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幻想の市民参加型ジャーナリズム
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2006/05/24のBlog
2005年3月、私は38本の記事をライブドアPJニュースにアップしている。そのことはpj_links@Wiki( http://www2.atwiki.jp/pj_links/pages/29.html )で追認することができる。

※ 私は、そのサイトに私は一度も書き込んだことはないし、私とは一切関係ない。だから、そこに書いていることを私は否定も肯定もしない。そこに書き込んだインターネットユーザーに映った私という意味しかない。だから、ここに紹介したからと言って、私がそのサイトをオーソライズしたというニュアンスは一切ない。

 記事のほとんどは、真っ最中だったホリエモン騒動のテレビ報道に対する私の無邪気な反応である。私はあのムーブメントのことをホリエモン革命と呼んでいた。堀江氏本人だけでなく、ライブドアの役員たちも逮捕された今、わたしなりの過去を清算しなければならないのかもしれない。とはいえ、M&Aや株取引の仔細について、あのときも今も私は門外漢であり、言うべき言葉はない。

 いま冷静に記事のラインアップを眺めていると、言論人ごっこ・新聞人ごっこをしていたと感じる部分もある。
 テレビが登場したとき、言論界の重鎮・大宅壮一氏は「一億総白痴化」と評したという。
 それはそれで至言なのだろうが、あの大宅壮一氏にしても、新しいメディアの登場に対して否定論を展開するばかりで、その有効活用について、論じていないのは明らかに不備である。

 テレビ映像のアングルが記者の肉眼と比べると桁外れに狭いこと。
 具体的には、記者のアングルは上下360度×左右360の全天周だが、ビデオカメラのアングルはそれぞれ30度程であり被写界深度の浅い、マイク特性によって音声も極めて限定的な情報だ。
 そして、そのような機材の特性により、仕方なく限定的に切り取られた情報は、カメラマンやディレクターたちの極めて恣意的なものである。
 問題は、テレビがそのようなバイアスのかかったものであるにも関わらず、あたかも現場にいるかのような錯覚を視聴者にもたらすからだ。もし、そのようなことを大宅氏があのときに指摘したら、その十数年後のできごとはあったのだろうか。
 1972年。ときの総理、佐藤栄作氏は、「テレビは真実を伝えてくれるので私は直接テレビから国民の皆さんにご挨拶する。テレビはどこだ? 偏向的新聞は大嫌いだ」と発言したという。そして、反発した新聞記者達が退席後、一人テレビカメラに向かって演説を行った。 私は、閑散とした記者席に向かって退陣表明記者会見をする佐藤栄作総理の写真を憶えているが、きっと総理の傲慢な態度に反発した新聞の写真だろう。
 当時中学生だった私は、そのときのテレビ映像を憶えていない。だから想像の範囲でしかないのだけれど、首相の撮影をずっとやってきたビデオカメラマンなら、いつも撮影の邪魔をされて迷惑に思っていた新聞記者たちがいなくなって、せいせいした気分になっていただろう。とすれば、ビデオカメラマンが選ぶアングルは、総理のアップ、もしくはバストアップでしかありえない。
 プレスルームに複数のカメラがあれば、ガランとした記者席を捉えたアングルも選択されるだろうが、野球中継ならともかく、首相の会見に2カメ・スイッチングをすることなど、あるはずもない。
 もし、そのような陣容でプレスルームの映像が御茶の間の観客に紹介されていたなら、一国の首相が権力の座にのぼりつめ、そして、彼の傲慢さから、まるで裸の王様のようになって退陣を余儀なくされたことが、より印象づけられたと思う。
きっと、大宅氏の「一億総白痴化」発言で、プライドを傷つけられていたテレビマンたちが、首相の言葉を追い風にして、意気揚々と、首相のアップの映像を垂れ流しにしていたに違いない。
 だから、私はインターネットの登場に際して、その登場を批判するような言説は好まない。勿論、それは無名人だから、時代に抗っても意味がないという理由もある。だが、それ以上に、あるべきインターネットの姿、利用法というものを提示することが重要であり、必要であると感じているからである。
 私がライブドアPJに応募した理由も実はそこにある。私は、業界の片隅ながらも、イーコマースの現場や、ストリーミング番組の現場にいた。そこで感じていたのは、世の中が「インターネットは出会い系サイトと自殺系サイトなどの社会悪しか社会に提供していない」という批判。
 そんなことはない---。生まれっぱなしのイノベーションを育てることもせず、ほったらかしにした社会のほうが悪い。勿論、私もその社会の一員だから、何かの機会があれば、インターネットのあるべき方向について、また、インターネットの弱点の克服法についての助言を行いたいと願っていたのだ。
 勿論、それは私の考えが正しくて、世の中が間違っているということを声高にいいたいのではない。問題があるのなら、それを嘆いてばかりいないで、積極的に行動しようよ。と、訴えたかったからである。
2006/05/23のBlog
とりあえず、8000円を無駄にしたくない理由から、同意書にサインをしてきてはいた。
 現場で活発な質疑応答をしていたフリーライターと思しき人たちと同じく、私も経済的なメリットがないものに原稿を書き続けるような余裕はない。ただ、伊藤穣一(Joi伊藤)氏の言葉が引っかかっていた。

 インターネットで儲けようと思っても上手くいかない。だが、辛抱づよくインターネットユーザーに奉仕しつづけていれば、インターネットはそれを見殺しにはしない。そして、ある日突然、ご褒美をもらえる。そんなものだ。

 たしかにそうだ。それまでのインターネットの歴史でビジネスとして成功したものがどれほどあるのだろうか。その年(2005年)にインターネットの広告費の全体がラジオの広告費を上回ったという。個人でもアフィリエイト広告での成功譚が書店を賑わしている。だが、インターネットのビジネスで成立しているものの殆どが広告という、他の媒体での利益を食い尽くすビジネスモデルだった。
 もうひとつ気にかかっていたのは、市民参加型ジャーナリズムという概念はともかくも、それをインターネット新聞という形でやることに意味はあるのかという問題だった。
 私がインプレスTVでやっていたのは、インプレスの人気サイト「インターネットウォッチ」 ( http://internet.watch.impress.co.jp/ )のストリーミング版であった。インターネットウォッチというサイトは、数名の記者がインターネット上での情報を捜していく。このサイトの魅力は、インターネットをこよなく愛するインプレス社の記者の選択眼の高さと、情報元とリンクを張ることによって、読者もダイレクトにニュースソースにたどり着くことができることだ。つまり、インターネットウォッチというサイトは、新聞でありながらも検索エンジンでもあるのだ。
 つまり、新聞がコンテンツだとすると、インターネットウォッチはコンテンツでありながら、インデックス機能も兼ね備えている。同様なサイトにはAll About( http://allabout.co.jp/ )というのがある。これは、アメリカのAbout.comの日本版である。日本語のアバウトには、いいかげんという語意があり、当初はAll About Japanと名乗っていたと記憶するが、テレビコマーシャルの他、大量宣伝をした現在はAll Aboutになっている。
 すでにご存知だろうが、All Aboutの特色は380余名におよぶガイドの存在である。サイトのトップページには、チャンネルインデックスと称して、生活、仕事、趣味、人生と4つのカテゴリーがある。そのいずれかをクリックすると、さらに詳細な項目になる。
たとえば、生活→グルメ・クッキング→フレンチ→フレンチの専門家のガイドのページという具合。ガイドは専業ではなく、いわばその分野に詳しい市民ボランティアがゲストに情報を提供するという感じ。市民といっても、アマチュアである必要はなく、その分野の専門知識があれば、プロフェッショナルでもかまわないようだ。
 2000年にインプレスTVをやっていたときには、All About Japanのガイドの募集とオーディションの報道がなされたと記憶している。ガイドには応募者が殺到し、ガイドになるのはかなりの狭き門だったと記憶している。そして、その報酬もそれだけで生活を成立させるのは無理としても、副業のこずかい稼ぎとしては恥ずかしくない金額だったと思う。それを2006年のいま調べてみると、唖然とした。ガイドの報酬がなんと月額3万円になっている。それにアクセス解析などによる歩合給が加算されるといっても、それではボランティアもいいところだ。そして、ガイドの記事の内容も、情報サーチャーのサイトというイメージからは明確にコンセプトの変更がなされていて、個人ブログとの違いがほとんど見当たらない。
 2000年頃からの5年余の間に何があったのかは分からないが、さまざまな試行錯誤の末の形である。そして、それは個人ブログの勃興の中で変質した結果であることは確かだろう。
 さて、そのとき私の頭の中にあったのは、検索ワードによる自動検索の筆頭であるgoogle。そして、Yahooなどのポータルサイトの存在である。不勉強な私は、そのときまだ市民メディア・インターネット市民新聞のJANJAN( http://www.janjan.jp/ )の存在を知らなかった。
 そして、合理的に考えて行き着く先は、市民記者を名乗ることに何の意味があるのだろうか。いまの個人ブログだって、フレームを工夫すればシームレスで市民記者メディアとつながることができる。と。
 だが、私の結論に一番の影響を与えたのは、テレビで流されるホリエモンに関するニュースだ。ライブドアのニュースサイトは1日に何万というアクセス数を稼いでいるという。私の個人ブログのアクセス数は、数百だ。ということは、2桁違う人たちに自分の意見や主張を伝えることができるのだ。ならば、書いてみよう。
 確かに、講師はインターネットに詳しくないようだから、前途多難かもしれないけれど、それだけにインターネットで騙されるようなことはないだろう。
 私は講師あてにメイルを打った。この章の冒頭で紹介した研修の内容をレポートしたものだ。記事のアップは3月08日。研修日が3月5日だから、心の中の葛藤に関わらず、ほとんど即決で記事を書き始めたことになる。
2006/05/22のBlog
研修で私はふたつの質問をしている。ひとつは、インタビューをしたときに、取材対象への謝礼品はないのかということ。私はテレビやラジオ、インターネットなどさまざまな媒体の仕事を経験してきたから、取材対象に出演料を支払ったり、交通費などの経費を負担した経験がある。予算がない場合でも、放送局のボールペンやタオルなどノベルティーを渡すことは当然のことと思っていた。
 事実、インプレスTVのときも、インプレスのマークの入ったストラップを取材で協力してくれた人に配っていた。
 私がその質問をすると、ふたりの講師は眼を吊り上げた。それはジャーナリストとして一番やってはいけないことであり、何よりも報道の中立性を脅かす行為なのだ。と。
 二つ目は写真に関する質問だった。
 ライブドアの受付の壁にはライブドアの社名のロゴが打ち込まれている。そして、待合スペースの傍らには、等身大のホリエモンが弥生会計のパッケージを持ったサインがある。
 効果的な写真にするためには、ホリエモンのサインを受付の前に移動して撮影するのがベストだと思うのだが、それは市民記者としてやっていいのだろうか。と。
 この質問も、通信社で写真記者として長年のキャリアを持つ講師から、そんな当たり前のことを聞くなとでも言うような口調で一笑に付された。
 この章の冒頭を彩っている写真は、そのとき、ジャーナリストとしてはけっしてやってはいけないことを犯して撮影したものだ。堀江氏が逮捕され、ライブドア本社にいることができなくなった今、ホリエモンのサインは、ケンタのおじさんのように、ライブドアへの来訪者を迎えてくれる。ホリエモン逮捕を報じるテレビニュースをあきれるほど見たが、さすがにどの民放テレビ局も、私のようにジャーナリストとしてのコードを踏み外していないようだ。 
 研修のスケジュールがすべて終了したあと、数百円の会費を集めての懇親会がひらかれた。缶ビールと乾き物だけの立食形式だ。研修の半分ぐらいの人数は残っていただろうか。
 研修の最後に、記事の責任のありかと報酬について厳しい質問をしていたフリーライターとおぼしき人は当然のように参加していない。ただ、私の隣の席に坐った登録しないと明言したIT研修の講師氏は、気持ちを切り替えたのだろうか名刺交換会として参加していた。
2006/05/21のBlog
講義は次第に具体的な話にすすんでいく。
 取材の仕方。記事作成の基本。魅力的な記事の作り方。写真の撮り方、創作実習など、内容は盛り沢山。あっという間に37階の六本木ヒルズからみる景色は暗闇が支配していた。
 私は、昼食や休憩をともにし机をともにした参加者と、市民記者として登録するかどうか意見を述べ合った。
 企業のIT研修を個人事業主としておこなっている30代の男性は、経済的にメリットはないし、すべてが自己責任というのも気になるから登録しないという。
 20代後半と思われる体育大学の講師の頑丈な体つきの若者は異業種の空間を楽しんでいる趣だった。彼は登録するのかもしれない。
 もう一人、ご主人が開業医という品のいい奥様は、気分を害するでもなく、私の感情露な言説を受け流してくれていたが、彼女は登録するのだろうか。もし登録したとしても、記事を書くような危険なマネはしないのかもしれないと感じた。
2006/05/20のBlog
私はあの時、ライブドアの会議室の一番後ろの席で、つべこべと考えていた。今村昌平の映画学校にいたときも授業でドキュメンタリー映画についての講義を受けた。
 当時「マザーテレサとその世界」で国内のドキュメンタリー映画の各賞を独占していた千葉茂樹監督である。
 そのときに読んだ松本俊夫の「映像の発見」は、いまも心のバイブルのひとつであると思う。
 そして、そのときにも話題に上った飢餓に瀕した少年の死を待つ、ハゲタカの写真のことを思う。このカメラマンは高名な賞を受賞しながらも、社会的な批判を浴び、人生を台無しにした。後日、このエピソードについて湯川さん(「ネットは新聞を殺すのか」の著者)に尋ねたことがある。そのときの湯川さんの答えは明快だった。私はジャーナリストである前に市民でありたい。だから、まず、その少年を助けます。その行為の中で写真を撮るかもしれないし、それは分からない。
 ジャーナリストの良心を指摘するのは重要だろう。だが、市民記者なのである。市民として恥じない言動をすれば、何もジャーナリストとしてどうかなどということはたいしたことではないのだ。逆にいえば、ジャーナリストとして活躍をしたとしても、それが市民として恥ずべき行為であるなら、社会的に糾弾されるのである。そして、何よりも、その対価をライブドアは支払うつもりがないと、同意書で宣言していたのだった。

 一番後ろの席で、批判的に講義を眺めていた私と違って、最前列にすわり、黒いテンガロンハットと赤い服装で目立つ人がいた。KNNという個人メディア活動をしている神田敏晶氏( http://www.knn.com/ )だ。
 私はインプレスTVで仕事をしているとき、ストリーミング番組の提供を神田さんが行っていたので、その存在を番組プロデューサを通じて知っていたので、親近感があった。一時期、週刊アスキーに、セグウェイの逮捕騒動から獄中日記を披露して後、消息知れずになっていたから、ご無事で何よりとの感慨もあった。
 すでに自分で情報を発信し、プレスルームではある程度の知名度を持つ神田氏が市民記者になろうとしている。既存のメディアで活動するプロのジャーナリストの多くが、神田氏のように個人の立場で記事を書き始めたら、日本はどうなる…。そう考えたら身震いがした。
 だが、そんなことは土台無理な話だったのだ。プロ記者が別メディアで記事をあげるには、所属会社の許可が必要になる。一方、ライブドアは市民に実名で書くことを要求している。
 とすれば、たとえプロ記者が市民参加型ジャーナリズムで筆をとろうとも、彼の所属する会社の存在を侵さない無難な記事しか書くことはできないだろう。それではプロ記者がわざわざ市民参加型ジャーナリズムで記事を書く理由もない。
 また、社会を揺るがすような記事がそこから生まれるはずもない。
 後述することにもなるだろうが、私はインターネットの特徴は、個を切り刻んでいくこと(微分)だと思っている。
 かつて、田中康夫長野県知事は、県庁の職員の人たちは、ふつうのお父さんたちといえば、それはとても素晴らしい人たちの集まりなのだが、県の職員になるとおかしくなる。と語っていた。
 雪印は不祥事を繰り返し、社会的な糾弾を受け、解体をともなったグループ全体の再編成を余儀なくされた。私はあの頃、こどもを連れて、横浜の「こどもの国」を訪れたことがあった。そこには、乳搾りの体験コーナーがあり、その近くにアイスクリームを売っている売店があった。採りたての牛乳でつくったアイスクリームを期待して頬張った私は、その期待を大きく裏切られた。妻とこどもはその直前に、千葉のマザー牧場で採りたての牛乳でつくったアイスクリームを食べていて、私と同じ感想をもらした。どちらにしても、デパートの地下で立ち食いするようなアイスクリームとは比べるべくもない最低な出来だった。
 そのとき私は次のように思った。
 あの大企業・雪印の社員は沢山首都圏には住んでいるはず。ならば、彼らの一人もこの場所でこのアイスクリームを食べなかったとは考えにくい。きっと、彼らは自分の会社が作ったアイスクリームのまずさを理解しながらも、自らの社員としての安逸を優先して口を閉ざしたのだ。
 もし、個人を切り刻んでいくことができたらどうだろう。
 つまり、雪印の社員であることは、雪印製品の生産者でもあるが、雪印製品の消費者でもある。だから、本来は、生産者であることと、消費者であることは矛盾しないのだ。
 落語では、夜鳴き蕎麦の主が、仕事のすえに腹が減ったと嘆いた。すると、知り合いが、商売ものの蕎麦を食べればいいじゃないかと、言う。すかさず、その主は、「こんな汚いものが食べれるかい」と…。
 そのようなものであってはならぬのだ。
 そして、乳製品の専門家である雪印の職員の舌は、アイスクリームのまずさの原因を分析的に感じ取り、その生産工程での不備を的確に指摘できるはずだ。
こんなもったいないことがあってはならぬ。