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民際交流 Kurifree
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2008/03/04のBlog
[ 22:27 ] [ 季節の花たち ]

暖房の部屋の君子蘭が咲いた

今年は植木鉢の置く場所を

廊下 玄関 部屋 と

あちこちに置いて

一斉に咲かないように試みている



 君子蘭 あるじの帰り待ちつづけ


 順調なあるじの術後君子蘭
[ 11:25 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
上田正昭先生の講義

1965年にユネスコ教育局のポール ラングラン部長らが、画期的な「生涯学習」に関するレポートを発表した。
当時私は京大の教授として、私なりに日々研究と教育に励んでいたが、そのレポートを読んで多くの示唆を得た。
特に私の胸にこだましたのは次の二点であった。

第一点は、
「教育は、児童期、青年期で停止するものではなく、生きている限り続けられるべきものである」として発達の総合的な統一性を強調していることである。
従来のように、学校教育・社会教育・家庭教育がばらばらであってはならず、「個人及び社会全体にわたる教育機能のインテグレーション(統合)が不可欠である」とする提言であった。
「生涯教育」・「生涯学習」というと、社会教育の代名詞であったり、定年後の高齢者の教育や学習であるかのように誤って受け止めているむきもあるが、家庭・学校・社会における教育機能の統合と体系化を目指した、学校教育・家庭教育の「教育革命」を前提と問題提起であった。


第二点は、
「生涯学習こそ、平等化の強力な要素となり、またその結果、異なった文化に属する人々およびグループの間の真の交流の要素になる」ことを指摘したことである。
その後、ユネスコは多文化の相互理解と共生を主張するようになるが、異なる民族や異なる文化の相互理解と交流は、生涯教育・生涯学習の主要な眼目のひとつであった。

生涯学習といえば、とかく教える側に主体がおかれがちでありやがて学ぶ側に主体がある。
学校教育・家庭教育との統合やその体系化のための努力はまだまだ不足しているが、異文化の相互理解や共生についてはそれなりに成果をあげている。
ますますの発展を期待する。
[ 11:19 ] [ 季節の花たち ]
中庭に

何か小さな緑色が

さっと動いた



めじろ と 

目があった


なんともいえない

し あ わ せ
2008/02/29のBlog
[ 22:27 ] [ 初級学校 ]
国際交流会館での発表に際して
校長先生はじめ オモニたちが大挙して参加してくださって
お花までいただいてしまいました。
ハルモニも二人来られて聞いてくださいました。
何代か前の校長先生が 「ありがとう」と声を掛けてくださいました。

週に二日の気ままなお手伝い 
本来の仕事の数分の一もできていないのに
である。

ありがたいことです。
感謝!感謝!
[ 22:06 ] [ 初級学校 ]
さいごに 今つよく思うことは
まず1番に
第2初級だけでなく第1や第3も含めて
 毎日保健室に養護教員がつめてられたら
 先生方や保護者が安心だろうなあ。ということです。
 本来の仕事の数分の一も出来ていませんが、毎日出られて言葉も不自由なかったら、健康診断から児童の健康実態をきちんと把握でき一人ひとりのニーズにあった対応も出来るような気がします。
今でもほとんどは 担任の先生がたが カバーされているということですから・・!
2番目は
命を尊重し会える健康面の協力こそ 隣に住む同じ京都人として ためらうことなく個人的にも組織的にも行政的にも どんどん協力しあうべきだとおもいます。
どこの出身であろうと、国籍がどうであろうと、何人であろうと命や健康を心配しあい守り会うということは人間のあるべき姿だと実感します。
それぞれが大切にしている伝統的・文化的・生活背景・その歴史と現状の理解を深め 尊重し会える 多文化共生社会をめざすとき それは
命・健康・安心安全を共通のものに出来る生活の中から 可能になるような気がします。
未来に向かって、「教育」の果たす役割は本当に大きいと思います。

 以上
[ 22:04 ] [ 初級学校 ]
*一昨年 9月から3月まで、友人が火曜日に協力してくれました。学芸会や卒業式には二人揃って参加しました。校長先生が私たちに1年生の国語の教科書を教えて下さって、私たちは小学校1年生の朝鮮語の教科書が読み書き出来るようになりました。
2007年 今年度は 大きな展開がありました。
先生方の要請で1年生から6年生まで全クラスに毎学期末 保健の授業をすることになり実施しています。
 テーマは「生涯を心身共に健やかに生き抜くために」資料 説明
また10月には校内の職員研修で 保健に関する勉強会もひらかれました。
お手元のレジメの内容でしたが、研修会が終わったあと何人もの先生から、チックや吃音など心配な子どもについての相談がありました。先生自身の健康についての相談もあって
先生方もいっぱい勉強したいんだと言うことが伝わってきました。
[ 21:58 ] [ 初級学校 ]
たくさんの印象的な出来事がありました。

*初めてベットを利用した子どもの担任の先生やお母さんから 本当に喜ばれたこと。
*視力検査はいつも私が出る日に予定を組んで協力できました。
*ジャングルジムから落ちて右肘の骨折が分かり病院に付き添いギプスしてもらったこともあります。
*オモニ会新聞 に 保健室便りのコーナーで毎回記事を書かせて頂きました。
*オモニ会の勉強会の講師も何回かつとめました。
 資料説明
*1年目の卒業式は特に印象的でした。
その卒業式で6年生の答辞の途中に 突然日本語で 「1年間健康面で助けて頂いてありがとうございました」と代表の児童から御礼の言葉が流れました。
あとで校長先生から「今年丁度創立40周年の記念の年です。この学校の歴史で今回初めて公式の席に日本人が座り 日本語が出たのですよ」といわれました。

仲良しのオモニたちから 
保健室がなかった40年間 在日の人たちが 寄り添い、支え合い、励まし合い、助け合って来られた 様々なドラマを聞くにつけて 今こうして迎え入れて頂けていることに本当に背筋かシャキッとするほどの 在日の人たちへの尊敬と感謝を感じてしまいます。


テーマ 介護と学校養護の現場から
民族学校の子どもたちと養護との関わりからという内容での協力をさせて頂いた。






まずはじめに
朝鮮第二初級学校とはどんなところか?
1965年創立 42周年 
1975年から78年までは中学部もあって児童生徒数は250人ぐらいだった。
現在幼稚部会17人小学部72人計89人の各学年単級です。3年前は98人でした。
朝鮮学校に通う子どもは 全国平均 在日の子どもの15~16%だそうです。
京都市は10%以下ということです。





その初級学校に行くようになったいきさつ。
10数年前より前任の呉校長先生の依頼で 運動会の救護のお手伝いを時々したり、2004年の、7月には性教育の授業に協力していました。
2005年の春、オモニ会の人が、物置になっていた職員室の隣の部屋をきれいに片づけて掃除し、カーテンを縫い、ガラスを光が入るように入れ替え、ベットを大小2台運び込みました。そして私の処に
「ここまでしたのですが あとどうしたらいいですか~?」 と
電話をかけてこられました。
学校に行ってみて本当に驚きました!
すっかり見違えた 立派な保健室になっていたのです。
役所の仕事でもなく 学校の運営母体からの指示でもなく、ひたすら子どもを思う親の気持ちがこのような形で動いていると言うことに感動してしまいました。「ついたてが欲しいけど高すぎて買えないんです。」といわれたので、
「あ~それなら1000円の安い洋服掛け2台買って カーテン縫ったように上下を縫ってはめこんだらやすくできますよ~」とアドバイスしました。次の週に行ってみるともうできあがっていました。白い薬品戸棚も入りました。
すっかり立派な保健室ができあがりオモニ会の人たちをたたえながら喜び合いました。 で 部屋は出来たけれども 保健室の先生が居ない。
ではわたしが週に一回協力しましょうということになりました。
週に1回ということは、本当にその時間だけの応急手当だけですねとスタートしました。
ところがすぐに修学旅行の付き添いも買って出て広島・山口方面に付き添いました。
夏祭りや運動会 桂川河川敷でのマラソン大会 学芸会等の行事にも救護で参加しました。学芸会も見せて頂き 最後には卒業式にも出席させて頂き 学校の一年間のようすや教育内容や 40年の学校の歴史などがだんだんとわかってきました。
2008/02/28のBlog
[ 17:16 ] [ 季節の花たち ]
昨日の大雪が
春の日射しに溶けて
チューリップの芽を
ひきたてている

寒いときは寒いがよろしい
何十年ぶりかに屋根からの
つららも観察

チューリップは
元気


ICUに見舞いし朝のチューリップ
[ 17:12 ] [ 健康・命 ]
① 入院診療計画書
② 僧帽弁形成術説明プリント3枚
③ 手術同意書
④ 身体拘束にかんする説明・同意書
⑤ 特定生物由来製品使用同意書
⑥ 輸血(同種血)同意書
⑦ 輸血に関する説明書
⑧ 手術の周術期における主な合併症
⑨ 術前タイムスケジュール表
⑩ 全身麻酔での手術に関する説明書
⑪ お薬説明書

 入院手術に際して病院より手渡された書類



病院のあちこちに掲示してあった病院の基本理念

 この地域の住民の生命健康を守る最終拠点病院であることを病院職員は深く認識し
 患者さまの権利を守り、患者さま中心の医療を行い、患者さまから愛され信頼される
 病院になることを目指す

病院憲章
 (1)公平で普遍的な医療を行う
 (2)正しく説明し、同意の元に医療を行う
 (3)制度改革や設備充実を最優先する
 (4)職員は社会正義に則り職務に精励する
 (5)職員は職種の枠を超えて協力し、良質の医療を提供する
 (6)職員はつねに学び向上の心をもち 自らのレベルアップをはかる
 (7)公的病院として民間にできない不採算医療を率先して行う
 (8)地域の医療機関と連携し、その職員の生涯教育に協力する
 (9)地域医療に貢献できる若手医療人の育成に努める
(10)公営企業体として、無駄を省き効率を高め、健全な経営を保つ

患者の権利と責務
 ① 説明を受ける権利
 ② 治療を選択する権利
 ③ 情報を知る権利
 ④ 個人情報の保護を受ける権利
 ⑤ 自分の健康情報を正確に提供する責務
 ⑥ 説明を理解するまで問う責務
 ⑦ 病院での規則に従う責務
2008/02/23のBlog
三月 雛のあられを切り
五月 メーデーのうた巷にながれ
九月 稲と台風とをやぶにらみ
十一月 あまたの若者があまたの娘と盃を交す

地の上にも国籍不明の郵便物があって
見えない配達夫がとても律儀に走っている
かれらは伝える ひとびとへ
逝きやすい時代のこころを

世界中の窓々に 世界中の扉々に
すべての民族の朝と夜とに
どっさりの暗示 どっさりの警告
かれらもまごつく 大戦の後や荒廃の地では

ルネッサンスの花咲くときや
革命の実のみのるときが
北と南で少しづつずれたりするのも
きっとそのせいにちがいない

未知の年があける朝
じっとまぶたをあわせると
虚無を肥料に咲きでようとする
人間たちの花々もあった

 茨木 のり子 詩集より
三月 桃の花はひらき
五月 藤の花々はいっせいに乱れ
九月 葡萄の棚に葡萄は重く
十一月 青い蜜柑は熟れはじめる

地の下には少しまぬけな配達夫がいて
帽子をあみだにペタルをふんでいるのだろう
かれらは伝える 根から根へ
逝きやすい季節のこころを

世界中の桃の木に 世界中のレモンの木に
すべての植物たちのもとへ
どっさりの手紙 どっさりの指令
かれらもまごつく とりわけ春と秋には

えんどうの花の咲くときや
どんぐりの実の落ちるときが
北と南で少しづつずれたりするのも
きっとそのせいにちがいない

秋のしだいに深まってゆく朝
いちぢくをもいでいると
古参の配達夫に叱られている
へまなアルバイト達の気配があった
2008/02/21のBlog
[ 18:42 ] [ ロハスなくらし ]
家の前の田んぼから

ヒバリのさえずりがきこえた

あ~はるになったんだなあって

かおがかってにほころんできた

さくねんいただいた

貝母の芽が 

5㎝ほどのびているのもみつけた

冬のしずけさも

本当にいい

でも

この春風のとき

この期待のとき も

たまらなくいい
2008/02/20のBlog
あらゆる旅は

その行間にもう一つの旅をかくしている

歩かれなかった道、忘れ去られた曲がり角

そういう旅のことを

僕は書いておこうと思う

僕が実際にした旅ではなく

したかも知れない旅、あるいは別の時、別の場所でした旅

僕はそれを日誌や地図や航海日誌のような正確さで書き記す

僕が目にし、耳にした出来事を 洩らさず記録した

見聞録を綴る

そうすればあなたはそれを読み

僕のたどった道のりを指でなぞり

僕の行った場所に紅い旗を立てていくことができる

古のギリシャ人たちは

秘密のやりとりをするのに 見えないインクをつかった

まず 普通の手紙を書き、その行間に

乳でもう一つの手紙を書く

手紙は一見なにげなく見えるけれども

秘密を知るものが炭粉を振りかけると

別の文字が浮かび上がる

もとの手紙に何が書いてあったかなんて どうでもいいのだ

大切なのは 行間でひっそりと炎を上げている

もう一つの人生なのだから

誰にも知られず・・・・・


あるブログを読ませて頂いて こんな文章を思い出した
[ 22:06 ] [ 茶道華道書道 ]
そのむかし
某大学の社会人学生となり50才で卒業した。
今また学生になりたいとしきりに思う。
まわりすべてが 知らないことだらけ

すべてを忘れて学生しているときの幸せ感を
強烈に思い返している。

お茶のお稽古中
時間の経つのも忘れて没頭していると
終わったときになんとも言えない
充実感に包まれる

うれしいとか かなしいとか しあわせとか
そういう気持ち意外の
ふしぎな 遊泳感

ふしぎな安定感
2008/02/19のBlog
[ 16:10 ] [ ロハスなくらし ]
春がきた

連日の大雪も

春の明るい

日射しに

あっという間にとけた

今日は揃って

ひなかざり

明るい春が家の中にも


四苦八苦

人生いろいろなことが

おこっているけれど

明日を夢見て

まえむきに生きていこう
2008/02/18のBlog
[ 16:03 ] [ ロハスなくらし ]
外は大雪

外出はおっくう

ではケーキでも焼きましょう

今回初めて

ティラミスにトライ

材料は マスカルポーネ というナチュラルチーズ100g
 生クリーム100ml ビスケット6枚 インスタントコーヒー小さじ3

作り方
①インスタントコーヒー小さじ3をお湯大さじ3でときビスケットを浸す。
②生クリーム100ml 砂糖大さじ2を泡立て、マスカルポーネ チーズ100gを混ぜ合わせる。
③器に①と②を交互に重ねココアをふる。

30分もしないで出来上がった。味も上々である。
 
近所のKさん80才に声を掛けた。
3時のティータイムとなって 話があふれた。
ご主人が入院されていて留守を一人で切り盛りされておられる。
朝夕の病院通いも雪の日は大変である。
話し込んで胸の内がすっきりしましたと帰っていかれた。

次は何をつくろうかなあと心が弾んでいる。
2008/02/17のBlog
[ 21:33 ] [ 初級学校 ]

子どもたちがウリマル(自分たちの国の言葉)を身につけていく様子を目の当たりにして

本当に敬服している。立派である。

自尊心が見事に涵養されている。

豊かな人間性が育っている。

自分の子どもも孫も一緒に仲間に入れて頂きたいと何度思ったかわからない。



しかし

日本で民族教育を継続していくことに、大きな困難が横たわっている。

個人で、地域で、行政から・・・協力できることがいろいろある。

21世紀を平和の世紀に!

仲良くするということは 互いに尊敬し合える付き合いだろう。

そしてそれは可能である。 

[ 21:25 ] [ 初級学校 ]

年長組になると 演目が決まっていて 能楽舞を演じる。

今年は衣装が新調された。

今年は女児5人と 男児1人の6人のクラスだった、

しかし 熱演に

われるばかりやんやの喝采をあびた。
[ 21:20 ] [ 初級学校 ]

衣装は舞台映えするように 先生や保護者が手作りする。

メイキャップもきちんとされて 表現する演じるたのしさよろこびを

しっかり身につけさせておられる。

表情まできちんと指導されていて、観客は引き込まれてしまう。
[ 21:15 ] [ 初級学校 ]

学校行事には必ず祖父母を招く。

自分の孫が成長して小学生がいなくなった祖父母も

楽しみに参観されて舞台に上がって、

「故郷の春」を必ず歌う。
[ 21:12 ] [ 初級学校 ]
男の子も目線指先まで指導されたとおりきちんと表現できていて 伸びやかでさわやかである。
[ 21:08 ] [ 初級学校 ]

ふれ合い文化会館で学芸会がとりおこなわれたので参観させていただいた。

例年にもまして すごかった。

かわいくて けなげで りっぱで すばらしかった。

民族教育とは何かがわかるような気がした。
[ 10:55 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
7.教育

「心の学問」心学をしなくて何の教育か。梅岩は280年前に塾をひらいた。
人間が他の動物と違うのは、「こころ」をもっている。考える力をもっていることだ。
心を発明することによって、明日を変えることが可能となる。
過ぎた過去は変えられない。しかし、心を発明することによって明日は変えられる。
たえず考え、心を豊かにし、心を発明することがもっとも大切である。
「命の教育」しなくてなんの教育か。殺人自死がなぜ悪いかしっかり教えなければいけない。詰め込み教育でできるわけがない。
「教育百年の計」が必要で、朝令暮改は政治に哲学がないからだ。





今日も一日充実の日となった。感謝!感謝!
[ 10:53 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
5.歴史

イタリアの歴史学者、哲学者 ベネデト・クローチェは、
「歴史とは生きた歴史であり、年代記録とは死んだ歴史である。歴史とは、現在的歴史であり、記録とは過去した歴史である。」といっている。
 現在を見極め、未来を展望するものでないといけない。

6.富本銭

天武天皇の時代にすでに、富本の思想があった。
民を豊かにするという大前提が、お金や経済の根底思想があった。
政治家や企業家もしっかり哲学して欲しい。
[ 10:49 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
3.「・・わが説になぞみそ・・・」
本居宣長は学問の道を進むのなら先生の説になぞむことなく乗り越えていって欲しいといっている。教え導く方も偉そうにふんぞっていてはいけない。

4.「交隣提醒」
一つ、誠信の交と申し事、人々申すことに候へとも多くは字義を分明に不仕ること有し候。誠信と申し候は実意と申す事にて、互いに欺かず、争わず真実をもって交わり候を誠信とは申し候。
300年ほども前に秀吉の朝鮮侵略を手厳しく非難している。これぞ芳洲魂である。
新井白石も一目置いた雨森芳洲は島津藩主に交隣提醒で五十一箇条の提言をしている。
[ 10:47 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
2.「和魂漢才」

紫式部の源氏物語のすばらしいことの一つに「大和魂」という言葉を最初に使っていることがあげられる。日本人としての教養や判断力は漢才をもとにしている。
漢才とは何か。司馬遷の史記や白楽天の詩など漢詩や漢文学、すなわち中国の古典をもとにしているのだから、そこを研究していないでは奥義をわかったとは言えない。
一条天皇は、紫式部は日本記に精通している。「日本記の局」といわれた。」
式部は、日本記とはただ片側のものと言いなし、漢才をベースにしていると言い切った。
アジアの中の日本を明らかにしないで本当の日本の姿はわからない。
そういうことを紫式部は言っている。1000年紀にあたりもっと深めて欲しい。
2008/02/16のBlog
[ 19:02 ] [ 上田正昭先生の講義 ]
今年度さいごの講義を受講した。

 本日の講義の内容:
すぐれた先人の残した言葉には、今なお学ぶべき多くの知恵が秘められています。先生自身が座右の銘にしている、孔子、紫式部、本居宣長、新井白石、湯川秀樹、司馬遼太郎の卓見を紹介しつつ学びたいと思います。
1.「学びて思わざれば即ちくらし
 思いて学ばざれば即ちあやうし」

論語読みの論語知らず 大学は出たけれど・・・ になってはいけない。
自分で考え、自分で学んでいかなければくらくあやういことになる。
心の発明、心豊かに生きる・・・生涯学習である。


2008/02/14のBlog
[ 16:07 ] [ 健康・命 ]


仲良しの Pさんが

松の実粥をつくってくださった

病気の人に滋養たっぷりの松の実粥をつくって

さしあげるのが 

韓国風のならわしという

お米から炊きあげたというその粥は

乳のように白く

まったりして

ふくよかで

本当に身体の隅々まで

元気が行きわたるような味だった



おかねでなく

自分の時間を割いて

心を込めて

その人のために真心を届けるという

一番大切なことを

いつもいつも

こうして教えられる
[ 15:53 ] [ 初級学校 ]

大雪のあと

学校の運動場は

一面ぬかるみのみずたまり

そこをぬうようにして

子どもたちは はしりまわる

スリルがあっておもしろい

といわんばかりに・・・

喜色満面である