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2006/02/21のBlog
[ 13:37 ]
[ 所感 ]
みずほ銀行にマイレージクラブという制度があります。要は体の良いクレジットカードとの抱き合せなんですが、まぁ各種会員カードと同様年会費無料のバージョンなどもあり、何よりも特典として「ATM時間外手数料無料」「コンビニATM利用手数料優遇」「振込み手数料優遇」などといったものが付きますので、時間外にコンビニを使いまくりとか、通販なんかで振込みしまくりという方には、とってもお得になる制度だったりします。
で、このカードなんですが、キャッシュカードとクレジットカードが一枚になっているわけですから、カードの上下にそれぞれの機能が割振ってあったりするわけです。そのこと自体は問題無いのですが、いざ使う段にになると逆を使ってしまうというのが多々あります。
いや、所有者本人はそんなこと無いんですが、買物しようとした時ですね。クレジットカードでもデビットカードでもカードを機械に通すのは店員がやることがほとんどで、この際に上下を間違えて挙句「このカードは使えないみたいなんですけど」とやられる訳です。説明するのも面倒だし、並んでいたりするとバツが悪いです。そうは言っても、ある程度使わないと特典が付かなくなる場合もあるみたいですから、困ったものです。
この手のカードってまだ珍しいんでしょうかね?
で、このカードなんですが、キャッシュカードとクレジットカードが一枚になっているわけですから、カードの上下にそれぞれの機能が割振ってあったりするわけです。そのこと自体は問題無いのですが、いざ使う段にになると逆を使ってしまうというのが多々あります。
いや、所有者本人はそんなこと無いんですが、買物しようとした時ですね。クレジットカードでもデビットカードでもカードを機械に通すのは店員がやることがほとんどで、この際に上下を間違えて挙句「このカードは使えないみたいなんですけど」とやられる訳です。説明するのも面倒だし、並んでいたりするとバツが悪いです。そうは言っても、ある程度使わないと特典が付かなくなる場合もあるみたいですから、困ったものです。
この手のカードってまだ珍しいんでしょうかね?
[ 10:11 ]
[ 社会 ]
以前記事にしたPSE法ですが、日本シンセサイザープログラマー協会のサイトで坂本龍一氏等の名前による署名運動を行っているようです。どの程度の署名が集るのか、どの程度の効果があるのかは微妙な線ですけど、この位しかやれることがありません。賛同していただける方は、是非署名をお願いしたいと思います。
2006/02/20のBlog
[ 17:54 ]
[ W-ZERO3 ]
結局Pocket Informantをレジストしてしまいました。理由は試用期間が切れたから(笑) 結局3000円ならいいやという安易な結論に… 駄目じゃん俺。
ここに記事を書いたときは、Pocket Informant優勢だったんですが、実はその後さいすけが盛返してきて、本気でどうしようか迷っていたところでした。最大の理由は、デフォルトの表示を週から月に変更したという点。週表示だとPocket Informantが圧倒的に良いのですが、月表示にするとさいすけの方が情報量が上がって良い感じになります。画面分割機能の差です。Pocket Informantだと結局月表示で予定の終了時間を出すことが出来ないんですね。タップして画面下に詳細画面を出しても情報量が上がらないから意味無いし。さいすけの方は下画面に何を出すかを設定できて、時間軸表示をすると予定の終了時間もしっかり判ります。
予定の編集をするのに、3アクションが必要なのもちょっと気になる。さいすけなら、予定ダブルタップか長押しで変更が選択できるのに、Pocket Informantだと日にちを選択して、詳細画面から予定をタップ、さらに編集と選択しなくてはいけない(詳細を長押し編集でも可)。これはあまり良いインターフェースとは言えない。
でもまぁ実際には終了時間ってあくまでも目安でしか入れてないなぁ。ということに気付き、だったらそこまでムキになる必要も無いかな?と思ってます。次の予定が入っているならその時間は判るので、問題無いし。予定の修正についても、逆にさいすけだとすぐに編集に入ってしまうという感じがあっただけに、誤変更をさけるという意味では、まぁ悪くないのかも…。
とりあえずレジストしてしまったので、もう少し使い込んでみようかな。と思っとります。
ここに記事を書いたときは、Pocket Informant優勢だったんですが、実はその後さいすけが盛返してきて、本気でどうしようか迷っていたところでした。最大の理由は、デフォルトの表示を週から月に変更したという点。週表示だとPocket Informantが圧倒的に良いのですが、月表示にするとさいすけの方が情報量が上がって良い感じになります。画面分割機能の差です。Pocket Informantだと結局月表示で予定の終了時間を出すことが出来ないんですね。タップして画面下に詳細画面を出しても情報量が上がらないから意味無いし。さいすけの方は下画面に何を出すかを設定できて、時間軸表示をすると予定の終了時間もしっかり判ります。
予定の編集をするのに、3アクションが必要なのもちょっと気になる。さいすけなら、予定ダブルタップか長押しで変更が選択できるのに、Pocket Informantだと日にちを選択して、詳細画面から予定をタップ、さらに編集と選択しなくてはいけない(詳細を長押し編集でも可)。これはあまり良いインターフェースとは言えない。
でもまぁ実際には終了時間ってあくまでも目安でしか入れてないなぁ。ということに気付き、だったらそこまでムキになる必要も無いかな?と思ってます。次の予定が入っているならその時間は判るので、問題無いし。予定の修正についても、逆にさいすけだとすぐに編集に入ってしまうという感じがあっただけに、誤変更をさけるという意味では、まぁ悪くないのかも…。
とりあえずレジストしてしまったので、もう少し使い込んでみようかな。と思っとります。
[ 14:57 ]
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「幼児殺害に刑事責任能力の有無だと?」
話の内容自体はまぁ僕も近い意見を持ってはいるのですが、そこへの展開手法として、
「法律をちょっとかじっただけの奴が必ず使うセリフだが、そんなものは無視して」
「そんなことは裁判所が判断を下すのだろうから、素人のマスコミが安易に採り上げるべき問題ではない」
と言ってしまったら、ダブルスタンダードになってしまいます。
「じゃああんたも意見なんか言うなよ」と言われてしまいますよ。
これは、やってしまいがちなので、自分でも気をつけないととは思いますが…
話の内容自体はまぁ僕も近い意見を持ってはいるのですが、そこへの展開手法として、
「法律をちょっとかじっただけの奴が必ず使うセリフだが、そんなものは無視して」
「そんなことは裁判所が判断を下すのだろうから、素人のマスコミが安易に採り上げるべき問題ではない」
と言ってしまったら、ダブルスタンダードになってしまいます。
「じゃああんたも意見なんか言うなよ」と言われてしまいますよ。
これは、やってしまいがちなので、自分でも気をつけないととは思いますが…
[ 09:29 ]
[ W-ZERO3 ]
Smart-PDA.netで公開されているPocketの手。
昔からとても重宝に利用させていただいているのですが、W-ZERO3の場合だとやはり定番ツールのW-ZERO3 Utility Plusと併せて使うと、なにやら一部問題が出るとか。
原因はW-ZERO3 Utility Plusの方にあって、作者の方も早速修正版を出されてます。いやぁやっぱレジストリをさわるのって難しいんですね。
でも、お二人の素早い対応力には、頭が下がります。
昔からとても重宝に利用させていただいているのですが、W-ZERO3の場合だとやはり定番ツールのW-ZERO3 Utility Plusと併せて使うと、なにやら一部問題が出るとか。
原因はW-ZERO3 Utility Plusの方にあって、作者の方も早速修正版を出されてます。いやぁやっぱレジストリをさわるのって難しいんですね。
でも、お二人の素早い対応力には、頭が下がります。
[ 09:07 ]
[ 社会 ]
[関連したBlog]
さて、数回に渡ってTBしてきた新橋系ですが、全部の記事を概ね読み終えました。とても面白かったですし、目の付所も見解も鋭いと思います。大体において代替案も掲示されていますし、ものの道理を良く知った方なのでしょう。唯一大きく見方が異なるのが選挙についてかなという気がしますので、しつこい感じもしますが再度検討してみたいと思います。
元々民主制という制度は、理論上理想的な体制ではあるものの、実現の為の前提条件の成立が非常に難しいものとして定位されています。このことは、プラトンの時代から現在に至るまで、何ら変化していません。しかしながら、民主制のイメージというのは大層変化しています。プラトンの時代においては民主制は良くないというニュアンスで語られていたのに、現在ではあらゆる問題を解決できる万能薬として認識されているのではないか?と思われる節がしばしばあります。
民主制実現のための前提条件とは何か?それは主権者である国民の政治的能力が十分高いということです(そうでない場合を衆愚制と呼ぶ事は周知)。この前提は変わりようがないですから「日本人の民度の低さを如実に物語っています」となれば、当然社会は腐敗します。それが限界に至らないのは近現代の科学技術の著しい進歩と経済発展がそれをリカバリーしていたからに他なりません。だから経済発展に陰りが見え始めると途端に政治的問題がクローズアップされる訳です。
もし、今後も民主制によって社会を成立させようと思うなら、根本的な解決は一つしかありません。それはつまり主権者の政治的能力の向上です。ところがこれは日本の民主制にとって簡単なことではありません。何故なら日本は民主国家であると同時に、資本主義国家でもあるからです(ちなみに資本主義も民主主義の経済バージョンなので、多々問題を孕んでいますがそれは今回はおきます)。資本主義体制下では、全ての国民は労働の義務を負います。そして、労働によって獲得される資本によって生活レベルが確定しますし、より多くの資本を持つものが勝者であり、正義であるという風に判断されることが多々あります。となると、ギリシア時代のように、下世話なことは奴隷に任せて、市民は政治的なことだけを考えていればよいという訳にはいかないことになります。
現在の政治はとても難解な代物です。仕事の片手間にちょこっと勉強したり、情報を集めたりした程度で、まともな判断が出来る人間は、極一部の恵まれた能力の持主、つまり天才だけでしょう。さらに、近代民主制にはもう一つ大きなハードルが待ちかまえています。代理制というハードルです。つまり、どの様な政治が必要なのかを理解出来たとしても、それを実現できる政治家は誰なのか?を正しく判断できなければ意味を成さない訳です。(政治的判断が出来なくても人さえ選別できれば良いのではないか?は一見成立しそうですが、単なるギャンブルにしかなりません)さらには政党制なども障害になります。そもそも議員が数百人も存在しており、衆議院だ参議院だなどと複雑化している訳ですから、ますます難易度が上がっていきます。どうせ判らないのだからと、組合の支持する政党へとか、家は代々~党に投票してきたからとか、~候補はTVでよく見たから、~候補は格好良いからor可愛いから、~候補は地元出身だから等々といった政治家を選ぶ基準としては、正気とは思えない基準で投票する人が多数出るのは、仕方のない事と言えるかもしれません。
ここまで来てもまだ「(現状の状態のままで)強制してでも投票に行かせれば政治は改善される」と考えられますか?僕はどう贔屓目に見てもそうは思えません。近代民主制が万能薬であるなどと言うのは幻想以外の何者でもないと思っています。
では、何か手はないのか?と言えば無くはないです。先に二つほど案を書いていますが他にもまだあります。新橋系の中にも「政治家も値札を明示せよ」という記事があります。これは重要な提案だと思います。近代民主制において最も欠落している事の一つは『政治に対する責任所在』という点であると考えるからです。成果をどう評価するのか?という点は政治に限らず流行の成果主義でも著しく問題になっていますが、とは言えこれに挑戦するのはやはり必要な事だと考えます。そして、重要なのは成果を上げる事が出来なかった政治家を処分すると同時に、その政治家に投票した国民にも処分を与えなければ意味は半減するという点です。「内容に応じた期間参政権を剥奪する」という辺りが適当でしょう。そうすれば、良い政治家を選べなかった国民は選挙に参加できないという状況が自ずと成立します。
先に、近代民主制は政治的能力と人選能力の二つが無ければ成立しないと書きました。その二つの能力の行使に対する責任を主権者が負うのが正しい民主制です。ですから無記名投票などをやっている内は、まともな民主制など成立しようもありません。無責任な政治参加など迷惑なだけで、参加してくれない方が余程ありがたいのです。逆に成果を上げている政治家とそれを選出した国民には、ある程度のインセンティブが必要になるでしょう。責任を全うしているのですから当然です。投票に参加したくなければ、しなくてもOKです。責任を追及されないのと同時に、報酬も無しというだけのことです。実は、大多数の国民は政治なんぞに労力を振分けずに、労働と労働力の再生産に注力した方が良いというのは、資本主義の要求として、非常に重要な事でもあります。
この案だけでも近代民主制が幻想たり得ている要因が透けて見えます。つまり、普通選挙と無記名投票です。この二つ(他にもありますが)は、それが成立した当時には重要なものだったかもしれませんが、今となっては形骸化しているどころか害の方が大きい制度であると思っています。これを言うと反射的に猛反発する人間が多数いる事は承知しています(笑)が、責任を問われない主権者など許容してはならないのです。
最後に一応断っておきますが、一部(それが多数であったとしても)の判断が誤っていた場合に、当人達以外を含めた全体が馬鹿を見ることで責任とするという発想や制度は、悪平等の典型です。著しくアンフェアであるし、効率的にも悪いと言わざるを得ません。
さて、数回に渡ってTBしてきた新橋系ですが、全部の記事を概ね読み終えました。とても面白かったですし、目の付所も見解も鋭いと思います。大体において代替案も掲示されていますし、ものの道理を良く知った方なのでしょう。唯一大きく見方が異なるのが選挙についてかなという気がしますので、しつこい感じもしますが再度検討してみたいと思います。
元々民主制という制度は、理論上理想的な体制ではあるものの、実現の為の前提条件の成立が非常に難しいものとして定位されています。このことは、プラトンの時代から現在に至るまで、何ら変化していません。しかしながら、民主制のイメージというのは大層変化しています。プラトンの時代においては民主制は良くないというニュアンスで語られていたのに、現在ではあらゆる問題を解決できる万能薬として認識されているのではないか?と思われる節がしばしばあります。
民主制実現のための前提条件とは何か?それは主権者である国民の政治的能力が十分高いということです(そうでない場合を衆愚制と呼ぶ事は周知)。この前提は変わりようがないですから「日本人の民度の低さを如実に物語っています」となれば、当然社会は腐敗します。それが限界に至らないのは近現代の科学技術の著しい進歩と経済発展がそれをリカバリーしていたからに他なりません。だから経済発展に陰りが見え始めると途端に政治的問題がクローズアップされる訳です。
もし、今後も民主制によって社会を成立させようと思うなら、根本的な解決は一つしかありません。それはつまり主権者の政治的能力の向上です。ところがこれは日本の民主制にとって簡単なことではありません。何故なら日本は民主国家であると同時に、資本主義国家でもあるからです(ちなみに資本主義も民主主義の経済バージョンなので、多々問題を孕んでいますがそれは今回はおきます)。資本主義体制下では、全ての国民は労働の義務を負います。そして、労働によって獲得される資本によって生活レベルが確定しますし、より多くの資本を持つものが勝者であり、正義であるという風に判断されることが多々あります。となると、ギリシア時代のように、下世話なことは奴隷に任せて、市民は政治的なことだけを考えていればよいという訳にはいかないことになります。
現在の政治はとても難解な代物です。仕事の片手間にちょこっと勉強したり、情報を集めたりした程度で、まともな判断が出来る人間は、極一部の恵まれた能力の持主、つまり天才だけでしょう。さらに、近代民主制にはもう一つ大きなハードルが待ちかまえています。代理制というハードルです。つまり、どの様な政治が必要なのかを理解出来たとしても、それを実現できる政治家は誰なのか?を正しく判断できなければ意味を成さない訳です。(政治的判断が出来なくても人さえ選別できれば良いのではないか?は一見成立しそうですが、単なるギャンブルにしかなりません)さらには政党制なども障害になります。そもそも議員が数百人も存在しており、衆議院だ参議院だなどと複雑化している訳ですから、ますます難易度が上がっていきます。どうせ判らないのだからと、組合の支持する政党へとか、家は代々~党に投票してきたからとか、~候補はTVでよく見たから、~候補は格好良いからor可愛いから、~候補は地元出身だから等々といった政治家を選ぶ基準としては、正気とは思えない基準で投票する人が多数出るのは、仕方のない事と言えるかもしれません。
ここまで来てもまだ「(現状の状態のままで)強制してでも投票に行かせれば政治は改善される」と考えられますか?僕はどう贔屓目に見てもそうは思えません。近代民主制が万能薬であるなどと言うのは幻想以外の何者でもないと思っています。
では、何か手はないのか?と言えば無くはないです。先に二つほど案を書いていますが他にもまだあります。新橋系の中にも「政治家も値札を明示せよ」という記事があります。これは重要な提案だと思います。近代民主制において最も欠落している事の一つは『政治に対する責任所在』という点であると考えるからです。成果をどう評価するのか?という点は政治に限らず流行の成果主義でも著しく問題になっていますが、とは言えこれに挑戦するのはやはり必要な事だと考えます。そして、重要なのは成果を上げる事が出来なかった政治家を処分すると同時に、その政治家に投票した国民にも処分を与えなければ意味は半減するという点です。「内容に応じた期間参政権を剥奪する」という辺りが適当でしょう。そうすれば、良い政治家を選べなかった国民は選挙に参加できないという状況が自ずと成立します。
先に、近代民主制は政治的能力と人選能力の二つが無ければ成立しないと書きました。その二つの能力の行使に対する責任を主権者が負うのが正しい民主制です。ですから無記名投票などをやっている内は、まともな民主制など成立しようもありません。無責任な政治参加など迷惑なだけで、参加してくれない方が余程ありがたいのです。逆に成果を上げている政治家とそれを選出した国民には、ある程度のインセンティブが必要になるでしょう。責任を全うしているのですから当然です。投票に参加したくなければ、しなくてもOKです。責任を追及されないのと同時に、報酬も無しというだけのことです。実は、大多数の国民は政治なんぞに労力を振分けずに、労働と労働力の再生産に注力した方が良いというのは、資本主義の要求として、非常に重要な事でもあります。
この案だけでも近代民主制が幻想たり得ている要因が透けて見えます。つまり、普通選挙と無記名投票です。この二つ(他にもありますが)は、それが成立した当時には重要なものだったかもしれませんが、今となっては形骸化しているどころか害の方が大きい制度であると思っています。これを言うと反射的に猛反発する人間が多数いる事は承知しています(笑)が、責任を問われない主権者など許容してはならないのです。
最後に一応断っておきますが、一部(それが多数であったとしても)の判断が誤っていた場合に、当人達以外を含めた全体が馬鹿を見ることで責任とするという発想や制度は、悪平等の典型です。著しくアンフェアであるし、効率的にも悪いと言わざるを得ません。
2006/02/17のBlog
[ 13:18 ]
[ 社会 ]
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「税制に哲学を」面白いと思いますが、僕にも画期的な案があります。
・相続税と贈与税を極端に上げる(その分所得税や消費税は下げるか撤廃する)
です。所得税も消費税も経済にマイナスの効果を与えます。そもそも、稼いだ分はきっちり使いたいというのは当然誰でも思うでしょう?でも、親の稼ぎは子の稼ぎでは無いというのが僕の持論です。七光だけで訳の判らないJr.だのは、親の資産があって初めて成立する部分が多々あるような気がします。
だから、稼げるだけ稼いでください。稼いだ分は使ってください。いくら使っても非課税です。でも残したら根こそぎ持ってきますよ。ってのが良いんじゃないでしょうか?使ってくれれば経済は潤いますし、法人経由で間接的に税として回収することも出来ます。高齢者の資産だって、遊んでる土地だって、そのままにしておけば何れごっそりとってことになる訳です。良い感じでしょ?
問題があるとすれば、家族制度が崩壊するかもって点ですか。でも僕は現在の家族制度って問題アリアリだと思ってます。だから壊してもいいんじゃないかと考えてます。
「税制に哲学を」面白いと思いますが、僕にも画期的な案があります。
・相続税と贈与税を極端に上げる(その分所得税や消費税は下げるか撤廃する)
です。所得税も消費税も経済にマイナスの効果を与えます。そもそも、稼いだ分はきっちり使いたいというのは当然誰でも思うでしょう?でも、親の稼ぎは子の稼ぎでは無いというのが僕の持論です。七光だけで訳の判らないJr.だのは、親の資産があって初めて成立する部分が多々あるような気がします。
だから、稼げるだけ稼いでください。稼いだ分は使ってください。いくら使っても非課税です。でも残したら根こそぎ持ってきますよ。ってのが良いんじゃないでしょうか?使ってくれれば経済は潤いますし、法人経由で間接的に税として回収することも出来ます。高齢者の資産だって、遊んでる土地だって、そのままにしておけば何れごっそりとってことになる訳です。良い感じでしょ?
問題があるとすれば、家族制度が崩壊するかもって点ですか。でも僕は現在の家族制度って問題アリアリだと思ってます。だから壊してもいいんじゃないかと考えてます。
[ 13:16 ]
[ 社会 ]
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「2005総選挙について」
> 投票率が低ければ、各政党は組織票をとりまとめればそれなりに戦えます。国民のことを考える必要はあまりありません。たとえ気にするとしても、せいぜい投票率の高い老年層に気を遣えばいい程度です。
なるほど、そういう部分もあるかもしれません。ただ、いつから国民は政治家に気を遣ってもらわなければならなくなったのでしょうか?ましてや、選挙に積極的に行かない人間には気を遣わないという状態が何故まかり通っているのでしょうか?根本の要因はそこにあるように思えます。大元が間違っているものをいくらいじったところで、正しいものにはならないと考えます。伊織氏自身も別記事で「それぞれの事象に対処療法しても、原因を取り除かなければ問題解決にならないのです」と書かれています。
もう少し現実的かつ具体的な内容から考えても疑問点があります。もし、この主張を認めるなら、現在の政治は若年層を全く考慮せず、老年層にもある程度考慮する程度で行われているということになります。だとすればかなり楽に政治を行えているはずです。政治とは、時として負担を強いる必要があるものです。特に現在の日本の状態はそれが必要となっているでしょう。にも関わらず良くなっていない。だとしたら、これから投票率が上がって、これまで無視することが可能だった若年層にまで気を遣った政治を行わなければならないとしたら。どうなるんでしょう?今より良い政治になるとは僕には判断できません。
確かに選挙に行くということは、我々が当面できる唯一(まぁ立候補という手も無くはないですが)とも言える手段であるということは認めます。しかし、だからそれをやればいいという事にはならないと思っています。それをやっても、効果が認められないのであれば、やらない方が良いということは十分に考えられます。胃が悪いのに、これしかないからと頭痛薬を飲めば症状は悪化することはあっても、良くなることはないのと一緒です。
政治家としての資質。つまり能力、人格、知識、経験とまぁ色々あるでしょうが、それが十分に備わった人間以外を政治家にしない仕組みを成立させることが出来なければ、大きな違いには至らないだろうというのが僕の考えです
「2005総選挙について」
> 投票率が低ければ、各政党は組織票をとりまとめればそれなりに戦えます。国民のことを考える必要はあまりありません。たとえ気にするとしても、せいぜい投票率の高い老年層に気を遣えばいい程度です。
なるほど、そういう部分もあるかもしれません。ただ、いつから国民は政治家に気を遣ってもらわなければならなくなったのでしょうか?ましてや、選挙に積極的に行かない人間には気を遣わないという状態が何故まかり通っているのでしょうか?根本の要因はそこにあるように思えます。大元が間違っているものをいくらいじったところで、正しいものにはならないと考えます。伊織氏自身も別記事で「それぞれの事象に対処療法しても、原因を取り除かなければ問題解決にならないのです」と書かれています。
もう少し現実的かつ具体的な内容から考えても疑問点があります。もし、この主張を認めるなら、現在の政治は若年層を全く考慮せず、老年層にもある程度考慮する程度で行われているということになります。だとすればかなり楽に政治を行えているはずです。政治とは、時として負担を強いる必要があるものです。特に現在の日本の状態はそれが必要となっているでしょう。にも関わらず良くなっていない。だとしたら、これから投票率が上がって、これまで無視することが可能だった若年層にまで気を遣った政治を行わなければならないとしたら。どうなるんでしょう?今より良い政治になるとは僕には判断できません。
確かに選挙に行くということは、我々が当面できる唯一(まぁ立候補という手も無くはないですが)とも言える手段であるということは認めます。しかし、だからそれをやればいいという事にはならないと思っています。それをやっても、効果が認められないのであれば、やらない方が良いということは十分に考えられます。胃が悪いのに、これしかないからと頭痛薬を飲めば症状は悪化することはあっても、良くなることはないのと一緒です。
政治家としての資質。つまり能力、人格、知識、経験とまぁ色々あるでしょうが、それが十分に備わった人間以外を政治家にしない仕組みを成立させることが出来なければ、大きな違いには至らないだろうというのが僕の考えです
[ 13:15 ]
[ 社会 ]
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「現実=違法」な法制度
全く同感です。実際某法曹にこの件突っ込んでみたことがあります。やはり速度制限の件で「ある道路で50km/h以上で走行すると危険であるという法律の根拠は何なのか?」彼は調べてくれたらしいですが、回答としては「回答に該当する資料は見つからなかった」でした。ではと「法律が施行時はともかく現在適切でないと思われる場合どの様な手続を行えばいいのか?」と聞くと「そのような手続の仕組は現在の日本には無い」ということ。つまり、泣こうが叫こうが政治家が何とかしようと思わない限り変らないということ。一応補足しておくと裁判も「違憲問題以外では取合うことはない」です。まぁそれが日本の制度ということですね。
だから、立法には大きな責任があるはずなのですが、どうも昨今場当り的に、勢いだけで法律を無責任に作っている感があります。しかも、運用に関しては、ほぼ役人まかせですから、なおさら質が悪い。法律には、その法律が目的とする「精神」というものがあると考えています。法の精神が例え正しくても、運用がまずければ、たちどころに悪法です。この法の精神という奴は、法の本質と言換え可能だと思います。本質を理解するというのは、現制度のエリートつまり、「現実に何の疑問も持たず従順」な役人の最も苦手とする作業です。ですから、正しい運用など望めるはずがないのです。しかもそれを外部から見直す仕組みが欠如している訳ですから、今の日本の法制度が如何に信頼できないものか想像出来ると思います。
「現実=違法」な法制度
全く同感です。実際某法曹にこの件突っ込んでみたことがあります。やはり速度制限の件で「ある道路で50km/h以上で走行すると危険であるという法律の根拠は何なのか?」彼は調べてくれたらしいですが、回答としては「回答に該当する資料は見つからなかった」でした。ではと「法律が施行時はともかく現在適切でないと思われる場合どの様な手続を行えばいいのか?」と聞くと「そのような手続の仕組は現在の日本には無い」ということ。つまり、泣こうが叫こうが政治家が何とかしようと思わない限り変らないということ。一応補足しておくと裁判も「違憲問題以外では取合うことはない」です。まぁそれが日本の制度ということですね。
だから、立法には大きな責任があるはずなのですが、どうも昨今場当り的に、勢いだけで法律を無責任に作っている感があります。しかも、運用に関しては、ほぼ役人まかせですから、なおさら質が悪い。法律には、その法律が目的とする「精神」というものがあると考えています。法の精神が例え正しくても、運用がまずければ、たちどころに悪法です。この法の精神という奴は、法の本質と言換え可能だと思います。本質を理解するというのは、現制度のエリートつまり、「現実に何の疑問も持たず従順」な役人の最も苦手とする作業です。ですから、正しい運用など望めるはずがないのです。しかもそれを外部から見直す仕組みが欠如している訳ですから、今の日本の法制度が如何に信頼できないものか想像出来ると思います。
2006/02/16のBlog
[ 17:15 ]
[ 社会 ]
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「新橋系」最新記事にTBしますが、諸々まとめて。
意見としては面白いものが多いですけど、ぶっちゃけ無理?って感じに見えるものもあります。
> 公務員は30兆円という予算の範囲内で働くべきです。もし今の公務員の数をそのまま維持したいなら、給料を62.5%カット(30兆円/80兆円)するべきです。逆に給与水準を維持したいのであれば、公務員の数を62.5%カットするべきです。それが健全な経営というものです
気持は分りますよぉ。僕だってそう言いたい!でもまぁ無理ですね。役人がどうとか政治家がどうとかの次元を超越してると感じます。いや、厳密に計算した訳ではないから感じるだけですけど…。っていうか、この場合、今後50年間がとてつもなく悲惨な公共サービスということになる訳で、現在20~30歳辺りの人が最もワリ食うわけですね。それは不公平な気がします。まずやるなら高齢者福祉ばっさりカットからかな?この借金を作った責任が最も大きい方達に多くを負担していただくのが正しいという気がします。まぁでも6割減は無理でも4割は行けるだろうなって気はします。頑張れば半数も可能か?だんだん意見が変らなくなってきたな…。
その程度には無駄が多いのではないか?と思われてますよ > 公務員諸氏
> (1) 携帯電話サイズと大型ディスプレイを両立するモデル
> (2) 大型サイズとBluetoothヘッドセット&スタイラスの組み合わせモデル
無理っす。いや、僕よりも伊織氏の方が専門家なんだからできるのかも?できるなら作ってください。W-ZERO3と同じ値段なら即買います。「大型」ディスプレイと「小型」ボディって完全に背反するものですよね。折りたたみとか多段スライドとかにすると、厚くて、重くてってことになるでしょ?何か手があるのかな?
無線は便利だけど、バッテリーへの負荷が極端に上がるのが致命的。Bluetoothと無線LANを両方ONにしたら30分でバッテリー切れ…じゃ話にならない。じゃってんで、バッテリー容量を増やせば、やっぱり大きい、重いになります。バランス的にはW-ZERO3は悪くない線かなとか思います。
> 無投票者には罰則を
「白紙投票」など何の意味もないですから、そんなものに行かせるのは資源の浪費です。過去有効投票率が問題になった選挙なんてあったでしょうか?僕は聞いたことありません。まだ投票率が問題になることの方が多い気がします。また、やる気もない人間に強制的に投票させたとしても、更にロクでもない人間が選ばれるだけでしょう。問題なのは選挙に行かない連中ではなくて、現行選挙の仕組みです。僕に言わせれば発想が逆なのです。つまり「行かない奴が悪いんじゃなくて、行ってもらえない奴らが悪い(不信任)」と考えるべきでしょう。簡単に言うと、
・当落決定の判断の分母は有効投票数ではなくて有権者数にする。
それと、こういう手もあります。
・政治に対する判断力が無い人間及び、判断する気が無い人間に参政権を与えない
こちらは、政治的判断力という部分の定義が難しいですが、少なくとも無条件な組織票など投ずる連中は当然「判断力無し」です。まぁこちらに関しては言出すと、かなり議論が白熱すること確定なので、あまり細かくは書きません。
辺りが正しい改革だと考えます。
> これからは知識量ではなく、いかに答えを創り出すかという知恵が重要となる。
これに関しては全く異論無しです。ただし、学校という機関が教育という言葉の意味を僕と同じ意味で理解しているのであればという条件が付きますが…。
「新橋系」最新記事にTBしますが、諸々まとめて。
意見としては面白いものが多いですけど、ぶっちゃけ無理?って感じに見えるものもあります。
> 公務員は30兆円という予算の範囲内で働くべきです。もし今の公務員の数をそのまま維持したいなら、給料を62.5%カット(30兆円/80兆円)するべきです。逆に給与水準を維持したいのであれば、公務員の数を62.5%カットするべきです。それが健全な経営というものです
気持は分りますよぉ。僕だってそう言いたい!でもまぁ無理ですね。役人がどうとか政治家がどうとかの次元を超越してると感じます。いや、厳密に計算した訳ではないから感じるだけですけど…。っていうか、この場合、今後50年間がとてつもなく悲惨な公共サービスということになる訳で、現在20~30歳辺りの人が最もワリ食うわけですね。それは不公平な気がします。まずやるなら高齢者福祉ばっさりカットからかな?この借金を作った責任が最も大きい方達に多くを負担していただくのが正しいという気がします。まぁでも6割減は無理でも4割は行けるだろうなって気はします。頑張れば半数も可能か?だんだん意見が変らなくなってきたな…。
その程度には無駄が多いのではないか?と思われてますよ > 公務員諸氏
> (1) 携帯電話サイズと大型ディスプレイを両立するモデル
> (2) 大型サイズとBluetoothヘッドセット&スタイラスの組み合わせモデル
無理っす。いや、僕よりも伊織氏の方が専門家なんだからできるのかも?できるなら作ってください。W-ZERO3と同じ値段なら即買います。「大型」ディスプレイと「小型」ボディって完全に背反するものですよね。折りたたみとか多段スライドとかにすると、厚くて、重くてってことになるでしょ?何か手があるのかな?
無線は便利だけど、バッテリーへの負荷が極端に上がるのが致命的。Bluetoothと無線LANを両方ONにしたら30分でバッテリー切れ…じゃ話にならない。じゃってんで、バッテリー容量を増やせば、やっぱり大きい、重いになります。バランス的にはW-ZERO3は悪くない線かなとか思います。
> 無投票者には罰則を
「白紙投票」など何の意味もないですから、そんなものに行かせるのは資源の浪費です。過去有効投票率が問題になった選挙なんてあったでしょうか?僕は聞いたことありません。まだ投票率が問題になることの方が多い気がします。また、やる気もない人間に強制的に投票させたとしても、更にロクでもない人間が選ばれるだけでしょう。問題なのは選挙に行かない連中ではなくて、現行選挙の仕組みです。僕に言わせれば発想が逆なのです。つまり「行かない奴が悪いんじゃなくて、行ってもらえない奴らが悪い(不信任)」と考えるべきでしょう。簡単に言うと、
・当落決定の判断の分母は有効投票数ではなくて有権者数にする。
それと、こういう手もあります。
・政治に対する判断力が無い人間及び、判断する気が無い人間に参政権を与えない
こちらは、政治的判断力という部分の定義が難しいですが、少なくとも無条件な組織票など投ずる連中は当然「判断力無し」です。まぁこちらに関しては言出すと、かなり議論が白熱すること確定なので、あまり細かくは書きません。
辺りが正しい改革だと考えます。
> これからは知識量ではなく、いかに答えを創り出すかという知恵が重要となる。
これに関しては全く異論無しです。ただし、学校という機関が教育という言葉の意味を僕と同じ意味で理解しているのであればという条件が付きますが…。
[ 09:59 ]
[ コンピュータ ]
先日OSが飛んだという記事を書いたけれど、今度は一部アプリの設定が飛びました。まぁ今回は自分の行動が招いたものなので、仕方ないかなぁという思いも無くはないのですけど…。
事の始りは朝起きてみると何故かしらPCが起動していることを見つけたところからはじまります。理由は何のことはないキャプチャーが正常に終了できなかったから。つまり、一晩中録画しっぱなしだった訳です。15G位のファイルが出来てたかな?こうなると、再起動以外の手は無いんですが、正しい手順で再起動するとアプリケーションのタイムアウト待ちが発生するため結構待たされます。朝だったんで、それを嫌って幾つかのアプリを落してからハードウェアリセットしたんですが、このリセットのタイミングがちょっと早かったらしく、設定ファイルが幾つか飛んでしまったというのが顛末です。復旧するのが結構大変でした(^^;
PCでのビデオキャプチャーは便利ではあるのだけど、安定度という点ではまだまだ家電のHDDレコーダーと比べると、数段は劣っています。僕が経験した失敗の例で多いのは以下の4パターン
1,OSが休止からの復帰に失敗する
2,キャプチャーアプリないしはドライバーが開始に失敗する
3,キャプチャーアプリないしはドライバーが終了に失敗する
4,録画中に他ソフトやハードが原因で落ちる
4はまぁ汎用機なので仕方ないとしても、1~3に関しては無人動作時のトラブルであり、再現性も曖昧な為、対処が難しいです。特に2と3に関しては純粋にキャプチャー関連のトラブルであるためにメーカーの対応を待つしか無い状態です。
カードメーカーも頑張っているとは思います。その理由の一つは頻度。ちょっと前までなら週に一回位失敗していたのが、まぁ月に1、2回程度にまで下がったという点。二つ目は、再現性の薄い現象は得てしてソフトではなくハードに要因があるという経験則を持っているという点です。
例えば考えられるのは、マザーボード。PCIスロットの信号タイミングや電源系の精度がどの程度出ているのか? バス周りはしっかりしているのか? 電源は?メモリは?と疑い出すとキリがないです。ソフトウェアの問題であれば、少なくとも複数の環境で同様の現象が出るはずで、検索すれば引っかかるはず。それが無いということは、少なくとも複合的な要因で起っていると考える方が適切でしょう。
じゃあ、仕方ないですね。なのかというとそういう訳でもない。メーカー側にはそういう機械に頼って自分の製品が使われるということを前提で製品を作っていただきたいと思います。例えば、開始や終了が何らかの要因で失敗したとして、永遠に来もしないフラグを待続けるような仕組のソフトウェアにせずに、一定のWatchDogタイマーを咬ませて、アプリを一端Killしてから再起動するとかの工夫は十分可能だと思います。実際家電ではそういった処理は当然のように組込まれていることが大概です。だからあの安定度を実現できているんですね。
ソフトウェアというのはイレギュラー処理こそが品質のポイントとなります。PCのソフトウェアの品質が常に今一つなのは、イレギュラーの可能性が何よりも多い割に、これを軽視する傾向が強いからです。PCでしか出来ない作業をしている内は、他に代替が無い以上仕方ないがまかり通ったかもしれませんけど、家電などでも代替可能なキャプチャー製品には是非この辺りまで考慮した製品を出していただきたいと思います。実際家でも東芝のRD-XS53を並列で動かしていますが、普通に使うならRDの方が圧倒的に便利かつ確実です。もし、今後RDのネットワーク転送速度がまともに(RDのネットワーク転送速度は、「ワザと遅くしてるだろ」と勘ぐりたくなるほど遅く、実用に耐えうるレベルでは無い)なれば、キャプチャーボードはいらないと判断してしまうかもしれません。
じゃあ解決は時間の問題か?というと、こちらもそうでもなくて、今後についてはプロテクトの問題もあり、ネットワーク転送部分の強化というのは、あまり期待できない気がします。データをPCで処理したい理由は編集にあります。テレビ画面とリモコンで編集をするというのは、PCでの編集処理に慣れた人間には拷問です。PCにデータを移すことで、そこを対処している訳ですが、それはコピーだから駄目!という結論を出される可能性はかなり高いです。そこで代案として、HDDレコーダーにUSBポートを付けて、素直にキーボードとマウスを接続可能にしてしまうという解決策はどうでしょうか?無論編集ソフトがそれらにきちんと対応することも前提です。NTSCだとキツいですが、今後はHD化も進むでしょうから、ベストな選択肢かもしれません。
事の始りは朝起きてみると何故かしらPCが起動していることを見つけたところからはじまります。理由は何のことはないキャプチャーが正常に終了できなかったから。つまり、一晩中録画しっぱなしだった訳です。15G位のファイルが出来てたかな?こうなると、再起動以外の手は無いんですが、正しい手順で再起動するとアプリケーションのタイムアウト待ちが発生するため結構待たされます。朝だったんで、それを嫌って幾つかのアプリを落してからハードウェアリセットしたんですが、このリセットのタイミングがちょっと早かったらしく、設定ファイルが幾つか飛んでしまったというのが顛末です。復旧するのが結構大変でした(^^;
PCでのビデオキャプチャーは便利ではあるのだけど、安定度という点ではまだまだ家電のHDDレコーダーと比べると、数段は劣っています。僕が経験した失敗の例で多いのは以下の4パターン
1,OSが休止からの復帰に失敗する
2,キャプチャーアプリないしはドライバーが開始に失敗する
3,キャプチャーアプリないしはドライバーが終了に失敗する
4,録画中に他ソフトやハードが原因で落ちる
4はまぁ汎用機なので仕方ないとしても、1~3に関しては無人動作時のトラブルであり、再現性も曖昧な為、対処が難しいです。特に2と3に関しては純粋にキャプチャー関連のトラブルであるためにメーカーの対応を待つしか無い状態です。
カードメーカーも頑張っているとは思います。その理由の一つは頻度。ちょっと前までなら週に一回位失敗していたのが、まぁ月に1、2回程度にまで下がったという点。二つ目は、再現性の薄い現象は得てしてソフトではなくハードに要因があるという経験則を持っているという点です。
例えば考えられるのは、マザーボード。PCIスロットの信号タイミングや電源系の精度がどの程度出ているのか? バス周りはしっかりしているのか? 電源は?メモリは?と疑い出すとキリがないです。ソフトウェアの問題であれば、少なくとも複数の環境で同様の現象が出るはずで、検索すれば引っかかるはず。それが無いということは、少なくとも複合的な要因で起っていると考える方が適切でしょう。
じゃあ、仕方ないですね。なのかというとそういう訳でもない。メーカー側にはそういう機械に頼って自分の製品が使われるということを前提で製品を作っていただきたいと思います。例えば、開始や終了が何らかの要因で失敗したとして、永遠に来もしないフラグを待続けるような仕組のソフトウェアにせずに、一定のWatchDogタイマーを咬ませて、アプリを一端Killしてから再起動するとかの工夫は十分可能だと思います。実際家電ではそういった処理は当然のように組込まれていることが大概です。だからあの安定度を実現できているんですね。
ソフトウェアというのはイレギュラー処理こそが品質のポイントとなります。PCのソフトウェアの品質が常に今一つなのは、イレギュラーの可能性が何よりも多い割に、これを軽視する傾向が強いからです。PCでしか出来ない作業をしている内は、他に代替が無い以上仕方ないがまかり通ったかもしれませんけど、家電などでも代替可能なキャプチャー製品には是非この辺りまで考慮した製品を出していただきたいと思います。実際家でも東芝のRD-XS53を並列で動かしていますが、普通に使うならRDの方が圧倒的に便利かつ確実です。もし、今後RDのネットワーク転送速度がまともに(RDのネットワーク転送速度は、「ワザと遅くしてるだろ」と勘ぐりたくなるほど遅く、実用に耐えうるレベルでは無い)なれば、キャプチャーボードはいらないと判断してしまうかもしれません。
じゃあ解決は時間の問題か?というと、こちらもそうでもなくて、今後についてはプロテクトの問題もあり、ネットワーク転送部分の強化というのは、あまり期待できない気がします。データをPCで処理したい理由は編集にあります。テレビ画面とリモコンで編集をするというのは、PCでの編集処理に慣れた人間には拷問です。PCにデータを移すことで、そこを対処している訳ですが、それはコピーだから駄目!という結論を出される可能性はかなり高いです。そこで代案として、HDDレコーダーにUSBポートを付けて、素直にキーボードとマウスを接続可能にしてしまうという解決策はどうでしょうか?無論編集ソフトがそれらにきちんと対応することも前提です。NTSCだとキツいですが、今後はHD化も進むでしょうから、ベストな選択肢かもしれません。
2006/02/15のBlog
[ 11:06 ]
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西氏のBlogへのトラックバック
http://plusdblog.itmedia.co.jp/nishitadashi/2006/02/post_827d.html
引続き続けられているNHK論ですが、今回は政府と放送の関係についてです。西氏は何故だか一部の物事に関しては、妙なステレオタイプに固着しているようで、今回の件でもそれが見えます。コメントでも指摘されていますが、国営放送というものについて、放送が国営化したら政府批判など求めるべくもないし、報道として成立しない。と考えているようです。
実際今の日本で国営放送が誕生したとして、西氏の指摘通りになるかどうかは判りませんが、どちらであったとしてもそれは問題の差替えという気がします。つまり、独裁制下であるならまだしも、民主制下においては政府の意思=国民の意思であるということが大前提となっているからです。国営放送がもし報道機関として成立しない状態になり、それが国民の望んだ形でないとするなら、それは国営放送という仕組に問題があるのではなくて、日本の民主制そのものに問題があるということになります。その部分を混同して語られるのは、非常に違和感があります。
更に言うと国営放送にはそれ以外の形態には無いメリットもあります。それは、その運営をするにあたって、番組制作、選定、放送の価値観を「大衆の価値観と完全に切離すことが原則可能」であるということです。つまり、先日の話で言う「みんなが見たいもの」を一切放送する必要が無くなるということです。視聴率なんて気にする必要は完全に消失します。まぁマスコミですから、誰も見ていないという状態はさすがに困ったものですが、少なくとも目の色を変えて視聴率を求めるということは無くなるし、受信料を徴収するわけでもないですから、見ていないという言い訳を恐れる必要もなくなります。
※ここで注意して頂きたいのは、「国民の意思≠大衆の意思」であるという点です。ここが、代理制民主主義のキモです。
これは非常に大きなメリットであると考えます。これによって初めて放送の公共性に対し、あるべき論がニュートラルな状態で実現可能となるからです。広告放送や有料放送、視聴料制度のどれを取ったとしても、見て貰えるということが絶対条件であるか、かなり重要な要素になってしまいます。つまり、ある種のベクトルが強い力を持つということになります。視聴料を強制徴収する制度でも国営化とほぼ同様の効果がありますが、実際には法的措置を言出したNHKに対する視聴者の声はかなり厳しいものがあるように感じます。西氏がよく例に出すBBCの投票制度でも同じ事が言えるでしょう。見もしない、興味も無いものに金が払うことを肯定するというのは、かなりの思い切りが必要となります。払っても払わなくても良いけど、できれば払ってください的な運営は、これまでの日本人の気質には合っていたのかもしれませんが、今後もそれを継続して組織を維持することが可能なのかという点に関しては疑問が残ります。
じゃあ国営化が全面的に良いのかと言えば、それはそうとは限りません。理論上はともかく、現実的には国営化されれば西氏の危惧が現実になるという可能性が少なくありません。つまり現在の日本の民主制はその程度には腐っています。よって、現実を見ればという前提を付ければ西氏の主張も一理あります。じゃあどうしたら良いのか?
結局話は元に戻るのですが、「NHKに求めるもの」を公共性とか曖昧な表現でなく、もっと明確にしないと判断することはできないでしょう。これが議論の根底なのですから、ある意味当り前といえば当り前のことだと思われます。
http://plusdblog.itmedia.co.jp/nishitadashi/2006/02/post_827d.html
引続き続けられているNHK論ですが、今回は政府と放送の関係についてです。西氏は何故だか一部の物事に関しては、妙なステレオタイプに固着しているようで、今回の件でもそれが見えます。コメントでも指摘されていますが、国営放送というものについて、放送が国営化したら政府批判など求めるべくもないし、報道として成立しない。と考えているようです。
実際今の日本で国営放送が誕生したとして、西氏の指摘通りになるかどうかは判りませんが、どちらであったとしてもそれは問題の差替えという気がします。つまり、独裁制下であるならまだしも、民主制下においては政府の意思=国民の意思であるということが大前提となっているからです。国営放送がもし報道機関として成立しない状態になり、それが国民の望んだ形でないとするなら、それは国営放送という仕組に問題があるのではなくて、日本の民主制そのものに問題があるということになります。その部分を混同して語られるのは、非常に違和感があります。
更に言うと国営放送にはそれ以外の形態には無いメリットもあります。それは、その運営をするにあたって、番組制作、選定、放送の価値観を「大衆の価値観と完全に切離すことが原則可能」であるということです。つまり、先日の話で言う「みんなが見たいもの」を一切放送する必要が無くなるということです。視聴率なんて気にする必要は完全に消失します。まぁマスコミですから、誰も見ていないという状態はさすがに困ったものですが、少なくとも目の色を変えて視聴率を求めるということは無くなるし、受信料を徴収するわけでもないですから、見ていないという言い訳を恐れる必要もなくなります。
※ここで注意して頂きたいのは、「国民の意思≠大衆の意思」であるという点です。ここが、代理制民主主義のキモです。
これは非常に大きなメリットであると考えます。これによって初めて放送の公共性に対し、あるべき論がニュートラルな状態で実現可能となるからです。広告放送や有料放送、視聴料制度のどれを取ったとしても、見て貰えるということが絶対条件であるか、かなり重要な要素になってしまいます。つまり、ある種のベクトルが強い力を持つということになります。視聴料を強制徴収する制度でも国営化とほぼ同様の効果がありますが、実際には法的措置を言出したNHKに対する視聴者の声はかなり厳しいものがあるように感じます。西氏がよく例に出すBBCの投票制度でも同じ事が言えるでしょう。見もしない、興味も無いものに金が払うことを肯定するというのは、かなりの思い切りが必要となります。払っても払わなくても良いけど、できれば払ってください的な運営は、これまでの日本人の気質には合っていたのかもしれませんが、今後もそれを継続して組織を維持することが可能なのかという点に関しては疑問が残ります。
じゃあ国営化が全面的に良いのかと言えば、それはそうとは限りません。理論上はともかく、現実的には国営化されれば西氏の危惧が現実になるという可能性が少なくありません。つまり現在の日本の民主制はその程度には腐っています。よって、現実を見ればという前提を付ければ西氏の主張も一理あります。じゃあどうしたら良いのか?
結局話は元に戻るのですが、「NHKに求めるもの」を公共性とか曖昧な表現でなく、もっと明確にしないと判断することはできないでしょう。これが議論の根底なのですから、ある意味当り前といえば当り前のことだと思われます。
[ 10:24 ]
[ W-ZERO3 ]
W-ZERO3の環境ですが、大分落着いてきました。こまめにバージョンアップがされるソフトもありますので、完全とは行きませんが、少なくとも入れるものに関しては大分Fixしてきました。そんな中で唯一どうしたものか決められずにいるのが、PIMツールです。
PIMツールとは、スケジュールを主とした管理ソフトで、標準機能で言うとPocket Outlookが担当します。Outlookと言うと判りづらいなら、予定表、連絡先、仕事が担当するのがPIMツールです。
PIMツールにも幾つか種類があるのですが、機能や日本語環境への対応などを考慮すると、PocketPCでは「さいすけ」と「Pocket Informant」が双璧になります。個人的には、長い間「さいすけ」を使ってきていたのですが、今回ちょっとした気まぐれで「Pocket Informant」も試してみることにしました。ところが、これが非常に判断に困る結果になっています。
機能 : Pocket Informant > さいすけ
見目 : Pocket Informant > さいすけ
操作性 : Pocket Informant < さいすけ
安定度 : Pocket Informant < さいすけ
値段 : Pocket Informant < さいすけ
機能
基本的な機能はどちらのソフトも網羅されているので、基本的に困ることは無いです。Pocket Informantの方は、それに+αの機能が足されています。例えば、アイコン貼付けや、予定表示のワードラップ、予定内のリンク機能など多彩です。さいすけの機能で特筆すべきは休日機能でこれは結構便利です。
見目
Pocket Informantがかなりデザインを意識した表示になっているのに対し、さいすけの方は、シンプルな表示方法をとっています。どちらが良いかとなると、主観が入りますが、個人的にはPocket Informantが優勢と見ます。また表示方法のカスタマイズ範囲がさいすけに比べて広いというのも魅力です。
操作性
これも主観がかなり入る部分です。あくまでも僕はという前提付です。Pocket Informant側で気になるのは、予定の修正がツーアクション(詳細表示→編集)になる点です。それと、英語版ソフトであるが故ですが、アドレス帳の検索が旨く機能しないという問題もあります。さいすけの方はアイコンのサイズが小さくてタップしづらい点や、検索機能は正常に動作するものの使いやすさという点では今一つであるという部分が気になります。広い画面を生かして予定表示とは別枠にカレンダーを表示できるというのは加点です。双方完全とは言えないかもしれませんが、全体を通してさいすけの方が、やや良いとしました。
安定度
どちらも、落ちるとかということはありません。Pocket Informantの方ではカラーカスタマイズなどができるのですが、何らかの拍子にその設定が壊れるというのを何度となく経験しています。致命的では無いのですが、デザインをPocket Informantのメリットとして上げているので、これが壊れる分減点としました。
値段
これは数字ですから分り易いですね。さいすけ\1800に対しPocket Informant$24.95です。倍とは言いませんが、それに近い値段差があります。
もし、同じ値段ならPocket Informantにしていると思います。機能と見目の差がかなり大きいというのと、操作性に関しては慣れの部分も大きいだろうというのがその理由。けれど、値段差を考えると判断が難しくなるというところです。大した金額じゃないんだからどちらでも良いじゃないかと言ってしまえばその通りですが、そこはそれ、こういうことを考えるのも楽しみの一つって奴ですよ。試用期間もそろそろ切れるし、そろそろ結論を出さなければいけないんですけどね。
PIMツールとは、スケジュールを主とした管理ソフトで、標準機能で言うとPocket Outlookが担当します。Outlookと言うと判りづらいなら、予定表、連絡先、仕事が担当するのがPIMツールです。
PIMツールにも幾つか種類があるのですが、機能や日本語環境への対応などを考慮すると、PocketPCでは「さいすけ」と「Pocket Informant」が双璧になります。個人的には、長い間「さいすけ」を使ってきていたのですが、今回ちょっとした気まぐれで「Pocket Informant」も試してみることにしました。ところが、これが非常に判断に困る結果になっています。
機能 : Pocket Informant > さいすけ
見目 : Pocket Informant > さいすけ
操作性 : Pocket Informant < さいすけ
安定度 : Pocket Informant < さいすけ
値段 : Pocket Informant < さいすけ
機能
基本的な機能はどちらのソフトも網羅されているので、基本的に困ることは無いです。Pocket Informantの方は、それに+αの機能が足されています。例えば、アイコン貼付けや、予定表示のワードラップ、予定内のリンク機能など多彩です。さいすけの機能で特筆すべきは休日機能でこれは結構便利です。
見目
Pocket Informantがかなりデザインを意識した表示になっているのに対し、さいすけの方は、シンプルな表示方法をとっています。どちらが良いかとなると、主観が入りますが、個人的にはPocket Informantが優勢と見ます。また表示方法のカスタマイズ範囲がさいすけに比べて広いというのも魅力です。
操作性
これも主観がかなり入る部分です。あくまでも僕はという前提付です。Pocket Informant側で気になるのは、予定の修正がツーアクション(詳細表示→編集)になる点です。それと、英語版ソフトであるが故ですが、アドレス帳の検索が旨く機能しないという問題もあります。さいすけの方はアイコンのサイズが小さくてタップしづらい点や、検索機能は正常に動作するものの使いやすさという点では今一つであるという部分が気になります。広い画面を生かして予定表示とは別枠にカレンダーを表示できるというのは加点です。双方完全とは言えないかもしれませんが、全体を通してさいすけの方が、やや良いとしました。
安定度
どちらも、落ちるとかということはありません。Pocket Informantの方ではカラーカスタマイズなどができるのですが、何らかの拍子にその設定が壊れるというのを何度となく経験しています。致命的では無いのですが、デザインをPocket Informantのメリットとして上げているので、これが壊れる分減点としました。
値段
これは数字ですから分り易いですね。さいすけ\1800に対しPocket Informant$24.95です。倍とは言いませんが、それに近い値段差があります。
もし、同じ値段ならPocket Informantにしていると思います。機能と見目の差がかなり大きいというのと、操作性に関しては慣れの部分も大きいだろうというのがその理由。けれど、値段差を考えると判断が難しくなるというところです。大した金額じゃないんだからどちらでも良いじゃないかと言ってしまえばその通りですが、そこはそれ、こういうことを考えるのも楽しみの一つって奴ですよ。試用期間もそろそろ切れるし、そろそろ結論を出さなければいけないんですけどね。
2006/02/14のBlog
[ 16:28 ]
[ 所感 ]
地下鉄というのは、不思議な乗り物でです。使わない内はその存在を意識することはないし、無くても何も困らないと思えてしまう。しかし、一度使い始めると、都内全域に縦横無尽に網が張り巡らされているために、目的地にかなり近いところまでたどり着けるという便利さにはまってしまいます。
かくゆう自分もこれまでずっとJR派であったにも関わらず、今となっては出来る限り地下鉄を使う方向に傾いている気がします。問題は乗り換えの煩雑さを如何に克服するかと、どの線がどこを通っているかを把握することでしょう。
ほとんど同じ場所なのに違う名前の駅になっていたりするのも迷う要因です。また、営団と都営、その他各私鉄の乗り入れもあちこちで入っているので、複雑さは便利さと引き換えに増すばかりです。駅が地下であるために、パッと見た目目立たないことや、何線なのかが判り辛いというのもある気がします。
料金が高いというのも大きな問題かな?色々言ってきましたが、悪い面ばかりではありません。地下鉄なんてほとんど使ったことがないという方も結構居るんじゃないかという気がします。そういう方は是非一度地下鉄利用にチャレンジしてみたらいかがでしょう?新しい発見があるかもしれませんよ。
かくゆう自分もこれまでずっとJR派であったにも関わらず、今となっては出来る限り地下鉄を使う方向に傾いている気がします。問題は乗り換えの煩雑さを如何に克服するかと、どの線がどこを通っているかを把握することでしょう。
ほとんど同じ場所なのに違う名前の駅になっていたりするのも迷う要因です。また、営団と都営、その他各私鉄の乗り入れもあちこちで入っているので、複雑さは便利さと引き換えに増すばかりです。駅が地下であるために、パッと見た目目立たないことや、何線なのかが判り辛いというのもある気がします。
料金が高いというのも大きな問題かな?色々言ってきましたが、悪い面ばかりではありません。地下鉄なんてほとんど使ったことがないという方も結構居るんじゃないかという気がします。そういう方は是非一度地下鉄利用にチャレンジしてみたらいかがでしょう?新しい発見があるかもしれませんよ。
[ 13:40 ]
[ 社会 ]
小寺氏のコラムがまたまたまた面白い。
「自分の好みに合わせて自由に選んでいるように見せかけて、実は文化によってもたらされた性別の記号化によって選ばされているとしたら、そこには個性など存在しない。 」
とは、鋭い突っ込みである。個性とは、ある集団から奇異に見られることでは決して無い。ということである。全部が全部とは言わないが、大半の連中は個性などというものを持ち合せては居ないと感じる。ただし、これは別に最近の若い世代とかのように、特定の世代だけに見られる傾向という訳ではない。
例に挙っている服装や持物からはじまって、オリンピック等のイベントの度に沸いて現れる似非ナショナリスト等でも全く同様である。
「「汎用の個性」に自分を合わせ込んで埋没させることで、特定グループに属すことによる安心感を得ようとする」
の表現はまさに的確だと言えよう。自ら価値観を確立するということを放棄した人間は誰もがこうなるということである。更に悪いことに、この「特定のグループ」への所属を拒む人間を攻撃するという特性も持ち合せているのが困ったものである。
某友人と以前この話をしたら「学校教育の成果だよ」との指摘。そういえば小寺氏のコラムにも、学校教育によって近い将来に好みが変化するのではないかという指摘もあった。なるほど言い得て妙である。
「自分の好みに合わせて自由に選んでいるように見せかけて、実は文化によってもたらされた性別の記号化によって選ばされているとしたら、そこには個性など存在しない。 」
とは、鋭い突っ込みである。個性とは、ある集団から奇異に見られることでは決して無い。ということである。全部が全部とは言わないが、大半の連中は個性などというものを持ち合せては居ないと感じる。ただし、これは別に最近の若い世代とかのように、特定の世代だけに見られる傾向という訳ではない。
例に挙っている服装や持物からはじまって、オリンピック等のイベントの度に沸いて現れる似非ナショナリスト等でも全く同様である。
「「汎用の個性」に自分を合わせ込んで埋没させることで、特定グループに属すことによる安心感を得ようとする」
の表現はまさに的確だと言えよう。自ら価値観を確立するということを放棄した人間は誰もがこうなるということである。更に悪いことに、この「特定のグループ」への所属を拒む人間を攻撃するという特性も持ち合せているのが困ったものである。
某友人と以前この話をしたら「学校教育の成果だよ」との指摘。そういえば小寺氏のコラムにも、学校教育によって近い将来に好みが変化するのではないかという指摘もあった。なるほど言い得て妙である。