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Rolling 55
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2006/01/17のBlog
[ 06:47 ] [ はな 花 華 ]
2006/01/16のBlog

可愛いですね 梅の蕾

いつもお世話になっている 廃校になった
小学校の 校庭で

一昨年は 年末にもう 花を咲かせて
いたのですが

今年は かなり遅いですね
寒さが これで分かるというものです

開花は 今週末くらいかしら

楽しみ楽しみ

昨年あたりから団塊世代に対する社会の期待、叱責が
ふえております。ひとつはこの2,3年で団塊世代が定年
を迎え、3百万人強の人材が世の中に滞留することによる
影響を気にしている動きでありましょう。

勿論経済的にはこの世代が退職と共に受け取る退職金
をどう取り込むのかという経済的な動機もかなり強いの
ではないかと思いますが。そんな意味で団塊世代に対し
甘口の言葉が多い中、1月11日日経夕刊で辛口の注文
が出ておりました。

私も団塊世代でありますが、甘口、辛口の言葉は両方大好きというへそ曲がりの性格
ですので、この辛口の注文にちょっとコメントをしてみたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新聞では各界の識者がこんなコメントを出していました。

(1)プロデューサーの浅間里江子さん:「ソバ打ち、自己満足をしないで」
 ソバを無料で配るのは趣味だけで終わる。小額でも金を取って批評を受けるべき。
 良い意味の「変人」が出てきて欲しい。
(2)作家の林望さん:「退職したらゆっくり旅行、家でぶらぶら、心配せずに酒を飲むと
 いうことをよく耳にする。何か消極的な気がする」
 自分のミッションは何か。今まで目をつぶってきたことを含め、じっくり考える心の旅
 をしたらいい。初心に帰り青年と同じ気持ちで、昔抱いていた夢を実現すべし。
(3)大学教授の野田正彰さん:「団塊世代は上からも下からも否定的に見られている。
 本当に成熟した社会をつくるのに役立っていない」
 特に身近な人と深く個性的に付き合う、会話を楽しむということに心を砕いたらいい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、色々と注文をして戴いてありがとうございます。でも団塊世代ってなんですか。日
本の人口構成の中で突出して多いということで、人生100年と言われているこの時代
に、たかだか三年間の世代を一括りにして金太郎飴みたいに論評するのはもうやめて
欲しいですね。

大体において、団塊世代が退職して退職金とそれまでの蓄えでそれ以降の生活を
エンジョイ出来る人って何割いるのでしょうか。殆どが退職金相当分はマイホームの
借金返済で終わってしまうのではないでしょうか。今までモーレツ社会を疾風のように
駆け抜け、一区切りついたところであとはゆっくりした人生を送りたいという感慨を持っ
ているのは事実。でも、それを実現出来るのは本当に一握りの人間ですよ。多少の残
余金があっても、銀行に預けていてもスズメの涙にもならない利子しかつかない現状
では、退職なんて夢のまた夢。再就職をせざるを得ないというのが現実ではないかし
ら。年金だって私たちの世代は退職して即、年金が貰えない。現状でも63歳にならな
いと給付されないじゃないですか。それも何れは65歳以降というのも目に見えている。
この3年間、或いは5年間どうやって暮らすんですか。働かざる得ないじゃないですか。
とてもとてもハッピーリタイアメントなんて状況じゃないのですよ。

野田教授の指摘は厳しいなぁ。上からも下からも評価されていない?我々の上の世代
も全く同じ評価でしたけど。どだい、年代に対する評価なんてあるんですかね。個々人
の評価は傾聴に値するけど、一把ひとからげの評価なんてしても意味ないと思うのは
私だけでしょうか。何を以って評価出来ないと言うんだろうか。私なんかプライドを持って
日本の経済発展に歯車のひとつとして働き貢献したと言い切れますけど
。歯車の努力
って全く評価されないのですかね。信長だって、一人の天才を支えた多くの歯車がなけ
れば、あれだけの天下統一という基盤を作るという偉業は達成できなかった筈ですよ。

団塊世代に対する大きなイメージの食い違いというのは恐らく「全共闘時代」というキー
ワードに由来するのだと思うのです。当時ラディカルな行動の代表のように言われてお
り、その後社会人となって企業の枠組みに(体制の枠組)に唯々諾々と組み込まれた
というギャップを指しているように思えるのですが。

その渦中にいた本人としては(私は積極的ノンポリという希少な存在でありましたが)、
これは誤ったイメージだと思っています。あの「全共闘時代」をリードしたのは思想、行
動ともに我々よりずっと上の世代ですよ。この点に関しては当時の主導者が何れも口
を閉ざして詳らかにしていない。そういう意味で、時代の要請に恵まれていない世代と
も言えますね。時代を主導的に作れなかった、時代の要請がなかった世代だと思って
います。誰もが時代の主役という訳にはいかぬのが歴史の必然じゃないのかな。

(写真と本文とは何等関係はございません。日本ハムさんのHPからお借り
しました。うまそうだったので)


いやいや 自然って面白いけど
むごいことも しますね

このところの 寒さで
白い 山茶花が こんな風に

隣の 白い蕾も ちょっと被害を受けていますが
急激な寒さが ドライフラワーを作るんでしょうか

2006/01/15のBlog

え~と 琵琶湖に行ってきました

冬の波です



え~と 真っ青な嘘です

今日の 空でありました
雲が こんなに 綺麗にさざなみを 作って
おりました

昨日の あの豪雨が嘘のように

今日は 随分と暖かでしたね

でも寒さは 峠を過ぎたわけではないので
まだまだ 風邪をひかぬよう 気をつけないと


正式名称をよく知らないのですが
新宿の京王デパートで 恒例の駅弁大会が
開催されています

一昨日は奥様は 例のボランティア活動で
夜遅く 食事の支度が出来ないということで

駅弁でも買って 一人で楽しんだらと
お許しが出ましたので
いそいそと 新宿まで 出張りましたよ

いやいや 凄いヒトデ じゃなくて 人出
もう 田舎ものの 私は人の頭が
沢山あると もう駄目

北海道の森町の イカ飯なんて
人がとぐろを巻いて 並んでおりました
北海道の 森町は昔 仕事でよく行ったのですが
町中では 見たことがなくて はは 東京で見られるなんて

それで比較的 空いている こちらの前で
並びました

もう お店の人は 戦場で働いているみたい
見てください このイクラの山
しゃもじでも 持って来て 掬って食べたくなりますよね

函館は五稜郭の「谷ふじ」さんの お弁当を待つこと
20分でゲット
人はそんなに 並んでいないのですが
一人ひとりが 大人買いを されているので
なかなか 列が捌けないのですね

私が買ったのは これ
うひょ~ 海の幸がてんこもり

うひひひ もうみているだけで 口の中につばが

函館はいいですねぇ
うまいもの好きには 堪えられない

イカソーメン(どこでもうまい)
イカのゴロ煮(これ函館空港の二階のレストランのが最高)
塩ラーメン(これ函館の空港の1階のラーメン屋が最高)
うにイクラ丼(これ大沼プリンスの定食が最高 大分前にメニューからなくなったのは
残念至極)
ジュンサイそば(これ大沼のじゅんさい沼の隣のそば屋が最高)
牛肉ステーキ(大沼公園脇の焼肉屋、名前忘れたが最高)
エトセトラ エトセトラ

さてこのお弁当の お味は

うひひひひ

そりゃぁ もう うめー
ですよ

単純明快
うにの 甘さと磯の香り イクラのぷりぷり感
カニを かみ締めるときの しこしこ感 じわ~とくる甘み

もうもう ど演歌の世界であります
♪お酒はぬるめの 燗がいい 肴は 生のカニがいぃ~♪

え~と ちょっと難を言えば
冷凍ものを 解凍しているのでしょうけど
ちょっとばかり 解凍時間を間違えているかな
若干 素材のぷりっとした 感触が損なわれているのは
まぁ あの人出を捌くのでは 致し方ないかな

何か一言いいたい 年頃でかわいくないねぇ
お許しを

でもでも 久しぶりに ほっかいど~ぉを 味わった夕食で
ありました

し・あ・わ・せ

[ 09:41 ] [ はな 花 華 ]

このところの 急激な寒さが

こういうものを 作るのでしょうか

とっても綺麗な 綿毛を発見

普段見慣れた場所なのですが

元の 花が全然思い出せない

でも これはこれで 立派な「華」ですね

思わず 頭をなぜて上げました

ふわふわと 掌に伝わる感触が

優しかった

2006/01/14のBlog
[ 17:07 ] [ sora ]

いやぁ 雨ですよ雨
それも どしゃぶり 地震もおまけについちゃったり
して がんがん 降ってます

最近の東京では 雨なんて死語になったんじゃ
ないかと 思うくらい

一番最後に 傘を差したのは いつだったんだろう

昨年の11月かな 全然記憶に ありません
最近は 乾燥して鼻が 乾いて(まるで犬)

今日はとても 湿気が多くて 気分がいいですね
家の前の 道路に落ちる 雨脚を捉えようと
思ったのですが

腕がない!

だめだめでした

しょうがなくて 家の中から 
雨だれでも 写して我慢しましょう
これは 辛夷(こぶし)の実

ちょっと気持ち悪い?
[ 12:49 ] [ 植物 ]

明日来る 春のために

葉を下ろし 寒さに耐えて 身体を休めて
寒空の中に 凛として 佇立するさま

木々の 力強さを 感じさせて
2006/01/13のBlog
[ 12:03 ] [ kokoroの漢方 ]
a thousando winds

Do not stand at my grave and weep;
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn's rain.

When you awaken in the mornig's hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at my grave and cry;
I am not there, I did not die.


先週の成人の日に親戚の者が入院、その見舞いに出かけた
のですが、車のFMラジオから秋川雅史さんというテノール
歌手の方のこの歌「千の風になって」が流れてきました。
彼の「威風堂々」というCDの中の一曲に収められておるそう
です。

番組ではこの詩の作者不詳、作曲者についての言及がなか
ったように思われましたが、運転中でありましたので私が
聞き漏らしていたのかもしれません。

曲を聴きながらお隣にいる奥様といい歌だね、いい歌詞だね
なぞと話しておりました。奥様が私に聞きます。

「英語がオリジナルだとするとどこの国の歌(詩)なのかしら」

時として我が奥様は突然とんでもないことを聞き始めます。
私だって初めて聞いた詩で、運転中でもあり詩の詳細も吟味
しておらず、答えようがありません。でも、そこはそこ、
奥様の質問には丁寧にお答えしないと、何れ熟年離婚の悲劇
を味わうことになるかも知れませんので、考えました。

先ず題名の「千の風」。これは直感で「千」とか「万」を
使うのは論理的に数を表しているのはないという事は分かり
ます。中国で「千丈」「万丈」という表現と同じと考えて
いいのでしょう。即ち「無数の」「沢山の」「数多(あまた)
の」と考えるべきなんでしょうね。

そしてその後、亡くなった私は墓にはおらず、光であったり
雪であったり、はたまた鳥であったりと森羅万象に変化して
いると言っています。どこか日本人の持つ輪廻思想に似た
ところがあるなと気づいた訳で、多分にキリスト教の思想で
はないんじゃないかと思いました。

そこで私の出した結論。

「もしかしたらアメリカ・インディアンの伝承辺りがオリジン
じゃないのかな」

奥様は一言「ふ~ん」でありました。

そして昨日、奥様が夕方一冊の本を持って私のところに。彼女
がボランティアをしている先に色々な本があって、その中の
ひとつが目に留まったそうです。それが写真の本。早速お借り
してきたそうです。こういう出会って結構ありますよね。まるで
運命付けられたように、向こうからやってくる。

実は我々秋川さんの歌もこの芥川賞作家の新井満さんのご本も
知らなかったのですが、3年前ほどに「天声人語」にも紹介され
た大変有名な詩なんですね。マリリンモンローの追悼にも引用
されたり最近では9・11の追悼者式典で近親者が朗読したり
しているんですね。ちょっと自分の不明に恥じておりますが。

早速、新井満さんの本をぱらぱらとめくらせて戴きました。
とても素敵な詩篇です。そして写真がまた素敵であります。
私が一番感激したのは乳幼児の足の写真。多分お母さんの手と
赤ちゃんの足の大写しの一枚です。

死と生きとし生けるものをこのように表現出来るのかとちょっと
考ええてしまいました。

新井さんの訳もいいですね。原語の英語詩よりいいと思うのは
自分がネイティブじゃないからかな。寧ろこの詩の思想は日本語
に合う感じがしてならないですね。

本の最後に新井さんがこの詩のオリジンについての彼の推理
を書かれています。それを読んでびっくり。彼もネイティブ・
アメリカンがオリジンじゃないかとしておりました。むふふ
これで奥様に顔が立ったんじゃないかな。。。

最後のフレーズだけ私が自分で訳しました。新井さんとか他の
人の名訳があるのに失礼千万ではありますが。

 私の墓の前でとまらないで 嘆かないで
 だって 私はここにいない
 だって 私は死んじゃいないもの


(Thereを敢えて「ここ」と訳したのですが,どうでしょう)

[ 08:21 ] [ はな 花 華 ]

うれしいですね

もう勢いは ありませんが

未だ咲いていて くれている

二度咲きの 桜

4月に 又お会いできるね

2006/01/12のBlog

これまた 美味しそうな実でしょう

称して 実蔓(さねかずら) 或いは
美男蔓と 呼ばれています

この花の印象は 余りないのですが
実がなんとも 愛らしい

もくれん科の植物
和種で 万葉集にも ちょくちょく出ている
ようです

たまかずらという言い方もちらほら

茎から出る液が 鬢付け(びんづけ)油の原料に
なるんですって それで美男蔓の名前が

最近の大相撲の世界は 琴欧州に代表される
外国人力士の活躍が目立ちますが

この植物の 鬢付け油を つけて髷(まげ)を
結っていると思うと 何かほほえましくなりますね

2006/01/11のBlog

前回、帝劇のある国際ビルの地下には沢山の名店があり
ますよと申し上げておりました。その中でも、女性に圧倒的
な支持を得ているお店がこちら。「香味屋(かみや)」さん。

ちょっとランチメニューとしては高価になりますが、正月です
ので豪気にご紹介しましょう。

昔、こちらのほうに勤めておりましたときは、部下の女性を
連れてランチタイムを一緒にというのをやっておりました。
特に海外経験者が多かったこともあり、結構セクレタリーズ
デイなぞと称して部下を接待する年長者が多くて、私も生意気
にもそんな姿を真似したりして。

この日は奥様と奥様のお友達二人と一緒。当時と同じように
女性を引き連れて丸の内を歩いたものですから、これはウケを
狙ってという訳です。

チョイスは二つあって、最初古河ビルの「レストラン三国」に
行ったのですが、生憎満杯の上客が並んでいるのを見て
急遽こちらに変更です。

頼んだのは、女性に圧倒的支持を得ているこの写真のメンチ
カツ
。実は私がこれを食べるのは初めて。というのもコロッケ、
メンチなぞ肉屋で売っている揚げたてが最高でレストランなぞ
で食べるものではないと思っていたからです。
私だけ他のものを食べるのも如何なものかということで、初めて
これをオーダーしてみたのであります。

いやはや、食べてみて自分のお馬鹿さにびっくり。

先ず、ナイフで食べごろに切り分けるのですが、切り口を見て
仰天です。なんとうまそうな肉汁がでてくるじゃありませんか。
まあ、衣に包んであるので肉汁が出るのは当たり前という方
もいらっしゃるとは思いますが、これはなかなか出来ません。

お友達の奥様連中も、「うわー、これは家では出来んわ」と
感激しきり。そうなんですよね、この厚みのある肉を真ん中まで
火を通して揚げるのは至難の業。私がやったら黒こげ間違い
なし。この肉をかみ締めると甘い肉汁がじわーっと広がって。
添えられたソースの美味しさと口の中で至福の刺激が渾然
一体となって、口の中でとろけるようで。。。
こりゃ肉も普通じゃないぞと身震いが。


メンチカツ2000円、ライス300円

流石に大正時代から下町の高級レストランとして有名なこの店
(本店は根岸にあります。支店はこの店だけです)。あの絢爛
たる大正文化を彷彿とさせる感動の一品で、メンチカツの常識が
根底から覆されること間違いなしであります。

赤ワインをグラスで頼みましたが、これが結構お肉とあって。
ハウスワインとしてはかなりのめっけものでありました。これだけ
の味のグラスワインが飲めるとは。ランチでしたらわざわざボトル
を頼む必要はないかも。お店の方にお聞きしたらフランスはローヌ
のワインだそうで、昨年のワイン祭りで金賞を受賞した蔵元さんの
ものだそうです(流石にそのワインそのものではありませんでしたが)。

下の写真は一人の方が頼まれたカツサンド。これもうまそうでし
たね。パンの薄さを見ても実力が分かりそうです(これも私は
未体験)。

久々に満足のランチでありました。

でっかい、メンチを二つも食べて全然胃にもたれない。このお肉と
揚げ油の実力は相当なものであります。文句なしにお勧めの一品
です。



2006/01/10のBlog
[ 18:29 ] [ はな 花 華 ]

夏 あれだけ栄華を 誇っていた

ひまわりくん

半年も過ぎると 種もすっかり落ちて

こんな風に

でも 枯れても 威風堂々

お正月ですのでちょっと豪華な話題を

「鹿鳴館」というと幻の建物として、そして三島由紀夫の
同名の戯曲が良く知られています。現在も劇団四季が
これを上演しているのではなかったかしら。

建物は明治の時代に大活躍したお抱え建築家のコンドル
の設計です。

ネットで調べたらこちらの写真がみつかりました。
この写真はモノクロなのかしら。色々調べるとどうやら白亜
の殿堂なぞの言葉があるので外観は白が基調であったの
でしょうね。

その後のコンドルの作品と比べるとちょっとメリハリのない
建築のようにも感じますが。残念ながら取り壊された(火事
で消失なんていう記述もあったりで謎です)との事で、資料
も余り多くなさそうです。

さて、今日ご紹介するのは1893年(明治26年)の天長節
祝賀行事の晩餐会で供されたメニューです。

キャビアとフォアグラのパテ
アンチョビのカナッペ・ソーセージ
芝エビのポタージュ
牛ヒレ肉のフィナンセル(洋酒蒸)
七面鳥の蒸し焼きトリュフ添え
子羊の腿肉蒸し焼き
プディング各種
「富士山のパフェ」等々


ひょえ~
随分と豪華ですねぇ。最初のスターターがキャビアと
フォアグラのパテ! ん~ん、私なら出来れば別々に
食べたいと思うのは貧乏人の僻みでしょうか。それに
しても肉が続きますね。昔の人の食欲って凄かった?
私は出来れば魚料理が欲しいですね。舌平目あたり
が欲しくなりますね。

ん~ん、それにしても明治中期とは言え、これだけの
材料と料理人が揃っていたとは驚きです。恐らく庶民
からは怨嗟の目で見られていたのでしょうね。それ故
この建物の役割も短い期間しか生きられなかったので
しょうね。

でも食文化のスピードって凄い早いものがありますよね。
このメニューなんてフランスの宮廷料理の流れでしょう。
鹿鳴館時代から100年強、我々庶民でもこのメニューを
食べられないことはないものになっていますよね。それと
今の宮中晩餐会のメニューなぞを見ると和食が結構あっ
たりして。こんなところからもグローバル化というのが分か
ったりして。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この記事は外務省の「外交資料館」というHPの「レファランス
情報
」というページから見つけました。結構面白いことが
書いてありますね。