2008/08/27のBlog
[ 23:51 ] [ 2008.8.15 in 靖国 ]

 なぜ故に日本人は、例えば中国人や韓国人といった同じアジア人をこうも嫌うのか、馬鹿にするのか。
 靖国で見られる軍人は言うに及ばず、一般の参拝客についてもそれは例外ではなさそうだ。
 私事で恐縮だが、私の実家では来月に亡くなった祖母の13回忌が予定されている。その祖母も、情けない話ではあるが、生前には韓国や北朝鮮の方々を一緒くたに”朝鮮坊”と言って馬鹿にしていたことを今でもはっきりと覚えている。
 田舎の年寄りでさえこうなのである。ましてや靖国へ参集する軍属が反アジア的だったりするのも言うまでもないのだろう。
 これは戦前、あるいはさらに過去に遡った時点から日本人の感性は今でも全く変っておらず、そしてその象徴が靖国の兵士であり、参拝客なのであろうか。

 国旗踏み付けを巡り、兵士Bと激しい激論を交わすO氏ではあったが、ここに新たな論客、年の頃は30代半ばだろうか、彼に反旗をひるがえす眼鏡の一般参拝客が割り込んできた。
 ここで注意して欲しいのは、兵士B、O氏、そして”眼鏡の人”は”反中国”という感性でほぼ一致している点である。
 しかし、彼らが歩を同一にすることはない。お互いそれぞれの反中国という感覚については、個々のバックグランドの差異の為だろうか、その指向性のベクトルは微妙に別方向を指し示しており、決して交わることがないのである。
 では、O氏と眼鏡の人の議論の一部始終を見てみよう。


眼鏡の人 :別に法律破ってない、破らない範囲でさ、いろんなパフォーマンスがあってもいい!
 北京オリンピックでもいろんなことやってもいいよ!おだやかに喧嘩腰じゃなくてさ。

O氏 :いや、私は中国嫌いですよ。はっきり言って嫌いですよ!
 だけど、四川の地震の時は嫌いなんだけど郵便局へいって義援金やりましたけど。
 でも、嫌いでも国旗を踏みつけたりしては本当に駄目なんですよ!

眼鏡の人 :そんなにお爺さんたちを(報道官Aや兵士Bのこと)怒らないでよ。
 それはそれでやっちゃってるんだから。
 その人は責任とるんだから、自己責任でやってるんだから!
 そんなに喧嘩腰でやらなくていいと思うよ、俺は。
 例えば警察が来ればそれで止めるだろうし、止めなきゃ逮捕すればいい!

O氏 :韓国だって中国だってアメリカだって、よく日の丸を焼いたり踏んづけたりしてますよ。
 だけど日本はやらないんです。やっちゃ駄目なんです。

眼鏡の人 :ほとんどの日本人はやらないけどね。
 例えば靖国神社にそういうお爺さんがいたってね、そんなに日本人同士が喧嘩する必要はないよ。
 だってやってる韓国人、中国人は山ほどいるじゃないか。

O氏 :だけど日本人はやっちゃ駄目なんです。それが日本人なんです。
 日本人はそういう精神を持っている。世界を、平和を愛する人間だ!

眼鏡の人 :みんな誰もやらないよ!でも日本人同士でそんなに争うなって!

O氏 :だけど、靖国に世界中からマスコミが来てるんです!カメラがあるんです!
 インターネットで世界に・・・

眼鏡の人 :みんなパンダのようにね、靖国参拝している人をパンダのように撮ってるじゃない、外国人は!中国人は!
 それに合わせて我々は何かやることないんだよ。
 堂々と参拝すればいいし、堂々とパフォーマンスしてもいいと思うよ、俺は。
 靖国神社に外国人なんか、いなくていいんだよ!

~「貴様と俺とは同期の桜・・・」
 時は日が翳りだす夏の夕暮れ。
 参拝客たちが唄う「同期の桜」が辺りにこだまする。
 あまりにも出来過ぎた、ひと夏の靖国の風景である~


O氏 :パフォーマンスもいいけど、よその国の国旗を・・・

眼鏡の人 :よその国は靖国神社をあれこれしなくていいんだよ!
 日本人が堂々と参拝すればそれでいいの!
 パンダみたいにみんな動物園扱いしてるじゃないか、外国メディアは!
 そんな奴らに礼儀など守ることない!やりたいようにパフォーマンスやればいい、自己責任でね!
 それで逮捕される奴は逮捕されるだろうし、右翼の連中だって自己責任でやってんだよ。
 それはそれとしてね、あなた警察官じゃないでしょう?だからね、それはそれでいいんだよ。
 我々も一般市民!
 右翼の連中も一般市民!
 ここのお爺さんも一般市民!
 それぞれ自己責任でやってる。
 それだけ!

<ここで少数ではあるが、拍手が起こる>

眼鏡の人 :あまりお爺さん相手に喧嘩しない方がいいよ。

O氏 :いや・・・、私は好きじゃない・・・。そこまでやることはね・・・。

眼鏡の人 :まあ、僕もそれにはある程度、賛成だけどね・・・


 曖昧で、それでも取り敢えずの同意を互いに感じとったかのような、この激論の場は自然消滅といった幕引きとなり、周囲はもとの”靖国的喧騒”を取り戻したかのように見えた。
 私は、このO氏という方に非常に興味を抱き、そして参道で引き起こされた一連の騒動について、しばしの間語り合う機会を得ていた。 

 ところがである。
 事態はそれでは収まらなかった。再び中国旗を踏みつけ、こともあろうにそれに火までつける騒ぎが勃発したのである。
 この最終局面に、果たして報道官Aや兵士Bらが加担していたかは、私の記憶するところではない。私の関心はもはやO氏一人に集中し、事態の成り行きを最後までトレースし損ねてしまっていたからである。。
 そしてこの「中国旗踏みつけ騒動」は、最後に警官隊が駆けつけ、事態を収束させることで本当のフィナーレを迎えることと相成ったのである。
 写真は警官隊とのもみ合いを写したものだが、人だかりがのせいで様子を伺うことはできない。
 ただ、ビデオを持った野次馬達が、頭越しにその状況を撮影している様は見てとれる。このような連行シーンに群がる人々を目の当たりにし、あの”秋葉原事件”を思い出したのは、私だけだろうか。
 O氏がこれにだけ関わっていなかったことが不幸中の幸いであり、安堵する思いであった。


 「私の靖国レポートはそろそろ佳境を迎える」



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2008/08/23のBlog
[ 15:33 ] [ 2008.8.15 in 靖国 ]

 靖国に到着してから、半日以上もの時が過ぎようとしていた。
 照りつける日差しと暑さにいたたまれなくなり、飲み干したビールは幾つもの胚を重ね、そろそろ退散しようか、どこかのラーメン屋にでも立ち寄ってから家路に着こうかと考えていたちょうどその時、「騒動」は引き起こされた。
 それは、靖国神社の食堂兼売店前の参道で起こった
「中国旗踏みつけ騒動」である。
 そして、その場に偶然にも居合わせた私は、事の顛末の一部始終を目撃することになる。

■中国国旗を破り、参道で小競り合い

 《参拝客の流れが一段落した15日午後4時40分ごろ、靖国神社の参道で小競り合いが起こった。参拝客の誰かが、中国国旗を破り捨てて踏みつけたため、その様子を近くで見ていた別の参拝客との間で口論が始まったのだ。
 中国国旗を破り捨てた参拝客とその行為に賛同する人々が口々に「(反日デモなどで)向こうが先に日本の国旗を燃やし、侮辱した。こっちも対抗して何が悪い」と叫ぶと、抗議する側は「向こうが何をやっても、こっちまで対抗することはない。他国に対し失礼だ」と反論していた。》
 
~2008年8月15日 産経新聞東京編集部 iZa(イザ!)~

 発端は参拝客の一部が中国旗をやおら取り出し、踏みつけるという行動を始め、既に紹介した”報道官A”と”兵士B”がそれを煽り加担する、といった構図だったと記憶している。それらの行為に野次馬が集まり、辺りは騒然となった。
 上の画像は産経新聞公開のものだが、向かって右が報道官A、その隣で少し小さく写っているのが兵士Bである。そして、報道にもあるように、彼らの行動に果敢にも抗議の声を上げたのが、神奈川県逗子市から参拝に訪れていたO氏である。
 この行為の反論については、まさにO氏を軸として行われた。他国の旗を踏みつけるといった野蛮な行動に、身を呈してまでも明確に反論を唱えたのはO氏唯一人だったからである。
 O氏は「やってはだめだ!」と幾度も繰り返した。
 先ずはO氏と兵士Bのやり取りを以下に記す。2人とも、特に兵士Bがかなりヒートアップしていた。
<※下は抗議するO氏の画像>

O氏 :さっきのように、踏み絵みたいに中国の旗を・・・、中国は今オリンピックやってるじゃないですか!

兵士B :あんたなあ!どういう趣旨でここにきてんの。

O氏 :私は10年間ずっと8月15日は必ず靖国に参拝に来ています。
 こんなことやってたらインターネットで世界中に報道されますよ!せっかく中国はね・・・

兵士B :なんで中国!なんであんた中国って言うんだよ!なんで支那って言わないんだ!
 だから君らの年齢から日本は壊れてんだよ!


O氏 :じゃあ支那でもいいですよ。支那でも中国でもいいですよ。

兵士B :よくないよ!

O氏 :だけど今、こういうことをやっちゃいけないんです。

兵士B :なんでいけない!

O氏 :よくない、よくない。

兵士B :じゃあ尖閣列島はどうすんだよ!竹島どうすんだよ!

O氏 :それは、また別の問題ですよ。

兵士B :別の問題じゃないよ!竹島取り返してこい!拉致はどうすんだ!

O氏 :そういう問題は別!ここは神聖な靖国神社。英霊たちは誰もこんなこと喜んでいないですよ!
中国の旗をね・・・
やっちゃだめです。やっちゃだめ。やらせない!

(ここで別の誰かがO氏を脅しにかかる)

O氏 :私も命は大事だから誰かに刺されたとか、小さい子供もいるんでそれは困るけど、だけどそこまでやっちゃだめなんです。
 日本人は偉いんですよ。アジアのリーダーなんですよ。中国なんかに負けていないですよ。
 だから、あなた方がやらなくてもいいんです。
 あんなことをやらなくても、ちゃんとアジアの人たちはね、日本人を認めてくれているんです。
 日本人は勤勉でやさしいんです。あんなことやらなくても・・・ 

 さっき、たぶん中国の女性だと思うんだけど、旗踏んづけている写真撮ってます。撮ってました!
 だから私言いました。
 「あれは日本の気持ちじゃないです。あれを撮らないでください」と。
 彼女、向こうの方に行っちゃいましたけどね。
 日本人はもっとやさしいんです。
 戦争したかもしれないが、それはね鬼になって戦争したわけじゃないんです。
 いろいろ歴史の流れの中でそうなったんです。
 日本人はそんな中国人を嫌ってない。そういう気持ちをね、やっぱり持っていないとだめです。
 隣の国は今、オリンピックやっているじゃないですか!北島康介、金メダル2個取ったじゃないですか!
 オリンピックやってるんですよ。
 なんで今、そんな・・・
 日本の日の丸踏んづけられたら、どう思いますか!

兵士B :踏んづけてるよ!いくらでも踏んづけてるよ!中国は!

O氏 :それは違います!


 「私の”靖国レポート”はまだまだ続く」



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2008/08/21のBlog
[ 21:45 ] [ 2008.8.15 in 靖国 ]

 当たり前の話だが、人と接する際に礼儀は大切である。
 靖国においては軍属に扮した様々な個性的な方を多く目にするが、彼らに対しタレントがごとく気安く声をかけるのはあまりよろしくないだろう。場合によっては恫喝されるかもしれぬ。なぜならば軍人ほど”礼節”を重んじるからだ。

 一人憮然と弁当を食する兵士を見かけた。
 彼を仮に「兵士B」としておこう。いかにも偏屈そうな御仁ではあったが、私が丁寧に挨拶をし話しかけたら、食事中にも関わらず案外親切に話をしてくれた。

■靖国”兵士”へのインタビュー! その②

◆不破 :今日はどちらからお越しですか?

□兵士B :「野戦銃砲三島旅団」からである。

◆不破 :野戦銃砲・・・?

□兵士B :沼津からだ。

~つまり、静岡県沼津市からやって来たというわけである。
 そして、「野戦銃砲三島旅団」とは、沼津市の隣に位置する三島市に戦時中置かれていた「旧陸軍・野戦銃砲兵第1旅団司令部」のことを指す。
 彼は10種類以上もの階級章を印刷された紙をとり出し、その中の一つを指差しながら話を続ける。

□兵士B :親戚が三島旅団にいたこともあってね、この階級章を付けた洋服を着て親に連れられてよく町に遊びに行ったわけね。
 七五三でもらった洋服を着てね、まあ日曜日ごとに、だいたい天気さえ良ければ町に出て映画を観たり、絵本を買ってもらったりしていたわけね。
 そうすると、本当にいるわけよ。野戦銃砲三島旅団のこれが(といって階級章の一つを指差す)
 一度だけ馬の上の兵隊が敬礼してくれたことあるわけ。
 あとはその辺の普通の兵隊だから、「連隊長どの」とばかりに敬礼してくれるわけ。

◆不破 :その子供の頃に、例えば空襲に遭われたとか、そのような経験はありますか?

□兵士B :う~ん、一番最後の頃に、6年生の時にね、沼津がやられたから、そのとばっちりがきたので逃げ回ったことはありますね。

◆不破 :失礼ですが、お年はいくつですか?

□兵士B :74歳!

■報道官(?)は語る

 靖国にはかなり個性的な方がやってくるが、その中でもこの人は際立っていた。
 あたかもサンドイッチ・マンを彷彿とさせるその出で立ちは、世間にきっと何かをアッピールするためのものであろう。
 とりあえずは彼を「報道官A」としておこう。

◆不破 :(腹の辺りを指して)ここには何と書かれているのですか?

□報道官A :これか?「尊皇討幕 新政府樹立」だ!

◆不破 :それはどのような意味を持っているのでしょう?

□報道官A :「明治維新」だ!

◆不破 :明治維新と言いますと・・・?

□報道官A :明治維新!要は「戊辰戦争!第2の戊辰戦争」だ!

◆不破 :すると戦争を起こしたいと言うわけですか?

□報道官A :その通り!第3次大戦!新たな国を築き!そして・・・(しばし主戦論をぶちまける)

◆不破 :失礼ですが、お年はいくつですか?

□報道官A :64歳だ!


 この報道官Aの、半ば支離滅裂な戦争推進論にはいささか閉口し、インタビューは早々に切り上げた。
 そして、「報道官A」と先の「兵士B」は、その後ちょっとした
”騒動”を引き起こす。


 「私の”靖国レポート”はまだまだ続く」


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