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2004/10/17のBlog
[ 03:47 ]
[ 植物 ]
[ 02:16 ]
[ 植物 ]
2004/10/16のBlog
[ 20:02 ]
[ 植物 ]
秋になると 色々な植物が
いろいろな 実を たわわに つけています
これはご存知の 烏瓜(からすうり)
カラスが好んで食べると いうんだけど
彼らは 我家の ゴミの方が 好きなようです
いままでは 気付かなかった ようですが
ゴミ袋を 一回つついた らしくて
毎日 付近を 朝早く 徘徊しています
もう、容器に入れて つつけないように しているのですが。。。
いろいろな 実を たわわに つけています
これはご存知の 烏瓜(からすうり)
カラスが好んで食べると いうんだけど
彼らは 我家の ゴミの方が 好きなようです
いままでは 気付かなかった ようですが
ゴミ袋を 一回つついた らしくて
毎日 付近を 朝早く 徘徊しています
もう、容器に入れて つつけないように しているのですが。。。
石榴
「紅一点」という言葉は 中国の詩人が
林の 中のこの花を見て そう詠んだことが
起源とのこと
北アフリカ産という説があり、日本には東南アジアから
種が沢山あるところから 子孫繁栄=豊穣の しるし
となったそうだ
中東でもこの実はよく 見かけた
ソロモン王の宮殿にはこの 姿を模した 彫刻が
あったそうな
「紅一点」という言葉は 中国の詩人が
林の 中のこの花を見て そう詠んだことが
起源とのこと
北アフリカ産という説があり、日本には東南アジアから
種が沢山あるところから 子孫繁栄=豊穣の しるし
となったそうだ
中東でもこの実はよく 見かけた
ソロモン王の宮殿にはこの 姿を模した 彫刻が
あったそうな
[ 16:20 ]
[ 植物 ]
[ 09:19 ]
[ 植物 ]
恥ずかしながら
私はこれを 菜の花の一種かと
思っていた時代がありました
何気にこの連休の薄暗い 日中に
ひとり 輝いている 野草が
よくよく見ると とても 綺麗な花です
もう 雨の三連発で 落ち込んだ
気分が すっかり 明るくなりました
私はこれを 菜の花の一種かと
思っていた時代がありました
何気にこの連休の薄暗い 日中に
ひとり 輝いている 野草が
よくよく見ると とても 綺麗な花です
もう 雨の三連発で 落ち込んだ
気分が すっかり 明るくなりました
2004/10/15のBlog
[ 09:54 ]
[ 植物 ]
昔 フォークソング全盛時代に 吉田タクロー
という歌手が 彗星のように 現れ
♪ゆかたの きみは すすきの かんざし♪
と歌って 大ヒットを 飛ばしました
私は 彼の歌詞を 聞いて どうにも イメージが
出来なくて 困った思い出が あります
どうしたらこいつを かんざし 代わりにするんだろうか
おまけに 浴衣まで 着て
と
たいそう 悩んだものです
という歌手が 彗星のように 現れ
♪ゆかたの きみは すすきの かんざし♪
と歌って 大ヒットを 飛ばしました
私は 彼の歌詞を 聞いて どうにも イメージが
出来なくて 困った思い出が あります
どうしたらこいつを かんざし 代わりにするんだろうか
おまけに 浴衣まで 着て
と
たいそう 悩んだものです
もっと 悩んだのが 一番最後の フレーズ
♪もう 飲みすぎ ちまってー きみを
抱く気にも なれないみたい♪
もう もう
全然信じられなくって
こいつ いったい なにしに 二人で 旅なぞしてるんだっ!
俺は怒るぞー って
何故か女性の 支持が 多かった記憶が あります
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
秋の太陽を浴びて きらきらと 黄金色に 光る
すすきが 欲しかったのですが 最近の
天候では これが 精一杯
まばゆいばかりに 光る すすきと
もう 終わりに なって 銀色に 輝く その
様も 好きです
どうしても この 下に 団子を 置きたく なって
しまう
花より 団子 団子より 冷酒の Belageさん
では あります
♪もう 飲みすぎ ちまってー きみを
抱く気にも なれないみたい♪
もう もう
全然信じられなくって
こいつ いったい なにしに 二人で 旅なぞしてるんだっ!
俺は怒るぞー って
何故か女性の 支持が 多かった記憶が あります
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
秋の太陽を浴びて きらきらと 黄金色に 光る
すすきが 欲しかったのですが 最近の
天候では これが 精一杯
まばゆいばかりに 光る すすきと
もう 終わりに なって 銀色に 輝く その
様も 好きです
どうしても この 下に 団子を 置きたく なって
しまう
花より 団子 団子より 冷酒の Belageさん
では あります
[ 08:18 ]
[ 植物 ]
ちょっと見るとオシロイバナに間違えそうな
小さな日傘のようにも見えます
昼顔科なんですね
これも熱帯アメリカ産とあります
どうも私は細かい花に惹かれるようです
そういえば 持っているネクタイも
細かい 柄物が多い
ネクタイだけは人が選んだものは駄目
(あれっ 何でも私の選んだのはきないじゃないっ って
遠いところで誰かが叫んでいる)
そうなんです
服飾関係は人の選んだものは 駄目なんです
(唐草模様のスーツを着ているわけじゃないですよ 為念)
一時期 ネクタイを選んでから スーツを買っていた時期が
ありました
ネクタイを汚すと その後その スーツが着れなくて
困りましたが
これって相当気障だと 皆に言われました
そういう時代もありました
今では スーツは作業着と 割り切っています
小さな日傘のようにも見えます
昼顔科なんですね
これも熱帯アメリカ産とあります
どうも私は細かい花に惹かれるようです
そういえば 持っているネクタイも
細かい 柄物が多い
ネクタイだけは人が選んだものは駄目
(あれっ 何でも私の選んだのはきないじゃないっ って
遠いところで誰かが叫んでいる)
そうなんです
服飾関係は人の選んだものは 駄目なんです
(唐草模様のスーツを着ているわけじゃないですよ 為念)
一時期 ネクタイを選んでから スーツを買っていた時期が
ありました
ネクタイを汚すと その後その スーツが着れなくて
困りましたが
これって相当気障だと 皆に言われました
そういう時代もありました
今では スーツは作業着と 割り切っています
[ 06:44 ]
[ 植物 ]
[ 05:58 ]
[ 植物 ]
2004/10/14のBlog
[ 17:00 ]
[ ??? ]
「I'm sassy girl」 の みしゃさん から大変な宿題を
戴いて、何しろ私には能力を遥かに超えた題材だったものです
から。
実は彼女の「ばーちゃん」がなくなられたというBlogがありまして、
それに貼り付けられていたのがこの花の写真(みしゃさんの原画
にちょっと手を入れています)。
みしゃさんの宿題はこの花に名前をつけて欲しいということでした。
正式名称は「オキザレス」。南ア産ということで、こりゃアフリカ第三
の故郷の私としては頑張らねばと思った次第。
実はインターネットで色々調べたけど、全然分らなかった。上の名前は
最近みしゃさんのBlogのコメント欄で分ったのですが。でも、見なくて
良かったみたいです。その前にこの名前にけって~い!
もう、全然全ての条件を無視。この写真だけでイメージを膨らませて。。。
はい、「花玉響」です。読みは「はなたまゆら」。
この言葉が出来たのは、花弁のそこはかとない重なりからのイメージ
でした。後でオキザリスの花言葉を調べたら「母の優しさ」とある。おお、
これにも曲がりなりにも合ってるかな。
いやいや、その世界の人が見たらお叱りを受けるかもしれませんが、
みしゃさんとの言葉遊びということでお許しを願いたいものです。
みしゃさん、いかがでしょうか。一応ネットでこの「はなたまゆら」を
検索しても出てきませんので、オリジナルになっていると思います。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ここに辿りつくまでの創作メモみたいなものは次のようでした
「白」「たま」「偲」「花弁」「祖母」「ふくよか」「共偲草」「偲時草」
「時偲草」「時望草」「望偲草」
そして不意に「たまゆら」という言葉を思い出して
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
たまゆら 【玉▽響】
しばしの間。ほんの少しの間。暫時。副詞的にも用いる。
「露しげき鳥羽田の面の秋風に―やどる宵の稲妻/風雅(秋中)」
〔万葉集 2391 の「玉響(たまかぎる)昨日の夕見しものを…」の「玉響」を「たまゆらに」と訓(よ)んで、玉の触れ合うようにかすかにと解したところから生じた語〕
(infoseekマルチ辞書」より)
戴いて、何しろ私には能力を遥かに超えた題材だったものです
から。
実は彼女の「ばーちゃん」がなくなられたというBlogがありまして、
それに貼り付けられていたのがこの花の写真(みしゃさんの原画
にちょっと手を入れています)。
みしゃさんの宿題はこの花に名前をつけて欲しいということでした。
正式名称は「オキザレス」。南ア産ということで、こりゃアフリカ第三
の故郷の私としては頑張らねばと思った次第。
実はインターネットで色々調べたけど、全然分らなかった。上の名前は
最近みしゃさんのBlogのコメント欄で分ったのですが。でも、見なくて
良かったみたいです。その前にこの名前にけって~い!
もう、全然全ての条件を無視。この写真だけでイメージを膨らませて。。。
はい、「花玉響」です。読みは「はなたまゆら」。
この言葉が出来たのは、花弁のそこはかとない重なりからのイメージ
でした。後でオキザリスの花言葉を調べたら「母の優しさ」とある。おお、
これにも曲がりなりにも合ってるかな。
いやいや、その世界の人が見たらお叱りを受けるかもしれませんが、
みしゃさんとの言葉遊びということでお許しを願いたいものです。
みしゃさん、いかがでしょうか。一応ネットでこの「はなたまゆら」を
検索しても出てきませんので、オリジナルになっていると思います。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ここに辿りつくまでの創作メモみたいなものは次のようでした
「白」「たま」「偲」「花弁」「祖母」「ふくよか」「共偲草」「偲時草」
「時偲草」「時望草」「望偲草」
そして不意に「たまゆら」という言葉を思い出して
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
たまゆら 【玉▽響】
しばしの間。ほんの少しの間。暫時。副詞的にも用いる。
「露しげき鳥羽田の面の秋風に―やどる宵の稲妻/風雅(秋中)」
〔万葉集 2391 の「玉響(たまかぎる)昨日の夕見しものを…」の「玉響」を「たまゆらに」と訓(よ)んで、玉の触れ合うようにかすかにと解したところから生じた語〕
(infoseekマルチ辞書」より)
[ 09:52 ]
[ 植物 ]
[ 08:42 ]
[ 植物 ]
別称が「あかまんま」
女性の方は これで昔遊んだのでは
幼稚園時代までは わたしも 随分もてた
記憶が ございます
女の子から おままごとの おさそいは
引きもきらず
何故かお父さん役で この あかまんまの
ご飯を 随分たべさせられた
そんな 記憶が あるような ないような
女性の方は これで昔遊んだのでは
幼稚園時代までは わたしも 随分もてた
記憶が ございます
女の子から おままごとの おさそいは
引きもきらず
何故かお父さん役で この あかまんまの
ご飯を 随分たべさせられた
そんな 記憶が あるような ないような
[ 00:53 ]
[ 植物 ]
2004/10/13のBlog
[ 17:26 ]
[ 植物 ]
多分 これは外来種の 「レッドロビン」 ではないかと
思います
わたしは 赤が きつくて ちょっと 趣味では
ありませんが
こうして 秋の 日差しを 浴びているのを
みると
結構 和らいだ 色をして
それなりに 素敵だな とも
思ったりして
思います
わたしは 赤が きつくて ちょっと 趣味では
ありませんが
こうして 秋の 日差しを 浴びているのを
みると
結構 和らいだ 色をして
それなりに 素敵だな とも
思ったりして
[ 12:01 ]
[ 社会 ]
どうも、最近yasuyukiさんの「ひまつぶしブログ」を見ていると、何か書けと言われているような強迫観念に囚われて。すんません、また連想ゲーム的に書いてしまいます。今回の御題はやはり江戸時代の城下町の街並みから思いついたこと。
興味を惹いたのは冒頭のこの一文。
「江戸の城下町は城を中心にまず武家地がありました。大手門に近い程、家格が高く、格に随い周辺地に散らばるという構成になっていました。身分の低い武士は鉄砲組・弓組というように、同一の職種単位で固まって居住する事が普通だった様です」
これで思い出したのが最近の日本の人事制度。所謂成果主義です。この基本は「職務制度」という言葉で表される階層区分です。欧米の人事慣習に倣ってというのが定説です。これに対応する言葉は「職能制度」となります。
こういう堅い文字で表すとなんだかわかりづらいですよね。「職能制度」というのは個人の能力により給与が増減するということと考えて下さい。今までの高度成長時代の日本の人事制度です。要すれば個人のの能力が上がれば会社はそれに応じ給与を上げますよということです。でも、個人の能力って誰も判断出来なかった。こんな難しい計測は神様でも出来やしないというので、結局人は経験を積めば能力も上がるとという、いわば性善説に立ったおおらかな制度であった訳です。そしてそれは年功序列ならいいのですが、年々序列で運用されてしまった為にのほほんと会社でBlogにうつつをぬかしても給与がそれなりに年々上がるという不可思議な制度として定着した訳です(おお、大勢の方がぎくっとされましたね。実は斯く言う私もその一人。書いてて顔が何故か赤くなる)。
そうこうしている内に、日本経済は瀕死の状態。経営者も脇目もふらず頑張っている若手は「なんか変だなー」と思っちゃった。それで目をつけたのが上記の「職務制度」なんです。これは会社というのは色々な職務に別れていて、人はその職務に応じて給与が支払われるべき、例えて言えば新聞社でメールボーイはメールボーイの、印刷所で輪転機をメンテする人はメンテの、外回りの記者は記者の、編集者は編集者の給与があり、これは職種を変わらない限り給与は固定ですよということです。ですから、メールボーイで就職した人はスーパーマンとかに変身しなければ一生メールボーイという制度です。
これって冒頭のyasuyukiさんの記事の引用そのものですよ。徒歩組は一生徒歩組(負け組みはありません、おやじギャグ)、槍組は槍組、鉄砲組は鉄砲組で一生終わるわけです。よくよく考えると江戸時代なんて戦争がまったくと言ってよいほどなかったので、身分制度は固定され奴は侍階級でも最下層、それで江戸末期になるとその鬱憤が事件を起こしている訳です。戦時体制であれば、敵方の首をそれこそ命を賭けて武功を狙い、一挙に足軽組に抜擢という職務制度の運用も出来たのでしょうが、いかんせん戦いがないとその機会すらなくなるという訳です。
欧米なんかはずっとこの制度ですよね。英国なんてまさに差別制度になっていて、労働階級が首相になったのはサッチャーさんからで、ブレア首相でこれがやっと定着した。随分時間が掛かった訳です。
言い換えればこれは戦時体制の人事運用制度ですよね。という意味で行くと日本以外はずっと給与制度は戦時体制化にあったとも言える訳です。こういう見方をすると過去約10年で日本の企業の70~80%が何らかの形で戦時体制を敷いているということになります。最近漸く経済に明かりが見えて来ましたが、こう考えるとなかなか頷けませんか?そうなんです、今は国際的な経済戦争下で日本は負けそうなんです。ですから、日本の会社は戦時体制を取るしか道はないのです。
さてさて、皆さん相当ブルーになりましたね。ここでもう一度江戸時代の商人の人事制度に戻ってみましょう。これは結構身近なものがありますね。所謂大店。店主は経営側ですから別として、大体の人は丁稚からはじめ手代、番頭、大番頭と階段がありました。昔大村昆さんの「番頭はんと丁稚どん」という大変面白いTV番組がありました。あれは傑作番組だったなー。関西の芸人の真髄でした。今のお下品路線とは全く違います。ヨシモトももっと勉強しないとなー。。。おっと脱線。
そして丁稚はきっと手代か番頭を一つの生きがいの頂点と夢見て毎日雑巾がけ、店先掃除をしたんでしょうね。そして店は一通り寺子屋なんぞに通わせて読み書き、そろばんを習わせた。今の研修と余り変わりませんね。そして詳しくは分らないけど、ある程度は年功序列、経営手腕があって非常に優秀な人は「のれん分け」と相成った訳です。これは何と今のストックオプション付き子会社出向じゃないですか。
そう考えると今も昔も余り変わりがないような気がしてきます。この間NEETという言葉で記事を書きましたが、物事の本質って数百年の間ではそれほど変わっていないのかなと感じた次第です。
そうそう、成果主義が堪らんとお嘆きの諸兄、いずれこれもまた変わりますよ。制度に絶対はありません。都度都度時代に合わせ最適解が求められるものです。日本経済が上昇方向に移れば必ず変化します。それまでは、自らを「丁稚どん、丁稚どん」と戒め、慰め頑張って下さい。既に見直しを叫びはじめている企業は出てきています。基本原則は変わらないまでも、社員をもっとエンカレッジする方向には動いていくと予言して置きます(日本経済が好転し、それが定常化するという前提付きですが)。
興味を惹いたのは冒頭のこの一文。
「江戸の城下町は城を中心にまず武家地がありました。大手門に近い程、家格が高く、格に随い周辺地に散らばるという構成になっていました。身分の低い武士は鉄砲組・弓組というように、同一の職種単位で固まって居住する事が普通だった様です」
これで思い出したのが最近の日本の人事制度。所謂成果主義です。この基本は「職務制度」という言葉で表される階層区分です。欧米の人事慣習に倣ってというのが定説です。これに対応する言葉は「職能制度」となります。
こういう堅い文字で表すとなんだかわかりづらいですよね。「職能制度」というのは個人の能力により給与が増減するということと考えて下さい。今までの高度成長時代の日本の人事制度です。要すれば個人のの能力が上がれば会社はそれに応じ給与を上げますよということです。でも、個人の能力って誰も判断出来なかった。こんな難しい計測は神様でも出来やしないというので、結局人は経験を積めば能力も上がるとという、いわば性善説に立ったおおらかな制度であった訳です。そしてそれは年功序列ならいいのですが、年々序列で運用されてしまった為にのほほんと会社でBlogにうつつをぬかしても給与がそれなりに年々上がるという不可思議な制度として定着した訳です(おお、大勢の方がぎくっとされましたね。実は斯く言う私もその一人。書いてて顔が何故か赤くなる)。
そうこうしている内に、日本経済は瀕死の状態。経営者も脇目もふらず頑張っている若手は「なんか変だなー」と思っちゃった。それで目をつけたのが上記の「職務制度」なんです。これは会社というのは色々な職務に別れていて、人はその職務に応じて給与が支払われるべき、例えて言えば新聞社でメールボーイはメールボーイの、印刷所で輪転機をメンテする人はメンテの、外回りの記者は記者の、編集者は編集者の給与があり、これは職種を変わらない限り給与は固定ですよということです。ですから、メールボーイで就職した人はスーパーマンとかに変身しなければ一生メールボーイという制度です。
これって冒頭のyasuyukiさんの記事の引用そのものですよ。徒歩組は一生徒歩組(負け組みはありません、おやじギャグ)、槍組は槍組、鉄砲組は鉄砲組で一生終わるわけです。よくよく考えると江戸時代なんて戦争がまったくと言ってよいほどなかったので、身分制度は固定され奴は侍階級でも最下層、それで江戸末期になるとその鬱憤が事件を起こしている訳です。戦時体制であれば、敵方の首をそれこそ命を賭けて武功を狙い、一挙に足軽組に抜擢という職務制度の運用も出来たのでしょうが、いかんせん戦いがないとその機会すらなくなるという訳です。
欧米なんかはずっとこの制度ですよね。英国なんてまさに差別制度になっていて、労働階級が首相になったのはサッチャーさんからで、ブレア首相でこれがやっと定着した。随分時間が掛かった訳です。
言い換えればこれは戦時体制の人事運用制度ですよね。という意味で行くと日本以外はずっと給与制度は戦時体制化にあったとも言える訳です。こういう見方をすると過去約10年で日本の企業の70~80%が何らかの形で戦時体制を敷いているということになります。最近漸く経済に明かりが見えて来ましたが、こう考えるとなかなか頷けませんか?そうなんです、今は国際的な経済戦争下で日本は負けそうなんです。ですから、日本の会社は戦時体制を取るしか道はないのです。
さてさて、皆さん相当ブルーになりましたね。ここでもう一度江戸時代の商人の人事制度に戻ってみましょう。これは結構身近なものがありますね。所謂大店。店主は経営側ですから別として、大体の人は丁稚からはじめ手代、番頭、大番頭と階段がありました。昔大村昆さんの「番頭はんと丁稚どん」という大変面白いTV番組がありました。あれは傑作番組だったなー。関西の芸人の真髄でした。今のお下品路線とは全く違います。ヨシモトももっと勉強しないとなー。。。おっと脱線。
そして丁稚はきっと手代か番頭を一つの生きがいの頂点と夢見て毎日雑巾がけ、店先掃除をしたんでしょうね。そして店は一通り寺子屋なんぞに通わせて読み書き、そろばんを習わせた。今の研修と余り変わりませんね。そして詳しくは分らないけど、ある程度は年功序列、経営手腕があって非常に優秀な人は「のれん分け」と相成った訳です。これは何と今のストックオプション付き子会社出向じゃないですか。
そう考えると今も昔も余り変わりがないような気がしてきます。この間NEETという言葉で記事を書きましたが、物事の本質って数百年の間ではそれほど変わっていないのかなと感じた次第です。
そうそう、成果主義が堪らんとお嘆きの諸兄、いずれこれもまた変わりますよ。制度に絶対はありません。都度都度時代に合わせ最適解が求められるものです。日本経済が上昇方向に移れば必ず変化します。それまでは、自らを「丁稚どん、丁稚どん」と戒め、慰め頑張って下さい。既に見直しを叫びはじめている企業は出てきています。基本原則は変わらないまでも、社員をもっとエンカレッジする方向には動いていくと予言して置きます(日本経済が好転し、それが定常化するという前提付きですが)。