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幻想の市民参加型ジャーナリズム
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2006/04/30のBlog

 このコメントが、私にとって事件発覚であった。このスレッドは2005年03月20日に始まっていて、すでに1000件を越えているから、2ちゃんねるにお金を払わなければ過去ログを見ることはできない。
 私は、それまでにも、BBSやブログでの経験から、インターネット上での感情丸出しの論争やスパムまがいの行為に私はある程度慣れていたと思う。また、インターネットで意見を言ったり、自分の身の回りのことを記すといっても、メディア的な世界とプライベートな世界の線引きは明確にしてきたつもり。
 臼井吉見の川端康成の自殺にまつわる小説の裁判沙汰も知っているし、柳美里の最近のできごともおさえている。だから、名誉毀損で訴えられるようなドキュメンタリーという手法ではなく、小説的な手法を用いていた。
 勿論、その裏には小説に対しての憧れもあり、インターネットは所詮バーチャルに過ぎないという諦念もあった。一世一代の大勝負ならば実名もよしだが、それ以外は勘弁だ。
 そういう思いは20年以上のテレビやラジオの制作の仕事をやってきた経験から培ったもの。だから、自分の中では破綻はないと決め込んでいた。だが、今回のバッシングは、その量と質が大幅に違っていた。
2006/04/29のBlog

私の文章が新聞広告に載ってから一週間と経たない3月30日、1日のアクセスが千件を越えたので、次のようなブログを書いた。


タイトル:個人ブログを書き続ける意味

本文:
通常、ブログというのは、自分の興味を限定してそのことについて書くというのが、通例だと思う。たしかに私の場合は、子育てや地域、芸術やメディアなどという興味の問題のカテゴリーもある。しかし、私にとって一番重要であることは、自分が消費者であるということである。
地域においても、行政サービスの消費者という立場、学校においても、学校教育というサービスの消費者の立場。
消費者のプロであることが、私をささえるアイデンティティーである。これを自嘲気味に言い換えると、素人ということになる---。



村上ファンドの村上さんは、声無き株主を声ある株主にしたいと言って、活動をしているそうだが、私は、消費者の声を世間に登場させることを目標にブログを書き、ライブドアPJニュースに記事を書いている。

消費者が意見を言うというと、企業はクレーマーかと気色ばむ。しかし、それではいけない。私はさまざまな企業に提案をしてきたが、企業側の対応はすべてがクレーム処理。私が提案したことを建設的に取り入れて製品に生かしたという例はない。

私はこれから、消費者の立場で、企業に提案していこうと思う。アクセス数が1000を越えるならば、一定の効果も期待できるのではないか…。



もちろんライブドアPJニュースにも記事を書く。こちらはアクセス数は万の単位。とはいえ、ライブドアにかけないこともある。そこで、私はメディアを駆使しながら、消費者にとってのよりよき21世紀に尽力したい。

もちろん、すべてにおいて読者にとって魅力ある記事をめざします。よろしくお願いもうしあげます。



 すべてが終わった今(2006.01.25)、10ヶ月前のこの記事を読むと、私の有頂天さが文章の間に忍び込んでいるのがよくわかる。読む人によっては、この有頂天さが傲慢さに感じられても無理からぬことだ。
 そして、そのコメント欄の6つめには、次のようなエントリーがあった。


[nanashi] [2005/03/30 09:24]
http://ex9.2ch.net/test/read.cgi/net/1111325257/l50
ここのせいでは?


2006/04/28のBlog

さて、それ以上に市民ジャーナリズムのメディア側の人たちには驚かされた。
 それは、彼らのインターネットとの付き合いの歴史がほとんどないと言っていいほど短いことだ。当事者からの批判を恐れずに言えば、原稿用紙に万年筆で原稿を書くのがマスコミ人の誇りである。というような旧態然とした感じ。勿論、彼らが長らく新聞メディアやその周辺の人たちであり、市民記者メディアをはじめたその動機も、既存のメディアに対する憤りだったという事実に起因するのだから、考えてみれば当然ともいえる。きっと既存のメディアの一員だった頃、インターネットを馬鹿にして、ほとんど使うことなどなかったのだろう。
 一方の市民参加型ジャーナリズムにあつまった市民記者の側はどうかといえば、ニフティサーブのフォーラムの時代からパソコンに親しんできた人たちも少なからずいたと思う。あの時代からすでに十年以上が経っている。フォーラムが荒れたとき、どうすべきかを多くのパソコンユーザーたちは学んだ。だが、そんなことをメディアの側の人間は忘れ去っているだろう。

 昨今のビジネスシーンでは、モバイルコンピュータを携帯し、会議や講演などのちょっとしたメモも、ノートパソコンで入力する人も珍しくない。とはいえ、当時の私は六本木タワーの38階の住人がそういう人種であることに、逆に暖かみを感じていた。
 仄聞するところでは、新聞業界ではコンピュータで検索することは手抜きとして軽蔑されるそうだ。
 私はそんなことに片意地を張ってないで、便利だったら使えばいいし、敵視する必要はないじゃないかと思うのだが、現実はそうらしい。足で取材するのが新聞記者だ。そういうプライドが曜変してそのようになったのだろう。
 インターネットの世界でも、インターネットで検索をかけることを「ググる」と若干揶揄した言い方をする。とはいえ、「ググりもしないで、教えて君じゃだめよね」との慣用句もある。情報のすべてではないにしても、情報源のひとつとしてはとても重要だと認知されているだ。
 私は、既存のメディアから六本木の最新式のビルにやってきた人たちのことを考えると、映画がテレビに取って代わられた時代のことを思い出した。当時、テレビは電気紙芝居と言われ映画人たちから軽蔑されたという。だが、そういう蔑称がひかれ者の小唄程度の意味しかないことは時代が証明している。
2006/04/27のBlog

 「ラジオを聴いている人たちは何万人、何十万人といるんだ。だけど、ここに集まった手紙は何通だと思うかい。ボクは、番組で感想を募集していたからといっても、ごく普通のリスナーがわざわざはがきや手紙に文章を書き、切手を貼って放送局に送るっていう訳じゃない。だから、ここに集まった意見もそれを書いた人たちもかなり特殊な人たちだと思うんだ。そんなものを間に受けて番組をつくることがいいこととは思えない」。要は、リスナーの反応など気にせず、やっていきましょうという宣言だ。この番組は当時も隆盛だった若者向けの深夜放送のようなリスナーからのはがきで出来上がっている番組ではない。だから、ベテランプロデューサの言うことも納得ができた。
 マスメディアに対して発信する個は、特殊なバイアスがかかっている。そういえば、こうして市民参加型ジャーナリズムに応募して記事を連発している自分の奇異さを我ながら感じている。それは日常生活で他と打ち解けられない原因でもある。とはいえ、私はそれを自分の誇りやアイデンティティーの源泉にもしている。
 市民参加型ジャーナリズムに書き続ける私を、男性タレントに自分の髪の毛の入った手作りチョコレートを贈るストーカーちっくな女の子と自分を同類にはしたくないが、そういうことだと思う。贈られてきた手作りチョコレートを何の不安ももたずに食べてしまう。そういう時代はとうに終わっているのだ。
2006/04/26のBlog

さて、消費者は文句があればクレームをいってくるが、商品に満足しているからといって賞賛を表明するものではない。顧客満足度はその商品の売れ行きを持って勘案すべきであって、商品について寄せられた手紙やメイルによってすべきではない。だが、どんなにライブドアの担当者が一日2万アクセスとうそぶいたとしても、市民記者がそれを実感することはできないから、トラックバックの毀誉褒貶に一喜一憂するのも無理からぬことだ。
 勿論、コミュニケーションは相手が決めるものであり、相手がそうとったのなら仕方のないことだ。誤字脱字・誤認識の類にしても、個人の限られたリソースの中で万全を期したとしても、間違いが起こらないはずはないわけで、それぞれの批判はもっともなものでもある。
 だから、私は頭を下げながらも、ひるまず書き続けようと心に念じていた。批判があること。それに耐えることはどんなメディアであっても当然だと思うからだ。
 だが、六本木ヒルズに陣取った市民参加型ジャーナリズムのメディア側の人間たちは違っていた。トラックバックの内容について反応し、読者に指摘されたひとつひとつについて私にメイルを送ってきた。インターネットに限らず、メディアで仕事をしていれば、叩かれることに慣れっこになっていると思っていたから、彼らの行動が私には意外だった。
 トラックバックで批判されつづけていた私を勇気付けてくれたのは、私の心の中に残っていたあるラジオプロデューサの言葉である。二十年ほど前、私は有名女優で世界的にも意義のある慈善活動をしているタレントをキャストしたラジオの対談番組のディレクターをしていた。番組は、彼女の活動を支援していた財界人との関係から生まれ、番組制作費はその財界人のポケットマネーから捻出されていた。
 対談番組のゲストは、そのタレントと彼女の恋人の間で決定される。タレントと恋人の関係は公然の事実といってもよいもので、日本の文壇の精神的な主柱、否、ある世代にとってダンディズムの象徴のような恋人がキャスティングするゲストの質はこれ以上のものとはいえぬ、知性の宝石箱だった。
だが、その恋人は番組に登場することはない。録音の現場にも、そのまわりにも彼の存在はどこにもない。
 私はそのタレントと、彼女の事務所の関係者、私が勤めていた会社のプロデューサ、そして、局のプロデューサという、10人に遥かに及ばない体制の中で、どういう番組をつくったらいいのか、もがいていた。
 勿論、番組を成立させているのは、番組のホステス役をつとめるタレントの個性である。彼女の指示にそって作業をしていれば問題なく作業はすすむ。だが、それだけでいいのか、そんなことを漠然と思っていた。
 番組の最後に「番組の感想を求める告知をしていた」。番組は平日の夜8時からの番組だった。テレビではゴールデンタイムだが、この時間にラジオを聴いている人はどんな人たちなのだろうか。その人たちの思いやニーズを汲み取らなければ、独りよがりの番組になってしまう。
 50通ほど集まったリスナーからの手紙を読んだ私は、番組収録後のスタジオで「お手紙の内容を番組に活かしていきましょうね」と放送局の担当プロデューサに言った。すると、意外な答えが返ってきた。