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2008/07/16のBlog
[ 20:10 ]
2008/07/08のBlog
[ 21:39 ]
・・・と言えば「長十郎」、の時代で育ったのがヨシコさん。
当時は「幸水」も「豊水」もありませんでした。(どれも梨の銘柄です、念のため)
またまたお久しぶりです。ワタシはメンドリ、シャモーヌ・丸山です。
別れて暮らすお母さんのヨシコさんは、お手軽イベントの企画会社で、お手軽なイベントの案内役をしています。
先日はじめて国会議事堂の案内をして、とっても楽しそうでした。
その国会議事堂、1920年に地鎮祭が行われ、1936年に完成するのですが、
これはすっぽり、20世紀のふたつの戦争の合間にあたる時期です。
多くの人がそうであるように、ヨシコさんは近・現代史がとても苦手です。
その理由を好き勝手に列挙すると、
1.中学でも高校でも、なぜだか時間不足で、歴史の授業が近代まで到達できなかった。
2.そもそも教師が近・現代史が苦手で、授業に魅力がなかった。
3.登場人物が多すぎる。
この中で、最後の項目が案外重要だとヨシコさんは感じています。
実は議事堂アテンドのために近代史を勉強しなおそうと、ヨシコさんはたくさんの本を図書館で借りたのです。
でも、どの本も、人が多すぎるためかどうか、途中でわけがわからなくなって、ギブアップ。
考えてみてください。
日本史で最初に固有名詞で登場する卑弥呼さんは、次の主役、聖徳太子が出現するまで、
約600年にわたって日本の歴史をひとりで率いております。
そして聖徳太子の次に現れる英雄は、いろいろご意見はあるでしょうが、
たぶん12世紀の源頼朝です。これまた、その間6世紀。
歴史をイメージしやすいはずです。
ところが近・現代史ときたら、歴史書の1ページ、あるいは1年に何十人もの固有名詞が出てきます。
小説では、読者がストーリーについてゆける登場人物の数には限界があるといわれます。
これはたぶん歴史にもあてはまるはずです。人口密度が高すぎると流れが見えなくなる・・・・
当時は「幸水」も「豊水」もありませんでした。(どれも梨の銘柄です、念のため)
またまたお久しぶりです。ワタシはメンドリ、シャモーヌ・丸山です。
別れて暮らすお母さんのヨシコさんは、お手軽イベントの企画会社で、お手軽なイベントの案内役をしています。
先日はじめて国会議事堂の案内をして、とっても楽しそうでした。
その国会議事堂、1920年に地鎮祭が行われ、1936年に完成するのですが、
これはすっぽり、20世紀のふたつの戦争の合間にあたる時期です。
多くの人がそうであるように、ヨシコさんは近・現代史がとても苦手です。
その理由を好き勝手に列挙すると、
1.中学でも高校でも、なぜだか時間不足で、歴史の授業が近代まで到達できなかった。
2.そもそも教師が近・現代史が苦手で、授業に魅力がなかった。
3.登場人物が多すぎる。
この中で、最後の項目が案外重要だとヨシコさんは感じています。
実は議事堂アテンドのために近代史を勉強しなおそうと、ヨシコさんはたくさんの本を図書館で借りたのです。
でも、どの本も、人が多すぎるためかどうか、途中でわけがわからなくなって、ギブアップ。
考えてみてください。
日本史で最初に固有名詞で登場する卑弥呼さんは、次の主役、聖徳太子が出現するまで、
約600年にわたって日本の歴史をひとりで率いております。
そして聖徳太子の次に現れる英雄は、いろいろご意見はあるでしょうが、
たぶん12世紀の源頼朝です。これまた、その間6世紀。
歴史をイメージしやすいはずです。
ところが近・現代史ときたら、歴史書の1ページ、あるいは1年に何十人もの固有名詞が出てきます。
小説では、読者がストーリーについてゆける登場人物の数には限界があるといわれます。
これはたぶん歴史にもあてはまるはずです。人口密度が高すぎると流れが見えなくなる・・・・
そんななかで見つけたのが、コレ →→
その名もずばり『二十世紀』(橋本治著)!!
で、長十郎・・・・・失礼しました。
(今の人は長十郎を知らないのでしょうね。。)
この本がユニークなのは、普通の歴史の教科書とちがって、
20世紀(ここでは1900年から2000年まで)を1年ごとに区切って、
各年に4ページを割り当て、その年のできごとをエッセー風につづっているところ。
登場人物を極端にけずり、あえて言うなら「アメリカ」「イギリス」「フランス」「ドイツ」「ロシア」「日本」
その他の国がこの本の登場人物。
たとえばこんなふうです。(ちょっと長いので、めんどくさければ飛ばしましょう。)
第一次世界大戦後の世界を作るヴェルサイユ条約の体制は、結局のところ、
「世間知らずのアメリカがイギリスとフランスに引きずりまわされた」
というような結果のもので、イギリスとフランスのエゴは剥き出しになっていた。
「民衆の浄化」を叫ぶナチス・ドイツは、異常に「清潔」と「ノーマル」が好きで・・・
アメリカの禁酒法もまた「清潔」と「ノーマル」への志向によって生まれ・・・・
ナチスが政権を取ったドイツは異常への道をたどり、アメリカは(禁酒法を廃止して)
酒を飲むことによってノーマルへと戻る。
(日露戦争の後)、日本には手に入れたものを意味あるものに変える力がなかった。
勝って得たものは、ただ「勝った」という栄光の記憶だけなのである。
勝って得た「満州」・・それは、軍人たちにとって栄光の記念碑だった。
記念碑を守り、栄光を信じ、そして、脆弱な日本は幻想に押しつぶされた。
それが「満州」という幻想なのである。
人物の固有名詞は、まるでその国のアクセサリーのようなものとして扱われています。
それより何より、ヨシコさんが読んだ印象では、もしかしたらこの本の本当の主人公は
作者の「橋本治」その人ではないか、と思えるのだそうです。
あとがきに「この本は、私がこれまでに書いた本の中で、最も個人的な本です」と書かれてありますし。
つまり1世紀に主人公は治ちゃんひとり。だからストーリーについてゆけたのでしょう。
それでも、6世紀を背負った卑弥呼や聖徳太子には負けてます。
2008/07/03のBlog
[ 20:50 ]
コメント欄閉鎖を宣言して以来、なんだか妙に体裁が悪く、気分的にブログから遠ざかっていたのですが
今日はヨシコさんがちょっとうれしい発見をしたらしいので書かせていただきますね。
ヨシコさんは今、国会議事堂見学案内の準備をしているのですが、
気をゆるめるとつい本題からはなれて、こぼれ話のほうに目が向いてしまいます。
そんな中、本日発見したのは、謎の総理大臣です。
歴代総理の名前を見ていてなつかしがるヨシコさん。
伊藤博文、大隈重信、犬飼毅、東条英機・・・・吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、
三木武夫、橋本龍太郎、小渕恵三・・・・小泉純一郎・・・・・・・な、なつかしい・・・
その中にひとり、正体不明の総理大臣がいたのです。
その名も稔彦王(第43代)。本名「東久邇宮稔彦王」
ヨシコさんは知らなかったそうなのですが、この方って、歴史の教科書に出てこられましたっけ?
もし多くの方が「東久邇宮稔彦王」をご存知ないとすれば、その最大の原因は・・・・
読み方がわからない!
はい、不肖丸山が解説しましょう、この方は「ひがしくにのみやなるひこおう」さんです。
名前からおわかりのとおり皇族出身で、学校を出たあと同じく皇族の女性と結婚し、
そのあとフランスに留学して、かの地で愛人との生活に耽溺して、帰国を拒む。
大正天皇が亡くなったとき秩父宮が迎えに行って、いやがる殿下を無理やり日本に連れ戻しました。
その後なんだかんだあって、なぜだか戦後、総理大臣に任命されちゃいます。
国の最高責任者として戦争の後始末を任されたものの、GHQの要求についてゆけず、
わずか54日でギブアップしてしまったという史上最短の内閣だったということです。
内閣総理大臣をやめたあとがまた波乱万丈で、闇で食料品屋をやったり喫茶店を開いたり、
あげくは「ひがしくに教」という宗教団体を興したりするものの、何ひとつうまくいかない。
晩年は増田きぬさんという女性に戸籍を乗っ取られるという事件に巻き込まれたりしながら・・・・・
おどろいたことに102歳まで生きられたのです。明治に生まれて平成に死す。
最長寿の首相経験者としてギネスブックに載っているのですよ。パチパチパチ!
次の文章を読んで、「こんな人が歴史にいたんだ」と、ヨシコさんはなんだか泣けてきたのだとか。
玉音放送の時点では戦争継続を唱える軍人も少なくなかった中、
非常に困難な時期に総理となったわけで、
皇族でなければこの急場を凌げなかったとも言われる。
十数日で国内を「降伏」で統一し、上陸してきたGHQに誰も危害を加えないようにし、
速やかに日本の武装を解除したことを実績として指摘できる。
(Weblio辞書より)
今日はヨシコさんがちょっとうれしい発見をしたらしいので書かせていただきますね。
ヨシコさんは今、国会議事堂見学案内の準備をしているのですが、
気をゆるめるとつい本題からはなれて、こぼれ話のほうに目が向いてしまいます。
そんな中、本日発見したのは、謎の総理大臣です。
歴代総理の名前を見ていてなつかしがるヨシコさん。
伊藤博文、大隈重信、犬飼毅、東条英機・・・・吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、
三木武夫、橋本龍太郎、小渕恵三・・・・小泉純一郎・・・・・・・な、なつかしい・・・
その中にひとり、正体不明の総理大臣がいたのです。
その名も稔彦王(第43代)。本名「東久邇宮稔彦王」
ヨシコさんは知らなかったそうなのですが、この方って、歴史の教科書に出てこられましたっけ?
もし多くの方が「東久邇宮稔彦王」をご存知ないとすれば、その最大の原因は・・・・
読み方がわからない!
はい、不肖丸山が解説しましょう、この方は「ひがしくにのみやなるひこおう」さんです。
名前からおわかりのとおり皇族出身で、学校を出たあと同じく皇族の女性と結婚し、
そのあとフランスに留学して、かの地で愛人との生活に耽溺して、帰国を拒む。
大正天皇が亡くなったとき秩父宮が迎えに行って、いやがる殿下を無理やり日本に連れ戻しました。
その後なんだかんだあって、なぜだか戦後、総理大臣に任命されちゃいます。
国の最高責任者として戦争の後始末を任されたものの、GHQの要求についてゆけず、
わずか54日でギブアップしてしまったという史上最短の内閣だったということです。
内閣総理大臣をやめたあとがまた波乱万丈で、闇で食料品屋をやったり喫茶店を開いたり、
あげくは「ひがしくに教」という宗教団体を興したりするものの、何ひとつうまくいかない。
晩年は増田きぬさんという女性に戸籍を乗っ取られるという事件に巻き込まれたりしながら・・・・・
おどろいたことに102歳まで生きられたのです。明治に生まれて平成に死す。
最長寿の首相経験者としてギネスブックに載っているのですよ。パチパチパチ!
次の文章を読んで、「こんな人が歴史にいたんだ」と、ヨシコさんはなんだか泣けてきたのだとか。
玉音放送の時点では戦争継続を唱える軍人も少なくなかった中、
非常に困難な時期に総理となったわけで、
皇族でなければこの急場を凌げなかったとも言われる。
十数日で国内を「降伏」で統一し、上陸してきたGHQに誰も危害を加えないようにし、
速やかに日本の武装を解除したことを実績として指摘できる。
(Weblio辞書より)
2008/06/28のBlog
[ 18:50 ]
皆さま、お元気でしょうか?
ワタシは相変わらずメンドリで、ヨシコさんは相変わらず派遣先で元気に働いています。
先日お仕事で、三遊亭鳳楽師匠の落語を聞く機会に恵まれ、
それはそれは、楽しいひと時を過ごしたと言ってました。
くったくなく笑えるって、なんてすてきなことでしょう。
というのも・・・・・
ワタシたちのこのブログに、スパムとは別に、ときどきですが、攻撃的なコメントが来るのが
ずっと気になっていました。そっと削除したり、あたりさわりのないお返事をしたりしながら、
努めて気にしないようにしていたのですが、数日前から、それこそ「ヨシコの人格を否定するような」
コメントが続き、ついに本人が音を上げてしまったのです。
他の人のブログに来て、そのブログの持ち主を攻撃するのって、なんだか、他人の家に上がりこんで
「家主の顔が気に入らない」といちゃもんをつけるような、そんな感じがしないでもありませんが、
そうせずにはいられない人がいるのだとしたら、それを前提にヨシコさんを守るのがワタシの役割です。
「もうブログはやめる」と弱気になってるヨシコさんをなんとかなだめ、
しばらくコメント欄をなくしてみれば?と、提案しました。
ブログのコメント欄は、皆さまとつながるとっても大切な窓口だったので、
そこを閉じるのはたいへん残念なのですが、この際しかたがありません。
意地悪なコメントがヨシコさんの目にふれると、あとで削除したとしても、
言葉の棘が心につきささったままずっと長く残ってしまいますので。
たかがブログのコメントなんですけどね・・・・それでも言葉には殺傷能力があります。
この状況がコメンテーターさんの目的であったとしたら、目的は達せられたと言えましょう。
この先もブログは続けますし、皆さまのところにはおじゃましますので、よろしくお願いします。
そして、ヨシコさんが今よりもう少し強くなったら、またコメント欄を開きます。
オフの方、ときどきメールをくださいね!
ワタシは相変わらずメンドリで、ヨシコさんは相変わらず派遣先で元気に働いています。
先日お仕事で、三遊亭鳳楽師匠の落語を聞く機会に恵まれ、
それはそれは、楽しいひと時を過ごしたと言ってました。
くったくなく笑えるって、なんてすてきなことでしょう。
というのも・・・・・
ワタシたちのこのブログに、スパムとは別に、ときどきですが、攻撃的なコメントが来るのが
ずっと気になっていました。そっと削除したり、あたりさわりのないお返事をしたりしながら、
努めて気にしないようにしていたのですが、数日前から、それこそ「ヨシコの人格を否定するような」
コメントが続き、ついに本人が音を上げてしまったのです。
他の人のブログに来て、そのブログの持ち主を攻撃するのって、なんだか、他人の家に上がりこんで
「家主の顔が気に入らない」といちゃもんをつけるような、そんな感じがしないでもありませんが、
そうせずにはいられない人がいるのだとしたら、それを前提にヨシコさんを守るのがワタシの役割です。
「もうブログはやめる」と弱気になってるヨシコさんをなんとかなだめ、
しばらくコメント欄をなくしてみれば?と、提案しました。
ブログのコメント欄は、皆さまとつながるとっても大切な窓口だったので、
そこを閉じるのはたいへん残念なのですが、この際しかたがありません。
意地悪なコメントがヨシコさんの目にふれると、あとで削除したとしても、
言葉の棘が心につきささったままずっと長く残ってしまいますので。
たかがブログのコメントなんですけどね・・・・それでも言葉には殺傷能力があります。
この状況がコメンテーターさんの目的であったとしたら、目的は達せられたと言えましょう。
この先もブログは続けますし、皆さまのところにはおじゃましますので、よろしくお願いします。
そして、ヨシコさんが今よりもう少し強くなったら、またコメント欄を開きます。
オフの方、ときどきメールをくださいね!
2008/06/24のBlog
[ 10:30 ]
ヨシコさんのお仕事は、とあるイベント会社でのスタッフ兼電話受付のオペレーターです。
拘束時間は9時から18時まで、半分が現場、半分がコールセンターです。
とっても理想的なバランスです。ずっと内勤だと飽きるし、現場ばかりだと疲れますものね。
このイベント会社では、江戸時代から東京下町伝わる伝統的な文化や芸能、たとえば落語、三味線芸、
幇間、講談、等々、と、それにふさわしいお食事を組み合わせて、1万円前後で提供しています。
ヨシコさんは、国会見学やたいこもちさんの芸(幇間芸)に比較的頻繁に行っているようです。
拘束時間は9時から18時まで、半分が現場、半分がコールセンターです。
とっても理想的なバランスです。ずっと内勤だと飽きるし、現場ばかりだと疲れますものね。
このイベント会社では、江戸時代から東京下町伝わる伝統的な文化や芸能、たとえば落語、三味線芸、
幇間、講談、等々、と、それにふさわしいお食事を組み合わせて、1万円前後で提供しています。
ヨシコさんは、国会見学やたいこもちさんの芸(幇間芸)に比較的頻繁に行っているようです。
「たいこもち(幇間)」って、これまで知らなかったのですが、
とっても楽しくてステキなのだそうです。
お座敷で芸者さんとお客様の間をとり持つ「お座敷芸」の達人です。
写真は、浅草のお宿「貞千代」さんにいつも出演される桜川米七師匠、
現在日本に4人しかいない幇間さんのひとりです。
動画を見つけましたので、興味のある方はどうぞ。
桜川米七師匠のたいこもち芸
とっても楽しくてステキなのだそうです。
お座敷で芸者さんとお客様の間をとり持つ「お座敷芸」の達人です。
写真は、浅草のお宿「貞千代」さんにいつも出演される桜川米七師匠、
現在日本に4人しかいない幇間さんのひとりです。
動画を見つけましたので、興味のある方はどうぞ。
桜川米七師匠のたいこもち芸
