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2008/04/26のBlog
[ 16:44 ]
[ 桂林の漓江下り ]
2008/04/10のBlog
[ 16:38 ]
[ サルタン・アブ・バカール寺院 ]
[ 08:57 ]
[ シンガポール マーライオン ]
2008/04/07のBlog
[ 14:53 ]
[ シンガポール シアン福建寺院 ]
2008/04/06のBlog
[ 13:00 ]
[ インドネシア・バンドン ]
インドネシア・バンドンにて
バンドンは首都ジャカルタから東南に約200km離れた都市であり、中心地の標高は海抜700mで、四方を標高2000mクラスの山々に囲まれている。年間を通して、日中の気温は27-28度、夜は17-18度で、熱帯にありながら涼しく過ごしやすい環境である。
訪れたのは7月でしたが、涼しく汗もかきません。
ゴルフ場では赤とんぼが飛んで快適でした。
よく利用される交通手段はミニバスです。
バンドンは首都ジャカルタから東南に約200km離れた都市であり、中心地の標高は海抜700mで、四方を標高2000mクラスの山々に囲まれている。年間を通して、日中の気温は27-28度、夜は17-18度で、熱帯にありながら涼しく過ごしやすい環境である。
訪れたのは7月でしたが、涼しく汗もかきません。
ゴルフ場では赤とんぼが飛んで快適でした。
よく利用される交通手段はミニバスです。
2008/04/04のBlog
[ 09:12 ]
[ スイス ]
2008/03/29のBlog
[ 21:50 ]
[ アメリカ ]
[ 21:50 ]
[ アメリカ ]
2008/03/28のBlog
[ 20:52 ]
[ 人工首都ブラジリヤ ]
人工首都ブラジリヤ ヘ
1960年過去200年間に渡り首都だったリオに代わり1000km離れたセラードに新首都ブラジリアが誕生した。
当時のクビチェック新大統領が公約通り三年半で築き上げた斬新なビル群が集まるメガロポリスとして機能している。ジェット機型とか鳥の形とか言われている。
出張の帰りブラジリアで一泊し、翌朝大統領宮(Palacio da Alvorada)へ
なんとルーラ大統領が執務室(Palacio do Planalto)へ向かうため出てきました。
門を出て車を降り外にいた小学生たちのところへ向かって来てサインをしだしました。
ちょうど私の目の前、写真をとりサインも貰いました。
こちらからブラジリア へ
1960年過去200年間に渡り首都だったリオに代わり1000km離れたセラードに新首都ブラジリアが誕生した。
当時のクビチェック新大統領が公約通り三年半で築き上げた斬新なビル群が集まるメガロポリスとして機能している。ジェット機型とか鳥の形とか言われている。
出張の帰りブラジリアで一泊し、翌朝大統領宮(Palacio da Alvorada)へ
なんとルーラ大統領が執務室(Palacio do Planalto)へ向かうため出てきました。
門を出て車を降り外にいた小学生たちのところへ向かって来てサインをしだしました。
ちょうど私の目の前、写真をとりサインも貰いました。
こちらからブラジリア へ
2008/03/25のBlog
[ 21:22 ]
[ アルゼンチンタンゴを訪ねて ]
アルゼンチンタンゴを訪ねて
チリーサンチャゴからアンデス越えしアルゼンチンのワインの郷メンドーサへ
ワイナリーを訪問、昼食にはワイン飲み放題、二日続けてのワイン攻めで、
すっかり通に、さていよいよタンゴの発祥地ブエノスアイレスへ。。。。。。
Click here
チリーサンチャゴからアンデス越えしアルゼンチンのワインの郷メンドーサへ
ワイナリーを訪問、昼食にはワイン飲み放題、二日続けてのワイン攻めで、
すっかり通に、さていよいよタンゴの発祥地ブエノスアイレスへ。。。。。。
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2008/03/21のBlog
[ 17:23 ]
[ ペルー ]
マチュピチュ遺跡Ⅰ
インカ帝国の空中要塞に遺された巨石構造の謎
1911年、アメリカの考古学者ハイラム・ビンガムに発見されるまで、マチュピチュは400年の眠りについていた。
16世紀、スペイン軍によって最後の日を迎えたインカ帝国の都こそ、このマチュピチュ…そんな仮説が今は一般的だ。
でもマチュピチュはそれだけの都市ではない。その構造に不可解な点が多すぎるのだ。まずこの都市を形成する石組み
である。完璧に製材された20トンクラスの巨石はカミソリの歯も通らぬほど堅牢に組み上げられている。さらにこれら
の巨石をどうやって標高2720mの地に運び上げたのか?その技術は未だに不明。(AB-ROAD.netより)
マチュピチュへ
インカ帝国の空中要塞に遺された巨石構造の謎
1911年、アメリカの考古学者ハイラム・ビンガムに発見されるまで、マチュピチュは400年の眠りについていた。
16世紀、スペイン軍によって最後の日を迎えたインカ帝国の都こそ、このマチュピチュ…そんな仮説が今は一般的だ。
でもマチュピチュはそれだけの都市ではない。その構造に不可解な点が多すぎるのだ。まずこの都市を形成する石組み
である。完璧に製材された20トンクラスの巨石はカミソリの歯も通らぬほど堅牢に組み上げられている。さらにこれら
の巨石をどうやって標高2720mの地に運び上げたのか?その技術は未だに不明。(AB-ROAD.netより)
マチュピチュへ
2008/03/20のBlog
[ 11:41 ]
[ 自慢の写真 ]
2008/03/19のBlog