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2007/07/06のBlog
[ 07:40 ]
[ 鬱病と介護 ]
<抗うつ剤>「パキシル」服用の自殺者増加 副作用の疑い
6月28日3時2分配信 毎日新聞
抗うつ剤「パキシル」(一般名・塩酸パロキセチン水和物)の副作用が疑われる自殺者が05、06年度と2年連続で2ケタに増えたことが厚生労働省などの調べで分かった。パキシルはうつ病やパニック障害などに有効だが、若い人を中心に自殺行動を高めるケースがあり、添付文書にはすでに警告や注意が明記されている。厚労省は医療関係者に「患者の状態の変化をよく観察し、薬の減量など適切な処置を」と呼びかけている。
パキシルは世界で発売され、国内では00年11月から販売。製造・販売元の製薬会社「グラクソ・スミスクライン」によると、推計売り上げは01年は約120億円で、年々増え06年は約560億円。推定物流ベースでは抗うつ剤全体の約25%を占め人気が高いという。一方、厚労省の患者調査では、うつ病などの気分障害も増加傾向で、96年の43万3000人に対し、05年は倍以上の92万4000人に上っている。
厚労省と独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」によると、同機構への報告が義務化された04年度以降、パキシルの副作用と疑われる症例のうち、自殺をした「自殺既遂」は04年度が1件だったが、05年度は11件、06年度は15件と増加。自殺行動が表れた「自殺企図」も04、05年度の各2件に対し、06年度は24件に増えた。いずれも03年度以前は1ケタとみられ、06年度は厚労省が5月末現在でまとめた。
増加の原因について、医療関係者によると、処方される患者が増える中、医師が投与後、経過を十分に観察していないことなどが考えられるという。
一方、同社は「患者が勝手に服用をやめると、病状が悪化する恐れがあり、必ず医師に相談してほしい」と話している。【玉木達也】
田島治・杏林大教授(精神保健学)の話 パキシルはうつ病に有効で、自殺関連の副作用が表れるのもごく一部とみられる。ただ、投与後、最初の9日間は慎重に様子をみて注意が必要だ。また、うつ病を早く見つけ、治療するという流れにのって、軽いうつ状態にまで、すべて薬を投与するのは問題だ。特に若い人の場合、カウンセリングで治るケースも多く、慎重にすべきだ。
******************************************************************
気になる記事です。
この薬は、家内は服用していますからね。
6月28日3時2分配信 毎日新聞
抗うつ剤「パキシル」(一般名・塩酸パロキセチン水和物)の副作用が疑われる自殺者が05、06年度と2年連続で2ケタに増えたことが厚生労働省などの調べで分かった。パキシルはうつ病やパニック障害などに有効だが、若い人を中心に自殺行動を高めるケースがあり、添付文書にはすでに警告や注意が明記されている。厚労省は医療関係者に「患者の状態の変化をよく観察し、薬の減量など適切な処置を」と呼びかけている。
パキシルは世界で発売され、国内では00年11月から販売。製造・販売元の製薬会社「グラクソ・スミスクライン」によると、推計売り上げは01年は約120億円で、年々増え06年は約560億円。推定物流ベースでは抗うつ剤全体の約25%を占め人気が高いという。一方、厚労省の患者調査では、うつ病などの気分障害も増加傾向で、96年の43万3000人に対し、05年は倍以上の92万4000人に上っている。
厚労省と独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」によると、同機構への報告が義務化された04年度以降、パキシルの副作用と疑われる症例のうち、自殺をした「自殺既遂」は04年度が1件だったが、05年度は11件、06年度は15件と増加。自殺行動が表れた「自殺企図」も04、05年度の各2件に対し、06年度は24件に増えた。いずれも03年度以前は1ケタとみられ、06年度は厚労省が5月末現在でまとめた。
増加の原因について、医療関係者によると、処方される患者が増える中、医師が投与後、経過を十分に観察していないことなどが考えられるという。
一方、同社は「患者が勝手に服用をやめると、病状が悪化する恐れがあり、必ず医師に相談してほしい」と話している。【玉木達也】
田島治・杏林大教授(精神保健学)の話 パキシルはうつ病に有効で、自殺関連の副作用が表れるのもごく一部とみられる。ただ、投与後、最初の9日間は慎重に様子をみて注意が必要だ。また、うつ病を早く見つけ、治療するという流れにのって、軽いうつ状態にまで、すべて薬を投与するのは問題だ。特に若い人の場合、カウンセリングで治るケースも多く、慎重にすべきだ。
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気になる記事です。
この薬は、家内は服用していますからね。
2007/07/04のBlog
[ 09:37 ]
[ 障害者と介護 ]
こんにちは。
ブログと現実の進行具合とかなりの差が出てしまいました。
これは、何度も書きましたが・・・母の怪我とそれに伴う家内の不安定が原因で、とてもブログなど書ける状態ではなかったからです。
それで現状までどうなったのか・・・簡単に書きます。
まず、母は近隣入院先から隣県の病院へ転院となりました。
隣町にある病院では、手術は出来ないと言われたからです。
手術自体はそんなに難しくないのですが、母の体力が問題でした。
母は糖尿が原因で、心筋梗塞をやってしまい8時間にも及ぶ手術をして、奇跡的に助かりましたが・・・障害者となり実際の年齢よりも10歳プラスした体力で、なおかつ、腎臓機能低下、血液が投薬のために・・・血が止まらない状態だそうで、整形外科だけのチームでは無理だと言われました。
合併症の危険性がかなりあるといわれました。
この時は、母はまだ血尿も止まらなくて、一時は血圧も下がり、何度か輸血したりして体力を温存させて、入院一週間で隣県の病院へ救急車で移動ということになりました。
前にも書きましたが、母の入院は予想もしなかったことでしたので、入院日はわけのわからない感じで足りないものがたくさんありました。
ですから、午前中に一度・・・夕方にまた病院へというパターンが何度かありました。
ところが、この私の行動が家内の気持ちを不安定にすることになったのです。
ブログに少し書きましたが、私がつかれているときや・・・考え事をしているときに、急な買い物をねだったり、私が病院へ行こうとすると、不機嫌になりわけのわからない事を言い始めるようになりました。
特に、一日二回言ったときは「何故、二回行く必要があるの?」とくってかかる事もありました。
そして「私とお母さんは、どっちが大事なの?」と、泣き出したり・・・突然部屋からいなくなったりと、私を不安にさせ、怒らせるような事も言ってきたりしました。
私は家内にわかりやすいように説明しました。
母の骨折は、骨折後一週間経っていて、医師には「命取り」になりかねない重要な事だったこと。
そして、私や娘は母が骨折していたとは夢にも思わなくて、紙おむつを取り替えるときに足を上げたりして、痛がる母を「甘えている」と怒ってしまったことを私は悔いている事などを正直に話しました。
家内も自分の両親をガンで失っています。
介護の経験もあり、私の気持ちをわかってくれると思ったのです。
ところが、これが違いました。
鬱病は家内の常識的な感情も狂わせていたのです。
家内は納得せず、ひたすら感情的になり・・・母の病院へ行けばいい・・私が死んでもかまわないのだろうと、私と娘の前で大声で怒鳴ったり、泣きじゃくり・・・あげくには、過呼吸の発作で苦しむ始末。
家内はどうしてわかってくれないのだろう・・・
そして、その夜でした・・・家内は寝られないと言って、テレビを見ていました。
私は深夜の二時過ぎまで家内の横で起きていましたが、少しウトウトしてしまったのです。
そして、はっと目を覚ますと・・・そこには手首を切った家内がいました。
「我慢できなかった・・・」
それが、家内の私を見たときの一言でした。
「なんでだよ・・・」
私はティッシュで傷口を押さえ、そっと傷口を見ました。
血は止まりませんが、傷口は浅いようでした。
次の日は、家内のパニックなどを考えて、患者が少ない夕方に病院へ連れて行って処理してもらいました。
私は家内の態度に打ちのめされていました。
家内は何故こんな時に、私が動揺している時に・・・母と自分を天秤にかけ、私に選ばせようとするのか・・・
母への私の態度の後悔が、私を追い詰めていたので私はそんなことを返事したくありませんでした。
もし、母に何かあれば・・・私がすぐに医者に診せなかったことが原因になるかもしれないのです。
「そんなのは比べられない・・・お袋も君も大事な家族だから・・・比べる事なんてできないよ」
「そういうと思った・・・」
この言葉が私をいらつかせました。
わかってて・・・何故、私を感情的にさせるような事を家内は今言ってくるのだろう・・・
どうして、私を責めるのだろう・・・・
まるで、私をわざわざ怒らせたりするような態度や言葉を言ってくるのだろう・・・
母の入院の手続きから準備・・・本当は家内に手伝ってほしかったのは本音です。
しかし、それは仕方ないと思っていました・・・
励ましてくれたりするのならわかりますが・・・母の病院へ行くことを責められるとは・・・
この後、転院先の医師にかなり厳しいことを言われ、私は益々落ち込みました。
「手術が最後まで出来れば・・・最初の問題はクリアです・・・しかし、覚悟はしておいて下さい・・・」
母は、この時はかなり弱っていて、軽い痴呆も始まっていました。
話し方がおかしくて、弟の名前も間違ったりして医師の言っているとおりになって来たのです。
知人からも、老人の大腿骨骨折は致命傷になる場合が多い言われました。
それに伴い、母の医療費の問題も出てきます。
母の入院や医療費・・・家内の私への責め・・・
最悪、家内が母の介護に反対するなら離婚も仕方ないとまで考えもしました。
母に何かあれば、私はきっと一生後悔すると思ったのです。
しかし、冷静に考えれば・・・家内をここまで狂わせているのは「鬱病」なのです。
普通の精神状態ではありません・・・
私は必死に自分の気持ちを抑えました。
家内にも子供をあやすように、ゆっくりと言い聞かせました。
家内は、ただ黙って聞いていましたが・・・
「自分が嫌になった・・・」
そういって泣き出しました。
そう・・・家内もわかっているのです・・・自分がおかしな事を言っていることを・・・
それでも、感情を抑えることが出来ず、私にくってかかってくるのです。
これが、鬱病なんだ・・・私はまだまだ病気を理解していないと反省しました。
しかし、この後に母の洗濯物を洗ってくれたり、病室には入りませんが、病院も一緒に何度か行ってはくれるようになってくれました。
それでも、それは家内の気持ちが安定しているときです。
家内が体調不良の時は、未だに病院へは行きにくい状態が続いています。
ブログと現実の進行具合とかなりの差が出てしまいました。
これは、何度も書きましたが・・・母の怪我とそれに伴う家内の不安定が原因で、とてもブログなど書ける状態ではなかったからです。
それで現状までどうなったのか・・・簡単に書きます。
まず、母は近隣入院先から隣県の病院へ転院となりました。
隣町にある病院では、手術は出来ないと言われたからです。
手術自体はそんなに難しくないのですが、母の体力が問題でした。
母は糖尿が原因で、心筋梗塞をやってしまい8時間にも及ぶ手術をして、奇跡的に助かりましたが・・・障害者となり実際の年齢よりも10歳プラスした体力で、なおかつ、腎臓機能低下、血液が投薬のために・・・血が止まらない状態だそうで、整形外科だけのチームでは無理だと言われました。
合併症の危険性がかなりあるといわれました。
この時は、母はまだ血尿も止まらなくて、一時は血圧も下がり、何度か輸血したりして体力を温存させて、入院一週間で隣県の病院へ救急車で移動ということになりました。
前にも書きましたが、母の入院は予想もしなかったことでしたので、入院日はわけのわからない感じで足りないものがたくさんありました。
ですから、午前中に一度・・・夕方にまた病院へというパターンが何度かありました。
ところが、この私の行動が家内の気持ちを不安定にすることになったのです。
ブログに少し書きましたが、私がつかれているときや・・・考え事をしているときに、急な買い物をねだったり、私が病院へ行こうとすると、不機嫌になりわけのわからない事を言い始めるようになりました。
特に、一日二回言ったときは「何故、二回行く必要があるの?」とくってかかる事もありました。
そして「私とお母さんは、どっちが大事なの?」と、泣き出したり・・・突然部屋からいなくなったりと、私を不安にさせ、怒らせるような事も言ってきたりしました。
私は家内にわかりやすいように説明しました。
母の骨折は、骨折後一週間経っていて、医師には「命取り」になりかねない重要な事だったこと。
そして、私や娘は母が骨折していたとは夢にも思わなくて、紙おむつを取り替えるときに足を上げたりして、痛がる母を「甘えている」と怒ってしまったことを私は悔いている事などを正直に話しました。
家内も自分の両親をガンで失っています。
介護の経験もあり、私の気持ちをわかってくれると思ったのです。
ところが、これが違いました。
鬱病は家内の常識的な感情も狂わせていたのです。
家内は納得せず、ひたすら感情的になり・・・母の病院へ行けばいい・・私が死んでもかまわないのだろうと、私と娘の前で大声で怒鳴ったり、泣きじゃくり・・・あげくには、過呼吸の発作で苦しむ始末。
家内はどうしてわかってくれないのだろう・・・
そして、その夜でした・・・家内は寝られないと言って、テレビを見ていました。
私は深夜の二時過ぎまで家内の横で起きていましたが、少しウトウトしてしまったのです。
そして、はっと目を覚ますと・・・そこには手首を切った家内がいました。
「我慢できなかった・・・」
それが、家内の私を見たときの一言でした。
「なんでだよ・・・」
私はティッシュで傷口を押さえ、そっと傷口を見ました。
血は止まりませんが、傷口は浅いようでした。
次の日は、家内のパニックなどを考えて、患者が少ない夕方に病院へ連れて行って処理してもらいました。
私は家内の態度に打ちのめされていました。
家内は何故こんな時に、私が動揺している時に・・・母と自分を天秤にかけ、私に選ばせようとするのか・・・
母への私の態度の後悔が、私を追い詰めていたので私はそんなことを返事したくありませんでした。
もし、母に何かあれば・・・私がすぐに医者に診せなかったことが原因になるかもしれないのです。
「そんなのは比べられない・・・お袋も君も大事な家族だから・・・比べる事なんてできないよ」
「そういうと思った・・・」
この言葉が私をいらつかせました。
わかってて・・・何故、私を感情的にさせるような事を家内は今言ってくるのだろう・・・
どうして、私を責めるのだろう・・・・
まるで、私をわざわざ怒らせたりするような態度や言葉を言ってくるのだろう・・・
母の入院の手続きから準備・・・本当は家内に手伝ってほしかったのは本音です。
しかし、それは仕方ないと思っていました・・・
励ましてくれたりするのならわかりますが・・・母の病院へ行くことを責められるとは・・・
この後、転院先の医師にかなり厳しいことを言われ、私は益々落ち込みました。
「手術が最後まで出来れば・・・最初の問題はクリアです・・・しかし、覚悟はしておいて下さい・・・」
母は、この時はかなり弱っていて、軽い痴呆も始まっていました。
話し方がおかしくて、弟の名前も間違ったりして医師の言っているとおりになって来たのです。
知人からも、老人の大腿骨骨折は致命傷になる場合が多い言われました。
それに伴い、母の医療費の問題も出てきます。
母の入院や医療費・・・家内の私への責め・・・
最悪、家内が母の介護に反対するなら離婚も仕方ないとまで考えもしました。
母に何かあれば、私はきっと一生後悔すると思ったのです。
しかし、冷静に考えれば・・・家内をここまで狂わせているのは「鬱病」なのです。
普通の精神状態ではありません・・・
私は必死に自分の気持ちを抑えました。
家内にも子供をあやすように、ゆっくりと言い聞かせました。
家内は、ただ黙って聞いていましたが・・・
「自分が嫌になった・・・」
そういって泣き出しました。
そう・・・家内もわかっているのです・・・自分がおかしな事を言っていることを・・・
それでも、感情を抑えることが出来ず、私にくってかかってくるのです。
これが、鬱病なんだ・・・私はまだまだ病気を理解していないと反省しました。
しかし、この後に母の洗濯物を洗ってくれたり、病室には入りませんが、病院も一緒に何度か行ってはくれるようになってくれました。
それでも、それは家内の気持ちが安定しているときです。
家内が体調不良の時は、未だに病院へは行きにくい状態が続いています。
2007/07/01のBlog
[ 06:31 ]
[ 鬱病と介護 ]
とにかく続けることにしました。
実は母の怪我で、今まで安定していた家内がおかしくなりました。
それで、かなり落ち込んでいたので、ブログも書く気がしなかったのですが・・・
気持ちを切りかえようと、ブログを開いたとたんに中傷のコメントがあり、それで止めたくなりました。
しかし、私のブログを参考にして下さっている方からメールを頂いたりして、考えを改める事にしました。
ただ、今までみたいに書き込めないかも知れません。
もしかして、かなりの簡略化になるかも・・・
とにかく、書けるときに書いていきます。
私は私のやり方でしか書けませんので、見たくない方は、わざわざお越し下さらないようにお願いします。(笑)
励ましのコメントやメールを送って下さった方、感謝いたします。
ありがとうございました。
これからも、鬱病と闘っていきましょう。
実は母の怪我で、今まで安定していた家内がおかしくなりました。
それで、かなり落ち込んでいたので、ブログも書く気がしなかったのですが・・・
気持ちを切りかえようと、ブログを開いたとたんに中傷のコメントがあり、それで止めたくなりました。
しかし、私のブログを参考にして下さっている方からメールを頂いたりして、考えを改める事にしました。
ただ、今までみたいに書き込めないかも知れません。
もしかして、かなりの簡略化になるかも・・・
とにかく、書けるときに書いていきます。
私は私のやり方でしか書けませんので、見たくない方は、わざわざお越し下さらないようにお願いします。(笑)
励ましのコメントやメールを送って下さった方、感謝いたします。
ありがとうございました。
これからも、鬱病と闘っていきましょう。
2007/06/25のBlog
[ 00:10 ]
[ 障害者と介護 ]
ここの所、忙しくてブログを書けませんでした。
母のことと、家内の不安定が重なりブログどころではなかったからです。
しかし、このブログは意味があって書いてきたものですから、久しぶりにブログを開きました。
そうしたら、思いも寄らぬ中傷のコメントが書かれていました。
私は文才がないため、どうしてもこのような文体になってしまいます。
また、私が他の鬱病患者家族の相談に乗っているのも気に入らないようです。
読みたくないのなら、ここにこなくても良いと思うのですが・・・ちょっとくたびれました。
このブログは、これからどうするか・・・閉鎖も視野に入れて、ちょっと考えようと思います。
母のことと、家内の不安定が重なりブログどころではなかったからです。
しかし、このブログは意味があって書いてきたものですから、久しぶりにブログを開きました。
そうしたら、思いも寄らぬ中傷のコメントが書かれていました。
私は文才がないため、どうしてもこのような文体になってしまいます。
また、私が他の鬱病患者家族の相談に乗っているのも気に入らないようです。
読みたくないのなら、ここにこなくても良いと思うのですが・・・ちょっとくたびれました。
このブログは、これからどうするか・・・閉鎖も視野に入れて、ちょっと考えようと思います。
2007/06/14のBlog
[ 00:57 ]
[ 障害者と介護 ]
自宅へ戻ると、娘は家内の横でそのまま寝てしまっていた。
家内は頭痛が治まったのか・・・横にはなっていたが起きてはいた。
「ただいま・・・ごめん・・・遅くなったね・・・」
「お疲れさまでした・・・」
私は家内に心配をかけない程度に病院の出来事を話した。
家内は「そうなんだ・・・」と軽い返事をしながら私の話を聞いていた。
時間を見ると、23時近かった。
私は軽くカップラーメンで夕食を取り、風呂に入る事にした。
風呂から出て、缶ビールの飲みながら・・・今日を振り返っていた。
母が骨折していたなんて・・・そして、入院までしてしまうなんて・・・
まったく考えもしなかった。
また、私は骨が折れていた右足をリハビリのつもりで、伸ばしたり引っ張ったりしていたのだ。
自己嫌悪だ・・・
そう考えていたときだった・・・家内が笑いながら私に話しかけてきた。
「ねぇ・・・コンビニでスパゲティ買ってきて・・・」
「えっ・・・今???」
「うん」
冗談ではない・・・・夕方から母の事で出歩き・・・一人で入院の手続きから、荷物運びまでこなし・・医師の話で気分は最悪状態だった。
「嘘だろう・・・俺はもうクタクタだし・・・今は夜中の1時だよ・・・勘弁してよ・・」
すると、みるみるうちに家内の顔が変わってきた・・・
「いいよ・・・冗談だから・・・」
冗談の顔ではなかった。
本気で私に買いに行ってほしかったのだ。
だから、怒ったのである。
最初は、いつものわがままだと思っていた家内の言動が・・・今考えると「嵐」の始まりだったのである。
翌日は、朝から病院へ来るように医師から言われていたし、母の入院の準備も万全では無かった。
当然、持って行くものもあったし・・・無いものは購入する必要もあった。
そのことを家内に話したが、家内は返事もしてくれなかった。
私は、気にはなったが・・・明日のこともあったので、その日は横になってしまった。
翌日の「嵐」も知らずに・・・
家内は頭痛が治まったのか・・・横にはなっていたが起きてはいた。
「ただいま・・・ごめん・・・遅くなったね・・・」
「お疲れさまでした・・・」
私は家内に心配をかけない程度に病院の出来事を話した。
家内は「そうなんだ・・・」と軽い返事をしながら私の話を聞いていた。
時間を見ると、23時近かった。
私は軽くカップラーメンで夕食を取り、風呂に入る事にした。
風呂から出て、缶ビールの飲みながら・・・今日を振り返っていた。
母が骨折していたなんて・・・そして、入院までしてしまうなんて・・・
まったく考えもしなかった。
また、私は骨が折れていた右足をリハビリのつもりで、伸ばしたり引っ張ったりしていたのだ。
自己嫌悪だ・・・
そう考えていたときだった・・・家内が笑いながら私に話しかけてきた。
「ねぇ・・・コンビニでスパゲティ買ってきて・・・」
「えっ・・・今???」
「うん」
冗談ではない・・・・夕方から母の事で出歩き・・・一人で入院の手続きから、荷物運びまでこなし・・医師の話で気分は最悪状態だった。
「嘘だろう・・・俺はもうクタクタだし・・・今は夜中の1時だよ・・・勘弁してよ・・」
すると、みるみるうちに家内の顔が変わってきた・・・
「いいよ・・・冗談だから・・・」
冗談の顔ではなかった。
本気で私に買いに行ってほしかったのだ。
だから、怒ったのである。
最初は、いつものわがままだと思っていた家内の言動が・・・今考えると「嵐」の始まりだったのである。
翌日は、朝から病院へ来るように医師から言われていたし、母の入院の準備も万全では無かった。
当然、持って行くものもあったし・・・無いものは購入する必要もあった。
そのことを家内に話したが、家内は返事もしてくれなかった。
私は、気にはなったが・・・明日のこともあったので、その日は横になってしまった。
翌日の「嵐」も知らずに・・・
2007/06/10のBlog
[ 11:26 ]
[ 障害者と介護 ]
毎日の母の介護は、私と娘に大きな負担となった。
娘は起床時間が30分から1時間早くなり、私もさらに睡眠時間を削る形になった。
特にしもの世話・・・おむつの交換は私たち親子にかなりのストレスを与えた。
私は、知人の助言を受け入れて「介護保険」を使用する事を考えた。
町の福祉課に電話をして、いろいろ聞いて・・・結果、申し込みをすることにしたのである。
町役場の福祉課で、申し込みをして・・・すぐにヘルパーなどを使えるように、翌日すぐに母の調査に来てくれると言うことになった。
予定の時間より、ちょっと遅れたが4人の福祉関係者が母の様子を見に来た。
母にいろいろ聞いたり、今は体がどこが悪いのか・・・どういう状況なのか・・・
一通り聞き終えた後に、母が足の痛みを訴えたので、念のために医師に診てもらいましょうということになり、車椅子のまま運んでくれる車を手配してくれ、すぐに近所の整形外科医院に行ったのである。
そして、とりあえずレントゲンを撮ることになり、私たちは福祉の方と待合室で待っていた。
そして、これからの事を話し合っている内に、結果が出たので再び診察室へ向かった。
診断結果は・・・何と・・「大腿骨骨折」だった。
「嘘だろう・・・」
だって、母は紙おむつを着けるまでは、杖を使って歩いていたのである。
どうしても、オシッコが漏れやすいので生理用品を少しくれと良いに来たのだ。
これは、私も家内も・・・そして娘も見ている。
しかし、医師は歩けるはず無いと怒るように言ってきた。
でも、実際歩いていたから、こちらは骨折などと思わなくて、「甘えている」と思っていたのだ。
また、医師は手術が必要だし、その手術はここでは出来ないと言ってきた。
すぐに、紹介状を書くから入院した方が良いとも言われた。
「入院・・・手術・・・」
私の頭の中に、この二つの言葉がパニックを起こしてしまった・・・・
「何出だよ・・・・」
私は、その場で座り込んでしまった。
手術をしなければ、歩くことは出来ないし・・・それによって「合併症」の危険が出てくる。
医師はそう付け加えてきた。
とりあえず、いったん家へ帰ってから、家族と相談したい・・・そのようなことを私は言ったと思う。
「それが、どのような意味があるの?・・・一日経てば、それだけ危険性が高くなるよ」
医師は半端怒りながら言ってきた。
「入院させれば、ご主人も休息できるじゃない・・・」
福祉の方の台詞である。
そう簡単には、結論をだせないのだ。
我が家には、鬱病の家内がいるのだ・・・このことを聞けば、病気は間違いなく悪化する。
家には知らせたくない・・・しかし・・・母の命には替えられない。
「入院ということで、お願いいたします・・・」
主治医は、その場で病院へ連絡し、紹介状も書いてくれた。
時間をみると8時近かった。
私は携帯電話で、母の骨折の事と入院の事を家内に伝えた。
家内は、一瞬・・・絶句したが・・・
「わかりました・・・」
それだけ言って、電話を切ってしまった。
とにかく、入院といっても何の用意もしていないし・・私の頭もパニック状態・・・
いったん自宅へ帰り、娘に食事を食べさせてから出なくては・・・
そう考えるのが精一杯だった。
帰宅すると、家内は頭を抑えながら横になっていた。
話しかけたが、返事がない・・・
少しだが・・・家内が手伝ってくれるのでは・・・という期待はここでもろくも消えた。
福祉課の女性が、母の部屋に入り、いろいろ袋につめてくれた。
下着・・・紙おむつ・・・パジャマ・・・洗面用具・・・
その後、娘にカップラーメンを食べさせて・・・私たちは入院先のH病院へ向かった。
病院へは20分ほどで到着・・・早速にレントゲンなどの再検査や、問診などが始まった。
福祉の方は、落ち着きましたのでこれでと・・・さっさと帰宅してしまい、薄暗い廊下には私一人が残されることになった。
当直医は、詳しい治療方法は明日話しますということで、私たちは病室へ移動した。
看護士に服用中の薬と、インスリンを渡して私は駐車場に向かった。
私は車に乗ると、エンジンもかけずに・・・ただぼーっとしていた。
何も考えたくなかった・・・
しかし、現実はそうはいかない・・・
厳しい現実がまっているのだ・・
家内はどうなるだろう・・母はには悪いことをしてしまった・・・
入院費はどれくらいかかるのか・・・
重苦しい気持ちを抑えながら、私は自宅へ向かった・・・
娘は起床時間が30分から1時間早くなり、私もさらに睡眠時間を削る形になった。
特にしもの世話・・・おむつの交換は私たち親子にかなりのストレスを与えた。
私は、知人の助言を受け入れて「介護保険」を使用する事を考えた。
町の福祉課に電話をして、いろいろ聞いて・・・結果、申し込みをすることにしたのである。
町役場の福祉課で、申し込みをして・・・すぐにヘルパーなどを使えるように、翌日すぐに母の調査に来てくれると言うことになった。
予定の時間より、ちょっと遅れたが4人の福祉関係者が母の様子を見に来た。
母にいろいろ聞いたり、今は体がどこが悪いのか・・・どういう状況なのか・・・
一通り聞き終えた後に、母が足の痛みを訴えたので、念のために医師に診てもらいましょうということになり、車椅子のまま運んでくれる車を手配してくれ、すぐに近所の整形外科医院に行ったのである。
そして、とりあえずレントゲンを撮ることになり、私たちは福祉の方と待合室で待っていた。
そして、これからの事を話し合っている内に、結果が出たので再び診察室へ向かった。
診断結果は・・・何と・・「大腿骨骨折」だった。
「嘘だろう・・・」
だって、母は紙おむつを着けるまでは、杖を使って歩いていたのである。
どうしても、オシッコが漏れやすいので生理用品を少しくれと良いに来たのだ。
これは、私も家内も・・・そして娘も見ている。
しかし、医師は歩けるはず無いと怒るように言ってきた。
でも、実際歩いていたから、こちらは骨折などと思わなくて、「甘えている」と思っていたのだ。
また、医師は手術が必要だし、その手術はここでは出来ないと言ってきた。
すぐに、紹介状を書くから入院した方が良いとも言われた。
「入院・・・手術・・・」
私の頭の中に、この二つの言葉がパニックを起こしてしまった・・・・
「何出だよ・・・・」
私は、その場で座り込んでしまった。
手術をしなければ、歩くことは出来ないし・・・それによって「合併症」の危険が出てくる。
医師はそう付け加えてきた。
とりあえず、いったん家へ帰ってから、家族と相談したい・・・そのようなことを私は言ったと思う。
「それが、どのような意味があるの?・・・一日経てば、それだけ危険性が高くなるよ」
医師は半端怒りながら言ってきた。
「入院させれば、ご主人も休息できるじゃない・・・」
福祉の方の台詞である。
そう簡単には、結論をだせないのだ。
我が家には、鬱病の家内がいるのだ・・・このことを聞けば、病気は間違いなく悪化する。
家には知らせたくない・・・しかし・・・母の命には替えられない。
「入院ということで、お願いいたします・・・」
主治医は、その場で病院へ連絡し、紹介状も書いてくれた。
時間をみると8時近かった。
私は携帯電話で、母の骨折の事と入院の事を家内に伝えた。
家内は、一瞬・・・絶句したが・・・
「わかりました・・・」
それだけ言って、電話を切ってしまった。
とにかく、入院といっても何の用意もしていないし・・私の頭もパニック状態・・・
いったん自宅へ帰り、娘に食事を食べさせてから出なくては・・・
そう考えるのが精一杯だった。
帰宅すると、家内は頭を抑えながら横になっていた。
話しかけたが、返事がない・・・
少しだが・・・家内が手伝ってくれるのでは・・・という期待はここでもろくも消えた。
福祉課の女性が、母の部屋に入り、いろいろ袋につめてくれた。
下着・・・紙おむつ・・・パジャマ・・・洗面用具・・・
その後、娘にカップラーメンを食べさせて・・・私たちは入院先のH病院へ向かった。
病院へは20分ほどで到着・・・早速にレントゲンなどの再検査や、問診などが始まった。
福祉の方は、落ち着きましたのでこれでと・・・さっさと帰宅してしまい、薄暗い廊下には私一人が残されることになった。
当直医は、詳しい治療方法は明日話しますということで、私たちは病室へ移動した。
看護士に服用中の薬と、インスリンを渡して私は駐車場に向かった。
私は車に乗ると、エンジンもかけずに・・・ただぼーっとしていた。
何も考えたくなかった・・・
しかし、現実はそうはいかない・・・
厳しい現実がまっているのだ・・
家内はどうなるだろう・・母はには悪いことをしてしまった・・・
入院費はどれくらいかかるのか・・・
重苦しい気持ちを抑えながら、私は自宅へ向かった・・・
[ 11:16 ]
[ 障害者と介護 ]
落ち込んでいる日々が続いている。
家内が再び悪化してきたからだ・・・・。
それも、鬱病のマイナス面がもろにである。
原因は、母の体調不良だ。
母が、膀胱炎になってから、トイレが近くなり・・・その為、オシッコを何度か間に合わなくて漏らしてしまった。
その為、ここ数日は「紙おむつ」を使用していた。
そうしたら、それまでトイレに何とか言っていた母が、「足が痛い」「動けない」など理由をつけて動かなくなってしまった。
自分の部屋からも出ないし、座椅子からまったく動かなくなってしまった。
最初は、仕方ないと思った・・・大便だけはトイレでと釘を刺しておいたのだが・・・朝、母の紙おむつを取り替えたら・・・そこには立派な大便が・・・
私は母に叱りながら問うと、覚えがないという。
紙おむつや尿パットなどの介護用品については、家内が知っていたので購入したが・・・大人の紙おむつなど扱ったこともないし・・・ましてや母親である・・・やりにくいし、おまけに重病人みたいに自分で肌着まで脱ごうとしない・・・
体重をこちらにすべて預けるから、凄く重く感じる。
オムツを脱がせるのも、はかせるのも一苦労である。
私一人ではとても出来ないので、娘と二人で何とかやっている状態だ。
母は、椅子に座ったまま、娘に「あれ取って・・・」「これ持ってきて・・」の命令だけで、動きもしない・・・
あげくには、インスリンの注射まで、私にやらせようとまでした。
私は、腹が立って・・・「動かないと・・・体の筋肉が弱り、動けなくなるぞ」と怒鳴ったが、母は無言・・・そして・・「わかってるよ」とか・・・最終意気には「それでも良い」といってきた。
益々私は頭に血が上り、怒鳴ってしまう・・・
「ふざけるなよ・・・たかが膀胱炎で、何で動けないんだよ・・・」
すると、前に転んだ右足が痛むという・・・
それなら、手を使い・・・痛くない方の足も使って動けばいいのだ・・・
それすらやろうとしない母に、私はイライラし怒鳴る日々が続いてしまった。
これが、家内には良くなかった。
家内は、母に何も出来ない自分を責めた・・・
また、私は母の部屋で怒鳴っていたが、私が母を怒鳴るたびに、動悸が起きていたらしいのだ。
その家内のストレスが、今朝爆発したのである。
きっかけは、娘の登校準備を家内が確認しているときだった。
いつになっても、登校準備が出来ない娘に対して、家内がヒステリー気味になり・・・娘が登校後に泣き出し・・・
「もう・・・嫌だ・・・」
「お願いだから、死なせて下さい」
そう私に訴えてきた・・・
私は、静かに家内を落ち着かせようといろいろ話したが、これがまたまた逆効果・・・
とうとう家を飛び出そうとしてしまった。
私は、家内を押さえつけて・・・なんとか部屋に落ち着かせたのである。
しかし、トラブルの本番はこれからだったのだ・・・
家内が再び悪化してきたからだ・・・・。
それも、鬱病のマイナス面がもろにである。
原因は、母の体調不良だ。
母が、膀胱炎になってから、トイレが近くなり・・・その為、オシッコを何度か間に合わなくて漏らしてしまった。
その為、ここ数日は「紙おむつ」を使用していた。
そうしたら、それまでトイレに何とか言っていた母が、「足が痛い」「動けない」など理由をつけて動かなくなってしまった。
自分の部屋からも出ないし、座椅子からまったく動かなくなってしまった。
最初は、仕方ないと思った・・・大便だけはトイレでと釘を刺しておいたのだが・・・朝、母の紙おむつを取り替えたら・・・そこには立派な大便が・・・
私は母に叱りながら問うと、覚えがないという。
紙おむつや尿パットなどの介護用品については、家内が知っていたので購入したが・・・大人の紙おむつなど扱ったこともないし・・・ましてや母親である・・・やりにくいし、おまけに重病人みたいに自分で肌着まで脱ごうとしない・・・
体重をこちらにすべて預けるから、凄く重く感じる。
オムツを脱がせるのも、はかせるのも一苦労である。
私一人ではとても出来ないので、娘と二人で何とかやっている状態だ。
母は、椅子に座ったまま、娘に「あれ取って・・・」「これ持ってきて・・」の命令だけで、動きもしない・・・
あげくには、インスリンの注射まで、私にやらせようとまでした。
私は、腹が立って・・・「動かないと・・・体の筋肉が弱り、動けなくなるぞ」と怒鳴ったが、母は無言・・・そして・・「わかってるよ」とか・・・最終意気には「それでも良い」といってきた。
益々私は頭に血が上り、怒鳴ってしまう・・・
「ふざけるなよ・・・たかが膀胱炎で、何で動けないんだよ・・・」
すると、前に転んだ右足が痛むという・・・
それなら、手を使い・・・痛くない方の足も使って動けばいいのだ・・・
それすらやろうとしない母に、私はイライラし怒鳴る日々が続いてしまった。
これが、家内には良くなかった。
家内は、母に何も出来ない自分を責めた・・・
また、私は母の部屋で怒鳴っていたが、私が母を怒鳴るたびに、動悸が起きていたらしいのだ。
その家内のストレスが、今朝爆発したのである。
きっかけは、娘の登校準備を家内が確認しているときだった。
いつになっても、登校準備が出来ない娘に対して、家内がヒステリー気味になり・・・娘が登校後に泣き出し・・・
「もう・・・嫌だ・・・」
「お願いだから、死なせて下さい」
そう私に訴えてきた・・・
私は、静かに家内を落ち着かせようといろいろ話したが、これがまたまた逆効果・・・
とうとう家を飛び出そうとしてしまった。
私は、家内を押さえつけて・・・なんとか部屋に落ち着かせたのである。
しかし、トラブルの本番はこれからだったのだ・・・
2007/05/31のBlog
[ 14:22 ]
[ 障害者と介護 ]
もう、5月も終わりだ・・・
今月はブログの更新も思うように出来なかった。
これも、いろいろ多忙であったためだ。
親戚の葬儀があったり、知人の開院の行事や祝い事・・・娘の一泊の校外学習・・・家内の海外からのドクターの診察・・・
また、一番きつかったのは、母の体調不良だ。
歳を取ると動くのが面倒なのはあると思うが、今月後半にトイレで立てなくなり医師に診てもらった。
原因は、筋肉を使っていないため、足が弱っているとのことだった。
原因は予想がついた・・・・腰痛があったため、散歩が減り・・・食事も自分の部屋に持ってこさせていて、横着していたのだ。
「動かないと・・・よけい歩けなくなるよ」
私は何度も注意していたが・・・母は言うことを聞かなかったのである。
その結果、足の筋肉が弱ってしまい・・・歩行が困難になってしまった・・・
また、これがさらに母に禍をもたらした。
実は、先日・・・夜中に突然多量の血尿が出たのだ。
トイレを我慢していたのか・・・当然、いままでの数倍に尿意をもたらすことになり、歩行が困難の母を支えたりで、私の仕事が増えてしまった。
便器も血尿で汚したり、たまに尿も間に合わなくて漏らしてしまったりで・・・超ハードである。
ちなみに、次の日にかかりつけの病院に連れて行ったが・・・正直不安であった。
しかし、医師の診断では「膀胱炎」だろうと言うことだった。
一安心である。
家内が少し安定してきたと思ったら・・・一難去ってまた一難・・・。
ちょっとばて気味だ・・・
しかし、頑張るしかない・・ふぅ・・・
今月はブログの更新も思うように出来なかった。
これも、いろいろ多忙であったためだ。
親戚の葬儀があったり、知人の開院の行事や祝い事・・・娘の一泊の校外学習・・・家内の海外からのドクターの診察・・・
また、一番きつかったのは、母の体調不良だ。
歳を取ると動くのが面倒なのはあると思うが、今月後半にトイレで立てなくなり医師に診てもらった。
原因は、筋肉を使っていないため、足が弱っているとのことだった。
原因は予想がついた・・・・腰痛があったため、散歩が減り・・・食事も自分の部屋に持ってこさせていて、横着していたのだ。
「動かないと・・・よけい歩けなくなるよ」
私は何度も注意していたが・・・母は言うことを聞かなかったのである。
その結果、足の筋肉が弱ってしまい・・・歩行が困難になってしまった・・・
また、これがさらに母に禍をもたらした。
実は、先日・・・夜中に突然多量の血尿が出たのだ。
トイレを我慢していたのか・・・当然、いままでの数倍に尿意をもたらすことになり、歩行が困難の母を支えたりで、私の仕事が増えてしまった。
便器も血尿で汚したり、たまに尿も間に合わなくて漏らしてしまったりで・・・超ハードである。
ちなみに、次の日にかかりつけの病院に連れて行ったが・・・正直不安であった。
しかし、医師の診断では「膀胱炎」だろうと言うことだった。
一安心である。
家内が少し安定してきたと思ったら・・・一難去ってまた一難・・・。
ちょっとばて気味だ・・・
しかし、頑張るしかない・・ふぅ・・・
2007/05/13のBlog
[ 09:41 ]
[ 知的障害児と家族 ]
ここ数日、私は胃の調子が悪かった。
ストレスのせいだろうか・・・・
胃が重いような・・・ムカムカする感じだった。
ここの所、考えるのが多かったから胃に来てしまったのかもしれない。
また、娘が私達をイライラさせるのも原因の一つだと思う。
家内が少し良くなってくると、いつものパターンで娘が足を引っ張る・・・
娘は軽い自閉症も持っているから、気になることがあれば・・・周りのことはお構いなしだし・・・自分の世界に入ってしまうから、体調が悪い私や家内のことは目に入らない事が多いのである。
家内が体調不良で横になっていても、自分が何か話したいことがあったり、気になることがあれば平気で大声で話しかける。
「お母さんは病気なんだから、静かにしていなさい・・・」
何度娘に説明しただろうか・・・
また、偶然なのか・・・・家内のペットを死なせたり・・・昨日は、家内のお気に入りの皿を割ってしまった。
家内には娘のことで、感情的になるなと注意してあったので家内も気にしないようにしていたが・・・
しかし、自閉症はやっかいな障害だ・・・・
理解ある人や家族に自閉症患者がいれば理解できるが、まったく知識が無い人から見れば「自分勝手の人間」しか写らない。
何しろ周りの事など考えないのである。
気になるものがあれば、勝手に触ったりもするし・・・一歩間違えば窃盗と言うことになってしまう。
子供のうちは「障害児だから・・・」あるいは「自閉症なんです」でとおるかもしれないが、成人になったらそうはいかない。
障害を持っていようが・・・いまいが・・・「犯罪は犯罪」なのである。
娘はやっかいなことに、「一度OKならずっとそれでよい」と思ってしまう癖がある。
つまり、小学生・中学生でやった事が、そのまま今もとおると思っている所があるのだ。
この癖は、何度言っても直らない・・・・
普通だったら、物事の判断はその時の状況によって変わって、どうするのか・・・年齢と共にわかってくるものだが・・・・娘は違うのである。
養護学校卒業まで、後二年・・・・
頑張ろう・・・・少しでも娘が理解してくれるのを信じて・・・
ストレスのせいだろうか・・・・
胃が重いような・・・ムカムカする感じだった。
ここの所、考えるのが多かったから胃に来てしまったのかもしれない。
また、娘が私達をイライラさせるのも原因の一つだと思う。
家内が少し良くなってくると、いつものパターンで娘が足を引っ張る・・・
娘は軽い自閉症も持っているから、気になることがあれば・・・周りのことはお構いなしだし・・・自分の世界に入ってしまうから、体調が悪い私や家内のことは目に入らない事が多いのである。
家内が体調不良で横になっていても、自分が何か話したいことがあったり、気になることがあれば平気で大声で話しかける。
「お母さんは病気なんだから、静かにしていなさい・・・」
何度娘に説明しただろうか・・・
また、偶然なのか・・・・家内のペットを死なせたり・・・昨日は、家内のお気に入りの皿を割ってしまった。
家内には娘のことで、感情的になるなと注意してあったので家内も気にしないようにしていたが・・・
しかし、自閉症はやっかいな障害だ・・・・
理解ある人や家族に自閉症患者がいれば理解できるが、まったく知識が無い人から見れば「自分勝手の人間」しか写らない。
何しろ周りの事など考えないのである。
気になるものがあれば、勝手に触ったりもするし・・・一歩間違えば窃盗と言うことになってしまう。
子供のうちは「障害児だから・・・」あるいは「自閉症なんです」でとおるかもしれないが、成人になったらそうはいかない。
障害を持っていようが・・・いまいが・・・「犯罪は犯罪」なのである。
娘はやっかいなことに、「一度OKならずっとそれでよい」と思ってしまう癖がある。
つまり、小学生・中学生でやった事が、そのまま今もとおると思っている所があるのだ。
この癖は、何度言っても直らない・・・・
普通だったら、物事の判断はその時の状況によって変わって、どうするのか・・・年齢と共にわかってくるものだが・・・・娘は違うのである。
養護学校卒業まで、後二年・・・・
頑張ろう・・・・少しでも娘が理解してくれるのを信じて・・・
2007/05/05のBlog
[ 01:43 ]
[ 鬱病と介護 ]
ここの所、家内の体調に微妙な変化が出てきた。
昼間は週に何回かは、私が買い物に行くときについて来るようになった。
これは、心療内科の治療効果ではなく、オランダのドクターの治療がヒットしてきたからだと思う。
医師の処方箋については、変わっていないというか・・・逆に家内が少しずつ医師に言って、減薬してきている。
これは、家内が自分で「薬の怖さ」に気付いた為だ。
薬を飲むと、家内の記憶がよく飛んでしまう・・・
家内はこれに恐怖してしまった。
自分で昨日何をしていたか覚えていない・・・それも、私から見ても意識が朦朧としていたわけではないのにだ・・・
その為、動悸が起きたりパニックの発作が起きても、とんぷくの安定剤は極力服用しなくなってしまった。
そのかわりに、レスキュー用のフラワーエッセンスなど代替医療の活用が増えてきた。
特に、オランダのドクターの治療がやっと効果が出てきた感じだ。
諸事情により詳しくは書けないが、この治療がうまくいけば安定剤ももっと減らすことも出来る。
夜も眠れるようになってきた・・・つまり、不眠症も改善されてきた。
が・・・・その反面、夢でうなされてしまい、寝言が非常に増えて・・・・その悪夢のために動悸が起きてしまい・・・・昨日は過呼吸まで起こしてしまった。
一難去ってまた一難・・・である。
夢でそこまでうなされるのも困ったものだ・・・・
それに寝言が・・・寝言らしくない・・・はっきりした寝言なのだ。
だから、私は最初は寝言ではなく、私に何か言ってきたのかと思ったくらいなのである。
きっと・・・眠りが浅いのだ・・・・だから、潜在意識の嫌な過去が出てきてしまうのだと思う。
とにかく、焦らないで少しずつ頑張っていくしかない。
昼間は週に何回かは、私が買い物に行くときについて来るようになった。
これは、心療内科の治療効果ではなく、オランダのドクターの治療がヒットしてきたからだと思う。
医師の処方箋については、変わっていないというか・・・逆に家内が少しずつ医師に言って、減薬してきている。
これは、家内が自分で「薬の怖さ」に気付いた為だ。
薬を飲むと、家内の記憶がよく飛んでしまう・・・
家内はこれに恐怖してしまった。
自分で昨日何をしていたか覚えていない・・・それも、私から見ても意識が朦朧としていたわけではないのにだ・・・
その為、動悸が起きたりパニックの発作が起きても、とんぷくの安定剤は極力服用しなくなってしまった。
そのかわりに、レスキュー用のフラワーエッセンスなど代替医療の活用が増えてきた。
特に、オランダのドクターの治療がやっと効果が出てきた感じだ。
諸事情により詳しくは書けないが、この治療がうまくいけば安定剤ももっと減らすことも出来る。
夜も眠れるようになってきた・・・つまり、不眠症も改善されてきた。
が・・・・その反面、夢でうなされてしまい、寝言が非常に増えて・・・・その悪夢のために動悸が起きてしまい・・・・昨日は過呼吸まで起こしてしまった。
一難去ってまた一難・・・である。
夢でそこまでうなされるのも困ったものだ・・・・
それに寝言が・・・寝言らしくない・・・はっきりした寝言なのだ。
だから、私は最初は寝言ではなく、私に何か言ってきたのかと思ったくらいなのである。
きっと・・・眠りが浅いのだ・・・・だから、潜在意識の嫌な過去が出てきてしまうのだと思う。
とにかく、焦らないで少しずつ頑張っていくしかない。
