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2008/02/18のBlog
[ 22:58 ]
[ 郷土食 ]
2008/02/17のBlog
[ 23:30 ]
[ きょうの健康 ]
田の神祭りにしばらくどっぷり浸かっていましたが、その間の行事を…。
娘の保育園のおやつメニューで紹介されていたので12日が初午の日ということを知りました。ということで今年の初午だんご、蚕の形ではなく、ハート(おにぎり)の形をいただきました。最近、娘はかなり料理に入れ込んでいて、いろんなものを作ります。
娘の保育園のおやつメニューで紹介されていたので12日が初午の日ということを知りました。ということで今年の初午だんご、蚕の形ではなく、ハート(おにぎり)の形をいただきました。最近、娘はかなり料理に入れ込んでいて、いろんなものを作ります。
2008/02/16のBlog
[ 22:30 ]
[ 地域研究 ]
祭り本番。私仕事のため、代わりに撮影していただきました。
平日の祭りにもかかわらず、神社まわりは多くの観光客、地域の方々、そして午前授業となる学校生徒などで賑わいます。
祭りは各地区の集まりからはじまり、幟の立った合掌村での儀式を経て、八幡神社まで祭り行列がおこなわれ、神社の儀式の後、各地区で作られた縁起物の花笠の数々が観客に投げられて幕を閉じます。
平日の祭りにもかかわらず、神社まわりは多くの観光客、地域の方々、そして午前授業となる学校生徒などで賑わいます。
祭りは各地区の集まりからはじまり、幟の立った合掌村での儀式を経て、八幡神社まで祭り行列がおこなわれ、神社の儀式の後、各地区で作られた縁起物の花笠の数々が観客に投げられて幕を閉じます。
踊り子さんたちはこの日も朝から大忙しです。
各地区の集まりで歓待を受け、合掌村での儀式までは紋付きハカマ姿、合掌村では一転、フンドシ一丁で二度目のミソギをおこない、神社に着くと、今度は紅い着物に黒いタスキをかけて餅かつぎの儀式をおこない、最後は白い衣装も身にまとい、頭には大きな花笠をかぶり踊りを奉納されるという、披露宴の新婦でもありえない多様な衣装替えをみせてくれます。
ということは守役の方もおつかれさまです。
(akakage)
各地区の集まりで歓待を受け、合掌村での儀式までは紋付きハカマ姿、合掌村では一転、フンドシ一丁で二度目のミソギをおこない、神社に着くと、今度は紅い着物に黒いタスキをかけて餅かつぎの儀式をおこない、最後は白い衣装も身にまとい、頭には大きな花笠をかぶり踊りを奉納されるという、披露宴の新婦でもありえない多様な衣装替えをみせてくれます。
ということは守役の方もおつかれさまです。
(akakage)
2008/02/15のBlog
[ 23:41 ]
[ 地域研究 ]
日付が14日に変わると同時にみそぎがはじまりました。
司祭者の方々に続き、テテ(神主役)と踊り子たちが神社の前の冷水風呂で身を清めます。
その後、踊り子たちの並び順を決めるくじを引いた(写真)後、境内で踊りが奉納されました。
司祭者の方々に続き、テテ(神主役)と踊り子たちが神社の前の冷水風呂で身を清めます。
その後、踊り子たちの並び順を決めるくじを引いた(写真)後、境内で踊りが奉納されました。
2008/02/13のBlog
[ 06:37 ]
[ 地域研究 ]
昨日は「テテ振舞いの儀」という儀式がおこなわれました。
踊りを見守る方々の中に、はっぴを着られた守(もり)役の方がおられます。テテさんや踊り子さんたちの様子をしっかりうかがいながら、何かあればすばやく対応するという役割です。踊りは長時間にわたるものとなるため、汗をかく踊り子さんたちの汗を拭いてあげたり、着物の着付けや後かたづけてあげたり、精神的なフォローをしてあげたりなど、なかなか大変な仕事です。
祭りを仕切る人、出演する人、出演者を支える人、振る舞う人、見る人、といろんな役割があって祭りは成立するもんなんだなあ、と改めて思いました。
今日は設楽祭という本番前日の祭り。夜中に水風呂で禊がおこなわれます。
(akakage)
踊りを見守る方々の中に、はっぴを着られた守(もり)役の方がおられます。テテさんや踊り子さんたちの様子をしっかりうかがいながら、何かあればすばやく対応するという役割です。踊りは長時間にわたるものとなるため、汗をかく踊り子さんたちの汗を拭いてあげたり、着物の着付けや後かたづけてあげたり、精神的なフォローをしてあげたりなど、なかなか大変な仕事です。
祭りを仕切る人、出演する人、出演者を支える人、振る舞う人、見る人、といろんな役割があって祭りは成立するもんなんだなあ、と改めて思いました。
今日は設楽祭という本番前日の祭り。夜中に水風呂で禊がおこなわれます。
(akakage)
2008/02/11のBlog
[ 21:21 ]
[ 地域研究 ]
2008/02/10のBlog
[ 19:00 ]
[ 地域研究 ]
朝6時八幡神社。雪の積もった境内は静まりかえっています。
暗い社務所の中で神主さんと各地区の代表の方々によって「籤取りの儀」がおこなわれました。このくじ取り、かつては踊り子として祭りに出演したい希望者が集まってくじを引き、当たりはずれを決めたそうです。今は踊り子も各地区から推薦された方々となっていますので、かつての儀式だけが残されているのです。
暗い社務所の中で神主さんと各地区の代表の方々によって「籤取りの儀」がおこなわれました。このくじ取り、かつては踊り子として祭りに出演したい希望者が集まってくじを引き、当たりはずれを決めたそうです。今は踊り子も各地区から推薦された方々となっていますので、かつての儀式だけが残されているのです。
2008/02/09のBlog
[ 21:36 ]
[ 地域研究 ]
2008/02/07のBlog
[ 22:00 ]
[ 地域研究 ]
祭りまで一週間。
本日は「テテ頼みの儀」という儀式が執り行われました。祭り本番の神主さんである「テテ(父の訛りではないか)」役(写真左の方)を依頼する式です。会場には大勢の役の方が揃われ、古式ゆかしく儀式が執り行われました。
式が終わって直会(なおらい)となりましたので、帰宅しようと思っていたところ、「え~ヤマキジをいただきました。調理しましたので、皆さんにお分けしたいと思います」という話が大当番(祭りを取り仕切る地区)の町内会長さんからありました。
本日は「テテ頼みの儀」という儀式が執り行われました。祭り本番の神主さんである「テテ(父の訛りではないか)」役(写真左の方)を依頼する式です。会場には大勢の役の方が揃われ、古式ゆかしく儀式が執り行われました。
式が終わって直会(なおらい)となりましたので、帰宅しようと思っていたところ、「え~ヤマキジをいただきました。調理しましたので、皆さんにお分けしたいと思います」という話が大当番(祭りを取り仕切る地区)の町内会長さんからありました。
2008/02/06のBlog
[ 21:19 ]
[ 地域研究 ]
2008/02/05のBlog
[ 06:45 ]
[ 地域研究 ]
何度か 紹介しました 田の神祭り まであと10日ほどとなりました。日曜日、祭りに向けての練習がおこなわれましたので、見学に行ってきました。
写真正面5人のうち、真ん中の方が「テテ」とよばれる神主役の方であり、後の4人が各地域から選ばれた「踊り子」とよばれる若手の方々です。この5人が前夜祭から祭り当日のみそぎ・花笠祭りまで出演されます。
5人の前で並んで座っておられるのが、踊りの歌を歌われる各地域のベテランの方々で、踊りのチェックなどもされておられました。踊りは一定のリズムでささら(二本の竹の棒をすりあわせて音を出す)を鳴らすという、一見地味なものなのですが、なんと本番当日は2時間近くも踊り続けなければなりません。
単調な踊りも大変疲れてくるらしく、この日の練習でも何度もタオルを持って来ては、テテさんや踊り子さんの汗を拭いている地区の方々の姿が印象的でした。
(akakage)
写真正面5人のうち、真ん中の方が「テテ」とよばれる神主役の方であり、後の4人が各地域から選ばれた「踊り子」とよばれる若手の方々です。この5人が前夜祭から祭り当日のみそぎ・花笠祭りまで出演されます。
5人の前で並んで座っておられるのが、踊りの歌を歌われる各地域のベテランの方々で、踊りのチェックなどもされておられました。踊りは一定のリズムでささら(二本の竹の棒をすりあわせて音を出す)を鳴らすという、一見地味なものなのですが、なんと本番当日は2時間近くも踊り続けなければなりません。
単調な踊りも大変疲れてくるらしく、この日の練習でも何度もタオルを持って来ては、テテさんや踊り子さんの汗を拭いている地区の方々の姿が印象的でした。
(akakage)
2008/02/04のBlog
[ 06:56 ]
[ きょうの健康 ]
2008/02/03のBlog
[ 13:45 ]
[ きょうの健康 ]
2008/02/01のBlog
[ 06:50 ]
[ きょうの健康 ]
2008/01/31のBlog
[ 22:05 ]
[ きょうの健康 ]
2008/01/28のBlog
[ 21:20 ]
[ 地域研究 ]
昨日、田の神祭りを前に準備がおこなわれました。
朝8時、下呂合掌村には各地区の方々が集まり、幟旗をたてる準備をされていました。重機も登場し、観光客の方々が見守られる中、3本の幟旗が立てられました。
観光客の中に、茅葺き屋根についてえらく詳しい団体さんがおられました。聞くと長野県伊那地方の方々だそうです。幟旗の組み立て方、立て方にえらく感心しながら見学されていました。団体旅行らしく朝からかなり酒が入っています。
朝8時、下呂合掌村には各地区の方々が集まり、幟旗をたてる準備をされていました。重機も登場し、観光客の方々が見守られる中、3本の幟旗が立てられました。
観光客の中に、茅葺き屋根についてえらく詳しい団体さんがおられました。聞くと長野県伊那地方の方々だそうです。幟旗の組み立て方、立て方にえらく感心しながら見学されていました。団体旅行らしく朝からかなり酒が入っています。
その後、森八幡神社下にある集会場に行き、松原地区の方々の花笠つくりを見学させていただきました。
こちらは女性の方々の作業。多くの赤色の紙が細かく刻まれていきます。
この作業をカサキリ(笠切り)といい、毎年恒例の共同作業だそうですが、若い人たちにさらに参加してもらうようにしていきたいとのことでした。
2008/01/27のBlog
[ 15:51 ]
[ 地域研究 ]
萩原町上呂。国道41号線の脇にある鹿塚(鹿供養塚)を越えて山を登っていくと「お美津稲荷」に着きます。
昔このあたりに棲んでいた雄キツネが、美人で評判のおみつという人に化けては行き交う旅人をだまくらかしており…。ところがある日、高山に住む女房のキツネの子が猟師に捕らえられ…というなかなか飛騨広範囲にわたる昔話が残っています。
昔このあたりに棲んでいた雄キツネが、美人で評判のおみつという人に化けては行き交う旅人をだまくらかしており…。ところがある日、高山に住む女房のキツネの子が猟師に捕らえられ…というなかなか飛騨広範囲にわたる昔話が残っています。
参道です。昨日も紹介したとおり、商売をされる方々が大勢参拝されるようです。救われた子ギツネはこのあたりでおみつキツネと仲良く暮らしたそうです。
かつてはキツネやシカやイノシシたちが大勢行き交ったのでしょう。
かつてはキツネやシカやイノシシたちが大勢行き交ったのでしょう。
で、お稲荷さんに着きました。と、目についたのがこのマシーンです。
「ようこそお参り下さりました 百円硬貨を下の入り口にお入れ下さると お経がつとまり 御祈願を受ける事が出来ます…5分間ですが…」
100円入れました。
「ようこそお参り下さりました 百円硬貨を下の入り口にお入れ下さると お経がつとまり 御祈願を受ける事が出来ます…5分間ですが…」
100円入れました。
2008/01/26のBlog
[ 22:21 ]
[ 地域研究 ]
先日、「山の神の猪取り日」とは何なのか?という質問を受けました。
なにやら山入りの日に儀礼的なことをおこなうらしく、猟をされる近所の方に伺ったのですが、この地域ではそのようなことはおこなわないという話でした。
その際、萩原町の上呂にある鹿塚(鹿供養塚)の話を聞きました。猟で捕られた鹿や猪を慰霊するために建てられたものだそうです。行ってみると入り口の案内板近くに「鹿清水」という水が湧き出ていました。鹿が飲んだものでしょうか、ちょっと怖い水ではあります。
なにやら山入りの日に儀礼的なことをおこなうらしく、猟をされる近所の方に伺ったのですが、この地域ではそのようなことはおこなわないという話でした。
その際、萩原町の上呂にある鹿塚(鹿供養塚)の話を聞きました。猟で捕られた鹿や猪を慰霊するために建てられたものだそうです。行ってみると入り口の案内板近くに「鹿清水」という水が湧き出ていました。鹿が飲んだものでしょうか、ちょっと怖い水ではあります。
2008/01/20のBlog
[ 22:02 ]
[ 地域研究 ]
下呂市森地区の中にある松原地域の子ども会では、毎月一回、地域性のあるテーマで、地域の方々が毎月趣向を凝らした催し物をおこなっており、これを「げんき」といいます。
本日(今月)は先日紹介しました下呂の「田の神祭り」について。ということで取材に伺いました。関係する男性の方々による講義「…の前に、カルタ取り大会をやろう!」ということで、白熱したバトルが繰り広げられました。年少の子にはハンデをあげたり、一枚も取れなかった子には分けてあげたり、と久しぶりの風景をみることができました。
本日(今月)は先日紹介しました下呂の「田の神祭り」について。ということで取材に伺いました。関係する男性の方々による講義「…の前に、カルタ取り大会をやろう!」ということで、白熱したバトルが繰り広げられました。年少の子にはハンデをあげたり、一枚も取れなかった子には分けてあげたり、と久しぶりの風景をみることができました。
2008/01/17のBlog
[ 22:50 ]
[ 地域研究 ]
(つづきです)
塞の神峠の手前には飛騨への道標がありました。かつての峠道も現在は国道(257号線)および塞の神トンネルによってゆるやかに、軽やかに飛騨へ向かうことができるようになりました。とはいえ、かつてのトンネルは大きな車が来ると、すれ違うのがなかなかスリリングで大変でしたが、これも今から10年ほど前に改良され通行しやすくなりました。
さて、このトンネルを抜けて、飛騨に入る手前に、加子母という地区を通ります。道路脇になぜか「桃太郎神社」という看板がありましたので立ち寄ってみました。
塞の神峠の手前には飛騨への道標がありました。かつての峠道も現在は国道(257号線)および塞の神トンネルによってゆるやかに、軽やかに飛騨へ向かうことができるようになりました。とはいえ、かつてのトンネルは大きな車が来ると、すれ違うのがなかなかスリリングで大変でしたが、これも今から10年ほど前に改良され通行しやすくなりました。
さて、このトンネルを抜けて、飛騨に入る手前に、加子母という地区を通ります。道路脇になぜか「桃太郎神社」という看板がありましたので立ち寄ってみました。