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N B san の 自 転 車 遊 び
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2007/11/06のBlog
1958年(昭和33年)
わが愛車を紹介しましょう。当時としては市販サイクリング車としてはよく販売されていた自転車だと思います「山口自転車のドロップハンドル/3段変速車です」。現在の「全国サイクリングクラブラリー」参加の先輩諸氏の中に2人ほど乗っておられた方が居ましたから人気が有ったのでしょうね。この写真は、瀬戸内海一周サイクリングの時の装備です、サドルバッグ+パニアバッグの装備ですね。フロントバッグは少数でした、その後に出て来ましたが。ペナントに注目下さい。当時はペナントを付けて走っている人が多かったのです、自転車屋さんのクラブなどがよく付けていました。
今から49年前のペナントです、現在のこのクラブの人たちもこのペナントはお持ちでは無いでしょうし、ご存知ないでしょう、自転車に取り付けて走っておりましたので流石にすり切れて、古くて、汚くて申し訳ないです、私にとっては最高の思い出のペナントなのです。。。
当時のクラブランのスナップです。前の二人。。。左側は私です。後ろの先頭車は当時でも珍しい「タンデム」でした。。。
これは、休憩時間のゲームをしている所でしょうか、当時のサイクリングは休憩時間もタップリ取ってゲーム等を楽しんでいたのです。此処は兵庫県の武庫川の川原だったと思います。
サイクリングをするのに自転車を持っていない人の為に「レンタカー/貸出し自転車」と言うのが大流行でした。レンタカーに対して「リーダー派遣」の以来がありよく出かけたものです。総てはボランテアでしたよ。。。
2007/11/05のBlog
私の知人で奈良県橿原市の山岳写真家の「岩野和彦さん」が奈良県吉野郡旧10ヵ村(五条市西吉野町、大塔町を含む)の大字名の由来を調べた「奥吉野の地名」を自費出版されました。

写真は朝日新聞11月1日(朝刊)号から写しました。
奈良県民にとって吉野は変わったと言うか不思議な大字名が多く有ります。内容は本を読んで頂くとして吉野の地名がキット身近な物になると思います。

この本は「岩野和彦さん」の自費出版で有りますので、通常の本屋さんでは扱って居りません、下記の所で販売されるそうです。

(*)大淀町 吉野路大淀センター
(*)十津川村 道の駅 十津川郷
(*)問い合わせは 岩野さん (tel) 0744-28-0831

価格 2100円 A5判 204ページ 400部印刷
奈良県の吉野郡旧10ヵ村の地図です。地図の上部は大和の国中、大和盆地です。
作者の「岩野和彦さん」は過去に吉野郡10ヵ村の内の7ヵ村について「 谿 」(たに)という本を発刊されています。これこそ吉野郡の村々の「地形、地名、歴史」等を詳細に渡って書いておられます。

大塔村{舟の川流域)発行1975年(昭和50年)11月01日
川上村流域 発行1983年(昭和58年)07月01日
天川村流域 発行1991年(平成 3年)07月01日
黒滝村流域 発行1994年(平成 6年)07月01日

上記4冊は残念ながら現在は在庫も無く販売は不可です。
上北山流域 発行1997年(平成9年)07年01日
下北山流域 発行2000年(平成12年)07月01日
十津川村流域 発行2004年(平成16年)05年01日

上記3冊も現在は販売不可です。
都合1号から7号までそろえる事が出来ました。これは作者の岩野和彦様のご協力を
頂きかなり探して頂いて揃えられたものです、感謝してます。
2007/11/04のBlog
10月27日~28日の信州・木曽路における,全国サイクリングクラブラリーも秋の色、紅葉の中で開催されました。日本は四季が有って良かったですね。その後の秋葉街道も秋の色はこれからと感じておりました。奈良に帰って来まして秋の色はと見ておりましたが、紅葉までは今一かな。。。然し柿の色ずきは本格的になって来ました。
秋の紅葉と同じで柿の色ずきは、これも紅葉といえるのではないでしょうか。。。
此処までアップにしますと、美しいですね、残念ながらこの柿は渋柿のようです、ですから観賞用としては何時までも見る事が出来ますが、最近増えて来た「カラス」が餌にするようです。
2007/11/03のBlog
私毎で恐縮ですが、本日2007年11月3日で本格的にサイクリングを始めて50年になります。中学校を卒業記念に買って貰った自転車が「山口自転車の3段ギア-付サイクリングツアー車(当時はそのような呼び方でした)でした。これが嬉しくて嬉しくて
大阪の自宅(阪急・南方駅)から京都、奈良、宝塚、神戸と日帰りコースは走りまくりました。当時としては、学生帽にジーンズ姿ではしっていたのです。金が無かったですから出かける時にはオフクロに大きな握り飯を3個作ってもらって一食に握り1個を食べて走っていたのを思い出します。靴は親父のお古の皮靴を履いていたように記憶してます。この頃からサイクリング用の靴は皮の黒色と決めてました。
中学卒業が1957年(昭和32年)です、走り回っている内にサイクリング専門店にも顔を出すようになりました。そのお店が「サンスター」の大阪北サイクリングセンターです、半年ほど通っていた頃に大阪を中心にスポーツ新聞社の主催でサイクリングの「ブルーリボン杯競技大会」が有りましてそれに出場すべくメンバーを選ばれた中に入れてもらってこの大会に出場しました。その時の「サンサター大阪北サイクリングセンター」の所長が写真の後列真中の「館所長」です。このサンスター大阪北サイクリングセンタとサンスター自転車については東京の「GAMIさん」のHPに掲載されてますから見てください。私は前列の真ん中に写っております。。。
このブルーリボン杯は1957年(昭和32年11月3日)行なわれました。競技はタイムを競うのではなくてサイクリングの模範的なグループ走行をポイントとして地区毎に隠れている審査員の判定によって順位が決められたようです。こんなポーズも審査に影響したのでしょうかね~。写真の全員の自転車は当時としては最新ですね。総てドロップハンドルです。この時代にドロップハンドルの自転車に乗っていると「競輪」と言われましたね。。。私は右から3人目に居ります。
ブルーリボン杯の競技大会で見事に3位に入賞致しまして、サンスター大阪北センターの館所長から折角の機会であるのでこの際「サイクリングクラブ」を作ってはどうかと提案があり、1957年(昭和32年)11月3日に「北○○サイクリングクラブ」が創立致しました。爾来50年の永きに渡って現在もクラブは続けられていますが、私は諸般の事情により現在はこのクラブには所属致して居りません。。。
現在もサイクリングにおけるツーリングはサドルバッグを中心に愛用してますが、50年前から愛用してましたね~。それと現在では考えられない事ですが、変速機はリアーの「3段」ギア(16×19×24)(フロントは48T)で何処へ行くのもこれだけでした。当時も今も自転車走行は踏み込み一本ですな~。
2007/11/02のBlog
第38回(40年目)の「全国サイクリングクラブラリーin木曽路」が埼玉県/浦和サイクリングクラブの主管で開催されまして無事終了致しました。参加者も当初の予想通りの参加で(男性134名女性13名合計147名)盛大の内に終りました。初日は生憎の雨で各地からご参加頂いた皆様方は濡れねずみで宿に到着しました。水(雨)も滴る良い男に、良い女でした。同様に私も久しぶりの終日の雨で「ポンチョ+オーバーズボン+レインシューズカバー」の完全装備で走りましたがそれでも雨と汗で大変でした。私は前日の26日も雨の中を走っておりましたので2日間は雨の中でした。その分28日は秋の信州の理想的なお天気になりまして各クラブが思い思いのコースで素晴らしいサイクリングが展開されたようです。私も「清内路峠」~(旧道、伊那街道)~「寒原峠」を越えて、天龍村へ翌日は秋葉街道の難所である「青崩峠」を越えて最高の気分で今回の旅を終りました。。。来年の全国CCラリーはまだ決定は致しておりませんが、開催する事は決りましたから楽しみにしております。。。参加の皆様お疲れ様でした。。。
2007/10/31のBlog
兵越峠と青崩峠の分岐地点から殆んどが押しと担ぎでやっと峠の頂上に立ちました。何時もの事ながら、頂上に経ちますと、疲れは総て吹き飛んでなんとも気分のいいものです。この頂上も3度目です。これにて青崩峠はお終いにします。クラブやお友達から誘われても行き気にはならないでしょう。頂上で宿で作ってもらった「松茸」のかやく御飯の大きなおにぎりが3個入っていましたが美味しく頂きました。サイクリングの昼飯はよく食べますね。。。家とは全然違いますね。。。最後の青崩峠になるかも知れませんのでここでも写真を撮っておきました。。。
峠の頂上から信州側をみております。江戸時代の旅人さんの歩いた道筋がそのまま残されている峠道は此処だけでしょうか。。
静岡側の下りの道です。峠の頂上は狭いですから要所要所に材木で地面の補強をして広いスペースを確保しております。
静岡側に下って直ぐのところにこんな看板が立ててありました。此処から兵越峠に向かって2時間でゆけるそうです。然し歴史街道に対してこの看板は余りにも無粋ですね、折角の歴史一杯の地域ですからそれなりに考えて設置をして欲しいものです。
先ほどの道案内看板の近くから石畳の道、苔むした風情のある道が此処まで続いております。静岡側の青崩峠へのアプローチの入口です。

(*)青崩峠に上る場合は信州側より静岡側の方が楽でしょう。写真の此処まで静岡側はクルマも自転車も乗ってあがれます。
兵越峠と青崩峠の分岐地点から押しと担ぎでやっとこさ峠へのアプローチ地点に到着しました。然し此処からが階段の道が続くのです、説明板によりますと、徒歩20分と書いてありましたが、自転車の押し、担ぎでは40分から50分はかかるのでしょう。。。

写真の階段が峠頂上まで続きます。。。
青崩峠には今回で3回来ました、これで終わりでしょう。もう来る事は無いと思います。
クラブやお友達から誘われてももう来る事は無いと思いますので記念写真を撮っておきました。
登り始めて暫らくのところに、「青崩神社」があります。大昔の旅人も道中の安全を願って祈っていたのでしょうね。。。
青崩神社から暫らくのところに休憩所が有りますが、お掃除もされてなくて、清潔では有りませんが、雨宿りにはなりますね。。。
休憩所から何度目かのカーブをこなして最後のカーブの正面上にこの階段が見えてきます、あそこが頂上です。。。
平岡の宿から国道418号を走って南信濃の下市場で国道152号、秋葉街道に合流します。僅かな距離を走った所で八重河内の分岐で兵越峠と青崩峠の分かれ道があります。この辺りは土木工事が盛んに行なわれていました。写真の正面を左へ行きますと兵越峠に通じています。当初は兵越峠を越える予定でしたが、お天気は最高だし、足元の靴も歩行用を履いてきているので予定変更しまして右側の青崩峠を行くことにしました。
自動車は最初から通行止めでクルマ止めの柵が置いて有りましたが、人間と自転車はクルマ止めの横から通れますので進入して行きますがこの辺りから乗車は無理で押しになってきました 。最初の崩落です、流石は青崩ですね、強烈な山崩れです。
二つ目の崩落です、流石に此処は慎重に通行しました。
此処は道路が半分以上陥没してますね、
山の斜面から崩落した土石が道いっぱいに広がってます、所によって山からの水が道いっぱいに流れてます、なんとか歩きと自転車の押し、担ぎであれば通行は可能でしょう。此処まで人間には会いませんでした。
昨日はユックリしすぎて宿に入るのがおそくなりましたが、久しぶりの宿泊で民宿の老夫婦も歓迎してくれました、所在地は天龍村平岡でJR平岡駅から約5kmくらいの所です。国道418号の向こう側に遠山川が流れていて坂道を登っていったところに宿があります。
この民宿に宿泊したのは4回目かな。。。来るたびに写真を写して送ってあげてますが今回も送っておきます。
先ほども書きましたが、国道418号の隣に遠山川が流れています。この道を直進しますと南信濃村(現在は飯田市南信濃)へ行けます。。。国道152号の秋葉街道に合流します。
2007/10/30のBlog
CCラリー会場を後にして、私の予定は清内路峠(トンネル)を越えて昼神温泉へ予定してました、同じコースを走る人たちが居まして同行することにしました。古くからCCラリーでご一緒している、神奈川/平塚の「東通相模サイクリングクラブ」の人たちです。写真右端の「K」さんとは古いお付き合いで毎年このCCラリーでお会いしている常連です。
途中から東京の両国サイクリングクラブ人たち4名と合流しまして、総員8名になって走っておりましたが、道を尋ねるのに、地元のお母さんにおききしておりましたら、ご一緒に写真に入ってもらいました。中ほどの女性がそのひとです、後ほどこの写真を送っておきます、「そうです、ちゃんと住所は聞いて有ります。。。」
東京/両国サイクリングクラブのいちかわサンです、ご一緒に「走るのは何年ぶりでしょうか。大きなフロントバッグが装着されてました。。。
宿を出る時に「清内路トンネル」はクルマが沢山走っていて、自転車でトンネル通行は怖いから気をつけて下さい、なんて言われていたもので、赤のテールもセットしましたが、クルマの通行は多くなかったです。バックに見ているのが清内路トンネルです。。。先頭に居るのは、両国CCのYさんです。。。
昼神から国道153号を走るのですが、これから行く浪合村まで国道では寒原峠までの登りもきついし、自動車も多い為、旧街道の伊那街道が国道153号の下を走っているのでそれを行きましょうと走り始めましたが、これが結構急な坂道で難儀しました。写真の上のほうに見えているのが、国道153号です。
第38回(40年)全国サイクリングクラブラリーは信州/南木曽で総員147名の参加者を集めて開催されました。昨日の大雨の天候と違って、今日のお天気は最高で朝から青空で絶好のサイクリング日和でした。余りの人数で写真が小さくなってしまいましたが、全員の集合写真です。
東京の[NCTC」日本サイクリスツ・ツーリングクラブのメンバーです。クラブ設立が1946年(昭和21年)で今年クラブ創立60年で我国で一番古くからの歴史を持っているサイクリングクラブであると思います。派手なクラブ創立記念会は致しませんでクラブ内部で大先輩の「菅沼達太郎 様」や「和田文平 様」を偲んで60周年記念の走る催事を行なわれました。
京都の「クマさんご夫妻」です。いつもご夫妻でタンデムで参加されます。今回はタンデムに4サイドを取り付けて本格ツーリング仕様で参加されました。
クリクリさんと私です、全国サイクリングクラブラリーに始めて参加してくれました。今回の浦和CCの「CCラリーin木曽路」はキット気にいってくれた事だろうと思います。それにしても最高のお天気でしたね~。

今回の夜の懇親会(宴会)の写真は出しません。。。
宿のある加子母から裏木曽街道を45km雨の降りしきる中を走って、集合地のJR中津川駅につきました、暫らくして、主管の担当者から本日の「ご一緒ラン」の説明が有りまして,集合してお話しを聞いております。
ご一緒ランの担当者さんのお話し聞いておりましたら、急に一ヵ所に集中してますので何事かと確認しましたら昼食の弁当を販売している所をガイドして頂きました。
雨が降り続いておりますので 、駅舎の中で組み立てをされていました。このお三方は主管の浦和CCの人たちです。
雨のふる、中津川駅を出発しまして、一路落合の石畳道を目指してこんな道も走って来ました。本当によく降る雨でした。。。
大雨の中をやっとの事に中山道の[新茶屋]へ到着しました。この方達は主管の浦和CCの人たちですが、大雨の中でもこの笑顔は宜しいですね、流石はベテランです。。。後ろに「新茶屋」の説明看板がありました。
全国サイクリングクラブラリーの予定は10月27日~28日(日)であるが、前日の26日から出かける事にしまして、近鉄特急で京都に出て、JR京都駅から一日に1本しか走ってない特急「ワイドビュ-ひだ号」で下呂を目指しました。この特急ですと途中乗り換えする事も無く下呂駅まで一本道ですからラクチンなのです、輪行用の自転車も空いたスペースが沢山有りまして、これまたラクチンで輪行出来ました。最近のJRの車掌さんは写真のように置いておくとわざわざ尋ねきます、それも「あの輪行袋」はお客さんの
自転車ですかと。。。大分解ってくれてますね~。
京都駅を8:30に出発しまして、下呂駅到着が11:26です、3時間くらいで「飛騨」に着くのですから、列車輪行は早くて、楽です。下呂駅前で組み立てを始めましたが、その頃から雨が降り出しまして、時間も早いので駅でノンビリしてました。この辺りが一人旅の気安さと言うか自由な所ですね、雨が止むまで温泉にでも入るかと考えたのですが、風邪をひく心配もあり辞めにしてゆったりと昼食にしました。

下呂駅前で組みたてました自転車です。
此処は舞台峠の観光センターです、本命の舞台峠はまだまだ先で坂道を登って行かねばなりません。此処で時間も早いので大休憩をしてましたら、お空が真っ暗になり、強烈な雨が降ってきました大休憩の延長でまたまた「蕎麦」と「うどん」一杯ずつ食べてしまいました。
舞台峠観光センターでの雨が止みそうに無いのでポンチョをかぶって走り出しました、この国道は「257号」線で通称名は「裏木曽街道」と呼ばれてます。写真の頂上が舞台峠ですこの峠の頂上で向こう側「美濃の国でこちら側が飛騨の国と言われてます。
「コンサイス」日本山名辞典によりますと。「舞台峠」とは岐阜県下呂市と岐阜県中津川市加子母との境。高山本線下呂駅の南東10km。峠名は北条時頼が民情視察の折、此処に舞台を設けて一般民衆に能狂言を鑑賞させたことに由来すると言われています。
舞台峠から僅かな距離の所にある「加子母の大杉」です。樹齢千数百年と言われています。大杉の前に有る建物は源頼朝が大杉の前に地蔵尊を祭れと命じて現在に伝わっている地蔵尊です。今夜の宿はこの大杉の近くの民宿を予約してます。
2007/10/25のBlog
明日から旅に出ます。「第38回全国サイクリングクラブラリーin木曽路」が10月27日~28日(日)に中山道は南木曽で開催されます。一年に一度の集まりなので何時も楽しみにしております、前日は岐阜の下呂温泉辺りをうろついて夜の泊まりは国道257号の舞台峠の側の民宿で泊まりです、翌朝は約40km走ってJR中津川駅でCCラリー参加の皆様方と合流します。「主催者プラン」の「ご一緒ラン」に合流しまして、中山道の旧道を南木曽町から、お泊りの南木曽温泉に入ります。
翌日、ラリー解散後はソロで清内路峠から天龍村~南信濃~兵越峠~水窪~佐久間~秋葉~天竜~浜松と行きたいのですが。。。予定は予定ですから如何なりますでしょうか。

そんな事で、明日から一週間の予定で留守にしますので「Blog」はお休み致します、宜しくお願いします。
2007/10/23のBlog
今日も朝からとても良いお天気です。春から夏過ぎて、サイクリングシューズのお手入れをしておきました。汚れを落として、それでも汚れの取れないものは例の「皮染インク」で染めました。染めてはならない物も3足写真に写ってますが上段の右側3足です。只今、現行使用中のサイクリング用シューズは13足です、ついこの間、1足増えましたが、貯めるつもりは無いのですが、貯まってますね。。。会社現役時代から「靴」は好きで背広用の靴もお店で見たら欲しくなりますからドンドン貯まってゆくのですね、現在も5足程新品の靴が箱に入ったまま靴箱に仕舞われてます。。
サイクリング用シューズの主力、通常の走り用です。これだけ有れば今後は、買うこともないと思いますが、そのうち店頭で見たら欲しくなるのでしょうね
数は少ないですが、ロード用です、今だロードレーサーもトークリップ/ストラップを使ってますので、写真の2足とも靴底にシュープレートが打ち付けてあります。。。
この靴は山サイ?を中心にしてますが、下の段の左と上段の左は山と言うよりお散歩用のようです。加齢と共に山サイはしなくなりました、だから靴も履かなくなりましたが本来の自転車遊びはこんな靴を履いて山の中を走りまわるのが楽しいのですがね~。
2007/10/22のBlog
今日の奈良は久しぶりに気持ちの良い一日でした。午前中から午後まで野暮用で潰されてしまって、五時前からお空の雰囲気も宜しいので、今週出かける全国CCラリーに乗って行く自転車を引っ張り出して走りに出ました、何時ものコースを流すようにユッタリとしてきました。コースの最後は何時ものように平城宮跡です、今日の西の空は夕焼けになってまして、朱雀門の近くでは、写真マニアさんが20人くらい西を向いて盛んにシャッターを押してました。この時期の平城宮跡から見る西と言いますと、生駒山です、ここに太陽が沈んで行きますと山が真っ赤になって写真としてはとても良いものなのですね、私のコンパクトデジカメでは駄目ですね、太陽を写しますと逆光になってしまって写りませんものね。

写真は平城宮跡の東側です、見ているのは南側を見てますが、遠くに「そごう百貨店」が倒産しまして、引き継いで「イトーヨーカ-堂」が開店しましたが、建物の今は使われて無い展望レストランの上部が見えています。
2007/10/20のBlog