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Rolling 55
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2008/01/05のBlog

銀閣の全景です。山麓に広がる枯山水庭園からの眺望
です。この立ち位置の庭園は1931年(昭和6年)とかなり
近代になって発掘されたものだとか。

歩いた雰囲気ではそれほど意匠を凝らしたようには思えず、
発掘した方の目利きに驚かされます。

右手に建物の影が見えますが、これは1486年(文明18年)
建立の「東求堂(とうぐどう)」です。

銀閣の不思議な装置、「向月台」。
この唐突な形は現代のスポットライティングと言われ、月の
光を銀閣に当てるための装置であったそうな。

現代人の我々の眼から見るとほんまかいなと思われます
が。

向月台の前面に広がっているのは「銀沙灘」と言われる
砂地。

この形になったのは江戸時代の後期と言われており、義政
時代のものとはだいぶ形が変わっているらしい。

ところで、この姿を見て思い出したのが、昔砂漠の中東に
いた頃のこと。現地の人と砂漠にテントを張ってピクニック
に行くのですが、月の砂漠というのが如何に明るいか。

月そのものが他の明かりがないことで、相当の照度を感じ
ることは勿論、確かに砂漠の持つ反射効果はあったという
ことを、この場に立ってまざまざと思い出しました。
スポットライティングの装置という説も嘘ではないなと
思った次第です。

因みに我々は西洋人も含めて太陽を崇めていますが、
アラブの人には忌み嫌われるケースが多い。寧ろ月を
崇める場合が多いのです。あの灼熱の砂漠を旅すれば
この理由は半時で納得がいきますね。

金閣が太陽に煌き、銀閣は月に煌く

ここに室町幕府の陰陽の思想を見ると言ったら言い過ぎ
かな。

庭には幾種類もの苔が植えられて。

これも自然に生えたものかと思ったら、ちゃんと管理
されているのですね。お庭にいい苔と悪い苔のサンプル
が置いてありました。

我家の庭にある苔は皆悪いほうの苔に分類されている
と奥様ががっかりした顔で。
私には苔は皆同じに見えてしまうのですが。いやいや
奥が深いものです。
2008/01/04のBlog

一緒に行った奥様が、金閣を見学した後ぼそっと
「銀閣を見たいな。銀閣と比較したいな」
と言う。

良き夫(ひと)はこういう言葉を聞き逃してはいけません。
「でもさ、昨年も銀閣見てるじゃない。あんな感じだよ」

実は私は金閣に惚れ込んで、最近銀閣に興味が沸かない
のです。寧ろ若い頃は金閣の派手さを嫌って、やはり銀閣
の渋さがいいなぁ、なんて思っていたのですが。

やはり年取ると金、あるいは金(かね)の大事さが分かった
からでしょうか(笑)

でも、奥様の独り言は怖いです。聞き逃すとあとが大変。
予定を変更して銀閣へ向かいます(笑)

この寺は臨済宗相国寺派の寺院。正式名称は「東山慈照寺
(じしょうじ)
」。開基は室町幕府8代将軍の足利義政。

金閣が金箔を貼られているのに対して、銀閣という通称を
持ってはいますが、一切銀箔は使われていません。1489年
上棟という記録が残っているそうです。

二層の建物で宝形造、杮(こけら)葺で、一層は「心空殿」
と呼ばれ住宅造り、二層は「潮音閣」と呼ばれる禅宗様(唐様)
の仏堂となっています。

内部がよく見えないのですが、一層は書院造の初期と称され、
その後の日本家屋の伝統につながっており、貴重な建築物
と言えます。

銀閣は記録を見るともともと銀箔を貼る予定はなく、現在
我々が目にしている姿そのものが完成形であったという
説が有力です。

この銀閣のある場所を「東山」というのですが、当時は茶道
と禅宗文化が一世を風靡しており、総称して「東山文化」と
歴史にはあります。

実にシックであり、まさに「渋さ」が最大限表現された建物
ということが出来るんではないでしょうか。

金閣とまさに格好の対比となるもので、銀箔が一切使われ
ていなくても「銀閣」と称される粋がこの建物に凝縮されて
います。

金閣は足利義政の祖父、三代将軍義満の時代に作られた。
その当時と義政の時代で幕府の立場の違いというのもあった
んでしょうね。

義満の時代は幕政の初期であり、時の権力を内外に誇示する
必要があり、朝廷に代わる政権のPR棟としての効果を求めた
のに対し、銀閣では寧ろ政権の熟成度を示す、文化の深度を
示したものでありましょう。

もっとも義政の妻で賢婦の誉れ高い日野富子がお金を一切
出さなかったため銀を使えなかったという説もありますが、
これはどうかな。

この凛とした隙のない緊張感あるたたずまいを見ると、寧ろ
銀箔という化粧を施す必要のない設計に思えます。その後
の桃山文化につながる茶道の姿を考えると、この簡素な姿
がありのままとも思えますが。
銀閣の前面に広がるのは「錦鏡池(きんきょうち)」。苔寺
で知られる西芳寺庭園(夢窓疎石作庭)を模して作られた
と言われています。

ただし、江戸時代に相当改修されており、義政当時の風景
とは違っているそうです。

街を歩いていたら、でっかいトンボ・クレーンに出くわし
ました。

正月でもありますので、当然工事の作業はしておりま
せんが。

ふと見ると、鶴(クレーン)の首の部分に何か書いてあります。

そりゃそうだけど、そりゃわかるけど、
何か変だな・・・

それはアンタの勝手なんじゃないだろうか。
公道の一部をふさいでこの文句はないんじゃないかと。

気弱い私はこの文字を見て、慌てて下を向いて元来た
道を引き返したのでありました。

君子危うきに近づかず・・・
2008/01/03のBlog
[ 12:10 ] [ 社会 ]

はは、ちょっと怖いネズミさんです。

今年は喪中だからお年玉は要らないかと思ったら、
奥様に「子供にとってはそんなの関係ねぇ」と叱られて
しまった。そりゃそうだと苦笑い。

ところで皆さんこの「お年玉袋」のことを何と呼びますか?

私は最近知ったのですが「ぽち袋」って呼ぶんですってね。
なんで「ぽち」というかというと「これっぽっち」という意味で
使われていたそうです。謙虚さの反映なんですが、子供が
こういう呼び方をしたらちょっとかちんときますね(笑)

関西では心づけ、祝儀のことを言う方言と聞きましたが、
そうなのかしら。語源は旦那さんが舞妓さんに心づけを
渡したところから来ているらしい。

もっとさかのぼると「玉」は「魂(たましい)」ということで
あったという説も。神から下されるもので年の初めに渡される
という意味であったそうな。

いずれにしてもお年玉は上位者から下の者へということ
ですね。年初めにこれがあって、年末にはこれと逆に下から
上に「お歳暮」となるわけですね。なるほど、ちゃんとバランス
が取れている。

おっと、そういえば息子殿からのお歳暮ってもらったことが
ない。はは、自分も親にそんなことしたことないな。虚礼
廃止とか言っちゃって。因果応報(苦笑)
[ 01:06 ] [ はな 花 華 ]

久しぶりに山茶花を撮ってみました。

久しぶりに錦糸卵の載ったちらし寿司が食べたく
なりました。

今年の正月は余り酒を呑んでいないので、とても
食欲があって・・・

なんやら興味が食欲のほうに向いているようで
怖い(爆)
2008/01/02のBlog

今回気づいたのは、やはり早起きは三文の徳という
こと。朝の斜めの光が金閣の美しさを際立たせて
います。

この建物は三層の建築ですが、なんとも不思議なカタチ
だなと思っておりました。

初層:「法水院」(ほっすいいん) 寝殿造風
二層:「潮音洞」 武家作り
三層:「究竟頂」(くっきょうちょう) 禅宗様の仏殿風

それぞれの建築形式を違和感なく調和させた技術は
やはり素晴らしいものがありますね。

この裏側は今まで何回か見ているのですが、余りぴんと
来なかったのですが、やはり光の具合がいいのでしょうか。

このコントラストある風景を見て、なるほどと合点がいきました。

このシーンも池の島影と建物の緊張感があって、裏側とは
思えない風景でありました。

金閣の裏手は小高い丘になっていて、回遊式の庭園があり
ます。

そこに植えられた柿の木。
たくさんの実がなっていました。とっても小さな実が。

この塀のうねうね感が素敵ですね。

どうしてこういうカタチになったのか不思議。殆ど人の
目につかぬところなのですが。地形に合わせた結果
なのか、製作者の遊びであったのか。

私の見た限りでは金閣の周りの塀でこんな曲線を
描いて屋根の「むくり」があるのはここ一箇所だけで
ありました。

画面左手の直線の塀が一段下がっています。多分
ここで「見切り」をつけたのかな。地震対策でしょうか。
色々考えさせられる意匠でした。


金閣の正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)。金閣寺は通称です。
鹿苑寺の舎利殿が金閣。

鹿苑寺の建立は鎌倉時代の元仁元年(1224年)で、1397年
(応永4年)、足利義満がいまの形に修復しています。

義満の時代、この地を「北山」と呼んでいたそうですが、義満
は邸宅としてでなく幕府の機能そのものをこちらに持っていて、
規模はなんと御所と同じくらいであったとか。今の鹿苑寺を
見るとその姿は想像できませんが。

そういう歴史的背景を知ると金閣がなぜこのようにぎんぎらぎん
にさりげなくという姿をしているかが理解出来ます。

京都の案内が今年も続きます。

2008年の巻頭はやはり賑々しく金閣寺のご紹介です。

何と旅行二日目は朝早くおきて、ホテルの前のバス停から出発。
金閣寺まで乗り換えなしで8時半に到着。 あれっ、山門が閉まっ
ています。なにせ一番乗り。あれれ、まさか今日はお休み?慌て
て旅行ガイドを広げたら 9時のオープンでありました。

一番乗りもいいのですが、30分朝の寒さの中を待つのはちと厳し
かったです(笑)


参道に沿って広がる雑木林。
もみじがコケの上に。絶妙のコントラストを描いていました。

朝のすがすがしい空気をいっぱい吸って。

9時ちょっと過ぎに開門。

観光客が意外と少ない。十人いたでしょうか。シーズン
過ぎの朝一、これはいいですね。早起きは3文の徳。

毎年金閣にお邪魔していますが、この神々しさにいつも
驚かされます。今日はまた特別。

朝日を浴びた姿は今まで見た中で一番の美しさであり
ました。

この池への映りこみも素晴らしい。

鏡湖池」というのですね。この松の見事なこと。多くの浮島
を配して、金閣を中心としてまるで映りこみの姿を計算しつく
した設計に改めて驚愕。

「鏡」の字を冠した理由が今回来て納得がいきました。この風景を
見て「実が虚」「虚が実」という言葉を思い出しました。


余りの荘厳さに暫し呆然。
寒さを忘れて佇むこと半時余りでありました。

人も少なく、いつも撮影スポットでは順番を待つ状態でしたが、
今回はゆっくり景色を愉しみながら撮影が出来ました。

京都に来てよかったとしみじみ思うひと時です。
2008/01/01のBlog

今年の東京の幕開けは例年になく寒かったように思えるの
ですが、でも、数年前は雪が降った記憶も。
まぁ、冬は寒いということでしょうか。

一方で全国的に天気が大荒れであったとニュースは伝えて
います。

雪山では新雪雪崩で事故が。初登山もいいものですが。
亡くなった方はお気の毒、合掌。

さて、今年は何をしましょうか。一年の計というのですが、
最近は特に「やるぞ~」という気概が起きないのが困りもの。
息災が一番ではあるのですが。

でも、昨年は三年連用日記を買って、一年無事に全部埋まり
ました。早速昨年の正月を見ているのですが、まぁ酔っ払って
いるのか、随分と勝手なことを書いている。文章って後で読み
返すと本当に恥ずかしい(苦笑)

一応出来るか出来ないかは別として、今年の目標なぞを
書いて自分にプレッシャーをかけてみましょう。

■日記を書き続ける
■昨年からのプロジェクトの「鉛筆で奥の細道」を完成させる
 (いやぁ、これをやって如何に自分の字が下手になったか
 実感しました。現在癖字を修正中)
■英語をともかく聞く(これはNHKのビジネス英語。題材が
 新鮮で面白い。日本語を読んでいるだけで楽しい)
■今年から三年がかりで資格取得(なんだか教えない、笑)
■国内旅行5回以上(含む日帰り)
■海外旅行1回と世界一周旅行の計画(これは計画倒れの
 可能性大なるも)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本当にできるんでちゅぅか?

これ、ねずみ、はなから疑った顔をするでない!
夢よ、夢。実現しないから「夢」なのじゃ。

はは、このちゅーさん、可愛いでしょう。京都からお越し
願いました。さすが京都ご出身だけあって貴族的な顔
をされている。ネズミの顔って難しいみたい。散々探した
けどなかなかいい顔したのがいない。やっとであったのが
このちゅーさん。

ひひ、百両を大事そうに抱えていますよ。千両、万両でない
ところが我家に相応しい。

奥様はもう一匹の大きな風呂敷を抱えたのがいいと言った
のですが、それはなにかネズミ小僧みたいに見えて却下。

なにせ我家は二匹ネズミがいるものですから。一人ひとりに。
もう一つはどぶろっがーのぷりんちゃんさんから戴いた可愛い
ねずみさんたち
が我家におられます。

ちゅうちゅうに見守られて夢が叶うといいな。
2007/12/31のBlog

今年もなんとあと数時間になってしまいました。早い、はや
すぎっ!
今年はいろいろありすぎっ!!

今年も色々お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いし
ます。

尚、来年は我家は喪中でございますので、新年のお祝いは
ご遠慮させて戴きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■外食の記録を時々掲載しています。面白いブログ・サイト
 がありましたので、今までの主要な記事を取り纏めて掲載
 しています。
 お暇なとき、お腹がすいた時覗いて見てください。

 花環(Hanatamaki)のレストランガイド

■先月から「5・7・5時評」をはじめました。短い言葉で世相をどこ
まで切れるか、頭の体操をかねて。

今年は公私ともに色々ありました。

ようやく年の瀬を迎えて我家も落ち着きを取り戻した
感じ。

ご近所のひいきのお蕎麦屋さんで冷酒を飲みながら
今年一年を振り返ったりして。美味しいお酒が胃に
しみて。
年末に清水寺に行きましたら、あの大きな祭壇に「偽」
という文字が黒々と。

世の中嘘偽りがはびこって、バブル崩壊後の日本法人
の急カーブの回復はなんであったのかとしみじみ考え
させられる一年。

バブルは「虚」、その後の回復が「偽」とは。

この酒のアテは「じゃこ天」ですが、本物のじゃこが入って
います。かみ締めると海の味が。せめて庶民はこういう本物
を味わっていたいものです。
銚子を二本あけたところで、大好きな蕎麦が登場。
これは偽の心配のない、せいろ蕎麦。

蕎麦の香りがなんともうれしいです。

一年の憂いを断ち切る。切れのよい蕎麦を食べて
来年の幸せを祈る。長寿を祈り蕎麦を食べる。

年越し蕎麦って日本人の明日を生きる知恵なんですね。

ずるずる、ずずっ~

なんともいえぬ喉越し。いんや、うめ~。
ところで、某国民的野球選手の娘さんが結婚無期延期
となったとか。謹慎を言い渡された相手の男性医師(
そういえば、彼の患者の相撲取りも謹慎を言い渡されたっけ)
曰く、蕎麦を食べるとき音を立てないでと注意されたとか。

むむ、それは女性の相手を憚った言い方。本音は別では
ないんでしょうか・・・

家族間の、夫婦間の、恋人間の、友人間のコミュニケーション
がとっても難しい世の中になりましたね。それが故に殺人に
まで至ったりと。

すすっ、ずずっ。
昔は日本人も蕎麦を音を立てずに食べていたそうです。
なんで音を立てるようになったかというと、ある娯楽芸能が
犯人であったそうです。

その娯楽芸能とは、落語!

蕎麦を美味しく食べる様の表現にあの品のない(笑)音は
不可欠だったんですね。確かに、いくら扇子が万能でも音
なしではどんなにうまい芸人でも表現は不可能。

納得です。

いやぁ、美味しかった。セイロ二枚を瞬く間に完食。これで
いい年が越せるでしょう。

来年も音を立てて美味しい蕎麦をたくさん食べるぞっ!!!
では、皆さんよいお年をお迎えください。


まさに光のファンタジー
周りのビル群とのコラボもばっちり
堪能しました
これはまた来年も見に来たいですね。
新しいカメラで多少構図がいまいち不満もありましたが。
来年は頑張るぞ(鬼が笑ってます)



■公式HPはこちら
■開催期間は2008年1月1日5:00まで
■大晦日は23:30からカウント・ダウン
2007/12/30のBlog

日も暮れてだいぶイルミネーションがはっきり
目に映るようになってきました
2007/12/29のBlog
ツリーの色調が変わっています。
周りの赤いスポットライティングとマッチしてます。

ブルーの絨毯
このイメージは好きだなぁ
まるで映画に出てくる未来都市のよう
ブルーの絨毯
ちょっと不思議な雰囲気が
これはバカラ・グラスをモチーフにしたような気がする。
何を入れて飲みましょうか。
やはりシャンパンですか。
2007/12/28のBlog

むふふ、忙中閑あり。

年末の慌しいさなか、奥様の目を盗んで東京は日比谷に
行ってしまった私(すんません、すんません)

今年からのイベント、日比谷公園の「TOKYO FANTAJIA
2007
」に行ってきました。

奥様、ぺこぺこりん・・・

この場をお借りして謝罪会見です(笑)

日比谷交差点から会場の例の巨大ツリーのてっぺんが
見えますよ。もうしばらくしたら点燈でしょう。

日比谷公園に入るとあのピラミッドのてっぺんに明かりが
ともされて。

なんでも最初っていいですね。

さよなら2007。
これが除夜の鐘の音とともに2008に変わるんでしょうか。

おお、でっかい、でっかい。
このピラミッド型ツリーは高さ42Mだそうです。

でも、あの広大な日比谷公園と周りの高層ビルの中で見ると
それほどの威圧感はありません。

寧ろこのくらいの高さがないとインパクトがないでしょうね。

薄暮のなかに浮かび上がる様も格別です。